Ep10 Mysterious student coucil president~一人増えた駄弁の続編~
「『透明人間事件』。それはですね…、」
委員長(♂)は、彼が普段出すのよりも少しばかし低めの声で話し始める。
「ここ最近、放課後に居残っていた女生徒が気絶しているという事件が何件も発生したんです」
梨緒は黙々と聞いていて、琴音も自分の既知の情報と照らし合わせながら、腕を組みつつ相槌を打っていた。そして少し離れた所に真也。欠伸をしながら右手の小指で耳をほじっている。興味がないのだ。指で耳掃除をしようとすると、指に耳垢が付着したり外耳炎になる恐れがあるのだが、この上ない気持ちさゆえにどうしてもやってしまう。真也はオレは耳ほじり中毒なんだなぁと深く自覚した。後でイヤホンつけるとき痛くなっても自業自得だぞ。
「そしてそれは何故か一年生の間のみに起こり、さらに不思議なことに…」
四人は諫山中学校の五階にある二年教室前の廊下にいた。放課後になってからしばらく過ぎたので人足も減っている。なので今は廊下の一角を占拠するように突っ立っている。廊下には大きな三角形の吹き抜けがあるために、本来は一教室分はあるであろう廊下が制限されてしまっている。それでも角の二等分線の図の辺の部分のように位置する廊下は、横幅が二,五メートルあるから決して狭いわけではないが、さらなる広さの可能性を見せられると、どことなく窮屈さを感じてしまうのだ。
「…「透明人間が現れた」と皆が言うのです」
話が終わったようだ。真也は依然気怠そうにして、吹き抜けからの飛び降り防止用に設置されたガラス戸とてすりに寄り掛かっている。体育館から響いてくるバスケットボール部の声をBGMに、冷めた視線を委員長(♂)に送る。まるで日常という高台から超常を見下ろしているように。
「不思議な話ね」
梨緒が興奮するでも呆れるでもなく感想を述べる。
このロリッ子が「バカじゃないの?」とツインテールを揺らしながら興奮して突っ掛かってくることもなく、借りてきた猫のように大人しい。ましてや、相手の話を受け入れた上で、肯定も否定もしないという高尚な真似をするのはこいつの話し方に妙な迫力があるからだろうか?
真也はそう思いながら委員長(♂)をじっと見る。
すると視線に気付いたのか委員長(♂)が真也に微笑みかけてくる。
「(げっ…!気持ち悪っ…)」
咄嗟に視線を反らす真也。『シンヤは40ダメージをうけた』
《ひかりの〇どう》をまだ覚えていない真也に状態異常を回復する術などなく途方にくれてしまう。取り敢えずまず、この吐き気をなんとかしたい。
しかし、そう思いつつバケツを探す真也を余所に話は進む。
「いやぁ、にしてもこの事件は教師から生徒会に回されてきた極秘事項なので、まさか貴女が知っているとは少々、驚きましたよ」
委員長(♂)は琴音に言葉を掛ける。
「あー、機密だったの?ごめんごめん、ウチの部の一年生もやられてさ。小耳に挟んでいたのよ」
「一応、被害者の方々にも生徒への不安の広がりを防ぐためにこのことを口止めしてもらっているのですが、…やはり弱い強制力では情報の漏洩はいた仕方ありませんか」
委員長(♂)がやれやれと息着く。琴音はなんとなく申し訳なさそうにした。
「ってか、一年生って真由香ちゃんのことか?」
吐き気がようやく治まった真也は琴音に尋ねる。
「んんっ?あんた何で知ってんのよ!この変態!」
真也の質問を罵声で返す琴音。気のせいか梨緒も睨んでいる気がする。
「つか、女の子の名前を呼んだだけで変態呼ばわりとは、お前ん中でどんなフロチャートが積み上がったかは知らねえが…、図星だな?」
「まっ…まあね、放課後に美術の補習で部活動に遅れてくるのは聞いていたんだけど、気絶していたって連絡が来た時はびっくりしたわ」
琴音は振り返るように答える。そして同時にある疑問が沸々(ふつふつ)と沸いた。
「ってか、『透明人間』事件の方は知らなかったくせに何で真由香のこと知っていたのよ。まっ…、まさか真由香を襲ったのはアンタなの!?」
「最低ね、シンヤ」
「それでも僕はやってない!!」
琴音の勝手な妄想に同意する梨緒。真也は無実を証明したかった。
やれやれ、オレは容疑者と思われてしまう損な性分だなぁ、いつか冤罪で警察に捕まるんじゃねえか?と将来に不安を感じつつも弁解をしようとする。
「落ち着けお前ら。ただオレはテニス部の一年生といえば彼女しか知らなかっただけだ。お前を見に来た時、一目見て可愛いと思ったから知り合いになっただけなんだ」
堂々とする真也。胸を張っているのか、少し体を反らしているように見える。
「有罪!どっちにしろ変態には変わらないじゃない!」
「裁判官、控訴します!可愛いと思って、お知り合いになるだけで変態なら男は皆が変態ってことになるじゃないですか!」
「シンヤがやると変態なのよ」梨緒も琴音に加勢する。
「オレ限定!?控訴が棄却されちまったぜおのれ裁判員制度ぉぉ…!!」
真也は世の不条理に嘆く。しかしそれは、もはやいつも通りの風景である。
「つーかよ、お前も生徒会じゃねーじゃねーかよ」
嘆き落ち込みから五分の時を経て立ち直った真也は、そう委員長(♂)に投げ掛ける。
「はい、理由は詳しく分かりませんが、諏訪原生徒会長直々にこの件についての調査を頼まれたんですよ」
飄々と答える委員長(♂)。
「会長さんが…か、」
そう呟きつつ真也は「詳しい理由なんてないんだろうな」と半ば呆れた表情をした。
うちの中学校の生徒会長の諏訪原黒須さんは、男勝りで天真爛漫な性格の、見た目淑やかな女性である。
長い黒髪を後ろで強引にポニーテールした美人な彼女は、常にユニークを求めているような人だから、どうせ「次期生徒会長候補とちやほやされている少年はどう解決してくれるかな」と状況を楽しんでいるというのが関の山だろう。やれやれ、自分でやれば翌日にはなんとかできる能力があるのだからまったく憎たらしい。黒須会長は非常に聡明なのである。聞いた話だと名門高校の指定校推薦が確定しているらしい。
事情通の琴音はそれに同意するように苦笑いして「たっ…大変だね」と委員長(♂)を労っていた。ただ、そもそもここの生徒ではない梨緒だけは、自分の知らない会話で納得しあっているのを見て激しい疎外感を感じたのか、押し黙ってどことなく頬を膨らましているように見えた。
やがて痺れを切らしたのか、ロリッ子がオレの服の裾を引っ張り小声で聞いてきた。
「(会長ってどんな人なのよ?)」
吐息まじりの囁き声で耳打ちしてくるので耳元がくすぐったい。そして女の子が甘えてくるような妙なエロさがあって、しばらく聞いていたいという欲求が顕われたので長期戦に持ち込んでみようと真也は思った。
「(会長は、美人だ)」
「(もっと具体的に言いなさいよ!)」
「(具体的に言って美人だ)」
「(もっと特徴とか言いなさいよ!)」
梨緒は真也のはっきりしない返答にヤキモキしてまくし立てる。そんなヒソヒソでは周りに聞かれてしまうぞと思いながら、ちゃんと話してあげようと試みる。真也はロリッ子に優しいのだ。
とは思ったものの、具体的と言われてもあの人を説明するとどうも漠然となってしまう。単にオレの語彙力が低いだけなのか。
真也は少し悩みながら、やはり単語を紡いだ。
「(あの人は何と言うか…、変人だ)」
「(変人はあんたよ)」
梨緒が「はっ!?」といった顔をする。
「(いや、そういう変態な変人じゃなくて…、何だろう。普通が嫌いな人みたいな、常識はずれのお方なんだよ)」
ジト目をする梨緒の勘違いをどうにか正そうと必死になる真也だが、どうやら自分が変態であるという指摘は否定しないようだ。
「(天才肌というやつってわけ?)」梨緒も理解し始める。
「(あぁ、凡人には分からない突飛なお考えを持つお方なんだよ)」
「(いやはや、そう謙遜しないでくれ。私としても恥ずかしいぞ)」
「(いやいや、そんなことは…って)」
「「!!!?」」
真也と梨緒は同時に後退り、そして口を半開き。目の前には夏服に完全に移行したセーラー服をその身に纏う我が校の生徒会長様が「ハロー」と言って笑顔で立っていた。
会長の刹那の登場には誰もが気付かなかったらしく、琴音はもちろんだが、流石の委員長(♂)でさえも驚きを隠し切れていなかった。そしてしばらくして隣にいた梨緒がボソッと「美人だ」と呟いていた。なっ!言ったろ!
「会長、急な登場は心臓に悪いんでやめてください」
正気を取り戻した真也は一言目にそう言う。言われた会長は「むっ?」とケロッとしていた。
「ふむ、いや誰かが私の噂をしていると思って走って駆け付けたのだ。一階から」
「どんだけ地獄耳!?」
「まあ、おかげで一階で対応していた来賓の方を置いてきてしまったがな」
「戻ってあげてください!」
「全く、私の元を離れるとは世話の焼ける来賓め」
「貴女が離れたんでしょう!なんて自分よがりな人だ」
「ふふ、さっきから謙遜しないでくれと言っているではないか」
「オレは『自分よがり』を誉め言葉として受け取った人を始めて見ましたよ!」
「私は地元で二億人くらい見たぞ?」平然と莫大な数を口にする会長。
「日本の人口を軽く超えていますが、会長の地元はどこですか!?」
会長はしばらく黙り、「群馬県」とぼそっと呟く。
「やけにリアルだぁぁぁ!!そして同時に二億人が嘘だということが分かりました。」
「ふふ、何を言うか少年よ。キミは推定一億数千万の地底人の人口を入れ忘れているぞ」
「おっと、群馬の地下に広がるオーバーテクノロジーの地下帝国を計算し忘れていた…ってそんなもんあってたまるかぁぁ!」
「くっ、ついに嘘だとバレたか…」
「当然です」落ち込む会長に堂々と真実を述べる真也。
「バレてしまったか、私が群馬出身ではないということが…」
「そっちぃっ!?」
会長が御戯れです!真也は会長との会話を繰り広げながら、委員長(♂)に救援を求める。というか、よく考えればお前の巻いた種だろが。
「諏訪原会長、本当は何しに来たのですか?」
それを察してくれたのか、真也と会長の会話を止めるように委員長(♂)は会長に尋ねた。
オレも委員長(♂)も多分琴音も、恐らく空気を読めているなら梨緒ですら会長の今の会話が嘘だということが分かる。だからその真意を知るためにその場にいた全員が諏訪原黒須生徒会長を見た。
「ふふっ、やれやれ」
今までのお茶らけた雰囲気が一変、世の中つまらないと吐き捨てるような嘲笑を一瞬作ると、会長は次の瞬間には真顔になっていた。
「……………………」
真剣な面持ちの会長を目の当たりにした真也達は、その威厳が満ち溢れた姿に気圧されてしまった。会長は腕を組むと数歩歩いて壁に寄り掛かる。そして首を動かしてこちらに顔を向け言葉を紡ぎ出す。
「本来、こういった話は生徒会メンバーに口外するものではないのだが…、他校生もいるしな」
「あっ、会長…。こいつには込み入った事情がありまして……」
会長の『他校生』という言葉に反応し慌てて説明という名のごまかしに入る真也。梨緒も梨緒で焦ったのか、テンパって「従兄妹です従兄妹です」と繰り返していた。
「ふふ、それに関しては気にするな。君はあの時の少女だろ?」
会長の頬が少し緩んで梨緒に聞く。オレと戦った日のことであろう。梨緒は黙って首肯。
「私は秩序が乱れるのは好まないが、多少の刺激は必要だと考えている。さっきもついでとばかりにPTAにこの質問を喰らったが、【生徒の学力と精神の向上のための私立有名校との交流の一環】と説明しといたよ」
つまり会長はこいつを黙認してくれるというのだ。あぁ…、ウチの会長は一般生徒の抱える問題を慮り、黙って手を貸してくれる素晴らしい会長だ。真也は感動していた。隣の梨緒も同じ心境なのか潤んだ瞳で会長を見上げている。二人は会長に後光が射しているように見えて思わず合掌。
「そのかわりだが、私にだけ二人の関係をそっと耳打ちしてくれないか」
「裏があったああああ!!」
真也は思いっきり叫ぶ。梨緒が『関係』という言葉を聞いただけで赤くなって固まったことにも、琴音が「むっ…」と睨んでいることにも、委員長(♂)がいつものように微笑みを浮かべているのにも気付かずに目一杯叫んだ。せめて放課後で誰もいなかったのが幸いしたのか、真也は『ただ面白そうだったから』という理由に対する会長への落胆を全力で表現することが出来た。
「恋人以上恋人以下で関係を説明してくれ」
「選択肢を制限された!?」
会長がいつもの表情に戻る。
「もしくは恋人以上夫婦以上で」
「夫婦以上ってなんすか!?」
「おやっ?それを私に言わせるのか?なかなかマニアだな。なら、希望に答えて『か…』」
「はいっ!ストップストップ!!なんかよく分からないけどエロそうな感じがしますのでストップ!…というか、従兄妹ですってば従兄妹」
さっきまで梨緒が使っていた言い訳を利用する真也。
「それは嘘だな」会長は断言する。
「なっ、なぜそう言えるんです?」図星ながらも一応その根拠を聞いてみる真也。
「君の家系図には齢十五歳の従兄弟しかいない」
「なんでそんな正確なことが!?」
「君が学校に提供した個人情報は私が握っている」
「オレのプライバシーは何処へ行った!?ていうか、憲法違反ですよ!?」
「ふふふ、生徒会長に適応される『スーパー生徒会長法』に記載されている『知る権利』は、日本国憲法の上に位置するのさ」
「上!?そんなもんあったんすか!?」
「さて、そんなことはどうでもいいのだが…」
会長が再び真顔になり、その他の面子が息を飲む。真也は、真也自信のプライバシーをそんなこと呼ばわりされたことに対し言及したかったが、雰囲気的にやめることにした。
「来賓とさっき口にしたが、実はほんの数分前までPTAの輩と会談を開いていたのだよ。他校生の話もしたが、そいつはついでなようだ」
会長は「はぁ」と溜息づく。相当杞憂なようで、鬱に悩まされている感が会長の表情から読み取れる。
「もしかしてですが、話の主はあの『透明人間』事件についてですか?」
委員長(♂)が会長の真意を読み取って尋ねてみる。
「うむ、その通り。件の『透明人間』についてだ」
会長が事件の呼称を変えて、それを肯定する。
「透明人間の奴め、とうとうPTA会長の娘を狙ってきやがったかというわけだ。それで怒り心頭に発したPTA会長は私に会うなりこう切り出した。「無期限学校閉鎖にしろ」と。学校側と、もちろん私もそれを拒否したから『二権の合意』は叶わなかったが、そしたら『PTA総会』を開いて呼び掛けると言い出してきた」
この学校は権力を三つに分配する制度を導入している。と言ってもモンテスキューの提唱した『立法』と『行政』と『司法』を分立させた『三権分立制』を取り入れているわけではない。物事の確定権を『学校職員』と『PTA』と『生徒会』にそれぞれ分けているのだ。
そして出された新法案などに対して二つ以上の賛成、すなわち『二権の合意』によって物事を確定することが出来る。しかし、二権の団結による強行採決を防ぐためにそれぞれの組織には抵抗権が与えられ、それぞれの組織が持つ会議、『職員会議』『PTA総会』『代表委員会』において反論案を考えてボイコットを起こすことも可能なのだ。
「PTAが活動停止でもするんですか?」
だから真也はPTAのこの後の行動を推測して聞いてみる。しかし会長は首を横に振る。どうやら違うようだ。
「生徒会というのは生徒の意見を完全に反映しきれているわけではないのさ」
会長はゆっくりと説明し始める。
「PTAの要求は『無期限学校閉鎖』。学校を怠惰する生徒にはこの要求を“美味しい”と感じる生徒もいるのだよ」
確かにオレも休みてえ…、と煩悩が現れる真也。会長の話は続く。
「さらに被害者の子達にとってみれば、精神的ショックゆえにあまり学校には来たくなかろう。現にそれを理由に休んでいる生徒もいる。こんな時にPTAから生徒総会に提議されたら負ける可能性もありゆるんだよ」
会長はつらつらと現状を説明している。そのお顔は曇り気味だ。
「……………………」
真也は聞いててよく分からなくなってきた。「何でなんだろ?」という気持ちが溢れてくる。
「会長…」だから真也は尋ねてみる。
「何で…、なんで会長はそれが嫌なんですか?なんで会長はそんなにも熱心なんですか?」
だから真也は尋ねてみる。たとえそれが話の本質とは掛け離れていることだとしても…。
「…………」
会長は否定するまでもなく思案の姿勢をとる。琴音はそんな真也に対して「何言ってるの?」と言って来たが、真也はそれを左手で制する。
「オレは、バカで面倒臭がり屋ですから正直な話、『無期限学校閉鎖』なんて美味しいです。会長自身だってもう推薦で学校決まってるんですし…。それになにより何でそんなにここの生徒に尽くせるんですか?何で生徒の下働きのように仕事が出来るんですか?」
副会長のヤローは言っていた。優秀な会長が愚かな奴らに毎日毎日奉仕しているのは不憫でならないと。例えば部活に入るとか自分のことに尽くせばもっとより良い生活を送れるはずなのに。生徒会を否定するわけじゃないけれど、どうしてそこまで自己犠牲出来るんだろうか?
「ふむ、そうだな…」
会長は長い思案の後に口を開く。
「なんでだろうな?」
「えっ?」
と思わず声を出してしまう真也。それでも超々完璧だと思っていたあの会長がWHYだなんて疑問を吐くのは不思議でならなかった。
「ほう、意外そうな顔をしているな。私にも分からないことくらいあるぞ」会長は照れるように微笑んでから、「あえて言うならば私が会長だからかな」と意味深なことを言う。
「会長…だから?」会長の答えをエコーする琴音。気付くと梨緒までもが理解不能だと首を捻る。
「登山家の名言に似ていますね」
そんな中で委員長(♂)が、右手を顎に添えながら分かったような台詞を言う。
「それって、『なぜ山に登るのか_そこに山があるから』ってやつか?」
真也は自分の後方に立っている委員長(♂)に振り向く。
「その通りです」
委員長(♂)が子供をあやすかのようにパチパチと拍手する。真也は少し…いや、かなり頭にきたが堪えて続きを促す。
「自発的に就く職業にはその就職理由が人によってことなります。物事の欲求か行動の欲求。簡単に言ってしまえば金や地位や名声、学生ならば成績が欲しいからという理由の就職が前者。ただ単にその仕事がしたいからという理由の就職が後者。諏訪原会長はかなり入れ込んだ後者というわけではないですか?」
委員長(♂)は一通り解説すると最後に会長に振る。会長はその言葉のバトンを受け取って堂々と口を開く。
「…成る程な。私はそう言いたかったのか」
「自分のことでしょうが!!」
ここに来て会長節発動。フムフムと感心していた。渡したバトンを豪快に吹き飛ばされた委員長(♂)が苦笑いするなか、真也は渾身のツッコミを入れる。それを受けて会長は「ほおっ」と唸る。
「少年よ、なかなか腕を上げたな。ツッコミの」
「オレ、将来は会長の専属ツッコミになろうかと思います。後者の理由で」
「だが、『なんでだろ』というのも、会長を続けている理由の一つだな」
「そして会長、何の前触れもなく話を元に戻すのやめましょう」
「にしても、今日の夕食はクリームシチューがいいな」
「そしてそして会長!何の前触れもなく話を脱線させるのもやめましょう!ついていけません!」
「まぁ、冗談はこの辺にして…」
会長はグルンとその場で回り両手を横一線に広げると話題転換、というよりも話の核心に入ると言う。その時の会長の満面の笑みを見て、やっぱりさっきまでの杞憂や真剣な顔は会長茶番の演技の一つなのかと思ってしまう。
「(でも、あの顔が本当に演技なのか?)」
真也の中でイロイロなものが不完全燃焼の中、会長は会話のための息を思いっきり吸い込む。なんか結局下働きのように会長を続ける理由を誤魔化された気がしてならない。
「さて、さっきPTAには『十日以内で解決するからそれまで学校閉鎖という考えは待ってくれ』と言ったので、私の生徒会長ライフが削られないように君達も奮闘してくれ」
「他の生徒会の奴らはどうしてんですか?」
この時、真也はまだ会長が熱心な会長ライフを過ごしている訳をよく分かっていなかったが、それでもこの一言を聞いで黒須会長自らが楽しんで会長やっているのだと理解できた。まあ、生徒会の仕事を任せられるのは些か面倒臭いこと山の如しだが、少なくともそれだけ知れて良かったと喜びが込み上げてくる。
「芳賀副会長と柿崎書記は別件で外出中、もう一人の副会長は風邪で休んでいて、庶務は学校側と『透明人間事件』について今後の対処法を会談中だ」
会長は説明するが、真也はその口ぶりに思う所があるらしく大袈裟に嘆く。
「透明人間、透明人間ねええ。なんかイマイチ、ピンときませんね」
そのまま真也は両腕を頭の後ろで組む。真也の落ち着けるポーズだ。
「何を言ってんのよ、ただの名前でしょう?どうせエロい男の悪戯に決まってるわよ」
琴音は後輩がやられたのを思いだし、腹がたったのか握りこぶしを強くする。てか、どーでもいいがこっちを見るなオレはやっていない。
「おや?君達は透明人間を信じない口か?」
会長が興味津々に尋ねる。
「当たり前ですよ、小学生じゃありませんし。非科学的です」
それを琴音は当然とばかりに意気揚々と返事する。
「透明人間はヒカガクか。ふむ、確かに透明人間は“居るかも知れないが在ないぞ”」
「ん?」
「えっ?」
真也と琴音は同時に疑問詞を発する。そこに思わぬ声が掛かった。
「存在を存在として認めるかって話ね」
「正解」会長の賛辞が飛ぶ。
「リッちゃん?」
琴音は驚嘆した。言葉の主は小さく居立つ梨緒である。この手の話は得意なのだろうか?
「例えば一つの考えだが、この世界には魔法や七つの龍玉、タイムマシンに異世界人など全ての物事が実はあるとしよう。しかし私達はそんなものがないと言う。それもそのはず、なぜならそれらは存在えないからだ。私達が発見や発明をすることでそれらは初めて存在えるようになる」
「存在は人間の認識に因るってことですよね?」
会長と梨緒の哲学チックな会話が弾む。
「…………」
真也と琴音は訳が分からな過ぎてポカンとしている。もっと中学生らしい会話しようよ。
「成る程、電球が存在するのもエジソンが発明したからですし、新大陸が存在するのも、地球が丸く存在するのも航海士達が発見したからそのように存在する、まるでロバート=ディッケやブランドンカーターの提唱した「宇宙が人間に適しているのは、そうでなければ人間は宇宙を観測し得ないから」という唯物論的発想にも似てますね」
その会話に委員長(♂)も混ざる。聞いたこともない人名をつらつらと上げやがる。
「ふむ、だがしかし、“新大陸”とはポストコロニカルが主流の世の中でいただけないとは思うがな」
「おっと、これは失礼しました。ポリティカルコレクトネスの考えていない愚かな発言を呈するとは恥ずかしい限りです。ですが、大陸や島国に住まうネイティブがやはり見つけたからそれらも存在するんですよね」
…、頼むからせめて日本語で喋ってくれ。
「ふむ。さて、話を透明人間に戻すが、透明人間は目に見えないというのが前提だ。まぁ、透明だから当たり前だな。そして目に見えないということは、それだけで存在を認識することが難しい。透明人間の存在を理解できるのは視覚以外の五感で関知できるもののみ。逆にもし、透明人間が五感で感知できないようなものならそれは在るとは言えない。すなわち存在しないんだ。また、そう考えれば透明人間とは私達が未だに発見していない物事の総称であるとも言えるな」
「今回の透明人間はなんなんですか?」
会長のまとめに対して事件の関連性が気になる真也。
「分からないから透明人間。だがそれでも報告によれば机が動いたというから、少なくとも触感はあるようだな。五感のいずれかで確認出来るならこっちにもやりようはある。仮に世紀の発見にでもなったら君にも透明になる力を貸してやろう。だが私の着替えは覗くなよ?」
会長は燃えていた。メラメラと修学旅行の夜に見るようなキャンプファイヤーのように。こんな会長なら、宇宙人とかが攻めて来ても生徒のために撃退してくれそうだとマジに思う。そして透明になれる力を頂いたら早速会長のお着替えを覗かせてもらいます。健全な少年の真也は会長の身につけてらっしゃる『黒い下着』がどうしても気になるのです。
そうこうしてると会長が委員長(♂)の肩に手を置いて一言二言話してそのままどっかに連れて行ってしまった。透明人間事件で疎かになってしまっている生徒会の事務的仕事を熟してしまいたいらしい。小難しい仕事をオレ達がやるわけにもいかないので、残された三人は仕方なく帰ることにした。
気付いたら時刻は一時を回っていた。昼ご飯は食べていない。時計で時間を確認してしまうと余計に何か食べたい衝動に駆られてしまう。帰りにレストランでも行こうか。なにか奢ってやるよ。
「真也ぁ、帰りにどこかに寄るのは校則違反よ。会長に知られたら死刑ものよ」
そんな下手に出たら琴音が説教を始めた。だがこのオレの腹の虫はどうしてくれる。
そんなことを思いながら階段を下る。サッカー部は昼飯持参なのか階段のガラス戸から見える校庭ではトラックを走り込みしている。太陽がさんさんな中、サッカー部の汗がスプリンクラのように辺り一面に飛び散る。
「シンヤ、アルフォート買って」
スロウジャベリンに、直訳するなら、“なげやり”に梨緒は言った。こいつと会った当初こそ、そのビスケット菓子を嫌っていた梨緒だが、真也が梨緒に会う度に餌付けしたのが効いたのか今では食べるときに幸せそうな顔をしている。
「構わないが、腹の足しにはならんぞ?」
「いいの、ランチは後で取るし」
「逆にそれにオレを招待してくれよ…」
思わず富豪の食事を想像してしまう。やべえトリュフやキャビアしか思いつかねえ、やっぱ庶民だなオレは。
「いいわよ」
「えっ!?マジで!?」
意外だった。きっと「ふざけないでよバカ」って言うと思った。やったぜブルジョアジーだ。
真也は子供のように喜ぶ。ディナーという言葉は今でこそ夜御飯という意味で使われているが、元々は一日で最も豪華な食事を意味したらしい。今日のオレの昼ご飯はディナーだ!
「あっ!私も行くぅ!」
琴音がそれを聞き付け駄々をこねる。
「おいおい、校則違反なんだろ?あっ?」真也はいぢ悪く言う。
「うっ、うるさいわね。家に帰ってから行くから違反じゃないもーん。ねっ?私も行ってもいいリッちゃん?」
「コトちゃん来るの!じゃあ、やっぱシンヤ来るな。女の子で食べる」
とって返したように梨緒が禁止令を出したので、真也が焦る。昼ご飯の危機である。
「なにおうっ!お前いままでのアルフォートのご恩を忘れたのか!?」
「あんなの義務よ」
「オレだけ日本国民の義務が一つ多いぞ!?」
三人はぎゃあぎゃあ喚きながら階段を降りて、一階に辿り着いた。あまりに煩いのか数学の見た目アラフォーな女教師がこっちに睨みをきかせている。
「ん?」
不意に真也は上を見上げた。そこには小さな穴が幾つも開いている。それは校内放送や授業の始まりと終わりなどを知らせるチャイムが流れる音声機器なのだが、そこからさっきからジーと音が流れているのだ。放送委員がマイク電源を切り忘れたのか?
こういったノイズ音は周りを不快にさせるので梨緒達も嫌な顔をしている。
「(って言ってもさっきまで聞こえなかったよな?こんな昼に生徒なんているのか?…)」
下駄箱に向かいながら、そんなことを真也が思った時だった。
「あっ、あっマイクテス、マイクテス」
声変わりを終えた野太い声で放送が流れる。
「なんだ、やっぱ放送委員会だったか…」
真也が安堵して一階出口の下駄箱に足を踏み入れる。
「あー……、対戦」
「なっ!?」
「えっ?」
野太い声は開戦の合図をした。そして同時に真也と梨緒の近くから二つの拡散する翠色の発光が現れる。
「琴音ぇっ!」
真也は人形のように固まった琴音に大きく叫ぶが、次の瞬間には幕のように広がった翠色の光が琴音を消し去る。
因果孤立の世界は普通の人間を淘汰する。
「…………あっ、なぁ…」
ものの数秒で、真也と梨緒は中二病患者の住まう異世界にほうり出されていた。
真也は見馴れたはずの見馴れない世界に思わず絶句してしまった。