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Ep8 Second contact ~花火じゃないよ♪それ危険~


諫山中学校の図書室は一階にあり、下駄箱までの距離はそんなにないため簡単に校庭に出ることが出来る。


図書室の床はカーペットで、そこは上履き厳禁なために入口で脱がなければならない。

だから真也はそこでさっき脱いだ上履きを再び履こうとしたのだが、よっぽど急いでいるのか、しっかりと履けていないうちから一つ上の学年の面識のない先輩はオレの手を引っ張り、早々に下駄箱に連れて行く。


これが女子生徒とのシチュならば、興奮のあまり自分の早鐘はやがねのような鼓動を、相手にもはっきりと分かるように豪快に打ち鳴らすのだが、そうではないので極度の落胆のあまり、心肺停止状態に陥ったのではないかと危惧されてしまうほど、オレの心臓ハート無音サイレントを貫いていた。


もはや、オレの心臓ハート釈迦しゃかの域に到達せんばかりの無音サイレントという名の悟りを開き、不可説的ふかせつてきな宇宙感を繰り広げるに至っていた。

つまりは『涅槃ねはん』で『寂静じゃくじょう』なのだ。



「妙に人だかりが…………」

下駄箱でローファーに履き変えた真也達は校庭に出て来た。

真也は右手を引っ張る先輩の手が汗をかき始めたのを感じて、今すぐ手を振りほどきたい衝動に駆られて顔をしかめつつも、イレギュラーな校庭の集まりに素直な疑問が浮かぶ。


その中から甲高い声が響く。

「どきなさい!私は真也に用があるの!!」

「キミ、そんなこと言われてもねえ…」

恐らく…否、ほぼ確実にこれは梨緒りおの声だろう。あのサッカー部の顧問の先生をほとほと困らせていた。しかし真也は別のことが気掛かりだった。


「(バカヤロウ……、あんな大音声だいおんじょうでオレを呼び捨てにすんなよ!)」

真也は嬉しさと恥ずかしさのために顔を真っ赤にした。そんな真也の表情にイラッときたのか、真也の右手を掌握しょうあくする先輩が掴む力を強くして強引に真也をズカズカと引っ張る。

「いだっ!いだだっ!」

真也はあまりの痛さに叫び、ついで見知らぬ先輩に引きずられるようにその人だかりに連れていかれる。


「真也?」

「こっ、琴音!?」

どうやらテニス部もその人だかりに混ざっていたらしく、琴音の白メイン青サブのテニスウェアが光っていた。スラリとした身なりに胸辺りにちょうど良い膨らみ、黒い髪の毛はポニーテールした上にサンバイザーをしている。

真也は白いスカートから伸びる太ももを男の本能的に横目に見ながら、「もしかしたら自分がこんな可愛い子と知り合いなのを嫉妬しっとしてるんじゃないか?可愛い奴だなコノコノ!」と妄想ドリームを爆発させてみるが、そうではないらしい。

彼女は「また馬鹿なことやったんじゃないでしょうね?はぁ…」と言いたげな感じのお姉さんぶった心配と呆れが混ざった、じと目をしていた。全くこれだから幼なじみは…。

そんなことを思い、目を反らす真也。


よく見るとテニス部とサッカー部の顧問の他にも、帰宅中の生徒や各運動部の何人かが集まっていた。



「やっと来たわね、…真也」


そしてその中心には、小せえくせに人一倍…いや人三百倍ぐらい大きく見せようとするココアカラーの少女がいた。

それは常夏とこなつに輝く黄金の果実たいようのように、もしくは太陽系の核たる水素製の恒星たいようのように巨大な存在感を感じさせた。その勢いで彼女は自身が潜在的に持っている可愛さを、紫外線の如く周りに痛いほど発する。


「なっ…、何しに来たんだ?」


真也は梨緒の声掛けに聞くように返す。本当はこっちも下の名前で彼女を呼ぶべきなのだが、さっきから周りにいる男子諸君の視線が痛い。ジェラシーって奴か?お前ら。レヴィ ア タンって奴か?お前ら。

真也の質問に対して、梨緒はうつむきながらボソボソッと口を動かすと、スッと首を上げ真也にも聞こえるようにこの単語を呟く。



対戦デュエル



瞬間、翠色みどりいろの煌めき。

それは真也と梨緒の中心で拡散し、爆発するように巨大化していく。

周りの野次馬共やつらは声をあげないどころか、時間が止まってしまったかのように凍り付いている。

真也はあまりもの発光に目がくらみ、反射的に眼前を右手で覆う。

その翠色の爆発は膨れ上がりそのまま真也を飲み込んだ。

その爆発の中も翠色…というわけではなく、いつも通りの風景が広がっていた。

しかしさっきまでの人影は全く見えず静寂が世界を包み込んでいる。

翠色の光が“中二病患者ヴィクター”以外の“人間”を淘汰とうたするように、この世界から弾き出したのだ。




これらのことが、真也が「えっ?」と言う前に起こる。時間にして五秒。


しかし真也はあまりのことにその三倍もの時間も思考が停止して体が硬直する。

しばらくして思考が回復すると気付く。



目の前に別の“中二病患者ヴィクター”がいることに。



「えっとぉ…」真也は顔をぽりぽりと掻き、「あー、もしかして二人きりで話したいことでもあったのか?」

現状をなんとか把握しようと梨緒に話し掛ける。


「…………」

しかし梨緒は答えない。

ただのしかばねのようだ。


「(…、なんか答えろよ)」

モノローグ連発する無口の少女のようにだんまりを続ける梨緒。ただでさえ人がいなくて静まり返っている空間がさらに無音に包まれているので真也はもどかしくなってしまう。


もう一度声掛けてみるか?と思ったときに、梨緒はその小さな口を開いた。



「信じてたのに…」

「はいっ?」

その、さっきの大音声だいおんじょうとは相反あいはんして小さすぎる声なき声は、真也の耳には届かなかったようで疑問を発する。


「信じてたのに!」

「はいっ!?」

梨緒は同じ言葉を一際ひときわ大きく叫ぶ。今度は真也の耳にも届いたが、言っている意味がさっぱり分からなかった。



「やっぱりあんたがストーカーだったのね!死ねばいいのよ!」

梨緒は真也の疑問を簡単に吹き飛ばすように一息に言った。

あぁ…、こいつまだこんなこと言ってんのか?と真也は内心あきれた。

しかしやはり疑われているのは面倒なので、真也は彼女の怒りを抑える意味も込めて話し合いを試みる。


「あのなぁ…この間っつーか昨日も言っただろ?オレはストっ…ん?」

真也が穏やかに話し始めると彼女は小さな赤い何かを投げ付けてきた。

「今日の昼頃、またストーカーに襲撃されたの。そこにそんなものが落ちていたわ」

真也がその投げ付けられたものを確認する前に梨緒は言う。

それは生徒手帳だった。赤いカバーの諫山中の学生証で、氏名欄には『遠藤真也』と書かれている。

「オレの?なんで?」

真也は焦る。確かにここ数日の間、自分の生徒手帳なんか見ていなかったが…。

「「なんで?」って決まってんでしょ!このストーカー!」

梨緒は吐き捨てた。

その態度に青魚のように顔面蒼白する真也。もちろん真也には身に覚えがない。今日の昼頃って言えば給食の牛乳じゃんけんで久々に勝ち、戦利品の二本目の牛乳を豪快に飲んでいたのである。


「オレじゃない!オレは…」

「言い訳なんて聞きたくない!言い訳なんて!!」

しかし真也の弁解は梨緒の叫びにはばめられ、耳をふさぎ続きを言うのは拒否した。

「言い訳って、おまっ…」


ドンッ!!


「っ!!」

返事はつんざくような轟音ごうおんだった。

真也は思わず会話も止め耳を塞ぐ。


「…………」

真也は自分の目の前で爆発が起こったことを“人間”として理解する。

肌が焼けるような熱さと、爆発の余波によって舞い上がった校庭の砂埃がそれをものがたる。

「…………っ」

真也はその爆発が少女の最強の力キャパシティであることを“中二病患者ヴィクター”として理解する。

砂埃が晴れた先には怒りを胸に秘め、無言で睨み付けてくる中二病患者ヴィクターがいた。

「(…、戦うしか…ねえのかよ)」

真也はおののく。



中二病大戦ヴィクターウォーズ

それは、日本全国一万人の中二病患者ヴィクターが、対戦デュエルを勝ち進み、その生き残り…つまり頂点を決めるものである。

中二病患者ヴィクターにはそれぞれ異なる超能力と呼ぶべき力、『最強の力キャパシティ』が与えられ、対戦デュエルではそれをいかに駆使するかが勝敗の鍵を握る。


真也にも『戦意皆無よわゴシ』という最強の力キャパシティがあるのだが、その能力というのが『自分自身の攻撃力のみを“ゼロ”にする』という古今東西聞いたこともないクソ能力なのである。


「(てか相手のあれは爆発かよ…、勝ち目も“ゼロ”じゃねえか?)」

今、真也の脳裏には大戦に関するある規則ルールが浮かんでいた。

「(…となるとやっぱあれか?逃げるってやつ)」


それは【相手から二百メートル離れることにより、その『対戦デュエル』はノーコンテストとなる。その際、『最強の力キャパシティ』は喪失しない】というものだ。


いくら有能な最強の力キャパシティを少女がお持ちになっていても、流石の流石に性別的体力差は“人間”に付き物。真也が全力疾走でこの場から立ち去れば、多少の傷は負うにしても真っ向から戦い打ち負ける確定的な未来だけは避けられるだろう。

真也はそこまで考えてから、しかしその場に踏み止まった。


「(…って、何言ってるんだオレは?)」

目の前の仁王が如く立ち尽くす少女を見て、昨日のことを思い出したのだ。


彼女は最後に泣き崩れるように言っていた。

名前も分からないストーカーに日々恐れていた。困っていた。辛かったはずだ。




逃げることは、カンタンだ。


どんなに辛くても、そこから離れていけばいいんだから。

その方がラクだ。ラクな方がいいに決まっている。

平和な日常が一番ってのがオレのモットーだったじゃねえか。



真也は逃げる体勢フォームを作ろうと前に出していた右足を戻し、改めて梨緒に向き合う。



でも…、

それでいいのか?

オレの求める平和ってのは、一人の少女を見殺しにしてでも手に入れたいものなのか?



「(違うな)」

真也は断言する。


平和を心の奥底から渇望かつぼうしていた少年は、

敢えて自ら望んで、超常の沼へと足を踏み入れていくのだった。






「(絶対許さない、ぶっ倒してやるわ!)」

自分に向き直った少年を見て、少女の怒りは頂点に達した。

不思議だが、怒りが頂点に達すると逆に冷静になってくる。ココアカラーの長髪を左右でツインテールに結ぶ少女はてつくような“霧氷情むひょうじょう”という“無表情むひょうじょう”をして、身体からだ中からは『相手を倒す』衝動が染み出るほど駆け巡っていた。


粉砕爆発バーニング


それが私の能力チカラ

任意の空間に希望量の爆発を起こす力。

さらに自分で創った爆発に対し、自分自身は無敵であるという『爆発耐性フルレジスト』の力のおまけ付き。

少女は少年をキッと睨み付ける。


少年と少女の間に二度目の、しかしさっきよりも格段に大きな爆発が巻き起こる。


戦いは始まった。






「ぐっ…」

突然、ドン!と音がして二回目の爆発が起きた。

そのことに気付くより先に真也はノーバウンドで校舎の壁に叩き付けられる。

本能的に使った『戦意皆無よわゴシ』のおかげで自分自身が壁にぶつかる勢いの、攻撃のベクトルをゼロに出来たため、本来は壁から受けるはずだった反作用のベクトル…つまり、壁にぶつかったときに生じるダメージを無効化することは出来た。

「いっ…てて」

しかし、その爆発によって与えられるダメージそのものは打ち消せないため真也は痛みを感じた。見ると学ランはボロボロだ。

「(ちいっ、ひらけた場所は向こうばくはつにとっては有利過ぎるな)」

そう考えると学ランをその辺に捨て、ズボンをパンパンとはたく。その時、真也は自分が叩き付けられたところが教職員用入口であることに気付いた。

「(中に入るっきゃ、ねえか!)」

真也は隙を見て扉を開き、急いで校舎の中に逃げ込む。その数秒後、扉付近で小爆発が起こり扉が吹き飛ぶ音が聞こえたが真也は構わず走った。

教職員用入口近くにはエレベーターがある。使えるかな?と思い、試しにボタンを押してみたが動かない。『因果孤立ニアーディメンジョン』の空間は外部電源も断絶するのだろうか?そのわりには蛍光灯が煌々と白く輝いているので、真也は矛盾に感じながらも仕方なく階段を駆け上がった。



巨大国家のアメリカ合衆国はその力で、経済界や他国の政界など様々なものに影響を与え、戦争ではその圧倒的戦力でこれまで数々の勝利を収めてきた。

しかし、そんなアメリカ合衆国も唯一戦争で敗北を喫した国がある。


ベトナムだ。

彼らはアメリカ合衆国の精鋭や最新兵器に対し、地の利を生かし自国の森を使っていくつもの遊撃隊が奇襲するという所謂いわゆるゲリラ戦法をとった。


真也もこれに習い、学校という自分に有利なフィールドに誘い込むという戦いをすることにしたのだ。

梨緒が学校ごと粉砕するような巨大な爆発を起こすなら話は別だが、それに限っては真也は運が良く、彼女は今、一階の職員室前の廊下を歩いていた。

「(…さてと、)」

手を胸にあて、息を殺す真也。いくら地の利を生かせても、相手は強い最強の力キャパシティの持ち主である。実際の戦力差は変わらず『素手vs戦艦』に匹敵するものがあるのだ。真也はあまりの緊張感に冷や汗をかく。

真也は今、二階の視聴覚室前にいる。そんな真也が何故に梨緒の現在地が分かるかというと簡単である。


梨緒がいる廊下の職員室ではない側には、先程まで宮城春香みやぎはるか含む図書委員達が定例委員会のために集まっていた図書室がある。彼らは『人払い(キープオフ)』によって淘汰されたのか勿論もちろんいなかったが、彼らが残した図書委員会のプリントや筆記用具類は机の上に広がったまま残されていた。

そんな図書室の上空は、二階と三階部分が吹き抜けになっているのだ。

真也のいる視聴覚室はちょうど梨緒の位置が把握できるところにあるのだ。真也はそこで吹き抜けに備え付けられた転倒防止用の手摺りに手をかけていた。

「(…やってみるか)」

真也の足元には、視聴覚室のリサイクルボックスで頂戴した紙で作った即席の紙飛行機がいくつも落ちている。

それを手にとり、梨緒に向かって飛ばし始めた。


いたっ、何?」

最初に飛ばした紙飛行機が梨緒の頭に突き刺さる。

その直後に左側に顔を向け、梨緒がいくつもの紙飛行機に気付くとそれらが爆発した。

それが晴れると無傷の梨緒と、ボロボロになって墜落した無数の紙飛行機が見えた。

真也の紙飛行機はただの紙飛行機であって、爆発するように加工したものではない。あの爆発は梨緒が起こしたものなのだ。


「そこに、いたのね」

梨緒は真也の存在に気付いたらしく、顔を上げてそう言った。

「もう、めねえか?無駄な争いは避けてえんだよ」

真也はすぐには攻撃が飛んで来ないだろうと踏んで、必死に弁解を再開した。

「そうね…、やめてあげてもいいわ」

「それじゃあ…!」

梨緒のもの言いにホッと胸をで下ろす真也。しかし次の一言に愕然がくぜんとする。


「あんたが自分をストーカーだと認めるんなら、“半殺し”ですませてあげてもいいわ!」

梨緒はその場でジャンプすると、その足の裏と大地の間に爆発が巻き起こる。その反動で梨緒は二階まで跳び上がる。その後、何度か小爆発を起こして真也のいる場所に居立つ。

「なっ!?そんな使い方も出来んのかよ!」

真也は心臓が飛び出るほど驚き、次に真也がいたところで爆発が起きる前に手摺りを飛び越え、図書室に飛び降りた。『戦意皆無よわゴシ』の力で落下時に生じる勢いを殺して難無く着地すると、すぐにその場から離れようと近くの階段の方に向かって走り出す。

梨緒はその一部始終を確認すると、真也を追い掛けるように爆発を利用して図書室に着地した。



真也は慌てて逃げるように走りながらも、頭の中では冷静に梨緒の最強の力キャパシティを分析していた。

さっきまでの出来事を通して気付いたことがいくつかある。


まず、【爆発は自動オートで行われるものではないということ】

これは一発目の紙飛行機が当たったことから理解した。


次に、【爆発は任意に起こせ、爆発の規模も自由自在だが、発生距離に制限があること】

一階の時点で上空に爆発を起こせばいいのに、敢えてそうせず二階に到着してから爆発による攻撃を行ったことから推測。


最後に、【自分が創り出した爆発は自分自身には効かないこと】

でなければ、あの飛翔ひしょうは行えず爆発時に足がどうにかしているだろう。ただ、爆発の余波の衝撃だけは受けるらしく、巨大な爆発を起こさない理由はそこに起因するのではないかと考えた。




「(…、何でだ?)」

この疑問は、梨緒の最強の力キャパシティについてではない。真也は自分自身の異常な言動に疑問を感じぜずにはいられなかったのだ。つい一ヶ月前の真也ならば二回目の爆発で『GAMEOVER』になることは必然の極みであったろう。

しかし今の自分は梨緒と互角とは言えずとも、この瞬間まで生きている。前回の戦いの経験値が真也のレベルをここまで上げたのだろうか、それとも別の…何かなのか?

「(って、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ)」

真也は梨緒の爆発から逃げるように階段を駆け上がったり下がったりしたり、校舎を全力で走り回ったりしていた。梨緒のエネルギー切れを狙っていたのだが、梨緒が爆発の衝撃を移動手段に利用したり、足の裏に連続的な小爆発を起こして『飛行』を完成させたりするのを見てその作戦も断念せざるをえなかった。


「(ったく、ホントにあの能力は反則級チートだよなぁ…。特に【自分で創り出した爆発は自分には効かない】ってところがずるいのなんの……って待てよ)」

真也は相手のあまりの強さについには泣き言を言い始めたが、自分の嘆きで何かに気付いた。

勝利に繋がるかもしれないもろく弱々しい一本の糸に。


「【自分で創り出した爆発は自分には効かない】?」

真也は反芻はんすうする。

もし、それがホントならば…。



真也は急いで“生徒用入口”のある下駄箱に向かって走りだした。






生徒用入口から五歩くらい歩くと、そこには校庭がある。

校庭は通常の『校庭用の砂』の他に、怪我けがの発生頻度を抑えるためのゴム性の特殊なピンクや緑色の砂も入り交じっている。

真也はそれを踏み締め、目的地である校庭の一角に向かって走っていた。真也が目指す先には体育倉庫がある。

「やった!開いている!」

放課後に運動部が活動していたのが幸いしたのか、体育倉庫の鍵は開いていてお目当てのものも中にあった。真也はなんとか持てるサイズの未開封のそれを持ち出す。


「鬼ごっこはもう終わりよ!」

爆発によって運動エネルギーを得た梨緒は一直線に突っ込んでくる。

「くっそ!いちばちかだ、うおおおおおおお!」

真也は手に持っていたそれを思いっきり投げ付ける。

「っ!?」

梨緒はほぼ反射的にそのベージュ色の包みを爆発させる。

「ん!?何これ?粉?」

その包みから粉砕して現れたものは白い粉、ライン引きに使われる粉末が梨緒に降り注いだのである。

「(今だ!)」

真也は爆発と同時に梨緒のもとに走りだした。それに気付いた梨緒は、その意図を推測して言う。

「もしかして目眩ましのつもり?残念ね、私自身に爆発は効かないんだからこんなもの吹き飛ばせばいいのよ!」

真也はそれを無視して、梨緒に近付く。残り一メートルに差し掛かったとき、



梨緒と真也を飲み込む爆発が巻き起こった。






「えっ?いた…い?」

ライン引きの白い粉が付着した紺のブレザーがボロボロで、ツインテールの結い目も一つ取れていた梨緒は地面に転がっていた。

爆発の余波によってここまで吹き飛ばされたことは分かったが、『爆発耐性フルレジスト』の力も持つ私がなんでこんな爆発に焼かれたようにボロボロなのかを理解できず、痛いという感覚も頭が困惑していて初めよく分からなかった。


「なんでだろ?って思ったろ?」

「っ!?」

そこにはいたる所から血を流し、綺麗な黒髪もパーマになっていて見る影もなくなっている真也がいた。両腕で体をかばったのか長袖だったワイシャツは袖が吹き飛び半袖に成り下がっていた。


「確かに“お前の創った”爆発はお前自身には効かなかったよ」

「なっ…何で?ぐっ…」

梨緒は今頃になって激痛を感じたのかかすれたような声で聞く。

「だが、お前は自分の能力で自滅した」

「へっ?」

辻褄つじつまの合わない真也の話にさらに困惑する梨緒。真也はそのわだかまりを解いてあげるように梨緒にさとす。


粉塵爆発ふんじんばくはつって知ってるか?」

「!?」

「炭鉱場や製粉所でよく起こる事故なんだが、空気中にある一定濃度の可燃性の粉塵が、浮遊した状態で火花などによって引火して爆発を起こす現象だ」

真也は説明しながら、この粉塵爆発が起こった奇跡ミラクルに驚いた。真也はそれに対する詳しい知識なんて知らず、『一定濃度になるのだろうか?』以前にライン引きの粉で爆発が起こせるという確証すら全くなかったのだ。

しかし同時にこの未来を容易に想像できた。恐らく現実ならこれは上手くいかなかったのかも知れない。なぜならライン引きの粉で粉塵爆発なんて事件聞いたことなかったから。『因果孤立ニアーディメンジョン』という異質がこの状況を引き起こした可能性も無きにしもあらずなのだ。


「そっ…それとこれのどこが関係あんのよ?」

梨緒の疑問に真也は答える。


「お前が効かないのは“爆発”じゃなくて、“お前が創った爆発”なんだ。最強の力キャパシティが創った爆発が起因して発生した爆発は“お前の”じゃない。だからダメージを喰らったんだ」

梨緒はそのことを初めから理解していたが、真也に改めて説明されやっと納得したのか悔しそうに黙った。

真也はそれを見て静かに言う。

「さて…、お前をこれ以上のストーカー被害から逃がすにはこの場でお前の力を喪失させなきゃなんねえんだが…」

「…!!」

梨緒は真也が右拳を握るのを見て、本能的に殴られると理解しギュッとおびえるように目をつむった。



「……………………、…?」

しかし五秒、十秒、一分経ってもその拳は飛んで来ない。梨緒は勇気を振り絞って目を開いてみることにした。

その時、ほおを殴る鈍い音がした。

「っ!?」

梨緒の頬ではない。

梨緒が目を開けると目の前には自分自身の右頬を殴る真也の姿があった。



「殴れっかよ…」

真也の顔からこぼれた暖かいしずくが梨緒の顔に当たる。

「オレの負けだ…。オレの負けでいい…」

訳が分からないことを言う。梨緒はそんな感想を抱いた。

早く能力を喪失させればいいのに、何でこの少年バカはそれをしないのか。

「オレはこの大戦を通して、自分の『中二病』とはなんたるか?を知りたいと思っていた」

真也は崩れるように座り込む。

「でも、それは、でもそれはよお…」

なんなのよさっきから、優柔不断じゃない。あんたは何がした…



「こんなか弱い少女をぶん殴らなきゃ手に入らねえもんなら、そんなもんはいらねえ!!」



「っ!!」

梨緒は真也の一際大きな叫びを聞き、心の中で展開していた愚痴をやめた。


彼は自分のことを「オレはストーカーじゃない」と言っていた。

また、何がなんでも私を守ってくれるって言っていた。


梨緒は目から暖かいものが溢れてくる。


よく考えたら、彼は一度も私に致命傷を与える攻撃をしてこなかった。

今の粉塵爆発の時だって、最低限のダメージで済むように、自分自身の体よりも私のことを庇っていたのだ。

梨緒は自分と真也のボロボロ加減を比べてそう思った。自分もボロボロとは言ってもカラダ自体に外傷は見当たらないのだ。それに対し彼…真也は服も紙も無残で見える肌からは痛そうな傷口から多量の鮮血が溢れていた。


「よく考えたらさ、オレは『仲間』って言葉をよく使うが、逆に言われたことはなかったんだよ」

真也はそこで梨緒を見つめ、「お前以外に」と付け加える。

「っ!?」

急に見つめられ、突然なにを言い出すのよ!このバカ!と初め顔を赤くする梨緒であったが、真也が涙を流しているのを見て表情を曇らせる。


「そんな…、オレのことを『仲間』って言ってくれた奴を…、仲間を殴れるわけねえじゃねえか!」

真也はプライドなんてかなぐり捨て、無能過ぎる自分に怒り、泣き叫ぶ。



「当たり…前、でしょ」

「っ!?」

そんな真也の両肩に細い二本の手が置かれた。

「なんたって、あんたは私の仲間なんだから」

「…梨緒」

真也が涙で濡れた目を擦るとそこには、誰もが一瞬で惚れてしまいそうな暖かい笑顔があった。

真也が一番好きな一番見たかったものがそこには咲いていた。



「『蒼い流星シューティングスター』」



「なっ!?梨緒!!」

「えっ?ってちょ…バカ!何すんのよ」

真也は梨緒を押し倒すように今いるところから脱出する。梨緒が怒って真也に蹴りを食らわすのと同時に、さっきまでいたところに蒼い小岩が十個ほど着弾した。



「なんだよ、今のでやられてくれりゃあ超ラクだったのに…」

心底残念そうな冷たい声が響いた。

真也と梨緒は同時に声のほうを見る。


「何でお前が?能力喪失したんじゃねえのか?」

「今の、蒼い岩…。あんたが昼間の襲撃者だったのね?」


真也と梨緒の視線の先には、狂ったような笑顔をした鏑木亮太かぶらぎりょうたの姿があった。


「悪いがどっちの質問にも答えるつもりはない。ボロボロな内に二人とも狩る」

生徒用入口の付近にいた鏑木はゆっくりとこちらに近付いてくる。真也が「マヂかよ」と言ってると梨緒が小声で話し掛けてきた。


「(シンヤ、あんたあいつのこと知ってるの?)」

「(ああ。クラスメート。この間戦って気絶させたんだが、なぜかまだ最強の力キャパシティが使えてる)」

シンヤと美少女に呼び捨てにされ、こんな状況ながらも喜びを覚える真也だったがそれでも答える。

「(また倒す自信は?)」

「(ゼロだな。さっきみたいなマグレ勝ちだったからさ)」

「(やっぱりね、まあいいわ。私の話を聞きなさい)」

梨緒はそこから二言三言指示を出した。


真也は言われるままに、取りあえず押し倒した状態を解き二人とも立った。

次に梨緒を盾にするように彼女の後ろに回り込み背中に手をやる真也。

「(こっ…このバカ!どこ触ってんのよ!)」

「(どっ、どこって…背中だけど?)」

ハテナマークを浮かべる真也。梨緒は結局言えなかったが、真也の手はブラのホックのところに置かれていたのだ。

「(『私自身が創った爆発は私には効かない』ってさっき言ったじゃない?だけど爆発の余波の爆風の勢いだけは私にくらうのよ)」

真也は彼女が小爆発で飛行していたことを思い出す真也。

「(だからこそ、自分がめちゃくちゃ遠くに吹き飛んで壁にぶつかった時に大怪我するのを防ぐために今までは『超規模な爆発』が使えなかったのよ)」

「(……、“今までは”使えな“かった”?)」

真也は梨緒の発言のその部分だけ抜き取り怪訝けげんになる。

「(あらっ!分かってるじゃない。そう、シンヤの『戦意皆無よわゴシ』で、衝撃のほうをなんとかしてくれれば、その『超規模な爆発』を放つことが出来るの!)」

だから背中支えてるのか。真也は理解する。


真也の戦意皆無よわゴシは自分の勢いのベクトルこうげきりょくをゼロにするのだ。


「(だが、ちょっと待て。オレ自身には“爆発”の方が効くぞ?)」

真也が進言したそのもっともな問題点に、梨緒は笑顔で解決策を言う。


「(そんなの些細ささいじゃない!)」

「(お前にとってはな!)」

あの笑顔でとんでもない事を言いのける梨緒。

「(仲間でしょ?)」

「(それはオレが言いてえ!)」

「(文句の多い男は嫌われるわよ?)」

「(死ぬよりはましだ!)」

「(あなたには家に妻と子を残してきてるのよ!ここで死んでいいの?)」

「(こらっ!そこっ!オレの死亡フラグ立てようとしてんじゃねえ!)」

「(こんなに言っても…、ダメなの?)」

「(ぐっ…)」

梨緒は高く、か細い声を出し上目うわめ使いでこっちを見てくる。

命の危機的に許可すべきではないのだが…、




うん、可愛いから良し。




真也はその姿にグッときてしまったのだ。


「(分かったわ!いくわよ!)」

「(えっ?ちょ…おまっ)」



あまりに可愛すぎたため、真也の心の中の呟きが口から滑ってしまったようだ。

しかし、気付いた時には既に遅し。梨緒は鏑木に向き直り最強の攻撃ばくはつを放っていた。



「『超巨大粉砕爆発バーニングフルバースト』!!!!!」



「くっそおお!オレのばかあああ!『戦意皆無よわゴシィィ』!!!!!」




学校全体を丸呑みにするような爆発が起こり、中の全てのものが粉砕される。





欲望に負けて自分自身を自ら命の危機に陥れてしまったとある少年の悲痛の叫びは、

超規模爆発による轟雷にたれたような爆音に掻き消されたのであった。




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