Ed3 Party~一時の安心と帰着しない疑問~
オレが目を覚ました時にまず見たものは一面の白い壁であった。いや正確には作り始めの点描画のように不規則的に濁点があり、それに魅せられたオレはゲシュタルト心理学も手伝って想像力を書き立てさせられた。星座を初めて作った人の心境を犇犇と感じつつ、ロールシャッハテストでも受けてるような感覚でちょうど顔みたいな像を結んでいた時、ふとそもそもオレは何をしていたのだろうか悪夢に魘されていた気がするのは確かだがとぼんやり考えた。
「目が覚めましたか?」
想起の放棄を実践して想像による創造作業を再開しようとした矢先にどこからか声がした。オレは何かに突き動かされたように起き上がりそして同時に別に構わないのに強制的についさっきの出来事を思い出させられた。びっくりしたが寝起きの為にうまく声が出せない。その上に急に体中が痛むし。オレはこの時初めて本当の意味で目が覚めたのかもしれない。ということは先程の質問の答えはNOだな。そう思いながらオレは声のした方を眺め見る。茫然自失としたオレを他人事にそいつは気持ち悪いくらいニコニコと笑っていた。
「…悪夢だったのか?」
自分に言い聞かすようにオレは自分に都合の悪かったことを削除しようとした。安堵の伴う物語の王道、今時「つまらない」と烙印される小学生が割と好みそうな帰結的技法、いわゆる夢オチであったのではないかという淡い希望を心に抱いたオレだったが、そんな幻想は自分の右手によってぶち殺された。
「ぐっ…そんな訳はねぇか」
右手…と言ってもそれは切断され取れてしまった“今ここにない右手”ではあるが。しかしその空白は先程の凄惨な戦闘が現実のものであったことを如実に表していた。改めて辺りを見回すとそこには三人のモノの姿があった。一人は目の前のうざったい薄茶髪、一人は何故か不機嫌そうに押し黙っている梨緒、そして最後の一人はそんな梨緒に睨まれて縮こまってしまっている可憐な少女である。あわあわとしながら顔を紅潮させているその人は一つ年下でオレと琴音の幼なじみである宮城春香である。オレはそんな三者三様の反応を見て冷静に推理してから小さく告げる。
「もしかして、試していたのか?」
「フフ、説明が早くて助かります」
こんな脈絡もない聞き方をして何の質問もなしに正解発言をしてくるってことはオレの考えで確かなのだろう。オレは改めて安堵する。ふぁーあ、安心したらまた睡魔が襲ってきやがったぜ。
「シンヤぁ!!こいつら酷いんだよ!」
真也と委員長(♂)が話し出したのに気付いた梨緒がガッとベッドの方に迫ってきた。そんなスタートダッシュを切った梨緒にモロにビビりまくっている春香ちゃんが可哀想に映る。真也はいろいろと事が面倒になるのを嫌ってポケットの中をまさぐりながらただ一言、
「梨緒、飴やるからあっちいっててくれ」
と言う。
まさかの味方から邪険に扱われて「はぅ」と可愛らしく狼狽える梨緒はそのまま拗ねてツインテールを揺らしながら持ち場に戻る。でも飴はちゃんともらうようで保健室にあった丸椅子にちょこんと座ると貰ったイチゴ飴を頬張りながら再び春香をじっと見つめる。春香の方はまるで蛇に睨まれた蛙のように怯えるのを再開した。
「フフフ、彼女の扱い方を熟知しているようで」
「あたぼうよ。散々悪い目を見れば耐性なんざ嫌でもつくって話だ」
「それを心得ていなかった僕は先程までわけを話すのに散々の時間を要しましたよ。正直な話、戦闘よりも気苦労しました」
委員長(♂)は本音で話しているようで会話に疲れが見えていた。真也は経験上からその様子が容易に想像できてその気持ちを理解したが、別に同情するつもりはなかった。
「そりゃお前が回りくどいことをした罰だ。つか、さっさとどういうことだったのか説明しやがれ。オレはさっさとこの異世界から出たい。右手だっていつまでもこれじゃあ不愉快だしな」
真也は自分の無い右手を見ながら急かすように言う。
「すいません。でも話を始める前に知っていると思いますがその右手はここを出たらなんともなくなっていますよ。怪我も綺麗さっぱりのオプション付きで」
対戦の掛け声で展開される翠色の波動とともに立ち現れるこの現実に似た『因果孤立』と呼ばれるセカイは中二秒患者が心置きなく闘えるように普通の人間を排除するシステム『人払い』が発動している。この間この空間は外界と遮断ではなく孤立している為に時間が隔絶されているのである。要するに何時間闘っていたとしても対戦開始と対戦終了は同時刻ということになるのだ。そしてこれが最重要で『因果孤立』を展開させる意味と言えるのだが、このセカイに死の概念は存在しないのだ。それらは全て気絶という形になる。勝利条件たる「気絶した状態に最強の力を当てる」の実行をスムーズにするための配慮もあるが、やはり心置きなくの部分が大きいだろう。よほどの精神力がない限り人を殺めるのは罪悪感に苛まれるものなのだから。そしてそれと並行して切断等による人体の破損は対戦終了後に元に戻るものなのである。
「分かってっから早くしろ!」
真也はそのことについては既に梨緒から聞かされていたので重々理解していたため本題に入ることを執拗に促した。それを受けて委員長(♂)もようやく口を開く。
「分かりました。まず、これから話すことは全て本当のことです。まあ嘘だと思ってもらっても一向に構いませんが。そうですね。最初に開戦の放送が流れた際、僕は生徒会室…つまりさっきまでの場所にいたんですよ」
「そっからずっと動かなかったのか?」
「違います。初め既に君達は帰ったものだと思い、戦いを挑まれたのは僕だと思っていたんですよ。だから件の放送室に行こうとしました。相手が二人以上では手が折れると思っていたのですが僕の力は自信がありましたのでね」
「って待て待て!何で見てもいないのに敵が複数だって分かったんだ?」
真也は委員長(♂)がさらっと言ったとんでもないことを追及した。
「フフ、彼らは知り得てなかったのか、はたまた度忘れしてしまっていたか、それとも作戦だったのかは定かではありませんがそもそも機器を通しての声は対戦開始の合図として認められていないんですよ」
「そうは言うが現に因果孤立は出てるじゃねえか?」
「では問題です。中二病患者の中で実際に“生の音声”を聞いていたのは誰でしょうか」
「ん?……あぁ!奴ら自身か!!」
「あとは簡単で彼らが開いた『因果孤立』に触れた他の中二病患者に伝播してこのセカイが拡大していったのですよ」
たとえ「対戦」の合図を聞いてなくても『因果孤立』の『人払い』の効果はあくまで“ただの人”しか弾かないわけだから中二病患者は例外なく巻き込まれるわけである。加えて人数が増えれば増えるほどフィールドが拡大するのである。
「しかし行こうとして生徒会室の扉を開けたところ西校舎奥に向かっていく足音がしましたので、つけていくとあの真也くんと関わりのある少女を見付けたのですよ。最初、彼女は僕に会ってかなりパニックに陥ったみたいで“能力が暴走した”んですよ」
「暴走?春香ちゃんの最強の力ってもしかしてあの金縛りにあったみたいになるやつか?」
真也は最後に感じた不思議な感覚を思い出すようにしながら聞く。
「あぁあぁぁあの時は、ごめんなひゃい遠藤先輩っ!あっ噛んらっひゃ」
自分の話題にが始まったのに気が付いてか、梨緒との沈黙に耐えられなくなってか春香が急に立ち上がって深々と頭を下げながら一気に声を出す。突然のことに自分の体がついていけなかったのか重要な所で噛んでしまいお間抜けな感じになってしまったが真也は逆に少し癒されたようだ。
「可愛…じゃなくてっ、そんなこともういいんだよ気にしなくて。むしろ目の前の一切侘びの姿勢を見せないいい度胸してやがるクソにやけ野郎にひたすら見習ってもらいたいくらいだぜ」
真也は呆れたように目の前の少年を横目に言う。
「その金縛りは力の一部みたいなもので正確には『霊動念力』というサイコキネシスのような最強の力なんですよ」
「まさかのスルー!?」
「おや?もしかして僕のことだったのですか?」
「他に誰がいやがる!!」
「えっ?あなたの後ろにいるのは…!?」
「そういうのいーから!」
「ハハハ、ごめんなひゃい」
「お前はオレ達をおちょくっているのか?」
まるで諏訪原生徒会長を相手しているような疲れを感じる真也。委員長(♂)の後ろで突っ立ったままでいる春香は茹でた海老のように顔を真っ赤にして湯気を上げている。しかし気持ち的には数年ぶりにも感じるこの下らない会話にありつけることの幸せを改めて噛みしめていた真也は深くは追及しないことにした。
「フフフフフ、フフフ」
「……………………」
しない…ことに……した。
「はぁ、ところで続けろよ」
「彼女の能力は強かったですよ。正直、全力の『絶対防御』が破られるかと思ったくらいですからね」
「あれをか?にしても暴走ってのはどういうことだ?」
「彼女の力は強過ぎたのです。言わば能力に操られているようでしたよ、術者がついていけないわけです。幼稚園児にAK47持たせた時を想像すれば分かりやすいと思います」
「んなどっかの人数だけが無駄に多いアイドルグループみてえな名前の自動小銃、万人が分からない物質を比喩として使ってもたとえる意味がねえよ!」
最近、アサルト系のマンガ読んでいたのが功を奏したかと内心思う真也。
「ハハハ、あなたが知っていてくれて何よりです。閑話休題、強かったのですが暴走の弊害か三分くらい嵐のように暴れるとはたと気絶してしまったのですよ。だから生徒会に運び込み彼女が起きるのを待って、気付いてから話をしてみたのですが、そこから分かったのはどうやら彼女が“透明人間”だったってことです」
「春香ちゃんが?どういうことだ?」
「あまりにも強すぎるゆえに操作のきかない最強の力をうまく操ろうと練習するために中二病患者の友人に心当たりの少ない放課後に学校各所で力を行使していたわけですよ」
「!?」
オレは思い出す彼女の能力が“念力”だってことを、そして会長のおっしゃっていた報告の内容は確か“机などが動いた”他にあった人が倒れたってのは例の金縛りによるものなのだろうか。
それを考えたのと同時に真也はふと今更ながらのことに気付く。
「そういや言われてみりゃ春香ちゃんでなくても、通常は二人以上いなきゃ『因果孤立』の空間は顕れないから練習ってのがやりづらいのか。オレは能力が能力ゆえに関係なかったが…。梨緒はどうしていたんだ?」
「私?」突然話をふられて驚いていたが、「私の場合は力を獲得してからストーカーみたいなのに“挑まれ続けているから”実戦続きで慣れたみたいなもんね」
真也は梨緒の言い方に妙な引っ掛かりを感じたが、まあ梨緒の性格をよく考えたらその答えには非常に納得がいった。
「まあ、我々概念系能力者と異なり現象系能力者はその能力性ゆえに現実世界では肩身が狭いですからね」
「また出たな、そのノーソなんとかってやつ。しかも今、新しいのも言いやがったし。そろそろそれを教えろや」
「フフ、いずれしますよ。ですが今は話の続きです。僕は彼女の最強の力の練習に協力しようと思いましたが、あいにく二人分では足りそうもないので他に仲間を率いれようと思ったんですよ」
「そしたらオレ達を見つけたと?」
「その通り。そして既に言った通りですが彼女の力は強大です。生半可な中二病患者なんて彼女の力が暴走した際に巻き込まれるだけ。それなら仲間にする意味はないのです。特によわゴシだなんて前代未聞な最強の力を持っているなんて知ったら尚更。腕試しをしたんですよ。正直な話をすると僕は君が僕の最強の力の本質に気付いて押し倒したところで合格点をあげてました。ですが最終的には最弱で絶対を倒すなどという予想外な形で逆転されて本当に畏れ入りましたがね」
委員長(♂)は素直に感心していた。真也はどこか気恥ずかしさもあったのでそれを誤魔化すように「ところでそれはオレが勝ったんだからオレがリーダーでいいんだよな」と言う。梨緒がそれを聞いて、「てか、それってよく考えたらシンヤがヘタレな能力持っていたのが原因じゃない」と言うと「なんだと?つかそれを言うならもしかしたらお前が委員長(♂)は敵だなんて言わなかったら会話で済んだんじゃねえのか?」と真也が言い返しそこからいたちごっこな言い合いが始まった。
委員長(♂)はどう転んでも最終的には自分の実戦を増やすためにも戦う気でいたのだが、面白そうなので黙っていることにした。春香は相変わらずおどおどしていて「けっ喧嘩はやめてくらさーい」と彼女なりに大きな声で言うが真也と梨緒の前にはそれこそ“透明防音壁”でもあるかのように全然届いていなかった。
真也はねちねちしたしょうもない悪口を唱えながら、心の中では確かにつかの間かも知れないがそれでも得られたこの情景に安堵していた。しかし同時に思う。今回は成功したがこのまま続けてもいいのかと。
「(主人公…か……)」
真也の脳裏にはいつでも紺髪の靡く一人の少年の勇姿が映っている。自分がそれにどこまで近付けたのかは自分では未知数なのだ。
「では、そろそろ出ますか」
委員長(♂)がそんなことを言うと真也は自分がお腹が空いていることを思い出した。腹が減っては戦は出来ぬと言うがいざ必死になるとそんなこともねぇなと思いながら委員長(♂)に呼応する。
彼が彼自身の問いに答えられる日がいつ来るのかは分からない。ただ…、それよりも先に突風が彼を襲いかかろうとしていたのは紛うことなき事実だった。
あとがき
いやぁ、長かったこの章。一年以上二年近くかかったのかな?
ED書くのとか久しぶりのレベルですね。
さて、今回のコンセプトはこの物語全体のテーマと言ってもいい「短所は長所」というもの。どんなにショボイ力でも見方さえ変われば強くなる。その逆も然りですね。正直、最初は絶対防御に勝つ気はなかったんですよ。書いている間に勝っちゃいました。光一効果ですかね。あと、前半の闘いも忘れないでー。個人的には仲川が好きですね。彼を主役とした番外編とか書いてみたいです。
さて、光一といえば前々回の投稿で現れた天真爛漫唯我独尊主人公ですが、真也は今回、彼を見て捨てたモノを再び彼を思い出し拾い上げました。真也にはまだそれが正しいのかイマイチ分かっていません。今回はなんだかんだで勝てたけれども同じように行くのか?相変わらず変態で主人公らしさがないと自覚している彼。
そもそも主人公らしさとは何なのか。
おっと、これはまだ言わない方がいいですね。
では次回も彼が生き残れることを祈って、そろそろPCを閉じようかと。
ちなみに光一中心の話の『〝帝王〟碧倉光一様の非日常』もよろしくお願いします。…めったに更新しませんが。
次回は、真也と琴音の過去に関係するあの女の子が?