Ep9 After a examination~アレとは掛け離れた所での駄弁~
「あ~~、金欲しいなあ」
不景気真っ盛りの今日この頃。この時期誰もが思うこの願望を遠藤真也は国民を勝手に代表して口ずさむ。
時は平成。詳しく言うなら五月の三十日の昼頃。場所は公立の諫山中学校の五階に位置する二年教室。
そんな今日は、楽しい楽しい中学校生活を蝕む『中間テスト』という敵役の(…と真也は思っている)最終日で、ついさっきをもって最後の科目にして真也の永遠の宿敵の『英語』が終わったのだ。結果はサヨナラ負けである。
真也は軽めの片手持ちタイプの学生カバンを、肩に腕をまわして背中にぶら下げるように右手で持ち教室を出る。家に帰るのだ。
「つーか、英語なんてなくなればいいのに」
真也は投げやりに、全世界の英語を母国語とする方々の存在を否定する失礼窮まりない発言をした。
もし真也が有名人なら『週刊誌』や『2ちゃ〇ねる』で叩かれ最悪、国際問題に発展して国際非難を浴びても文句を言えないのであるが、真也の酷過ぎる英語の成績を見ると何も言えなくなってしまう。
十段階の絶対評価で“一”
…………。
真也のこの成績はたとえ五段階だろうが、相対評価であろうが不動で“一”であろう。動かざること山の如しである。
それほど英語が悪すぎる真也だが、勉強しなさすぎなのではなく寧ろ一番力を入れて勉強している科目だから、尚更たちが悪いのだ。要領が悪いのやらなんやら、国際非難よりも国際的に同情されそうな勢いだ。
「また、そんなことを言ってるんですか?」
真也が廊下を歩きながら嘆息していると、横槍を入れるように左隣りから声が聞こえた。
そちらの方を視線だけ動かして見ると、そこには金髪にも近い薄い茶髪を揺らす外国人のような少年が微笑みを浮かべていた。
髪も顔立ちも整えられたその少年は、夏がもう近くまで来ているというのに学ランを身に纏い、さらに全てのボタンを締めている。季節音痴か?こいつは?もっと四季の訪れに気付くという日本人の素晴らしい感覚を養いやがれと思う真也。
「あんだよ?委員長(♂)」
真也は顔を向けるのも面倒らしく、嫌そうな声をあげて軽くあしらう。
「あんたが追試にならないように心配しているんでしょ?」
「って、琴音まで!」
真也は委員長(♂)を無視しながら、とぼとぼ歩いていると今度は右の方から声がかかる。
真也は確実に右に首を向けると、そこには肩甲骨まで掛かった黒髪が麗しい少し強気な少女がいた。胸はともかくとして、顔はモデルの人みたいに端正で「これがマジモンの美少女か!」と誰もが納得するくらい可愛い。多分、美少女専攻の大学教授がいたら「むむっ…!百年に一人の逸材ぢゃ!」と言いかねないだろう。まぁ、いるわけないが。
「で?実際どうだったのよ英語のテストわ」
琴音が覗き込むように尋ねる。いきなり女の子の顔が急接近してきたので思わず赤くなりドギマギしてしまう真也。
ぐっ、この心配性は幼なじみというキャラの性か!と真也は心中で悶える。
「ねぇ、聞いてるの?」
琴音は急かす。
「うるせー!男は過去を振り返らないものさ」
面倒臭そうだったので『いかにもな台詞』を吐き、事態の終息を試みる真也。
「過去を省みない人間は同じ過ちを繰り返す。これは歴史が証明しているのよ!」
「ぐぐっ…」
目には目を歯には歯を『いかにもな台詞』には『いかにもな台詞』ってか?くそっ…琴音め、祖先の辿った道筋を盾にしてくるなんて。卑怯だぞぉ…。
歯軋りをしながらしゃがみ込む真也を見た琴音は、「へへー」と勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「何よシンヤ、英語も出来ないの?ホントにバカね。バーカ」
「うるせえなぁ…、って、はぁっ!?」
現在進行形で悔しがってるところに別の声が掛かり、初めこそ俯きながら無気力的に反抗をしていた真也だが、声の主に思い当たる節があり、しかもそいつがそこにいるという特異性に驚いて、確かめるように素早く顔を上げた。
「はっ?はっ?はっ?なんでお前がそこに?」
真也は声の主の顔を一瞥すると推測が確信…というか現実に変わった。だからこそ真也がこの場に似つかわしくない人物にここにいる理由を尋ねるのは道理なのだ。たとえその尋ねる言い方が悪かったとしてもだ。
「あら、話を変えてごまかすつもり?バカはバカらしくバカだと認めなさいよ」
真也の視線の先には、「何故ここに?」という質問をつっぱのけ小さい身体ながらも堂々と二足立ちする聚楽園梨緒の姿があった。
彼女はココアカラーの長髪をさくらんぼのようなオプションの付いているヘアゴムでツインテールし、お人形さんみたいな顔立ちで真也を小ばかにするように笑みを見せてくる。
「(………………)」
「なっ、なによ。何か言いなさいよこのバカ!」
「ん…、あっ、わりぃ」
普通。
そう、普通ならば『バカバカ』と何度も罵倒されれば余程の寛容さを併せ持たない限り言い返すのが相当だ。反抗期の真っ只中、中学二年生の初夏を生きる少年にしてみたら尚更であろう。
しかし、その少年は言い返すどころか悔しがるそぶりも見せずに、視線を止め固まっていたのだった。
梨緒は中二女子の平均身長を軽く一回りほど下回る背丈(体重の詳細については個人情報保護法により開示できません、あしからず)でいつもの偉そうな態度をとってみるが、真也の様子に戸惑いを隠せないようだ。強気の顔が新たに沸き起こった心配で緩んでしまう。
「(やっぱ、ゲキレツ可愛い!!)」
真也はそんな梨緒の姿の前に、バカにされているのも忘れて見とれてしまっていた。さすがはオレだな、恐ろしくなるぜと真也は改めて自分がロリコンであることを意識した。というか、もしかしてオレはマゾなのか?だったらやだなぁ。
オーダーメイドなのか、その彼女の身体によくフィットした制服はとても上品で周囲と見比べて少し浮いているように見える。まあそれは当然で、彼女の着る制服はこの学校の指定のセーラー服でなくお嬢様感溢れるブレザーである。別に校則違反ではない。というのも、そもそも彼女はこの学校の生徒ではないのだ。
「(…って、校則違反でなくとも不法進入っていう法律違反なんじゃねえか?何法の何条かは知らんが)」
と、我に帰る真也。大好きな天使を眺める時間が終わってしまうのは辛いが、これも愛するロリっ子のため!日本の刑法やなんやらで刑務所に服役する身なんかになってしまっては、彼女の輝ける思春期はだいなしだ。賞味期限切れなんかにしてしまったら末代までの恥、彼女を守れるのはオレしかいない!!
とかなり長めで、そして聞いてて怠い決意を心ですると梨緒に向き直る。
「つーか、なんでいるんだよ。マジでおま…」
「あっ!聚楽園さん、おはよう!」
すると真也の質問も最後まで言えないまま、隣にいた琴音が梨緒に話し掛けだす。
「(どっちかと言うともう『こんにちは』の時間なんだが…、って今はそんなことはどうでもいい。オレが話しているんだから邪魔するなよ琴音!)」
口に出しては死んでも言えないので心の奥底から訴える真也。
「貴女は確か…、あの時近くにいたテニス部の方?」
しかし真也の直訴ならぬ間訴は聞き入れてもらえず(まぁ実際、聞こえないんだ
けど)、梨緒は琴音の方を見る。体ごと琴音に向けようと回転動作をして、スカートが遠心力によって少しフワッと浮き上がる。真也の鼻をいい匂いが掠めた。
「私、篠原琴音って言うの。こいつとは小学校からの幼なじみ」
と言ってオレを指差す琴音。こいつ呼ばわりされて少しカチンとは来たが、気にせず梨緒に「同じマンションに住んでんだよ」と説明する。
「へぇー」
「聚楽園さんって應麗学院なんだよね?」
「そうだけど…?」
「きゃー!やっぱり可愛いなぁこのブレザー」
「やっぱりそう思う?私ここの制服がいいと思ったからパパに言って入学させてもらったの」
「いいなぁ、これの贋作って手頃な値段で売ってるんだけど、やっぱり本物は質が違うなあ。あっ触ってもいい?」
「いいわよ。そういえばこの制服の金刺繍は、学院が特許を申請している独自の技術によって作られてるって聞いたわ」
彼女達は取り巻きのように突っ立っている男子諸君を無視して、剰え廊下を通る人達の迷惑も考慮せずにそこの真ん中でひたすら喋り続ける。
それでもなお、誰も彼女達に何も言わない。何故か?それもそのはず二人の美少女が立ち並んだそこは聖域のようで、人々の暗い気持ちをその聖なる光によって浄化してくれるのだ。
「(おおおおお…!これが男子禁制絶対不可侵と言われる、あの伝説の『おんなのこの会話』かぁ!)」
真也は圧倒されていた。こういうものは基本、主人公がいない場面か離れたところで行われるものという知識を真也はギャルゲによって啓蒙されていたので、目の前で起きていたことはかなり新鮮であったのだ。
「(委員長(♂)氏!委員長(♂)氏!)」
「(何でしょうか?遠藤氏?)」
調子に乗った真也は傍にいた委員長(♂)に内緒話するような声色で話し掛ける。
「(これがあの『おんなのこの会話』でしょうか?不肖自分初めてお目に掛かりました)」
「(…ふむ、…いやはや私もですよ初めて見ました!)」
でもよく考えてみれば、そんな光景など休み時間の教室を見ればいくらでもいそうな気がするが、真也は抜けているので全く気付かない。まぁ、美少女二人による対談だから喜ばしいものなのかも知れないし、真也の休み時間はずっとパソコンやっているのが主な原因だと思うが…。
委員長(♂)は真也の言ったことに対して少し考えたが、面白いからいいやとノッてあげることにした。まったくいい友人だ。
「(隊長!自分はこの不可侵の壁をブチ破ってこようと思います)」
真也は依然興奮状態のまま。しかも委員長(♂)はいつの間にか隊長に昇格していたらしい。
「(しかして遠藤二等兵。何か策でも?)」
隊長は悪ノリを続ける。
「(何をおっしゃいますか隊長。我らいつだって無策で来ました。でも、今も生きている)」
「(しかし、しかしな遠藤二等兵。今回の相手は分が悪い)」
「(隊長!自分の…、いや自分らの『大和魂』を見せてきてやります!)」
真也は隊長の肩を両手で持ち、揺らしながら魂の説得をする。隊長はしばし焦りの顔をしていたが、やがていつもの委員長(♂)スマイルが戻る。
「(ふっ、どうせお前のことだ。止めても行くに決まってる。)」
戦地に赴く前の兵士の心情を語るような茶番を繰り広げる二人。自然とバックグラウンドが荒れ果てた大地に見えてくる。
「(隊長ぅ、自分の足が笑っているであります!)」
真也の両足が激しく震える。それは今にも倒れてしまいそうなくらいだ。
「(武者震いだ、それは武者震いというんだ遠藤二等兵。さあ、行ってこい。お前の墓標には『勇敢な男だった』と刻んでやろう。)」
隊長はそんな真也を勇気付けるように励ます。すると、ゆっくりとその足の揺れが治まっていった。まるで隊長が勇気を分け与えたかのように。
「(出撃します!!)」
そう言うが早し、真也は生徒の注目をふんだんに浴びまくっている二人の下に恭しく歩きよる。
あまりにわざとらしい恭しさを振り撒く真也に二人がほぼ同時に気付き振り向いた。
「ごほん」と軽く咳ばらいを済ませてから、「お嬢様方、今しがたお暇であられますか?」と真也は精一杯のダンディズムでダイレクトアタックを決行する。
美少女二人を見ていたどの男連中もそこに勇者を見ただろう。
しかしそんな意を決した真也を見ても、互いを『コトちゃん』『リッちゃん』と呼び合える間柄にまで成長した琴音と梨緒は全く動じない。
「「キモい」」
「かっ…、なっ」
真也至上最大の誹謗中傷を美少女二人のハモりで言われて、言葉にならない言葉を吐いて呻く真也。そして同時に押し寄せてくるオーディエンスの冷たい視線という名の寒波。
真也は一人だけ酔っていたのだ。
「なっ…、キモいって…。そりゃ酷過ぎるだろ…」
冷たい風に煽られ段々と酔いの覚めていく真也。最強の誹謗中傷によって負わされた未だに癒えない心の痕を撫でながら弱々しく言う。
「酷過ぎるのはアンタのさっきまでの振る舞いでしょ?」
「グサッ!」
梨緒が刺のある言葉を言う。真也は剣で刺されたかのようなリアクションを自然ととる。
「あと、今日の英語の中間テストもね」
「グサッグサッ」
琴音も梨緒に同調して刺を出す。梨緒が「コトちゃん、それ言えてる~!」と笑う。真也に二本の
剣が刺さったようだ。
「見てるこっちが恥ずかしいですよね」
「グサッグっ…て、おまっ!?」
委員長(♂)が女子二人の輪に入るように刺を放つ。真也は剣に刺されながらも、委員長(♂)の声に反応して噛み付く。
「共犯者にヒかれた!本来ヒかれる側の人間にヒかれるという稀有な体験を私は今してます!」実況中継のように語る真也。
「はて、何を言っているのやら。」
委員長(♂)はなにもかも分かっていながら惚ける。その様子は完全に現状を楽しんでいて微笑みが零れている。
「ちょっ、隊長!裏切りですか?」
「意味不明な言葉を連呼しないでください吐き気がします」
「お前が一番ひでぇ!!」
いにしえの処刑道具、アイアンメイデン。真也はあれに入れられたように剣が幾本もぶっささる。
委員長(♂)は一通り言い終えると梨緒と琴音と一緒にあたかも当然のような流れで喋り出した。どうやら委員長(♂)は梨緒の鞄がブランド物であることをたやすく見破ったようだ。楽しそうに梨緒の鞄に指差す委員長(♂)。それをぺたぺたとお触りする琴音。
「(アルェ?何でだろ?)」
そんな疑問が脳裏を過ぎりまくる。同じ男なのにどうしてこうも彼とオレとでは待遇が違うのですか?やっぱりアレですか?イケメンって奴だからですか?あぁ~、オレのために死んでくれよイケメン。
真也は現実が常に持つ不条理に思い知らされたと分かると、しょげるようにその場に倒れ込む。不思議と彼女達と真也に距離が開いた気がした。
ああ…、寒いよ母さん。
「で、結局英語のテストはどうなのよ。どう悪かったの?」
「「どう良かったの?」とは聞かないんだなコノヤロー。これでも全テスト勉強時間の八十パーセントを注ぎ込んだんだがな」
しばらくして氷河期が終わって暖かくなってくると、今まで避寒していた彼女達がまた近寄って来たのだ。真也に積もった雪を払うように出来の悪いと予言される英語のテストについて尋ねる。
「勉強に注ぎ込んだ時間が多い順に成績が悪いなんてある意味天才ですね真也君。褒めたたえます」
「そんなところ褒められて誰が嬉しいか!」
委員長(♂)も半ば呆れて物申す。そんな人を馬鹿にしている態度をとる彼にじたんだを踏まずにはいられない真也。
「要するに“バカ”ね」
梨緒がポンッと左手の平に右拳を打ち付ける。
「要するなあ!そしてバカという単語をダブルクォーテーション(“”)使って強調してんじゃねええ!!」
梨緒のまとめにひたすら怒鳴ると真也は肩で息をする。梨緒はそんな真也の姿を見て、これが重度のクレーマーなんだなと勝手に理解する。
「みっ…みんなオレを悪く言うがな、今回は中々書けた方なんだぞ」
両腕をぶんぶんぶんと回しながら駄々っ子のように反抗する真也。先程のだだすべりという莫大な経験値を得た今の真也には、恐怖というものが一切なかった。人間堕ちるところまで堕ちるとそんなもので、それは真也とて当然のことであった。
そんな変わり果てた真也に多少の責任を感じたのか女子二人が、新しい楽しみを発見したのか男子一人も、譲歩しようと彼に近寄る。
「まぁ、具体的に何が良かったのよ」
「よくぞ聞いてくれました」
塞ぎ込み、さらにしゃがみ込んでいた真也は振り掛けられた琴音の施しに感謝するように両足で跳び上がる。昔のボクシングのチャンピオンを彷彿させる素晴らしいカエルであった。
「一番来たなって思ったのは、【二】の(三)だな」
「それ…、たいして難しくないんだけど」
どこから取り出したのか今回の英語の問題用紙を広げ、胸高々に言う真也。しかし琴音の指摘にいきなり辺りは暗雲が立ち込める。ただ、真也は天然で若干のKY体質があるので全然気がつかない。
「『単純は良い』と素晴らしい日本語訳を書き留めたぞ!」
どうやら英単語ないしは英文を日本語に直す問題のようである。すると、委員長(♂)が「あれ?そんな問題あったっけ?」と確認をするために覗き込んできた。
しかし真也は本当に天然なようで、そんな態度を取られても「おやおや?お前書けなかったのかよ~?」とポジティブシンキング。
「あぁー、成る程。“common good”を“Simple is the best”のように解釈したんですね」
早速、委員長(♂)が哀れみの視線を繰り出す。何も分かっていない天然がうんうんと頷き出した。
「だって“common”は“ありふれた”で“good”は“良い”って意味があるじゃん。だから“単純は良い”ってわけだ」
真也はどっかの学者でも真似ているのか、両手を無駄にぶん回しジェスチャーをする。委員長(♂)が少し頭を抱えながらもその間違いを訂正しようとする。
「えっと、まず第一に“common”の名詞的意味に“単純”というものがありません。あれの名詞は基本“共有地”という意味を持ちます」
「…嘘だろ?」
真也が笑顔のまま固まる。ことの真偽を確かめたいともう一度聞くが、返ってきたのは琴音からの残酷な現実だった。
「真也が言った意味の他に“common”と“good”にはそれぞれ形容詞形と名詞形で“共通の”と“利益”という意味があるのよ。だから問題文の“work for the common good.”の前文から考えて、下線部の“common good”は“公共の利益”っていうのが正しい答えになるのよ」
「…嘘だろ?」
「でもですね…」
同じ言葉しか言えなくなる真也。さすがに可哀相に思えてきた委員長(♂)は少しフォローしてあげることにした。
「…これは高校レベルの少々応用的な問題で、初見ではなかなか解けないものですよ普通は。まぁ、先生が授業中に説明していましたんでたいがいの生徒は正解していると思いま…って、アレ?」
可笑しいな?と委員長(♂)。フォローしているつもりだったのに、その言葉はいつの間にか真也をバカと見るものになってしまっていた。いつもの癖だろうか?
真也は右ストレートが顔面にクリーンヒットしたかのように跚く。しかしなんとか両足立ちしてそのまま叫ぶ。
「はぁ…、はぁ、まだだ。まだこんなところで終わるわけにはいかない!まだ三つ自信のある問題があるんだ!」
真也は一縷の希望をそれに託し全力で自分を奮い立たせる。
しかし三人は「(三つしかねえのかよ…)」と、真也とは対称的な冷ややかな反応を示した。
五分後。
「ぐっ…は」
カンカンカンとゴングが鳴り、真也は吐血したような声を上げその場に倒れ込んだ。
結果は“真也が自信のあった四つの問題の全問不正解”によるKO負け。
真也はズボンが汚れるのも厭わずに廊下のはじでちんまりと体育座り。時折、「真っ白だぜ」と呟いていた。
赤点がほぼ確定的になった今の真也には、誰もが慈悲の心を持ってご愁傷様と合掌してしまう哀愁が漂っていた。
「ホントにバカね」
しかしそれもココアカラーのセミロングをツインテールする梨緒には、釈迦に説法、孔子に論語、廃プレイヤーにチュートリアルであったようだ。
ぶちっ。空気の読めない容赦なしの梨緒の暴言に頭の中の糸が一本キレた音がした真也。
そのまま体の中に沸き起こった邪な何かを原動力に物凄い勢いで跳び上がる。
「なっ…なによ、バカ」
濁流のように真也の立ち上がりに飲み込まれそうになりながらも、なんとか踏み止まり言い返す梨緒。それに対し真也は言及する。
「なんだよ!追い撃ちをかけるようにバカバカ言ってんじゃねーよ!!もぅ、アッタマきた!絶対死なす~!」
「あんたはどっかのヒロインか!」
プレイしたことがあるのか、梨緒が的確にツッコむ。
「うるさいうるさいうるさーい!!」
「それ言っちゃダメだから!!」
「えっとじゃあ、うーちゃいうーちゃいうーちゃーい!!」
「ちっちゃい方にしてもダメなものはダメだし、それに「じゃあ」って何?「じゃあ」って!?」
梨緒はダメ出しを叫ぶが、真也は聞く耳を持たずに言うだけ言うと階段の方へ逃げ出した。
「(うわああああん!どいつもこいつも~!!)」
真也は半ば狂いながらそんなことを思っていると、
「きゃっ…!」
「ぬおおっ!?」
ドンと階段を駆け上がって来た少女とぶつかってしまった。
普通、男性と女性がぶつかったならばよっぽどのことがない限り、体格差的に女性の方が吹き飛ばされるはずである。しかし、今の真也はいろんな精神的波状攻撃によりボロボロなため、簡単に吹き飛ばされ、廊下を三回ほど前回りした後にドッシーンと壁に背中ぶつけたのであった。
簡単に言うと、真也は女子に轢かれた。さっきとは違う意味でひかれた。
「ごふっ…!!」
真也はあまりのことの急転回に対処し切れず、『戦意皆無』を使えなかったので全てのダメージを受ける。
「あっ…、えっ遠藤先輩!!ごっ…ごめんなさいごめんなさい」
深夜とぶつかった少女は全くの無傷で無事のようだ。よく見るとその白く透き通る肌に明る過ぎる自然な茶髪のロングの少女は、一年生の図書委員の宮城春香であった。
「春香ちゃん?春香ちゃんこそ大丈夫かい?」
真也は可愛い女の子の為には命を懸けられる。全身のの激痛を堪えて彼女に微笑みかける。
しかし春香はそんな真也にも気付かないで、辺りをキョロキョロと見渡すとまたダッシュで階段を駆け降りていった。
「(春香…ちゃん?)」
「真也!!」
琴音達が走ってくる。一部始終を見ていたのか彼女達は心配そうな顔をする。
「ケガしなかったかしら…春香ちゃん」
「琴音っ…。少女を労る心は確かに間違っちゃいないが、今はゴロゴロゴロドッシーンのオレの心配をしてくれないか?いや…せめて「別にあんたの怪我なんて、どうでもいいんだから」と言うのでもいい」
「黙れ」
「…はい」
真也は琴音のあまりにお約束な一言に文句をたれる。しかしそんな戯れ言も琴音の一言で簡単に切り捨てられた。
すると別の声がかかった。
「大丈夫ですか?」
委員長(♂)である。
ああ、さすがは委員長と呼ばれるだけあって、クラスメートを心配してくれるいい奴だなお前わ。
今までの冷たさの反動か、真也は思わず泣きそうになる。
委員長(♂)はそれから真也の背中の方を覗き込むと「ホッ」と胸を撫で下ろした。
「良かった。なんともなってなくて…壁」
「かべぇっ!?ちょっ…おまっ、壁ってお前!クラスメートより壁の心配をするなんてそれでも委員長なのか!」
感動が怒りへと化学変化し真也が怒鳴る。
「学校の備品の心配をするのは正しい委員長の在り方だと思いますが?」
「ふぐっ」
気に食わない正論だが、言葉でこいつに敵わないことは百も承知なので反論は諦めることにした。
「…にしても、彼女どうしたのかしら?挙動不審だったわ?」
確かにそうだ。あれはまるで何かから逃げているような…。
「それって、一年生の中で起きてる例の『透明人間』事件が原因じゃないかしら?」
「透明人間事件…?」
意味が分からず、琴音が言ったことを繰り返す真也。HRの寝てる時間にでも話されたのだろう。
委員長(♂)の方を見ると、事件の説明を始めようとしている。梨緒もそれを興味津々のように聞こうとしている。
『透明人間』?
それって、あの見えないって奴か?
男なら誰でも覗きを考えてしまう(偏見)あの『透明人間』様か?
バカバカしい。
今日の英語のテストなんかよりも下らねえよ。
透明人間なんているわけねえっつーの。
オレは何でこの時、会ったこともない透明人間に対して、いないなんて思ったのだろうか。
怖かったのか?
憧れたのか?
面白くなかったのか?
今となってはこんな問い、どうでもいい。
ただ、もっと自分を信じて仲間のことを考えるべきだったのかも知れない。
そんなことが、今のオレならば考えることが出来る。
変わるものがあっても、変わらないものもあるんだと。