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47.夜会草 Moon flower 【2】

本日2話目の投稿です。




 白い霧に身を隠しながら庭園を抜けて、夜の王城を駆ける。どんな手段を用いたのかカランコエが入手してきた王城の地図。それは頭に入っている。しかし先程、司祭に邪魔されたことによって、平民が拘留されている塔を目指すには警備の厚いややこしいルートを通る必要が出てしまった。自分が王城内に潜り込んだことを知られてしまった今となっては当初の予定通りのルートも無理かもしれないが。

 前方に気配を感じ、シャギーは急いで建物の影に身を隠す。そこへ暗がりから急に伸びてきた腕に手を取られた。


「ま、待ってくれソルジャー伯爵令嬢!」


 咄嗟に剣を突きつけた先には、フードですっぽりと顔を覆う黒いローブの男。しかしその声には聞き覚えがあった。剣を下ろしたシャギーに、男はちらりとフードをめくった。中から現れたのは高貴な顔立ち。黄金を溶かし込んだ髪に、紫色にきらめく瞳。


「殿下……」


 シャギーに身元を明かして再び顔を隠した青年。それは第一王子、リナンサス・グランディフロルスであった。


「囚人塔に向かうならこちらだ」


 踵を返してシャギーを先導しようとする王子に、シャギーはぽかんと口を開いて立ち尽くしてしまう。シャギーの足が止まっていることに気付いた王子もまた立ち止まって振り向く。


「どうして」


 ぽつんと呟いたシャギーの手を、リナンサスがすくい上げる。


「今、君の信頼を得るための、その証明となるものを私は持たない。だが、私は君を──いや、君に協力すると決めたアネモネの、人を見る目を信頼しているんだ」


 口早にそう告げる王子に、シャギーはアネモネが漏らした言葉を思い出す。そして震えた。恐怖にではない。ずっと“持っていない”と思っていた前世の自分が、こんなにも“持っている”のだと、その事実に奮い立つ。


『案外、王家の中にもそのような臆病者がいるかも知れませんわよ?』


 道理の通らぬことなど、この世には砂の数ほど溢れている。一歩足を踏み出すごとに不条理の砂漠に足は沈んで、歩めども歩めどもしがらみに絡め取られて、まっすぐ歩むことはままならない。

 だけど、シャギーが、その不条理へ抵抗する者であるなら。自分がその力を持つのだと、そう信じる力がある者ならば。

 ならば自分は、自分に賭けた人たちすべてを連れて行くのだ。その先が地獄でも、罠でも、自分がそれを切り開いて、道理はあると、証明するのだ。


「案内を、お願いします」


 リナンサスを信じると決めて、その手を取って足を踏み出す。シャギーのその勇気に、王子は心のなかで敬意と称賛を贈る。


 王城を知り尽くしたリナンサスの案内によって誰にも知られず囚人塔に入り込むと、フォールスが囚われている牢へと急ぐ。そして、その檻の前に立った二人がそこに見たもの。


「なんで……」


 呟きはシャギーのものだったか、リナンサス王子のものだったのか。


 誰もいない、石造りの空間だけがそこにあった。





 カルミア教会によって発表されたフォールス・バインドウィードの処刑。それは夜会の翌日、朝早い時間に布告された。


 ソルジャー伯爵家の執務室で、もたらされたその知らせをぐしゃりと握りつぶしてアクイレギアは机に拳を叩きつける。フォールスの身柄引き渡しは、夜会に先んじて秘密裏に行われた後だった。


 シャギーもカランコエも、子ども達は無事に王宮から戻ってきた。しかし、その表情は悄然としていて、フォールスの救出が成らなかったとあればさもあらんといった様子だったのだが。


「まさかここまで手ひどく、王国に裏切られるとは思わなかったよ……」


 主の呟きに、脇に控えた副官は背中にひやりと汗が伝うのを感じた。普段は柔らかな空気を纏うアクイレギアから、今は触れれば切られそうなほどに殺伐と淀んだ気配が溢れ出ている。


「ご丁寧に、日時と場所までご指定頂いたんだ。デートにはきっちり間に合うよね?」


 ひらりと、アクイレギアが副官に差し出した紙には、王宮魔道士フォールス・バインドウィード処刑の日時と場所、そしてその場への参列命令が記されている。


「末端に至るまで、軍は整っております」


 背筋を伸ばして、副官は告げる。「ご苦労」と返すアクイレギアの目の中で、怒りが煮えたぎっている。


「ソルジャー家はフォールスの奪還をもって挙兵。ロルフ・フィードラーはイフェイオン王国から離反する。指揮は私が直接執る」

「御意のままに」


 普段は気易いやり取りもある主従であっても、この時ばかりは緊迫感に満ちたものだった。イフェイオン建国以来、ソルジャー家が王家に牙を向いたことはない。それは今のグランディフロルス王朝になる前の、アルバ王家の時代からの不文律だった。

 今、その歴史が覆ろうとしている。いわれなく身内を傷つけられること、それがソルジャー家の虎の尾だったということだ。


 王家側も、カルミア教会側も、いかに最強だと言えどソルジャー家ひとつで何ができると、そう判断していることは明白だった。そして常識的な尺度で考えれば、その判断はことさら甘いものではない。実際、今この状況で孤立しているのはソルジャー家の方だ。ガーランドの生家サングイネア子爵家をはじめソルジャー家寄りの家門もあるが、それでも教皇派・国王派合わせての数には到底及ばない。


 だが当主のアクイレギアに負ける気はなかった。この盤上をひっくり返して、必ず弟を救出し教会の闇を引きずり出し、腐りきった国を切り離す。

 家族と領民を守り切ることが、アクイレギアの生きる意義だ。それは純粋に命を永らえさせるということではない。愛しい者たちの、その心。その尊厳を守り抜くことが父として領主として果たすべきことだと考えている。


 緊張を孕んで直立する部下にふと目をやり、アクイレギアはわずかに空気を緩ませ謝罪する。


「──すまないな、命を懸けさせて」

「あなたの心は、わたし達の心を映す鏡です。誇りなく生きることこそが、人間の死でしょう」

「軍人らしい答えだな」


 副官の答えにアクイレギアが小さく笑う。


「本当はこういうの、疑問があるよ。争いごとには向いていない性格だって自覚してるんだ。でも、これを許したらいけないと、あの人の心臓がそう言ってる」


 アクイレギアはガーラントを思う。記憶の中の妻はいつも笑っている。明日が生きられないかもしれないと、それをよく知る彼女は誰よりも“日常”を理解していた。




『レギィ様はお強いのだから、きっと領民みんなを守れますわ!』


 そう言って、婚約者となったばかりのガーラントは笑った。父親にボロボロになるまで打たれて演習場に転がっていたときのことだ。

 父である先代のソルジャー伯爵に一太刀入れることも叶わず、みじめな敗北者として地に這いつくばる。このさまを見て幼馴染である少女は強いなどと、なぜ言うのだろう。


『だって今日はこうして倒れていても、明日にはまたこの演習場に来るのでしょう?』

『サボったら父が怖いからな』


 アクイレギアは逆らうことが苦手な子どもだった。弟のフォールスは剣は向いてないと言い張り、魔法の鍛錬に力を入れている。自分よりふたつも年下の弟ですら父に反抗してものを言えるのに、自分は嫌でたまらない父の指導に従うことしかできない。


『それがレギィ様の日常なのでしょう? こんなつらい日常をやめないのは、レギィ様が人よりも少し、お強いからですわ』


 ガーラントは利発な少女だった。彼女の言葉はアクイレギアには謎が多くて、それでも、彼女を失った後も、涙に暮れながらも休むことなく日常を、平凡を、続けてきたのだ。それが今、非日常に生かされる力となっていることを祈る。




「こういう非常時にこそ生き生きしそうな人間が居るんだけどなあ」

「先代様はちょっと過激すぎます」


 しみじみとぼやくアクイレギアに、ようやく、少しばかり調子を戻した副官が言う。そして軍議を開くための準備に取り掛かった。





「君は目の前で希望が折れてしまうのを見たことがある?」


 王子リナンサスと婚約者であるアネモネは、学園のベンチに並んで座っていた。ベンチのある中庭は、アネモネがシャギーに淑女指導をしていた場所だ。


「ございませんわ。殿下はございますの?」

「ああ」


 シャギーがフォールスの救出に間に合わずその処刑が宣告されたことは、アネモネも知る事実だ。リナンサスはフォールスの救出に秘密裏に協力する手筈だった。それが、王族として身動きの取れない彼にできる唯一の不条理への抵抗であり、シャギー・ソルジャーは小さな抵抗の証となる、希望だった。


「殿下、殿下の見たものは、本当に折れていたんですの?」

「……え?」


 含みを持たせるアネモネの言葉に顔を上げる。婚約者の細い指先が、その上げられた視線を誘導する。指し示された先をリナンサスが目で追った、そこには。


「お二人に、御礼を伝えに来ました」


 いつも通りの制服に身を包んだ、シャギーがいた。


「今日で着納めになるなら、一度くらいスカートの方も着てみればよかったと後悔してます。今さらですが」

「ドレスよりも、お似合いですわよ」


 ブレザーをつまみながら苦笑するシャギーに、アネモネがいたずらっぽく微笑む。昨日目にした絶望には似つかわしくない平和なやり取りに、リナンサスは言葉を失ったまま。

 立ち尽くす王子に、シャギーがふと顔を向け、深々と頭を下げる。


「殿下、危険を犯して助力いただき、ありがとうございました。」

「学園は、辞めるのか……」

「戦争になりますから」


 王家との決別を、王家の人間に向かってさらりと宣言する。その瞳には、昨晩の悔恨の名残りはもうない。戦場へ向かう恐怖もない。ただ信念に澄み渡っていた。折れてなど居なかったのだ。彼女はひとつも、諦めてはいない。そのまま隣のアネモネに向けて礼をする。


「アネモネ嬢も、本当にありがとう。あなたの“見る目”に救われた。期待には添えなかったのが申し訳ない」

「いいえ。あなたは今でも私の希望だわ」


 微笑む公爵令嬢の頬に、ひとすじだけ涙が落ちた。


「シャギー・ソルジャー伯爵令嬢」


 唇を噛んで、リナンサスがまっすぐに視線を合わせる。


「私も、臆病者はもうやめようと思う。──ありがとう」


 リナンサスの正義に火が灯るのを見る。王族としての彼の戦いもまたあるのだろう。立場としては敵となったが、志には通うものを感じる。今はただ、互いの戦場で生き残ることを誓い合うだけだ。


「ご武運を」


 敵対する立場となったシャギーに、それでもアネモネはそう声を掛ける。良い友人を得たなとシャギーは微笑んだ。


「お二人も!」


 そうして背を向けて。令嬢らしからぬ風貌の悪役令嬢は、学園という舞台から降りた。

 






【植物メモ】


和名:ヤカイソウ[夜会草]/ヨルガオ[夜顔]

英名:ムーン・フラワー[Moon flower]

学名:イポメア・アルバ[Ipomoea alba]


ヒルガオ科/サツマイモ属

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