Ep26 The decent of the Satan ~ちょっち甘酸っぱい弱腰外交~
長谷川凜華を初瀬川凜華に変更しました。ではどうぞ。
「前回の続き、柿崎未来が現れたと思ったら、なぜかなーぜか、春香ちゃんも一緒だったぞ。なんでだー?」
遠藤真也は一体どうしてしまったのだろうか。彼は少し前にリフレインが過剰に効いている川柳を唱えたかと思ったら、次の瞬間には誰もいないところに向かってポーズを決めながら現状の説明をしていた。
「ど、どうしたんですか?遠藤先輩?」
そんな奇っ怪な行動をとる真也に対し、本気で心配をし始めるのは彼の後輩にして凶悪な能力を有する中二病患者の宮城春香であった。
「よし、オレも少しは落ち着いてきたところだし、勇気を持ってお前に尋ねてみようと思う」
と言って、春香の声を無視して真也が見たのは彼女の顔の少し右であった。そこには少し桃色がかったショートカットに青、黄、赤と信号機を意識したように三本のヘアピンで前髪を分けている別の少女の顔があった。彼女は覆い被さるような形で春香に抱きついていたのだった。
「ん?」
そんな当の彼女、柿崎未来は真也の意図が全く読めていないようで、純粋無垢な表情で首を傾げていた。それは赤ちゃんが貴重な大理石にお絵描きしてしまっているのを大人にバレてもケロっとしているような、罪の意識がないみたいだった。そんな赤子に真也は敏腕検察官を気取るように質問を開始する。
「コホン、では柿崎未来、お前は何でその子に必要以上に抱きついているんだ?」
「可愛いから」
「ストレートだな」
「あっ!ごめん、今のなし。本当は、『そこに可愛い娘がいるから』だよ」
「…そんな今更使い古された感が滲み出る言葉を言ったところで、別になんの面白味もないから、わざわざ言い直さなくていいぞ」
真也はやはり落ち着いていた。普段の彼ならば彼女の天真爛漫さに翻弄されてしまって、ここからボケ・ツッコミ合戦が始まってしまってなかなか本題が進まなかっただろう。
………断っておくが決して尺の問題ではないぞ。ここ大事なところだからもう一度言うぞ。決して尺の問題ではない。断じて否であるからな。
「んで、そのお前が抱きついている娘は、どこで会った?」
そうこうしている内に、尺の空気が読め…じゃなくて、比較的冷静でいられている真也は未来に二つ目の質問をぶつけていた。
「うん!実はね、さっきそこの曲がり角で拾った!」
「犬か!」
「名前はストロベリーにしようと思う!」
「…、それは悪くないな」
「わおんっ!」
真也が未来の意見に飲み込まれそうになっているのを見て、春香は驚きのために鳴き声をあげる。それを受けて多少、正気に戻る真也。
「じゃなくて、えと、元の場所に返してらっしゃい!」
「遠藤先輩!それ、フォローなんですか?」
「嫌だ!絶対家で飼うんだ!」
「何言ってるんですか!えっ…えっと、」
未来の発言に対し春香は怒鳴ったが、そこでしどろもどろとしてしまう。真也はどうしたのかよく分からなかったが、未来の方は察しがついたのか、「柿崎未来だよん。よろしくね」と軽く自己紹介する。
「あ、ありがとうございます。それでですね、柿崎先輩。私は人間ですし自分の家もあります!遠藤先輩ももっとしっかり言ってください!」
「ふっ、任せろ」
いつになく頼もしげな表情を見せる真也。彼は春香の頭にポンと手をのせ落ち着かせ、そして凛として口を開こうとする。
「先輩っ…」
その姿を見て春香はさっきまでの緊張が嘘のようにリラックスしてい………
「ダメよ!お家が毛だらけになっちゃうじゃないの!」
……たような気がしたけど気のせいだったぜヒェヒェーイ!!。春香は真也の「犬飼うのに反対な様子のお母さん」の演技に絶句するしかなかった。「そういう意味じゃねえよ」って言いたかったけどそんな元気はなかった。
「お願いー!ちゃんとお世話するから!」
「いつもそう言って、どうせ貴方は飽きちゃって結局ママがいつも面倒見ることになるんだから」
「そ、そんなことないもん!」
「あなたがお祭りで取ってきた金魚に毎日エサをあげていたのは誰?いつだったかの夏に捕まえたカブトムシも」
「そっ、それとこれとは違うよ。それに私がやらなかったらストロベリーのオシッコとフンの始末は誰がやるんだよ!」
「ぶふっ…!?、じ自分でやりますよ!」
しばらく固まっていた春香だったが、変なことを言われつい否定してしまうが、否定してから自分が今、すごい恥ずかしいこと言っているのに気付いて赤面する。
「……水洗なら、下水処理場かな?」
「遠藤先輩はなんでそこだけ真面目に答えるんですか!!」
対する真也がいつになく真面目な顔でアホなことを考えているので、しまいには泣きたくなる春香。ここにきてチワワのように愛くるしい涙目を浮かべる彼女を見て、真也もさすがに悪ふざけが過ぎたなと反省する。
「えっと、頼む。柿崎さん。一旦、その娘を放してやってくれないか?」
「名残惜しいけど、そこまで言うなら分かったよ」
未来も、意外にもあっさりと春香を解放した。未だに懐抱したいという未練もあるだろうが、泣く子と地頭にゃ勝てぬということか。拉致問題もこれくらい簡単に解決出来れば世界は平和なのにな。
一連の茶番劇が終幕したと見て、ここまで一言も話さずに空気と化していた委員長(♂)が未来に話しかける。
「ところで柿崎さんちょっといいですか?」
「私は生徒会委員、つまり正義の心の持ち主。だから、バイザウェイと聞かれたら答えてあげるが世の情けなんだよ委員長(♂)くん!」
「それはありがとうございます」
その前口上をつらつらと述べる奴らは悪の組織だがな、と心の中でつっこむ真也。
「それで聞きたいことというのはですね、柿崎さんはここに来る途中で、異国情緒溢れる神秘的なドレスを纏った女の子に出会いませんでしたか?」
説明するまでもなく委員長(♂)が言っているのは、先程まで真也達と話をしていた初瀬川凛華のことであった。真也は内心、異国情緒だとか神秘的だとか彼女のことを良く言う委員長(♂)の表現には賛同できず、どちらかというと、胡散臭げなマヤカシ染みた似非宗教の狂信者の果てだろうと思っていたが、何かが切っ掛けで告げ口されたら面倒なこと甚だしいと思ったので押し黙ることにした。
「異国情緒なドレス?ヒラヒラしてそうな感じの?それってゴスロリじゃん☆。えー!委員長(♂)君達そんな娘に会ったの?羨ましいーぜーい」
「会ってないんですね」
「そんな可愛らしい娘がいるならとっくにハグしてから、ジャーマンスープレックスかけてるよー!」
「技をかけるな!」
さすがの凛華も、もし未来に出会ったなら余裕に振る舞う間もなく、『反論生成』を使って危険察知して速やかに回避シークエンスに入るんだろうな。と、真也はだいたいそんなことを予想する。
「てゆーか、ゴスロリなんて知ってんだな。オレですらあんまり知らないのに」
「真也君、失礼だよさすがにそれは。これでも私だって女の子なんだから。ファッションにだって多少くらいは精通してるよプンスカプン」
「そうか、そうだよな、それはゴメン」
「そう、知ってるんだよゴスロリ、…呉守盧李」
「うんうん、…うん?」
真也は腕を組み頷きながら未来の話に耳を傾けていたが、途中、急に鳴り響いた調和を掻き乱す音に眉を潜めて、そのまましばし固まる。彼は思考していたのだ。それは、ゲームハードがそのカセット内でディスクをフル回転させて、テレビ画面にNow Roadingと表示させるように。
「柿崎さん、ちょっと今なんて言った?なんかバンカラ風味の懐かしき旋律がオレの鼓膜を震わしたような気がしたんだけど?気のせいかな?」
と、真也はジト目で未来に近付く。
しかし未来は一切狼狽えることはなく、寧ろ強く真っ直ぐ受け止める。
「呉守盧李…諸説あるが、中国は晋の時代、武帝の支配に屈さずに生き延びた呉の英傑達だったが、年を経ると共にその熱情が薄れていることを憂いた、豪傑の漢たる盧李師匠により考案された古流武術のことであるという説が現在では支配的である」
「どの地域で支配的なんだよ。聞いたこともねえぞ」
「深い呼吸により気を高め、非常に緩やかに四股を動かす様子は、獲物をしたたかに狙う虎のようであった。また、太極拳とは陳王廷がこれを参考にしたということは懸命な読者ならばお気付きであろう」
「ごめん、オレ懸命じゃないから全く分からなかったわ」
「しかしこの古流武術は今では廃れ、『呉守盧李』はこの武術をを行う際に盧李師匠が着用していた衣服のことを指す言葉になってしまっている」
「え?師匠オッサンだよね?オッサンがあーゆーの着てるの?水兵服みたいなもん?」
「ちなみに現代で使われるロリコンとは、この盧李師匠が生後五歳で亡くしてしまった実娘への祈りを日々欠かすことなく続けた実話を元に、そのような尊い行為を讃える言葉だったという事実はあまり知られていないのは残念なことである」
「それは残念なことで」
「尚、現代において、この呉守盧李を『ゴシックアンドロリータ』の略称だと考える者がいるようだが、実際は別のものである」
「ナ、ナンダッテー?」
「後者は明の時代、中国湖北省の修行僧の悟祀玖庵がモンゴル民族への対抗手段として編み出した低速武術『孥呂里汰』のことと思われる」
「思われねーよ!」
「どうやら武術の型、理念などが非常に『呉守盧李』に酷似しているために混同している者が多いようである」
「いや、オレ達が同じものだって考えてる理由はそうじゃねえよ!」
「………曙〇莱新聞社刊『ゴシック文化と中国武術』より」
「いや、そこは民〇書房にしとけよ!意外とマニアックだなお前!つか、なんなの?柿崎さん最近そのマンガはまってんの?」
真也は鬼気迫る勢いで未来に詰め寄るが、彼女は不思議そうに首をかしげる。
「…?私はただ、ゴスロリについて説明しただけだよ?黒とか紫とかヒラヒラした感じのドレス」
「…はあ、もういいや。お前にこれ以上なに言ったって無駄だってことはわか…」
「魁、曉に続く三部作目、極は2013年に開始だよ!」
「ステマやめいっ!」
コロコロと無邪気に笑う最終兵器彼女に真也は非常に疲れた様子を見せていた。それは、もし未来が戦前に10人いたらアメリカは太平洋戦争で負けていたかもしれないと半ば本気で思うほどにである。
「…………………そうですか…」
「ん?どうかしたか委員長(♂)?」
真也はなぜか難しい顔をする友人に気付いて声を掛ける。
「え?いや……、伊達の技を使う仮面の槍男は結局何者なんなんでしょうね?」
「お前もステマか!いい加げ…」
「あーっ!」
「今度はなんだよ!柿崎さん!」
最後には委員長(♂)までボケる始末なので、真也も流石に呆れてお叱りの姿勢に入ろうとした時、彼の声に被せるように未来がすっとんきょうな声をあげた。
「いっけなぁーい!こんなことしている場合じゃなかったや!芳賀ちんに呼ばれとるんやったわーい!」
成る程、どうりでいつも未来にセットで付いてくる芳賀裕一郎が一切のお姿を見せないのか。彼とは現地集合なのだろう。
ここで真也は妙案を思い付く。とはいえそれは別に大したものではなく、今までさんざ引っ掻き回されたことに対する、彼の醜い仕返しである。
「えー?なになに?もしかしてこれからデートですかぁー?」
と、全く何のひねりもくそもないセリフを吐きながら、真也は異常に気持ち悪い笑顔を浮かべる。彼にその酷い顔を見せてやりたいくらいである。
「いやはははは!バレちったかテレるなぁーっ…て、デートとちゃうわーい!!」
しかし敵は何枚も上手のようで、彼女はノリツッコミも見せる余裕があるくらい全く動揺が存在していなかった。真也はすっかり忘れてしまっていたのだ、未来があの言葉巧みに真也を弄る女帝、諏訪原生徒会長の一番弟子的立場にあることを。
しかし意外にも真也は満足げな表情を見せていた。彼がマゾだからという理由からではない(そしてこれは、彼がマゾではないとフォローしている文ではないということを断っておきたい)。彼は単に嫌いな芳賀に女っ毛がないことを知れただけで嬉しかったようだ。実に卑しい限りである。
「デートじゃないなら何処へ何しに?」
「生徒会活動だよ。場所は今は分からないけど…」
「はっ?いや、じゃあ今からどこに行くんだ?」
「とりあえずどっかで芳賀ッチと合流だね!」
「どこでだよ!」
「じゃあ、真也君!委員長(♂)君、そして“宮城春香後輩君も”グッバーイ!!」
「て!無視かよぉっ!!」
未来は本当に急いでいるみたいで、一通り話すとタッタッタッタと駆けて行ってしまった。取り敢えず真っ直ぐ走っていったみたいだけど、居場所も分からない芳賀となんて合流出来るのだろうか。まあ、とは言ってもこの心配は徒労だろうと真也は思う。彼女はいつも考えなしで動いているようで、なぜか結局なんとかなってしまうのだ。あんなキテレツな少女なのに、見事に生徒会書記というポストに治まっているのを考えれば、それも頷けるのではないだろうか?
そんなことを思いながら、さよならもマトモに言えずに別れてしまった未来―――より正確には彼女が先程までいた、今は誰もいない空間―――から委員長(♂)に視線を移すと、彼はいつの間にかスマートフォンを片手に誰かに電話していた。しかし真也は別に待つ必要はないようで、真也が委員長(♂)をその瞳に投射したときに丁度通話を終えたみたいだった。
「ふう、申し訳ありません真也くん。ちょっと用事が出来てしまってね。一緒には帰れないみたいです。本当は真也くんとのドキドキラブラブ放課後お帰りタイムを楽しみたかったので……」
「そうかそいつは残念だ用事に支障を来すとマズイさっさと行かれた方がいいとオレは強くオススメするね」
どうやら委員長(♂)も用事があるようだ。委員会がらみだろうか。誰も彼も忙しいそうで可哀想だと真也は思う。気持ち悪いことを宣おうとする委員長(♂)を句読点なき口調(割と丁寧)で迅速に用事に向かわせるように促してから、改めて現状を見る。
それはまさしく疾風
高速で立ち現れ、高速で消え失せる。
Moon Light Maskも立つ瀬がないな。
やれやれ、今日は風が騒がしいようだ。
………と、ニヒルに決めていた真也だったが、彼はふとした瞬間にあることを思い出す。
「あ」
その思い出しはこの場にはもう一人存在しているという事実のことで、それは彼女と瞳が合ったのが切っ掛けだった。
「あー……、じゃあ、オレ達はぼちぼち帰るとするか」
真也は急速に進む事態に付いていけず、ポカンとしている春香にそのように言った。それを受けても彼女は呆けたように動けなかったが、頭の回転がついに追いついて、この場の状況、真也の台詞を意味として噛み砕いた彼女は蒸気機関のように顔から煙を出し、早口で何事かを言う。
「はぅぁっ!?え、えと…その…わっわたひもよっ用事があるみたいなんで、さっささささささようならー!」
そして、真也に言葉が完全に届く前に春香は顔を赤らめてどこかへ行ってしまった。
真也は首をかしげる。最近の宮城春香はおかしい。他の人がいるときはまだマシだが、二人だけでの会話は全く成り立たない。いつも焦ったような慌てたような口振りになって目の前から消えてしまうのだ。それも九条と戦ったあと時からずっとである。
―――――なんだよ、なんだよ、なんなんだよー、オレ、嫌われてんのか?うぅ…へこむぅ
真也はガックリと肩を落とす。たとえ虐められるのに慣れていても、昔から親しくしている人に露骨に嫌われるのは結構傷付くのである。彼はとぼとぼと歩きながら何が原因だったのかを考える。
とはいえ、実は真也のこの行動は全くの杞憂であることを彼は知らない。
真也は腕を組み「うーん」と声をあげながら歩いていたが、ある角を曲がった瞬間その前進を止めた。そして彼は目を細めて、髪をポリポリと掻く。
「あ………そういや一人じゃなかったか…」
真也は電信柱の裏に潜む姿に目が釘付けになる。おそらく隠れているつもりなのだろうが、その異常に伸びた髪をツインテールした特徴的な頭が存在感を主張していた。真也は一瞬、ルートを迂回しようかと迷ったが、後で面倒なことをくどくど言われるのは嫌だなと仕方なく声を掛ける。
「いや、な?普通さぁ、オレ達が王道を通るのなら、過去の因縁云々を解消したけどもライバル…って設定の奴はもうちょい現れるのは先であるべきで、少なくとも次の章には出ちゃいけないと思うんだ」
真也が腕くみの姿勢のままご高説を述べていると、声に気付いた電信柱の後ろにいた少女がゆっくりと前に出てくる。
「たとえば…ほらっ、オレがすんげえ強ぇ敵にぶつかった時とかに、「今は共闘だな」みたいな感じの演出だとか?そうは思わないか?彌生」
真也に名前を呼ばれて少女、九条彌生は真也の対面一メートルで立ち止まる。彼女は次に目を泳がせながら言葉をゆっくりと紡ぐ。
「あああ、あら真也?久しぶり。ここっこんなとこで会うなんてぐっ…偶然ね」
と、たどたどしい口振りにと共に緊張でひきつった笑顔を見せる彌生に対し、真也は生暖かい表情で優しく諭す。
「確かに、確かにオレもいつでも王道というのはどうかと思う。思う。思うんだ、時に人は邪道を歩いても良いと。急がば回れというやつだな。だが、だがな彌生…」
真也は譲歩を織り混ぜながらここまで彼女に説き、一度言葉を止めて腕組みをほどき深呼吸してから一気に言う。
「「あら、偶然ね」なんて台詞は、三日連続で同じ場所で会うやつが言っちゃいけねぇと思うんだが?」
真也は辟易としていたのだった。
視線の先の九条彌生は相変わらず真也の話を無視しながらも、沈黙に堪えられないのか話題を探そうと必死なのが見てとれる。
彼女と戦ってから一週間。それまでは何の音沙汰もなく、それはそれはもう平和な日常を謳歌することが出来たわけだが、ここ三日の間に彼女は真也の放課後の帰り道に出没するようになったのだ。どうやって嗅ぎ付けたのかは知らないが、よく考えてみれば真也の通学路を探索していたわけだから、三日どころかそれ以上に彼に付きまとっているとも言えるのだ。
真也に何か用事があるのかと、最初彼は突発的再戦を危惧して身構えたものだが、どうやら彼女に明白な理由はないみたいだ。それが逆に謎なのだが。初日はそれで納得して、二日目は首を傾げつつもスルーしたが、三日目はそうはいかないのである。
―――――つっても、ちょうどオレは彌生に会いたかったんだがな……
真也はそのように思う。というのも全ては先程のことに起因している。それは言うまでもないが、初瀬川凛華の言っていた「大いなる現象」というやつである。
あんな中二病のガチ勢が言うことだ、過剰の脚色、嘘八百の可能性も十二分にあると真也は思っていたが、あれが中二病患者であるのもまた一つの事実。簡単にはシカトが出来ないのである。
そして「大いなる現象」とは優勝候補に関係があるものらしい。だから真也の唯一知る優勝候補と接触してみるのは避けて通れない道だと思っていた。まあ、そうやって出会ってしまうことが「大いなる現象」を引き起こしてしまうと言われればおしまいだが。
そして、初瀬川凛華が言う「大いなる現象」への逃避策の三つ(昭和四十年代の三つは現在の貨幣価値に換算すると一つである)の内の一つ「彼女を守りなさい」。これが何を意味するのか。
「はぁ…彼女か………」
「ええぇっ!?」
彌生が大袈裟に驚いているのを見て真也は、初めて自分が心内感想を無意識に口に出していたことに気付く。だが、彼はどこまで口にしていたのか分からない。実際は今の一言だけだったのだが真也は全部話したものだと思い込んでしまった。
「いや、な?あいつの言っていたオレが守らなきゃいけない彼女ってのはお前なのかな?って思ってさ」
だから真也は『彼女』という単語を『she』だと思っているので平然と喋ってしまったが、実際は何も知らない当の彌生はと言うと………
「な、な、な、な、何を?なっ、なななにゃにを言っているのかしら?」
正気を保てず、彼女らしくもなくかみかみな喋りを見せる。
「いや、だからそのままの意味だよ」
「ソノママノイミ!!」
「…なに大きな声出してんだ?」
真也は彌生のキチガイ染みた言動に少し心配になる。
「そうだな、あっ!お前はどう思う?」
「私?私って、私の(気持ちの)ことを言っているの?」
「当たり前だろう?他に誰がいるんだ?お前の(考察の)ことだよ」
「うううっ、嬉しいわよ…」
「…?嬉しい?何言ってんだお前?」
「お前が言わせたんだろうが!!」
「いや、別に言わせてねえけど…」
「ううううぅぅっっ……」
畳み掛けるように急に彌生にふる真也。彼女は混乱したように悶えてしまう。勇気を振り絞って答えても真也がからかうような態度をとるので、恥ずかしさと怒りと嬉しさのようなものがミックスされて気がおかしくなってしまう。嘗て、最凶の中二病患者として圧倒的な横暴を振るっていた彼女をここまで追い詰めた者はいないだろう。
「…まあ、やっぱ変だよな。そんなわけないよな。守るって、オレより全然お前の方が強いってのによ。オレなんか不必要だよな」
彌生が悶えて言葉を発さずにいるのを仮説の疑問視と捉えた真也は、少々自虐気味に自身も仮説の否定に納得しようとする。その様子を見て彌生は慌てる。
「ちょっと!別に誰も不必要だなんて言ってねーよ!!」
「うおっ!急にデカイ声出すなってびっくりすんだろ?」
「というか、シンヤはあのこの間の念力女と付き合ってんじゃないの?」
「はっ?いや、別にそんなこと今は関係ないだろ?」
「…、…はあ?」
九条彌生は真也のあまりに浮気な発言を受けて、普段のナイフよりも鋭く、雪よりも冷たく、鋼鉄よりも硬い氷柱のような性格を剥き出しにする。そして眉間にシワを寄せ、極寒の世界で獲物にしゃぶりつく銀浪のように真也に噛みつく。
「おいおい、シンヤァ…。お前、私をバカにしてんのかっ!!」
並みの人間なら恐れ震えてしまい、その場にしゃがみ込んでしまうくらいの狂気がそこにはあったが、真也は呆れ混じりに彼女に一言言う。
「はぁ?何言ってやがる。オレは本気だぞ?」
「…え?」
それだけで十分だった。真也の耀かんばかりの真剣な顔と声を前に、九条彌生という人間は簡単に崩れ去ってしまう。銀浪の歯は脆く入れ歯を推奨する程であり、氷柱は太陽の光を受けて液体と化してしまったのだ。
「それに春香ちゃんと恋人だって言ったのは、あの時の戦いでお前を動揺させるための嘘だよ」
「嘘?」
「そう、嘘八百さ」
「………」
―――――嘘だったの?動揺ってどういうこと?もしかして私に焼き餅妬かせたかったの?え?それって…
普通に考えてみれば、戦いを有利に進めるための動揺だと分かるものだが、恋する乙女は盲目なのだ。
そして事ここに至り、真也もなにか違和感を感じてしまう。彼女の過剰すぎる反応、そして顔を真っ赤にして黙ってしまっている様子。さすがの彼もこれを見てまで疎くいられるわけがなかった。
「お前…っ、まさか……っ」
真也はようやく自分が犯したミスに気が付いた。つまり彼は事態の詳細を話しておらず、九条彌生は『彼女』を『she』と思っているのではなく………
「……………………」
「……………………」
真也と彌生はお互い言葉思い付かず黙ってしまう。彼は改めて息を飲んで彼女を見る。
―――――…嘘だろ?黙って俯いちまうなんてお前らしくもない。やべぇ…なんだよこいつ、すげぇ可愛い……。ちょっとおい?何言ってんのオレ?相手はあの彌生だぞ?…心臓スゲエばくばくしちまってるよ。伝わってんじゃねえの?顔も熱いし、……おいおい、頼むからなんか喋ってくれよ!!!!!!
真也は混乱した。夏のせいではなく身体中から汗が吹き出し、息が上がってしまう。
しかしそれでも真也は彌生から目を放すことができなかった。
九条彌生は見られることによってより、恥ずかしくなったのか今以上に顔を染める。
そして、体をカタカタと震わせ、だんだんと小さくなってしまう。
最後に、彼女は赤面を隠すように手で顔を覆った。
しかし、それは逆に真也を見るという行動に引き立てさせた。
抗いようもなく、変態のように視姦してしまうのだ。
その髪を。
その眉を。
その瞳を。
その耳を。
その頬を。
その口許を。
その下顎を。
その首筋を。
その背筋を。
その胸骨を。
その腰回りを。
その太股を。
そのアキレス腱を。
その爪先を。
その足の裏を。
服の上から食い入るように見てしまう。その迫力は釘付けどころの話ではない。その上に大量に瞬間接着剤を流し込み、強力テープをベタベタ貼り、数多ものベニヤ板を無数のボルトで螺子込み、分厚い鋼鉄を熔接してしまうくらいな程に強く見とれてしまっていたのだ。
ギャップ萌えというのだろうか、ドSというのだろうか、怖いくらいの印象を持っていた相手が弱々しく、女々しい小動物な行動をとっているのに真也は異様な興奮を憶えたのだ。
――――――っは、オレは何を?
しばらくして性欲の渦潮という粘着質な陥穽からなんとか脱け出せた真也は、沈着になれとの命令と先程までの自分への嫌悪から激しく我を叱咤する。そして彼は一先ず深呼吸してから意を決したように事情を説明しようと口を開く。
「フッフッフッフ、フハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!」
この、やけに偉ぶった演技染みた笑いを発したのは真也の口ではない。彼の口は突如巻き起こった笑い声による驚きで言葉を飲み込んでしまっている。かと言って、消去法的に彌生というわけでもない。第一、普段の彼女ならまだしも、こんな乙女な彌生がそんな声を発するのはあまりにシュールである。
「………なんだ?」
声の発信源は上であった。真也は自身の耳を頼りに音の方へ首を動かす。そこには人様の家の塀の上に立ち腕を組む、真也達と同い年くらいの少年がいた。
彼はなかなかのハンサムであったが、ワックスで黒髪をガチガチに逆立たせ、学ランをマントのように着用し、それを止めるために黒い肩パットをはめ、両の手に同色のグローブをし、左腕にだけ包帯が巻いてあった。雷の絵が描かれてある背景真っ黒のTシャツ、そして無駄にジャラジャラとチェーンが付いたブラックジーンズ。
それらを見て真也は本能的にドン引きし、理性的に一つの感想を漏らす。
――――――マジかよ…。オレは今、大変貴重な経験をしてやがるぜ。
「…ハッハッハ。…ふむ、いやこれは上から失敬。我が無礼を許せ」
そう言って黒ずくめの少年は塀から飛び降りる。着地した際、「シュタッ」と彼が口にした気がするが真也はつっこむまいと言い聞かす。そして立ち上がり、
「バーン!!」
と、言った。
効果音を口にしたのだろうか。
――――――まさか、一日に二人ものガチな中二病に出会うだなんて誰が思おうか?
黒ずくめの少年は辺りをキョロキョロと見回し、あまりのことに唖然としている真也を目に止めると含んだように鼻で笑う。
「貴様、どうかしたか?珍妙な顔をしておるが」
―――――そりゃ、珍妙な奴に出会ったからな。
「おや?これはこれはスマナイ。自己紹介がまだだったか」
―――――しないでいいんで帰ってください。
「我が名は四天王寺龍鵞。真名は『聖光を斬り裂く者』。冥府の果てより馳せ参じた」
―――――日本語で頼む。
「フフフ、どうやら我が混沌のオーラに圧巻されたようだな」
―――――ある意味その通りだよ。
「ちなみに、今日(小説投稿日)の世界滅亡を止めたのは我だ」
―――――思いついたように、ホットなメタフィクションネタ入れるのもどうかと思うぞ…
と、真也は飽きれ気味に心内ツッコミをする。声に出してまで付き合う気はない。喉の無駄遣いだ。そう思って無視するように彌生に話始めようと思った時だった。
「いったいここに何のようかしら?四天王寺」
九条彌生はいつもの刺々しい性格に戻り、四天王寺と名乗った男につっかかていた。
「おいおい、わざわざ相手してやることねえだろ」
と、真也はため息混じりに彌生に忠告するが
「ほう、誰かと思えば貴様は九条か!」
「…って、知り合いなの?」
四天王寺が驚くようなことを言うので、ついその少年に振り返ってしまった。
「まあ、そう言えばそうね。というか、シンヤ本当に何も知らないのね?」
「何がだよ?」
真也は後に、この質問をしたことに悔いることになる。
「何って、四天王寺は優勝候補の一人よ」
「へ?」
真也は一瞬、彌生が何を言っているのか分からなかった?
「はっ?ってことはこいつ、中二病患者だって言うのか?」
しかもただの中二病患者ではない。最凶の能力を誇る九条彌生と同等の存在。
真也は改めてその黒ずくめの少年、四天王寺龍鵞を見る。彼は不敵に笑いそしてこう言った。
「我は貴様と戦いに来た」
真也はそれを受け、四天王寺に対する眼光を鋭くする。
そして一歩踏み出した。
あとがき
四天王寺「我が偉大なる力のおかげで地球は救われたようだ…」