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Ep23 Fight by myself ~大気の襲来と弱腰な拳銃~

記念すべき30投稿目!久しぶりの投稿すんません!!では、どうぞ。

「悪いな…、オレは自分の為にあいつらを見捨てることは出来ねえ。仲間は自分に他ならねえんだ。あいつらが欠けたオレなんざオレじゃねえ!だから自分の為にお前を倒す」

「なんかえらく気合いが入ったようでチョーカッコいいじゃんシンヤァ♪ けど、私の思い通りにならないからムカつくけどね」

エメラルドグリーンが真也の手首の銀リングから発せられる。その現象は彼だけでなく前にいる宮城みやぎ春香はるか九条くじょう彌生やよいにも同時に起こっていた。そして黄緑の明滅は混ざり合いさらに拡散して世界を覆っていく。『人払いキープオフ』のかかった『因果孤立ニアーディメンジョン』が形成されていくのである。それはファンタジー小説に定番な御都合主義的な結界(例えば封ゼ…なんちゃらとか)とは違うものである。なにが違うかと言うとこれは現実を隔てて異世界を創り出しているのではなく、現実世界とは少し位相のズレた空間へと転送されているのだ。

しばらくすると翡翠色の発光は失われいつもと変わらぬように見える世界が現れる。真也は緊張するように九条を見据えていた。彼は負けることを考えていなかった。ただ倒す、目の前の相手をどのように倒すかが彼の至上命題なのである。ただ、負けることを考えていないとは少々大雑把な言い方である。彼は“負けると思っている”のだ。それはもはや前提条件。負けて負けて負けた上でどう倒すかなのだ。つまり、負けることを憂いることをやめたのである。

視覚出来るとしたら水色と感じ得る涼やかな風が吹き抜ける中、九条は痺れるような瞳の痛みを味わいながらふとあることに気付く。




「あら、お前は誰?」



九条は軽く顎を動かして視線をズラした。真也は追うまでもない、その誰とは恐らからずとも春香のことだろう。真也はもう昔とは違う。九条と戦うことを分かっていて“あえて彼女を巻き込んだ”のだ。倒すために。でなければ九条が近付いて来たときに春香に「逃げろ」なりなんなり指示するだろう。

たとえば多分、光一さんならそうする。「ここはオレに任せて先に行け」だなんて漫画のような格好いい台詞をなんの躊躇もなくなんの不自然もなく言うのだろう。だがオレは違うのだ。そんなプライドはただのプレッシャーにしかならない。ただ倒す、とにかく倒す、何がなんでも倒すというのが第一なのだ。

とは言ったものの、オレは彼女に申し訳なく思っていたこともまた事実であった。なぜなら倒すために彼女の力が必要なのはそもそもオレの勝手であり、加えて彼女は戦うことにあまりポジティブとは言えなかった。練習こそしているがそれは勝つためのというよりは自分の力の暴走を抑えるため。だからこの戦いに巻き込まれるのは彼女にとって迷惑な話でしかないのだ。




だが…、違ったのだ……。




遠藤真也の予想は途中までは当たっていると言えた。だが彼の考えでは彼女は今も言い知れぬ恐怖にうちひしがれているはずだった。だから真也は激励という名の言い訳を考える羽目に追われるはずだったのだが、なぜか彼女の顔は今までに見たことないくらいに凛としていた。


「春香ちゃん?」

真也は不思議に思って声をかける。

「遠藤先輩、私が戦わなければならないことに気兼ねしないでください」

「春香ちゃん…」

「私、今まで逃げてました。ホント怖かったんです。だから知り合いに出会えた時は他人任せが自然の流れになっていました。私は自分が勇気なんてないって知っているくせにこの大戦に出るのを決めました。ただ単純に欲望に目が眩んだという卑屈な理由で」

欲望とはこの大戦の優勝者に与えられる「何でも願いを叶えられる権利」だろう。

「卑屈な理由だなんて、そんなに自分を卑下するなよ」

「聞きました、遠藤先輩は本当はこんな大戦に出る気はなかったってことを。何かの手違いで…、それなのに私みたいに中途半端じゃなくて、本気で、生き残ることに必死で、純粋です。決して強くない能力だというのに…」

「………………」

「見ていてなんとなく分かっていました。先輩が人のことまでも考えて憔悴しきっているのに。そんな先輩が全力で考えて出した答え、私は先輩に何があったかは知りませんけど、そうやって見つめ直してなお“仲間を守りたい”って考えているんですよね?」

「ああ」

これには即答だった。オレは今日まで人のためだとぬかしていたのは結局は自分のために他ならなかったんだけど、それは人のためだなんてクソ食らえというわけではない。オレは自分のエゴイズムを認識した上でやっぱり仲間も守りたいと素直に思うのである。

「たぶん、それは私も同じだと思います」

「同じ?」

同じ。オレはその言葉に触れて彼女のこの間の行動を想起する。委員長(♂)との戦いの顛末に彼女が防御のために能力を振るったことを。彼女もまた怖さで自分のことでいっぱいいっぱいになっていても仲間が傷付くのを見ていられないのである。

「特別な力を持たない遠藤先輩がこんなに傷付いて戦っているのに、人並み以上の力を持つ私が戦わなくてどうするんですかっ!!」

春香は叫ぶ、金切り声とでも言うのだろうか。少なくとも比較的温厚で病弱な彼女からは想像もつかなかった。あまりのことに真也は最初、これが彼女が発っしているものだと気付けなかった。






「?…ぐっ、かっ体が?ぐうっ…」



そして叫びと同時に九条が体に違和感を憶える。自分の思うように動かず、さらに首もとが絞まるように苦しく思わず呻き声をあげた。真也は何かと思ったが睨み付ける形相の春香を見てあることを思い出す。


「……………金縛りか?」


自分も味わったあの感覚。しかし前回と違ったのはあの時は真也を停止させるために感情に任せて出鱈目に力を振るっていたが、今回は明確な戦闘意欲があるのだ。確かに感情的ではあるもののどのように『霊動念力ポルターガイスト』を使うか力配分を考えている分、力が分散されずに効果的に発揮されているのだ。

「あなたには申し訳ありませんが、出し惜しみなしです。全力で挑まなきゃ勝つのは難しい相手だというのは聞きしに及んでますので」

「うっ…ぐっ……がっ」

オレ達が三人がかりでなんとか戦っていた相手がたった一人の少女に圧倒されている。九条も一切動けはしないが本気で抵抗しているようで、顔を青ざめながらオレ達の時には最後の最後にしか使わなかった電撃を惜しみ無く空から轟かせる。だがそれは見えない何かに弾かれて四方八方に虚しく散っていくしかなかった。



「えっ?なにこれ?まさかの最初からクライマックスだぜってやつ?」



オレはあまりに呆気なく終わる戦いに「えっ?じゃあさっきのオレの啖呵って何?口だけ過ぎて恥ずかしっ!!」と心の中でぼやきながらも“当然このままで終わるわけもない”と同時に思っていたので、口中に湧き出していた唾液を飲み込み今のうちに喉を潤していた。



「なっ…る、ぼどっ、だい゛だい゛っ…わがっ……だ」



先刻まであれだけ暴れていた九条は声色だけ震わせながらもピタッと動きを止めた。そして眠るように瞳を閉じる。

何かを仕掛けてくるのかと思ったが数分経っても動く様子がない。すると、彼女を空間に留めていた楔が外されたのか九条が無抵抗のまま地面に倒れこむ。オレはこの現象は九条がなんらかの技を使って『金縛り』から抜けたのだとばかり思っていたがどうやら違ったようだ。




「……、心停止しました」


と、春香はホッとしたように言ったが、


「いや…」

オレはある予感に突き動かされて九条に近付こうとした。



「ぐっ!?」



しかしそれを遮るように眼前いっぱいに雷光が来迎する。真也はあまりのことにその場で尻餅をつき、春香は改めて身構えた。



「あぁーあっ、ごほっ、死ぬかと思ったあ…。いや一回死んだっちゃあ死んだんだけどねーっ」



そこには電撃をマトモに喰らって逆に、立ち上がってくる九条がいた。雷が産み出した副産物の砂煙に多少噎せながら歩み寄ってくる。先程、春香は「心停止した」と断定したのだから今のは九条が事切れる寸前に遅延効果を持つ雷撃を放ち自分に当てて、心蘇生法カウンターショックの要領で甦ったのだろう。あわよくば敵を巻き込んで…。


「ったく、よくそんな危ないことに賭けられんな」

そう、心蘇生法とは電気を用いようが用いまいが前提条件として他者が行うものである。そして医療の実力を持った他者ですら失敗することがあるのに、間接的でも死んでしまっている自分が行うなど前人未到なのである。


「そんなの簡単よ、私はこんなところでくたばる訳にはいかないから。生き続ける為なら悪魔とでも契約してやる」

「へっ…だが、悪いがオレもお前を倒すまでは負けるわけにはいかないんでね」

両者が止まったまま睨み合う。互いに牽制しあっていて上手く動けないのだ。九条が真也を混乱させるために微妙に風を変えれば、真也は九条の思考を乱すために度々フェイントを入れる。

だが、真也にとってはこの膠着状態こそが最初からの狙いだった。




「たあっ!!」




完全に遠藤真也に視線のいっていた九条は別領域からの進撃を受けることになる。それは春香の大きめの風鈴のような声と共に放たれる不自然なベクトル。非科学的だが超自然的なカゼ、『霊動念力ポルターガイスト』が再び九条を襲おうとしていたのである。



「バーカ、私が二回も同じ手に引っ掛かるとでも思っているの?」



しかし、その攻撃は自然科学的な風に行く手を阻まれてしまう。しかも他愛ない幻想を打ち砕くように逆に砂を巻き上げながら吹き飛ばし、目眩ましをしている間に九条は左手で春香に照準を取る。これから『風の知らせ』で把握した相手の位置に射撃しようというのだ。原理的には雷が鋭角に落ちると表現した方が正しいが、真也は誘導放出を応用した、Light Amplification by Stimulated Emission of Radiation、すなはちLASERレーザーをイメージした。


しかし、その引き金が引かれる前に真也は発する。





「ああ、分かっていたさ。お前が二回も同じ手に引っ掛からないことくらいな」


「はっ!?」

この時、九条は忘れていた。というよりも勘違いしていたのか。彼女は先程の死に迫りくる恐怖感を体に染みこませていたのだ。それが意識的か無意識的かは関係がない。それを攻撃だと認識してそのまま信用しきってしまった、この紛れもない事実が問題なのだ。

彼女はこれを攻撃と認識し、且つそれに恐怖感を憶えるということは最優先事項に選択されるということで、最優先事項が決定するということは他がないがしろにされるということである。

しかし蔑ろとはいえ本来は最優先事項とは、他が手に取ることもないということか、他に構っている余裕がないくらい切羽詰まっているかの二択で今回は前者のはずだが、こここそが彼女の偏見だったのである。






戦意皆無よわゴシ』という弱さ。






無意味さ、下らなさ、空虚さ、やるせなさ、存在感の薄さ、そんなものにほだされて遠藤真也をただのフェイント要員だと決めつけてしまったのだ。仕方ない、彼のよわゴシはたとえ喰らったとしてもノーカウントと言えるくらい些細なものなのだから。




「うおおおおおおおおおっ!!!!!!」




まあ、彼の“よわゴシ”に限ってはそう言えるだろう。

だが、仮にも“男子中学生の本気の拳”だ。

それが“女子中学生にとって無視出来る些細なレベル”で済むだろうか?


九条は春香に対してチェックしていたので左方向に重心が寄っていったために数秒間無防備になる。一秒もあれば充分だった。真也の五十メートル走は七秒フラット、一秒もあれば初速でも六メートルは進める。真也が九条を殴るには余るくらいだ。


「ぐぅっ…がっ……!」


真也の左拳は九条の顔面にクリーンヒットした。彼女は呻き声をあげてよろめくが真也は浮かない顔をした。そして自分の拳を見る。後ろめたさに苛まれたわけではない、自分が殴ったものへの感触に違和感を感じる。

「ちっ…やりやがったな」

九条のエアガンはそれを使う際に異常な気圧を生み出して空気を一点に集中させてから空気の膨張力を利用して運動エネルギーを生み出すものである。そんなものを一秒のスパンでは織り成すことは出来ないが、もっと粗いものなら出来る。


たとえば物体の動きを吸収するくらいの空気の塊ならば。




「これがホントのエアバックてか?」



真也は余裕からではなく悔しさのために笑えないジョークを言う。せっかくのチャンスをおじゃんにされたのだ。憎まれ口の一つや二つ吐き出したくもなるだろう。真也は言いながら九条の顔を見たが、そこには理解出来ないと首を捻り、且つ不愉快な表情があるのに気付いた。

「なんだよ?九条。エアバックの上からでもオレの拳は沁みたか?」

「はー?ナニ勘違いしてんだよ。むしろお前の左手が私の風でイカれてんじゃないの?骨とかボッキボッキに。そんなことよりお前は私の質問に答えろよ」

「質問…?」

真也は考え込むように額に人差し指を当てて目を瞑る。直前の攻防に神経を磨り減らしたためにその前段階のやり取りなんて吹っ飛んでしまっていたのだ。

「その女は誰って話だよ」

九条が焦れったさに耐えられなくなって答えを言う。ダムが決壊するように彼女の憤怒が止めどなく溢れていた。

「なんだってそんなことが気になるんだ?」

真也には訳が分からない。彼女は敵に興味を持ちたがる性分なのだろうかなどと考える。

「はっ?いっ…いや別にお前がどんな女と付き合おうが、おお女をとっかえひっかえしようが興味ないんだけどね」

「はあ?……いや、お前…まさか………、はーん」

真也は九条の怒色が動揺の二文字をその身に内包していることを悟る。

その上でピーンと一計を思い付いて傍に控えていた春香の肩に右手を伸ばそうとする。

「えっ?」

真也はそのまま力を入れて自分の袂に引き寄せようとして、春香自身は事態が掴めなくてされるがままになる。そして準備が整った所で真也は息を吸い込んで思いっきり吐き出す。






「こいつが誰かって?教えてやるよ九条。オレの彼女だ!今、オレ達は絶賛ラブラブ中なんだよっ!」






真也はなぜか得意気に堂々ととんでもないことを公言した。九条は笑うことも、怒ることも、悲しむことも、呆れることも、喜ぶこともなく、しかし無表情とは言い難い表情で固まっていた。それは極寒の雪原に佇む頑強な氷塊に閉じ込められた草花のようにピクリとも動かない。


「えっ?えっ?えっ?えっ?えええ遠藤せせせ先輩っ!?なっなにを言ってるんですかぁっ!?」


逆に春香は身体中に稲妻が駆け巡っているかのように動揺をかき消せずにいた。


「バカっ、いいからオレに合わせろ」

真也は「しーっ」と口元に指を持っていって小声で話し始める。

「いいか?こういう風にオレに彼女がいるとか言われると昔から九条が頭にくることは知っていたんだ。今まで謎だったが今日ようやくどういうことか理解した」

「えっ…?それって、もしかしてっ?」

真也に言われ、加えて九条のこれまでの反応、そして委員長(♂)から聞かされていた九条の提案を思い出して、春香もとある予感に辿り着く。

「お前も分かったか!そう、あいつは昔からオレのことが………」

春香は真也の言葉に息を飲む。













「………大っ嫌いなんだ!だから嫌いなオレが幸せになるのが許せないんだ!」





「…えっ?そっ、そういうことなんですか?」

「そうだ、そうに決まってる。じゃなきゃなぜ他人の人間関係をいちいち怒る?」

真也を含むライトノベルの主人公は大概がこういった恋愛関係に疎いのが特徴である。とはいえ、これは真也と彼女の険悪な中が一つの原因になっていることは否めない。

「えと、多分…、そうじゃなくて…あの人は遠藤先輩のことが…」

「だからこれを利用して九条の怒りを煽って行動を非冷静的にさせっ……あんっ?なんか言ったか?春香ちゃん」

「………………いや、なんでもないです」

春香は真也の鈍感さに苦笑いしながら未だに心ここにあらずの九条を少し憐れに思いつつ、全ての事実は自分の中に仕舞い込むことにした。

ただ、確かに真也の相手の心理の読みはズレていたが、目論見自体は上手くいっていたと言える。事実、九条は我を忘れていたのだから。




「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロスロス………」




九条は俯きがちになりながらぶつぶつと何事かを発する。その度に無意識的に辺りの風をざわつかせていた。それはこちらの恐れを助長させる威嚇行動であると同時に彼女が感情的になり、つまり真也の作戦が上手くいっている証拠だった。

「さて、これからどうしよう怖いなー」

「考えてなかったんですかっ!?」

「だって本当は会うのはもっと先だと思っていたし、あいつの能力への対抗手段なんて二三日じゃ思い付かんでしょ。ましてや翌日だなんて」

「じゃあ何で挑んだんですか?期限はまだあったのに」

「いやー、なんつーかその場のノリで?それに春香ちゃんもいたし、もしかしてなんとかなるんじゃね?って考えたわけよ。って訳で、ガンバレ春香ちゃん!」

「丸投げ!? …………………遠藤先輩、言っちゃあれですけど本当に最悪ですね。さっきの私の感動を慰謝料込みで返して欲しいです」

「てへぺろ」

真也はさっきから春香の好感度がバブルが弾けたように急降下していく様子を見て笑うしかなかった。

春香は思わず殴りたくなる衝動を必死に抑える。しかし和んでいる暇は無いようだった。九条がギランと此方を睨み付けてくる。と同時に空気が震えるような感覚を得る。そして次の瞬間には通りに止まっていたレッドボディーの駐禁車、高級邸宅にあった黒塗りの自動車が持ち上がる。それに呼応して九条自身も空中に天臨する。

「来るぞっ!!」

それが瞬く間に鳥のように動き出して神風さながらに真也達がいる方に突っ込んでくる。真也はすぐさま後方に走り出す。

「シィンヤァァア!!そんなんで逃れられると思ってんの?攻撃判定は自動車本体だけじゃねえから!」

「!?」

真也は一瞬振り向いて九条の意図を考えて、答えに行き着いてからさらに走りに研きをかける。

自動車は現在でこそその運動エネルギーを電気や水素と酸素など様々なものに頼っているがそれでも主流はガソリンである。ガソリンとは石油の一種で可燃性の揮発液体。つまり早い話、破壊の衝撃や彼女の持つ電撃で少しでも刺激すれば大爆発を起こすのである。メーターを見ていないのでどのくらいの規模の爆発になるかは推し量れないが、こんな狭い道では少なくとも爆風にあてられる可能性はある。


「ぐっ、やばいっ!…ってあれ?春香ちゃんは?」




しかし、可能性はなかった。


それは実験場に存在したイレギュラーの影響が甚だしいものだったからである。イレギュラーの名は宮城春香。彼女は両手を上方にかざし数メートル崎の自動車を止める。あたかもそこに見えない壁があるかのように。

「くっそガキがぁああああああっっ!!」

「はあああああああっ!!」

少女達の怒号のコンチェルトの中、自動車は上方からの豪風と下方の分厚い壁に挟まれプレス機のように押し潰されていく。そしてある瞬間に大空が真っ赤に染め上げられた。真也はその爆光に思わず顔を伏せてしまう。肌がヒリヒリと焼ける。それが一通り止んで晴天が戻り彼女達を見ると、何事もなかったように両者は視線を合わせていた。



――――なんだこれ?次元が違う…。



真也はあまりの迫力に気圧され自分の存在意義を再三に渡り確認してしまう。それはそうであろう真也達が三人がかりで歯が立たなかった相手と互角に渡りあっているのだから。


「はっ…はっはっは、はっはっはっはっは!なにこれ?ヤバイ、久々に面白い面白過ぎじゃんこれ。認識を変えなきゃな、別に優勝候補ベストテンじゃなくてもなかなか骨のある奴はいるんじゃん!」


怒りから一転、狂ったように笑い出す九条。真也はゾッとした。こんなにも極端に感情の起伏が豊かな奴がいるのかと。


「まあ、もう意味ねえか。そいつ死ぬから」


そしてまた一転して冷たい言葉を放つ。この上げ下げは地球温暖化の影響を否定できないここ最近の春の天候にも似ている。つまり狂いとは地球に限らず皆が同じような状態になるということか。

九条は落下し、脚が地に着いてまもなくしない内に翔けて春香に詰め寄る。足下にエアガンを作り上げたのだろう。しかし彼女のたいふうのような右拳は春香に届かない、委員長(♂)の『絶対防御イグノアー』のように不自然な盾に阻まれているのである。ゴンッと鈍い音が響き渡るが九条は表情を変えずに春香も気を緩むことはしない。

「なら二発目だよっ!」

九条は放った腕を拳銃のトリガーよろしく再び引き戻す。

そして相手を威嚇するように辺りに雷鳴を轟かせた。

「っ!!!?」

攻撃をもう一度ガードしようとした春香は九条が今か今かと拳を振るおうとした時にあることに気付き急いでバックする。不自然な空気の流れを操る彼女だからこそ知り得た不可解な空気の動き。

移動を終えた数秒後に真也も理解する。まず始めに爆轟のような音が彼の耳をつんざいた。そして目に入る情景、さっきまで春香のいた場所には、自動車の左右のタイヤを繋げる為のものだろうか?三本の金属の棒が矢のように通り過ぎていた。そして家の前のブロック塀を突き破って粉砕し家の壁に刺さる。その経路は黒く焦げ付いていた。

「なんっ…だ?ただ風を操っただけじゃねえ。よく分からねえがさっきの雷で異常なクーロン力を生み出しての即席のガウスカノンやサーマルガンか?」

真也は狼狽える。分かるのは、どちらにせよ九条の力とはただ乱暴に能力を振るうのではなく、工夫も凝らしてきているということである。

言うなれば、発想を元に能力を拡大解釈していく遠藤真也と圧倒的な攻撃力で邁進していく聚楽園しゅうらくえん梨緒りおが合わさったようなもので、それは最強と言わざるを得ない。単純な話、もし運動神経抜群で且つ成績優秀な人間がいたら「勝てない」と思ってしまうようなものである。


「今のを避けるんだぁ、流石だね。にしても私達の勝負にしてはこの場は狭い、狭すぎる。お前も飛べるんだろ?もっと広いところに出ようぜ?」

すると浮力が働き九条は宙に行く。

「いいよ、行こう」

「春香ちゃん、敵の誘いに乗るな!罠に決まってる」

意外とあっさりと了承した春香を宥めようとする真也。彼は危惧していた。あの戦い嫌いな彼女がこうまで好戦的なのは自分の力が想像以上だったので舞い上がってるのではないかと。

真也は自分のためだとかなんとか言っても結局は人の身を案じるお人好しだ。春香は真也のそんな切羽詰まった顔を見て、全てを理解しながら悪戯っぽく微笑んだ。

「遠藤先輩は彼女を縛るタイプなんですか?」

「えっ?はっ!?いや…だから…それは相手へのブラフでだなっ…!」

「そんなんじゃ女の子に嫌われますよ?」

それだけ言うと春香も九条を追いかけるように浮き上がっていく。

「はあっ!?っつか、待て!おいっ!なんなんだ?あいつ、あんな奴だったか?チクショー、ガキの癖に大人ぶりやがって……、厨二かっ!」

遠藤真也は面倒臭いことが世界一嫌いな人間である。

「なんなんだよっ、もう」

真也は言いながら同じような煩わしさを普段から感じている自分がいるのを悟る。

「ったく、どいつもこいつも勝手なことやりやがって、これだから女ってのは面倒くせぇっ!!」

真也はしゃがみこんで髪を無茶苦茶に掻きむしる。

しかし彼はいつまでもそうしている訳にはいかなかった。

「っだからって、なにもしないわけにはいかねーんだよっ!」

真也は立ち上がる。そのお人好しを自分のためだと強引解釈して。

「『弱腰空走スカイウェイカー』!!」

そして、地を強く踏み締めてそこから一気に駆け上がる。一歩、また一歩と。風が冷たい、そして強い。しかしそれ以上に真也がこの戦いにかける思いは熱く、強かった。彼は今日まで悩み、そして辿り着いた答えを元に勝ち負けを越えたものを見据えていたのであった。







――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――








標高二〇〇メートル。

それはもちろんエベレストやK2等の世界の名だたる山々はおろか、東京スカイツリーや東京タワーと比べてすらたいして高くないだろう。

だが、この辺りでは最も天に近い場所と言えた。二十九階建ての高層オクションを下方に据えて火花を散らすのは一六〇センチメートルにも満たない少女達。これを高いと言わずしてなんと言う?





世界最高せかいさいたかの少女達の戦いが始まろうとしていた。





「ぐっ……あいつら何処に行った?」

真也はより強くなる陽射しから瞳を守るために右腕で即席サンバイザーを作りながら懸命に少女達を探す。空は人が思っているよりも広く、高く、そして深いのだ。

しかし、真也は意外にもすぐに彼女達を見つける。それは見慣れた二つの影を目に捉えたからではない。気付いたのは空気だ。というのは雰囲気だとか気配だとかいう抽象的なものではなく、もっと具体的な大気の流れであった。英語ではどちらもatmosphereだが、そこには明確な違いがあった。

ご存知のように風はその高度が上がれば上がるほど強くなる。小学校の屋上に上がった時に心地好い風に通り過ぎられた記憶を持つものもいるだろう。だが、たとえ高さをもってしてもこの強さは異常だったのだ。


風の流れを目で追っていくと彼女達が中心にいる。




霊動念力ポルターガイスト』と『疾風迅雷アローガンス




この二つの似たような、それでいて対極に位置する能力のぶつかり合いは、空に大嵐を産み出していたのである。



「………………………………」

真也はただただ呆然と現状を見ていた。直線距離五〇メートル先にあるその見たこともない戦いを見ることしか出来なかったのだ。


九条は笑い、空気砲と化した威力の風を四方八方から放つ。それを春香は巧くかわし逆に念動力で練り上げた固体のような空気をぶつける。対して九条が真っ正面からそれを拳で粉砕し、その隙に後ろに回った春香が繰り出す攻撃を放たれる前に器用に左足を回して蹴りを決めようとする。しかし春香はそれを念力でガードして少し距離を取り、九条の方もそれに倣って後ろに下がる。

このような応酬が数秒の内に幾度も続く。最大の特徴は彼女達の攻撃ははやく、そして攻撃の属性が為に一見しただけでは見えない。九条は『風の知らせ』を受けて、春香は念力による探知をもとに、敵の攻撃を察知し思考して次の攻撃を叩き込もうとしているのである。

「ふっふふふ…ぐっ、ふははは…」

「はぁ、はぁ、はぁ…」

九条は笑い声を上げつつも時々、痛みに顔を苦痛に歪め、春香は高地に慣れない上に運動神経もそこまでよくないためか異常に息が上がっている。



真也は考える。


──────今、春香ちゃんが九条に対して不利な点はやはりあの雷の能力。雷を防ぐすべがないわけではないが、風を防ぐ術とは別物なはず。つまり彼女は九条に対して二倍神経を擦り減さなければならないということだ。


今もまた雷鳴が轟く。風よりも段違いにはやく、更に眩しいので詳しい対処法は理解できなかったが、多分雷に対して45°に念力の板のようなものを作り、攻撃を受け止めているのではなく弾いているのだろう。そしてより驚くことは運動神経の芳しくない彼女が尋常でない動きを見せていることだが、これは九条のように念力で傀儡のように体を動かしているのだろう。


初めて戦う九条を相手にここまでの立ち回りを見せる不思議を真也は意外にも簡単に解決していた。



─────おそらく、あのいけ好かないヤロー、委員長(♂)の入れ知恵か?まったく抜け目のない奴だ。最初から再戦を頭の中に入れていて、戦ってから一日もしない内に対抗手段を考え付いたのだろう。それをいつ不測の事態が起こってもいいように今日の内に伝えていたのだ。春香ちゃんは確かに「委員長(♂)さんから聞きました」とは言っていたが、まさかこういうのも込みだとは想定外だったぞ。

そして、春香ちゃんにとって有利なことだが、それは九条のダメージである。つまり最初の金縛り、加えるならば自身の雷の直撃。梨緒のような『爆発耐性フルレジスト』という特殊なスキルを持つ奴は多くはないと思う。なぜなら彼女のスキルは全方位攻撃という爆発の最強の力キャパシティーの弊害を防ぐ補助のようなものである。完全でないとはいえ、ほぼ意のままに風雷を操れる九条が同じ技を持っているはずがない。

それにこの仮説が正しいことはは彼女の苦渋な表情を見れば一目瞭然だ。

一度意識が無い状態で放った雷だ、手加減をかけることは至難だったのだろう。

春香ちゃんにとって朗報なのは、この有利は先程の不利を打ち消して上回っていたことか。見る限り次第に九条の方が後手後手に回っているのだ。これは長期戦にこそなるが、決着は見えたな。

「…………………………?」

真也は喜びの表情を少し見せてから、自分の思考を反芻してある疑問にぶち当たる。



─────なぜ?春香ちゃんはあれ以来、金縛りを使わないんだ?



疑問がよぎってから、真也は攻防の優勢から忘れることにした。

なぜなら手段は二の次、結果良ければ全て良しなのだ。

彼のこのような逃げ、所謂よわゴシな性格は時に悪い結果を持ち運ぶことにも気付かずに。




永久を刻むかに思えた暴風の轟は意外にも二分足らずでその終幕を下ろすことになった。

「春香ちゃんっ!?」

真也は驚きに声を上げて上空に走り出す。大嵐を紡ぎ出す双璧の隻方、オカルトなカゼをる宮城春香が突如にして事切れたように落下し始めたのだ。それは別段、九条の一撃を喰らった訳でもなく時計がその指針を止めるように何の拍子もなく動きを止めたのだ。それがあまりにも突拍子もなかったせいか、対峙する九条自身ですら呆気にとられていた。



─────何が起こったっていうんだ?



真也は春香を受け止めようと両手を伸ばしながら彼女に近付こうとする。そして器用に受け止めて、そのまま流れに身を任すように春香と共に落下を続ける。


真也と九条は春香の突然の急停止に疑問を持っていたが、本当はその視点こそが間違っている。

そもそも最強の力キャパシティーとは収容能力だ。分かりやすくいうなら一人の中二病患者ヴィクターがどれほどの潜在能力を引き出せるかの器によって、最強の力キャパシティーの強さが決まるのだ。

優勝候補ベストテン中二病患者ヴィクターの中でもより際立って器の大きな集団である。

つまり、真に疑問にすべきは宮城春香がなぜ“優勝候補ベストテンの一角とここまで同等以上に戦うことが出来た”のか?という方なのだ。

「春香ちゃん?どうしたの!なんだって急に…」

真也は最も近い足場だった二十九階建て高層オクションの屋上に『戦意皆無よわゴシ』を使って完全無事着すると、薄目開けてなんとか起きている春香を仰向けに寝かせ早口で喋る。

「タイ…ムッオー…バ…みたい…です」

それに対して、なんとか春香は言葉を吐き出す。さっきまでの尋常でない動きとは打って変わってる衰弱した姿に真也は戸惑う。

「タイムオーバー?」

「成る程、成る程」

すると真也の後ろに這いよる混沌があった。…特に「うーにゃー」とは言っていないが。

「っ、九条!?」

それは言わずもがな九条彌生であった。彼女は風の浮力ですっと降り立った後、分かったような顔でニコニコしながら近付いてきた。

「なにが成る程なんだ?」

仕方なく真也は九条に尋ねる。

「相変わらずどんくさいねシンヤァ。簡単な話、こいつの私に匹敵する強さには時間制限があるんだよ。憶測三分かねぇ?」

「そんなバカな…」


――――委員長(♂)からそんな話は聞いていない。聞いたのはただ…っ


「!?」

真也は思い当たる節に辿り着いて口に手を当てる。


その節とは彼女の能力の暴走。不幸にも自身の器に合わぬ大きな能力を与えられてしまった彼女は能力に躍らされてしまうのだ。最近までの練習で幾分か制御は利くようになったらしいがその時間こそが三分なのだろう。

また、これは真也は知るよしもなかったことだが、春香が『金縛り』を使わなかったのもそこに起因する。空気よりも制御の難しい、動いて抗う人間は停止させることだけでも精神力を多大に消費するのである。

「つまり、お前らはチェックメイトなんだよ」

「くっ」

「ねえ?シンヤァ?そんなグズな彼女やお友達なんて捨てて私と組もうよ。篠原さんのことをまだ根に持ってんなら謝るよ、本当だ。私はお前を買ってるんだよ。あんなちんけな能力なのに今日まで生き残っていて、あんなに沢山の中二病患者ヴィクターを従えてるのはお前の才能だ!昔から私はお前のことを…っ!」

しかし似合わず顔を赤らめ最後まで言えなくなる九条。真也は首を傾げて、そしてため息をする。

「お前のことをっ…なんだよ? はぁー、まあいい。お前がオレを意外にも好評価なのは素直に嬉しいし、琴音に謝るのは信じたい」

「っなら!」九条が期待に目を輝かせる。

「けど、それでオレが今の仲間を裏切れるか?それは今のオレにとってオレを裏切るのと同義なのにだ!」

「なんなの?じゃあ両方取るだなんて甘っちょろいアウフヘーベンでも選ぶ気?」

九条は声を大にする。しかしもう、昨日のように動じない真也。

「お前は昨日オレに残酷な二択を提示してきたよな。お前を選んで惨めに生き延びるか、仲間を選んで無惨に死ぬか」

真也は春香を診るためにしゃがんでいた重い腰をゆっくりとあげる。

「何かを得るには何かを犠牲にしなければならない。それが道理だっていうならオレはそんなもの間違ってると思う。これは売買じゃないんだ。オレは何もかもを得て尚、何も犠牲にしたくないっ!」

立ち上がり、くるりと体を捻って九条に向かい合う。

「だから戦う。“条理”をぶちのめすために。そのためならオレは大甘で構わねえ!生憎カレーラーメンは好きな方だしな。中二だからって無理して大人ぶる必要なんかねぇ、世間なんてちんけなもの知る必要ないはずだっ!子供なんだからオレは駄々こねさせてもらうぜ!」






「……………………………………残念っ…だよ、交渉決裂だ。お前のそのチャチな妄言ごと粉々にハカイしてやるよっ!!!!」

九条は風を巻き上げる。その反動で彼女の髪は無造作に荒れる。それは今の彼女の状態の写し鏡のようだった。九条は距離を取るために足裏にエアガンを発生させて、後ろに飛ぶ。その距離対角線状に二十数メートル。

「さっせるかぁぁああああっ!!!!!!!!」

真也も叫び、そして九条の元に駆け出す、地を空を。最終決戦の火蓋が切って落とされたのだ。

「ハハハ、せっかく誉めたばかりだってのに特攻?無芸なんて失望させんじゃねぇよっ…………!?」

九条は違和感を感じる。彼女が便りにしている『風の知らせ』が反応がない、どころか体が沼に使ってしまったような束縛感。れいの『金縛り』ではない。あれはもっと体を痺れさせるような内部からじわじわとくるようなもの。だがこれは重りを乗せたような…。

「あの女ぁぁああっ!もう能力を使えないはずじゃ?」

九条が睨む先にはいつのまにか故意的に寝返りを打ちうつ伏せになりながら右腕を伸ばす少女、宮城春香がいた。彼女は言葉を溢す。

「確かに、貴女といろんなことに気を使いながらインファイトするなら三分くらいしか持たない。でも、“空気を固定する”この一点だけに力を費やすなら話は別よ」

もし、携帯電話をディスプレイ光量最大で常時音楽とバイブレーションを流して複数のアプリケーションを使うならあっという間に電池残量はゼロになるだろう。だが、省電力モードでサイレントやバイブレーションをオフにした状態でメールチェックする分には電池は長持ちする。彼女はそれを自分の能力で実践しているのだ。

霊動念力ポルターガイスト』による不自然な空気の流れで、九条の自分の体の延長線上に等しい自然科学的な風の流れを阻害しているのである。たとえるなら互いが逆の手同士の指を絡ませて押し合いをするかのよう。しかしこれだと春香の方も念力を自由に扱えなくなっているが今はそれで構わないのだ。

「うおおおおおおおっ!」

彼女には真也がいるから。

「バカか?確かにお前は私の風は止められたけど、もう一つの能力があるのを忘れているんじゃねぇの?」


爆撃機が通り過ぎたようなけたたましい激音が鳴り響く。スタングレネードを放ったような雷光は全てのものを白く染める。




――が、




「なっ…なぜ?」

真也の歩は止まらない。何度も何度も辺りを白く染めても肝心の真也が白い灰にならないのである。やがて近くまで寄った真也は九条の後ろを指差す。


「九条。お前、知っていたか?建造物は雷の被害を防ぐ為に避雷針を設置するんだぜ?」


九条は振り返る。後方には突針状の金属製の棒が堂々と聳え立っていた。彼女はあまりにも近くで雷が落ちた為にその飛雷点を確認出来なかったのである。まさか自分の後ろだとは思うまい。

避雷針の有効範囲は一般の建物なら先端からの垂直線の間60°を頂角とする円錐内とされている。

つまり避雷針を使い厄介な雷を防ぐには屋上で戦うしかないのだ。九条は発電能力者パイロキネシストではない。言うなれば天候操作者ウェザーオペレーターで電気鯰のように生体電気で体から電撃を発することは出来ないのだ。

真也が上記の知識を有していたとは思えないが、これを利用しようとする魂胆は確実であった。だから九条が来る前に春香に“風だけを止めろと予め指示しておいた”のだ。

彼は驚く振りをしてこの瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。しかしそれがどこからかは分からない。春香は余力が残っていたのではなく、余力をのこしていたのかも知れないし、真也は最初から屋上で戦うために布石として春香を九条の挑発に乗らせたのかも知れない。

それに宮城春香の戦いを見抜いた推測、もしかしたら遠藤真也は賢しい策士で九条の言うように本当に才能があるのかも知れない。




しかし、残念ながらこれらの憶測は無駄なものになる。彼はこれを無意識の内に行っていた。これは能力なのか運なのか、求めるものがあまりにも抽象的過ぎるために判別がつかない。例を挙げるなら麻雀プロの強さに近いものがある。彼らの強さは能力であるが、運ではないとは言えないのだ。


遠藤真也は運かも知れない。

彼は性格は多少曲がっているが、思いっきり落ち込み、清々しいくらいに立ち直り、ストレートに行動する。


「オレは絶対に諦めねえ!」


だって、愚鈍なくらい熱くて夢見がちな言葉しか吐けないピュアな少年がそんなことを考えて行動できると誰が思うだろうか。


「私の…負け?シンヤの…勝ち?」


風を止められ、雷を封じられた優勝候補ベストテン


九条は頭を押さえながら無意識に雷を一発、また一発と放つ。それが徒労だと知りながら。しばらく震えていた彼女だったがしかし一転して動きを止めて俯きながら微笑む。九条は思い出したのだ。



――――――そうよ、忘れていたわ…。私はこれが見たかったんじゃない。



「さあ、来なさいよ!シンヤァ!私を倒してみなさいよ!」

風がまた息吹き始める。九条の狂気が、止めどなく溢れる感情が能力をより強くし、春香の制止を上回ったのだ。吹き溢れる暴風、しかし真也は、真也だけはその中を澄んだ瞳で九条一点を見つめていた。

「私の最高最大最強の一撃ダウンバーストを喰らわしてあげるわっ!」

天が割れる。幾億幾兆にも渡る風の筋が不可思議に流れを作りやがて一本の大砲を作り出す。

段ボール箱の一片に穴をあけて、それに垂直な平行する面を両手で同時に叩けば子供でも作れる空気砲、それの超強力版。その威力は各国の火力兵器にも引けをとらないだろう。






大気落としスーパーセル!!」






雷轟にも負けない声で九条が唸り、それを合図に大自然の織り成す砲撃が発射される。


「くっじょおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!」


真也は形振り構わず堂々と走りだし自分の左腕に持つ拳銃の引き金を引く。







よわゴシな少年が走り出す時、一つの物語は終幕を迎える。


読書お疲れ様です。説明ばかりで申し訳ない。

少し、補足を。

パイロキネシストは発火能力者と訳すのが定番ですが、パイロの意味はギリシャ語で火という意味のほかに稲妻という意味もあるので強引解釈することにしました。

(追記6/19)カレーラーメンとはアウフヘーベンの言葉の説明をする時に最も使われる例です。ちなみに私はカレーラーメン嫌いです。

あと、科学的な知識は専門家ではないので、ところどころ間違っている可能性もあるので間違っても参考にはしないでください。

いよいよ次回はこの章の最終回。そしてまさかの展開がっ!?


2012年6月19日、アドバイスを受けて大気落としの振り仮名を変更

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