Ep25 Differense Transfer ~イニシャルで読むのガチ勘弁~
ギャグ要素をいつもよりふんだんに入れた、たーのしかったwwww
12月11日一部変更
「……………………」
遠藤真也は固まっていた。
焼かれる程の夏の炎天下をモロに受け、皮膚は山の清流のように汗が伝っていく。その水の筋は衣替えしたての新雪のように白い半袖ワイシャツをじわじわと湿らせていく。普段ならこの猛暑に対し、英語やら数学やらの教科書を取り出してウチワの代用とするなどの手段を抗じるくらいのことはする真也であったが、今はそんなこと考えもしなかった。
身体としては夏の暑さをしみじみと感じ得ているのだが、精神的にはそんなものに問題視はしていなかった。これは麻痺ではない。どちらかというと無視に近い。脳が「暑い」という体全体から伝える信号に聞き耳を持たないのだ。それは別の情報が脳を完全に満たしてしまっているからだ。
――――――その権化は目の前にいる、そう、こいつ。
それは、先程から真也が視線を送っている先にいるもの。そこには頽廃的な印象を与えられる紫色と黒のレースやフリル等で飾り立てたドレスを着た女が、全知を気取るような図々しさを振り撒いていた。
そして彼女は自らを「中二病患者」と呼び、真也を「よわゴシ」と呼んだのだ。
今彼を蝕む一つの感想があった。それは呆然でも恐怖でも悲哀でもなければ、ましてや憎悪や歓喜でもなかった。
それは「面倒臭い」であった。
真也の基本非行動理念が一つ。よわゴシの根底、臭いものに蓋。真也は主人公と呼ぶには落第点の人間である。彼は別に困っている人間を助けずにはいられないなんてお人好しな性格ではないのだ。以前、真也のよわゴシはいじめを無くす手段だとか正義じみたことを言っていたが、彼のそれはいじめの成敗ではなく、予防策。彼の産み出す平和とは所詮、何事も触れない起こさないの無難主義消極策なのだ。
だから真也は無理矢理にでも、この場から去ろうと試みた時であった。
「…?」
その一歩を踏み出そうと足に力を入れたとき、真也はゴスロリの彼女、長谷川凛華の言った一言が気になり出した。
「………“追われていた”だと?」
そう、長谷川凛華は「追われている」ではなく「追われていた」と過去形を使ってきたのだ。その怪訝とした様子の真也を見て凛華は彼を見直したように評価する。
「へー、まさか気付くとはね…。いや…流石は無能力なのにここまで生き残っているだけはあると言うべきね。『百発百中』あたりが聞いたら手合わせたいとでも思うんじゃないかしら?」
「はっ?さっきから何言ってんだお前は?」
「良かったわね?」
「はっ?」
凛華の奇妙な物言いにひたすら戸惑うばかりの真也。
「もし貴方が何も言わずにこのまま去ろうとしたならば、貴方は大いなる現象に飲まれて圧されていたところだわ」
「バカな…何言って…、つか、別に逃げようとなんかしてないし」
真也は冷や汗タラリに瞳をキョロキョロさせる。こいつは自分が嘘が下手なのにまだ気付かないのだろうか。
「ふふふっ、隠しても無意味。そもそも“それ”は私の専売特許なんだから」
「わけ分かんねえが、まあそれはいい。んなことより、オレが大いなる現象に飲まれるってのはどういう話だよ?マヤカシの押し売りならお断りだぜ」
「お生憎様だけど私は魔力の特売はやらない性格なのよ。それに言葉の受けとり間違いだわ」
「はっ?何が…って、えっ?」
真也は不理解を体で表現しようと大胆なジェスチャーを繰り出そうとした時、その隙をついた凛華は真也の胸のフシン辺りに左手をそっと添える。真也はあまりのことに動けなかったが凛華は間髪入れずに話を続けた。
「貴方、以前、優勝候補と戦ったことがあるわね」
「彌生のことか?」
真也は彼女の指摘に別に驚くことはない。寧ろ今更感すらあった。なぜなら彼女は既に真也に「よわゴシのことならなんでも知ってる」と言ったのだから。そして彼女も真也の返事として期待していたのは、驚嘆よりも当然の方だったようである。
「やはり、今の反応から鑑みるに“ただ戦っただけじゃないみたい”ね」
「?」
「勘違いとは“飲まれる”ではなく“飲まれている”ということね」
「……、…っはあ!? じゃあ、つまり…オレは、既にその大いなるナンチャラに巻き込まれてるって言いてえのか?」
真也は先刻の疑問符も一瞬にして吹き飛ぶくらいに驚き、大袈裟なくらいに声を大にして尋ねる。
「…大いなる現象ね。でも、貴方の質問に答える前にどうやら私は後ろに一歩下がらなければいけないみたいね」
「は?だから何言っ…」
凛華は真也の熱風に煽られながらも涼しげな顔で真也の細かな間違いを訂正する。そして突如、なんの脈絡もないことを言い出したかと思いきや、淡々と有言実行す―――――
「!!!!!!!!?」
凛華が動き終えてから一呼吸も許さずに先程まで彼女がいた空間に何かが叩き付けられる。それは視認出来ないスピードというわけではなかったが、真也は眼前を通過する際に浴びた烈風から、いくらか速いと思わずにはいられなかった。
擬音語表記しにくい通音、破砕音の混じり合った音に彼は多少の不快感を鼓膜から感じ取り思わず頭をかばう。
そう、そして破砕。
圧倒的な攻撃による地面への負荷は多大なるものだったのだろう。隕石衝突由来の月面はクレーターが産み出されていた。真也はかつてコンクリートが粘土のようにひしゃげる様を見たことがない。
真也は自然と右方に気配を感じる攻撃の主の方に視線をやった。
そう、この“翠色の鈍器”の持ち主を――――
「え」
「あらあら貴方も存外頑固な性格のようね。貴方では私に“勝つことは”出来ないということを、未だに熟知出来ないほどの幼稚な頭脳でもあるまいに」
一瞬でも判断が遅れれば身長が縮むのは必至だったというのに、長谷川凛華はその名に一ミクロンも劣ることなく〝凛〟として闖入者を見据えていた。その立ち振舞いは編集長が新人投稿を冷徹に評価するが如しであった。その氷菓のような理性の保ちように真也は異様さを感じる。まるで彼女には啓示が掲示されているような…。だが、今、着目すべき点はそちらではなかった。
「………委員長(♂)?」
それは真也が知る顔であった。だが、今そこに貼り付けられているのは苛立ちを憶えるほどに清々しい微笑みなどではなかった。
「長谷川…さんっ、」
そして委員長(♂)は真也の方を見てはいなかった。蔑ろというよりは、見る余裕がない切羽詰まった印象を真也は得た。
「長谷川さん、あなたはまたこりもせず…」
「残念だったね。ゴキブリのようなしつこさが私の売りでね」
真也はこの二人のにらみ合いをただ見つめるしかなかった。なぜ彼らがいがみ合っているのか真也は知らない。彼はあまりに持っている情報が乏しすぎた。傍観者としてその場にいるのが似つかわしかった。しかし、彼はまた言葉を発する権利もあった。それも無限の選択肢がある。それはもう質問でも、狼狽でも、仲裁でも、いろいろだ。だが真也は口の赴くままにその三つのどれでもない言葉を選びとったのである。
「心理系能力……」
彼が発したこの単語に対し、委員長(♂)はここで初めて彼に振り返り驚嘆ととれる表情で写真のように固まり、凛華は「ほう」と、再び関心していた。
「なぜ…、そう考える?」
凛華は興味津々と真也に尋ねる。
「基本相性関係」
「?」
「仮にこれが真であると考えるとして、現象系能力者に対し無敵と同等の効果を持つ委員長(♂)の最強の力に“負けない”とはどういうことか」
真也の話に二人とも黙ってしまう。まるで逆転現象だった。
「実はどういうこともない。というのも委員長(♂)の能力が強いのはあくまで防御面においてだからだ。つまり委員長(♂)のオプション効果である攻撃さえ凌げれば、確かに勝つのは難しいが、負けることはあまりないのだ」
ゴキブリを素手で退治できずに苛立ちを隠すことの出来ない人間、といった図みたいなものだろうか。
「そして貴方はこう言いたいのね?重要なのは敵の攻撃を防ぐ能力だと」
「その通りだ。そしてこの場合、オレが最も適合すると思う能力はそれこそ『絶対防御』だと思うが、お前は委員長(♂)の攻撃に対し防御とは別種の対処法を行った」
「……」
「それは回避。この時点でほぼ完全に現象系能力の線はない。回避は現象というよりは概念に近いからだ」
「なら概念系能力なのではないかしら?」
凛華は聞くが真也は早々に否定しようとする。
「オレはそれも少し違うと思う。なぜならお前の動きが法則だと言うなら、それに若干のぎこちなさを感じざるを得ないからだ」
「ぎこちなさ…とは?」
「仮にお前の回避が概念系能力だとして「絶対に相手の攻撃を避ける法則」を支配する能力というのを考えると、どうもお前の先程の言動と噛み合わない。というのもオレ自身が概念系能力者だからよく分かるんだが、この種類の能力は実にオートマチックなんだ」
概念系能力者は「法則を支配」だなんて御大層なことを歌っているが、実際は彼らは法則は行使しているに過ぎず、寧ろ能力者の方が法則に“支配されている”と考えた方が正しいかもしれない。
「だから回避の法則が発動する際は全て自動で行うので、突如の攻撃の際には“不自然な動き”になったり、“能力者が察知していない”なんてことになる。なのにお前は全く違う反応を示した。回避行動は自分の動きだった。しかし行動開始が早すぎる、まるで、」
真也はここまで言ってから凛華の顔に思いっきり腕を持っていった。そのふてぶてしい顔面を拳でぶち抜こうというのである。
だが、当たらない。真也が思っていたよりも凛華の体は後ろにあったらしい。おそらく会話している間に下がったのだろう。しかしお陰で彼は言うことが出来る。
「“相手の〝心〟を見透かして攻撃を事前に〝読〟んでいる”かのようだな」
と。
「わお、ブラボー。まさか貴方が先程までの“よわゴシ”と同一人物とは到底思えないわ。貴方の最強の力って実はそういった推察能力なんじゃないの?」
凛華はいいかげんな拍手をしながら真也を皮肉った。
「もしそうならオレの期末テストは悲惨な結末に陥ることはなかったんだがな…」
「あら?もしかしたら能力は健闘していたのかもよ?」
「お前…、オレのオツムが相当の低スペックとでも言いたいのか?」
真也は凛華のいちいち勘に触る物言いに腹立てることなく、ただ呆れていた。いや、むしろよくこれ程の言葉を選び抜けると関しているくらいだった。さすがは苛められっ子に苛められる程の器、相手の誹謗表現を評価する余裕があるようだ。
だが、彼の方に余裕は見えないようだった。
「…で?真也くん。貴方は推理を披露したところで一体なんだというのですか?」
それは他ならぬ委員長(♂)である。言葉こそ余裕がある風に思えるが、しかし逆にこの局面で、その切羽詰まった表情で吐いた台詞だからこそ強がりにしか聞こえなかった。
「ふっ…、そんなものは決まっている」
ゆえに委員長(♂)の問いに全く臆することはない。真也は委員長(♂)に向けていた顔を一瞬で凛華に戻すと、一気に言い放つ。
「オレの能力は「自分の攻撃力のみをゼロにする法則」を支配する概念系能力。お前はなんなんだ?」
真也は威風堂々と立ち、気の迷いなど一切ない表情を魅せる。
「真也くんっ!」
「委員長(♂)は黙ってろ」
この状況下で自分の能力を言い、相手の能力を聞くことがどういうことなのか分からないほど委員長(♂)も落ちぶれちゃいなかった。
だが委員長(♂)の制止なんて真也にとって今更全くの無意味だった。彼は真っ直ぐとして凛華を見つめる。
「あらあら?私が意図も簡単に自分の能力を打ち明けるなんてチョロい女だと思っているのかしら?」
「おいおい、ここまでお膳立てしといてその物言いはちっとばかし意地悪いんじゃねえか?」
真也も流石に困ったような顔をする。
「ごめんなさいね。不思議なのよ。普段は別にここまで人に茶々を入れることはないんだけど、なんか貴方には余計なことを言ってしまうの」
「ははは…、よく言われる……」
「ま、でも、戯れ言はこのあたりで切り上げることにして本題に入るわね。と言っても何から話したものかしら?」
「一先ずあれだ。お前の最強の力がなんたるかを教えろよ」
凛華が首を傾げるのを見ると、真也はすぐに反応する。
「いいわ。ところで、先程の貴方の会話から察するに、貴方は私の能力を〝読心能力〟のように思っているんじゃないのかしら?」
「違うのか?」
「厳密には予知能力という方が正しいわ」
「予知?」
「えぇ。私の最強の力は『反論生成』というのだけれど、それは「常にとある事柄から逃げるための手法が思い浮かぶ」という能力なのよ」
真也は合点が行く。先程から彼女が見せる先制的な回避行動はこの能力のゆえんであると。しかし納得する一方、彼には一つ疑問もあった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。お前は確か…」
「凛華でいいわ、真也さん」
「じゃあ、凛華」
「はい、なにかしら?」
少女は二人称代名詞で呼ばれるのを嫌うようで、話を遮ってまで名前で呼ぶことを忠告し、また対等に相手のこともちゃっかり名前で呼ぶ。本来、真也はいきなり女子を名前で呼ぶのを躊躇う超草食男子なのだが、運よく、今は別のところに気がいっていて言われるがままに呼んでいた。
いや、もしかしたら「真也の名前呼び拒否発言を回避出来るタイミング」が今だというのを能力的に理解していたのかもしれない。
しかし真也自身は全く疑問を持たずに話を進めようとする。ただ、変化を言うならば委員長(♂)がムッとしたくらいだろう。
「いや確か心理系能力って「人をどうにかする」能力なんじゃなかったっけ?」
真也の疑問は最もである。だからこそ彼は予知能力などではなく、透視能力なのではないかと踏んだのだ。
「心理系能力をそのように認識するのは誤解だわ。そもそもこの種類の能力は数も少ないし、存在も曖昧なのよ。これに関しては引き算的に定義するのが好ましいわ。つまり概念系能力と現象系能力のどちらとも言えない能力を心理系能力とするってね」
「じゃあ、心理系とも言えない能力がある可能性もあるってことか?」
「いえね、貴方が言った「人をどうにかする」という考え方は決して間違っているとは言えないの。私の予知だって発想を変えて「無意識下で透視したデータを元に無意識下で予測演算している」と言えば“人を介している”とも言えるしね。ただ、その当て嵌め方だとこんがらがって分かりづらくなるってことね」
真也は完全に理解することが出来なかったが、凛華の説明に四苦八苦する様子を見て一つ気付いたことがあった。それはディジャブの賜物だろう。同じようにこの種類の能力の説明をした委員長(♂)が、彼に珍しく言葉が進まなかったが、それはこの種類の能力が実に曖昧な存在だということを強く裏付けていた。
―――――心理系能力………、どうやら一筋縄ではいかないようだ。
真也はそう思って、一瞬難しい顔をしたが、すぐに気を取り直す。凛華曰く数が少ないようなので、そこまで強く気にすることもないかと割りきったのだ。
「で、まあそれはいいよ。問題はそんな世界の軍部が垂涎しないではいられない最高峰のレーダーを持つ少女が、どうして敵に“捕まったか”だ」
「…」
「“追われていた”ということは既にお前の逃走劇は終わっているんだろ?それでいて惨めにオレに助けを懇願したんだ。それが芳しくない悲劇的な結果だったってことは見え見えじゃねえか」
「ちょっと、私がいつ貴方に惨めに懇願したというの?事実をねじ曲げるのはやめてちょうだい」
凛華が事実の訂正を促す。だが、そんなものは無視である。今までさんざ茶化してきた彼女へのせめてもの報いである。そんなことより、今は彼女からの説明を促すのが重要だ。
だが、しかし、
「そうですね。その辺りの説明をしてもらいたいですね」
そう、言ったのは委員長だった。
「お前…」
真也は呆気にとられていた。
「なんでまた、…まさか乗り気とは…。今日一番に驚いたよ。オレはまだ止めに来るのかと思っていたが…」
彼はあと二、三回は委員長(♂)を説得するための言葉を、その口からつぐみ出さなければならないとばかり思っていたからだ。しかし宛が外れた真也に対し、委員長(♂)はいつものような清々しいばかりの爽やか笑顔を向けるのだった。
「真也くんこそ酷いですね。僕は君との付き合いはなかなか自負するものがあるんですよ?」
「…一年半だがな」
「充分、否、過剰!」
「かじょっ…!?」
「ふふ、僕は知っているんですよ。君は情けないくらいよわゴシだから面倒事はどこまでも避けようとしますが、その重い腰がゆえに一度やると決めたらテコでも動かないことを」
「情けねーのは余計だっつーの」
「ハハハ、これは失礼を」
「………………」
だが真也以上に呆れていたのは凛華だった。彼女は頭を人差し指で掻きながら、彼らの会話を退き気味に見つめる。そんな信じられない様子でいる凛華に委員長(♂)は微笑みかける。
「どうかしました?長谷川さん。いや…、僕も凛華…とファーストネームでお呼びした方がよろしいですか?」
「…貴方の好きにすればいいわ」
「では、これまで通り長谷川さんと好きに呼ばせてもらいますね?」
委員長(♂)は凛華を虚仮にしつつ、“彼女の最強の力を牽制して”優位に立とうとする。
「そんな些末なことはどうでもいいわ。けども、貴方が手のひらを返したように話に乗ってくるのはどうでもよくないわ」
と、凛華はキっと委員長(♂)を睨む。
「おや…その物言いだと、まるで僕が長谷川さんの計画に乗るつもりで実は邪魔しようとしていると思っていますね?」
「あら?それ以外の答えがあるのかしら?あるのならご享受願いたいわ」
「よろしいでしょう。いいですか?そもそも僕は真也くんと一心同体です。それはもう夫婦のように」
「離婚届って区役所で貰えるんだったけか?」
真也が委員長(♂)の話に突っかかるように聞いてくる。
「いくら夫に冷たくあしらわれようと黙って支えるのが妻の僕の仕事。ひたすら彼の幸せだけを切に願うばかりです」
「オレの幸せはお前がホモ臭を出来る限り抑えてくれることだがな」
「つまり僕に早急の性転換手術を促しているのですか?それは察しが悪くてすみません」
「うん、まったく分かってないよな」
「ですが万事大丈夫!すぐにクリニックに予約を入れるので明日にはメインヒロインの一丁出来上がりですよ」
「そんなバッドエンドはご免被るわ!」
凛華をそっちのけで話を脱線させて真也を“半分本気”でからかう委員長(♂)。彼女は少ししてから咳払いをして二人を本題に戻させようとする。
「まあ、夫婦漫才は一先ずおくとして…」
「夫婦漫才じゃねえよ!」
凛華の言葉に派手にずっこけながら否定する真也。
「なによ些末なことじゃない」
「まったく些末じゃないわ。否些末、不些末、無些末だっつーの!」
「はぁ、うるさいわねぇ、真也(妻)」
「カッコツマとか言うな!」
「ところでブロンドヘアの彼」
「無視かよ!」
凛華は真也の忠告の一切をテキトーに流して委員長(♂)に声をかける。
「委員長(夫)と呼んでもよろしいですよ」
「よろしかねーよ!」
「了解したわ」
「了解すんなよ!」
真也は泣きそうになる。凛華はひとしきりからかってからこの辺でやめようとする。真也に同情したわけではない、口が疲れたのだ。
「つまり、現状では最早、私の邪魔をするよりも真也(妻)の手助けをする方が彼のためになると思っているのね?」
「からかうのやめてねーじゃん!」
「あら?不思議ね。やめるとは言った覚えがないけど…」
「ぐっ、いや…それは、なれーしょん、がっ…」
凛華が不思議そうに首を傾げると真也は口ごもってしまい何も言えなくなる。
「その通りですよ。だから貴方の計画をこうやって真剣に聞こうとしているのではないですか。先程から」
「先程とはどの口が言うんだ、どの口が」
真也の口ごもりからの見事なツッコミプレイ。
「計画…だなんて貴方は先程から私の話を壮大にしているけど、私がやろうとしていることはただの逃避術に過ぎないわ」
「逃避術?」
真也は委員長(♂)に突っ込んだ手を戻しながら再び凛華に目をやる。
「その前にさっきの質問の答えだけど、それは私の『反論生成』が所詮、心理系能力でしかないからよ」
「はあ?」
「つまり、先程真也くんが話していたように、貴方の『反論生成』は概念系能力の全自動性を持たないために不意を突かれた…と言いたいわけですね」
委員長(♂)の発言は概念系能力と心理系能力とを線引きする一つの目安と言える。『法則を支配する力』と『心理を操作する力』は言うなればAT車とMT車のような違いがあるのだ。
その違いで言えば人間味が反映してしまう心理系能力は不完全性を秘めているが、それは逆に臨機応変に物事に対応出来るともとれる。そしてそれこそが基本相性関係において心理系が概念系に有利な理由なのである。
概念系の攻略法は法則の抜け穴を突くことなのだ。絶対的な法則を支配するということは、もし能力を逆手に取られて攻撃されれば簡単には対応出来ないのである。過去の例で言えば、『絶対防御』の「攻撃しか防げない」穴を見事に突いた真也がそうである。ゆえに臨機応変に出力変更出来る心理系は相手の弱点に微調整しながらその穴を狙い打つことが出来るのである。
対して委員長(♂)の言うように、心理系の弱点とは操作性自由という人間的不完全性ゆえに反復攻撃に弱いということ。犬も歩けば棒に当たる、猿も木から落ちる、公法も筆の誤りということである。
「そうよ。私は何度も何度もしつこくしつこく狙われた。昼夜問わずにね。いくら高性能レーダーを持っていても私はただの人間なのよ、失敗だってあるわ。下手な鉄砲もなんとやらね」
「それでもやっぱりオレは凛華の発言に首を傾げずにはいられねえな」
真也は未だに難しい顔をしている。凛華はやれやれとため息をつきたくなった。しかし、それに気付いて真也は弁解するように慌てて喋り出す。
「いや、別に今の説明が全然理解できなかったとかじゃねえよ?本当だよ?ただ…、お前は捕まったんだろ?なのにお前は変わらずこの場でピンピンしている。それが意味分からんのだ」
「それは僕も思っていました。長谷川さんは別に最強の力を失っているわけではありませんし」
真也につられ委員長(♂)も「確かに」と言う。
「ええ、貴殿方の指摘するように私は今でも変わらず中二病患者で、彼達に弱味も握られてないし、それに貞操も無事だわ」
「最後の情報はなんだ?」
「つまり私は未だに処女前回のバリッバリの生娘ということね」
「詳細求めたわけじゃねえよ」
「ふっ、「みなまで言うな」とは流石は、DT帝王遠藤真也ね。お見逸れいったわ」
「喧しいわ!しまいには殴るぞっ!君が泣くまで殴るのをやめないぞ?」
「まあ、真也くんの童貞はその醸し出すイカ臭さのオーラから貫禄のようなものを感じるレベルですが…」
「え?ちょ?オレってそんなにイカ臭い?」
突如、別方向から鋭い台詞を突き付けられた真也は委員長(♂)にすがりつく。
「は?」
「いや、そんな「何を今更」的なキョトンとした顔やめて!」
「僕は様々な人間を見てきましたから童貞か否かは臭いで分かるんですよ。だから真也くんはくせぇ、イカの臭いがぷんぷんするぜです」
「スピィィィードワゴォォォォーンンンッッ!!!!」
真也を精神的に貶めたもの…、意外!それはイカ臭さ!
「まあ、そんなことは置いといて本題に入りましょう」
「そうですね、そんなことは置いときましょう」
「しゅん…」
彼らはもしかしたら組ますと真也にとって最悪の敵になるのかも知れない。
真也は未来の一つの可能性に強く脅威を抱いた。
「なんで私が未だに平穏無事に過ごせているのか。それは彼…、優勝候補筆頭の一人、一ノ瀬大和にとって私はもはや用済みで、始末する必要すらも感じないと思われているってことよ」
「それは…つまり、ある種の期待を抱いて捕らえてみたはいいけど、お前が思ったよりも期待外れだったってことか?」
真也は言って、目線を彼女の顔の30cm下方に落とす。そして、その頼りなげな膨らみを瞳に透写するとそのまま微妙な顔をしながら何かに納得する。
「違うわよ!」
「めつぶっ!?」
凛華は軽やかな動きでなんの躊躇いもなく彼女の右人差し指と中指を真也の両眼に突き刺す。セクハラの報い、おそろしや。
「ふん、むしろ私には彼にとって破格の価値があったのよ。だから追いかけられていたの。ただ、彼にとって重要なのは私に会うことで達成されたみたい」
「だから絶望したんだって、お前の発展途上国に…いやいや、嘘です冗談です!充分に魅力的で先進国です!」
真也の余計な一言で、凛華は眉間をピクンとさせながら再び目潰しの構えに入ろうとしたのを見て、慌てて口を抑え、彼女を宥めにかかる。
「会うだけで充分とはどういうことです?そもそもその一ノ瀬さんとは何を目的として長谷川さんを追っていたのですか?」
「私も逃げることで精一杯だったから詳しいことはまだよく分からないけど、どうやら一ノ瀬さんは今の優勝候補同士の膠着状態を打ち破る気でいるようよ」
「膠着状態?」
「聞いたことがあります」
真也が情勢の話をされてとんちんかんな様子でいるのと対照的に、委員長(♂)にはピンときたようだ。
「確か、彼らは互いに干渉しないように協定を結んでいるとか」
「んだよ?それ、なんかずっけーな。強い奴ばかりで群れやがって」
真也はぶつくさ言う。
「貴方は優勝候補の強さを経験しているはずよ。あの現実世界にまで影響を与えかねない恐るべき力を。もしあんなものを持つ同士が“今の状態の因果孤立の空間”で頻繁に戦ったらどうなるかくらい今の貴方なら想像は容易いんじゃなくて?」
言われて、真也は思い返す。
彌生との戦いの最後に現れた大気落としを。
基本的にあの空間で戦う最中に空間結界が壊れた際、その間に出現している最強の力は消えてしまうが、あのスーパーセルはあくまでも彌生が空気をめちゃくちゃに掻き回して生じさせた副産物であるために消えてなくならない。
そしてこれはあとで聞いた話だが、実は戦っている最中の現実の方は普段よりも格段に風力が高く、余波と言うものは確実に存在するということを理解したばかりだった。
「最近の例で言うなら、高井戸のとある交差点に突如現れた地割れ、渋谷の歩行者天国で局地的短期的に発生した震度五弱の地震、小田急線町田駅周辺のカラオケ店の機械トラブルは全て優勝候補の戦いの痕跡ね」
「いやあ、是非とも彼らには協定を続けてもらいたいね」
真也はやれやれと首を左右に振る。
彼のこの立場に対する身の軽さはあまりにカッコ悪いが強みとも言える。
「なのに一ノ瀬さんはなんでまた?」
と、委員長(♂)が聞く。
「おそらく彼にとってこの膠着状態は焦れったいみたいね。彼は早期決着を望んでいるみたいだもの。けど、膠着状態は協定だけでなく、そもそもの力関係の拮抗が原因だから彼も簡単には動き出せないわけ」
「ということは彼の狙いは力関係をぶち壊す程の強い力の獲得というわけですね?」
「おそらくね」
「けど解せねえのは、どうしてそれが『反論生成』になるわけ?オレだったら他の優勝候補とつるむけどな」
「それが分かれば苦労はないわ」
「そしてなにより、なぜ会うだけで終わってしまったのか、ですね」
三人は「うーん」と考え込む。と、ここで真也は後になったら余計に聞きづらくなるので根本的なことを尋ねることにした。聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥である。
「つか、「べすとふぉー」とか「一ノ瀬大和」って何だ?てか誰だ?」
「優勝候補筆頭というのは優勝候補の中でもより強い四人のことよ。その中に一ノ瀬大和というのがいるの」
-------彌生よりもバリバリ強い奴がいるってことかよ!!
「へ、へぇー、で、ところで一ノ瀬大和ってのはどんな最強の力なんだ?」
「彼はあまり自分の最強の力を見せたがらないから、正確には分からないけど、噂では多量の水を出し…」
「水流系能力か」
「それを一瞬の内に凍てつかせ剣のようにし」
「氷結系能力?」
「その氷の剣には電流が迸り」
「電撃系能力との両用能力?」
「更に鋼鉄よりも堅き岩石に焔を灯し流星のように放つらしいわ」
「なんだその多彩能力は。お前はオレをおちょくっているのか?」
「能力をほとんど見せないって言ったでしょう?憶測と妄想が飛び交って混ざりあっているのよきっと」
「僕はドラゴンやベカサスなどを飼い慣らす能力とも聞いたことがありますよ」
真也は疲れたような顔をしながら仲川と内山のコンビと戦った時のことを思い出していた。あのときは真也の能力を爆発の力だとか勘違いしていたのだった。真也は実は一ノ瀬って奴も噂だけで実はよわゴシ並の雑魚能力なんじゃねえの?と心の中で思った。
「で、結局、お前の計画…いや逃避術だったか?それはなんなんだ?」
「あらあら忘れていたわ。それはね『反論生成』を利用した一ノ瀬さんの計画妨害よ。と言っても、『反論生成』はその未来が遠ければ遠い程、抽象的に不確実的になるんだけどね」
「やっぱ、ショボいな…。まあ、オレが言えた義理じゃねえが…」
「貴方に忠告することは三つだわ。一つ、“彼女を守りなさい”」
「彼女?彼女ってどういうことだ?彼女出来るのかオレ?ちょっと詳しく」
「二つ、彼女とはsheのことである」
「だよな!分かっていたぜチクショー!てか、忠告①②はそれで一つだろが普通!」
「…以上」
「って、以上かいっ!つか、二つじゃねーか!いや、実質一つか!おい、待てよ。もっと分かりやすく……」
真也はあまりにも杜撰な忠告に対し意義と再答を求めようとしたが、
「…て、あれ?凛華の奴どこ行った?」
真也はキョロキョロする。しかし彼女はまるで元からいなかったかのように姿を消していた。
「やれやれ。まあ、彼女の能力は“これ”ですからね。どうやら僕達が出来ないタイミングを見計らってエスケープしたのでしょう。はは、真也くんが“よわゴシ”なら、彼女は差し詰め“にげゴシ”と言ったところでしょうかね」
「おい、ナニをお茶を濁して勝手にオチようとしてんだよ!誰うまだよ!少なくともオレうまではないことは火を見るより明らかだよ!」
そうやって“けんかゴシ”に委員長(♂)にストレスをぶつける真也のもとにひょんな声が響く。
「おやおや!おやおやおやー!もしもーし!そこにいるのはそこにいるのは、もーしかしちゃっーって真也くんじゃないですかー!」
天真爛漫がファンファーレのように妙に賑やかな調子を伴って、声となりうるさく真也の鼓膜を震わす。当の真也は「この声は…」とあからさまに嫌な顔をしながら凍り付き現象に襲われる。
「うわー!やーっぱり真也くんだ!再び垣間見れて余は満足じゃぞ~☆」
「…そういう貴方は柿崎さん」
ちょっと顔が引き吊るがなんとか言葉を吐き出せた。真也は気まずいのである。なにせ柿崎あるところにあの男もまたいるのだから。
「そして委員長(♂)くんもオッハー!今日も良き一日かなだね!」
「おそようごさいます柿崎さん。日本は今、おやつの時間帯です」
「もぉー、ごむたいな委員長(♂)くん!グリニッジ標準時の話だよーん!」
――――――うぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 流石は柿崎未来ワールド。もしこいつが男だったらこの一連の流れで四五回は殴っているわ。
真也はそう思ってから、そういえばあの男、芳賀生徒副会長兼風紀委員長の姿が見えないのと、未来がなにかに抱きついているのに疑問を定す。いったい誰だ?この人面テディベアはと見るとそこには知った顔があった。
「あー、えっと、はっ…春香ちゃん…?」
「あっ…遠藤先輩…助け…たす……きゅーん」
同級生柿崎未来に抱き付かれた後輩宮城春香はか細い声で懸命に助けを求めて、結局最後まで言葉を言えずに目を回してしまう。未来はこれみよがしに動かなくなった春香の頬を自分のと執拗に擦り合わせて愛撫する。
遠藤真也は一度目を瞑ってから開いて、また閉じてもう一回開けてから空を見た。
ここで一句
なんだこりゃ?
なんなんだこりゃ?
なんだこりゃ?
しんや。