Ep12 Make a discovery~そして動き出す第三者の思惑~
「(音…?)」
黒板の上。
教室のちょうどその辺に設置されている放送機器がノイズ音を立てているのに気付いたのはいつだったろうか?気付いたときにはジージーと、それはチャンネルが合わないラジオの音声のように気に障るのだ。教室にいるもう一人の壮麗な女性もそのようで、机の上に置いた左手の人差し指でトントン叩いている。
「(誰かが止め忘れたのだろうか?)」
全ての蛍光灯が煌々と照り、他の教室と較べ一際明るい教室の中心の机。そこに向かう僕は親切心から「仕方ない」と椅子から立ち上がって、止めに行こうとする。
「あっ、あっ…。マイクテス、マイクテス」
なんというタイミングの良さ…いや、悪さというべきか。男の声でマイクテストが始まった。
初心者を臭わせる話し方、ボリューム調整不十分の妙に大きな声で。
「(悪戯かな?)」
部活動以外の完全下校が義務付けられている今日という日である理由も手伝って、この放送をそう決め付けた。
いずれ先生の誰かが飛んで行く、解決も時間の問題だろうと僕もおそらく女性も高を括り落ち着いて待つことにした。わざわざ僕達が動くまでもないと思ったのである。
延々と続く稚拙な放送。ぱさぱさと書類を片付ける作業に似合わないBGMだが、気にせずに続けることにした。それがすぐに終わることを信じて。
そして唐突にそれは終わりを告げた。
予期せぬ形で…、
「対戦」
…眩いばかりの翠色の閃光によって。
「っ!?」
書類を動かすパラパラとした音が止む。どころか空間が凍り付いたように、辺りが静寂以上に静かになり、そして全てが閃光の色に染まる。その翠、一色に。
目の前の女性の存在が小さくなる。それは消えていくといよりは掃き出されると表現するほうが正しいのかもしれない。栓を抜いた風呂桶の水のように。
「……」
その閃光が通り過ぎた後、いつもの風景に戻った。空からの日差しと蛍光灯からの光で明るさを保つ教室。
そこにはいつものように、会議で使う長机が三つとそれに合う椅子がいくつも並び、黒板の前の教卓には花瓶に入れられた水仙が黄色を咲かせている。
しかしそこには人という人がいない。僕を除いて。
いつも通りでありながら、いつも通りでない世界。
いや…、人なんて“この世界”にはもういない。
それは…、
僕が中二病患者だから。
「さて、狩りに行きますか」
戦いの輪が広がる。
「さて、どーするか…」
ケホケホと咳込みそうな焦げ臭い黒い煙が辺りから立ち込める中、真也は汚れるのも気にしないで考えるように胡座で座った。放送室は焼け野原と形容するに相応しいほどの荒れようだった。機械類は焦げ付いていて使いものにならなそうだし、窓なんかは割れるどころか枠ごと吹き飛ばされていて、時折、風が室内に吹きつけた。ここに入る唯一の入口には扉はもうなく、それは廊下に出て少ししたところに鎮座していた。
「どーするって、取り敢えず場所がバレているんだから、早く逃げた方がいいんじゃない?敵は透明人間なんだから、先制攻撃は免れられないと思うわよ?」
座る真也の手前、膝に両手を置いて真也の顔を確認するように屈む梨緒。
「それに関してなんだが…」
「ん?」
真也は釈然としないような顔をして、しかしその疑問はまだ言うに事欠くと悟ったかのように、考えを深めるように押し黙る。
梨緒はその反応に不審に思いながらも、真也の返答を待つべく、まだ壊れていなさそうなパイプ椅子を広げ、それに腰掛ける。
「なぁ、…本当に敵は透明人間なのか?」
やがて、唐突に口を開く真也。梨緒は待ち時間の静寂の暇潰しにいじっていたケータイから顔を上げる。
「なのか?って、まず第一に、透明人間事件が人為的なものとは思えないって考えたから、この敵が透明人間なんだと推理したんじゃない」
「まぁ…、だよな」
梨緒が「はぁ?」と呆れたような顔をする。真也はその気持ちが分からなくもないため、テキトーに相槌を打つ。そうしながら真也は秘めたる疑問を吐く。
「けどさ、透明人間にしては、やり方が回りくどいなって思ってさ」
「回りくどい?」
梨緒の返答に、真也は続ける。
「放送機器を止めることによって作動する爆発物も、それによってこっちの位置を掴むのも…、どうも透明人間のやり方には思えなくてさ。透明ならテキトーに歩いていればオレらのことなんて簡単に見つけられるはずじゃん」
「探索が目的ではないってこと?」
梨緒が驚くように椅子から立ち上がる。思いっきり立ち上がった反動からか、ガタッとパイプ椅子が後ろに倒れる。
「そういうわけじゃなくてさ、なんつーか、なんだろ…。あぁ…、語彙力足りねえ」
上手く思っていることを伝えられなくて悶える真也。むしゃくしゃすると頭を掻きむしる癖でもあるのか、せっかくの綺麗な黒髪が台なしである。
「あによ、しっかり言いなさい」梨緒がいい加減とイライラし始める。
「うっせぇな…、ちょっと待ってろよ!」
「うっさいとはなによ!あんたが話掛けたんじゃない!」
「あぁ、もう!今ので忘れた!出かかっていたのに!!」
「なによ、なんなのよ!私のせいだって言うの?」
「そこまでは言ってねえだろうが!」
真也と梨緒は立ち上がっていがみ合いを始めた。そこからは「言ったわ!」「言ってねえ!」の応酬である。しばらく言い合っていたのだが、梨緒が何かをわめく度にココアカラーのツインテールが鞭のようにたなびき、それが真也のフェチズムをくすぐり、戦闘本能が萎えてしまうため、真也はこの無益な戦いを終わらせるべく一方的イニシアティブを発動した。
「すまん、オレが悪かった。あぁ、言っちまったよ反省している。だから言い争い止めようぜ。今はそれどころじゃねえ」
「うぅっ…、分かったわよ。…バカ」
なんという冷静な台詞でしょう。あのちびっこを簡単に黙らせました。平和を望むある国の元大統領も感嘆ものであろう。真也は「あぁ、バカともなんとでも言え」と、梨緒のささやかな反抗ですら無に帰するトドメを刺す。
真也はこの完璧なまでのオトナな対応に満足いったようで、腕を組みつつ梨緒を背に「フフン」と嫌な笑みを見せる。そして、目をつむりながらうんうんと頷いた。
ぶっちゃけた話、自分に酔っていた。
もしかしなくとも、真也は重度のナルシストなのかも知れない。
そんな鼻高々で自惚れていた真也は、ふと妙案を思い付く。
「あっ、そうか」
真也は左の手の平をグーにした右手でポンと叩く。その姿に反応して梨緒が振り返った。
「(奴らめ…、まさかホントにここで終わったのか?)」
中学生にしては長身の男がそんな思いを抱きながら、パタパタと速歩きで三階の廊下を進んでいく。表情は緊張で曇っていて笑顔なんて一ミリもなく、その歩は周りを気にせず、いや…それとも気にする余裕がないのか、迷うことなく一点へと向かっていた。放送室という一点へ。
「おー、おー。怠いなあ仲川。貧血みてえな顔してんじゃねーよ」
仲川と呼ばれた長身の男の後ろを大股でドシドシと、筋肉質な身体を揺らしつつ腕を頭の後ろで組みながら歩いている。彼は仲川とは打って変わって楽観的な態度で口笛すら口ずさんでいる。
「お前はあの大爆発を見ていないからそんな余裕な態度がとれるんだ。たとえ、こっちが仕掛けた罠のおかげで、向こうがそれを使えないにしても、危機はまだ去っていない!もし捨て身覚悟で来られたら…」
仲川は過去の恐怖を思い出して、ブルッとなる。そして西山が呆れる中、さらに顔が蒼白となった。
「とにかく、“遠藤が使う”あんな大爆発だけは避けなきゃダメだ!能力喪失どころか、最悪…死ぬかも知れねえ。現に因果孤立が消えてねえから奴はまだ生きてやが…」
「…おい」
「…………っ!?」
仲川は突如放った西山の一言に臆して自然と言葉を止めてしまい、身体も一瞬ビクッと震えてそのまま硬直してしまう。ちょうど蛇に睨まれた蛙のように。
声量じたいはそんなに大きなものではなかったが、それは重々しく廊下に響き、なにより声の主から殺気が出ていた。
「おいっ…、仲川。お前、今…なんて言った?」
「…………、…、にっ…因果孤立は消えてないか…」
「その前だぁっ!!」
仲川の臆病風に吹かれたおどおどした態度に頭に血が上る西山。その勢いのままに頭にあった両手を孤を描くように思いっきり下ろしながら腹の底から怒鳴る。その手は自然と握り拳になっていた。
「えっ…」
「『あんな大爆発』…だと?」
仲川に顔を近付け凄む西山。壁に展示されていた家庭科のレポートが風もないのに一枚ヒラッと落ちる。
「そいつは俺のよりも強えって言うのか?」
「たっ…、確かにお前のも凄いが、だけど、奴のそれは放送室半壊の程度じゃないんだぞ?想像できるか?校舎が崩壊する姿を」
仲川は以前、この計画の実験として西山の人形爆破による放送室の半壊を目にしたことがあった。しかしその記憶と照らし合わせても梨緒の大爆発(しかし彼らは真也の『最強の力』だと思っている)には敵わないと考えたのだ。
しかし、そこまで言ってから仲川はしまったなと思った。西山は短気で自尊心の高い男だ。プライドを傷つけるような発言で逆上した西山に攻撃されかねないと思ったのである。
仲川は反射的に身構えた、目をつぶりながら。ところが西山は仲川の予想を裏切る挙動に出た。
「ふっ…、はっはっは」
笑っている。
西山が笑っている。
「…?」
仲川は気持ち悪いものを見るような目をして口は半開きになる。
「ふふっ、ははは」
それはあまりにもの戦力さに絶望したかのような狂喜ではないようだ。
「ははは、そうかそうか、知らないもんな。ふふふ」
真実を知らない仲川を嘲るような余裕の笑みだった。西山は心から笑いが止まらないようで、先程の怒りも忘れるような勢いである。
「…、どういうことだ?」
自分を馬鹿にする笑いを続ける西山に、普通なら怒りの一つや二つを覚えてもいい所だが仲川が口にしたのは疑問であった。もともと仲川は西山に頭が上がらなかったという理由もあったが、それは主でない。
仲川の表情には芽生えたのだ、微かな笑みが。西山の嘲笑によって。
「どういうことだ?」
仲川はもう一度、今度はゆっくりと一字一句気にかけるように尋ねた。
「ふふ、知りたいか?」
「ああっ!教えろ!」
西山は嘲笑を止めない。仲川が希望に縋るように言葉が荒くなっても、愚者を見るように笑みを深めるばかりでキレなんてもう、どこにもない。
「前回も今回も同様に、あの放送室の爆破には七体の『奴隷人形』が使われている」
西山は目の前に七つの土色の不格好な人形を現す。
「そして俺がこの校舎に仕掛けた人形は総数六百。さらにまだ四百の人形を作り出せる余裕がある。」
「おう…」仲川は息を飲む。
「分かるか?計一千もの人形が扱える。それらが同時に爆発してみろ、校舎はおろか街を揺るがすことすら造作もないんだよ」
「おおおおおお………」
仲川は感嘆するが冷静に考えると西山の話には根拠がない。そもそも教室の半分くらいの大きさに満たない放送室を半壊させる程度の威力を出すのに、手榴弾一つで賄えそうな所を、七つも使わなければならない時点でその破壊力が疑われる。それに西山が見栄を張って少なく言っているだけで、実際はもっと多いかも知れない。仮に数が正しかったとしても、千の人形爆弾―放送室半壊の約百四十三倍の爆発が街を揺るがすなんて考えられにくい。
しかし仲川の興奮は止まない。もしかしたら内心では「西山が言うことは常識的に有り得ない」と思ってはいるのかも知れないが、それでも強引に納得しようとしている。
その泡沫の夢のような希望に逃がすものかと食いつくように。
その姿はいつまでも夢を追い続ける希望満ち溢れる人間に見えなくもないが、仲川の身に宿っていたのはその真逆のもの、絶望であった。しかしその絶望を肯定したくない自分がいる。そんな仲川にとって西山は神や菩薩にでも見えるのだろう。しかしそこにいるのはただの中二病患者。
そのことに気付かないことこそ、まさしく夢なのかも知れない。
「二手に別れよう。俺の最強の力は見切られているかも知れん。奴が気絶していなかったらに備えてお前が一人で行け。んで、もしそうなら引き返せ。大丈夫だ、罠を仕掛けて奴を嵌める」
西山は放送室前に着くとそう仲川に切り出した。
普通、よっぽどのことがない限り、人は自ら望んで辛いことに向かうことなんてしない。自分の身が危険に曝されるのならばなおのこと。仲川も中二病患者であると同時に普通の人間でもある。やりたくないことは普通はやらないのだ。
「分かったよ」
しかし、それでも彼は肯定する。なんの躊躇いもなく。
彼を動かすのはなんなのか。金か?権力か?それとも恐喝か?
いや、違う。
そんな脆くて薄汚いものでは彼をそれこそ『人形』のように動かすことは出来なかっただろう。
仲川を動かしたのはもっと単純な『信頼』だ。
崇高とでも言うべきだろうか?この信頼、崇高というのは人間が群れをなして生きる上で最も重要になってくる。現に人間の歴史の中には何度も上のようなことがよくあった。例えば十字教。贖宥状と称し、これを「金銭によって課せられた懲罰と罪咎とから完全に赦される」として、明日を生きるのも精一杯な十字教徒が喜んでお金を捨てるように操作したり、日本でも戦時中に必ず死ぬような命令でも「お国のため」と簡単に若者が命を捨てる状況を作ったりした。
受動的な人間が多く蔓延る世界にとって完璧な道標や絶対の成功を与えてくれる存在とは、神かそれに等しき者であって、それになら人間は己の全権を捧げることが出来るのである。
仲川は放送室の入口に、飾りのように“立て掛けてある”扉を「よっこらせ」とどかし、何も気にせずその中に踏み込んだ。今の仲川に先程の臆病風に吹かれたような表情はもう微塵も残っていない。そんなものは西山を信じることによって現れる『自信』に塗り潰されてしまっているからだ。
他力本願という、作られた『自信』によって…。
放送室に踏み入れるとピシッ、ピシッと足元で音がした。ちょうどプラスチックを砕いたような音。
「(…周辺機器か?)」
仲川は首だけを動かし下を見る。そこには黒い放送機器の残骸が床を埋め尽くすように広がっていた。もはやここまで砕けていると、それがもともと何に使われていた機械なのか全く分からない。
ピシッ、バキッと機械類を踏み砕きながら仲川は放送室の中央へと向かう。
「(……………………)」
仲川が歩を止めたその中央には、全身傷だらけで服もボロボロな中学生の少年が仰向けで倒れていた。
「ふふふっ、ふふっ、ふっくくくく!」
自然と仲川から笑い声が溢れてくる。狂ったような声が放送室に反響する。
「ふふ、ふー。さてっ…と。これでゲームセットだ」
仲川はひとしきり笑うと開いた右手の小指と薬指と中指だけ握り、ちょうどピストルのような形を作った。
「…………」
そのピストル先端である人差し指を死んだように眠る少年、遠藤真也に向ける。
全てが終わる。そう思い、安心して「呆気なかったな」と仲川が感想を漏らしたとき、異変が起こった。
「なんだよ?呆気ないのは望んでいないのか?」
「えっ…、なにっ、お前っ…!」
死んだように眠っているはずの少年の目が大きく開かれていたのである。仲川は慌てた。思わずピストルを模した手の形を崩してしまう程に。
「今だ!」
動揺して動けないでいる隙を狙い真也は声を放った。後ろの物影にいる梨緒に向かって。
「『そうか』って、何?いったいどうしたのよ?説明しなさいってば!」
私の前には、右の握りこぶしを左手の平に叩き付けるという古めかしいモーションをしている少年がいる。その少年はうんうんと何かをひらめいたように自己満に頷いている。
傷だらけの体でボロボロの学ランを身に纏う、黒髪サッラサラの少年。
今は瓦礫や埃などで汚れてはいるが、普段は大和撫子と形容出来るような思わず見蕩れてしまう髪を持つ少年。遠藤真也とはつい先日、中二病大戦というもので出会った。
中二病大戦。
それは日本全国の選ばれし一万人の中二病患者が『最強の力』という異能な力を得て頂点を目指すというもの。
その大きな戦いの中で私はこいつ、シンヤに出会った。シンヤとの戦いは誤解が重なって生まれた。何故か最終的にシンヤの友達らしい中二病患者を一人倒して事態は終息。
「(でも、まだ…)」
まだ、私を付け狙う中二病患者の存在は消えていない。あの後も幾度も襲われているし、改めてシンヤを疑ったこともある。まあ、なんの偶然かちょうどその時も襲われてその疑いは晴れたんだけどね。
そんなシンヤは今、放送室を飛び出したかと思うと、次の瞬間には廊下に転がっていたはずの扉を抱えて元あったところに立て掛けていた。
「だあありゃああぁぁっ!」
バキメキバキッと周辺機器が砕ける音が響く。重そうな機器をシンヤは故意的に床に叩き付け、さらに畳み掛けるようにその機器に別の機械類をぶつける。故意的に壊している分、破壊音はどことなく痛々しかった。
「なっ、なにやってんのよ!バカじゃないの!?」
極限状態に正気でも失ってしまったのだろうか?私は見た目以上に心配してシンヤに声を掛ける。その声が届いたのかシンヤは突然、作業の手を止めこっちを見た。
「なに…って、んー、なんつうか『透明人間対策』かな?」
「『透明人間対策』?」
シンヤは「そう」と言いながら、破片と化した機械を入口までの床にちりばめる。今更だが、機器類は全てコンセントが抜かれてあった。流石に履いている上履きの裏がゴム性で絶縁体であったとしても、家庭電源の電気発火や、抵抗熱など未然に防げるものは防いで起きたいのか。とにもかくにも、この行為に意味があることが分かった。
「対策って、これが?」
分かった上で意図を知るために再度聞く。
「まあな。基本的に透明人間を相手にした時によくあるパターンってのが…」
「いやまず、透明人間を相手にしたパターンが全然ないわよ…」
まるで経験者のように話すシンヤに思わず呆れてしまう。まあどうせ、漫画やアニメや映画ででも見て知ったのだろう。シンヤは私の呟きに構わず(気付かず)、説明を続ける。
「…敵に色をつける。ってものだ。ペンキとかな。だけどこの場合そんなもんはない。まぁ、血を使うって手もあるにはあるんだが、かなりリスキー。そこでこれだ」
シンヤはここで扉の方を指差す。
「ここに入ってくるには、あの“立て掛けてある”扉をどかさなければならない!床に広がっている破片を踏み砕かなければならない!その時、必ず音が出る。だいたいの敵の位置が分かる。オレが合図したときにお前の爆発能力を前方に放ってくれ」
「…………」
私は思わず無言で頷いてしまう。圧倒されたのだ。
これがシンヤだ。普段はバカだし、バカみたいなことやっているなあと思ったりもするけど、突然こんな風に頭がキレるのだ。シンヤが持つ最弱の最強の力、『戦意皆無』をカバーするために自然と生存本能によって生まれた能力なのか。
「まっ、敵がただの不可視実体じゃなくて、完全透過体なら完全に意味ないけどな。ほら、壁抜けとかしてくるし。」
「ええっ!?それだったらどーすんのよ?」
「あー、今の冗談な。多分それはない。それなら最初からいるだろう。どうせ爆発効かないんだろうし。オレ達が倒れていない時点でその可能性は否定されたよ。まさか遊んでいるとは思えない…って、どうかしたか?変な顔しているぞ?」
腕組んで笑顔で偉そうにしていたシンヤは、急にキョトンとした顔になって私に顔を近づけてきていた。思わず顔が赤くなってしまう。
「なっ…、なんでもないわよ!顔近付けないでよ、キモチワルイ」
「あんっ?なんだよ人が心配してやってんのによ…、へいへい、キモチワルーござんしてすいやせんでした。」
シンヤは目を細めながら、放送室の壁に左手一本でつっかい棒のようにして寄り掛かりつつ、不服げに謝罪する。
「にしても、本当に成功するんでしょうね?これは」
私は不機嫌気味に聞いてみる。散々良い評価してきたがシンヤのノーテンキな顔を見ていると少し自信がなくなってきたのだ。シンヤは頭を掻きながら「ん?」と言うとやっぱりノーテンキに答える。
「それに関しては自信がある。ウン、成功は…する。」
「(成功、しまくりじゃない!)」
唯一、生き残っている放送機器の裏にスッポリと隠れた梨緒はそんなことを思いながら表を覗く。
「今だ」の合図を聞いた梨緒はまず、現状を物影から見た。
油断でもしていたのだろうか。敵は透明でなく姿が見えたので爆発の照準を合わせやすかった。シンヤは腕を顔の前で十字に交差させて防御体勢。多分『戦意皆無』を使って爆発から受ける反動をゼロにして極力ダメージを抑えようとしているのだろう。
勝負は一瞬。
「粉砕爆発!!」
真也の目の前の空間の温度が急激に上昇する。空間が歪みけたたましい轟音と共に爆発が発生する。
「っ!?やばい!逃げるぞ!」
それ共に敵は正気に戻る。夢も希望も打ち砕かれたような顔をしていたが、今はとにかく生きることを最優先としたようだ。機器の破片が散らばる床を思いっきり蹴って逃走を計る。
瞬間、爆発。
雷が落ちたかのような振動と鳴音がどこまでも響き、圧倒的な威圧感で人の思考をしばらく停止させてしまう。
爆心地の近くの壁は剥かれて中に埋め込まれた断熱材が出て来てしまっている。それでも近くにいる真也を慮って威力を抑えてあるようで、このため敵も気絶することなく逃げてしまった。
「ごほっ、ごほっ。ちっ、相変わらずの威力だなお前は。トラウマになっちまうよ」
それでもこの威力である。
まるで相手方が使う爆発を子供の遊びだとあしらうような勢い。周りの破壊痕がそれを如実に現している。
本物の破壊がそこにはあった。
真也は爆発の余波によって発生した黒い粉塵に噎せながら敵が走り去っていった方向をじっと見た。
「ふーん。トラウマになればいいのに」その後ろから梨緒がボソッと呟く。
「ひでぇ!それが命を張って囮に徹した奴に言う台詞か?もっと仕事を熟した男に言うに値すべき、すん晴らしいお言葉があるんじゃねーのか?おいっ?」
「まぁまぁの出来ね」
「有り難きお言葉……ってぇ!どんだけ上から目線なんだよ!ちっせえくせに!」
「ちっさい言ーな!この根暗頭!」
「てめぇ、今、この世で一番言ってはいけないことをいいやがったなぁ!」
真也と梨緒は顔を近付けて歯を食いしばりながら睨む。
いがみ合いが再び開幕した。
「だはあ、はぁ、はあ、はぁ。…………あっ、危なかっ、あ危なかった」
仲川は三階の廊下の最西で両手を両膝に置いて屈み込み「ぜぇはぁ」と息を上げていた。
遠藤真也が動けるという事態に驚いてしまい戸惑って固まってしまっていた仲川だったが、敵の最強の力の名を聞いて早急に正気を取り戻した。過去の恐怖の想起が彼に冷静な判断を下させたのだろう。死の恐怖、生への渇望、これらは人間を弱くすると同時に生への懸命な行動のより良い糧になることもあるのだ。
仲川は爆発の勢いも利用して廊下に飛び出すと一目散にここに逃げ込んだのだ。
西山も突如に聞こえた轟音と、その刹那に現れた仲川を見てだいたいの状況を察したのか、冷や汗を少し滲ませながら仲川を追い掛けるような形で走ってきた。
「ちっ、生きてやがったか」
遅れてやって来た西山は、元々運動部に所属しているからか、疲れを感じさせないトーンで舌打ちをする。
遠藤はすぐに追い掛けてくることはなさそうだった。まあ、すぐに来ても西山の『奴隷人形』の餌食になるだけなのだが。それにしても遠藤の他に中二病患者がいるのは驚いた。何をしようとしたのかは分からなかったが、不自然に生きている周辺機器の裏側にツインテールの少女がいることが分かった。
「成る程な。敵は二人か、しかも女。そいつは想定外だな」
放送室で起こったそのままのことを仲川は西山に伝えた。西山はひとしきり頷いていると突然、遠くを指差した。
「んで、その女ってのはあいつのことか?」
「へ?」
仲川は西山が指差す方向に視線を向ける。そこには黒髪の少年とココアカラーのツインテールの少女がいた。放送室から出て来たばかりなのだろう。完全に無防備だった。
「使えよ」
「は?」
「俺は別にお前が頼りないから、面倒見てやるかってつもりでコンビを組んだわけじゃないぞ?」
「どういう…」
「期待しているんだぜ?お前の最強の力に。さぁ、まずはあの女を撃ち抜けよ!」
戸惑う仲川に西山は道を教える。再び、仲川の瞳に希望が燈った。
「申し訳ありませんでした」
気付いたらオレ土下座の梨緒偉い人の縮図になっている。梨緒は細めた目をギラギラさせながらこちらに睨みをきかせてくる。搾取される側である、いたいけな小動物のオレはただただ怯えて踞るしかない。真也は完全炭化した床に正座し、おでこが真っ黒になるくらい頭を下げて反省する。
男として情けないが仕方ない。こんのロリっ子め、口じゃ敵わないと分かるとバカみてえに爆発させやがって。自分は爆発耐性があるからノーダメージなんだろうが、生身はガチでやヴぁい。恐怖刻まれるわ!
梨緒が腕組んだ姿勢のまま「ふんっ」とそっぽを向くと、真也は「やれやれ」と頭を掻きながら立ち上がる。
「あー、取り敢えず廊下に出るか」
出入口は敵の奇襲というよりは、主に梨緒の怒り任せの暴発によって壁ごと削り取り、大きさが元の二倍にもなっていた。
廊下に出ると当然のごとく戦いの傷痕はなく、いつも通りに見える世界が広がっていた。
「ねえ、これからどーする?」
《いつも通りだったからだろうか?》
「あぁ、取り敢えずお前の最強の力は目立つから、隠れる場所を探さなきゃだな」
《彼らは忘れていた。》
「あによ、その言い方!なんか私が足手まといみたいじゃなっ…」
そこまで言うと梨緒は、時が止まったように固まり、右側に倒れていった。
「おい、梨緒?どーした?っておまっ!」
倒れかかった梨緒をなんとか抱えた真也。しかし抱えるその手は震えていた。
「(どっ、どーしたんだ?オレの手)」
恐怖に戦いているのか?
《彼らは忘れてしまっていたのだ、ここが戦場であることを…》
「っ!?透明人間か?」
真也は恐怖と驚愕に瞳を大きくして、無意味に辺りを見回す。その後に「くそっ」と吐き捨て真也は梨緒をお姫様抱っこして走った。透明人間が速足なのか分からねえ。遠距離攻撃手段を持つかも分からねえ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっ!!」
でもそんなこと、どうでも良かった。この場から逃げられるかなんて分からないけど、ただひたすらに逃げるしかなかったのだ。だってオレにはこれしかすがすものがない。オレには強大な爆発の力も、高速の流星の力も、隠密の透過の力も持っていない。オレは強くねえ。ただの戦意皆無なんだ。逃げるしかねえ。オレの最強の力じゃ女の子一人守ることも出来ねえんだから。
「ぐぅっ…。はぁっ、はぁっ…。ふぐっ、ひぐっ…、はぁ、はぁ」
三十六計逃げるに如かず。真也のとった行動は正解だったようで、透明人間の毒牙にかかることなく逃げ延びることが出来た。
ここは音楽室。楽譜を乗せられるように作られた椅子がひな壇に乱列し、その後方にはパート練習用に用意された防音完備の部屋が三つある。黒板の前の黒いピアノの近くのフローリングされた床に梨緒を寝かせると、真也は息を切らしながら側に乱暴に腰掛けた。音に気を配る余裕がなかった。真也は「死ぬ、死ぬぅ…」と呻きながら涙を流していた。中学二年生にもなって大粒の涙をボロボロと。恐怖と悔しさが入り混じった混沌な感情に理性がついていけなかった。
「ぐっ、うっ…、うぐっ。ううっ」
悔しかった。
自分が無能なのが。
情けなかった。
どうにも出来ない状況が。
プライドどうこうじゃない。不条理に不条理をたたき付けられるこの状況についていけなかった。頭がどうにかなりそうだ。頭が、頭が…。
真也は両手で頭を抱えて笑い出す。
「ぐぐっ、あぁもういいや。無理だよムリムリ、ふふっ、へへっ、駄目駄目、ダメなんだよもう。はははははははっ!いーや、もうどうでもいいや!ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははっ!!」
壊れろ。なにもかも。死にてえ。ダメだ。戦意皆無じゃ何も出来ねえ。このクソ不条理に一矢報いることすら出来ねっ…!
「…シンヤ」
か細い声だった。思わず聞き漏らしてしまうんではないかと懸念するほどの。
しかし、重みがあった。真也は笑うのを止めた。体中がその声で震えたのだ。そしてなにより、それは温かかった。
「どこだ?どこっ…だ」
真也は焦って周囲を見渡す。灯台下暗し、真也の下には唯一、不条理から助けられたものがあった。戦意皆無でも助けられたものが。
「…梨…緒?」
あの重い(思い)言葉は、温かい言葉は、眠れるツインテールの美少女、聚楽園梨緒の寝言だった。
「…、どうでも…」
よくなんかない。
諦めるのはまだ早かった。現にまだ何も失っていない。失ったのはオレの平常心。それもたった今取り返した。
冷静になると思考が加速する。
本当にアレは透明人間なのか?敵はなんなのか?あの台詞はど…。
「そうか」
真也はこめかみに当てていた指を外すと音楽室の脇に進む。そこにはちょうど水道がある。
いくつかの疑問の結び目が解けた。
中二病患者の能力喪失条件は気絶した上に最強の力による攻撃を受けること。ひとまず水でもかけて梨緒を起こすことを先決とする。
「反撃は…」
蛇口を回しながら思う。
反撃はそれからだ。
本校舎の最西、真也が逃げた真逆の方向に二人の中学生がいた。一人は伸ばしきった左手を中指と薬指と小指だけ握って銃の形を作り、右手はスコープのように筒状に握り遠くを見るようにそこから見つめる少年。左目をつぶり真剣な表情、完全に何かに集中していた。
「くっくっく、ぎゃはははは!見たか?おい見たかよ、すげー逃げ腰。ありゃ泣いてんじゃねえのか?全く、なかなかやるじゃねえかお前の射撃力」
「お世辞はやめてくれ西山。現に一匹しか仕留められなかった。俺の実力はたいしたことない。優勝候補の一派とされる最凶の狙撃手の『百発百中』には遠く及ばない」
体はそのまま固定し、声だけで西山に答える仲川。その声色は喜怒哀楽のどれもを感じさせない無感情的なものである。それに対し西山はさらに口を吊り上げ笑い出す。
「ははっ!はははっ!おいおいそんな謙遜すんなっつーの。お前の実力だって捨てたもんじゃねえんだぜ?少なくとも俺は買っている」
《今は》という隠語を込めて西山は仲川を絶賛する。そのまま西山は笑い疲れたような顔で「にしてもよー」と続ける。
「お前のその、銃を構えると冷静になるってやつ。マジうけるな」
「ギャハハ」と再度笑い飛ばす西山に対し仲川はライフルを構えた姿勢のまま微動だにしない。
「まあ、なんにせよ。ショータイムはこれからだ遠藤」
電気の点かない暗い廊下の中それを感じさせない何かが高らかに笑い続ける。
二つの思惑が重なるとき、激戦はさらに加速していく。
久々の投稿。忙しかったもので、遅くなってすいません。