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Ep22 Stand up ~とある帝王の激励演説(プロパガンダ)~

「あれっ? 委員長(♂)さん。今日、真也は?」


公立諌山中学校二年D組の朝のHRが何のイベントもなく平常通りに終わると篠原しのはら琴音ことねは気付いたように辺りをキョロキョロ見回しながら傍にいた委員長(♂)に尋ねる。


「……………欠席でしょうかね。バカは風邪ひかないと言いますが、あてにならないですねこの言葉」


委員長(♂)には思い当たる節があったが、ある事情から言葉に詰まり誤魔化すようにジョークを織り混ぜる。










そんな遠藤真也は今、



ため息をつきながらただただベッドに潜って仰向けに壁のシミを見ていた。彼は恥辱と究極の選択とにさいなまれて嫌な気分になるのを避けるために思考を停止していたのだ。



端的に言うならば『逃げ』である。



遠藤真也はつらいことが大嫌いなので、戦いから逃げて学校から逃げて考えることから逃げて自分から逃げているのだ。

真也がこの行為を自分の情けなさにうちひしがれながらもやむなくか、その考えはなくて無意識の内になら未だ救いはあったかもしれない。だが真也はそうではなかった。自ら逃げていることを意識しながら「まっいーか、仕方ない仕方ない」と許してしまっているのだ。一切の言い訳なしの開き直り。これ程清々すがすがしくて故にたちの悪いものはないだろう。


だが…、彼が“真にこれを貫くのならばなんの問題もない”のではあるが。





「真也ーっ!! いつまで寝てるのよ、朝ご飯片付けるよ?てか、あんた今日学校は?」



すると一人の少女がバンッと勢いよく扉を開ける。目を見張るような艶やかな黒髪ショートカット三編みオプション付きで赤いフチ眼鏡を掛けて紺色のセーラー服を身に纏っている。


「気分が悪いから学校休む、朝飯もいらね。てか詩春しはる姉…部屋入るならノックしてくれっていつも言ってるじゃん」


真也がゆっくりとベッドから上体だけ起こす。彼女の名は遠藤詩春えんどうしはる、真也の姉であり現在は高校二年生である。


「なに言ってんの?男の癖になよなよしちゃって」

「男だからってのもあるぜ?オレが部屋の中でコソコソとエロ動画のBlu-rayでも見ていたらどーすんだよ?」

「はあ?お前にそんなの見る度胸なんてないでしょ?ヘタレ童貞が何言ってんの?」

「ぐっ…うぐっ」


真也はデリカシーのない自身の姉に軽いおどしのつもりで言ったのだったが、呆れられた上にその言葉は真也を酷く落ち込ませた。ただでさえ今はマイナスな気分だというのに、沼の底でさらに沼に足を踏み入れたかのようである。どうやら姉のデリカシーの無さを甘く見ていたようだ。しかしこうまで言われて真也も黙っているわけにはいかない。


「しっ…詩春姉だって、花の女子高生も二年目に差し掛かっているのに彼氏の一人だっていやしないじゃないか」

「へー、お前、死にたいようね」

「……っ!?」


顔は笑っているように見えるが、まったく笑っているようには感じられなかった。ヤバッと真也は思った。どうやら言い過ぎてしまったようだ。これじゃあ九条に命乞いするまでもなく肉親になきものにされる。



「やっ…やだなあ、美しきお姉様。なんか物騒なお言葉が聞こえましたが?」



真也は顔をひきつらせながら冷や汗を垂らす。


「やあねえ…可愛い弟君。気のせいよ、…………………………今はね」

「はっ…はひ」


次はないようだ。まさか自分の姉貴にこのことを言うのがタブーだとは一つ勉強になった。そんなことよりもオレは気になっていたことがあるので単純な興味本意で尋ねる。


「ところで姉貴様」

「なんだい?愚弟」

-----愚弟って…

オレはめげずに言葉を繋げる。


「なんだってそんな何本もICプレイヤーなんて持ってるんだ?」

「えっ!? いや、これは…」


不思議なことに顔を赤くしてテンパっていた。なんなんだ?やましいことなのか?普通はあんなもの一本で十分な気がするが数えると詩春姉は八本も所有している。自分の姉を犯罪者扱いしたくないが、焦るとしたら万引きからの転売?いや、だとしたら開封するのは不利益だ。あと、考えられるとしたら…



「盗聴?」

オレは思わず口にする。


「ちっ、違うわよ!とっ…盗聴は…どちらかというと……向こうの方…っていうか」

「こっ…この家、盗聴されてたの!?」


衝撃の事実を姉に述べられた。

となるとあれは仕掛けられたICプレイヤー型盗聴器?の数々だというのか。


「そうじゃなくて、あいつは…」

「あいつ?」

「ふぇっ?」


顔中真っ赤にして尋常じゃない様子の姉のある一言にオレはピンとくる。

絡まった糸屑から一筋の緋色の糸を取り出すようにオレは推理する。


「あいつって、もしかして男?」

「うっ…」


肯定こそしなかったが、否定もない。つまり、この調子は図星なのだろう。


「成程。ということは、その男は詩春姉の…」

「ちっ違っ…、そんなんじゃ……」


詩春姉がオレを制止しようとしてか迫って来る。フフフ…その態度が十分にオレの推測を強くしてくれてることに気付かないのかなワトソン君。

そしてオレは詩春姉がたどり着く前に言い切る。





「その男は詩春姉の…横暴に堪えかねて弱味を握ろうとしたんだね」





「は?」


遠藤詩春は真也の言葉に何が起きたのか分からずに固まる。

最初からこの小説を読んでいて且つ、理解力の高い御方ならば言うまでもないだろう。この遠藤真也という少年はあまり空気が読めるとはいえない上にそんなに学力も高くない。そしてライトノベルの主人公にありがちだが、恋愛沙汰に滅法疎いのだ。


「フフフ、その反応は当たりだにゃにゃにゃにゃにゃーっ!!」


詩春は真也の生意気な口を機能停止に持ち込むために頬をつねりあげる。その華奢な体のどこにそんな握力と筋力があるのか彼女はそのまま頬をつねった右腕を持ち上げて真也の体を宙に浮かす。真也はしばらくとめどなく感じる激痛に暴れたが、そのうち気絶してしまった。








「はっ…!」


次に真也が目が覚めた時はもう昼過ぎだった。窓から射し込む心地のよい陽光を顔に浴びて、白々とした眩しい景色になんとか瞳を開く。起床の原因は時計が鳴ったからだ。空腹を知らせるというので有名な腹時計さんが。

左頬をさわると痺れた。きっと鏡を見たら赤く腫れているのだろう。あーやだやだ。

そんなことより、お腹がすいた。だからオレは腹の虫に導かれるがままに黄金のブランチを探し求めて冷蔵庫をあさりに行ったが何もなかった。そこで気付いたのだが家には誰も彼もいない。詩春姉は高校に行ったんだなと分かるが母親はどうしたのだろうか。まあ、冷蔵庫の中が空だというのを鑑みるに買い物にでも出掛けたのだろうと予想は容易いが。仕方ないとオレは机の上に「外に行ってる」と書いたメモ紙を置き、家の鍵を閉めてからコンビニへと歩き出す。



本日は無風だった。


とはいえ人は無いことが当たり前である事柄を自然と改めて思うことは珍しい。例えば街中で「今日は熊がいないねぇ」とか、または逆に「あー!ここは空気があるねぇ」のように。風が吹いていないことを同列に並べるべきかの是非には賛否あると思うが、少なくともオレ自身としては今日までの人生の中で「無風だ」なんて言葉を使ったことがなかった。ならば人はいったいいつそんな言葉を使うのだろうか?

それは真逆の状態を普段体験しているか、普段でなくても先刻にそれを印象づける強烈な出来事に出会でくわした時だ。

熊が営む都会に住んでいた者や海中や宇宙空間で過ごしていた者なら使うだろうし、これ以上ない強風に苛まれたオレだから使ったのだ。


だからオレは「今日は無雷だなぁ…」とも言える。




真也は順調なペースで進めていた徒歩の勢いを落としてついにはゼロキロメートル毎時にまで成り下がってしまう。そして深く息を吐いて暗い顔を呈した。




憐れだなと思う。


憐れだというのは辛い状況にある自身を案じたのではなく、あくまでも煮え切らない中途半端な自分を卑下したのだ。何もかもから逃げることは出来ない。なのに、それを認めずに嫌なことを考えないようにして逃げ続けようと思っていたのに結局オレは考えてしまってる。しかもそれは解決へと向かうプラス思考の考えではない。絶望へと暮れるだけの非建設的な類いのものである。だからタチが悪い。




人間とは「考えるな」と思うと逆にその事を考えてしまう天の邪鬼である。

だから真也のように嫌な事柄を先延ばしにすることは同時にあらゆる負荷を負うことになる。




一つはもちろんそれ自体の悩み。

一つは悩むことによって浪費してしまう無駄な時間への悲観。

一つは先延ばしにする自分への嫌悪感。

一つは(彼の場合は)迫り来る制限時間への焦燥感。

一つは忘れようと努める際に生じるストレス。



しかも当の本人というものは悩み事のために心の余裕がない。だからこのように客観的に分析が出来ないためにこれらの負荷が複雑に絡み合って、のしかかってくるのだ。そののしかかりがまた余計に彼を主観的にさせて狭い視野の中で物事の解決を遅らせるのだ。そして先延ばしにするにつれてより負荷の種類が増えてより混沌となる。このような負のスパイラルが巻き起こるから人は悩みごとから脱け出せないともいえる。


遠藤真也はその典型例だ。


彼は学校を休み、ベッドで時間を無駄に消費し、徒歩の途中で立ち止まるなど悩んでいるのが目に見えていた。そして最も重要なのは“彼が物事から逃げようとして逃げ切れていないという事実”。開き直るだけならまだ良かった。なにがダメかというとそれが中途半端だということ。逃げるなら逃げる。逃げないなら逃げない。その割り切りが必要なのだ。この分では彼は結局ズルズルと引き摺ってしまい何も解決することなく最悪な事態を迎えてしまうだろう。







「あんっ? てめぇっ…こんなところでへたりこんで何してやがんだ?」







こんな誰かが悩んでいてどうしようもなくなっているヒロイックな時にこそ真の主人公はやってくる。

『遅れてやって来る』という予定調和的偶然性。いかにも矛盾をきたした字面だがそれこそ主人公の真骨頂である。


遠藤真也は自分では立つことも難しくなり壁に助けを借りてなんとか二本足で立つ。彼の足は震えていた。しかしそれをぬぐいとってくれる寛大さが目の前に現れたのだ。




「こっ…光一さん」




それは特徴的な紺髪を揺らして堂々と仁王立つ高校生くらいの少年、碧倉あおくら光一こういちである。呆れたように息を吐き、面倒臭そうに目を細める。その様子は主人公が誰かを助ける時の態度とはかけ離れていると言えたが、彼は見た目とは裏腹に真也を心配している感はあった。でなければわざわざ声をかけたりなんてしないだろう。まあ、相手が男で非常にがっかりしているのは事実であったが…。



「こっ…光一さーんっ!」



真也はもう一度先程よりも幾分大きめの声でそう言って、碧倉光一をその瞳に止めた瞬間に赤ん坊が母親を求める原初の反応よろしく彼の胸に飛び込もうとした。真也にとって彼は自分を抱擁してくれるのに足り過ぎる存在であり、そのような行動を起こすことで娯楽によるストレス発散以上の…いや、上手く事が運べば解決してしまうのではないかという発想に至るには時間はかからなかったのだ。



「っぶひゅっ!?」

「気っ持ち悪ぃなぁ!何しやがる」



しかし前述のように碧倉光一は相手が女の子でなかったので非常にガッカリしていて、且つ光一は男好きor両刀使いなんてイロモノではなかったので、悩める若人わこうどの顔面をなんの躊躇もなく踏み潰してその進行をはばみ地へと沈めていった。




「で?てめぇという腐れ人間はこんなところで何をしてんだ?」



光一はやっと落ち着かせた真也に改めて問いた。


「なに…っていうか、…えっと…逆に光一さんが何してるんですか?」



真也は落ち着き、改まったところで今度はこんな言葉を発した。


一旦、深呼吸したところで「こんなことを相談すべきでない」と思い立ち話を反らすためにこんなことを言ったわけではない。真也はそこまで利口でなく大人でもない。そんなデリカシーを理解できるならば最初から抱きつこうと思わないだろう。

ならばなぜ発したか。それはそこまで考えるまでもなく簡単で、真也にそのことを言わせる異常事態が目の前で起こっていたからだ。



「はあっ? 何って散歩だよ」



オレは口を開けっ放しにしたまま視線を光一さんの背中に持っていかざるを得なかった。光一さん曰く「散歩」なようだが、オレ達脇役凡人の知っているものとは違ってこの人のは“気絶している女の子を背中に担いで”歩くらしい。県民独特の儀式行事を知ってしまった感覚に陥る。…いや、主人公に主人公たる光一さんがむしろ尋常でオレの知るただブラブラする散歩の方こそユニークなのだろうか?いやいや、そもそも普通の散歩って何?



「おいおい概念論みてえのはやめようぜ。面倒臭くなる」

「なっ!? えっ…あっはい」



相変わらずの読心術の光一さん。こんな姿を見てしまうと女の子背負っているのを見ても違和感なんて感じない感じない………わけないでしょう!


オレはその女の子をじっと見る。短髪だが男勝りのスポーツ系というわけでなく、むしろしとやかなイメージで特筆すべき特徴の翡翠ひすい色の髪色からは妖精を想わせて、オレは自然と優しげに微笑んでホンワカな喋り方をする彼女が頭に浮かんだ。



「おい、そこのむっつりスケベ。てめぇネガったりポジったりと忙しいな」

「ふふふ、あえて否定はしませんよ光一さん。にしてもそんな可愛い彼女と散歩出来るなんて標高九千メートル級にウラヤマCですよ」

「羨ましいの漢字がちげえぞ?って…んっ、彼女?  ……あーあー! ………っふ、だろっ?」


光一さんがなぜか一瞬わけがわからないみたいに怪訝としたが、すぐにいつもの自慢するような態度になったのでオレは気にしないことにした。





「で、てめぇはこんなとこでなにウジウジしてんだ?」


そこで光一さんは本題へとズバッと入る。

オレがなかなか話を切り出さないのに痺れをきらしたのだろうか。



「自分じゃ厳しいなら、また助けてやろうか?」



――――あぁっ…、これか。



頭上を青々と澄み渡る天空が如き包容力、あるいは足下を堂々と拡がり続ける大地が如き包括力をこの人は持っていた。そこに貴賤善悪麗汚を問わずに引き込んで全てを順調に営ませる。オレはこれに魅せられて翔ぶのを止めた。自分が翔ばなくてもこの人が何もかもを全て飛ばしてくれるのだから。



「……………」



だが、よく考えなくても『中二病大戦ヴィクターウォーズ』なんて代物を説明しても当事者じゃない人に信じてもらえるはずもなく、信じれても関与することは不可能だろう。だからこんなことを相談しても意味なんてないのだがオレは自分での処理の面倒さから全てを任せてしまいたいと思っていた。



「ふっ…ふふ……、オレもあなたみたいになれたなら簡単に解決出来るかもしれないのに…」



思っていたが、非常な情けなさは感じていた。





「だろうな」



光一さんは何ら気に止めることなくサラッと答える。彼は自分に出来ないことなんてないのだと自信を持っているし実際そうなんだろう。オレはそれを見てなんの気なしで聞いてみた。




「どうやったら光一さんみたいになれますかね」




すると光一さんにしては珍しく驚きに目を大きく開いてこちらを見てくる。




「いや、なれねーだろ」



飽きれ混じりの発言というよりは純粋な呆れからくる発言だった。

そして病院に行けば?とでも続けて言いそうな微妙な口の開きぐらいを維持していた。


それでも今日のオレはなぜか簡単には引き下がりたくはなかった。



「なんでも叶えてくれるんじゃなかったんですか?」



少し挑発的に言ってみる。もしかしなくても光一さんはムッときていたと思うけど今はそんなこと気にしてはいられなかった。



「あぁ…確かにオレ様はどんな願い事をも叶えてやれる最上な存在で、そこらの神社宗教の神の下に参詣したり、教会宗教の主に祈りなんかを捧げるよりもよっぽど合理的だ」

「じゃっ、じゃあ…」

「―――だが、どの神さんがスキ好んで自分と同位置を下民に与えるだろうか?」

「………」

「それは最上位者オレさまの存在稀薄に繋がっていき、最終的には存在抹消の問題に辿り着く。勘違いするなよ?オレの能力が今の半分、またその半分に“実際に”なるわけじゃない。経済みたいなもんで半分になるのは能力価値だ。〝オレ〟がインフレーションすることによってオレの稀少性が阻害されるわけだ。第一次大戦後に紙幣を大量増刷したドイツみてえなもんだよ。だから、てめぇはオレ様を殺す気か?」




難しいことはよく分からない。



けど…、




「でも、出来なくはないんですよね?」



そんな評論で引き下がれる気持ちではないことは分かる。



「よく分からないんですけど、そーゆーのって独占禁止法なんじゃないんですか?」

「ほう、てめぇにしてはなかなか言うがその場合は特許なんかは軽視されんのか? ハッハッハ、まるでアジアの某偽物大国の悪徳手法みたいなものだな。自分が富めれば後は野となれ山となれか?」

「強欲にもなりますよ。だって…………強風を操る上に雷撃までもですよ?ただのオレが勝てるわけないじゃないですか?」


この時は切羽詰まっていて思わず中二病大戦のことを言ってしまったが、光一さんは少し首を傾げてから何かの比喩なんだろうと結論づけたのか、続いて口を動かそうとする。



「それで…? てめぇは頑張ったのか?」

「そっ…そりゃあ、もちろん! けどオレじゃだめなんです…今のオレじゃ、あなたに…光一さんみたいにならなきゃダメなんです!」

「…」

「オレ頑張りました!でも無理なんです出来ないんです。オレには不可能なんですよ!」


オレは気迫を以て光一さんに訴えかける、すがりつくように。



「そうか…」



光一さんは戸惑いを消して優しく微笑んでオレの頭を撫でる。



「てめぇは頑張ったんだよな、よくやったよ、頑張ったよ」

「こ…光一さーん」


オレは嬉し泣きでもしそうな勢いを抑える意味も込めてゆっくりと光一さんのその尊大な顔を見ようとする。









「なーんて、言ってほしいのか?てめぇは? アホじゃねえの?」









あれ?


顔を上げて見えるセカイ。

そこにはオレが期待していた景色はなかった。

かわりにあったのは呆れを通り越して軽蔑に満ちた表情。

まるでオレがこれ以上近寄るのを厭がるかのような。





「いいか?てめぇだけじゃない。他の愚かな人民にもついでに演説してやるがなぁ、『頑張った』ってのはクソだ。『頑張った』なんてのは何も成し遂げられなかった奴が自分の失敗から目を背けるための言い訳に過ぎない。そんなものは不名誉だ」

「そっ…それはどうなんすか?世の中には光一さんのような何でも完璧な人なんて滅多にいないんですよ」

オレは少し怒りを以て言った。しかし光一さんは変わらない。


「ふーっ…、その発想がもう負けてんだよ」

「えっ?」

「勝負の土俵に立とうとしない。たとえばてめぇは東京マラソンでなぜ優勝出来ない?」

「それ以前にオレは出場したことが…」

「そうだ、てめぇの一番の敗因はそのマラソンに出場しなかったこと」

「そ、そんな引っ掛け問題みたいなこと…」

「引っ掛け問題でもなんでもない。じゃあお前は何で東京マラソンに出ない?もし上位に残る、優勝出来るって自信があるなら出るんじゃないか? …もちろん東京マラソンに出る人は皆が優勝のために出場するのではないが今はそんな話じゃない…、出来ないと決めつけてしまっているてめぇの話だ」

「出なかったのは、そんな理由じゃ…用事とかイロイロ」

「だから勝てないって思ったからそっちの用事が優先されんだろ?けどストレートにそう思うのは恥ずかしい。だから人間は器用にその恥ずかしさを言い訳で塗りたくるんだ。塗り過ぎて本人ですらその本当の理由を忘れてしまう」

「じゃあっ、どうすればいいんですか!非力なオレ達は一度は光一さんみたいに夢見ますよ!けど見て!現実にしてやられて!どうしようもなくなるんですっ!いつしか言い訳ばかりになるのは摂理!だってのに、どうすればいいんですかぁっ…」

オレは近所迷惑なんてものは一切考慮に入れずに声を張り上げた。翡翠色の彼女が目を醒まさないのが不思議なくらいに。でもオレはきっと信じていた、主人公このヒトは必ず答えてくれると。




「ふっ、簡単だ。どうもしなければいい」




紺色の髪を揺らして主人公は威風と聳え立つ。



「えっ?」

「どうもするな、言い訳をやめればいい。てめぇが頑張りきれていないことを自覚しろ」

「自覚ですか」

反芻というよりは鸚鵡返しの要領で言葉を紡ぐ。


「てめぇはなぜオレになりたがる」

「それは今…」

「今だけの話じゃない、常にの話だ」

「常?そんなまさか!光一さんだってどうせ薄々は知ってるでしょ?オレはあなたに会ってから生き方が変わったんですよ、平々凡々の信条で平和を人一倍望む普通の人間にね。最近はこいつをよわゴシと呼んでます」

「ハッハッハ やっぱり無意識はこれだけにとどまらないよな」

「?」

光一さんが急に笑い出した理由が分からなくて戸惑うオレ。

よわゴシってそんなにツボだろうか?なんだか逆に恥ずかしくなってきた。

しかしそんなことではなかった。



「てめぇはアカラサマ過ぎんだよ。よわゴシだかなんだか知らねえがそんな感じに過ごしてんのは誰だって分かるさ。だから…過剰だからこそ薄々と別のことに気付くんだよ」

「別のことってなんですか?」

「さっきから言っているだろ?“オレ様、碧倉光一のようになりたい”ってことだよ。てめぇの『オレに主人公は無理だから凡人を通そう』ってのは『“本当はなりたいけども”』って接頭語が抜け落ちちまってんだ……いや、少し違うな、“あるけど透明化してんだ”。だから見えない何かに操られるようにてめぇはよわゴシとして踊ってる、てめぇの生き方は自分に不可能を言い聞かせる手段に過ぎないんだよ!」




そうだったのか?


だが、確かに思えば心当たりはある。


なんでオレは剣術なんて光一さんからせがんでまで学んだんだろうか。

今となっては簡単で、それは光一さんしゅじんこうを諦めきれていなかったからだ。それにその我流剣術の“一定の型がない特性”から主人公コーイチさんと重ね合わせたのだろうか。

オレが他人によわゴシを責められていた時に使っていた全てのセリフ、あれは本当に他の人のための言葉なのか?そうじゃなくて本当はそれこそが……






…自分に対する言い訳だったんじゃないか?







「オレは勘違いしてもらいたくないから言うが、そのよわゴシ?とやらになるなと言っているのではない。よわゴシになりきれていないことを咎めてるんだ」

「よわゴシでいいんですか?」

「ふっ…」

光一さんはここで癖のように住宅地と道路を隔てるコンクリートの壁に寄り掛かろうとするモーションに入ってから、今自分が背負っている少女を思い出して動きを止める。通常、こんなことをすれば恥ずかしさに赤くなったり咳払いしたりするものだが、光一さんは一回軽く笑っただけだった。何もなかったかのように無理矢理しているのではなく、あたかも失敗を失敗と認めていないような……



「てめぇはこの世界にいくつ物語ってのがあると思う?」

「えっ? …さあ」

「まあ、物語と言ってもイロイロあるな。日本だけでなく海外にも勿論。それに曖昧だ。千夜一夜物語や今昔物語なんかは一つと考えるのか複数と考えるのかってのもあるし、物語のシリーズものはどう数える?それに物語が紙媒体に字一色とも限らない。絵本に漫画、活動写真やテレビや映画やインターネット。物語ってればいいのだから誰かの妄想劇だってカウントしてもいいはずだ」

「はい」

「で、何が言いたいかというと、てめぇはこれらの物語の主人公がみんな同じ奴に思えるか?思えないはずだ。いろいろな物語があるからいろいろな主人公がいる。オレは世界中の誰もが主人公だなんて衆愚的なことは言わないが主人公が一人だとも思わない。ふっ…、まあそいつらもオレ様には劣るがな」

「いろいろな主人公?」


思ってもみなかったが、思ったら当たり前だった。

オレは目の前の恒星が眩し過ぎて他の惑星に目がいかなかったのである。


「さっき、てめぇはオレ様にはなれないと言ったが、逆にオレ様はてめぇにはなれねえ。てめぇは主人公オレさまではなく主人公てめぇを目指せ」

「オレの主人公…」




よわゴシという主人公。




そのなよった感じは決して主人公とは言いがたかったが、そう思うことこそが偏見であり、もしかしたら真の主人公はこんな姿なのかもしれない。要はそう思えば勝ちなのである。何がいけないかというと先程の碧倉光一の言うように主人公の中途半端性である。自分の主人公をどこまでも貫くことが重要なのだ。



「人生にはリセットボタンなんてないとかのたまう輩がいるが可哀想な奴等だ、なんせ奴等は諦めで作られたW眼帯のせいで盲目になってしまっているのだから」


それから光一さんは辺りを見回す。そこらにオレはキラキラ光る砂金の一摘まみが無数にあるように思えた。硝子の破片が夏の銀光を照り返しているのだろうか。蝉のかしかましさが今更になって思い出される。


「人生で挫折や失敗した時にゃあ実はそこら中に星屑が現れてる。なのに人間は悩みに鬱ぎこんで自分しか見えなくなってしまってっからあんまし気付かねえんだよな、ハッハッハ愚かこの上ない。んで、てめぇはこの星屑の正体ってなんだと思う?」


光一さんはここでもったいつけてから一気に言う。



「びっくりするだろ?これ全部リセットボタンなんだぜ?」



「リセット…ボタン……」オレは呟く。

「何度やられても何度やられてもゾンビのように復活すればいい。ハッハッハよわゴシなんざ最初から自分で言っているんだ、プライドもなにもないんだし負けて上等、そして最後に勝ちゃあいい」

「それがオレの主人公よわゴシ?」

「てめぇは主人公オレさまにならなくても強いモン持ってんだよ。諦めることなんざ忘れちまえ」

「はい!」


声高々に言う。オレは何を悩んでいたのだろうか?こんなもの諦めないっていう悪足掻きで一発解決じゃないか。やれやれこれはアレだな、よくある宇宙に比べてちっぽけとかいうやつ。



「おう、それはオレ様も時々思うぞ」

読心術を用いて返答する光一さん。


「光一さんもですか?」

「ああ……………………………………、いつも思う。宇宙に比べるとなんてちっぽけなんだろうな、…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………宇宙ってやつわ」

「ええ、自分の小ささが見に染み…って、宇宙がっ!?」


-----とんでもないこと言い出した。


「ああ、宇宙って奴はオレ様の器に比べたら小さすぎる!!あまりにコンパクト過ぎて携帯電話と間違えるレベルだよ」

「どんな携帯電話だよ!」

と言いつつ真也はアンドロイドとかだろうか?と頭では考えていた。

どちらにせよ、自分がこの人になれないのが重々と分かった。改めてというよりは初めてと言った方が正しいだろう。今度は言い訳だらけの手段としての中途半端なよわゴシじゃない。目的化を果たした完全なよわゴシだ。

「ふふっ、」オレは笑ってしまう。

「どうかしたか?」

「いえ完全なよわゴシって全然強くなった気がしないんですけど…」

「ハッハッハ、そりゃそうだ。てめぇは少年誌の主人公が修行して強くなった訳じゃない。何誌なのかは知らんがただの開き直りなんだからよぉ。でも、そんな笑える余裕あんならもう余裕だな」

「オレはもしかしたら開き直りの神かも知れません」

「なら、後は自分が何のために戦っているか考えろよ」

「なんのため…?」

「あとこいつはプレゼントだ」

考えているオレを他所に光一さんは空いている右手で肩を二回叩いてきた。

「えっ?」

「今、てめぇに不屈と逃避を注入した」

「はは、何ですかその矛盾な取り合わせは?」

「ふふ、てめぇに愛とか勇気とか希望与えてもしょうがねえだろ?よわゴシにゃそいつらが似合ってるよ」

光一さんはそう言うとサヨナラも言わずに風のように去っていった。いや、いつの間にかいなくなっていたように感じるこれは煙のようにが正解かも知れない。



「はあ、本当にあの人にはかなわないよ」




オレがそんな風に溜めた息を吐いていると見覚えのある姿を確認した。彼女はどんどん近付いてくる。




「えっ…遠藤先輩!こんなところで何してるんですか?」


一つ年下の宮城みやぎ春香はるかが声をかけてきた。彼女はオレがここにいるのが意外らしい。既にオレが学校を休んだことが伝わったのだろうか、そして昨日の惨敗のことも…。というか、彼女がいるということはもう昼なんてとっくに過ぎて15時くらいなのだろう。


「ぬっ…」

そんな二人の間を夏の風が吹き抜ける、暑い中には心地よいくらいだと思った。



そうこう思っている内にも彼女はゆっくりと近付いてくる。




オレは春香ちゃんに言う、「なにって、散歩さ」と。



「聞きました昨日のこと、スイマセン私…」

「なんで春香ちゃんが謝るんだ?それは全部“昨日の”オレが悪かったんだよ。だからもう関係ない、今日のオレはいたって順調」

「えっ?」


意味が分からないと春香ちゃんは顔でそう言っているようだった。そりゃそうだ、常人が聞けばこんなの逝っているのだとしか思えない。だが別にオレが分かっていればそれでいいのだ。


「オレさ、昨日まで自分が自分でない皆のために頑張っているんだって思っていた。けど、違ったよ…オレは戦いだけじゃない、今までの人生全部が自分のためだった。いさかいのないクラスを目指していたのだって“自分”が平穏無事に過ごしたいから、自分、自分のため。オレは自分のために自己犠牲を装って無駄にカッコつけて“皆のために”というものを利用していただけだった」

「先輩?」


急に何を言い出しているんだろうこいつはとでも思っているんだろう。別に構わない。これは来る戦いに向けて奮い立たすために自分に言う、云わば独り言に過ぎないのだから。


「別に次からは本当に人のために戦うとか言うわけじゃねえよ?そこは変わらない。オレは“自分のために戦う”。今まではその醜さセコさに後ろめたさを少なからず感じていたからダメだった、けどもうソンナモノはクソ喰らえだ」


真也のこの宣言は前よりも志が悪化したかに見える。だが前にも言ったように開き直りとは“真にこれを貫くのならばなんの問題もない”のである。そしてまた、本来、彼にとって人の為とは必ずしも自分の為というわけではなかった。



「だからよ……、オレは“お前の”提案に屈しないことにした。なぜなら仲間がいなくなるのは“自分の為に”嫌だからだ!」


オレは真っ直ぐに彼女を見つめる。




「へー、つまりお前は今度は“自分の為に”を利用して仲間を守るっての?シンヤぁ?」



真也が見据える先、傍にいた宮城春香の遥か後方に彼女、九条くじょう彌生やよいが立っていた。春香は振り返りその立ち振舞いの異常さを敏感に受け取り事態の大体を把握しようとする。真也は変わらず黙っている。恐ろしさからではない、むしろそれを破棄した無情感からである。





無風は去り、風は止まない。




それは写真に納めたような世界で動画的に飄々と流れていく。気ままに行き来を繰り返し、時に速く時に遅く進退する。だがもはや真也はそれに右往左往されない。なぜなら真也には“不屈の逃避”があるからだ。そこに帝王が認めた主人公が存在するからだ。彼にとっては最強のウインドブレイカーである。




やがて向かい合った二人は言う、再生へのキーコードを。






「「戦闘デュエル!!」」


なんか、薦められたMMORPGにはまってしまって全然更新できてなかった。数少ない読者の人ごめんなさい…。お気に入り件数やレビューが増えればもちっとやる気出るのになあ…なんてダークなこと考えて再びごめんなさい。


さてさて、詩春は私が別の小説に書いた、そう…あの人です。


そして次回はようやく激しいバトルがかけそうな気がする。最強×最強的な。


では、また次回もよろしくねー。

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