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14.捩花 Spiranthes

ここから新章になります。




 月日は螺旋のように上昇していく。


 変わらぬ日々をぐるぐると周っているようで、上へ上へと向かうことを忘れなければ、やがて振り返った時に自分の成長を知ることとなる。伯爵令嬢シャギーが騎士見習いのレオノティスに勝利してから、3年。欠かさず続けた鍛錬の成果──。


「そこまで! 勝者、レオノティス!」


 ブッシュ・クローバーの声が演武場に響く。


 シャギーは肩で息をしながら思い切り舌打ちをした。対するレオノティスは身を屈めてガッツポーズしたまま震えている。


「いよっしゃあああ! これで90勝90敗やで!! また並んだなあ!?」

「ハン! せいぜい噛み締めておきなさいな……最後の勝利をね!」

「いやいや姉さん、こっからはもう俺の連勝やから。いや〜えらいすんませんなあ!」


 レオノティス・レオヌルスはあれからゲームの筋書き通りブッシュ・クローバーに弟子入りした。思惑が外れたシャギーが悔し紛れに、自分の弟弟子になるのだから姉さんと呼べと吹っかけてみたところ、素直すぎる天才剣士はここでも要らぬ素直さを爆破させ、以来、同じ歳のシャギーを姉さんと呼ぶ。


 なんでやねん。


 シャギーが内心で突っ込む。レオノティスの訛りがうつってしまっている。だが、しかし。言いたくもなる。


 なんでやねん。


 ゲームでは寡黙系筋肉キャラだったレオノティス。


 その実情は「長文を喋ると訛りが出るから取り敢えず最低限必要なこと以外は黙っとく」ゆえの、口数の少なさであった。

 レオヌルス家の領地は王都からそこまで離れているわけではない。だが険しい山脈を隔てているために人の往来が少ない上に周囲を他民族に囲まれた国境であるため、とにかく訛りがきついのだ。


 通りで。ゲームをしていた頃からなんかカタコトっぽいなと思っていたのだ。


 そんな訛りのせいだけではなく、慣れれば気さくな性格とか、素直すぎる気性だとか。あまりにもゲームの殺戮剣士とイメージが違いすぎるため、どうにも同じ人物として扱えないまま2年間交流を深めてしまった。


 レオノティスの剣の才能は確かだった。


 シャギーも必死で努力している。ブッシュ・クローバーという王国最強の剣士から教えを得るという裏技まで使って腕を磨いてきた。だがそれはレオノティスも同様で。

 シャギーは先日15歳になった。目標のひとつとしてきたのは16歳を迎えるまでにレオノティスよりも強くなること。それはなかなかハードな道のりであった。





 シャギーがしょんぼりと家に帰ると、ちょうど別の馬車が家の前に着けられたところだった。この春から学園に通いはじめた兄が帰宅したのだろう。


「お兄様!」


 降りてきた人物は予想通り、兄のカランコエ。


「ただいまシャギー」


 そして。


「へえ、この子が妹さん?」


 もう一人、兄に次いで馬車から降りてきた、初めて会うけれどずっと以前から知っていた人物。


 “イフェイオンの聖女”の中ではシャギーの婚約者だった、黒髪の公爵令息。ヒロインに恋をして、シャギーに婚約破棄を言い渡す存在。

 今の(・・)ソルジャー家に、見合い話が持ち込まれたことは無かった。


『だから運命が変わって、回避できたと思っていたのに──』





「シャギー、彼はスパイク・ウィンターヘイゼル。ウィンターヘイゼル公爵のご子息だ」


 知っている。


「はじめまして……シャギーです」

「はじめまして。君のお兄さんとはクラスが同じなんだ」


 内心の思いを隠してどうにか挨拶を交わすが、どうしても“敵”として認識してしまう。脈が早くなるのを抑え早急に立ち去ろうとしたがカランコエに引き止められた。


「急に連れてきてすまない。妹が居ると言ったら、見たいって言い出して」

「そういうのは黙っておいてよ」

「言っておくけど、妹に手は出すなよ?他の子みたいに」

「そういうのも黙っておいてほしかった」


 学園は身分の差にとらわれず交流する方針の場所だと聞く。公爵家のご子息に対してカランコエの口調は砕けたものだ。二人の話を上の空で聞きながら乙女ゲームを進める上で必要な設定だなと思う。


「だって、カランコエの顔で女の子だったらどんなご令嬢なんだろうってさ。男なら気になっちゃうもんじゃない?」


 軽い調子で言うスパイクにカランコエがため息で返した。それを聞いてシャギーは少しばかり安心する。兄の顔を期待してシャギーに会いに来たのならそこまで警戒しなくても大丈夫かもしれない。兄妹の顔は確かに似ている。だが兄の造形は異次元なのだ。


 ちなみに菊子インストール済みのシャギーはその件で卑屈になることはない。カランコエが超越者なだけであって、自分の顔には十分満足している。何なら隣りにいるスパイクだって単体でみたら十分なイケメンなのだろうがカランコエの隣に立っているせいで際立った容姿には見えなくなっている。


「それならがっかりさせましたね」


 婚約の恐怖から少しばかり開放されてシャギーはようやく笑顔を取り出した。しかしその油断が良くなかったらしい。


「素敵な笑顔だね。それに、太陽みたいに輝く髪」


 やっと微笑んだ少女に間髪入れず甘い言葉が降ってくる。優美な仕草で、一房の三編みにまとめた髪をすくわれてシャギーは一瞬で固まった。背中がゾワゾワとむず痒い。これまで身近なところには存在しなかったチャラさにおののく。


「おい、スパイク」

「はーい」


 妹の身を案じるカランコエが不穏な空気を発するがスパイクはまるで動じない。シャギーの髪をサッと解放して両手を上げた。軽い。ゲームではヒロインにこれでもかと甘ったるい言葉を吐いていたのを思い出す。


(なんだこいつ)


 硬直から復帰したシャギーは先程掴まれた髪を無意識でブンブンと振ってしまった。反射的に出てしまった行動に、しまった、と顔を上げる。


 公爵令息の笑顔がこわばっていた。








【植物メモ】


和名:ネジバナ[捩花]

英名:レディズトゥレシーズ[Lady’s Tresses]

学名:スピランセス[Spiranthes]


学名のSpiranthesは、ギリシャ語のspeira(螺旋らせん)+anthos(花)が由来


ラン科/ネジバナ属

読んでくださり、ありがとうございます!ブクマ・評価本当に嬉しいです。いつも同じこと言っていてすみません。でも本当に、ここに居ることに気付いていただけるだけで奇跡だなと思っていたので、とてもとても嬉しいのです。ありがとうございます。

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