炎上商法が強力過ぎて、厚顔無恥こそが、インフルエンサーになれる条件になってしまっている気がします
コロナ19が流行り始めた一年目の年、「コロナ19は春以降で消える」的なエッセイを小説投稿サイトで見かけました。
確か、ウィルスは湿度が高くなれば感染力は弱まる。だから、春が過ぎれば収まっていくはずだ…… みたいな主張だったと記憶しています。
僕はネットワーク科学の知識から「コロナ19は世界中で流行する危険が高い」と考え、そのエッセイとは真逆の内容のエッセイを書いていてそれなりに調べていたものですから、その主張が浅はかなものである事が分かっていました。
近年は夏にインフルエンザが流行する事もあり、湿度とウィルスの感染にそこまで強い相関関係はないと知らているのです。
が、評価ポイントは僕のエッセイよりその「コロナは春以降で消える」的なエッセイの方が上でした。
「ん~ リスク管理的にも、楽観視はあまり好ましくないのだけどなぁ」
なんて、それを見て思ったりしたのをよく覚えています。
楽観的な見通しは、油断をもたらし、感染予防を怠らせる原因になります。だからこういう時はやや悲観的に受け止めた方が良いのですね。多少の感染予防くらいなら、それほどのコストにはなりませんし。
その後、知っての通り、コロナ19の感染は広がり、その楽観的な見通しのエッセイの予想は見事に外れました。「もしかしたら、コメント欄が荒れているかも」と、少し気になったものですから、そのエッセイを検索してみたのですが、コメント欄は閉じれていました。多分、荒れてしまったのでしょうね。そして、更にそれからしばらくが経つと、そのエッセイは削除されていました。
因みに、予想を当てた僕のエッセイの評価がそれから上がる事はありませんでした。多分、ほとんどの人は、そんなエッセイがあった事すら覚えていないのでしょうね。情報が溢れかえった現代という時代では、その瞬間瞬間にどれだけ話題になるかが重要であるようで、後で“正しかった”と分かっても、あまり意味はないようです。
投稿者さんが「コロナは春以降で消える」と予想したエッセイを削除した件を責めるのは酷でしょう。誰でも過ちはあるものです。きっと本人もよく調べもしないで安易な内容のエッセイを投稿した事を後悔しているのではないでしょうか。むしろ人として好感が持てる反応かもしれません。
ところが、コロナ19の感染が広まった二年目の年、有名な論破王と呼ばれるインフルエンサーが似たような発言をしていたのです。
「春以降、コロナ19の感染は減っていく」
僕は思わず「は?」と頭にクエスチョンマークを浮かべてしまいました。
コロナ19の特性がよく分かっていない一年目にこういった主張をするのならまだ分かるのですが、既に南の暑い国でも感染が広まっている状況下で何故そんな事が言えるのかが分からなかったのです。
そして、その予想はやはり外れました。それからコロナ19の感染は広がったのです。論破王さんはネット上で責められていました。ただ、本人はそんな事などどこ吹く風で、構わずに活動していましたが。
正直、「図太い神経だなぁ」という感想を持ちました。
それで興味を覚えて、その人が他にどんな間違った発言をしているのか調べてみたのですが、色々とやらかしていました。
もちろん、誰でも正しい発言をし続ける事など不可能ですからある程度は許容するべきだと思います。がしかし、それでも限度というものがあります。本人の発言内容に矛盾点があったり、整合性がなかったり。しかも、論破王さんは「てきとーな発言をしている」と悪びれもせずに認めていたりもします。普通、そんな発言を繰り返していれば信頼性が揺らぐと思うのですが、何故か信じ続けている人がいます。
中には明らかに世間の迷惑になるようなものもあり、「よくこれでインフルエンサーになれたなぁ」などと僕は思ったのですが、その感想は間違っていると後に考え直しました。
むしろ世間の迷惑を考えず、間違った発言を平気でし続けられる人間だからこそインフルエンサーになれたのだ、とそう思うようになったのです。
別のインフルエンサーの話です。
理論的思考について述べているというので、興味を覚えてその人の動画を僕は視聴してみたのです。理論的思考といったら、帰納的思考と演繹的思考でしょう。ところがその人は、そんな事は全く述べずに「理論的思考は物事を単純化して捉える」といったような事を述べていました。
アインシュタインが「物事は出来る限り単純にするべきだ。しかし、単純過ぎてもいけない」と述べたように、人間の頭で扱いやすくする為に単純化する事は、確かに理論的思考のコツの一つですが、その前にいくらでも述べる事はあるはずです。
少なくとも、その時の題材には合っていないと僕は感じ、それで「多分、この人は理論的思考についてほとんど勉強した事がない」と判断をしました。
その他、何人かのインフルエンサーの語る内容を聞いたのですが、僕は“こういった人達はあまり信頼できない”と思うようになりました。多分、実のある話を聞きたいのなら、各分野の専門家の話に耳を傾けた方がより有意義です。
また別のインフルエンサーの話です。
その人の動画はタイトルからして首尾一貫性がありませんでした。だから観てすらいないのですが、ある動画のタイトルが「これから円高になる」だったかと思えば、別の動画のタイトルは「もう円安は止まらない」だったりしているのです。
その他にも、炎上を誘うような過激な発言も目立ったので「これはもしかしたら、炎上商法を狙っているのかもしれない」と思って検索をかけてみると、そのインフルエンサーが「炎上商法は効率的」と述べている記事を見つけました。
それで僕は確信しました。
これは、ほぼ間違いなく意図的に炎上させているのでしょう。動画の再生数を上げる為に。
因みに、論破王と呼ばれるインフルエンサーも「炎上商法は効率的」というような発言をしているみたいなので、世間に迷惑をかけるような発言の何割かは恐らくは炎上目的でないかと思われます。
“正しい事を言い続ける人間が認められ、それによって強い影響力を持つようになる”
恐らく、これが理想的な姿ではないかと思われます。しかし、実際は間違った発言でも、平気で大声を上げ続けられる人間が注目を集め、そして強い影響力を持ってしまうものであるようです。
こんな事を書くのは照れくさいのですが、僕は“世の中が良くなれば”と考えて作品を投稿する場合が多いです。
だから、何と言うか、こういう現実を受けて、なんだかとても虚しくなってしまいました。
ですが、そんなある日、こんな動画を偶々見つけてしまったのです。
意図的に炎上を起こしているだろうインフルエンサーの普段の姿を話している人がいたのですね。その人は、「動画ではキャラをつくっているだけ」で、本当は「人情味のある良い奴」と語っていました。
その人はそのインフルエンサーに助けられた経験があるのだそうです。
本当は良い人が、世間から注目を集めたいが為にわざとヒールを演じている。
そんな姿を想像して、僕はなんだかとても切ない気持ちになってしまったのでした。
セカンドチャンスを与えるという観点からも、”失敗を許す”事は重要ですが、意図的にしかも何度も炎上を起こすとなるとちょっと話が違って来ると思います。