表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/73

59.月下香 Polianthes tuberosa






「ダメだ広すぎる……スパイク、手分けして探そう」


 シャギーがヴィーナス・フライトラップの寝室に忍び込むより少し前。シャギーは同行者のスパイクに言った。


 ロードデンドロン宮殿に忍び込んだシャギーとスパイクの目的は、教会の罪を証言させるためにヴィーナス・フライトラップを連れ去ることだった。


 教会が百年ぶりの聖女誕生を宣言し、その就任式を行うと布告が成された。就任式の期日まであと一週間と迫っている。過去、王国に勝利と繁栄をもたらしたという聖女伝説があるイフェイオンで、就任式が行われれば教会の権威が高まることは必定。今を逃せば、聖女や教会には益々手が出せなくなってしまう。


 宮殿内のおおよその区画割りは何とか把握できたものの、万が一にも害されることがあってはならない教皇はじめ高位聖職者や聖女などの寝室は不明のまま。二人は静かに見張りを昏倒させつつヴィーナスを探していた。


 シャギーとスパイクは精霊の光を視ることが出来る。部屋の中に入らなくても、窓から少しでも中が伺えれば、聖女の持つ白い光を確認できるはずだ。そのため能力的にも戦闘力的にも二人という少数での潜入となったのだが、いかんせん居住区画を虱潰しに覗いていくには部屋数が多すぎた。


「は? 冗談。シャギーを一人にするわけないでしょ」


 シャギーに別行動を提案されたスパイクは眉をしかめてそれを却下する。


「いや本気。このままじゃ夜が明けちゃう」

「明けない。一階は終わったんだからあと二階と三階だろ、なんとかなる」

「ならないってば」


 コソコソと小競り合いをしつつ、二人は二階の窓枠へと跳んだ。足裏がぎりぎり乗るかという細い足場だが難なくバランスを取るスパイクを見て、シャギーは目を丸くした。


「スパイクってそんなに身体強化得意だったんだ」


 シャギーの父アクイレギアを救うためにロルフ・フィードラーへと旅をしたときも、スパイクの戦いは何度か目にした。あのときのスパイクは四元素の魔力を隠していたこともあるが、同世代にしては強いという位の印象しかない。先だっての戦場ではその力を十分に振るっていたと思うがソルジャー騎士団の中にあって遜色ないといった程度に見えた。


「ウィンターヘイゼルでは暗殺専門だったから、こういうの得意なの」


 スパイクにとって決して良い思い出ではないだろうそれを、さらりと口にする。


「ごめん」


 余計なことを言わせたとシャギーが謝ると、スパイクの腕が伸びてきてくしゃりと髪を乱された。


「地獄みたいな家だったけど、今こうして役に立てるなら悪いことばっかじゃなかったと思うよ」


 選んだわけではない家に望んだわけではない能力を持って生まれ、そこで生きていくのに必死だったのだ。それでも、過去を割り切ったスパイクは強い。シャギーはその横顔を眩しく見て。そして、跳んだ。


「シャギーッ……!」


 自分を二階に残したまま三階へ跳んだシャギーに、声を殺して叫びながらスパイクが眉を吊り上げる。


「大丈夫。私もそこそこ強いから」

「シャギーが俺より強いのは知ってる……」


 見下ろして笑えば、そういうことじゃないんだとスパイクが口をとがらせた。


「すぐに合流する」


 隣の部屋の窓へと跳びながらスパイクが宣言する。言い出したら聞かない強情さも、すぐに無茶をするところも、全部含めてシャギー・ソルジャーを肯定しているスパイクには結局、そうするより他はないのだ。






 だけどそれを、ひどく後悔することになるなんて。


「シャギー!」


 三階の一部屋にシャギーが侵入したと気付いてから、胸騒ぎに駆られてその姿を探した。そして窓の開いた部屋に飛び込んだスパイクが目にしたのは、祭服を着た聖職者に取り押さえられるシャギーの姿。


「──“獣の因子”。とんだ邪魔者が着いてきていましたか」


 ヴィオラセが不快げに顔を歪めて吐き捨てる。一撃目を回避されたスパイクは、すぐさま追撃の魔法を放とうとした。その瞬間。


「スパイク!」


 シャギーが警告の声を上げるのと、スパイクにヴィオラセの鞭が襲いかかるのは同時だった。窓枠から室内へ跳んでそれを回避し、自由自在にしなる鞭に邪魔されながらもシャギーを庇う位置に立つ。


 ヴィオラセから解放されたシャギーは素早く立ち上がり、ヴィーナスの腕を引いて肩に担いだ。スパイクがそれを見てシャギーの異変に気付く。本来の力が出せていない、その原因を探るべく目を走らせ、腕に嵌められた魔道具に眉を顰めた。


「精霊殺し?」


 スパイクの問いにシャギーが頷く。


「ごめん、下手打って」

「問題無い。俺が魔法で援護する」


 ヴィオラセは強い。おそらくまともにやり合えばスパイクでは敵わないだろうが、逃走する隙さえ作れたらそれで良い。

 シャギーは先ほど手放した剣を拾うと、ヴィーナスを連れジリジリと窓へ移動する。ヴィオラセがそれを妨害しようと鞭を振るうもスパイクが発動させるシールドによって阻まれた。四元素魔法の展開の早さに、スパイクがシャギーと別れてからの努力がわかる。


「さすがに、少し分が悪いですかね」


 ヴィオラセが呟き、胸元のポケットへと手を伸ばす。取り出したのは爪ほどの大きさの赤い石。


「聖女の宝珠……!」


 シャギーが息を呑んで警戒する。光魔法を強化するとして、聖女に与えられていたその石。しかし光魔法とは他の魔法と根本は同じもの、四元素の精霊を使役する魔法である。ならば、光魔法を使えない人間が使おうと精霊を呼び寄せ力を強める働きは同じはずだ。


 ニヤリと笑ってヴィオラセは取り出した石を掲げ、そして。


 ぱかりと口を開けて、石を飲み込んだ。


「ぐっ……!」


 聖女の宝珠は魔力障害を起こした人間の心臓である。母の心臓もそうして教会に奪われたシャギーにとって、ヴィオラセの行為は生理的にも倫理的にも耐えがたいものだ。怒りと嫌悪に、思わず吐き気が込み上げる。


 身に付けるだけで精霊を呼び寄せ力を増幅する宝珠を、直接摂取すればどうなるのか。その変化は宝珠を飲み込んだヴィオラセにすぐ表れた。


「アァ、ハァ……ッ」


 ヴィオラセが両手を広げて天を仰ぐ。赤く光る魔力が薄闇の中、血管のように脈打って全身を取り巻いている。溢れ出る魔力を身体強化と結びつけているのか、ボコリ、ボコリと体のあちこちで筋力が膨らんではしぼみ、爪と髪が見る間に伸びていく。


 やがて肉体の変化が収まり、網目のように張り巡らされた魔力を体に張り付かせて立つヴィオラセは、精霊視を持つシャギーとスパイクの目に異形の怪物に映った。もともと細身であったシルエットから肩が盛り上がり、上背も、背が高い方であるシャギーとスパイクが見上げるほどに伸びている。


「シャギー!」


 それは一瞬だった。警戒を切らしては居なかったのに、シャギーにもスパイクにも反応することができなかった。

 床を蹴って跳躍したヴィオラセがシャギーに肉薄している。長く伸びた爪が金色の髪に掛かる瞬間、スパイクにできたのはヴィオラセとシャギーの間に体を入れることだけだった。


「スパイク!!」


 目の前に飛び込んできた黒髪と弾け飛ぶ鮮血にシャギーが悲鳴を上げる。背中をヴィオラセの爪にえぐられたスパイクの顔が苦痛にゆがむ。しかし体をよろめかせることなく、振り向いて至近距離からヴィオラセの顔に火弾を放った。

 上体を反らせて、迫る炎を易易と避けたヴィオラセが軽い動作で回し蹴りを放つ。それだけでふっとばされたスパイクの体が壁に衝突した。


「おや、意外とタフですね」


 崩れ落ちた床から即座に片膝を着いて体勢を整えるスパイクに、ヴィオラセが心のこもらない賛辞を送る。その間にも剣を構えたシャギーはヴィオラセに届く間合いまで踏み込んでいたが、振り下ろした刀身は素手で掴まれてしまう。

 だがスパイクもシャギーもそれは読んでいた。間髪入れずに放たれたスパイクの風の刃がヴィオラセの首筋を掠め切れた白髪がハラハラと舞う。ヴィオラセが首を捻って避けた先にはシャギーの頭がある。カウンターになる位置を計算してシャギーが頭突きを狙っていたのだ。鼻先に思い切り入ったことで、ヴィオラセの鼻から血がこぼれる。


 しかし、体をぐらつかせることもなく一筋の鼻血を白い顔に張り付かせたまま、ヴィオラセがうっとりと笑う。


 シャギーは本能的な危機感から背後に跳んだ。立ち上がっていたスパイクが庇うように前に立つ。


「窓枠まで跳べる?」


 闇魔法のシールドを展開して魔法攻撃に備えながら、スパイクがシャギーに訊ねる。それに答える前に、スパイクの体は宙に浮いていた。


 言葉を発する間もなかった。目を瞠るシャギーが見たものはヴィオラセに首を掴まれて、窓から外へと投げ飛ばされるスパイクの姿。


 空中に放り出されながらもスパイクが反射的に窓枠へと手を伸ばす。その指先が枠を掴む、寸前。ヴィオラセの腕から放たれた何かがスパイクにぶつかり、体が完全に宙へと放り出された。


「スパイク! ヴィーナス!」


 シャギーが絶叫する。スパイクに向かってヴィオラセが放り投げたのは、へたり込んで震えていたヴィーナスだった。少女の体を受け止めるような形でスパイクが落下していく。

 窓枠へと上ろうとするシャギーは背後から体を羽交い締めにされながらも叫ぶが、二人の姿を確認することも、後を追うことも許されなかった。


「運が良ければ二人とも生きていますよ。あなたが大人しくここへ残ってくださるなら、これ以上奴らを追うことはしません」


 ねっとりと耳元で囁かれて、体から力が抜ける。


「まだ逃げるというなら、今すぐ下へ行って邪魔者を殺してしまいましょう」


 いつの間にか、ヴィオラセはいつもの姿へと戻っていた。それでも身体強化の行えない、魔法による攻撃もできないシャギーでは相手にならない。

 力なく首を振って振り返る。その目はもう、諦めを知らない輝きを失っていた。今にも崩れ落ちそうなその風情に、ヴィオラセが唇を割り裂いてニタリと嘲笑う。


「やぁっと、折れましたね」




 月が照らす室内で、呆然と立ち尽くす少女に甘い甘い声が絡みついた。


 







【植物メモ】


和名:ゲッカコウ[月下香]

英名:チューベローズ[tuberose]

学名:ポリアンテス・ツベロサ[Polianthes tuberosa]


リュウゼツラン科/ゲッカコウ属

読んでくださりありがとうございます!

面白かった・つまらないなど、一言いただけますと嬉しいです!土下座

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ