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27.馬の鈴草 Aristolochia





「で、さっきのはどういうこと?」


 宿屋の一室に集まったメンバーの前で、血を落としたスパイクはシャギーを見て言った。その表情は疑念に満ちている。


 シャギーがスパイクに魔法を使ってすぐに、騒ぎに気付いたクローバーとフォールスが食堂へ駆け込んで来た。

 助けた給仕の娘が持って来てくれた水と布を受け取ると、恐縮してお礼を繰り返す主人を宥めてクローバーとフォールスも連れて食堂を出る。とにかく、すぐに人目のない場所へ移動する必要があった。


 顔を血塗れにしたスパイクにクローバーは「大丈夫なのか……?」と心配し、シャギーとスパイクの様子から何があったのかを察したフォールスが表情を引き締めた。


「とりあえず、みなさん私の部屋に」


 フォールスがそう言ったことでシャギーも、師匠がこの魔法のことを全員に明らかにすることを決めたのだと理解した。


 そして、公爵令息による冒頭のセリフである。が。


「──の、前にお礼だよね。治してくれてありがとう」


 自分が目にした信じ難い現象に動揺しながらも、取り敢えずスパイクがシャギーに頭を下げる。


「治した?」


 スパイクの言葉にクローバーが怪訝そうに眉を寄せる。フォールスがひとつ息を吐いて、説明を始めた。


「実は、シャギーと私は四元素精霊を駆使した治癒魔法を研究していたんです」


「そりゃ……また……たまげたな」


 クローバーが唖然として呟く。疑問を口にした少年本人はというと、まだ信じられないという顔で黙っている。公爵家は随分と女神の欠片なる存在を求めてきたという。その光魔法への執心を聞かされて育ったせいでスパイク自身もどこかでそのおとぎ話めいた話を否定仕切れないのかもしれない。


 まあ実際にはおとぎ話でもなんでもなく、もうすぐ学園に光魔法の聖女が現れるわけですけども!


 前世でこの世界を舞台にしたゲームをプレイしていたシャギーは内心で思った。


「私達は光魔法とは違うものだと認識しています。少なくとも、これは四元素の理論のもとに生み出した魔法です」


 フォールスの言葉にシャギーも小さく頷く。


「では、その治癒魔法はフォールスさんも使えるということですか?」


 スパイクの問いに、フォールスは微笑んだ。


「私はシャギー程の魔力量を持たないので治癒までは無理ですが、多少なら症状を和らげることができます。理論上は四属性の魔法が扱える人間ならば習得は可能です」


 アイリスが視た(・・)情報ではスパイクも四属性すべての素質を持っている。なぜ表向きそれを隠しているのかは未だ謎だが、本人にその自覚があることは間違いない。

 今、どんな気持ちでフォールスの言葉を聞いているのか、シャギーは少し気になった。


「光魔法とは違うので文献に残されているようなこと──精霊の力を増幅させたり、他人の使役する精霊にも干渉できるような力はまだ使えません。もちろん、そちらも研究はしていますが」


「そんなすげえ研究、なんで発表しねぇんだ?」


 クローバーが疑問を挟む。


「カルミア教の存在があるからです」


 フォールスとシャギーが表情を引き締める。二人が現段階で研究を表沙汰にできない理由。それは王国で強い権力を持つカルミア教の教典に反する内容だからだ。


 フォールスの言葉にクローバーとスパイクもなるほどという顔をする。知識の深さの差はあれど、この国でカルミア教の教えを知らない者は居ないだろう。教えの根幹を成すのは“聖女カルミアの奇跡”で、そのひとつが人々を癒し精霊の力を数倍にも増幅したという光魔法である。

 教えに沿うならば、光魔法以外に癒しの力などあってはならない。


「兄上……ソルジャー伯爵からも強く言われていますからね。これ以上(・・・・)、教会に反目しないようにと。私はもうソルジャー家の人間ではありませんが、シャギーが目をつけられる訳にはいきませんから」


「それなら、そんな研究に巻き込まなければ良かったのでは?」

「研究に関わらせてほしいって頼んだのは私の方だから」


 スパイクの口調が強い批難を含んでいて、シャギーは思わず二人のやり取りに割って入る。


「まァ、他言はしねぇよ。先生がここに俺らを集めたのはそういうことだろ?」


 険悪になりそうな雰囲気をクローバーが軽くまとめる。


「坊ちゃんも、シャギーが大事なら黙ってろよ」

「言いませんよ」


 スパイクが憮然と呟いた。至極穏やかな貴公子フェイスを保って来た彼はこのところ随分とその仮面に綻びが目立つ。


 その日の夕食は結局、各自の部屋に運んでもらい別々に取ることになった。シャギーの部屋に食事を運んできたのは乱闘から救い出した給仕係で、何度もお礼を言われた。怪我をしたスパイクをしきりに気にしていたが、取り次いで欲しそうな様子には何となく気付かないふりをしてしまった。


 シャギーはそれを、疲れているからだと思うことにする。

 体を清めて、すぐ布団へ潜り込む。久しぶりのベッドだというのに、眠りはなかなか訪れなかった。





「旅用の服が欲しい」


 昨日、シャツを一枚血塗れにしてしまったスパイクの申し出をシャギーは断らなかった。治したとはいえ昨日の怪我はシャギーを庇ってできたものだ。痛みもあっただろうに恨み言のひとつも溢さない少年に少しは報いたい。

 ロルフ・フィードラーまではあと3日ほどの距離で、買い物をする少しの時間くらいなら問題にならない。しかし。


「なんで私まで一緒に?」

「知らない土地で一人で街歩きなんて怖くて」

「わあ意外な一面〜」


 白々しいスパイクの言葉に棒読みで返しながらも、昨夜の気分を切り替えたらしい様子にシャギーも安堵していた。

 寂れた宿場町にある店なので彼のような貴族が着る服は無いが、本人は気にせずあれこれ手に取って見ている。


「どっちが良いと思う?」

「どちらでも」


 自分の服にも大してこだわりは無いのに異性の服などわかる筈がない。シャギーの素っ気ない返事に店主の中年女性がくすくすと笑った。


「ソルジャー家の騎士さま方は仲がよろしいんですね」


 汚れた服の代わりにスパイクが着ているのはクローバーから借りたソルジャー家の騎士団服で、シャギーも同様の服装だ。どうやら店主はシャギーも男性だと思っているらしい。

 うっとりしたような顔で眺めてくる店主の表情に、この調子なら来年から学園に通ってもシナリオ回避の計画が進めやすいなとシャギーは内心でガッツポーズを決めた。


「フン、不信心なソルジャー家の犬めが」


 そんなやり取りをしていたところにボソリと呟いた男性の声が飛び込んでくる。誰に言うともなかったその嘲りを拾ったシャギーは、反射的にそちらへ顔を向けてしまった。視線の先に居た老人とバチリと目が合う。それはたっぷりとした髭を蓄えた白髪の老人だった。


 老人は一緒ギクリと顔をこわばらせたが、すぐに挑発的な表情を取り戻した。


「なんだね?」

「いえ、別に……」


 こんなところで騒ぎを起こしても得は無い。シャギーは笑顔を貼り付けてこの場を去ろうとした。スパイクもシャギーの意図を理解したのか、手にしていた2着の購入を素早く決断する。


「両方頂きます、マダム」

「まあ! ありがとうございます!」


 しかし二人のそんな態度が逆に相手の神経を逆撫でしてしまったらしい。


「馬鹿にしおって……末端の小僧まで貴族気取りか。主人が主人ならその部下も部下、教会を欺く不信仰な色狂いに仕える限り伯爵家もろとも裁かれる日が来るだろう!」


 整えていない白髪が顔にかかって、前髪の隙間から覗く眼が憎しみに光っていた。


 そのギラギラした眼光を受け、シャギーの眉間にシワがよる。彼に怒りをもたらしているものはおそらく、贖人と宣告された母ガーラントを父アクイレギアが妻に迎えたことだろうと察するが、そこまで言われる筋合いがあるのだろうか?


「ご隠居様! お客様に絡むのはやめとくれよ!」


 シャギーが老人の方へ一歩踏み出しかけたところで、店主の声が割って入る。隠居ということはこの店の人間だろうかと考えたが、その先は男性が自ら名乗った。


「絡む? この地の司祭を務めていた者として、この不信心な連中に罪を自覚させておるだけだ」


 熱心なカルミア教徒だと思っていたが、なんとこの攻撃的な性格で元聖職者だという。シャギーは喉もとまで上がってきていた文句を飲み込んだ。教会との争いは、まずい。


「アリストロキア・アルボレアだ」


 名乗られたものの、シャギーもスパイクも素性を明らかにするわけにもいかず無言になる。


「名乗れ!」


 案の定、老人が髪を振り乱して怒鳴る。


(お兄様。ソルジャー家の騎士団服なら多少の面倒ごとは避けられるとおっしゃってましたが、逆に面倒ごとが増えました)


 シャギーは内心で兄に訴えた。


「シャギールです」

「スパイデルです」


 二人は一瞬視線を交差させてから適当に名乗った。家名を言わなければ本名でも大丈夫だとは思うが、念のためだ。


「その若さならどうせ知らぬだろうから、よく聞け。貴様らの仕えるソルジャー家の当主は教会の定めに従わなかった大罪人だ!」

「はあ」


 よく知っていますがとも言えず、シャギーは老人のがなり声を聞き流す。


 それにしても、もう十年も昔の話だというのに未だ教会がここまでソルジャー家を目の敵にしているとは思わなかった。これ以上教会と反目しないようにという父親の心配は大げさだと思ってきたが、想像以上に評判が悪いことを実感する。


 とはいえ、ここで説教を受け続けるほど余裕のある旅でもない。


 そもそも、贖人という存在そのものに疑念を抱いているシャギーにとって父は母の恩人でこそあれ罪人呼ばわりされる謂れもない。そして自分は、その愛する父親の命を救いに行くところなのだ。


 天罰が下るなどという牧師の言葉にも、縁起でもないと神経が逆撫でされる。


 面倒臭い、走って逃げようかな……シャギーが遠い目で逃亡を考えたその時、目の前で喚いていた老人が急に目の前から吹き飛んだ。


 思わず隣のスパイクを見るが、俺じゃない!と首を振る。


「我が教会の関係者が、失礼を致しました」


 背後から落ち着いた声がした。振り向いたシャギーは近づいてくる中年の男を見て、今度は一目で聖職者だと気付く。

 ゆったりとした足どりで向かってくる人物は立襟の祭服に身を包み、シャクナゲの花を象った珠を連ねた聖具を首から下げていたから。


「私はこちらの教会堂で祭司をしている者です。──彼はもう司祭を退いているのですが、どうにも信仰心が暴走しがちでして」


 黒々とした髪を一筋のほつれもなく後ろに撫で付けた牧師は痛みにうずくまる老人を冷ややかに一瞥すると、媚びるような笑みをシャギーに向けた。


「今のは、あなたが?」


 愚問だとは思ったが聖職者が老人に向かって迷いなく魔法攻撃したことに驚き、つい確認してしまう。


「ええ、つい力が入りすぎてしまいました」


 悪びれることもなく神父が答え、白々しく老人を助け起こす。


「アリストロキア・サルバドレンシスと申します。ソルジャー家の騎士様方」


 先程の老人もアリストロキアを名乗っていた。偶然同名なのだろうか? シャギーの訝しげな表情を察したのか、「この地に赴任した司祭はアリストロキアを名乗るしきたりなのです」と付け加える。


「我々は聖職者です。ソルジャー家に遺恨を残す者はごく僅かですから、どうかご安心を」

「──お気遣いありがとうございます」


 取り繕うような言葉に違和感を感じる。が、サルバドレンシスに腕を掴まれているアルボレア老人が大人しい内に立ち去った方が良いだろう。


 礼をして立ち去ろうとするシャギーとスパイクの背中を追うように声が掛けられる。


「ロルフ・フィードラーが侵攻を受けているとか。この国に暮らす者として騎士様にカルミア様のご加護があらんことを」


 そう言って神父は祈りの姿勢を取った。


 青白い顔にべったりと張り付けたような微笑みが、ザワリとシャギーの胸を騒がせた。









【植物メモ】


和名:馬の鈴草属[ウマノスズクサ属]

学名:アリストロキア[Aristolochia]


アリストロキアの品種

学名:アリストロキア・アルボレア[Aristolochia Arborea]

学名:アリストロキア・サルバドレンシス[Aristolochia Salvadorensis]

 

ウマノスズクサ科/ウマノスズクサ属

いつも読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマ・評価もすごくすごく嬉しいです。頑張ります!

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