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13.金星 Finger Cactus

昨晩更新できなかったので、お昼休みに踏ん張りました。

・レオノティスのセリフを少々変更しています。





 燃え盛る炎が踊っている。


 鮮やかな朱の髪が残像の尾を引いて空気を裂き、赤く発光した斬撃が迫る。揺らぎなく鋭利なその軌道を少女は辛うじて避けた。

 じっくり相手を観察する余裕などシャギーには許されていない。しかし少年の太刀筋は、注目を奪うのに十分な鮮やかさを有していた。


 まるで激しく燃える炎が舞うのを見ているようだと思った。


 この場にいる騎士たちの中にレオノティスに勝てる者はいくらでも居るだろう。腕力、駆け引き、速さ、経験。歴戦の猛者たちに比べ、12歳の少年に足りないものは余りに多い。しかしその太刀筋を見てしまえば、取るに足らない子どもだと笑う者は誰も居なかった。


 これが天才。


 直接剣を交えているシャギーにはそれがよくわかった。毎日クローバーの剣を受けている身とすれば食らい付けない速さではない。弾かれるような重さでもない。だが叩き込まれる剣は鋭く、無駄なく、そして読めない。

 リズムが完全に握られている。飛び込むタイミングは外され、逆に相手からは呼吸の隙間に一瞬で斬り込まれる。相手の呼吸を簡単に掴んで恐ろしいほど自然に振るわれる剣は受けるだけで精一杯で、次の手を予測することもかなわない。


 でも負けるわけにはいかないのだ。


 それはクローバーに破門をくらうからではない。シャギーの剣の師は口ではどう言おうが一度面倒を見た相手を途中で放り出すような人間ではない。3年間ついてきたのだ。そんなことはさすがにもうわかっている。


 それよりも、ここで自分が負ければ騎士団全員の顔に泥を塗ることになる。


 最初は確かに、4年後の死亡ルート回避のために負けてしまおうと考えた。けれど開始のコールを聞いた瞬間にその気持ちは飛んでいた。

 自分のような子どもが演習に交じることを許してくれて、真剣な気持ちを汲み取ってくれた騎士団の面々。そしてそんな人達を馬鹿にしたような少年の言葉。理性ではなるべく関わらないようにとわかっていながらも、内心ではシャギーだってレオノティスの不遜な態度に腹を立てていたのだ。


 負けてたまるか!


 シャギーは真っ正面から剣を受け、至近距離にあった代赭色たいしゃいろの瞳を睨みつける。そしてそこに微かな苛立ちが浮かんでいることに気付いて、僅かに冷静さが戻ってきた。レオノティスの魔力は炎の属性を持つのだろう。縦横無尽に描かれる軌道はシャギーの眼には赤い線となって見えている。


『お前、目はいいからな』


 それはクローバーから貰った数少ない褒め言葉のひとつ。


 だからシャギーは、ひたすら見る。

 次が読めない、受けるので精一杯の軌道を、見て、見て、見て、何度でも受ける。


 レオノティスは自分の優位を確信しながらも、決めたと思った一太刀を受けられる度に苛立ちを募らせていく。そのささくれは整っていたリズムを揺るがせた。

 一体となっていた剣と心が微かに乖離して、剣が先に走り出す。理性の乗らない剣は凡庸な軌道しか描けない。それがどんなに速く、重くても、踊らない太刀は力を失う。


 シャギーは上段から自分の肩へと伸びる赤い軌道を見た。


 背をそらした首元の薄皮一枚を掠め、空を切ったレオノティスの剣を下から跳ね上げる。そして先の読めない相手に対して一歩引いて体勢を整える──ように、していた。先程まで。


 シャギーがここで一歩引くと、レオノティスもそう、予測していた。


 少女の逸らされた背には毛細血管のように魔力が張り巡らされ、無理な体勢を無理ではないものにしている。背中をしならせ上体を起こす反動を利用した一閃。


 シャギーは剣を握る腕を、真横に薙いだ。


 胴を狙って水平に伸びてきた一太刀。レオノティスはそれに瞬時に反応し剣で受ける。しかし正面から受け切るには体勢が間に合っていなかった。


 踏みとどまれなかった足裏が地から離れる。まるでスローモーションのように後方へと吹き飛ばされる自分の体を知覚する。その視界に、剣を振り抜いた少女が映った。


 自分よりも遥かに細い腕。華奢な肩。それらを、信じられない思いで見ていた。


 掌を打ち鳴らす乾いた音が無音になった演習場に響く。音につられてそちらを見れば口元に笑みを浮かべて拍手しているクローバーの姿。シャギーと目を合わせたその表情は見たことが無いほど穏やかなものだった。


「よくやった」


 そうして、一言の労い。


 一瞬の静寂にあった演習場が湧く。根性だけが取り柄の雑草令嬢が上げた大金星だいきんぼしへの祝福の響き。

 シャギーの剣を受けた刀身もろとも吹き飛ばされたレオノティスは、尻もちをついたまま呆然と少女を見上げていた。手を貸して起こした方が良いのか、それも相手には屈辱となってしまうのか。判断に迷ったシャギーもレオノティスと見合ったまま固まってしまう。


「おら、立ちな」


 その場にわだかまっている両者の戸惑いなど意にも介さずに沈黙を破ったのはクローバーである。


「ウチの騎士団、ナメんなよ?」


 レオノティス少年の両脇に手を突っ込み有無を言わせず立ち上がらせた最強剣士は、もういつもの不敵な笑みを浮かべている。呆然としたままクローバーを見たレオノティスの瞳に、ゆっくりと色が戻ってきた。

 戸惑い、怒り、羞恥、絶望、不信──様々な浮かんでは目まぐるしく変化する。その様を眺めていたシャギーは、やがてひとつに定まっていく感情の収束を見て、じわじわと危機感を募らせていく。


 そう、きっと物語の展開は、何ひとつ変わっていない。


「俺……傲慢、でした」

「ほう?えらく素直だな?」

「もっと、強く、なりたい」


 悔しさに唇を噛みながら、少年が剣士を見上げる。映像としては目にしてはいなかったものの、シャギーがよく知る(・・・・)筋書きの通りに。


「俺も鍛えたい。ここで」


 そんな素直さは要らない。この場面では絶対要らない。シャギーは心の底から、彼女から見て唯一とも言えるレオノティスの美点を呪った。


 勝負に勝って、世界の理に負ける。


 金星きんぼしと呼ぶにはあまりに世知辛い展開。


「最悪だ……」


 誰にも聞かれぬ呟きが漏れる。4年後にシャギーを殺す最強の剣士が、ゲームのストーリーのままに。


 産声を上げた。







【植物メモ】


和名:キンセイ[金星]

英名:フィンガーカクタス[Finger Cactus]

学名:マミラリア・ロンギマンマ[Mammillaria longimamma]


サボテン科/マミラリア属

読んでくださりありがとうございました!


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