Ep24 Parapsychi effect ~もう既に……巻込~
「………というわけなのです」
委員長(♂)は神妙な面持ちと共にそのような言葉で纏めた。その顔にはいつも見せる体の一部のような笑顔は一切ない。
遠藤真也は普段より多めに息を飲み込む。その強く迫る緊張感に圧されて心の臓が速いテンポでその音をかき鳴らしているのだ。
そして、そんな状況の中、
「で、」
ゆっくりと遠藤真也は口を開く。
「なにが、「というわけ」なんだ?委員長(♂)」
遠藤真也は目を細める。その内に委員長(♂)も元のように微笑みを浮かべた。そして右手を頭の後方に回して弁解を始める。
「いやー、お話とお話の間に説明し終わったことに出来ないかな~なんて、ふと思いましてね」
「これは小説か!」
小説です。
なぜ、バレたし。
「ほら!よくあるじゃないですか!以前話したことをもう一度話す作業を省くために、話す寸前でフェードアウトしたり、「斯々然々」と省略したりと」
「あっ!そうそうそうって、だから小説か!…つか、なんなんだよ?さっきからはぐらかして。もしかしてオレはあまり聞かない方がいい話なのか?」
遠藤真也は委員長(♂)のはっきりしない様子を見て「もしかしたら」と思い聞いてくる。
「ふふっ、あなたには負けます」
委員長(♂)は一瞬意外そうな顔をしてから再びいつもの微笑の表情に戻る。ただ、遠藤真也には委員長(♂)がどこか寂しい感情をしている気がしてならなかった。だから彼はせめて少しでも友の抱えている負債を分かち合えるように優しく声をかける。
「なに言ってんだよ委員長(♂)。オレとお前の仲……」
「まあ、別に全然話しても大丈夫ですけどね」
「……じゃないっ…か。………って、…ん?」
真也はその言葉をゆっくりと全て言い切りながら委員長(♂)からの返し科白に驚きの表情を見せる。そして今一度言う。
「んんっ!?」
「ふっふっふ、こんなこと簡単に話せます」
「なっ…てめっ!」
いつものパターンである。要は委員長(♂)は遠藤真也をからかって遊んでいるのだ。全く事態が深刻ではないことを知って真也は多少の苛立ちを募らせるが、同時にどこか安心感もあった。委員長(♂)は固くなりつつあった空気をほぐしてくれたのかもしれない。そう、からかうのはただその為の手段で…
「さて、からかうのも飽きてきましたし本題に入りましょうか」
「本気でからかっていたのか!?」
…とは思えなくなってくる真也。泣きたくなるのをなんとか堪える。そして、そんなことは一切気にせず委員長(♂)は説明口調に入る。
「まず、全ての中二病患者はその強弱に関わらず平等に一つの最強の力を有しています。ここまでは大丈夫ですか?」
委員長(♂)の問いに真也はコクリと頷き肯定を表現する。委員長(♂)はその答えに満足したようで喜んで続ける。
「その最強の力はその特徴を捉えて三つに分類することが出来るのです」
「…三つ?あん時言っていた二つ以外にもう一種あんのかよ」
「ええ、それは概念系能力、現象系能力に続く三種目の能力、心理系能力です」
「あー、やっぱ言葉で言われてもさっぱりだな。分類の根拠になった特徴の方を教えてくれないか?」
真也は目をつむり腕を組んで若干首を傾げながら「うーん」と唸り、不理解の様子を伝える。受けた委員長(♂)の方はその要望に答える。
「ではまず、概念系能力から。この能力の特徴は『自分の中に一つの法則を作る』ということですね」
「法則?」
「僕や真也くんの能力がそれにあたりますね。たとえば僕なら『全ての攻撃を受け止める』という概念系能力になります」
成る程、と真也は思う。つまり真也で言うならば『自分の攻撃力をゼロにする』というのが一つの法則になるのだろう。
「この法則は基本的に揺るぎません。だから、その法則の状況下ならばどんな能力でも覆すことは出来ないんです」
「法則同士で矛盾をきたしたらどうするんだ?」
「場合によりますね。基本的には法則に純化しているものが優位になります。たとえば僕のオプションのように自身の能力(=法則性)を貶めているものは劣位になります」
委員長(♂)の耐防御機構ように自身の法則を崩すことは一つの戦略性を生み出すが、概念戦といった場合には不利になるということである。
「とはいえ、これは少々複雑なので次回に話すとして、続きといきましょうか」
「ああ、頼む」
真也は続きを促す。
「では、次は現象系能力について」
「それはなんとなく分かるな。梨緒や春香ちゃんの能力みたいな感じだろう?」
「そうです、その通りです。現象系能力の特性とは一つ以上の現象を自在に操ることが出来ることなんですよ」
すなはち、聚楽園梨緒なら爆発、宮城春香なら念力、九条弥生なら疾風と迅雷と言ったところだろう。
「となると、中学で遭遇した二人組の中二病患者もこれにあたるのか?」
真也が言っているのは委員長(♂)と直接対決する前に彼と梨緒が戦った指拳銃使いの仲川と人形爆弾使いの西山のことである。(詳しくは『透明、複数混戦編』を参照)
しかし委員長(♂)は首を横に振る。
「そこが難しいところなんですよね。実際はアレは『指を拳銃にする法則』と『人形を時限爆弾に変える法則』を持った概念系能力と言った方が正しいんですね」
真也は徐々に理解していく。見極めは見た目で判断してはダメなようだ。同じ爆発能力でも梨緒と西山では別系統の能力になるし、委員長(♂)も別にバリアを自在に操る現象系能力という訳ではないのだ。
「で?」
ここで真也は最後の能力について尋ねようとする。委員長(♂)も勿論分かっていたようで阿吽の呼吸で答える。
「はい、三番目の能力…心理系能力についてですね」
「ああ、つってもオレがこれまでで戦ったのはあと一人、鏑木だけなんだが…あれは現象か概念系能力っぽいから例が分からないんだよなあ」
「僕も心理系能力者は一回しか戦ったことはありませんね。まあ、例はさておき、具体的にどのような能力かだけ説明しましょう」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
「では頼まれまして、心理系能力についてですが、あれは…そうですね。「心理的に」と言ってしまうと同語反復となってしまいますが…」
「なんだよ、お前にしては釈然としないなあ」
どこかいつもの頼りになる委員長(♂)の面影が薄れている印象を真也は得た。それは説明対象の漠然さに四苦八苦している為だけが理由というのはなにか違うような気がした。
ただ、真也がそういう感想を持ってすぐに委員長(♂)は再びいつもの調子で話し始めたので、彼のかのような考えは即座に忘却の彼方へと消え去っていった。
「心理系能力は人に直接作用する能力です」
「直接?」
「なにか現象を操作して間接的に攻撃する現象系能力やなにか法則を駆使して間接的に攻撃する概念系能力に対する意味に於いての“直接”ですよ。そうですね、もっと大雑把に言ってしまえば人間を支配する能力なんですよ」
「はあっ?んだよ、支配って。チートキャパじゃねーのか?それ」
真也は自分の中に沸き立つ不服を表現するように驚く。
「ハハハ、分かりやすく言ったつもりが言葉の持つ強さのイメージからいらぬ誤解を与えてしまったようですね。支配とはいえ、全ての能力が真也くんの思ったようなものではありませんよ。代表的な能力で言うなら催眠術や念話術ですかね」
「なっ…なんだよビックリさせやがって。つか、その例だけ聞くと春香ちゃんの能力みてえだよな」
真也にとってはもっと超大な『相手を操り人形のようなものにしてしまう』ものを想像していたのだ。
「もちろん、そのような人を実際に支配する能力もないとは言えませんよ。心理系能力の特徴は『相手を〇〇〇させる』『相手の△△△を□□□にさせる』というもので、その前提からは外れていませんから」
「じゃ…じゃあ」
「ただ、この能力の多くは限定条件がある場合があるようです。時間制限だとかコンディションだとか。…まあ、それはさておき、以上が三種の能力の説明になっています」
真也は「へー」と適当に納得してから一つの疑問に辿り着く。それは…
「で?」
…というものだ。
「で、とは?」
委員長(♂)は分からない。真也の真意を。
「いや、だからさ、その分類にはなんか意味でもあんのか?って思ってよ」
「あっ…ああ、そういうことですかぁっ!」
委員長(♂)はポンッと手を叩き理解の様子を示す。
「もちろん意味はありますよ。相手の能力を分類で当て嵌めるのは戦略的に有効手段になるのです。例として、安直ですが最も簡易的でしかし広く支持を得ているものに『概念系能力は現象系能力に強く、現象系能力は心理系能力に強く、心理系能力は概念系能力に強い』というものがあります」
「はーん。ゲームでもよくあるジャンケン的な三すくみか」
「これを基本相性関係と言います。とはいえジャンケン程の絶対性を持つものではありませんがね。たとえば僕と違って真也くんは現象系能力に寧ろ滅法弱いですし、また先程の分類では正確に説明出来ない能力もあります。手近な例で言うのならば春香さんの『金縛り』は心理系能力ともいえますでしょう?」
真也は深く頷く。能力分析とはここまで対戦の奥深さを教えてくれる。確かに相手が現象系能力者である時と心理系能力者である時とが同じ戦い方で優位に進められるとは思えない。
この会話は実に有意義なものであることを真也は強く思う。なぜなら真也の最強の力の『戦意皆無』は「“自分の”攻撃をゼロにする」というはっきり言ってクズ能力なのだ。そんな彼がこれから先も生き残るには戦略の一つや二つは最低でも身に付けておかねばならないのだ。
だから真也はこの有意義な時間を増やそうと更に話を深めようと考えた時だった。
「はあ、なんだよ。なんか楽しそうなお喋りが聞こえてくるなと思ったら、お前らかよ、はあ…、俺はガッカリだな」
真也は委員長(♂)に向けていた視線を急遽左に動かす。余程見るのが嫌なのか彼が顔を動かすのは首もとが錆びているかのように躊躇いがちだった。その動きをスムーズにするにはいくら円滑油が必要か計り知れない。
真也がようやっと向けた視線の先には、通常のものより横に細長い眼鏡をかけ、この暑い中で涼しい顔して学ランをボタンを全て止めて着用し、腕には『副会長』と書かれた青い腕章を付けて偉そうに腕くみをしている男がいた。
彼の名は芳賀裕一郎。
諫山中学生徒会の副会長である。
「なんだよ?可愛い女の子だと思った?残念、遠藤真也くんでした!」
「ああ、お前を見ていると『残念』というものがしみじみと分かる気がするよ、遠藤真也は『残念』という概念に存在が昇華されたようだな」
「なにイカれたこと言ってんだ?思考回路がオーバーフローしているようだが、芳賀のライフはもうゼロか?」
真也は立ち上がり、芳賀と互いに皮肉を言い合い睨み合いに発展する。犬猿の仲とはまさにこのことであろう。しばらくしたら殴り合いに発展するんじゃないかと思ったその時に芳賀の後ろから一人の少女が現れる。
「ふっふっふ、どうやら私の出番のようですな。トウッ!我こそは愛の仲裁天使ミライちゃんよっ!」
「………………………」
「………………………」
真也と芳賀は目を細めてこの場に闖入してきた少女に唖然となる。少女の方はそのシラケた場に対し少し疑問を持ち、しばらく頭を働かせてからハッとなる。
「あ、『仲裁少女ミライ☆マギカ』の方が良かっ…」
「「いや、そっちじゃねーよ!」」
そして真也と芳賀は同時にツッこんだ。ツッこんでから互いにハモッてしまったことをひどく嫌悪した。
「まったく、なんなんだよ柿崎さん」
真也はため息がてら目の前のヘンテコ少女、柿崎未来に話しかける。だが、現状に文句があるのは寧ろ彼女の方みたいだった。
「もうもう真也くんっ!私を『柿崎さん』と呼ぶなんて他人行儀過ぎて私はお気に召さないのだよっ!」
そういえば似たような問答を以前にした気がするぞと真也は思い出す。
確か、その時に改めて呼んだ名は………
「私のことは『柿豪院未邪鬼』と呼びなふぁ…」
「柿崎さん」
真也は、以前特に呼んでいた彼女に対する特異な名前なんてなかったんだと自分に言い聞かせながら、和やかな笑みで自分の手を彼女の口許にもっていきしっかりと塞ぐ。真也はその全力を以て彼女を魁させないのだ。
「時に真也くん」
先程までモゴモゴと抵抗していた未来であったが、それも諦めると真也の手をどかし呼吸を整えてから新しく話を切り出そうとする。
「なんだい?柿崎さん」
とはいえ真也は信用していない。彼が知るなかで生徒会長に次いで何を考えているのか分からない人だ。再び危ないことをしでかす可能性は十二分にある。彼は先程彼女の口を封じた右手を左の腰元に置く。要は居合い斬りの要領で構えて真也は息を飲むのだった。
ただ、別段そかまで身構える必要性はなかったようだ。
「なんで君はバカ副会長くんの怒りを買うようなことを言うの?」
「今現在、俺の怒りを買っているのは他でもなく柿崎書記なんだが?」
芳賀とバカは紙一重。
ゆえに真也が彼につけた非公式の呼び名だったが、どうやら柿崎未来はこれが気に入ったようだ。だから芳賀が苛立って眉間に皺を寄せているのにも気付かない。か、もしくは気付いているが日頃彼からのストレスを解消するために敢えて無視しているのか。
だがここで真也は「いや―、」と思う。彼女のそれは素だ。この無邪気さは折り紙つきである。むしろ彼女の天衣無縫さに芳賀の方が窶れているのではないかと思うほど。やれやれ、あいつも可哀想な奴だ。ザマアミロ。
「真也くんは優しいよ、基本的にどんな人にも。なのになんでバカくんには最初からそんな態度なの?」
「だからっ、誰がバカだっ!お前はーっ!」
「うにゃーーーっ!!」
芳賀はストレスが限界突破したのかゲンコツを未来の頭の頂点に下ろして、そこからグリグリを手首を動かす。彼女はもちろん悲鳴をあげた。
「……………………」
しかし遠藤真也は全くそんなことは気にならなかった。というか気にする余裕がなかった。唖然とも愕然とも違う、彼は感心していたのだ。未来の評価がアップデートされたのだ。
なかなかどうして未来は慧眼だと真也は思った。確かに真也は基本的に人を嫌うことをしない。親しいがゆえに飛び出す諷喩や皮肉や罵倒は抜きにしてだ。現に恨みのように憤りを憶えていた九条彌生に対しても正常な関係を保とうと尽力していた。
これは彼の掲げる主義である『よわゴシ』が理由である。『よわゴシ』とは『いじめ問題』に対する一つの解答……いや、空間正常化に関する『いじめ』という手段に対するアンチテーゼと言えよう。
これは道徳的に正か誤かの問題はさておいて、確実にいじめをなくす方法である。
水槽に金魚を何匹か飼っていたとしよう。彼らは始めこそ元気よく泳ぐだろうが、手入れをしなければ水槽はどんどん汚れていって、ついには彼らは皆が死に行く。
教室に複数の人がいてそこに人間関係がある場合もまた然りだろう。関係はそれが複数であればあるほどストレスが充満していく。それが満タンになってしまうと精神的に参ってしまい学級閉鎖に陥る。…と、今のは少し暴論だったが『いじめ』とは先の空間正常化の一つの手段なのだ。
つまり沸き上がるストレスに無意識的に支配されて、それに流されたままある特定の人間に全てを押し付けてしまうのである。これによってクラスは平和を保てる。謂わば白人による黒人差別やユダヤ人迫害、自国の政治への不信感を日本人を使って発散させるアジアの大国のやり方と原理は同じである。
対して『よわゴシ』とは『いじめ』というプロトコルを用いて且つ『いじめ』という存在を打ち消す方法である。
まず、『よわゴシ』はストレスの押し付け行為を許す。そしてその捌け口を自分一点に集中させる(正確にはいじめの対象になっている人のストレスを二段階を以て背負う場合もある。彼が『いじめられっ子にいじめられる才能』と委員長(♂)に言わしめる所以はここにある)。最後に自分がその行為を“『いじめ』だと認識しない”のだ。
平成十八年度以降に文部科学省によって再定義された『いじめ』とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」とされている。
つまりいくら『よわゴシ』が客観的に多大なストレスを背負ったとしても、彼自身がケロッとしてしまえばそこにいじめは存在しないのである。これは同じく精神的なもので喩えをするなら、いくら相手に多量の好意があろうとも、その事実を相手方が知らなければ交際も失恋も始まらないことだと言えるだろう。
そして、今は説明を省くがこれに対し芳賀の掲げる考えは、真也の主義に異を唱えるものなのである。
「こいつとは意見が合わねえんだよ」
真也がそう言うと、芳賀は未来への攻撃を止めて彼を見る。その瞳は一瞬だけ凍りついたようなものだったが、すぐにいつもの見下すような態度になる。
「そーりゃ、そうだろう。お前のような衆愚の澱みの澱みにどっぷりと浸かりきっている男と気が合うわけがない。人間がダニやノミとコミュニケーションを取れないのと同じことだ」
再び真也はカチンときた。
「お前様はどこぞの上流階級のくそ貴族だよ。上から目線になりまくって成層圏で窒息死するのを切に願うね」
対する芳賀もただでさえ鋭い目付きをさらに鋭利にしながら歯軋りをして苛立ちを露にする。
「よし、」
と、二人が罵倒合戦の末に掴み合いの殴り合いに発展するかに見えた時、未来は何かを決意したかのように胸元でグーを作る。視界の先でその姿をチラッと見た二人は嫌な予感を感じながらその方向に顔を向けて一時停止する。
「夏休み、みんなで旅行にいこー!おー!」
未来はその腕を昇竜拳よろしく真上に突き上げて宣言する。
「なんでだよ!」
「なんでだよ!」
そして再び声を合わせて真也と芳賀は未来にツッコミを入れる。今回は互いに嫌悪感を感じる暇もなく彼女に詰め寄る。
「いやいやいや、意味が分からんよ柿崎さんっ!どういった話の流れでそうなった?」
「仮に話の流れ云々を譲ったとしてだ柿崎書記、そのみんなとやらの範囲はどこからどこまでのことだ?」
芳賀に問われた未来は人差し指を口許に持っていきながら「うーん」と思考する素振りを見せる。
「そーだねー、生徒会と真也くんと彼の愉快な仲間たちかな」
「なっ!? ふざけているのか柿崎書記!こんな奴らと共に旅行なんて虫酸がフルマラソンした上に鳥肌が二度と座らなくなるぞ!」
「こっちだって、お前となんか願い下げだわ!お前と行くくらいならアシヒダナメクジと行く方が数倍マシだっつーの!そうだろ?委員長(♂)!」
「えっ?ここで僕に話を振るの?」
今までかかわり合いにならないように、ひっそりと息を潜めていた委員長(♂)だったが、突然、真也から不意を突かれて彼には珍しく戸惑いを見せる。
というのも、委員長(♂)は芳賀のことを苦手としていたのだ。嫌いとはわけが違う。委員長(♂)は定期テストの一位二位の件も生徒会選挙の件も知らないのである。だから、彼にとってほとんど交流もないのに芳賀から目の敵にされているという状況がなんともやりづらいのである。
「いやはや、えとっ…にしても芳賀さんはよほど真也くんがお嫌いなようで」
「嫌いだ、あぁ…大嫌いだ。こいつの嫌いな点を話せば一日を終わらせる自信がある。ついでにいえば俺はお前も嫌いだ」
「はぁ…さいですか」
やっと会話を始められた委員長(♂)だったが、芳賀にギランと睨まれすぐに終わってしまう。彼は芳賀のその凄みに臆したというよりは「どうにでもなれ」と面倒に思っているという方が正しかった。
「じゃあ、海に行こう!」
そして間髪入れずに未来は話を進めていく。いや、もはやこれは進めていくというよりは…
「だから柿崎さんっ!お願いだから話の流れブレイカーはやめてくれるかなっ!多分それはウチの生徒会長の専売特許だと思うよっ!」
と真也は未来に制止を促す。さしずめ『しながれブレイカー』と言ったところか。「まずはお前の話の脈絡をぶち殺す」的な?
…にしても、未来のこの破天荒さは会長の直伝なのだろうか。だとしたら会長は来年度に大変な置き土産をしてくれたもなだ。彼女が会長になった曉にはもれなく箍の外れた学園生活を送ることになりそうだ。受験シーズンにそれはマジ勘弁。ここで真也は初めて次は芳賀に投票しようと誓いを立てた。
「だからな、柿崎書記。そもそも旅こ…」
「ふーん、いいのかな?」
未来は芳賀の台詞を遮り彼に顔を近付ける。その顔は笑っていた。とはいえその笑顔は普通のストレートなものとは意味合いが違うように思えた。
そして真也は、真也たちは次の瞬間に笑顔の意味を知るのだった。
「いいかい?男子諸君」
未来は芳賀に近付けていた顔を離し、全体を舐めるように見渡す。その時、彼女はおよそ別人かと錯覚するくらい落ち着ききった口調をしていた。
「海ときて、水着ときて、会長さんとくるんだよっ。これを目の当たりにせずして何で生きているんだい?」
打ち寄せる蒼波、鏡写しの青空、君臨する太陽、銀色の砂浜。その場を無邪気に駆け抜ける少女、
諏訪原黒須生徒会長
「「「なっ!!」」」
その、いと艶かしき肌は真也たちを夢の中へと誘う。
仕方なかった…致し方なかった、彼らは健康的な中学男児だったのだ。未来にそんな風に促されたら、その場面を想像してしまうのが性というやつだった。
遠藤真也の顔が気持ち悪いと感じられる瞬間はこの時が一番であろう。エロ妄想をしている間の真也の顔はあたかも溶けかけのアイスクリームのように肉が伸びきっていて、誰しもが真也の考えていることが分かるありがちな表情をしていた。
素で「でへへ」なんて笑い声が出せる中学生なんて彼をおいて他にいないだろう。ギネスブックに登録されれば千年は更新されない気もする。
――――――でっへっへ、海の水着とは世界で唯一合法的に視姦出来る瞬間なのだ。それだけは誰にも邪魔させん。いや、厳密には以前(Op 4 参照)会長が『対遠藤真也女生徒保護法』とかいうのを出していたから違法か?あの人ならガチであの場でダブル眼帯させそうだから恐ろしいわ。くっ…ならばせめてオレの頭の中だけでもっ…!
真也はそう思ってからひたすら妄想の中で会長の水着を着せ替えしていく。暖色系、ガラ、しまいには白と。もし平成の今まで特別高等科が残っていたなら彼は危険な思想犯として彼らに予防拘禁されているだろう。
「えーっ、真也くんっ。ないよーそれはないよー、会長さんに白ビキニはないよー」
だがやはりと言うべきか、真也のセンスはまた人並み外れているのである。
「なっ、バカっ、そんなことは、逆に、てか人の心を読むなっ!」
真也は図星を突かれた衝撃とナンセンスと呆れられた恥ずかしさがあいまってオドオドとする。
「だってだってバレバレだよー!真也くんのそのニヘラ笑いはー」
未来は少々引き気味になっている。真也の横には彼女の意見に賛同なのかウンウンと頷いている委員長(♂)がいた。真也の個人情報の開示力(=ポーカーフェイスの下手さ)は相当なのだろう。
「やっぱー、会長さんは黒でしょー」
「やはり僕もそう思いますよ」
「いや、それにはオレも異論はないよ?ただなんというかオレのフロンティア精神が刺激された的な?会長の新たなりょ…」
と、真也が言いかけた時だった。
「おいっ!」
と一際大きな声があがった。それがあまりにも鼓膜を揺らしたので真也は咄嗟に耳を塞ぎ顔をしかめながら後方に引く。
しばらくして何事かと思い、瞬間記憶を頼りに音のしたほうを見るとそこには尋常でない表情をした芳賀と、その彼に腕を掴まれ悲愴に顔を歪めた未来の姿があった。彼女は声ならぬ声を吐き出すようにパクパクと口を動かしている。
「おいっ!なにやってんだよっ!芳賀ぁっ!!」
真也は咄嗟に憤怒に心が沸き上がった。彼は理由がちぐはぐとしていたがなんとなく芳賀を許せなかった。乱神と化して彼が泣くまで殴り続けたい感情に駆られた。
彼が芳賀の胸ぐらを掴み、拳の一発目をその秀才の顔面にぶつけようと腕に力を入れ…
「やめてっ!」
「っ!?」
「いいの!今のは私が悪いのっ!」
…るすんでの所で真也は踏みとどまる。
未来の叫び声を聞いて正気に戻ったのだ。辺りを見回すと教室に今まで残っていた何人かの生徒はざわついている。真也は未来が謝る理不尽さに物申したい所だったが、結局は彼女に圧されて諦め、芳賀を放し、辺りに頭を垂れる。
「っん、……………、…行くぞ、柿崎書記」
「うん」
戒めを解かれた芳賀は彼自信も反省があるのか乱れた襟元を直し、真也に何も言わずに未来の腕を引っ張りそのままどこかに行ってしまう。彼女は真也達に会釈だけすると、すっと芳賀に引っ張られるがままになる。
「なっ、なんだったんだ?いきなり…」
真也がようやくその言葉を吐き出せたのは騒動の一、二分後であった。
周囲の人達は既にいつものような雰囲気に戻っている。
「もー、ダメじゃないですか真也くん」
芳賀がいなくなったからか委員長(♂)は普段の調子で真也に絡んでくる。
「一体全体なにがだ?」
「芳賀さんのことですよ。彼が嫌がっていたのに、話を進めるから」
「だからって、べ…」
「あ~あ、せっかくここのところ芳賀さんの機嫌が良かったというのに。君という起爆剤は一瞬で物事を台無しにするんですね」
「ほっとけ!」
委員長(♂)になじられて若干の苛立ちを憶える真也だったが、この日常的なやり取りが同時に彼を落ち着かせていってもいた。
「っていうか何で機嫌いいんだ?彼女でも出来たのか?」
そんな中で真也は疑問にぶち当たる。あの年がら年中歯軋りしているニトログリセリンのような男が?機嫌がいい?それは犬がついに人間の言葉を話し始めるくらいには驚愕出来るニュースだぞ?
「ハハハ、そこまで言いますか真也くんは。芳賀さんが機嫌が良かったのにはちゃんと理由があるんですよ。最近、ウチの不良集団が一斉に検挙されたのは知ってますよね?」
「確か、奴らの喫煙現場を押さえたり、他にもいくつかの抗争を事前に突き止めて何人もの退学、謹慎者を出したとか。広報部の壁新聞で見たよ」
「その全ての功績をあげたのが風紀委員だったんですよ」
「へーー。…で?」
「で?とは?」
「いやいや、だから風紀委員の功績だからなんだってんだ?それと芳賀に何の関係が?」
真也としては当たり前のことを聞いたつもりだったのだが、聞かれた委員長(♂)は信じられないという顔をしている。
「本気で言っているんですか?」
「だからなにがだ」
「芳賀さんは風紀委員長なんですよ?」
「……はっ?いや、だってあいつは生徒会副会ちょ…」
「風紀委員長も兼任しているんですよ。全く真也くんは。つまり彼の思い通りにいっているからこそ機嫌が良かったんじゃないですか!」
はぁ…と真也はため息をつく。この呆れは自分に対してである。
真也は基本的に「面倒臭い」という心情で生きている。だから始業式も終業式も全校朝会も学年集会も平気で休む。となると今のように誰が何の委員だとかいう知識が欠けてしまう。こんな知識は一見役立たなそうに見えるが全くそんなことはない。なぜなら会話とは互いの共通項があって初めて成立するものだからだ。しかし互いにその共通項を確かめ合うことは、その相手が身近であればあるほど、また、共通項が基本であればあるほど、しないものである。
だから今のように会話に齟齬が生じてしまうのだ。
「まあ、そうか。だとしたらあいつには悪いことしたな」
「真也くん…」
「…だなんて微塵も思わんがな」
「絶対、そう言うと思いました」
繰り返すようだが、真也は芳賀が嫌いなのである。
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「にしても、今日も疲れたなー」
真也は今、一人帰宅の途にある。授業やらなんやらを振り返りつつ自分で自分の肩を揉み、今日を乗り越えたことを労っているのだ。
委員長(♂)はというとなんでも生徒会室に提出しなければならない書類があるらしく、真也は彼に先に歩いているように言われたのだ。また、本日は聚楽園梨緒も宮城春香もそれぞれに予定があるようで、いつもの戦闘訓練はないらしい。
彼は久々に家で落ち着けるのかと笑みを溢した。帰ったら何をやろうか、録り溜めたアニメを見ようか積み上げたゲームをやろうか、取り敢えず予習や宿題という選択肢はない。
「初めまして、そこの冴えない黒髪ボーイ」
そんなことを考えていると女の子の声がした。真也は反射的にその方を見てしまう。澄んだ大人っぽい声である。それでいて惹かれるものがあった。
「…っ」
真也は体を180゜回転させると一人の少女が目に入った。身長は真也より頭半分低いくらい、年の頃は同じくらいだろうか。何より注目させられたのは彼女が着ている紫色に黒のレースやフリルで飾り立てたドレスであった。中世風味のアクセサリーと共に身に付ける彼女はどこか怪奇的で頽廃的な感じがした。
真也はあまり詳しい方ではなかったがなんとなく知っていた。確かゴシックアンドロリータとかいう種類の衣装であると。だが彼の全知識をもってしてもそれが何のコスプレなのかは分からなかった。
しかし真也はそれよりも一つ気になることがあった。
――――勢いで振り返っちまったが、ところでその冴えないボーイってのは誰のことだ?辺りには人の姿は見えないが。
…………………。人は時に自分のことが見えなくなることがある。
真也はそれが多すぎる気もするが…。
「あらあら貴方、なんと不思議な反応を。まさか自分のことではないと思っているの?」
少女が軽蔑の目をもって呆気にとられていたので、真也も彼自身は「まさか」と思いながら返事をしてみる。
「もし、そこのダーマ。またはセニョリータ!まさかまさか「冴えない」とはオレに言っているんじゃないだろうな」
「ご名答よセニョール、もしくはセニョリート。ところで貴方って天然さん?自分の愚かさを認識できないなんて」
「つかお前、初対面のくせにやけに生意気に喋りやがるな。オレのことなんざなんも知らないくせによ」
「“私は分かるのよ”、貴方のことはなんだって。ねぇ?よ〇△□…」
「オレのことはなんだって分かるだって?」
真也は今更になって面倒なことに巻き込まれちまったなと思った。こいつはきっと中二病だ。中二病患者といった意味でなくストレートな意味でだ。その内、オレはこいつの邪鬼眼やら魔術にやられてしまうのだろうかトホホ。厄日だ。
お陰で彼女の語尾を聞きそびれてしまったが気にすることはないだろう。
「けど、やはり運命には逆らえないようね。ようやく貴方に会えたわ」
―――――運命ときたかwww
「貴方は既に捲き込まれてしまったの。優勝候補が奏でる特異点にその足を踏み入れてしまったのだから」
―――――特異点は協奏曲とか読まねーよーwwwコイツゥwww。
――――――って、ん?今こいつ、『優勝候補』って言わなかったか?『優勝候補』って、あの『優勝候補』か?
真也は聞き捨てならないワードを今、聞いた気がする。そして思い出されるあの狂暴性と甦る恐怖感。勿論真也は気のせいだと思いたかったが、同時に一つの憶測にも辿り着く。
―――――こいつ、さっきの聞き取れなかったところのワード………
『「“私は分かるのよ”、貴方のことはなんだって。ねぇ?よ〇△□…」』
―――――もしかして『よわゴシ』って言ったんじゃねえの?
真也は「ハッ」となって改めてこの不可解な少女を見る。それは暗黒のブラックホールのように真也を飲み込もうとしていた。
「あら、ようやく現状が飲み込めたようね。『よわゴシ』さん。私の名前は長谷川凜華。そう、中二病患者よ」
彼女は不敵に笑う。
「私は優勝候補のそれも筆頭と言われる一人に追われていたの。だから…あなたに助けてほしい」
真也はまた肩が重くなるような感じを得て、口内の砂漠化が進んでいる気がした。
―――――取り敢えず、烏龍茶飲みたい。
選ばれたのは烏龍茶でした。
失礼します。心理系能力のフリガナをパラサイキに変更します
また、これから章名を変更します。