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Ilustration ①

杉並区は高井戸



そこに環状八号線と中央自動車道道がぶつかる交差点がある。高井戸ICを利用する運転手には馴染み深いだろう。その云わば巨大な十字架と表現できる場所は、今、破壊に次ぐ破壊痕で血塗られていた。高速道路を支える巨大な柱は全てし折られ、その上にあった道路は落下して真ん中くらいで二つに割れていた。


ただ…今は、いわゆる小康状態なようで新たに戦闘の傷がつくようなことはなさそうであった。束の間の平和な時間だったようだが、その沈黙が逆にこの場で起こった先の争いの壮絶さを強く感じさせた。


道路に対する歩道部分、環八と中央自動車道に挟まれたスペースには、その暴虐の限りを尽くした王の片割れがいた。ハンバーグを専門としたファミリーレストランのようだったが、今は鉄筋コンクリートが砂に分解されたかのように風化されて更地になっていた。

そんな吸い込むと危険な砂が蜃気楼のようにびっしりと舞っているなか、その王は泰然とした態度をとっていた。…と言ってもその姿は赤いランドセルに、防犯に適したレモンカラーの帽子とどう見ても女子小学生としか形容できないような姿をした王であった。



彼女は高井戸駅寄りの環八を挟んで向かい側に存在するもう一人の暴虐の王を見る。そこは『左折可』の看板が立てられた三角形の歩道である。その男の王は黒の学ランに身を包み肩まで伸びた茶髪を優雅に撫で下ろしていた。




「これ以上やっても無意味です、終わりにしませんか?一ノ瀬さん」




突如、少女は容姿に似合わない凛とした声を発した。それが彼女のものだとは到底信じられないくらいに大人びた声を。一ノ瀬と呼ばれた少年はゆっくりと彼女に視線を移してから柔和に微笑む。



「おやおや?不思議なことを。わざわざ遠出してまで高校帰りの僕に喧嘩をふっかけてきたのはお嬢さんの方じゃなかったかい?」


彼は彼女を軽くいなすように嫌味な返答をする。しかし幼い愛らしい格好とは裏腹にそんなことで黙る彼女ではなかった。


「あなたはそうやって屁理屈を…、いちいち接頭語を入れるまでもなく文脈及び状況判断的に私が言わんとしていることは貴方には分かると思いますが?」

「くっくっく、勿論分かるよ。君は僕に僕の崇高な計画をやめてくれと言いたいのだろう?だが、僕が返答をはぐらかしているんだ。そのことがNOというくらい容易に察しがつくと思うけどな」


言いながら一ノ瀬は赤信号の横断歩道、すなはち車の多数存在する青信号の車道を、少女の方に向かって悠然と歩いていく。


しかし彼が交通事故によって無惨な結末を迎えることはない。どころか、全ての自動車には人が乗っていなく、且つその多くがAT車だというのにクリープ現象も働かず、時が止まったかのように凍結している。





それもそのはず、なぜならこの世界は現実とは似て非なる、次元的に現実に近く故に遠い世界、『因果孤立の空間ニアーディメンジョン』だからである。


そこは中二病患者ヴィクターのみが跳梁跋扈出来る無法地帯なのだ。




「僕は今の状況が気にくわないのさ。強きを守り弱きを挫く。とんだお代官様達の薄汚い停戦協定にね」




一ノ瀬は少女から数メートル手前まで歩み寄るとニカッと笑う。少女の方は全く面白いようではなく顔を険しくしながら重い口調で言う。


「貴方は…、貴方はいったい何がしたいんですか?」


この響きが予想以上に緊張感を持たないのは、小学生ルックスという、そのあまりにファンシーな格好のせいであることは否めない。しかし一ノ瀬の方はこの少女の持つギャップに然程の興味を持っている様子はなかったようだ。


「言ったでしょう?僕がやりたいことはシンプルだ。ただ優勝したい。しかしその願いを阻むのが君達の協定だ。協定を乱そうとしたばかりに優勝候補ベストテンの複数人から狙われたとあっては今の僕ではひとたまりもない。ふっ、やれやれ…君達はこの神聖なる戦争の茶を濁して何がしたいのかと逆に問い質したいよ」


一ノ瀬は腕を組みながら堂々と自分の弁を語る。そしてそれはあまりにも正論であった。だからこそ少女は言い返しにくい雰囲気に苦い思いをした。


「あなたは分かっているはずです。現状でそれを解くことの危険性を、なのに…」

「くどい」


少女は諭すように含みを持って訴えたが一ノ瀬はそれを軽く一蹴した。


「もう…、やめにしないかい?わざわざ君が出てきたんだ。ならば僕を力を獲得する前に消しに来たということは一目瞭然なはず。ならばやることは単純明快なはずさ。戦わなきゃだめなんだよ僕達は!なぜなら中二病患者ヴィクターなんだから!」


一ノ瀬が言うと、突如空中に無数の黒点が現れる。“現れた”という認識をした次の瞬間には轟音と共にボーリング大の炎球がそこから放たれて少女の方に一斉に向かっていった。







「…、ま、ですよね」




一ノ瀬は自分が見た景色に最初から分かりきっていたような反応をした。


随分な勢いを持って放たれた炎球だったが、少女の一メートルくらい手前でピタリと停止してゆっくりと消え去ったのだ。その際にヴォンっというやけに低い電子音が静かに響き、それと同時に幾何学模様のイルミネーションが少女を守る結界のように出現して、一ノ瀬を嘲笑うように≪Defended hostile atack≫というポップがホログラムよろしく浮かび出ていた。



その間、小学生の少女は微動だにしない。




「ふっふ…、はっはっは!全自動不沈結界『カミノゴカゴディバイングレース』ですか!だから君達は面白いっ!なにが面白いって“こんな〝絶対防御〟が君の最強の力キャパシティーのスキルの一つに過ぎない”ということだよね!」



しかし一ノ瀬は自分の攻撃が防がれたことで寧ろ俄然ヤル気が出たようだった。彼は自分の右手におもむろに目をやる。すると周辺から液体が現れてそこから渦を描くように彼の腕に絡み付く。そしてそれは二メートル程の槍のようなものになる。




水流武装ハイドロウエポン……多重凍結アイスコネクト檄雷鎗双スパークリング!!」




一ノ瀬が口を動かすとそれは更なる変化を遂げる。あれほどの液体は瞬時に凍てつきダイヤモンドのような様子を見せ、その回りは常時電撃を帯びていた。彼はそれを誇らしげに軽々と振り回す。見た目だけでなく実質的にも非常に大きな体積と重量を持つにも関わらずにだ。






「それは…違います」



そんな中、そんなことには全く興味をそそられぬ様子で俯きがちにゆっくりと重々しく少女は声を発した。


「…!?」


一ノ瀬はここに来て初めて戸惑いの表情を見せる。彼は最初、自分の何が間違っていたのか、ひいては彼女が何を否定しているのか分かりかねていた。

その内に少女は顔を上げて悲痛に訴えようと少し大きめに息を吸い込む。彼女が否定しようとしていたのは彼女の能力に対する一ノ瀬の説明などではなかった。もっと前にした彼の推測の方だったのだ。






「私は貴方を消しに来たんじゃありません、止めに来たんです」






一ノ瀬はしばらくは圧倒されたように口をポカンと空けていたがやがて我に帰るとガッカリしたように分かりやすくため息をつく。それとともに右手にあった鎗は煙のようにサアーッと姿を消していく。




「やれやれ流石に興醒めしたね。面白いことになるだろうとわざわざ一級竜族ドラゴンを二体も呼び寄せたっていうのに」




あまりにひっそりとしていたので少女は言われるまで認識していなかったが、確かに彼の後ろには赤と翠色の翼竜が床に白光色で描かれた六芒星の上を鎮座していた。全長は二十五メートルくらいで、鏡のような照り返しを持つ竜鱗は非常に頑強に思われた。


「貴方が私の期待に添えない対応で気分を害したというならごめんなさい。でも、私は貴方に分かって欲しいの。これからあなたがやろうとしていることの重大性を」


ただ少女の方はそれに臆さぬどころか気にも止めない様子で相変わらず一ノ瀬に訴え続ける。ただ、その余裕な様子とあまり好戦的でない口調はより一層一ノ瀬のテンションを下げさせた。



「もう、僕は行くよ。貴方と話すことはなにもない」


一ノ瀬はそう言うとその場でくるりと翻ってゆっくりと歩き去ろうとする。少女は驚いたように目を大きく開けて彼に手を伸ばそうとする。



「待っ…」

「貴方は最強の僕で圧倒的に勝利しようと思う。そのために僕は探さなければならない中二病患者ヴィクターがいる」



一ノ瀬は少女の手でよってというわけではなかったが、後ろを向いたままその場に止まり話始めた。



「僕の部下に優秀なデータベースがいてね、そろそろ地盤固めの第一段階も終了したし最終段階へとシフトしなければならない…つまり、僕は忙しいんだ」

「目星の中二病患者ヴィクターとは『反論生成カウンターアーギュメント』のことね」


少女の咄嗟の切り返しに一ノ瀬は「ほうっ」と首だけを振り向いて感心する。


「貴方もいい部下をお持ちのようで、半分正解です」

「半分?」


少女は疑問を発したが一ノ瀬の方にはそれに答える気概はないようだ。


「これがなかなか骨なんですよ。特に彼女の心理系能力パラサイキキャパシティーは特にね。まあ、そう来なくてはという話ですが…」



一ノ瀬はそれだけ言うとまた歩き始める。どこから吹いてきたのか彼の踏みしめる地面には桜の花びらが幾つか見られた。



そんな春の終わりをにわかに感じる空気の中で中二病患者ヴィクターの少女、御門みかどしおりはただ呆然と立ち尽くして彼の背を見ていた。


御門栞は考えていた。彼女はこの大戦が抱えるとある問題事を抑えるために彼の計画を止めなければならないと感じていた。しかし、彼の言うところも満更嘘であるとは言えなかったのだ。つまり――――己が欲のために現状を維持している気持ちが微量ながらもあることを否定できなかったのだ。


彼女は希求していた。自分の代わりを。自分には力があったがそれは一ノ瀬を消す力であって止める力ではなかった。そんな力ではダメなのだ。



彼女は自分が求めるものを具体的には表現できなかったが、この優勝候補ベストテンの中でも筆頭と言わしめる最強の中二病患者ヴィクターは初めて次のように洩らした。





「誰か……助けて…」





と。

今回の話は少し違った章構造で進んでいきます

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