Op5 Completed unfinished~実は話はもっと大きかったのだという種明~
時間あけてしまってスイマセン、ようやく第5章発進です。
時は夏。
…にも関わらずこの部屋は下界と遮断されているかのように涼しさを身に染みさせた。闇色に染まる空間をぼんやりと照らす一つの古びた電球。淡い茶色を呈する空間はその広さの有効活用が不十分なようで、あまりにも空虚としていた。あるのは書斎にあるような大き目の事務用机が一つだけ。その殺風景さはこの時を秋と定義しても良いだろう塩梅だった。
勿論、ここが日本ではないなんてことはない。
机にはメラニン色素が抜け落ちた末の白髪というよりは、真白のペンキに浸したのではないかと疑うほどの見事な白髪の青年がいた。
彼は赤いハートマークが無数に描かれた背景ピンクのパジャマを、ボタンを全て止めて着ていた。そして腰まで伸びる髪は、その一部を綺麗に密編みしていた。
先程は《青年》と彼を呼んだが、実は彼は御歳四十歳の壮年男性だった。そうだというのにそれを全く感じさせない肌の若々しさは彼を異様たらしめていた。
「ふっ…」
そんな彼は今、目の前のノートPCのモニターを見下ろしながら、両手で強く書斎を叩き、椅子から立ち上がり―――――――――――
「はっはははははははふはははははひひははへははははは!!!!」
突然にして、彼らしくもなく箍が外れて滝のように狂笑した。
それは静寂を切り裂く目覚まし時計のようにけたたましかった。
「おいっ!なんのイカれた儀式だ、運営委員長!貴様は火災報知器をいくつも体内に所持しているのか?この煩さじゃ俺は鼓膜を十枚くらい追加移植しなきゃならなそうだぞ!」
部屋の扉を勢いよく開けて暴言の限りを吐いたのは激怒という文字を絵にしたような顔の男だった。彼は今時の若者が好みそうなラフな服装に身をつつみ、年齢よりもいくつか若く見えた。…が、所詮は人工的なアンチエイジングでしかにのであり、白髪の《青年》ほどには若くは見えなかった。良くて二十代後半といったところだろう。
男が入ってきたのに気付いて、電池が切れたようにピタッと《青年》は笑い声を出すのをやめる。しかし表情だけは変えずに男に軽々な感じで切り出した。
「やれやれ酷い言い様だな刈谷くん。人が歓喜するのに理由が必要かい?」
「確かに貴様の言う通りかも知れん。“人”に理由はいらないかもな」
「ふふっ…」
「はははっ…」
二人の顔は実に穏やかなものだったが、彼らの体内から噴き出す異様さは常人ならば卒倒する勢いのものだった。
運営委員長と呼ばれた白髪の《青年》はその場でくるんと回ってから再び刈谷という男に向き直る。
「だってだって刈谷くん、『疾風迅雷』の本気の一撃と“私の【未完成ながらの完成品】による干渉”で産み出された規格外のsupercellだったって言うのに、彼女から僅かに顔を出した【完成ながらの未完成品】はものの数秒でアレを消し去ったというのだよ!これが笑わずにいられるかい?」
《青年》は基本的に感情を強く表に出さない人物だったが、今日は珍しく非常に興奮していた。それほど、かの現象は彼にとって重要だったのだろう。
机上のPCモニターからは一人の少年と二人の少女が空中で颶風に食って掛かる映像が繰り返し流されていた。
「まあな、それには同感だ。俺は“あれ”を思い出したよ」
「………………」
これは珍しく刈谷という男が《青年》に同調したというのに運営委員長は刈谷から零れた言葉を聞いて一瞬顔を暗くした。しかし彼はすぐにパァッと明るくなる。
「いやはや、“わざわざ刈谷くんに頼んで彼女達の戦っている因果孤立の空間だけを非常に強固にしてもらった”甲斐があったよ。普通ならよわゴシくんの言っていた通り、あっという間に壊れていたもん」
「そうだぞ。全く、“ただでさえ優勝候補の戦闘用にはあの空間の強度を高めている”というのにその上あれは骨だったぞ。あまり俺に無理させると供給量が需要量に追いつかなくなって【停電】してしまうぞ?」
「…ふふふ、それは悪いね、でも頑張ってくれよ」
《青年》は申し開きを込めてか大人しめに微笑みながら彼を宥める。薄暗い中でそれは電球が殖えたようだった。しかし刈谷の方はその程度で鬱憤が晴れることはないようであった。
「それにしても最近は優勝候補同士のぶつかり合いが異様に多くないか?こんな序盤から奴ら同士でやりあうなんてあまりに不可解だ。というか、奴らは自然発生的に不可侵条約を結んでいなかったか?」
刈谷は不満ついでに疑問を吐く。《青年》はその答えを知っているようで軽くニヤついた。
「ふふふ、どうやら優勝候補の一ノ瀬大和が画策しているそうだよ」
「一ノ瀬?確か、優勝候補筆頭の一人のか?」
「そうだよ。そしてさっきの発言から察するに君も優勝候補が無言の内に結んでいる不可侵条約については知っているようだね」
刈谷は《青年》の問いに対して自分の頭の中にある情報を整理するように目をつむりながら右手人差し指でこめかみを数度トントンとつつく。
「確か…同じく優勝候補筆頭の一人とか言われている御門栞が二人の優勝候補と組んで作った現在最強グループ『聖天の三柱』。それに対抗するために涼代雅が他の優勝候補に掛け合って打ち出した優勝候補7人による合従策という両陣営の牽制合戦。これに疲弊した両陣営が別の戦いに集中するためにお互いに不可侵条約を結んだというものだろ?」
「そうそう、説明ご苦労」
《青年》は刈谷を労うように肩をポンポンと叩く。この態度に刈谷はかなりイラッとしたが《青年》に気にした様子は見当たらない。構わず続ける。
「なんでも、彼には素晴らしい計画があるようで、それは優勝候補同士の均衡を簡単にぶち破ってしまうらしいよ? ふふふ、面白いことしてくれるよね、一ノ瀬くん率いるグループの『翼を穿つ者達』は」
「《翼》…ねぇ、成る程。一ノ瀬は既に貴様に照準を当てているわけか」
刈谷は《青年》の話を聞いて「ははーん」とニヤついた。そして分かったうえで《青年》に問う。
「で、それに対して貴様は何か干渉するのか?」
「何を言っているんだい?したじゃないか刈谷くん、既に私達は。おそらく…一ノ瀬くんもとっくに彼女から飛び出した【完成ながらの未完成品】には気付いているはずさ。私にとっても優勝候補が何人も早期敗退するのはゆゆしき事態なのだよ。せっかく飼っているのに蝶が幼虫で死んじゃうなんて萎えるだろう?」
「あぁ…、あの実験は挑発行為込みのものだったのか。さすがは効率的だな。これもあの遠藤真也とかいうガキのお陰か?」
運営委員長はドカッと社長椅子のようなものに座るとパジャマの胸ポケットから先端吸盤のダーツを取り出しPC液晶に投げた。それは見事に画面の少年に貼り付く。
「ふふふふ、よわゴシくんかい? ああ、あれは最強の力こそ本当に塵だが、性質は使えるよね。わざわざ『疾風迅雷』と接触させた甲斐があるよ。けど…、」
ここで再び《青年》は浮かない顔をする。
それを見てまた察しがついた刈谷は《青年》に意地悪く言う。
「ふっ、そんなに遠藤真也が生き残ったのが不満か?」
「いや…そのことではない。それに些細なことだね、彼の生死なんて。興味もないよ」
しかし刈谷の目論見は見事にハズれ《青年》は強がりではなく鼻紙でも捨てる感覚で言う。ただ彼の懸念は別にあったようだ。
「そんなことよりも重要なのは〝あの男〟 ……、いや…今は取り敢えず一ノ瀬くんの今後の動向とそれに対する他の優勝候補の反応を見てみようじゃないか」
しかし《青年》はその憂いを無理矢理払い一先ず冷静になろうとする。遥か未来の万が一の話をしていても仕方がない。鬼が笑うならまだいい、だが、中二病患者に寝首をかかれてしまっては笑い事ではないのだ。とにかく今は目の前の問題に目を通そうとする。
その反応に対し刈谷は同意したのか、彼はズボンのポケットからPCに挿入する小型の記録媒体を取り出す。
「そうだな、貴様の言う通りだ。俺は個人的にこれまでの優勝候補の戦闘で気になったものをピックアップしている。見てみるといい。もしかしたら何か分かるかも知れんぞ?」
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「いやー、なーんもわっかんねー」
偉大なる大宇宙を構成する何かと同じものから成り立っているように感じる闇色の髪を畏れ多くも遠慮なしの無造作に掻き乱している少年がいた。
彼の名は遠藤真也、最弱の能力を有する中二病患者であり、あまり芳しくないオツムをお持ちの中学二年生であった。
彼は半袖のワイシャツに身を包んで数枚のプリントを持ちながら唸るように机に座っていた。その紙は彼の学業のステイタスを各項目毎に百点満点換算で示した…まぁ、早い話、期末テストの結果であった。そしてなんということでしょう、そのテストには赤色バツ印のお花畑が広がっていたのです。
「あーー…、これはこれは酷いですね。僕はこの紙々から世界の終焉を自ずと感じ取れます」
そんな劣等生の遠藤真也のテストを後ろから覗いてくるのはハニカミが実にサマになる美少年であった。ライトブラウンの髪をふわっと靡かせる彼は少し呆れているようだった。もちろん優等生というフレグランスをふんだんに匂わす彼の期末テストは高得点の嵐が吹き荒れていた。
「ぐっ…失敬な!むしろ残酷な戦いで犠牲になるか弱き人々に手を伸ばし、その傷を癒やす赤十字の連合に希望の光を感じてほしいね、国民の生活が第一だよ、全く」
遠藤真也は顔をあげて後ろの人物、委員長(♂)を見上げながら負け惜しみに反論する。その際に勢い余って赤点だらけのテスト用紙の手持ち部分をくしゃっと潰してしまう。
「ははっ、実に素晴らしいポジティブ精神です。その清々しさに感服しますよ、では補習もその意気で乗り越えてください」
「うぅっ…そんなこと言わず助けてくれよ委員長ェモーン! …って!」
その姿をテキトーにいなした委員長(♂)に遠藤真也はすがるように彼に泣きつこうとする。しかし真也は委員長(♂)に伸ばした手は途中で見えないなにかに遮られる。
「あー…ってんめぇ!日常生活で能力使ってんじゃねえよ!委員長(♂)!」
遠藤真也は立ち上がり抗議する。伸ばした方の痛みを感じる手をもう片方で優しく撫でながら。それはさておき、この場所は学校のクラスなので辺りには中二病患者でない学生も多数いた…というか、それがほとんどだったが、彼らは真也の大声を聞いても特に気には止めず「どうせ、また変なことを言っているんだろう」と考えていた。
委員長(♂)は真也の訴えをどこ吹く風と受け流す。
「フフフ、せっかくの能力を平和利用出来ないなんて浅はかなことはないでしょう。アインシュタインも泣きますよ」
「それが平和利用っつーなら実にオレ騒がせな平和だな」
委員長(♂)の最強の力は『絶対防御』、あらゆるものを防ぎ止める無色のシールドである。彼は真也が手を伸ばした瞬間にそれを張ったのだ。
「フフ、概念系能力は日常にて使いやすいというのが良点ですよね」
遠藤真也は今の委員長(♂)の台詞を聞いて、細い目をしながら彼に振り返った。
「そういやお前…そのノーソンなんちゃらとかいうやつ、いつか教えるとか言っていなかったか?」
およそ一ヶ月くらい昔の話である。つまり遠藤真也と聚楽園梨緒が初めて委員長(♂)と戦った時の話である。彼はその時に今のワードを使ったのである。
「そういえばそうでしたね。話しましょう。と言っても簡単なことです」
委員長(♂)は真也の右側の空いている椅子に座って彼を見る。
真也は背凭れをお腹に当てながら委員長(♂)に向き直った。
この時、真也はこの戦い…中二病大戦についてあまりよく分かっていなかった。だからこそ彼は彼にとっての戦いはようやく序章を抜けた頃だと思っていた。…だが、光陰矢の如し。事態とは意外にも早送りなものなのである。
真也は、彼が想像している以上に終焉を匂わす大きな事態に、“既に”巻き込まれていたことを、まだ…知らない……。