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65.四方の春 Rhododendron indicum ‘Yomonoharu’





 ロルフ・フィードラーの港の女神像には、予想通り水の精霊が集まっていた。


「4つの精霊それぞれの力を宿した女神像がある。この仮説が正しいとして問題は、残り2つの女神像がどこにあるか、ですね」

「お祖父様が何か知っているかも……?」


 シャギーはそう口にしてから、恐る恐る、フォールスを見上げる。案の定、見上げた師は苦々しい顔をしていた。


「もはや猶予はないような状況ですから、仕方ありませんね」


 フォールスとて、現状でソルジャー領について最も詳しいものが誰なのかわかっている。父親と折り合いが悪いことに拘っている場合でもなかった。


「あのおっかないおじいちゃんか」


 スパイクがぼそりと呟いて微妙な顔をする。以前顔を合わせた時は問答無用で斬り合いとなっていたため、その人となりは知らない。だが、強さは身に染みて知っていた。


「さすがに急に斬り掛かってきたりはしないから。あの時はほら、お祖父様は王国にクーデター企ててたし」


 シャギーが取りなすと、フォールスがため息をついた。


「ひとえに教会に拘束された私の落ち度ですが、結局はあの過激派の隠居の思う通りになってるんですよねえ……」

「それはなんとも言えない……」


 教会とも、教会におもねる王家とも穏便な関係を保つためにシャギーの父アクイレギアは苦心してきた。時代と国の状況を考えてもその判断は間違えては居なかったが、結果的に王家は教会の手綱を取り損ね、ソルジャー家を失うこととなった。


「まあ、王国から離反したことで少しは大人しくなってくれていたらいいのですが」


 フォールスが締め括り、一同はベゴニア・チョコレート・ソルジャーに話を聞くため屋敷へと引き返すことになった。





「女神像ならば儂の邸宅にあるが」


 いやそんな、俺の隣で寝てるよみたいに言われても。しれっと言う祖父にシャギーはがくりと肩を落とす。隣ではフォールスが無言で頭を抱えていた。


 この所の情勢の変化でソルジャー家のカントリーハウスに滞在している祖父だが、もともと、アクイレギアに家督を譲ってからはロルフ・フィードラーの東に小さな屋敷を建て祖母と二人で暮らしていた。女神像はその別邸にあると言う。

 ちなみに、シャギー達がカントリーハウスに戻ると祖父は騎士団の演習場に居た。王家との交渉や貴族への根回しに忙しいアクイレギアに代わって騎士達を指導しているらしい。祖父の背後に見える若手の騎士達が死屍累々とばかりに地に転がる様を見て、何となくその内容を察したシャギーであった。


 祖父曰くその女神像はずっと昔から存在しており、祖父が朽ちかけた女神像を整え庭に残したらしい。なぜその場所に別邸を建てたのかと言えば、縁起が良いからだと。


「カルミア教が入る前のこの国には女神信仰があったのだ。カルミア教の聖堂が無いからか、この地の年寄りには女神に祈る習慣が残っている者も珍しくない」


 知らないのかとでも言いたげな祖父の語りに、フォールスがボソリと「あんたが伝えなかったんでしょうが」と突っ込んだ。親世代の常識と子世代の常識にズレがあるのはいつの時代どこの場所でも同様である。

 そんな経緯を経て、シャギー、フォールス、スパイクの三人はベゴニア老の別邸へと案内された。そして。




「火の精霊……」

「だね」


 その庭に建つ女神像には、火の精霊が赤い光を振り撒いて漂っていた。


 シャギーとスパイクは女神像に触れてそれぞれ光魔法と闇魔法を流し込む。フォールス救出の際に女神が出現した現象の再現にならないかと試していることだ。しかし風と水の女神像で変化は起きておらず、今回もまた、女神は沈黙したままだった。


「では、我々はこれで」

「待て」


 これと言った収穫がないことに些か気落ちしながらもさっさと帰ろうとするフォールスをベゴニアが引き止めた。


「何か?」

「……茶のひとつも飲まずに行くつもりか」


 ぶすっとしたまま告げる父親にフォールスが目を丸くする。


「そういう気遣いも出来るんですか?」

「なんだと!?」


 ストレートな煽りにベゴニアが声を荒げたところで、邸宅の中から「まあまあ」とシャギーの祖母アルテルナンテラ・パープル・ソルジャーが出てくる。


「皆さんお茶の支度ができましたから中へどうぞ」


 苛烈な性格のベゴニアとは正反対のおっとりとした祖母──養母にあたる女性をフォールスが気遣わしげに見る。ベゴニアが外にもうけた子である彼にとって、血の繋がらない正妻に対してはどこか申し訳ない気持ちが拭えないのだ。


 パープルの方は特に気にした風もなくにこにこと微笑んでいる。


「この人も息子と孫が来るの、嬉しいのよ」

「そんなことはない!」

「あらあら大きな声ねえ、うふふ」


 ベゴニアの否定を軽くいなして、ティーセットの並ぶ庭のテーブルへと一同を案内する。シャギーに対しては「大きくなったわねえ」とその背中に優しく手を添え、ふと隣のスパイクを見た。


「まあ! 随分男前の方ね。シャギーのいい人なの?」

「お祖母様っ!」


 シャギーとスパイクが揃って顔を赤くした。祖父のベゴニアは眉をしかめる。


「儂は認めんぞ」

「やだわ隠居したあなたの許可なんていりませんよ、ねえシャギー?」


 無双している。笑顔で祖父の言葉を切って捨てる祖母の姿をシャギーは感嘆の念を込めてまじまじと見た。か弱く、たおやかな老婦人である。しかし、過去には色々とあったはずなのだ。色々と。それらを乗り越えかつ、この無双ぶり。


「お祖母様、強いわ……」


 シャギーの言葉に隣でフォールスとスパイクが頷いた。


「ところで、女神像を探しているのなら西の丘には行ったの?」

「ゴフッ」


 シャギーは口に含んでいた紅茶をカップに戻した。祖父があらあら、と目を丸くしてシャギーがリバース・インしたカップを下げさせ新たなカップに注ぎ直す。淀みなく行われる一連の動作の間にシャギーがゴホゴホと呼吸を整え、スパイクが心配そうに背をさすった。


「──あるんですが? 西の丘に」


 その間にフォールスはパープルに訊ねる。養母はええ、となんてことのないように答える。親世代と子世代の認識のズレ再びである。祖父の時代には女神像というのは前世にあった“お地蔵さん”のような感覚なのかもしれないとシャギーは思った。


「私はこの地の生まれではないけれど、この人がクレオメとの戦争に西の国境までよく行くものだから、何度か着いて行ってみたのよ。そしたら国境近くの丘にね、女神像があるから。周囲を少し綺麗にしながら無事に勝利しますようにってお祈りしてたのよ」

「待ってお祖母様、情報が多いわ」


 このたおやかな貴婦人が祖父に着いて戦地まで赴いていたことが驚きで女神像の情報がうまく入ってこない。


「ベゴニア卿もご存知で?」

「……」


 フォールスがベゴニアに訊ねるも、祖父は答えない。シャギーがハラハラしていると、祖母がベゴニアに見えない角度でフォールスに向かってパクパクと口を動かしている。見ればその口が“ち・ち・う・え”と動いている。


「ち、父上……」

「儂は知らなかったぞ」


 間髪入れずに返答があった。父って呼んでほしかったんだ……シャギーが生ぬるく見守る隣ではスパイクが小さく震えている。彼は必死で笑いをこらえていた。この祖母がいながらなぜ親子の仲がこじれてしまったのか。色々とあったのだろう。本当に色々と。そして気持ちを解すには時間が必要だったのかもしれない。





 西の丘には向かったのは翌日。祖父ベゴニアの邸宅はソルジャー領でも東寄りであるため、クレオメ王国との国境に近い丘へは馬で二日ほどはかかる。一旦、カントリーハウスへと帰って野営の支度を整えてから国境へ向かうこととなったのだ。


「えっ? 女神に会ったってどういうこと? なんでフォールスには話したのに父親には言わないの?」


 出発の前夜、父のアクイレギアに行き先を告げるついでに女神像を探している経緯などもついでに報告すると、面倒なことで拗ね始めた。


「バタバタしてて忘れてました」

「ああそう……」


 アクイレギアが泣くので、シャギーは端折らず説明してあげた。父の隣でカランコエも興味深そうに聞いている。


「港以外にも女神像があったの知らなかったな」


 やはり親世代にはなかなか伝わっていないらしい。こうして信仰は忘却されていくのかと、シャギーは女神を思い出し寂しくなった。

 カルミア教の狙いは“神の忘却”にあったのだという考えは女神と邂逅した時からあった。聖女カルミアを神に等しい聖なるものと祀るのは、女神の存在を隠し、神に成り代わろうとした人間によるもの。しかしその背後には、あるいは──




 翌日、フォールスはシャギーとスパイクを伴って西へと発った。そして翌々日。


 日没も近い夕暮れ時。赤く沈んでいく太陽を背景にした丘の上で、シャギーは再び女神と出会うことになった。女神像に、ではなく、女神と。


《私を殺しなさい》


 女神ミオソティスはそう言って微笑んだ。





【植物メモ】


和名:ヨモノハル[四方の春]

学名:ロードデンドロン・インディカム・ヨモノハル[Rhododendron indicum ‘Yomonoharu’]


ツツジ科/ツツジ属

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