Ep11 Search for the ghost~絶対に終わらない隠れんぼへの挑戦~
教職員というものは生徒がどの委員会に入っていて、どこの部活動に所属しているのか意外と把握していないものである。さらに酷ければ「君は誰?」となるくらいだ。
中学生にしては長身の少年が、職員室前の廊下を歩きながら右手の放送室の鍵に視線を落とす。歩いていたのでその鍵はガチャガチャ物音を立てていた。
だからこそ、この鍵だって簡単に手に入った。職員室で一言、「スイマセン、ちょっと放送室に忘れ物してきちゃったんで鍵貸してください」と言えばいいのだから。
少年は試みが上手くいって嬉しい反面、どこか物悲しい複雑な感に捉われる。
十二時四十五分現在、中央階段をトントンと進んでいく長身の少年の姿があった。右手には鍵を携えて。しかし、その足どりは多少不安定である。額には幾筋もの汗が滲み出ていて、表情は曇りがちだ。それでも少年は空元気を振り絞り強引に笑顔を浮かべて自己を奮い立たせる。
「(ついに決行か。にしても遠藤って奴がまだ学校にいてくれて助かったぜ)」
彼“達”には計画がある。とある少年を打ち倒すというのが目的だ。
それを実行に移すため入念に作戦を練り、どんなイレギュラーにも対応出来るようにいくつものシーンを想定してきたので万事な筈だった。
「(にしても、さすがはうちの会長様といったところか?)」
少年は強がりつつも、苦い顔をして少し前を振り返る。
想定していたイレギュラー以上のことが起こりすぎたのだ。
事前に放送部に放送室の扉の鍵を開けておくように示唆して、鍵が掛かっていない状態にしておいたのに、生徒会による『見回り』で締められてしまっていたし、その『見回り』をしていた庶務に居残っているのを見つかって散々怪しまれた上に、居残り届けを書かされるとか…、
「(あぁー、思い出しただけでいらつくわ)」
歯痒い思いの甦りで思わず階段の壁にガシガシと乱暴に蹴りを入れてしまう。
まぁ、それでも庶務のヤローは先生と話があるらしく行ってしまった。
「(ふふ…やっと、始められる)」
少年は薄ら笑いを浮かべながら足を止める。そこは三階でお目当ての放送室がある。
「(はっはっは、目にものを見せてやる…遠藤)」
少年は再び歩み始める、目的地の放送室に向けて。
「(確かにあの時はビビッたよ、お前が前にこの校舎で戦っていた時のこと)」
パタパタと上履きが廊下を踏み締める音が響く。
「(あの時俺はその場にいた。だけど激しい戦闘の中、恥ずかしい話だが臆病になってしまって、隠れるしかなかった。恐れちまったよお前の能力を…!)」
その足音が一層強くなる。近くには家庭科室があり、その壁に貼られていた展示物の一つが風もないのにヒラヒラと靡いていた。
「(だが、今は違う…違うんだよ。協力者も得た。作戦も立てた。舞台も整った。超えてやるよお前の…)」
「おぉ、仲川じゃねえか!」
パタッ、少年の足が今度は対外的理由で止められる。思想に耽る中、一つの声が届いたのだ。そしてどうやら声によるとこの少年の名は仲川と言うらしい。
「…横山に、田口か?」
仲川は嫌そうな顔をする。
「なんだよその言い方、つれねえなぁ」
仲川の友人らしき男二人が男子トイレから連れ立って出て来た。仲川の不遜な態度に不満があるようだ。
あぁ…、面倒臭い。またイレギュラーかよ。計画に想定外はつきものだが、それにしても多すぎるんだよ。クラスメートの横山と田口。おそらくは無断の居残りだろう。普段ならノッてやってもいいんだが、今は苛立ちの対象としか思えないな。
「(つっ…、早く帰れよ)」
仲川の気が逸る。放送室はもう目の前だというのに届かないこの距離、動けないこの場所。思わず無音の歯軋りをしてしまう。
立ち塞がる男二人は「カラオケ行かね?」「いや、断然ボーリングっしょ」と楽しそうに談笑している。テスト期間の勉強詰めの日々の終わりを、憂さ晴らしにでも祝おうというのだろうか。まったくいい気なものだ。こっちはそれどころじゃないってのに…。
「(まあ、この計画がこいつらにバレるなんてことは万が一のもないだろう)」
仲川はそう言い切るものの、それでも隠し事をしていると自然と心拍数が上がってしまうものである。リアルなまでにドクンドクンと聞こえる心臓の音に、挙動不審になるのを恐れて無理に寡黙になることにした。
「おい?どーしたんだ仲川?」
「何か喋れよ」
しかし安全策が逆に不審を買ったのか、男二人が怪しがる。
「頭おかしくなったのかよ仲が…っわ?」
「あっ?」
横山の会話が途中で打ち切られる。顔は衝撃的な事実に驚いた表情で、細い目を大きく開き、口はアホみたいに半開きで、不揃いな歯並びが目立っていた。
「がっ……うぁ…っ」
それは横山だけでなく田口もで、唸り声を漏らしながら横山と同じような表情で固まっている。その様子はまるで鳩尾を殴られたかのようなものだった。
ドサッと、一時間にも感ぜられる数秒の硬直が、男二人が地面に平伏す音によって解き放たれる。
「全く、『因果孤立』でない世界は不便だ。俺の最強の力を相手を気絶させる程度に手加減するのは至難の技だぞ?」
「西山…」
男二人の屍の先に現れたのは、西山というアメフト部かラグビー部にでも入っていそうな体格の大男であった。手には土で出来た不格好な人形を持っている。
「さっさと始めるぞ」
「そっ…そうだな」
仲川は頷き、そして放送室の扉を開く。
「(いくらお前の力が強大だろうが、必ず仕留めてやるよ。遠藤、お前の…)」
二人は中に入りマイク電源を入れ、仲川はマイクテストを始める。
「(お前の…、お前の“爆発の力”を!!)」
しばらくして後、放送室から翠色の閃光が迸しり、学校が学校でなくなった。
「てか、…マジかよ」
遠藤真也は不意打ちに頭を抱え込む。嘘だと思いたい。嘘だと叫びたい。そんな衝動が頭の中を飛び交った。
「(まさか、放送なんて手段を使ってこの『因果孤立』を創り上げるなんて。今までなら声の届く範囲から鑑みても、少なくとも顔と躰躯を確認する余裕くらいならあったのだが…。今回の敵はそれすら許さねえってか?)」
敵の位置情報、しいては人数すらも分かっていない。逆に敵にはこっちの場所は割られている可能性もある。これは入念に練られた作戦なんだろう、圧倒的に不利な状況下であった。
真也は落ち着くためにその場に座り込む。辺りから仄かに校庭の砂っぽいの匂いが鼻に届く。サッカー部がだらしないのか、簀の子の上に緑や赤の特殊ゴム石が含まれる校庭の砂が散らかっていた。
やべっ、ズボンについちまったかなあとお尻の部分を叩いていると、近くから少女の無駄に甲高い声がした。
「ふっふっふー、お昼前の腹拵えってやつね、待ってなさいすぐにギタギタにしてあげるわ!」
どうやら孤高のちびっこ、聚楽園梨緒のようだ。モスキート音のようなその高い声のトーンと乱暴な言葉遣い、そしてなによりこの空間ゆえにそのWHO推測は容易く出来た。
ここ、公立諫山中学校指定の制服を着ていない=他校生の彼女は、敵と戦うことに最上の悦びを覚える獣のように目をキラキラさせて、クラウチングスタートの体勢をとっている。本当にお嬢様なのか?お前。パンツ見えっぞ?
「って、待てお前…。どこに行こうとしている」
梨緒の、世界を狙えるかも知れないスタートダッシュを出る寸前で引き止める真也。梨緒は勢いを殺されたことに不服なのか、頬を膨らましている。
「なによ、なんなのよ!」
そして一言、止める理由を尋ねてくる。
「なによ、なんなのよ!と聞かれたら、答えてあげるが世の情け…、お前様はこれから何をおっぱじめようとしてんだ?」
真也は梨緒がどこかに走り出さないようにしっかりと左腕を握る。梨緒が振りほどこうと憤然として抵抗するが真也もさるもの、ナイルの日々をワイルドに生き抜くワニのように一度掴んだものは放さない。
「何をおっぱじめるって、あんたねえ…。そんなの決まってるじゃない」
梨緒は振りほどくのを諦めて素直に答えることにしたようだ。そして勿体振るような言い回しをしてから梨緒は胸を張る。ないくせに。
「戦争よ!」
「堂々と一言で言い切るな。そして、どや顔やめい!もっと具体的に言え!」
真也は多少の既視感を覚えながらも、いつまでも「言ってやったぜ」って顔をしている梨緒に説明を要求した。
「駆逐と言う名の戦争よ」
「うぉぉぉい!一方的展開ご希望ですかぁ!?情というものがないのか?お前様には」
「バカにしないで!あるわよ、睫毛程には」
「あんまり、ねえぇぇぇぇぇぇっっ!!」
真也は思わず手を放してしまう。梨緒にしてみればチャンスではあるが彼女に逃げる気は毛頭なく、真っ向勝負で真也を説得しようと試みる。
「と・に・か・く、これから敵を殲滅しに行くのよ。分かる?無に帰す訳」
「塵すらも残さんのか…」
残忍だ。というか、「残す」より「遺す」のほうが打倒なのだろうか?なんて、本当どーでもいいことを思えるほど真也は呆れてものが言えなかった。取り敢えず分かったことは、梨緒は今すぐ放送室にクラッシュしに行って、そこにいる奴らを次々デストロイだそうだ。ある意味『法の下に平等』と言える。真也は敵さんに同情する。
にしてもこいつは…、と馬鹿げてるとでも言いたげに真也は梨緒に視線を向ける。そこには、一寸の曇りもなく力説するツインテールの少女の姿があった。
オレは戦前の日本人じゃねえんだよ。徴兵令かなんかで心入れ変わるかもと思ったら大間違いだっつーの。
「つか…まぁ、取り敢えず落ち着け」
真也は大きく嘆息して、自分にも言い聞かすように梨緒の肩に優しく手を置く。
「なによ」
嘆息に無意味な苛立ちを感じてふて腐れる梨緒。それでも自分が妙に興奮していたということは自覚できていたのか、素直に真也の話に耳を傾ける。
「今、こっちには何の情報もねえんだ。そんな中、こっちが持ち得る限りなく可能性の低い情報『まだ放送室に潜伏しているかも知れない』を信じて放送室に向かっても罠に決まってんだろ?」
「罠?上等じゃない」
「勇気と無謀を履き違えるなってのはまさにこのことだな…」
梨緒がお嬢様にあるまじき言葉を連発する。それとも実際は「お嬢様」ってこんなもんなのか?
そのまましばらく「えっへん」と両手を腰にあてて威張っていた梨緒だったが、少しして何かに気付いたように「あれっ?」と口にした。
真也は梨緒とのやりとりに疲れてスロープに備え付けてある手すりになだれかかっていたが、梨緒の言葉に顔を上げた。
「どうかしたか?」
「えっ!?いや、ちょっと待って…」
真也の疑問は時期尚早で、梨緒の頭の中でまだ上手く整理しきれていなかったようで、初めは返事をもらえなかった。
しばしの間の暇を潰すため、緊張感をほぐすのも兼ねて指の関節をポキポキ鳴らし始めた。しかし静かな空間にひたすら骨のこすれる音が響くのはやはり異様で、真也は逆に気まずくなってしまった。
「あの…ね、シンヤがこっちは敵のなんの情報も持ってないって言ったでしょ?」
「言ったな」
そろそろ鳴らすのやめようかと思っていた矢先、梨緒が話し始めた。
「たいしたことじゃないんだけど、なんかそれって“透明人間”に似てるなぁって思って」
「…………………」
真也は答えられない。とにかく三点リーダだった。別に呆れ返って梨緒を馬鹿にしているわけではない。透明人間、その可能性は存分にあったのだ。そもそも何故、琴音や委員長(♂)、そして会長が透明人間の話をしていた際に中二病患者の仕業だと思わず悪戯だと解釈してしまったのだろうか…。
真也の額に一筋の汗がツーっと流れる。梨緒はそんな真也を見て思い付きが確信へと変わったのか顔を固くする。
その時、真也は別のあることに気が付いた。
「……、ん?というか、この場から二百メートル離れれば対戦が終わるんじゃないか?」
『因果孤立』には、空間消失のルールがいくつかある。真也はその中の一つの逃走ルールを思い出したのだ。
「ああ…、シンヤにはまだ言ってなかったわね」
「何をだ?」
顔を左手で押さえる梨緒を見て、真也は目を丸くする。
「中二病患者三人以上の対戦からは、戦術の広がりを考慮して空間の半径が五キロメートルになるのよ」
「直径十キロ!?」
確かに戦術の増加は分からなくもないが、さすがに増え過ぎだろぉ!?もしくは二人の時に少な過ぎ。
どちらにせよ両極端だあぁっと悶えていると、梨緒の真顔が視界に入った。
「五キロでも十キロでも逃げようと思えば逃げられるわ、やってみる?でも…シンヤはそれでいいの?」
「…っ」
真也は気付く。
逃げれば終わるけど、終わるのはその場だけ。
「…ふっ、それで…言い訳ねぇだろ」
真也は不敵に笑い、自分に言い聞かす。梨緒が「罠、上等」と言っていた訳が今ならなんとなく分かる。
これ以上の被害者を出さないためにも一発で蹴りをつける必要があるようだ。
「んで、取り敢えずどーする?突っ込んで爆発させる?」
「それも構わないが、やはり確実に奴を捕らえたい。だから手っ取り早い方法の『校舎ごとぶち壊す』は使えない。相手の消息が掴めなくなっちゃ無意味だからな。うん、そーだなぁ。そもそも対戦自体を向こうから仕掛けてきているんだし、膠着状態なら何らかのアクションがあるはず。まずはそいつを待つか」
梨緒と真也は一つの目的の達成のために、完全に息投合する。
すると、それを見計らったかのようにまた放送が流れた。
「ふふふ…、来ないのかい?遠藤真也。先に言っておくが大爆発は使えんぞ?使ってもいいがお前も終わる。さて…」
梨緒がこちらに向かってニイッと笑いかけてくる。
「どーするシンヤ?アクションが来たわよ」
「大爆発なんか使うかっての。よし、奴がこのマイク放送を終える前に放送室に行こう。ダッシュするが階段や廊下で足音立ててくれるなよ?」
「了解」
そう言うが速し、二人は三階に向かって駆け出した。荷物は不要なのでスロープ付近に投げ捨てる。敵アジトに潜入するスパイのように、江戸の闇を駆け抜ける忍者のように、美術品を鮮やかに盗み去る怪盗のように真也達は颯爽と階段を上る。
出来る限り音を殺すため二人は爪先立ちで走る。本当なら上履きも脱いでしまおうと思ったくらいなのだが、隠密に特化しすぎて敵と対峙するときに攻撃力が下がるのは意味がないなと考えたのだ。
「はぁ…はぁ……」
二人は放送室の扉の前に立つ。まだ放送は流れていた。真也と梨緒は顔を見合わせ頷くとゆっくりと扉を開いた。
「っ!?」
「いない?」
畳こそないが、あれば八畳間ほどの広さの放送室にはズラリと周辺機器が並んでいた。
そのどこかしこにも人間の姿はない。…しかし放送は流れ続ける。
「ふふ、透明人間ね…。取り敢えずこの部屋ごと『粉砕…」
「ん!…梨緒、ちょっと待て」
梨緒が部屋に見切りをつけて、己の最強の力でそこにいるかも知れない透明人間を、放送室ごと破壊し尽くそうとした時、真也は何かを発見して梨緒を止める。
「もぉっ!またいいところで止めるの?一体なんなのよ?」
「…」
真也は黙って周辺機器の一つに近付くと、「くそっ」と吐き捨て髪をかく。
「見てみろ、この放送は録音だ。CDプレイヤーが動いてやがる」
「えっ?」
「やられたぜ。敵もそんなに甘くないってことか」
真也は長机の近くにあった鉄パイプの椅子に腰掛けた。そしてそのまま両腕を組み、この永遠に終わらなそうな透明人間との隠れんぼについて考える。ただ一言「終わるのか?」と。
梨緒の方を見るとよっぽど悔しいのかじたんだを踏んでいる。あいつの性格上こういった回りくどいことは嫌いなんだろう。
「あぁ~、もうイラつく」
「おいっ、さわんなよ?」
放送を流している音声機器を止めでもたら、それは敵にこちらの場所を教えるようなものなので真也は梨緒を口で制す。
「また…、また私を止めるの!?もう、煩い!!放送も、そしてアンタも煩いのよ!壊れてしまえ!!『粉砕爆発』!!!」
「バカ!落ち着け!」
しかし梨緒は聞く耳を持たない。イライラが頂点に達したのか最強の力による爆発で周辺機器を壊し尽くす。ただ幸いなことに少しばかりか理性は残っていたようで、真也には被害がないように慮っていた。
「ふぅ~、すっきりした」
爆発の余波の黒い煙が晴れた後に現れた梨緒は破顔一笑だった。
同時に先程まで流れていた放送が鳴りやむ。
「はは、放送が止まったぞ?西山」
どこかの教室を占拠したのか、二人の少年がそれぞれ机の上に座っていた。蛍光灯はどれも無点灯で窓は完全にカーテンで締め切り、廊下側の二つの扉も閉ざされている。それでいても時はまだ昼なので教室は完全な闇ではない。
「安心しろ仲川、人形達はいつも俺に従順だ。奴を消し炭にしてやるよ」
西山と呼ばれた大柄な少年は、両手で不格好な土人形を玩んでいる。
「そうしてくれ」
仲川は心底嬉しそうに笑う。
その言葉に従ったかのように西山はトンと机から降りた。重みで沈んでいた机が悲鳴を上げるように軋む。
「そこにいる者を消し去れ、爆破せよ。我が『奴隷人形』」
そのまま西山は何かに向かって呟く。僅かな光が差し込む薄暗い教室の中心から。
ピーーーーーーーー、
そんな電子音が鳴り響いた。
「ん?」
梨緒が不思議がる。
放送からではない。真也と梨緒のいる周辺から幾つも鳴っている。
梨緒は突っ立ったまま動けない。いや、不審に思うだけで動こうと思わなかったのだ。
「バカヤロっ…、伏せろ!」
「えっ?」
真也は何か直感したのか椅子から跳び上がり、そのままの勢いで梨緒を押し倒した。
瞬間、ドドドドドドドーンと爆音が轟く。ピーッと音がしたその周辺から茶色い爆発が巻き起こったのだ。
「ぐっ…ああぁ……!!」
「シンヤ!!」
部屋自体が崩れるかのように無秩序に震え、物という物が破壊音のオーケストラを奏でる中、真也は梨緒に覆いかぶさるように床に伏せ爆発をやり過ごす。
しばらくすると爆音は止み、梨緒は立ち上がった。放送室は壁が焦げ付き、机は砕かれ、窓は窓枠ごと破壊され、入るときに使った扉は吹き飛んでいた。
「……………、シンヤ?」
そして何よりシンヤが眠ったまま動かない。
梨緒は自身を省みる。倒れている真也を見下ろしながら。
シンヤが止めたのに自分勝手に動いてしまったこと、それなのにシンヤは自分勝手な私を身をていして守ってくれたことを噛み締めて…。
「起きなさいよ…バカ」
シンヤの学ランやワイシャツは灼けついていて、見えている肌からは血が滲み出ている所もある。それを見る度に梨緒は後悔し、自責の念にかられる。
「ごめん…、起きてよ、シンヤ。お願いだから」
梨緒は目頭が熱くなり視界がぼやける。溢れた何かが顔をつたって下に零れる。
「泣い…てんの…か?お前…」
「シンヤ?」
梨緒は顔を乱暴に袖で拭う。見ると真也が壁を使って立ち上がろうとしていた。
「泣いてなんかない!わっ…悪かったわね、その…」
不思議と真也と目を合わすと素直に謝れずに、つい言葉が乱暴になってしまう。そんなむしゃくしゃを胸に秘めながら、それでもなんとか言葉を紡ごうとする。
「…良かった」
「へっ?」
怒られると思っていた梨緒は真也の意外な言葉に呆気にとられてしまう。何が良かったのだろうか?私の泣きっ面が見れたこと?シンヤ自身が気絶して最強の力を喪失しなかったこと?
「お前が無事で良かったよ」
「うあっ!?何言ってんのよ!…バカ」
そのどれでもない答えが真也から届く。予想だにしなかった返答に戸惑う梨緒、顔が若干のぼせてしまう。
「私は全然…、でも、あんたが…」
「オレのことは気にするな。男は丈夫だからな」
真也は笑顔で筋肉でも見せ付けるように右腕を見せて元気なのをアピールするが、その身体はどう見てもボロボロで丈夫とは言い難かった。梨緒にはその強がりが痛々しかった。でも、シンヤの笑顔は揺るぎない。
「言ったろ?お前を守るって。オレはよわゴシだから、つええ攻撃なんて出来ねえ。だからそっちは頼んだ。そんなお前を守るためならこの体なんて安いぜ」
真也は決まったなっと思った。内心立っているのがやっとだったが、真也はこう言った臭い言葉が好きなのだ。カッコイイ場では怪我なんて厭わない。
「シンヤ…」
梨緒が潤んだ瞳で真也を見る。
「(おっ?なんだこの雰囲気は?まさか来たか『告白イベント』。)」
真也はそんな浮ついたモノローグを奏でながら、外面では無言で梨緒を見つめ返した。
「シンヤ…あんたって、マゾなのね」
「うん。実はオレもお前が好…って、えっ?ええっ!?ちょ、ヒドくない!?その言い方。とても傷付いたんですけどー!!」
突然のKY発言。真也は違う意味で泣きそうになったが、
「あはははは…」
今の梨緒に涙はなくいつまでも屈託ない笑顔で笑っていた。
「(ったく…。まっ、笑顔ならいーか)」
梨緒の笑いに便乗して真也も思いっきり笑いだす。
閉鎖的な戦乱の混沌に一筋の光が射した。