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Ep15 An unforeseen mishap~あれ?あれっ?あれれっ?の相違~


天空の青を目一杯頬張りながらその張本人である太陽が、独占ライブのようにさんさんと照り付けてくる五月晴さつきばれの気候。それが頼んでもないのに夏の暑苦しさまで悪ノリで持ってきて、どっかのガキ大将のリサイタル並に気を滅入らせるほどの暑さがあるのだ。そんな夏の予行演習リハーサルをどこまでも阻んでくれる幾重にも重なった紙のシェルターである図書館は、どちらかというと秋を想起させるような涼風に包まれていた。とは言ってもそこに情緒心はない。冷房という風情ブレイカーは四季の感覚を麻痺させる人造の空気を織り成していたのである。

「ああぁ……、痛い…超腕痛いわぁー」

そこには人の姿をしたなにかが三つあった。しかしその中で生命反応が見られるのは二つで残り一つは眠ったように倒れている。図書館の冷気と酷似した体温をその身に保っている眠り人は、生命反応が見られる二人の片割れ、小柄な身体と肩甲骨くらいにまで伸びたココアカラーの髪を二つにくくる俗にツインテールと呼ばれる髪形が特徴的な少女の現す雷鳴に比較的近い音をたたき出す彼と対極的な温度によって包み込まれゆっくりとその姿を消されていった。

「とりあえず一人目ね」

ココアカラーの髪色の少女、聚楽園梨緒しゅうらくえんりおは緊張のほどけたランナーズハイにも似た感覚を味わいながら溜め息つくように告げる。

「チョーいてー」

しかしもう片割れ、その身に纏う黒い学ランのために保護色を行ったかのようなつやつやした黒髪を持つ少年であるこの遠藤真也は、その悪い意味で近未来感漂う雰囲気をその身でぶち殺していた。…、改めて言おう。真也の持つ最強の力キャパシティ、『戦意皆無よわゴシ』の“攻撃力無効化”は決して自分以外のもには適応しない。だからこの空気の読めなさは天性のものなのである。

「うるさいわねー。あんた気を緩め過ぎよ?」

梨緒が目を細める。そこには体育座りをして右腕で左腕を、時たま入れ換えて左で右を撫でている真也の背があった。

「はあっ!?誰のせいだと思ってやがる!ヤローの銃弾といい、ただでさえ負傷中だってのによー、そこに飛び込んでくるやつがあるかぁっ!!」

そんな他人事のようにぶつくさ言う梨緒にカチンときたのか、真也は勢いよく首を振り梨緒に向き直り猛抗議する。

「なによ!私が重かったって言うの?」

「はっ?なに言って…、いや、あーあーあぁー、そうかもな。そうかも知れん。人の腕をビキビキ言わせやがるほどの重さ、横綱になれっかもよ?いやマジで」

もちろん真也は本気で言っている訳じゃない。ただあれほどの仕打ちにも関わらず梨緒の悪びれない偉そうな態度に多少どころではない苛立ちを感じて嫌味を言っているのである。

「あんたムカつく!それが女の子に向けて言う言葉なの!?」

そもそも真也が銃弾で貫かれた左腿ひだりももよりも強調して両腕の痛みを主張するには理由がある。仲川が使用していた変則指銃フィンガーライフルは実際の弾丸が発射されるわけではない。圧縮窒素弾、言わば空気砲のようなもので故にその強みは弾切れの心配がないことであり、しかし同時に一時の気絶を引き起こさせるほどの衝撃はあれど、後まで続く体に金属が突き刺さった痛みというものはないのだ。ましてや念を入れ、新築だからだろうか校長の趣味だからだろうかなぜか職員室に豊富にあったテロ対策グッズの中から借用してきた上下の防弾スーツを着込んでいたなら文句はないだろう。しかして後者――つまりは真也がアピールしている腕の痛み――とは真也にも想定外のものだったのである。それは天空からの比較しなくても大きな雨、聚楽園梨緒が飛び降りてきたことだ。人類の持ちゆる反射ゆえか咄嗟に両腕でお姫様だっこのようにキャッチしてしまったが、実際にはお姫様なんて可愛いものではなく真也の形容通り横綱ばりの落下エネルギーが降り注いでいたのである。

「つか、だから何で降りてきたんだっつーの!確かに確実に一人撃破っつったが、あれはあの西山デブの進行を抑えるところまでで、オレが仲川ほっそいのと心中したあとは、それこそ文字通りよわゴシな西山デブを梨緒がたたきのめす話だったじゃねーか!」

真也は学ランの内側に着ていた防弾スーツを脱ぎ捨てながら言う。既に下にはいていた方は脱衣していたようで上を脱ぎ捨てた場所に鎮座していた。

「いーじゃない別に!ただ、あんたが思ったよりもよわゴシ(つかえなか)っただけの話よ!」

この怪我は仕方なかったともいえる。WHY?BECAUSE梨緒は勘違いしていたからである。真也の能力キャパシティーを過信しすぎてしまったのだ。確かに音楽室から飛び下りたときは互いに無傷だったし、真也はそれよりも上空からデブを抱えながら無事に地へと降り立ったこともある。だがそれは真也と一体化、つまり落下速度を真也に預けることによって普通に着地した際に生じるダメージの“大部分を”消せるというだけである。だから単純に落下物を“受け止める”のに戦意皆無よわゴシを用いても効力はほとんど発揮されない。分かりやすく言うと上から地面に向かってパンチすると考えてほしい。普通の落下(もしくは誰かを伴う状態)は真也自身がパンチを打つ主体なので戦意皆無よわゴシで攻撃力をゼロに出来るが、受け止める場合というのは真也はさしずめパンチする拳と床の間にあるクッションみたいなもので、パンチをもろに喰らう。確かに床からの反復する衝撃こそ真也からの攻撃と見なされて打ち消されるとも言えるが、それはよっぽど上手く受け止めない限り効力は微々たるものになると思われる。

別に今回、両者ともに奇跡的に命の別状はなかったのだから(そもそもこの世界で死にはしないが)、「互いに気をつけよう」の一言で終わらせればいいものをさすがは反抗期のお年頃だろうか、いつまでもいつまでも向こうが悪いの一辺倒で言い合っている。ふむ、にしても中学生同士がなんのロジックも組み立てずにぎゃあぎゃあ言い合っている姿は第三者にしてみれば、体が浄化されるような温かさが胸の奥から込み上げてくるというものだ。現実の気後れするくらい退屈が支配する平和な現実と異なり、未開な力が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする気の抜けない場所だというのにこの二人の周りだけは、異次元空間といってもメルヘンの方に近いと思えるほどにシュールであり、のほほんとしていた。のほほんとしていたのだが…。



やはりというか、この物語が“バトル系ファンタジー”ものに位置される運命なのか、



その心の和む童話的なランドスケープをぶち殺すように、中学生の他愛も無いいさかいに爆発音という邪魔者が大人気もなく強引にそれに介入してきたのであった。


「なっ!?」

ギョッとしてさすがにさっきの侮辱はひどすぎて梨緒がキレたのかと思い、真也は脊髄反射で詫びを入れようと日本の伝統芸能の一つである土下座の体勢をとろうとしたが、

「…?なんなの?」

対する梨緒もぼけっと何が起きたか分からずにハテナマークを浮かべて突っ立っていたので動きを止めて、その消費されるはずだったカロリーを全て脳に回して思考する。

「(梨緒じゃない…だとしたら……)」

真也は推理するまでもなく消去法的にある人物を思いだし、そして黒色火薬クラムチャウダーくすぶらせる焦げ付いた匂いをたどって上を見上げた。

「なっ!やっぱり上からか、梨緒!避けろおっ!」

「っ!」

上空から舞い降りて来たものは縦幅がだいたい大人一人分くらいの大きさの長方形の板であり、その形はまさに―――――


「扉っ?」


――――各教室の前後に二枚ずつ配されている二枚一セットのスライド開閉式の引き戸の一つに他ならなかった。避けて、扉が床に叩きつけられ強大な反作用で再び先程よりは低い中空に跳ね上がり、そしてまた落ち…を数回繰り返しもう一度静寂に包まれるまで二人はそれから眼を離すことが出来なかった。


「攻撃してきたのかしら、あいつ」

梨緒が上を見上げながら呟く。あいつとはもちろん敵のもう片方の中二病患者ヴィクター、爆弾人形使いの西山のことである。

「いや、それにしては回りくどすぎる。教室を爆発で破壊して扉を地面におとしてくるなんざ…」

「確かに、それこそあのたくさん散らばっていた人形を落とせばいいしね」

とはいえ、敵の攻撃でないと否定できるわけでもないので一度、吹き抜けの真下にある図書館をぬけ職員室前の廊下を通り中央階段の方へ歩を進める。

「はぁ…はぁ」

梨緒は息を切らせながらも小さな体を懸命に動かす。階段を登っては降りて(落ちて)、走っては能力行使をそれも極度の緊張下の中で繰り返し行っていたので体力も精神力もかなりすり減らしていた。



ここで、誰もが疑問に思っていることに答えておこうと思う。

つまり、「最強の力キャパシティーは“何度でも使える無限のものなのか”」



答えはイエスである。銃のように狙撃主は未だ健在だけれども弾がなくなったから戦えないなんてことはない。まるでチートゲームのように弾∞でしかもマシンガンやグレネード級の銃をぶっぱなし合っているという場景が最強の力キャパシティーを使う中二病患者ヴィクターの比喩に合っている。

しかし、この最強の力キャパシティーを行使する際にはそれなりに体力が消費されていることを断っておきたい。ここで勘違いしてはならないのは、この時RPGのようにMPなどの明確な何かを最強の力キャパシティーに還元しているわけではない。端的に言うならば反動、つまり疲れるということである。例えるなら化学物質を変化させる際の変化前の物質の消費ではなく、その変化を行おうとする容器のそれによる影響から来る微量の疲弊と言えるだろう。だから最強の力キャパシティーは無限に使えると言ったのだ。ただし“憔悴しょうすいしきって気絶しない限り”は。

そう考えると、この中二病大戦ヴィクターウォーズはいかにあらゆることにおいて省エネでいられるかにかかってくるとも言える。だから体力消費を抑えることは重要なファクターなのだ。だがそれなのに、この一秒一秒疲労を止めどなく与え続ける因果孤立ニアーディメンジョンの空間は“聚楽園”という企業集団グループのトップの一人娘という温厚育ちな彼女にとって過酷を極めたのであった。

「(そういや、こいつ自転車すらまともに乗れていなかったよな…)」

真也は梨緒の隣に並んで歩きながらファーストコンタクトを思い出していた。稚拙な自転車操作で人身事故を引き起こし尊い犠牲アルフォートを払ったあの時、そしてその後の誤解と戦いを。そうしながら、可愛く息をあげて階段に苦戦する梨緒を見てしばらく思案してから声かけた。


「なあ」

「あによ」

肩にのしかかっている疲れからか返答するのが億劫そうな態度でいる梨緒。その後に「いや、えと、それがさあ…」と口ごもる真也を横目にイラつきながら、「用がないなら、話しかけないでよ」と先ほどの私怨も織り交ぜながら悪態を梨緒はつこうとしたら、


「おぶってやろうか?」


「はっ…、はぁ!?」

梨緒が意表を突かれたのか大袈裟に驚く。真也があまりにぶっ飛んだことを言うので大いに動揺して声を震わせながら「なん…っ!あ…!ここりょっ…、よんっ!」と日本語でないと断定できる譫言うわごとを言う。真也は梨緒が落ち着くまでしばらく待ってみるとようやく主に心の臓が震源のの聚楽園大震災がおさまったのか、きっ、とこちらを睨んできた。

「こんのっ、変態っ!あんたってやつはそうまでして、触りたいわけ?変態っ!」

よほどその語尾が好きなのか、二連荘にれんちゃんで同一語の体言止めを用いながら罵倒してくる梨緒。彼女はよほど人を怒らせる言動が好きならしく厚意を仇二倍返しで返すという、まるでサイコロ賭博の『ちんちろりん』で123ひふみの目を出した時のように苛立ちを誘発させようとしてきた。

「ふっふっふ…今更何を言うか!男なんて大概は変態以外で女子に優しくはせんのよ」

しかし真也はこの罵倒に臆することなくむしろそれが狙いだといわんばかりに言い返した。

「こっ…、こいつ開き直りやがったわ!なんという清々しいまでの開き直り!それも数多あまたある男性を道ずれにしながらのっ!絶対嫌よ!そんな変態に誰が…!」

「ん。だよな、じゃっ行くか」

「え」

真也はここしばらく暑い日が続いて急に寒くなるという風邪のひきそうな気候のように、開き直ったかと思うと今度は急にあっさりと引き下がった。既に梨緒の性格を看破していると自負出来る真也にとって梨緒のこの返答は想定通りで別になんのことはなかったので、会話も一段落ついたことだしさっさと行こうとしたのだ。では、なぜそんなことをまず聞こうかと思ったかというと梨緒の疲れは見え見えで、もはや梨緒の強がりでも隠しきれていなかったからである。だからもし万一本当に疲弊しているけども、ただ単純に自分からしかも異性に「疲れたので抱えて」というのは気が引けて言い出せないだけなのなら、仕方ない自分が変態という汚名を被ってやろうと。それで少しでも休めるのならばお安いご用というわけだったが、別に嫌だと言っているのに無理矢理ってのもどうかとは思ったし、それに何より梨緒が恥ずかしいと思うことはやっぱり真也にも恥ずかしかったのだ。

柄にもなく気取ったり強がったりバカみたいなおもんぱかりをしたせいで、顔から火が出るほどの思いを今更ながら抱いていた真也は、まぎらわすためにもさっさと歩き始めようとする。


「ん?」

ところがその誤魔化しは一歩目から阻まれたのだ。なぜなら前進するのとは真逆の力が働いたからである。なかば予想はついていたが、それでも少しは疑問に思いゆっくりと首だけ振り替えると予想通りの光景が広がっていた。力の支点は自らの左腕のすそ、そこにはか細いが、ゆえに際立っているそこをまんだ少女の小さな指があったのである。


「違うのよ…」


少女はこちらと目を会わさないように右下を向きながらぶつぶつと呟く。ときたまココアカラーのツインテールを揺らしながらちらちらとこちらを見ながら。そんな梨緒の可愛すぎる挙動にこっちまで恥ずかしくなって、真也は「何が?」とは聞けずに黙り込んでしまう。

「つ…疲れたのよ、さっきのダイブで骨が折れたのかも…、あんたがちゃんとキャッチしないから……」

「…わるい」

真也はたじたじとなりながらしばらく頭を掻きながら見とれていたが、次の瞬間には小さく溜め息をつき振り向いた首を戻して梨緒と反対の方向を向く。


そしてゆっくりとその場にしゃがみこんだ。





そんなかっこつけた真也であったが…、

「がっ…ぐぅ、あ゛っあ゛あ゛っ……」

やはり、体力のなさにさっきのアレは台無しになっていた。


梨緒を背中に乗せ階段をひたすら登り続ける真也は、もはやあまりの苦しさに「かっ…体が密着している」とかぼやく余裕がなく、梨緒もそれを察したのかだんまりを決め込んでいた。一度はカッコつけてしまった以上、お互いに途中でやめるという選択肢を放棄してしまったために五階という境地に到達するまで、真也のあえぎ声以外は無音の時間を堪えしのばねばならなかった。


「だーっ、はぁーはぁー。やべぇーもう、だはぁー」

五階になんとかつくと梨緒を降ろし、真也はプライドもなにもかもをかなぐり捨てて、その場に大の字で寝転がり大空を仰ぐ。天井に設置した蛍光灯をなんの意味もなく見つめながら息を整えていった。よく考えると毎日の登校ですら未だに慣れていない真也が、途中で諦めずにやり通せたのはなかなかの快挙と言える。何が彼に力を与えたのやら。

「ん?あれ?そーいやぁー」

真也はなんとか言葉になる言葉を喋れるようになるまで回復すると改めて疑問が浮かんだ。

「どうしたのよ?」

しばらく壁にもたれながら時間を潰していた梨緒が反応する。

「いや…、一回お前を抱えて音楽室に走った時あったじゃん。まっ、と言ってもお前は気絶していたんだが…。あん時はさぁ、今みたいにおんぶでないのにも関わらず移動にそんなに苦労した気がしなかったなーって思ってよ」

「バカねー、それはいわゆる『火事場の馬鹿力』ってやつよ。人は追い詰められたときはとんでもない力を出すっていう、心理学的にも保証されたことわざね。あんたあの時パニクっていたでしょ?」

「何の話だ?」わざとらしくとぼけてみる真也。

「あんた音楽室で見たとき目が純血していたわよ?」

「ぐっ、なな何の話だ?と言っている」

「まっ…別にいいんだけどねぇー」

真也は平然として見せたが明らかに胸中では動揺していて「(くっ…バレていたのか)」とつい少し前の自分の醜態を呪った。梨緒はその姿をさも楽しそうに見ていたが自分があまりの笑みでマヌケ面になっているのにでも気付いたのか可愛らしくコホンと咳払いをする。

「火事場の馬鹿力ねぇー、ちっ、オレはまた自分の最強の力キャパシティーの知られざる力でも開花したのかと…」

「バカねぇー、そんなわけないじゃない」

真也の抱く淡い希望を、己の所有する最強の力キャパシティの『粉砕爆発バーニング』の名に相応ふさわしくことごとく打ち砕かんとする梨緒は小さな…もとい、小さく胸を張りズカズカと真也のもとに歩いていく。



最強の力キャパシティの“技”の開花は二種類の方法で増やすことが出来るの。一つは連想ゲーム。自分の最強の力キャパシティの名前に連関するもの。たとえばさっき戦った拳銃使いは“銃”をテーマにしているからライフル以外に『ハンドガン』や、見てはいないけど『マシンガン』や『グレネード』を使えたわけね」

「成る程、前に戦った鏑木は“宇宙”をテーマにしているから流星だとかレーザーとかなんでもありだったのか。」

「でも、だからと言って“技”は簡単に出るわけじゃなくて実戦を何度も何度も重ねて急に気付くらしいわよ」

「ふーん、なんかロープレみたいだな。ちゅーことはオレが火事場の馬鹿力ってのがあり得ないのは…」

「そっ!よわゴシと火事場の馬鹿力に連関性がないからよ」

梨緒が人差し指を自分のあご辺りに当てながら自信満々に言う。

「えぇー、でもマジカルバナナとかで「“弱い”と言ったら“強い”♪」とかアリな気がするぜ?」

最強の力キャパシティの“技”においてはそんな融通はきかなくて、もっとインチメートな繋がりじゃないと駄目なのよ。電気だから電化製品が使えるとかはないのよ。あえて言うならこの連関性は種類の感覚に似ているわね。だから“技”の出やすい最強の力キャパシティと出にくいものがあるの」

「ふーん、面倒臭いんだな」

真也は梨緒のありがたいご高説を――と言っても中二病大戦ヴィクターウォーズ概要の受け売りだが――たれているなか、真也はぶっちゃけさっきの無意識な馬鹿力が自分の力ではないと分かった以上どうでもよく、たまにやる朝礼の旧態依然な校長先生の話のように聞き流していた…

「(つか、“いんちめえと”ってなどーゆー意味だ?帰って英語の辞書でも引っ張って見っーあっ、スペルわかんね)」

…どうでもいいことを考えながら。


「ちょっと聞いているの?シンヤ」

真也の聞く態度を不遜に思ったのか大の字で寝ている真也の顔を見下ろすように問いただす梨緒。

「ああ、はいはい聞いてるって聞いて…ぬおぉっ!?」

真也はテキトーに相づちを打ちながら、梨緒に視点を合わせようとしたら、そこにはなまめかしい薄明かりを灯す二本の雪柱の先にある見えてはならない禁断の衣があった。知恵の木の実よりも甘美で、より人を惑わす魔性のもの。その与えられた職種ゆえに火鼠の皮衣アスベストなんかよりも貴重でより危険極まりないもの。


まあ、一言で片付けるならパンチラが見えたのである。


真也は中毒者ジャッキーになるのを恐れ、またそれ以上に目の前に居座…もとい居立つ鬼を目覚めさせるのを未然に防ぐために惜しまれながらも立ち上がったのだ。



真也がたった。



別に歩行障害があり、常に車椅子生活を余儀なくされていて、友からの嘲笑であふれ上がった情動ゆえの結果ではない。そしてまた、ある意味間違ってはいないが一応このお話は全年齢対象なので“たった”の部分には“立った”という漢字のみを当てはめてくれることを深くお願いする。

「どうしたのよ急に、もう疲れはいーの?」

「えっ?あっいやだだだ大丈夫ダイジョービュっ、って噛んじまった…。あはははじゃあ元気になったてょきょろ…いや、ところで行こうか?さくさく行こう!もりもり行こう!」

「………………………、怪しい」

「そっ…そんなこと…」

真也は頑張って平然を装ったが、梨緒のジト目はその強さを増すばかりだった。このぶんではたとえ真也が演劇部に入ろうとしてもすぐに退部勧告を言い渡されるのは目に見えいるであろう。大根に失礼なくらい下手くそな演技をする真也はもしドラッガーのマネジメントを読んだとしてもその未来に大差はないだろう。逆に梨緒には探偵の才があるのかも知れない。さっきまでの現場、急に立ち上がった理由、真也の性質、そして今の言動を総合してあっという間に分析する。


そして、辿たどり着く一つの答え。


「あああああんたっ…、もっもしかして……」

梨緒があまりの恥ずかしさに顔を一気に紅潮させ、湧き上がる屈辱感に目を泣きそうなほど涙でうるおわせる。そして、もはや癖のようにきっと真也を睨み付ける。

「見たのね…!」

「みっ…見てないよぉ」

真也は梨緒に視線を合わせない。せっかくの反論も妙に高くなった声色や小さすぎる語尾があってはその意味をなさず説得力がない。さらに真也の発言に疑問を感じた梨緒は、

「なにをよ」

と、真也に詰め寄る。「あっ、やべ」と絶望した顔をする真也。そんな真也に対し梨緒はやさしく微笑む。

「今、正直に言ったら許してあげるわ。ワシントンのように」

「あー、おそらくはこの不肖私、遠藤真也はあなた様の二本ある御脚の延長線で交差地点でもある御場所で薄桃色の魔の布切れを見たような、見なかったような………恥ずかしながら見ました。申し訳ございません、そしてグッジョ…ぐっおぉぉぉおっ!」

「余計なことは言うなああああああああああああああああああああああああああ!!!」

真也の鳩尾みぞおちに未確認飛行物体ならぬ既確認走行少女が突っ込んできた。朝の登校時に曲がり角から食パンを口にくわえた少女がぶつかってくるのなんて比にならないくらいの衝撃が真也に加わる。あまりに突然すぎる出来事に『戦意皆無よわゴシ』で威力軽減する余裕もなく、梨緒のスピードにしては、ガウスの法則でも働いたとしか思えないくらい吹っ飛ばされた真也は後にやってきた腹痛に床で悶える。セコいサッカー選手のシュミレーションのようにのたうち回る真也はとりあえず昼食を未だにとっていなかったことに感謝した。

「なっ…なにしやが」

「キルユー」

真也はやべぇ英語使いだした、こいつガチでぶちギレてやがると恐怖した。

「まっ、待てよ!ワシントンはどうした!ワシントンは!」

「あんたのような矮小な人間の愚行と伝説の御仁の逸話を同一視するなんて片腹痛いわ。このゴミ、ゴミが。ハハハハハ」

梨緒はまるで汚いものでも見るような人を見下す瞳でさんざけなし尽くしてから笑い声をあげる。しかしなんと不思議、まるで別の誰かが笑っているかのように梨緒の顔は笑っていない。ああ、別の誰かと言えばさっきから真也の脚は恐怖で笑っているが(誰うま)。


「なっ!ワシントンが折った桜の木とオレが目撃した生足の先に咲き誇る桜は別物だと言うのか?」


…だから、誰がうまいこと言えと。


そして面白くない上に、ただひたすら腹立たしさを増やすだけの真也の台詞に梨緒の怒りは頂点に達したようだ。


「覚悟はいいわね」

まるで真也の最期を告げるようにすごむ梨緒。その一文を告げただけなのに辺りの気温は三度くらい下がったように思え、そして何故か対称的に真也の体からは汗がぶわっと噴き出した。感覚と肉体の反応の相違。その異常状態は、しかし逆に真也に平常心を保たせていた。

「出来ていないって言ったら助かっちゃったり…?」

そして、無理だとは分かっていてもおちゃらけた態度で最後の足掻きを見せる真也。しかし無惨にも結果は火を見るよりも明らかだった。



「SHI・NA・I」



このローマ字表記の否定を意味する言葉が梨緒から発せられたのと同時に、真也は生まれて初めて顔に蹴りを入れられた。さすがにどんな奴でもここまでしてくる親父を持つ息子などいるだろうか、いや、いないはずだ(反語)。ゆえにほとんど誰もが言えるだろう。「親父にも蹴られたことないのに」と。

そして真也は今日、この入れられた蹴り一発が癖になって…



「ぐっ…あっあがっ………ぐっ」

真也はあまりの痛みに卒倒した。



………。

癖になってなどいるわけがなかった。






それからしばらくあって、少しの痛みは残るもののようやく激痛からは脱出した真也は多少先行する梨緒を追いかけるように爆発元とおぼしき場所へと足を運ぶ。向かう道は終始無言だった。梨緒は怒りと羞恥心とで喋りたくもない心持ちから、真也はというと


「(現実リアルの中学生のがきんちょでもああいった下着履くのか。プリントかと思っていたから度肝を抜かれたなぁ)」


と、梨緒とは異性のがきんちょがついさっきを想起して全国の女子中学生を敵に回すような失言を心の中で呟いていた。もし真也が総理大臣でこの失言が“思い付いちゃった”って理由で告げられたものなら何か置き土産のような法案を通させるまでもなく確実に辞職ものだが、真也はそんな失態をおかさない。

「(というか、よく考えりゃ今回だって別にオレが狙ってやった訳じゃなく不可抗力じゃねーか)」

真也は思い出したら怒りが沸々(ふつふつ)とわいてきた。そもそもパンチラを見るのって民事訴訟されたら最高どれだけ持ってかれるのだろうか。いや、今回の場合においてはある意味で覗きを強制させられたにも等しいわけだし、むしろ猥褻物陳列罪で逆セクハラが成立するんじゃねえか?とは言ってもジェンダー論が主流の世の中で“逆”セクハラとはおかしな表現ではあるが。

だが、やはり真也がそのことを口にすることはなかった。それは梨緒とその最強の力キャパシティが超治外法権的存在であるという理由が一つと、そしてこっちが物凄く重要なのだが、

「(しかし、フフン、ピンクとは恐れ入ったな)」

健全な男とはすべからく、変態の女神が与えし僥倖ぎょうこうに対して感謝をあらわにせずにはいられないものなのだからである。現に先程拝見して脳内フォルダに保存した奇跡の桜の花.jpgを真也は思い出すことによって何度も見つつ、顔を気持ち悪くゆがませながらにへら笑いをしていた。

「(いやあ、この苦労した末に訪れた予期せぬ出来事。嬉しい誤算。まさに嶺上開花リンシャンカイホーだったわー)」


…、訂正しよう。

さすがに男と言ってもここまで変態な男子中学生はそうはいないであろう。


「?」

真也が気付くと目の前で梨緒が立ち止まっていた。吹き抜けを右に行ったところで、途中通る第二理科室や社会科室を無視して突っ切るとそこには『第二生徒会室』という場所がある。

「おっ…おお」

いや、正確には『第二生徒会室』という場所があったという表現の方が正しいのかもしれない。なぜならそこはもう教室というには悲惨すぎる惨状になっていたからである。そもそもここは元々は第三理科室であって、「生徒会室が公的な荷物のためにスペースがなくなっている」という先々代あたりの生徒会長の申告を学校側が受けて、需要の少ないこの特別教室をもう一つの生徒会室として使い始めたらしい。つまり、この教室は理科の授業に特化した風格を持つ教室であり、廊下側の壁に組み込まれたガラス張りで教室の外からも見えるようになっている顕微鏡などの収納場所も、爆発の衝撃なのか全て割られていた。床にはガラス片が散らばっているかと思ったが余程密度ある爆発だったのか、そのほとんどが溶けてしまったかのように姿は見られなかった。

「言葉も出ないわね」

「あっ?」

梨緒は真剣な表情でこの凄惨せいさんな状況を眺めているが、真也はギャグにしか思えなかった。なぜなら先程この少女は渡り廊下を半壊させたのだから。言っていることに説得力がない。孫までいるのにジェンダー論謳っている大学教授や隣人愛を唱えている癖に贖宥状しょくゆうじょうを売りさばいている宗教やクリスマス会して初詣して葬式に行く無神論者のように語るに落ちていた。そのシュール感は真也を「(そんなお前にオレは言葉が出ねえよ)」と思わせ、そして真也は本当に言葉に出さなかった。

まあ、確かに辺りが悲惨な状態だというのは否定はしない。廊下は焼け焦げていて黒々とし、空気は耐熱性のあるはずのポリプロピレンが溶けだしたような薬品臭いにおいが漂っていた。

「(つってもポリプロピレンの香りなんて嗅いだことないんだけどな)」

真也はこれまで焼け野原に圧倒されていたが、ついに意を決する。

「中、入っか。梨緒」

「…、えぇ。そうねシンヤ」

二人は爆発の衝撃で片側の扉が吹き飛ばされた入り口を見つけ、そしてまずは真也が中をのぞこうとする。まるでパンドラの箱を開けるような緊張感で真也はいた。あまりの状況の異常性、いや、因果孤立の世界こんなところにいる時点で異常性そんなものなど吹き飛んでいるのかもしれないが真也には違和感と予感があった。未知との遭遇。真也は薄々と感づいていたのである。“もしかしたら、ここには新たな中二病患者テキがいるんじゃないか”と。そうすれば説明がつく。この無意味な爆発はその新たな敵との戦いの爪痕であると。

真也は口の中にいつの間にか溜まった唾液をゴクリと飲みほし、拳をより強く握り入り口の前に堂々と立った。



「なっ……!」



真也は驚嘆に口をあけ、目を見開いた。


真也の予見した“未知との遭遇”などどこにもなかったのだ。



ただ、かわりに…


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