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Ep14 Operation“two-on-one”~気味悪い馴れ合いとコペルニクス的転回~


本校舎二階をゆっくりと行くものがあった。

「はぁ…はぁ」

その姿は二つ。しかしそれは敢えてゆっくりと進んでいるのではなく、限界までスピードを出した結果がこれなのである。

「ぐっ…っ」

その理由は実に簡潔、分かりやすかった。

「おいっ!まだ痛むか?」

どうやら二人のうち片方が足に怪我を負ったようで、右足を引きずりもう一人に肩を貸してもらいながら進んでいたようだ。


仲川と西山。

彼らは共に中二病患者ヴィクターであり、一応は綿密な計画を立て二人で遠藤真也を倒そうと対戦デュエルを仕掛けた。彼らのうちの仲川は、真也と聚楽園しゅうらくえん梨緒りお対戦デュエルを見ていて、あろうことか梨緒の最強の力キャパシティである『粉砕爆発バーニング』を真也のものだと勘違いしたらしい。

だからもし彼らが、なんの想定外の要素もなく真也に挑んだのなら本来『戦意皆無よわゴシ』という“自身の攻撃力のみをゼロにする力”なんて底辺な能力しか持たない真也なんて簡単に倒せたはずである。

しかし、あったのだ、想定外の要素が。


一つは、その『粉砕爆発バーニング』を持つ聚楽園梨緒の存在。これゆえに彼らは未だに真也の力が健在だと勘違いしている。

一つは、その勘違いから来る恐怖心。真也を目の前にしてひるんでしまい、しばらく行動不能になってしまうタイムロス。


そして、実はもう一つ。四人のうち誰もが気付かない異常事態が起きていた。




痛いかと聞かれた西山は強引に首を動かし仲川に向き直る。

「っ…たり…めーだろうがっ、んな簡単に治ったら医者はいら…っぐ」

「ばかっ…、あんま喋るなって」

西山は無理矢理喋ったせいか、突如に走った激痛に酷く顔を歪めその場にひざをつく。

「くっ…そ、野郎っ…があっ…ぁ!」

自分がこんな目にあっていることと、自分の自尊心プライドが揺さぶられたこと、あらゆる屈辱をかてにして怒りの言葉を少しずつつむぐ。

仲川はというと、いったん隠れなきゃと思い辺りをキョロキョロとしていた。そして美術室を見つけるとそそくさとその中へ西山を抱えたまま入っていった。

「はぁっ…ふう」

一旦、西山を椅子に座らせると仲川は入ってきた開けっ放しの扉に戻り、外を確認しながらゆっくりと閉めた。

「で…、おいっ。どーすんだ?そうだ美術準備室にでも隠れるか?」仲川は西山をまくし立てる。

「バカヤロ…変わんねえっつーの!そして、ちょっと黙ってろ!」

西山は椅子に座ったまま頭を抱える。絶望的な状況に自暴自棄になっているわけではなかった。ましてや、頭を怪我したわけじゃない。引っ掛かったのだ、何か…、得体の知れない何かに。なぜさっき簡単に逃げれた?床を狙ったのは?あと、その前…なぜ、なぜ奴はあの時逃げた?

西山は尋常でないほど重なる不可解さに“もしかしたら、何か勘違いしているんじゃないか?”という感想を持った。例えば『地動説』、例えば『光速度不変の法則』。現行の科学では説明し切れない不可解さに対してかつて歴史は、その不可解さを正当とし受け入れ逆にその当時あった全ての科学、物理法則を否定した。

西山は顔を上げる。そして、仲川に顔を向けた。一人じゃダメだ。一人じゃよがりな意見にままれて偏見まみれの答えしか出せなくなる。だから、今こんなみじめな事態になっちまっている。二人、二人の方がいい!これ重要っ!文殊もんじゅの知恵こそ借りられそうもないが、一人より二人の方がいいのは明白っ!小学生でも分かることだ。

「落ち着いて聞いてくれ仲川。すまん、俺一人じゃ奴らを倒すのは無理そうだ。お前の…力が…必要だ」

西山は反省の意味も込めて仲川に正直に吐露とろした。途中、らしくなくて口ごもったがそれでも言い切らねばならないと思った。たとえ実力があっても指図ばかりして偉そうにしているやつにいい印象を持つ者はいない。だが、真摯しんしさは違う。かの経済学の神もそれっぽいことを語っていたように、真摯さを持って接する者に対しては悪い印象は持たない。

「えっ…あっ、あぁ…。こっちこそ悪かったな…、取り乱しちまって」

現に今までと様子を一転させた西山を見て、仲川は多少は戸惑いはしたものの協力しようという気になっていた。そしてそれと比例するように仲川のパニック状態はとどまり、あまつさえ仲川は自分からびをいれまでした。

「ぷっ…ははは」

あまりに二人に似合わないシュールな情景に思わず吹き出してしまった西山。

「くっ、くくっ…ぷ」

仲川も西山につられて笑い出す。これは互いを卑下ひげした醜い笑いではない。こんな簡単な、小学生でも恥ずかしがるような、テンプレで使い古されたかのようなむずかゆいやり取りをするだけでこの極限状態の中をリラックス出来ることに。こんな馬鹿げたことをするだけで理不尽にも力がいてきてしまうことに。ただ、誠実さという彼らにとっては思いがけないもので、これらのことが起きる痛快さに二人は心底可笑しかったのだ。そんなもんでいいのかと、もっとこーゆー大々的な解決ってのは、どっかの主人公が幾多の戦いの後に気付いたり、名門大学の心理学の教授が数年の思考の末に至る境地だと思っていた。

違った、いや…もしかしたらこれは所謂いわゆる裏ワザショートカットか、ただの勘違いに過ぎないのかも知れない。だが今の彼らにはそれで上等だった。偽物で充分、事態好転の契機きっかけになるなら何だって構わない。構うわけがないのだ。

棚ぼたデウス=エクス=マキナに、敵に気付かれる危険性を全く気にせずに大笑いした後に二人は話し合いを始めた。

「なぁ仲川。お前、以前に遠藤真也えんどうしんや対戦デュエルを見たことがあるって言ったよな?」

「ああ…、奴の姿だった。そしてあの爆発。お前には悪いけど正直に言ってさっきの連絡通路で喰らったやつなんか比べものにならないくらいのだ」

「ふーん、そうか」

仲川は西山が爆発力が劣っていると言ったのを怒っているかと危惧きぐしたが、なんのことなくまるで他人事のように聞き流し、少し考えるようにうつむく。

「なあ、その前回の戦いってのは遠藤が爆発を出ししぶるなんてことはあったか?」

「いやいや、…あれ?確かにあの時は燃料切れ構わずに出していたのに、今回はほとんど出さねえな?」

「…っ!?」西山の表情が驚きに固まり、そして「成る程、だとしたら」と呟きながら疑惑が確信に変わったかのように表情を笑みに返る。

「加えて、その時の敵の最強の力キャパシティを覚えているかというか、やつは使っていなかった? って…あ、それに関してさっき思い出したことがあるんだが…」

「…、何だ?」

「怒らないでくれよ?遠藤の印象が強くてさっきまで確証が持てなかったんだ」

「……、言ってみろ」

「えぇーっと、多分その時に戦っていた相手なんだが、実は…」

「今、遠藤のそばにいる女なんだろ?」

「えっ?えっ?知っていたのか?何で?」

仲川が頭中ハテナマークになっているのを見て「やはりか」と言う仲川。



「こいつは俺の予想なんだが、十中八九あの遠藤は爆発の最強の力キャパシティを持っていない」

「どーして?」さっきから訳が分からない仲川。

西山は理由を話してやった。

「俺は初めは、お前が「遠藤が前回と違って今回はめっきり爆発を使ってこない」と言っても驚く気はさらさらなかった。なぜなら爆発は強いが多方向に力のベクトルが働くあれは近くにいる味方にも牙を向くからな。かく言う俺だってお前の近くでは使わない、それにもしかしたら彼らの爆発の射程範囲は非常に短いのかも知れない」

仲川は黙って聴き入る。西山は痛む足をさすりながら話を続けた。

「とは言ってもさっきの奇襲から察するに二十メートル近くは距離を離せるのは分かった。だが、そうだとすると相方の女がお前の銃で撃たれた時、例えば女を床に寝かせて周囲に小爆発を起こして反撃するくらいのことはしてくるだろ?」

「それは、俺がライフルを使ったとき四~五十メートル離れていたからじゃ?」

「いやいや、違う違う。だってまず俺達は透明人間ゴーストの“噂を利用して”対戦デュエルを挑んでるだろ?たとえ放送室の件で怪しまれた節があるとはいえ、突如に女が倒れたらまずそっちを疑わざるをえないだろ?なのに、ただ逃げた。前に抱えているなら二十メートル後方に爆発を起こしてもいいはずなのにだ」

「たっ…確かに」

一つ一つは取るに足らない疑問だが重なると大きな疑惑に膨れ上がる。

「極めつけはさっき遠藤が姿を現したときだ。こっちに見つかったというのに、しかも奴は一人だったというのに、爆発を使わなかったうえに話し掛けてきたしこっちの攻撃に対して奴は避けるという手段をとった。かといって余裕ぶっている様子はなく、むしろあせっていた。あれが演技だっていうならたいしたもんだ」

「だ…だが、だとしたら誰があの爆発を?」

仲川は彼らにとって最大の疑問をぶつけてくる。

「決まってるだろ?あの女の方だよ」

「なっ…!つーことは単に俺の勘違い?すまん!俺のせいで」

「気にすんな。そぉーゆーことは誰にだってある。学者ですらだ。そして多分向こうは勘違いしているのに気付いている。というか、放送室の件といい、主に向こうが勘違いするように仕向けてきた」

「だが、爆発の力を持っているのは変わらないんだぞ?どーする気だ?」

確かにその通り。気付いたことは全くもって正解ではあったが、それは彼らにとって最も驚異となるはずである“爆発”の攻略方法ではない。そして仲川のその疑問に西山はその場で首をかしげた。西山には分からなかったのだ。爆発の攻略法がではなく、“仲川が何をうれいているのか”が。


「どーする気って、そりゃあお前、奴らを倒す効果的な方法なんて“既に分かりきっているじゃねえか?”」

「えっ?」

相変わらずの疑問の仲川を尻目にゆっくりと西山は立ち上がる。

「とりあえずガチンコに持ち込む。奴らを誘い込むぞ!」

無風状態の大空に突如、一陣の風が巻き起こったように、渇き切った大地に突然、土砂降りの雨が降りそそいだように、彼らもまたいきなり現れた勝機に舞い上がっていた。それは一歩一歩の足取りの歩幅、重さ、速さをとってみても一目瞭然である。西山に足の電気が走るような痛みはもうない。いや、たとえ因果孤立ニアーディメンジョンの空間でも足の怪我がこんな簡単に治るなんて馬鹿げたことは有り得ない。ただ、今は西山の体中には…、飛び火して仲川の体中にもそれよりも強い電撃が走っていたのである。






「はぁ?走るわけねえだろ?」

遠藤真也という流れるような艶やかな黒髪が特徴チャームポイントな少年は人を小ばかにする表情であきれるようにそう言った。別に西山や仲川に対する怪我や自信といった類いの比喩表現の稚拙ちせつさを侮辱したわけではない。ギャグ漫画じゃあるまいし、所詮はファンタジーの世界の住人がメタフィクションな会話などするわけがないのだ。だとしたらこれは誰に向けられているかというと…、


「むぅ…、なによ。その言い方」


…女子中学生の平均身長を遥かに下回るが、体に似合わず閻魔えんまと形容できる圧倒的な『爆発』を生み出す最強の力キャパシティを持つツインテールの小柄な少女、聚楽園しゅうらくえん梨緒りおその人であった。


あれから真也と梨緒はもといた昇降口から西に随分と移動して今は職員玄関の方にいた。そこは受付の配備として事務室も併設されている。普段ならば外部の人間が入るときはここで用紙に氏名と来校理由と来校時間を分刻みで記入し事務員から首からかけるタイプの許可証をもらなわなければならないのだが、当然のことながら今この瞬間に事務員の姿は見られなかった。いや、正確には事務員は恐らく“今も事務室にいる”だろう。ただ、中二病患者ヴィクター蹂躙じゅうりんするニアーディメンジョンこのセカイにいないだけで…。

「だってよぉ、お前。走ったら疲れるじゃねえか」

「ここに来て理由ショボっ!頑張れよお前!」

許可証をもらわなければいけないはずなのだが、こんなところを使わずに堂々と学校に侵入…というよりは侵略を繰り返すココアカラーの生意気チビツインテールは真也のあまりにも情けない言い訳に唖然とした。

「僕、もぉー…無理でしゅ…」真也は言いながらその場にうなだれる。それは衆人監視の中だったら行き倒れorいい年した駄々っ子だと変な目で見られそうな格好だった。

「ダメだ…こいつ……」

真也のダメさ加減に梨緒は大袈裟に左手で顔をおさえ、そのまま職員玄関の近くにあるコンクリート製の池の端に腰を降ろす。そこには鯉を飼うために備え付けてあるのだが、まるで今の梨緒の心境を映すように“もちろん”そこには何もいなかった…。




そもそもなぜ彼らがここにいるかというと、時は数分前にさかのぼり、昇降口から再び戦場いくさばにまかり通ろうとしようとしたのだったが、


「…うわぁーお」

「なにこれ、人形?」


真也と梨緒の目の前には「これでもか」というくらい人形が散らばっていたのだ。もちろん誰かの落とし物なんかではなく、もはや隠す気もないのだろうか西山の最強の力キャパシティ奴隷人形スレイプドールである。怪しさぷんぷんの奴隷人形スレイプドールに対し、真也はこれが西山の最強の力キャパシティであるとだいたい感づき、遠くから石を投擲とうてきしてかなりの勢いで人形に当てたのだったが何も起こらなかった。不発である。

「ちっ…くそ」

何の反応も示さない、つまりは安全であることが分かったはずなのになぜか真也は舌打ちして思わず地面を蹴った。

「?」

梨緒は不思議そうな顔をするが、真也にとってみれば爆発してほしかったのである。火遊び好きの子供心からではない。ちゃんとした理由があった。今ので爆発しなかったということはこの人形は別に“これが爆発しないという絶対の保証ではない”。例えば熱感知式だとか、西山の遠隔操作だとか未だに爆発の可能性は残っているのである。実際、西山の奴隷人形スレイプドールは遠隔操作式だったが遠くにある人形の周囲を把握出来るわけではないので真也がその場にいても、またどんな刺激を与えてもそれで爆発させることは出来なかった。しかしそれは真也のあずかり知らぬこと。


「だから、爆発の可能性がある人形アレは爆発するとみなさなきゃならねえ」

「えっ?でも、それじゃあさっきの石ころの意味あるの?」

梨緒は最もな疑問をていする。確かに爆発しようがしまいが“爆発するものとみなす”ならば最初の投擲で舌打ちする意味が見出だせない。


しかし、これが西山の狙い。


真也は近くの壁によっかかり嘆息する。もちろんこれは梨緒の質問が見当違いに思えたからではなく、敵の巧妙な作戦に参ってしまったからだ。

「いいか、どちらにせよ俺達はここを通るときにこの危険物を処理しなきゃならん。しかしこいつはコードぶっちぎれば止まる時限爆弾じゃない。つまり爆発させるか、徹底的に破壊しなきゃならない」

「で?」

「今ので、爆発が無理と分かったら、破壊の方。つまりお前の最強の力キャパシティを何度も使わなきゃならねえんだ」

真也は梨緒を指差す。

真也の持つ最強の力キャパシティは『戦意皆無よわゴシ』という“攻撃力をゼロにするもの”だがあくまでも自分のだけなので人形を無効化することは出来ない。

「別に、いいじゃない。私に撃ち切れは一度もないわ。それにあったとしてもまだずっと先よ」

「それもある…が、なにより爆発を使って破壊することで一番の問題は自分達の現在位置を教えてしまうことだ」

「っ!!」

敵に現在位置を知られる。これ以上に危険なことはない。戦争で最も重要である。ゆえに一次大戦では塹壕ざんごうやUボートが、二次大戦ではレーダーや潜水艦が、現在でもステルス機能の研究が進んでいるのである。

こっちが進んでいる場所が分かれば奇襲をかけやすいし、なにより例の遠隔操作がかけやすいのだ。



という訳で、場所を変えようともう一つの入り口である職員玄関にやってきたわけだが、状況は変わらずであったのだ。


「あーっ!もうっ!めんどくさいっ!目立ってなんぼよ!校舎ごと全て破壊すればいいじゃない!バーンッて!バーンッ!バーンッ!」

「……………」

自棄やけになる梨緒を見て真也は口を開けたまま固まっていた。確かに学校を破壊するくらいの爆発を使えば対戦デュエルを“終わらせるのは”最も簡単な方法ではあるが、それは“勝つ”とは同義語ではない。その爆発は圧倒的な破壊で因果孤立ニアーディメンジョンごと壊してしまうのだ。ゆえに相手を能力喪失ロストさせること及び、それを確認することが困難なのである。現に前回の真也と梨緒の対戦デュエルで例の超規模爆発を使った時は、戦意皆無よわゴシで反動を打ち消し切れずに両者とも気絶してしまったし、その戦いを視察していた仲川が今も健在なのがなによりの証拠である。

真也はポカンとしながら梨緒を見ていたが、別にそれは校舎破壊の無意味さを分からない梨緒の愚かさを嘆いているのではなく…、


「(バーンッだって…、チョー可愛い…)」

自暴自棄になりすぎて幼稚園児くらいまで後退している梨緒をうっとりと眺めてでていただけだった。その顔は目を細め鼻の下を伸ばしこの世のものと思えないくらい醜かった。少なくとも主人公はそんな顔しない。昭和のギャグ漫画に巻き込まれたかのようである。

「ふーん、だが…それいーな」

「へっ?ええっ!?」

真也はひとしきり梨緒を堪能たんのうすると「よっこいしょ」と立ち上がる。梨緒が真也のその

一言にはっとなり声をあげて驚く。

「ちょちょちょ、あんた!いーなって?何?壊すっていうの?」

校舎を。と梨緒が付け加える前に真也が口を挟む。

「目立ってなんぼってやつさ」

「へ?」

「どうせこっちは追い詰めていて、あの人形は奴らの苦肉の策なんだしさ」

「で?」

梨緒が真也に詰め寄る。

「えっ…あ、…て?」

梨緒に学ランの第一ボタンあたりを両手で掴まれ、体を密着させられる。髪から漂ってくる香りに真也は紅潮してしまい言葉がうまく口からでない。

「ん?どうしたのよっ………って、うひゃあわあぁぁあ!!」

「がっ…おいっ」

梨緒が真也が頬を染めている理由に気付いて真也を突き飛ばす。真也はそのままの勢いで地面に尻餅つく。

「ばっばばばっ…バッカじゃないのっ……!なに意識しちゃってんのよ…!全然そーいうんじゃないし、あんたが…あんたが悪いっ!」

梨緒は座り込んでいる真也に向かって怒号する、しかしその声は震えていて全く論理的でなかった。

「……………………」

対する真也はそのままフリーズ。まるで時が止まったかのようにぴくりとも動かない。女の子にあそこまで詰め寄られたことのなかった真也は未体験ゾーンに脳内回路がオーバーヒートしてしまったのである。

「なっ……………、せめて…、なにか言いなさいよぉぉおおおっ!!」

梨緒の届かぬ悲鳴がどこまでも虚空を鳴り響く。






「うおっ!びっくりしたっ!」

聞こえてきた大声に仲川は何事かと窓の外を見ようとする。

西山と仲川は五階の二年生教室に戻ってきていた。最初に彼らが控えていた場所である。

「やめとけ、どうせ奴らだ。急に現れた爆弾にうろたえているのだろう」

暗闇に包まれている教室で教卓に腰掛けていた西山は、カーテンを開け外の様子を探ろうとする仲川を制止した。

「余計なことすると、ミスっちまうだろ?ここは俺達が今やらなきゃならねえことをしようじゃねえか」

「二対一か…」

西山に聞かされたのは二人で確実に一人を仕留める作戦であった。現に初めに梨緒を狙い気絶させた時、真也達はその場から逃げ出した。頭脳の真也、力の梨緒で形成されているあのタッグにはこれが有効的だと西山は見抜いたのである。


すると突然、遠方で爆破音が聞こえた。

「うおっ…!」

「ふっ、来たか。やはりどうあがいてもそうするしかねえよな。行くぞ仲川、さっき言った位置に移動だ」






「おうっ!行くぜ」

真也達は爆炎立ち込める中で職員玄関から入り、今は保健室と職員室の連なる前の廊下にいた。この辺りは入り口ほど人形があるわけではないが、それでもちらほらとその姿があった。

「本当にこんなんでいーの?シンヤ?」

「あぁ、開き直ろう!自分の場所を明かしちまうのはもうしょうがねえ。ならばそれを逆手にとるって…おわぁっ」

「シンヤ!?」

真也は黒い煙で足元が見づらかったので、何かに躓いてバカみたいにすっ転んだ。

「痛たた…、なんだ?絵の具?チクショーなぜここに!」

真也が手にしたのは紫色の油絵の具のチューブであった。視界が晴れると床には紙のケースが落ちていて、つまずいた時の衝撃でか中身が散らばってしまったようだ。

「…、みじめね」梨緒が遠い顔をする。

「みっ、みじめって言うなし!」

真也は涙ながら訴えるが梨緒は表情を変えない。


「で?ここからどう行くわけ?」

「えっ?そうだなぁ…とりあえず」

真也は未だにみじめと言われたショックから立ち直れていないようだったが、ひとまずネガから抜け出し思考を開始する。

「…、まっ上だな。第一、二階にいると思えん。少しでもオレ達から遠くに逃げたいはずだからな」

「そんなもんなの?」

「ああ、絶対最上階にいる。ドラマやアニメのラスボスはそうだろ?場合によっちゃあそこからヘリで逃げる。こいつは原理でも心理でも法則でもない、―――ただのプライドだ」

真也はニヤリと笑みを浮かべる。先程、梨緒を愛でていたあの君の悪い笑みとは違う、清々(すがすが)しいほどの無邪気な笑顔。

「プライドねぇ?」

梨緒は真也の言葉に半信半疑というよりは、零信全疑だったが正直どーでもいいと思った。その顔を見たらきっとなんとかいくと根拠もないのにそう思ってしまう自分がいた。そして同時に胸の奥が熱くなる。

「(…えっ?)」

梨緒は今まで感じたことのない温かさに戸惑う。

「さて、じゃあ…さっさと行くとしようぜ。たとえ上じゃなくても、こっちは場所を教えているんだ。誘導すればいい…って、どうかしたのか?梨緒?」

「えっ?ええええええ、なっ、なんでもないわ。ところで何?」

梨緒は自分の内心の変化を強く感じたが、しかし誤魔化した。

「だーかーらー、たとえ上じゃなくても!こっちは場所を教えているから誘導すればいいってことだよ!」

真也は梨緒のおかしな言動に多少の疑問を持ちながらも、もう一度言い直さなきゃならない面倒くささに打ちひしがれながら気にしないことにした。

「そうね、それによく考えたらそれが私には一番合っていたわ。目の前で邪魔するものを全て薙ぎ払い、自分の進む道を造る」

ドーンと体が揺さぶられる音がする。爆風でココアカラーはもてあそばれ辺りを暗闇が包み込む。そして二人はおくすることなくそこを進んでいった。






「段々と近づいてきたぞ、爆音が…」

西山と仲川は教室の扉から廊下を覗き込むようにある一点を見つめていた。西山は立って電源スイッチのある壁によっ掛かりながら、仲川は変則指銃フィンガーライフル遠距離射撃形態ライフルモードに移行し地面にへばり付くようにうつぶせで寝ながら。うかがうような視線で眺める先には階段があった。いや正確には階段は全く見えず、そこは登りきった場所であり少しひらけた空き地みたいになっている。西校舎である左に向かうとガラスのバリケードで包まれた吹き抜けが、それを通路の裁断さいだんとして吹き抜けを囲むように左右の廊下にはそれぞれ教室の扉がついていた。

空き地を右に行ったところには東校舎という二年生の教室があり、そこのD組に彼らの姿はあった。距離にしてだいたい三~四十メートル、ハンドガンでもいけなくはなさそうだが万全をきしたいのである。空き地には例の人形がいくつか置いてあり、西山はそれを指差す。

「気ぃ抜くな、分かっていると思うがあれが破壊されたときに奴らは来る。爆炎で目隠ししてくるかもしれん」

「了解、だが暗視スコープがあるので心配いらな…」

その時、視線の先が歪みそこに爆炎が巻き起こり衝撃と火力で寝そべっていた人形のその全てが粉みじんに吹き飛んだ。破壊の爪痕つめあとである黒々とした煙から声が聞こえる。


「かーっ、やっと着いたァTwitter!!何この達成感。半端ねえ」

「なにバカなこと言ってんのよ?それにしても疲れたわね」


男女の声。

それは仲川にとって攻撃の合図であり、脳が言葉を認識する前に脊髄せきずい反射でトリガーを引き(実際にはそんなものないので、そのような動作をして)、弾を放つ。

「ぐっ…」

ズガンと一閃。

「梨緒?おいっ!しっかりしろ!」

弾は確実に少女の胸を貫き、撃ち抜かれた少女は音もなくその場に倒れる。傍にいた少年は少女の何も言わぬ背に呼び掛け、そして影になっている階段に彼女を移した。




「…、てめぇら」

煙が晴れると真也は東校舎の廊下に二人の少年の姿を見つけた。身長百七十センチ後半くらいの長身だが、風が吹いたら飛ばされそうなヒョロイ少年とまるでアメフト選手のような前者とは対称的な少年――仲川と西山――である。彼らは梨緒を倒した後、そのまま真也達に向かって歩いてきたのだ。

「ざまあねえなぁ…遠藤」仲川が嘲笑あざわらう。

真也は苗字で呼ばれたことに少し驚いたが、二対一のこの状況下で強がってみる。

「いやいや、ご謙遜けんそんを。さっき見た、てめぇらの持ちつ持たれつの逃げ腰っぷりにはかなわねえよ。いやぁ、素晴らしい友情はぐくんでいるねー」

「……………………」

西山のまゆがぴくりと動く。しかしここに仲川は短気が治ったのか相変わらずの勝ち誇った笑顔だった。二人は変わらず歩を進めていく。それを確認して、まず真也がしかける。

「おっと、これ以上近付かない方がいいぜ。お前らの恐怖するオレの最強の力キャパシティの射程範囲だ」

西山と仲川は止まる。そして二人は顔を見合わせた。驚いたのだ。真也の脅迫にではない、あまりに愚かなくらいの嘘のつきっぷりに。

「ふふっ…」

「なっ!……ぐぅっ!」

仲川はあまりの可笑しさに思わず吹き出しながら、ハンドガンを構えて真也の左腿ひだりももを撃ち抜く。真也が痛みにしゃがみこむなか、仲川はその背後に回り込む。

「おい、立ち上がれよ狼少年」

「!?」

仲川は真也の首下に右腕のハンドガンの銃口を向けながら、左腕で逃がさないように捕まえるために、真也の左肩から胸を通ってその右肩の袖をつかみながら無理に立たせる。

「もう、知ってんだよ!お前が爆発の最強の力キャパシティを持っていないことくらい」

「ちっ……、なぜ梨緒を狙った?」

真也が首を動かし仲川を片目に捉えながらすごんだ。威嚇いかくのつもりだったが、しかしそれは仲川にとって逆効果だったようでむしろ気分を良くしていた。

「ははっ…怖い怖い。簡単だよ、さっきまで実践してきたなかで片翼を断つのが一番効果的だったからな」

「二対一ってわけかよ?…っぷ」

真也は切羽詰まった表情をしていたが、今までこらえていたものを吐き出すように思わず笑ってしまう。

「…?何が可笑しい?あまりに絶体絶命の状況に頭がおかしくなっちまったか?」

将棋で言うなら王手、チェスならチェックメイト、麻雀なら自分が立直状態で相手のロン牌を持ってきてしまったくらいの勝利はほぼ確定した状況の中、仲川は“自分が今、逆に追い詰められている”とは思わない。だって無理だもの。自分がこのトリガーを引いたらゲームオーバー。相手はただひたすら待つだけ、言わば死刑囚。やつの笑いは絶望にかられた上でのそれ!もしくは、ただの見栄。この二択…、この二択しかありえない!


「くくっ…ぷぷ。いやぁ…悪い悪い。さっき言ったじゃん?そこはオレの“最強の力キャパシティの射程だって”さあ」

「はあ?何を言うかと思えば、まだそれか?だから言ったろ?てめぇの…」


「誰が“爆発の”最強の力キャパシティだなんて言った?」


仲川が言い終える前に、真也が場をもう一度緊張感で包み込むには充分過ぎる一言を告げた。



「「…………っ!!!?」」

仲川と西山は戦慄せんりつする。終わりと見えた状況が一転したのだ。

「おっと、そこのデブ妙な動きすんなよ」

西山が人形を精製しようとする動きを見て真也がそれを声で阻止する。西山は舌打ちをしつつもフリーズせざるをえない。

「だっ…!だから、なんだってんだよ!銃弾ってなあ音速で飛んでいくんだぞ!てめぇのどんな最強の力キャパシティよりも速いはずだ!」

「はっはっは!そうだろうな!…だがな、オレの最強の力キャパシティはもう終わる」


例えばだ。光というものは世界最速でそのスピードに勝てるものはおろか、ついていけるものすらいないだろう。しかし、どんなに速かったとしても“既にゴールしてしまったもの”には勝つことが出来ない。だからどんなに速い最強の力キャパシティでも、“既に発動している最強の力キャパシティ”にはかなわないのだ。

「なっ…なんだ、その右手は!?」

そして、意図的に学ランのそでに隠していた真也の右手を見て仲川が声を荒げてたずねる。

「ああ、これか?」

真也は“紫色”に染まっている右手を見せびらかすように仲川の眼前にもってくる。

「オレの最強の力キャパシティってさぁ“毒”を扱うやつなんだけど、これが不便でオレに一分くらい触れていないといけないんだよぉ…、だけど触れたら一巻の終わり、死ぬほどの痛みがずっと続く、“気絶してもなお”。 だから勝利確定…」真也は奇怪な右手に脅えて何も言わなくなっている仲川に…、

「そして、これで一分だよん」

真也はそのように宣告すると、不意にその右手で仲川の顔を覆った。




「ぎゃあああああぁぁああぁぁあぁああぁあぁぁぁあああぁあああああああぁぁああぁぁあぁああぁあぁぁぁあああぁああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



………それだけで、充分だった。



仲川は真也から離れると学ランで顔を必死にぬぐう。顔に粘り着く気色悪い感覚、口にも少し入ったのか「ぺっ…ぺっ」と吐き出そうとする。しかしヌメリとベタついた皮膚をうヘドロのようなものは、拭えば拭うほど塗り広がっていった。

「ぐっ…ぐうっ…っ!」

のたうちまわる内に顔中に痛みも広がってきたような感じがして涙もどばとば出てくる。



………それだけで、充分だったのだ。



「お前、言ったよな?」

真也は変わらず仲川に背を向けたまま静かに言う。そして、左足を軸に螺旋らせんを描くようにぐるんと回り…、



「オレは、狼少年だ…ってよぉっ!!」



「ぐぅっ…おっ!!」

遠心力によって悪魔のような勢いを手に入れた真也の右腕は、それこそ弾丸のように仲川の右頬を貫いた。突然のことに防御もままならなかった仲川は派手によろめく。そして間髪入れずに真也は仲川に近付き、

「ぐっ…」

真也の右手で仲川の左手を、真也の左手で仲川の右手をちょうど取っ組み合うように指を一本一本交互に絡ませて対峙する。ここにきて仲川は真也がはかったことを理解し怒りの形相になった。思い込みというものは本当に怖い。ただの“油絵の具”で痛みまで作り上げることが出来るのだ。そして、その紫色の絵の具が無秩序に広がり、涙によって目を赤くした仲川の顔は鬼のような印象を真也に抱かせた。

「ぐっ…キッサマァアアア!!殺す!絶対に殺す!!」

「殺す?ハハハどうやって?オレも知っているぜ?お前の最強の力キャパシティは“指の形を変えて”使うんだろ?これじゃあ無理だな」

「なっ…!くっそぉおおおおっっ!!」

がっちりと両手を掴まれている状況では仲川は中二病患者ヴィクターではなかった。仲川の銃の変則という利便性が逆にあだとなったのである。


「バカか?動けないのはお前も同じだろ?遠藤。なんのための二対一だと思って…」

るんだ?とは仲川に駆け寄ろうとした西山は言えなかった。どころか、その歩をも止めてしまったのである。止めた上でその足は震えていた、“また”。


「確かにその通りね。せっかくの“二対一”を生かさなくちゃ」


西山の歩を止め、その場にしゃがみ込ませるほどの衝撃を与えた“突如、巻き起こった爆発”の奥には銃弾で撃たれて倒れていたはずの小柄なツインテールの少女のシルエットが見えた。

「ばかなっ!奴は俺の射撃でっ!」

仲川がそう言っている間にも彼らの後方に爆発が起こり、吹き抜けから落ちないようにバリケードとなっているガラスが砕け散った。西山は思った、最強の作戦であると考えていた“二対一を考えていたのはこっちだけじゃなかった”と。だからあそこで遠藤は笑ったのであって、別にこっちの専売特許なんかじゃない。まさに両刃もろはの剣、牙をひるがえしてきたこの作戦は西山達を深くえぐったのだ。

「てめぇ、スナイパーには向いてねえな。狙撃ってのは頭狙うんだよ、敵が防弾チョッキ着ている可能性を考えてな」

梨緒着るというより、むしろ着せられているほうが正しい防弾チョッキを脱ぎ捨てる。真也は力を込め仲川をジリジリと押していく。

「うちの職員室ってのは便利だな。テロ対策なのかそういうものがゴロゴロしていたよ。それに意外とチョッキ着てるのなんて分からないもんよ」

「ふざけるな!俺のライフルがそんな気休めの防弾チョッキに防がれるはずがない!」

真也にも良く分からなかったが、梨緒曰く「銃弾の来るタイミングさえ掴めれば大丈夫」で、どうやら何か爆発の力を応用したらしい。だから銃弾のタイミングが少しでもわかるように真也達はわざと派手に爆破させ、わざと声を出して仲川が狙いやすそうにしたのである。防弾チョッキはあくまでも保険なのだ。

「てめぇが思ったより弱かったんだろ?」

だが、真也はそれを言う気はなかった。それで仲川が落胆してくれれば、なお優位にことが進むからだ。

「なっ…」

現に仲川はかなりのショックを受けたようで、先程まで指を振りほどこうともがいていた体から、穴のあいた風船のように一気に力が抜ける。

「うおおぉぉぉおおおぉぉおおお!!!」

「なっ…おまっ」

それを見逃す真也ではなかった。一気に力を込めて仲川を押し続ける。真也の後ろに現れた“爆炎の手加減された爆発”の爆風がさらにその背を後押しする。

「うわぁ…やめろっ!落ち…おちっ……お前も死ぬぞ?」

仲川の震えきった声を聞き、真也は最後の一歩の前に言葉をつむぐ。



「オレは死なねえよ、飛ぶんだ。てめぇと違ってオレにはもう片翼ある。死ぬわけがねえんだ」



そして、浮遊感。

考える間もなく下に下に落ちていく。さすがに真也もその両手を放し二人はバラバラに別れ各々に宙を舞う。仲川はなんとかして体を動かして、せめて二階か三階に着地しようとするが全く体が言うことを聞かない。空は自由の象徴ではあるが、翼を持たない地面をう蟲に過ぎない人間にとってそこは真逆であり、牢獄でしかなりえなかった。

「(地面がぁっ…!)」

それも、地面墜落しけいを待つ牢獄だ。

自由落下によってその速さはどんどん増していく。少なくとも先程の真也の右拳じゃもう追いつけないほどに。








床。








床に押し付けられている感覚。


その音は「バシン」とも「ドサッ」とも「ベシッ」とも「ビチャッ」とも「ぐしゃっ」とも形容できる。

仲川の感想はというと「メリッ!」であった。上から巨大な人間にその手でしつけられたように。




逃げられないっ…! どこまでもっ…!





下はただ平らな、いやむしろカーペットが敷いてあるというのにそこは剣山に寝転んだようだった。知らなかった…、吹き抜けの下は図書館でそこにはカーペットだと思っていたのに、違った…っ、地面はこんなにも鋭利だったのか…。上には巨人下には剣山、なぞなぞとして出したらなかなかの難問になりえるこのプレスは全身の骨を砕き、筋肉を引き千切り、ありとあらゆる液体がしぼりとってゆく。その激痛過ぎてもはや痛みなのか認識できないという、自分の末梢神経系がかつて味わったことのない感覚に、膨大な情報の処理が間に合わない。さらに意識の収まっている脳神経も衝撃によって大規模停電を起こす。

指を動かすことはおろか、その逃げ出したい気持ちすらいでいく圧力。




しかし…


「…ふぅ」



しかし、そんな比喩なんて…絶体絶命な事態なんて、真也にはどうでもよかった。





例の巨人を、例の剣山を「なんの妄想お伽話ときばなし?」と嘲笑うようにその少年は何事もなく立っていた。



戦意皆無よわゴシ


しかして、その最弱の最強の力キャパシティ最強の物理法則こうげきりょく打ち負かゼロにしたのである。

そして真也は、

「梨緒っ!」

空から落ちてくるもう一つの翼を受け止める。


その空の猛威をものともしない、勇ましい背にはイカロスが望み、そして結局アポロンによって得られなかったものがあるように見えた。






「……………、…………」

西山は再び現れた恐怖に今度は自尊心と同時に、臆病に屈してしまったという雪辱からくる怒りすら持っていかれてしまっていた。仲川がやられているのに助けに行かず、そもそも何も考えられない。ただ黙ってへたりこんでいるだけ。怪我をした右足がこれまで以上に悲鳴をあげている。

「(立たない、立てない、いや…立つって何?)」

恐怖はどんな鉄枷かせよりも硬い。西山は自分が死ななければ後はどうでもいいと思っていた。

これは「自己中」とか「さっき分かりあったのはなんだったんだよ」とは責められない本能の問題である。自分の死が迫った状態で他人の心配が出来るものはほとんどいない。ふだんどれだけ偉そうなことを言っていても人間はほとんど同じ。もし、たとえば海でおぼれてしまったときに、たまたま砂場にいる人が走って転んだのが見えたとき「今の人は大丈夫だろうか?」と心配できるだろうか。いるとしたらそれは死なんてどうでもいいと思っている人間か、人間じゃない何かだろう。


「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ……」

西山は目の前の一連の騒動が終わり、数分がたってようやく壁を使って立てるようになると、西山は全力を振り絞って西校舎の方に走っていった。もともと恐怖心によって加速していたしんの鼓動がさらに加速した。しかし、実際に西山は歩いているくらいのスピードしか出せなかった。とても喉が渇いた、とても家に帰りたかった。

「はぁ……はぁ」

息せき切ってようやくたどり着いた場所は『生徒会室』と書かれていた。この部屋にはスペアプランとして400もの奴隷人形スレイプドールが置いてあったのだ。

「(はぁ…、とりあえずもう逃げよう。逃げることをまず考えよう。そして思い付くまで隠れる。ここなら見つかっても最悪、相打ちに持っていける可能性もある)」

西山は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあって、だいたいそのようなことを考えるとガラッと勢いよくその扉を開けた。






「おや?やっと来ましたか。…、って、あれ…一人ですか?」






「……………」

そこには誰かいた。新たな中二病患者ヴィクター?嘘だろ?


「うわあああぁぁあぁぁぁああぁぁあああっっっ!!!」


西山はそして扉を閉めて、扉から離れたところの廊下に滑り込む。



直後、轟音。

閉めたスライド式の扉が吹き飛びそのまま吹き抜けのガラスを打ち砕く。生徒会室の中で400の人形の全てが一斉に爆発してその勢いで扉がレールから外れたのだ。思わぬ事態に取って置きを使ってしまったが、西山はポジティブに中二病患者ヴィクター一人殺れたと考える。

「(そうだ、別に奴らとやるわけじゃない。逃げるなら楽勝。生徒会室の窓からだって頑張ればなんとかなる)」

西山はとりあえず中にいた気絶しているとおぼしき中二病患者ヴィクター能力喪失ロストさせるために一つ人形を作りながら荒れ果てた生徒会室に入っていく。







「いきなり攻撃とはひどいですね、まったく…生徒会室が汚くなってしまったじゃないですか」





「嘘…、だろ?」

西山は人形をその場に落とした。

中にいた新たな中二病患者ヴィクターは無傷でその場に立ち尽くしていたのである。

西山は梨緒の爆発を目の前にしたかのようにしゃがみ込んでしまう。腰を抜かしてしまったようでその場から動けず、口から吐き出し続けるものもはもはや言葉になっていなかった。



「さて、反撃の時間ですね」



そういって笑いながら前に出した右腕は、青白い光を出していた。






久々です。

見捨てないでくれている人に感謝。

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