Ep7 Days of normal and not~煩い外野と静かな足音~
明くる日の気候は、昨日の蝉が鳴きわめくのを想起させるような、太陽ギンギンの真夏の気候と打って変わり、春再来を感じさせる過ごしやすいものであった。
天気はもちろん晴れ。それも雲量ゼロの快晴ってやつだった。
「(フンフンフ~~ン)」
区内最大の大きさ、人数を誇る公立学校『諫山中学校』では今日も多くの生徒が登校している。
この学校は公立でこそあるが、区がかなり力を入れている進学校であり、私立難関五大学の『APRIL』と呼ばれる(A)赤海学院大学、(P)パイサークル国際大学、(R)律響大学、(I)陰治大学、(L)ロールール大学の附属高校以上のレベルの高校入学者が年々増加しているほどである。
だからといって皆が等しく賢いわけではない。この中学校に入学するのに特に所定の試験が必要なわけではないから、近隣の小学校から学力にばらつきのある連中が入学してくる。ただ停学や退学の制度は厳しく、万引きや暴力沙汰などの事件を引き起こした者はよっぽどの成績優良者でない限り学校を中退させられてしまい、バカな不良は勝手に淘汰されていってしまうのだ。
そんなウチの区が誇る公立の進学校、諫山中学校には『教育重点校特別支援』という名の区民の税の積極投入により、他には見られない特別な設備がいくつかある。
たとえば地下施設。
校舎の入口の下駄箱で上履きを履きかえて、PC室とお手洗いの間を歩き目の前に職員室と図書室を臨んだとき、その左側には階段がある。その階段を下ったところにそれはあるのだ。
また、ここへは職員室と図書室の間の道を行き止まりまで突っ切ったところにあるエレベーターやその隣にある一般解放用の階段からでも行くことが出来る。
地下にはだいたい、給食室、第二体育館、クライミングウォール、陶芸室、一般利用も可の室内温水プールなどがある。正直言ってその大半が中学校にとって無駄な気がする。
かなり設備の整った温水プールはせっかく一年中泳げるシステムになっているのに、実際の水泳の授業は夏頃にしかない。しかも、この諫山中学校には『水泳部』がない。
でもまだ、温水プールはいい。この辺りにはちょうど区民プールがなく、水泳の授業がないときには一般利用者が券売機でお金を払って利用しているのだ。
それよりも『この地下のクライミングウォールや陶芸室って何で造った?』という疑問が募る。全長二十メートルはあるんじゃないかと言われる、第二体育館の近くにあるクライミングウォールは事故でも起きたら学校としては面倒なんだろうか、クライミングウォールの壁に巨大なマットが巻き付いていて勝手に出来ないようになっている。そしてそのクライミングウォールと廊下を挟んだ向かい側にある通常の教室くらいの広さの陶芸室は鍵がしまっていて、廊下側の窓から見えるようにお誂えた陶芸品を飾る棚には作品どころか埃一つ見当たらない。まだ誰も踏み込んだことがないのでは?と思われてしまうほど未使用感が漂っているのだ。
そしてこの二つは、授業でも部活でも、ましてや一般利用でも全く使われない。
真也は去年から「クライミングウォールやりてえなぁ…。誰も見てないときにマット攀じ登ってやっちまおうかな。あぁ、でも体育のヤクザ先生に見つかったらだりいな…。何百周走らされるんだろ?」とか考えたりもするが、とりあえずこの学校の建設に関わった奴らは全員中学一年生からやり直せばいいと思う。君達はソロソロ生徒の目線から必要不必要を考えられる脳を養ったほうがいいぞと忠告しといてやる。
「(フンフンフフ~~~ン!)」
そんなPTAや生徒会達が大きく抗議する施設を造ってきた彼らではあるが、遠藤真也個人としてはなかなか気に入っている施設を造ってくれてもいる。それが今いる休憩室だ。
五階は中央階段を挟んだ東側の校舎に二年生の通常教室があり、その西側校舎は化学室や物理室に学校公認の文芸部の部室や生徒会室などがあり、その最西端に通常教室二つ分の広さを保つ休憩室というものがあるのだ。
そこはそもそも、進学校としてこの学校の名を馳せるための施設であり、「生徒の勉強後の疲れを癒やせる場所を」という名目で造られたもので、そこにはささやかなまでの本棚や、休み時間に自由に視聴することの出来るテレビにお茶が飲める設備と、いくつかの黄色いソファがある。
真也はそのソファの一つに腰掛け、いつものにやけ面で携帯電話を眺めている。
先程から鼻歌交じりに見ているのは電話帳らしい。画面には『聚楽園 梨緒』と書かれた一つのメモりが表示されていた。
「(ふふふ。いや~、中二病大戦なんてオレを不幸に導く“だけ”のものだと思っていたが…)」
真也こそ、この場所を唯一無二の素晴らしい施設と謳ってはいるが、実際のところこの場所も生徒からは不満の声が上がっている。
何が不満なのかと言うとその設置位置である。本校舎の五階の最西端といったら遠すぎるのである。江戸でいう薩摩藩ぐらいに。わざわざ癒されに行くのに疲れなければならない矛盾に疑問するのである。
しかし、だからこそ人の少なさに至上の喜びを感じてあえて選択的に真也はここへ来るのだ。
現在、二時限目と三時限目の間の十分休みである。真也は割と早めに終わった二時限目の数学の直後にダッシュでここまで来て、自己ベストタイの記録でソファに座り込んだのだ。
「(………、にしても。メールするタイミングとやらが全く分からん。)」
そんな真也は嬉し恥ずかしの興奮の後に、メールに関する葛藤に陥っていた。
「(電話帳に女子を登録するの初めてだもんな……)」
真也は昨日の梨緒との誤解を解いた後に、梨緒からの提案で赤外線をすることしたのだ。携帯電話の赤外線送受信機能を用いたアドレス交換、真也は女子とのそれが初めてだったので感動で手が震えてしまった。そのせいで何度も送受信を失敗して梨緒が舌打ちしているのにも気付かないくらいに。
真也には篠原琴音という幼なじみがいるが、彼女は機械音痴で「携帯電話なんてめんどくさい。メールなんかしなくても家庭電話で充分よ」という理由でケータイを持たないために真也は女子とのアドレス交換は(母親以外に)今までしたことがなかったのだ。
「(えっと…何て打とう。「いい天気ですね」…って、変か?いや…向こうはお嬢様だし逆にありか?あ~もう、どお…)」
「楽しそうだな、少年」
「!!!?」
真也がケータイのメール画面で本文打ちに四苦八苦しているところに、透き通るような声が聞こえた。
やっていることがやっていることだったので真也は咄嗟に振り返る。慌てていたためにポケットに入れようとしたケータイが手から滑り落ちて、パタッパタタとケータイが開いた状態で床に転がる。
「フム、驚かしてすまなかったな少年。キミがあまりにも楽しそうな顔をしてるもんで声をかけたくなってな…」
「か…会長ですか……」
真也が振り返った目線の先にいたのは、ウチの生徒会長の諏訪原黒須さんである。
オレはケータイを拾いながら恐る恐る聞く。
「えっと…、いつからいたんですか?」
「フム、たった今だ」
「あぁ、そうですか(良かったあ、電話帳は見られていない!)」
真也はほっと胸を撫で下ろす。この人にバレたら危険だと本能が告げる。
「時に少年よ」
「はあ」
「青春してるな」
「ぶっ!?最初からこの現場を押さえてるじゃないっすか!」
「はて?なんのことやら?私はただ単純に青春してるなと思っただけさ」
会長はしらばっくれる。真也としても言及したかったのだが、なにより証拠がなかったし、よく考えたら会長がそういうことにしてくれるのならば、こっちとしても都合がいいので折れることにした。
「疑ってすいませんでした。にしても、やだなぁ会長。こんなナリですよ。青春なんてしてるわけな…」
「聚楽園…梨緒か。珍しい苗字の少女だな少年」
「ぶほっ!一秒にしてオレは裏切られた!!」
「失礼な。三秒だぞ」
「五十歩百歩だわ!つか、見てたんすか!?」
「いや、私はキミがケータイをいじりながら、にやけ面になったり「メールなんて打とう?」と焦っているところしか見てないぞ?」
「最初から見ていたんじゃないっすか!」
会長は「What?」のジェスチャーをしながら首を傾げる。真也は会長のおふざけにツッコミながらも少し疲れたため、話を反らすことにした。
「そういえば会長は何でここに?」
「「何で?」とは愚鈍だな少年。少し失望したぞ」
どうせオレは愚かで鈍いですよ…。それより早く教えてください。
「まあ、そう愚鈍な己の愚鈍さを悲観するな。そこの愚鈍少年」
「悲観するなとか言うなら愚鈍愚鈍言うなあ!承知してても泣けてくるぞ?」
「フフフ、己の無力さをせいぜい嘆け。小物が」
腰を落として泣き崩れるように落胆する真也。会長は両腕を胸辺りで組み、見下すようにそう声を掛ける。
「ひどっ!ちょっ、それは酷過ぎないっすか! 校長先生ぇ!この学校にはいじめがありまあす!」
「フフフ、校長先生程度に何が出来るものか…」
「いや!あんた何者だよ!相手は校長先生だぞ!」
「フム、確かに校長と私を比べるのは些か失礼だったな。…私に」
「違うわ!逆だわ!」
真也は立ち上がり、食い下がるように必死につっこむが会長は無視して続ける。
「せめて、天皇陛下と比べなければな。出なければ誠に失礼だ。…私に」
「いやいやいや、間違ってるからその倒置法!あんたは何様ですか!?」
「おや?日本では内閣総理大臣の上に生徒会長がいるのではないのか?」
心底意外そうな顔をする会長。
「日本には首相より上の位の人は何人いるんですか!?」
「おかしいな?日本ではそう定められてると、このあいだ聞いたんだが?」
「日本国憲法のどこを見たらそう書いてあるの!?」
「ジョニーの奴め、私に嘘を教えたな」
「その前になんで日本人に聞かないの!?」
「まあ…つまり、私はこの階の生徒会室にさっきまでいて、暇潰しに散歩していたところにここに行き着いたわけだ」
「え?え?待って!?一つ前との発言にバイパスがなさすぎですよ!?そして、『つまり』の接続詞の使い方が明らかに間違っていますけど、取り敢えず何故かは分かりました」
会長は素で言っているわけではない。学年トップの成績に歴代最高の生徒会長と言われる人が天然なわけがないのだ。
「その聚楽園梨緒というのは誰なんだ?キミの彼女でないことは確からしいが…」
「決め付けるのはよくないと思いま~す」
「で、キミの彼女でないその何者かとはどうやって知り合ったのだ?」
会長は真也の嘆きに取り合わない。真也は観念しつつも会長をじと目で仰ぎ見る。
「教えません。確かに彼女じゃありませんが、それが何ですか?もしかして同じ“女の子”として嫉妬してるんですか?」
「………………………バレたか」
「ばっ、ばれ…バレたって会長!オレのこと好きだったんですか?すいませんこれからは会長しか見ませ…」
「まあ、嘘だがな」
「またもや即座に裏切られた!?このぉ!純情なオトコノコを弄びやがって会長め!」
「フフフ、鬼畜だな」
「その単語を自分の誇りのように言わないで下さい!」
真也は落ち込んだり立ち上がったりいそがしかった。『!?』はもはや真也の専売特許と言っても過言ではないほど、その言葉に馴染んでいる。
真也のリアクションに満腹感を感じ得たのか「あ~、楽しかった」と感想を言う会長は、真也と同じくらいの身長で、自然なロングの茶髪を後ろでポニーテールを作った少女である。
真也曰く、学校でポニーテールが一番似合う少女であり、ポニーテールを解く仕種が一番可愛い少女であり……
「…そんな彼女にベタ惚れなオレは彼女の犬として忠誠を誓うのであった…続く。」
「…………。会長、何やってるんですか…?」
「いや、ただ君のモノローグに追記をしてあげただけだが?」
「人のモノローグ読むなんて…。ここに来てあんたは本当に何者ですか?」
会長はしばらく考え込みやがて答えでも出たのか唐突に彼女は言った。
「私、もしかしたら虚〇の担い手なのかも知れない」
「黙れ!そしていますぐヤマ〇チに謝れ!」
会長のおふざけに即座に反応する真也。もはや反射とでも呼ぶべき代物である。
「そしてさっきのキミのマゾモノローグは、君が使い魔である伏線か!?」
「なんか、「線が繋がった!」みたいな感じに言ってますけど、そのモノローグは会長のフィクションですから…」
会話(?)を数刻すると、もうほとんど時間がなかった。よってケータイメールを打つ暇がなかったのだが、一つ嬉しいことがあった。
「ああ、そうだ少年。ついでだから私とも赤外線交換しとこう」
「はぁ…。って、えぇっ!?マジですか!!…いや、まさかまた嘘か?」
「キミは本当に私に失礼だな。私が今まで嘘なんてついたことがあるか?」
真也の失言がよほど不服だったのか…って訳ではなにがなんでもなく、理解しながらも、ふざけたいためにいけしゃあしゃあと会長は言う。
表情を覗き見ると大人の笑みの中に、子供が悪戯で得られた昂揚感みたいなものが混じっているように思えた。
真也はそれを説教する教師が如く、目の前の悪戯っ子に道を諭してやろうと畏まる。
「会長、『狼少年』って知ってますか?」
よし、オレ教師っぽい。見ると突然なことに呆気にとられたのか、会長は口を小さく開けて少し驚いていた。しかし、すぐにいつもの会長スマイルを取り戻しその場でクルンと回った。遠心力を得てスカートの端がふわりと上がるが、何故かその中は見えなかった。
チクショー!頑張れスカート羽ばたけよ!はっ、まさか会長は下着を穿いていないのか?
「いや?ちゃんと下着は身につけてるぞ?今日は白だな」
真也の妄想と会話する会長は、リボンを緩めて首を前に傾け、セーラー服の中を覗き見るようにしながら淡々とそう述べた。真也は「純白様のお通りぢゃあ!」とわめき立てている。それは酔っ払いと同じような言動であり、同じように顔を朱に染めていた。
結局それで真也の説教モードは有耶無耶になってしまった。
会長は真也の舞いを見て愉しみながら、「キミはいつも面白いな」と呟いた。
「んっ、あ~あ」
喧騒な住宅地に、それを断ち切るように寂静な公園がある。
その公園は古くからあるのか『ぶらんこ』があり、他には『すべりだい』に『すなば』に『てつぼう』と、なかなか豪華なものであった。その周辺を木々に囲まれた公園の中には『すなば』付近に併設されたベンチに座る一人の少女がいた。
まだ時刻は十二時半頃で、尚且つ平日だから学校の時間帯であり、子供の姿は他にはなかった。
「っく、あぁ~~~あ!」
高級感溢れる紺色のブレザーを着た少女は、ココアカラーの長髪をツインテールに結んでいた。紺ブレザーにつけられた校章の金刺繍から、彼女が上流階級の人が通う『私立應麗学院』の生徒であると一目で分かる。
なぜ、彼女がここにいるかというとただのサボりである。彼女は勉強があまり好きではないのだ。
さて、暇ね。何しようとケータイの画面を開くと昨日のアドレス交換をした少年のことを思いだして、慣れた手つきで素早くボタン操作し、電話帳を開いて少年のメモリを画面に表示させた。
「…対戦」
「(!!?)」
そんなときに唐突に、小さなしかし少女の耳に届く声で開戦の合図が聞こえた。
少女は迅速にベンチから立ち上がり、後ろを見る。そこには迫り来る蒼い小さな
岩が七つくらい飛来していた。
「(ふんっ)」
ドン!とその七つの蒼い小さな岩は、なんの兆候もなく彼女にぶつかる前に爆発した。
「…………、」
パラパラッと岩が砕けて小石と化し、それが地面に落ちる激しい爆発の余波の煙が晴れると、小石が絡まり髪が乱れた“だけ”の少女が腕を組んで不満そうな顔をしていた。
「?」
そんな彼女は赤色の生徒手帳を見つけて怪訝となり、しゃがみ込んで手に取る。
「っ!!?」
彼女はそれを見て、初め単純に驚きそして現状を思い返してから、その表情を怒りで濁らせた。
彼女はケータイのGPSの機能を起動し所定の場所を目的地に決定し、その方向に歩き始める。
少女が右手に持つGPS機能のディスプレイの左上に表示された目的地には『諫山中学校』と記され、
少女が左手に持つ赤い生徒手帳には氏名欄に『遠藤真也』と書かれていた…。
今日のオレはとことん生徒会運が悪いらしい。
鏑木亮太がズル休みだと聞き、暇潰し相手がいなくて完全に萎えてしまった真也は給食の後の昼休みに教室を抜け出した。ちなみにあれから鏑木とはオレからの何度かの接近の後に、ついに最近、昔通りオレに宇宙について偉そうな知ったかで語ってくれるようになっていた。
まあ、それはそれとして今は目の前の状況を把握したい。
教室を出たオレは、第二の故郷である『休憩室』で昨日買ったばっかのラノベの新刊を堪能しようと思ってそこに向かおうとした。ホントにただそれだけだったのに…。オレが何をした?
『休憩室』に向かう足先を生徒会室前の廊下で止めた目の前の男女、特に男のほうに果てしないめんどくささ感を持って見遣ると、真也は大きな溜息をする。
とにかく、今日は生徒会運が悪いらしい。
「なんだ?出合い頭に溜息とは失礼な奴だな。衆愚の始まりか?徹底しなくてはならないようだ」
『真也ズ溜息』に気を悪くしたのか、男の方が挨拶がわりに真也に態度の感想を漏らした。一言多い。
通常のものより横に細長い眼鏡が、顔の特徴の挑戦的な目付きに似合い過ぎるその男は、胸辺りで両腕を組み偉そうにしていた。洗い立てのような清潔感を放つ漆黒の学ランのボタンを律義にも全て締め、左腕に『副会長』と書かれた青い腕章をつけている。
「(あぁ…、めんどくせえ。よりにもよって『バカ裕一郎』に会うなんて…。今日の血液型占い最下位だったのかな?)」
「おい、そこの生徒。副会長の有り難い言葉を無視するな」
真也は、余計な一言を含んだ副会長の言葉を反抗するまでもなく無視するように独り言を呟いていた。
副会長としては、自分と取り合わないその態度をお気に召さなかったのか、今度はさっきより声色を大きくして注意をした。
「んっ?なんか言ったか?」
その注意が届き独り言をやめる真也。頭を抱えるように髪を掻きむしっていた手を止める。
「だから、副会長を無視するなと言ったのだ。副会長と無下に接すると天罰がくだるぞ?てかくだれ」
「ああ、大丈夫だ安心しろ。お前に出くわすアクシデント以上の天罰が思いつかねえ」
「幸運の言い間違えか?一般生徒」
「最近の生徒会は生徒の声が届かないらしいな、主に副会長に」
「イチイチ下等な意見を聞き入れるのは時間の無駄だし、衆愚政治の始まりだからな」
そこからの嫌悪感漂う中傷合戦が開幕した。両者一歩も譲らない攻防を見せるが、真也の次の一言で全ての終着が着く。
「ほざくな、『バカ裕一郎』」
「なっ…、俺の名前は『バカ裕一郎』じゃない。『芳賀裕一郎』だ!」
真也が何気なく言った副会長の呼び方に、副会長の芳賀裕一郎は顔を真っ赤にして激しく激怒する。
「第一に俺は成績上位の秀才だぞ?『バカ』は一般以下の存在であるお前の代名詞だろ?」
真也は『バカ』の代名詞的存在と嘲笑われたことに対し言い返したくなったが、自分のことを自分で『秀才』なんて言っているイタイ奴に何か言っても暖簾に腕押し、馬耳東風ってやつなので、諦めて副会長に賛同する。
「そうですね。これはこれは失礼しました『永遠の第二位』」
「『永遠』と『第二位』を併用するな!」
真也の肯定に不満を隠し切れない芳賀副会長。真也はわざとらしく不思議がってみる。
「えっ?なんでですか?事実を述べただけなんですけど?私めは何か虚偽の発言をば、いたしましたでしょうか?それならばお詫び申し上げます」
変に敬語なところがさらに芳賀副会長の怒りを掻き立てるが、そいつを必死に押し殺して平生を保とうとする。
「そっ…それのどこが事実だ?」
と、真也は聞かれると「待ってました!」と言わんばかりに証明を始める。
「『一学年時一学期中間テスト校内順位』第一位、委員長(♂)。第二位、芳賀副会長様。『同時同学期期末テスト校内順位』第一位、委員長(♂)。第二位、芳賀副会長様。『同時二学期中間テスト校内順位』第一位、委員長(♂)。第二位、芳賀副会ちょ…」
「黙れ」
「すごいですね芳賀副会長様!五回も“第二位”になれるなんて…」
「だから、黙れ!」
副会長は声を張り上げる。
「どうしたのですか?芳賀副会長様」
言葉尻こそ恭しい真也ではあるが、その言い方は人を小ばかにしたようなものであった。
「くっそ、黙れ黙れ!次の中間こそは一位に…というかお前は一つ忘れている!」
芳賀副会長は完全に冷静さを欠いていた。真也がせせら笑いをしているのにも全く気付かず、副会長はまくし立てる。
「俺が今、副会長であるのはあいつに生徒会選挙で撃ち勝ったからこそだぞ!」
芳賀副会長は政治家がその選挙公約を述べるように、高らかに言った。
「…立候補もしていないような奴に、僅差に追い詰められるなよ」
そんな副会長を真也は哀れむように見た。
彼、芳賀裕一郎副会長も真也と同じく『完璧超人』の委員長(♂)の被害者と言えた。
彼は勉強が出来るので、自分で言わなくても『秀才』であり、また顔も挑戦的な鋭い目付き以外(逆に、その目付きと性格から悪魔っぽいと逆に好印象になる場合がある。)は悪くはなくてそれなりにモテる。
しかし、それはあくまでも『秀才』で『それなりにモテる』だけでしかないのだ。
そんなもの『天才』で『イケメン』なヤロウには全くもって歯が立たないのである。
副会長選挙にしたって、元々委員長(♂)は立候補していなかったし、投票日は病欠だった。なのに熱狂的な『委員長(♂)』信者や芳賀をよろしく思わない方々は投票の紙に『委員長(♂)(もちろん正式名称)』と書いた為に無効票が続出したらしい。
「あんなもの、僅差と認めるか」
それを思いだし顰めっ面になるが、往生際が悪い芳賀副会長。
「まあ、けどオレはお前のためを思って投票したさ…」
「…え、遠藤」
真也の一言に驚いた芳賀。トーンを下げてその名前を呼ぶ。
「…委員長(♂)に」
「ありが…って、はっ?」
素直な気持ちで感謝の弁を述べようとした芳賀はそれを途中まで言いかけ、しかし真也のさらなる一言を聞き、飲み込む。
「いやあ、お前の『永遠の第二位』という栄光が崩れ去ろうとしていたからな。守ってやろうと思って委員長(♂)の名前を書いてやった。だが…、すまない。結局お前のそれは守れなかった汚しちまった。怨んでくれてもいい」
「……………………」
副会長が固まっているのを全く気にせず一人で真也は話を進めていた。
「だがな、…芳賀。オレだけはお前のことを『永遠の第二位』だと思っているぞ!」
真也はヒロインを励ますどこかの物語の主人公のような振る舞いを見せる。外面は真剣だが、内面はおちょくりモード全開の意地悪な真也。
「くっ、そんな栄光要らない。むしろ汚れてしまえ!」
「あんっ?『バカ裕一郎』の方が御所望だったかマゾ野郎!」
「ふんっ、黙れ『名もなき一般生徒以下のクズ』。もしくは『通行人Aが道端に棄てた煙草の灰』。貴様のような超下賎な存在が俺と合間見えることすらおこがましいのに、剰え会話が出来るのだぞ?せいぜい敬いたまえ」
「何だと『専制政治の黒幕』!」
「ご挨拶だな『衆愚政治の根源』!」
両者は再びの罵詈雑言の嵐。ヒートアップするに連れてお互い顔を突き出し睨み合う。
「………ふんっ、」
しかし、芳賀副会長は冷静さを取り戻したのか、はたまた男同士の顔の接近に気分を害したのか、後ろに一歩引き小さな吐息をもらす。ふと、今まで未介入だった隣の女子の存在を思い出して言葉を投げ掛ける。
「柿崎書記、君もこの彼になんか言ってやれ」
会話を振られた少女は少し桃色がかったショートカットの女の子である。
真也は去年この少女とは同じクラスだったので名前を知っている。
少女の名は『柿崎未来』と言う。
少女はやっとかいわに混ざれる喜びを大きく表情に表す。
「ハッハッハー!やっと私の出番だな!お前が悪者か真也君。私の正義の右腕が君を貫いちゃうぞ!」
「…柿崎書記?」
呆気にとられる副会長。この柿崎未来という少女は不思議系の天真爛漫な少女なのである。
「てか、オレは悪なのか?柿崎さん」
「違うよ真也君、君は悪くない。悪いのは全て罪、ひいては世の理なのさ!」
どうやらオレは悪者だが、真に悪いわけではないようだ。あくまでも『罪を憎んで人を憎まず』の精神を貫く柿崎はさらに要求する。
「それよりもなによりも真也君、そんな『柿崎さん』なんて畏まらなくてもいーよー!未来って呼んでよ!もしくは『ミライちゃん』とか『ミライにょん』とか、今なら『ミライ様々さまSummer』でも可だよ!」
ミライ様々さまSummerは天から降り注ぐ陽光のように声を上げ、興奮して手を無秩序に振り回す。
「……柿崎書記」
副会長は真也とじゃれあった時以上の怒りを込めて眉間にシワを寄せて、先程より低いトーンで言う。
「ん?」
そんな唸り声が天真爛漫な女の子の耳に届いたのか、ミライはキョトンとした目で芳賀副会長を見遣る。その目はどこまでも純粋に輝いていた。芳賀副会長は「ゴホン」と一つ咳払いを入れるとミライに聞く。
「柿崎書記、君は何をしてるんだ?」
「何?って『バカ副会長』さんが「何か言ってやれ」って言ったからそうしただけじゃないですか!」
「なっ…バっ?」
芳賀副会長はミライの返答よりも、自分の呼び方に驚いた。
「あっ、すいません!」ミライは自らの誤りに気付き、「つい真也君の言ったことが面白くて言っちゃいました」
笑顔で謝りとそれに対する弁解を言う。
「『面白くて』って…」
怒りを通り越し呆れてしまう副会長。
「本ッ当ーにすいません!あと六回くらい言っちゃいそうです!」
「あぁ、そーですか…って六回?何の予言だ、ふざけるな!」
そして、さらに呆れを通り越して怒りに舞い戻る芳賀副会長。
真也はしばらく芳賀副会長が虚仮にされる姿と、光る桃色の天使の羽ばたきを眺め堪能することにした。そしてあるワードがちょうど六回声に出された時、真也はミライに声かけた。
「そういえばミライにょん」
「ムムムMU!?数ある私の呼び方の中であえてそれをセレクティングするとは…You!ただ者じゃないね!ところで何?」
「いや…これからどこか行くのかな?って思ってさ」
「キサマラの為にわざわざ貴重な時間を返上して校外視察だとよ」
これにはミライではなく芳賀副会長が答える。
「なっ…別にお前に聞いちゃぁ」
「全く…会長の言動にはイマイチ分からない点がある。時間を削ってまで生徒の下働きをするのが本当に生徒会の長の本来のお姿なのかね?だから俺は民主主義というものが嫌いなんだ。愚かな民衆どもは無能なくせに文句だけは一級品ときた。会長が不憫過ぎる…」
真也は言いかけたが、芳賀副会長は取り合わずぼやきを続けた。真也は意外にも黙る。
「フンッ、誰かが犠牲にならねえと手に入らねえ民主主義ってのは本当に民主主義なのかね。まあどこかのクラスにも誰か一人が苦労して内面を少し変えたクラスがあるらしいがな…。」
「!?」
芳賀副会長は独り言のように続けて呟くと「行くぞ」とミライを促して、階段を下り始めた。ミライは素直な驚きの表情を見せ硬直する真也を名残惜しそうにしていたが、しばらくして下に下りた。
…ここね。
ココアカラーの少女が見たのは特長的な樺色をした校舎。私立でもないのに清潔感が漂うその佇まい。諫山中学校で間違いないようだ。
それにしてもオカシイわね。
少女は手元のケータイに目を遣る。
GPSには所要時間三十分って書かれているのに、三時間もかかるなんて壊れてるのかしら?
少女は荘厳なの金属のフェイクで造られた門に手を伸ばす。
簡単に開いた。鍵はかかっていないようだ。
まあ、そうでなくても通るのは“簡単”なのだが…。
少女は何の躊躇もなく中に踏み入る。
放課後だったのか鞄やエナメルバックを持つ人だかりがあった。
紺のブレザーの美少女の登場にそれらは驚くよりも先に、本能的に恐怖を感じた。
「あー、毎度ここは面倒だな」
校舎の一階には階段の付近に職員室があり、その職員室の廊下を挟んだ向こう側には図書室がある。カーペット床な為に一度入口で上履きを脱がなければならないのが難点ではあるが、それ以外はさして不便な点は見当たらなかった。
図書室にはある一角に会議用の長机が三つ並べてあり、そこでは毎月定例の図書委員会が開かれる。真也はそれに参加すべく放課後にわざわざ図書室に来たのだった。
そもそも、なんで真也が?という話だが、それは単に四月の初め頃の『係決め』の日に真也が遅刻したからだ。真也が教室に着いた時はすでに図書委員会しか残っていなかったのだ。しかも、図書委員は各クラス一名のみ。相方に任すとかは出来ないのだ。
「あっ、遠藤先輩…」
「やあ!ハルカちゃん」
真也がテキトーに席に腰掛けようとすると、その一つ前の席に座っていた少女に声をかけられた。
彼女の名前は宮城春香。
今年入学して来た中学一年生で、真也や琴音と同じ小学校であったので昔から面識があり一緒に遊んだこともあった。同じ中学校だってことは知らなかったので、萎え萎えで行った最初の図書委員会で会ったときにはその反動で激しく喜んだ。
身長は真也より顔一つ分小さいくらいで、顔は西洋人のような明る過ぎる自然な茶髪が映える、『有〇』の…じゃなくて『雪』のように白い肌をしていた。特に白粉の跡も見えないのにこれで純粋な日本人だと言うから不思議だ。医者が言うには自然環境内で稀に起こる遺伝子組み替えの賜物らしい。アルビノってやつだろうか?
「あっ…こんに…ちは、です」
彼女はオリンピックで一位になれそうなくらい恥ずかしがり屋であり、物静かな性格なため、声も小さく家族に対してですらよそよそしく喋る。小学校の低学年の時は元気いっぱいの女の子だった気もしたんだけど、気のせいか?それとも中学校という環境がそんな心情変化を齎すのだろうか?
「(…中学校の環境…ねぇ)」
真也は意味深にその言葉を繰り返す。
図書委員会は午後三時半から始まる。十分前に真也が来た時は人はまばらだったが、今ではほとんどの席が埋まっていた。
「(ってか、なに考えこんでんだオレは?ガラにもねえ…)」
真也は自分自身に呆れ返り席に座ることにした。すると目の前の春香が何か言いたそうな顔をしているのに気付いた。
「ん?どしたのハルカちゃん?」
「ふぇっ?いや……、遠藤先輩、もう中学生なんでその呼び方は…」
「んんっ?何て言ったんだ?」
春香は春香なりに必死で訴えるが、声が小さすぎて届かない。もう一度という勢いで息を吸い込み真也に声をかけようとする。
「遠藤はいるか?」
しかしその前に、声変わりを既に終えたような野太い声が真也にかかった。
「その遠藤とやらはオレのことだが?」
中学三年生だろうか?真也よりも二周りほど大きな短髪の男は走って来たのか、ぜーはー言っていた。春香は完全にタイミングを失ったのかおどおどしてる。
「ちょっと来てくれないか?」
「はいっ?いや…これから委員会なんすけど」
「『應麗学院』の生徒が君を名指しで呼んでいる。校庭が騒然としていて迷惑だからと君に来てもらうようにと先生に言われたんだよ」
「應れ…って、梨緒か?」
「心辺りがあるようだな…ってか面識があるのかコノヤロー」
急に嫉妬心を剥き出すように怒りだす。真也は訳が分からず「はっ?」と言うが、とにかく来いと手を掴まれる。
何が起こるんだ?
真也は特になにかあるとは思わなかった。
否、思いたくなかった。