『短編版』召喚されたのは巫女見習いでした。巻き込まれ聖女の私に出来るコト『大正浪漫に異世界聖女』
あけましておめでとうございます!
昨年末に発売の『悪役令嬢のお気に入り』コミカライズ版の一巻が重版いたしました。そろそろ重版分が本屋に並ぶ頃ですので、見かけた方はぜひ手に取ってご覧ください!
表紙に『王子邪魔っ』って書いてあるのが目印です。
オルレア神聖王国の城下町にある、とても大きな憩いの広場。
抜けるような青空の下で、私は十字架を模した木材に張り付けにされていた。ボロ布の囚人服を着せられ、両手首には魔封じの手枷が填められている。
しかも足下には油に濡れた藁が敷き詰められ、その上には薪が並べられている。むせ返るような油の匂いが、私に逃れようのない死を予感させる。
火炙りの刑が処されるまであと少し、という状況である。
「――この者、レティシアは自らを救国の聖女とたばかり、王妃の座を得ようとした悪しき魔女である。よって次期国王の私が聖なる炎を使い、魔女である彼女を火炙りの刑に処す!」
高らかに宣言したのは王太子――私の婚約者だった男だ。権力を象徴するかのような煌びやかな服に身を包んだ彼は、広場に集まった国民に聞かせるように宣言する。
だけど――
告げられた罪状は、
私が犯したという罪は、
すべて、彼の都合で作り上げられた真っ赤な偽物だ。
平民の娘に過ぎなかった私を聖女に認定したのは、オルレアの司祭だ。オルレア神聖王国を救って欲しいという、呪いにも似た人々の願いによって私は聖女になった。
王太子との婚約を受け入れたのだって、いまは亡き陛下に国のためだと言われたからだ。
どちらも、私が望んで手に入れた地位じゃない。なのに、私は聖女を自称した魔女として、裁判に掛けられている。王太子にとって、私の存在が邪魔になったからだ。
「魔物に変容した人間を躊躇いなく殺す。おまえはいままで、いったい何人の者達を手に掛けてきたのだ。そのように血に染まった身で俺に近付くな、穢らわしい!」
先日、王太子から告げられた言葉だ。
たしかに、私の手は血に染まっている。
魔物へと変容してしまった人間に死という安らぎを与えるのは私の役割の一つだ。他にも、数え切れないほどの魔族や魔物、それに魔王をこの手で殺めた。
だけどそれは、この国を救うために必要なことだったからだ。なのに、この仕打ちはあんまりだと、私は悔しさに唇を噛む。
そんな私を他所に、王太子は広場に集まった者達に向かって高らかに告げた。
「――よく聞け、皆の者! この松明を灯す炎は、神殿から運んできた聖なる炎だ! よって、彼女が真に聖女ならば、この炎で焼け死ぬことはない!」
「それがあなたの遣り口ですか……っ」
私が聖女なら死ぬはずがない。そんな嘘で私を焼き殺し、聖なる炎で焼け死んだのだから、私は聖女ではなかったという暴論を民に押し付けるつもりなのだ。
本来の私なら、魔術でこの状況から逃れることも可能だ。
だけど、いまの私の両手首には、複雑な紋様が刻み込まれた金属製の手枷がはめられている。それは一種の魔導具で、私は聖女の術や魔術を封じられている。
いまの私にこの状況を覆す術はない。
私の人生は、ここで終わってしまうのかな……?
「さあ、裁きのときだ! 人々を惑わした悪しき魔女よ! 聖なる炎に焼かれて死ね! そして民よ! 偽りの聖女が聖なる炎に焼かれて死ぬ姿をその目に焼き付けよ!」
あっさりと、本当にあっさりと、足元に敷かれている藁に火が掛けられた。
私の身体を真っ赤な炎が包み込む。
国のために戦って戦って、戦い抜いて、最後は用済みだと処刑されるのだ。世界は救っても、私自身の望みはなに一つ叶えていないのに、私の人生はここで終わる。
役目を果たして、ようやく、自分のために生きられるかもって思えたのに。
こんなの――死にきれないよ!
大粒の涙が瞳から零れた。
その涙は頬を伝い、炎の中に消えていった。
瞬間、私の足元を中心に複雑な魔術陣が展開された。その魔術陣が出現するのと同時に、私は自分が何処かに引き寄せられるような感覚を抱く。
というか、
「……熱くない?」
最初に感じた熱をいつしか感じなくなっていた。
「馬鹿な、どういうことだ!?」
事態に気付いた王太子が声を荒らげる。
同時に民衆からもざわめきが上がり、大きな波となって広場全体に広がっていく。その状況に焦りを抱いたのか、王太子が忌々しげな顔で声を上げる。
「あの魔女は、怪しげな術で聖なる炎に抗っている! 兵士達よ、いますぐに、あの悪しき魔女を槍で串刺しにしろっ!」
「――はっ!」
命を受けた兵士達が私に向かって一斉に槍を突き出す。その槍に貫かれる寸前に私の視界は暗転、私という存在はこの世界から消え去った。
次の瞬間、私はまったく知らない広間の一角に移動していた。
磔から解放された私は、重力に引かれて座り込む。
周囲を見回すと、最初に煌々とした灯りが目に飛び込んできた。ランプのようにガラスの中に光源がある。けれど、ランプとは違って光に揺らぎがない。
魔導具かとも思ったけど、光源からは魔力が感じられない。
未知の光に満たされたエキゾチックな空間。
私の隣に座り込む黒髪の少女もまた見慣れぬファッションで、紺色のブレザーにブラウス、それにチェック柄で膝丈のプリーツスカートを穿いている。
顔立ちは整っていて可愛らしい、守ってあげたくなるような女の子だ。
そして周囲にはまた違うファッションの人達が集まっている。民族衣装なのだろうか? ボタンを使わず、帯で止めた不思議なデザインの服を纏う者が半分ほど。
残りの半分は、ブラウズやズボン、あるいはそれらを組み合わせた服を纏っている。
「召喚に成功したぞ!」
不意に、誰かがそう叫んで、続けてそこかしこから歓声が上がる。剣――どちらかというと細身の曲刀を腰に下げた軍人や、神官のような者達が喜びを称え合っていた。
奇跡を喜び合うような表情を目の当たりに、私は聖女選定の儀式を思い出した。
……もしかして、私はまた聖女として戦うのかな?
そうかもしれない。
だけど、その場にいる人間を選定する聖女選定の儀とは違い、この儀式は離れた人間を召喚している。離れた地にいる聖女を強制的に召喚するなんて信じられない能力だ。
オルレア神聖王国よりも、ずっと優れた技術を持っている国なのだろう。
そのような国に召喚された。
どれだけ過酷な戦いが待っているか想像もつかない。
――穢らわしいと、私を罵る声が頭の中に響いた。
……嫌だ。そんなのは嫌だ。
誰かに都合良く使われ、最後は用無しと捨てられるような人生は繰り返したくない。
私は、私が思うままに生きたい。
そんな風に考えていると、人垣を割って軍服らしき装いの男達が近付いてきた。彼らは人垣の最前列で足を止めるが、その中の一人が更に近付いてくる。
精悍な顔立ちだけど、どことなく王太子に雰囲気が似ていて嫌な感じだ。そんな彼が胸のポケットからペンダントを取り出した。
彼はそれを私に向け、続けて隣に座り込む黒髪の少女に向ける。私に向けたときは何の反応も示さなかったペンダントが、少女に向けた瞬間に淡い光を放った。
それを確認した後、彼は黒髪の少女の前に膝を付く。
「よく来てくれた、巫女殿」
……巫女?
身分の高そうな軍服の男が、手を引いて黒髪の少女を立ち上がらせる。小柄な彼女は、戸惑いと怯えを滲ませた表情で男を見上げた。
「あ、あの、あなたは?」
「これは申し遅れた。私は神聖大日本帝国陸軍、特務第一大隊副隊長、井上清治郎大佐だ」
「え? だ、大日本帝国? それって、昔の日本じゃ……あれ、でも神聖?」
「混乱するのも無理はない。だが、巫女殿に危害を加えるつもりはないので安心して欲しい」
「え、あ、その……分かりました」
黒髪の女の子は混乱しているが、井上と名乗った男はわりと紳士的な対応だ。そう思ったそのとき、彼と共に姿を現した軍人の中からもう一人、偉そうな男が近付いてきた。
「井上、巫女は見つかったのか?」
「はい、高倉隊長。彼女が我らを救うべく現れてくださった巫女殿です」
「……その娘が、か? とてもそうは見えぬが」
偉そうなおじさんは、少女の頭の天辺からつま先まで眺めて胡散臭そうな顔をする。他人事ながら凄く嫌な態度だ。王城にもこんな人がいたなぁと、私は不快な気持ちになった。
「彼女に巫女の力があることはペンダントが証明しております」
「そうか、ならばいい。それで、そっちの娘は何者だ?」
「彼女は……おそらく、召喚に巻き込まれた一般人ではないかと」
「巻き込まれた一般人、だと?」
話を聞いていた者達の視線が一斉に私へ向けられる。
不信感、好奇心、様々な感情を宿した視線に晒されるが、処刑間近の状況に比べればなんてことはない。私は静かにそれらの視線を受け止めた。
そして、偉そうなおじさんの視線が私の手首へ向けられた。
「なにが一般人だ、この娘は枷を付けているではないか。罪人ならば牢に放り込んでおけ!」
偉そうなおじさんの声に、広場にいる人々がざわついた。人々の視線が、磔にされたときに向けられた視線と同質のものへと変わっていく。
このままだと、せっかくの機会が無駄になっちゃう。どうやって切り抜けようかと考えていると、私をちらりと見た井上さんが隊長に向き直った。
「高倉隊長のおっしゃるとおりです。ただ……ここでグズグズしているとよけいな横やりが入るかもしれません。いまは巫女殿の確保を優先させましょう」
「……む? たしかにその通りだ。我らに必要なのは巫女であって罪人ではないからな。よし、撤収する。井上はその巫女を連れてまいれ」
偉そうなおじさんはそう言って踵を返した。
酷い言い草だったけど、助かった……のかな?
その背中を見送っていると、井上さんが巫女と認定された少女に手を差し出した。
「驚かせてしまって申し訳ない。だが、危害を加えないという言葉に嘘はない。どうか、いまは私を信じてついてきてくれないだろうか?」
「わ、分かりました。でも……」
井上さんの手を取って立ち上がる。巫女が私に気遣うような視線を向けた。それに気付いた井上さんの視線も私に向けられる。
「もう少ししたら、伊織という馬鹿が来る」
唐突なセリフ。
その人が来たらどうなのかと、その説明があるものだと思っていたのに、彼はそれだけを言い残し、巫女と呼ばれた少女の手を引いて退出していった。
とまぁそんな訳で、私はこの広間に放置されてしまった。
私としては、偉そうなおじさんはもちろん、王太子似の井上さんともあまり関わり合いになりたくなかった。それに、聖女として国のために戦うのは望むところではない。
もちろん、牢に入れられるのだって嫌だ。
そういう意味で、放置されたこの状況はわりと理想的、なんだけど……周囲の人間に私の内心が届くはずもなく、辺りには気まずげな空気が流れている。
ここで「私は気にしてませんから、みなさんも気にしないでください」なんて言っても逆効果だろう。このまま、ここから逃げちゃおうかな?
なんて考えていると、大きな音と共に広間の扉が開け放たれた。
「巫女様が召喚されたというのは本当か!」
新たに若い軍人達が姿を現した。
さっきの連中と同じ軍服だが、その服を着ている人種がバラバラだ。黒髪の者達だけでなく、赤髪の青年だったり、金髪の少年も混じっている。
ただ……なんだろう?
クールそうな黒髪美青年に、やんちゃそうな赤毛の美男子、それに大人しそうな金髪美少年と、揃いも揃って美形ばかり。彼らの周囲がキラキラ輝いて眩しいくらいだ。
そんな彼らに向かって、近くにいた男が状況を説明する。
「特務第一大隊の隊長が巫女様を連れて行っただと? ……くっ、一足遅かったか」
説明を聞いて嘆いたのは、身分が高そうな軍服を身に纏う、クールそうな美青年。濡羽色の髪に、赤みを帯びた瞳の彼は、その整った顔を悔しげに歪ませた。
その姿に見惚れていると、不意に私と彼の視線が交差した。
「……彼女は何者だ?」
「分かりません。おそらく、召喚に巻き込まれたのではないかと」
「召喚に巻き込まれた? つまり、召喚の儀で現れたと言うことか?」
彼の言葉に男が肯定する。
それを受けて、横で話を聞いていた赤髪の美男子が興味深げに私を見た。
「なんだか、ずいぶんとみすぼらしい恰好の嬢ちゃんだな」
「ぐ、紅蓮さん、失礼ですよ」
赤髪の美男子を、金髪の美少年がたしなめる。それを横目に、濡れ羽色の君が私の下へ歩み寄って来た。そうして私の前に片膝を突く。
「娘、俺の言葉は分かるか?」
「はい。知らない言語のはずですが、分かります。……話すことも出来るようですね」
無意識に、彼と同じ言語で応じる。私はそのとき初めて、相手が私の知らないはずの言語で喋っているのに、自分がその言葉の意味を理解していたことに気付いた。
内心で語っているような元々の言葉遣いはもちろん、貴族の養女となった際に叩き込まれた、貴族令嬢としての言葉遣いも含め、彼と同じ言語で問題なく使うことが出来ている。
そのことを伝えると、彼は興味深げに顎を撫でた。
「そうか。召喚の儀による恩恵は与えられているようだな。娘、名はなんと言う?」
「レティシアと申します」
「そうか、レティシア。おまえには……巫女としての力はないようだな」
彼は私にペンダントを向けながら結論づける。
さきほどの軍人と同じ仕草である。
「……それは、巫女の力を測る魔導具かなにかなのですか?」
「魔導具? それがなにかは分からぬが、巫女の力を測る道具であることには違いない」
「なるほど。では、私は巫女ではないのですね」
幸いなことに――とは、心の中で呟くに留めた。そうして私が口にした言葉だけを聞いた結果、彼は「……ずいぶんと冷静だな?」と訝しんだ。
「私は、自分が何者かを知っています。それにさきほど、特務第一大隊の隊長を名乗るお方が同じことをして、隣の少女を巫女と呼び、何処かに連れて行きましたから」
「なるほど、状況を冷静に把握しているのか。中々に興味深い娘だ」
褒められて……いるのかな?
なんだろう? 少しくすぐったい。
「それで、私はこれからどうなるのですか?」
「……そうだな。召喚の儀に巻き込んでしまったことは謝罪する。だが、すまない。おまえを元の場所に返してやることは不可能だ」
「かまいません。国に戻っても処刑されるだけですから」
肩をすくめる――が、その言葉は失言だった。
彼や、周囲で話を聞いていた者達の私を見る目が険しくなる。
「その姿、もしやと思っていたが、おまえは罪人か?」
「罪人ではありますね。罪状は濡れ衣ですが」
「……そうか」
「信じてくださいますか?」
「それを判断するほどおまえのことを知らぬ」
素っ気ない口調。だけど、私の言葉を嘘だと断じることもなかった。
彼は良くも悪くも誠実な人間のようだ。
「では、私からも質問をお許しいただけますか?」
「ああ。答えられることなら答えてやる」
「ではまず、あなた様のお名前を伺っても?」
「俺は神聖大日本帝国陸軍所属、特務第八大隊副隊長の雨宮伊織少佐だ」
「雨宮伊織様……ですか?」
言語を理解できるせいか、少佐が軍の階級であることは分かる。だけど、名前の響きが聞き慣れず、どこまでが家名で、どこからが名前なのかが分からないと首を傾げる。
「名は伊織、雨宮は家名だ」
「失礼いたしました。では雨宮様。私はこの世界で生きていくことになると思うのですが、ここから出て行ってもよろしいのでしょうか?」
「そうだな……おまえ、料理は出来るか?」
「……はい?」
――一週間が過ぎ、私はこの世界のことを色々と知った。
まず、いまは20世紀初頭の大正時代。
ここは神聖大日本帝国の帝都にある、特務第八大隊の宿舎だ。特務第八大隊は、独立大隊に分類される部隊で、主に帝都を守る任務に就いているそうだ。
年号や国の名前、それは過去に遡っても私の知らない名称ばかりである。どうやら私は、自分が暮らしていたのとは異なる世界に召喚されたみたいだ。
もっとも、召喚されなければ私は死んでいたので、召喚されたことに不満はない。という訳で、私は女中――オルレア神聖王国で言うところのメイドとして働いている。
いきなり料理が出来るか聞かれたときは何事かと思ったけど、要するに使用人として雇ってくれるということだった。おそらく、罪人である私の監視を兼ねているのだろう。
それでも、私はその申し出に感謝した。
だって、私は国のために戦った末に処刑されてしまったのだ。もう自分の生きたいように生きるなんて不可能だと思っていたのに、こうしてその機会が与えられた。
しかもメイド。
田舎で生まれた私にとって、裕福な家で働くメイドは憧れの職業の一つだった。
という訳で、喜んで雨宮様の提案に飛びついた私はいま、着物にエプロンという女中の制服を纏い、女中見習いとしてジャガイモの皮を剥いている。
私はこのまま平凡で、だけど幸せな第二の人生を送るつもりである。
それにこの国、私が生まれ育った祖国よりも明らかに文明レベルが高い。
たとえば蛇口を捻るだけで流れる水や、その水を排水する設備。それにスイッチ一つで光る電球に、馬もなく走る鉄の車など、オルレアの王都にだってなかった代物ばかりだ。
それに、女中の制服を始めとした着物にも大変興味がある。
着物に、エプロンを着けたスタイル。頭から被る訳でもなく、ボタンで留める訳でもない。ただ、帯や腰紐で止める衣服なんて元の世界には存在していなかった。
なにもかもが新鮮で、見る物すべてが輝いて見える。元の世界よりも快適で、楽しい日々が過ごせそうな予感がしている。
ただ、そんな神聖大日本帝国も、いまは妖魔なる存在に平和が脅かされているらしい。その脅威に立ち向かうべく設立されたのが特務大隊だ。
だが、妖魔の力は強大で、特務大隊は日々苦戦を強いられている。そこで召喚の儀によって、魔を払う力があると言われる巫女としての素質を持つ少女が召喚されたそうだ。
巫女というのは、聖女と同じ役割を担っているのかもしれない。
(なんて、それはないか。もしも巫女と聖女が同質の存在なら、巫女の力を測るペンダントに少しくらい反応があるはずだよね)
自分が巫女とは関係のない存在だと思えば少し気が楽になる。
私も、魔物や魔族、それに魔王と呼ばれる存在と戦ったことはあるけど、これだけの技術力を持つ国が苦戦する妖魔は想像を絶する強さに違いないから。
この世界に召喚されてよかったとは思っているけれど、妖魔の存在だけは少し不安だ。
「レティシア、ジャガイモの皮剥きはあとどれくらいで終わりそう?」
厨房の片隅で仕事をしていると声を掛けられた。
声を掛けてきたのは彩花さん。黒髪ロングで、愛嬌のある顔立ちをしている女の子だ。
私の先輩にあたる人で、私と同じ着物の仕事着を纏っている。彼女は田舎から働きに出てきた娘で、異国の文化を取り入れたモダンガールなる存在を目指しているらしい。
その関係で、異国、正しくは異世界だけど――から来た私に興味を抱いているようだ。それで色々と質問もされるけど、代わりに私の質問にも答えてくれる優しい女の子だ。
私は彼女の問いに答えるべく、剥いたジャガイモと残っているジャガイモの数を見比べた。
「んっと……後半分くらいかな」
「え、もうそんなに剥き終わったの? レティシアって、料理が出来ないんだよね?」
「出来ないわよ? でも、刃物の扱いには慣れてるから」
私の発言に彼女は目を見張って――
「もう、脅かさないでよ。どうせ、まえの仕事場でもひたすらジャガイモの皮むきでもさせられてたんでしょ?」
なぜかクスクスと笑われてしまった。
「ジャガイモの皮むきは初めてよ?」
私は事実を口にした。
普通の子供が親の手伝いをする年頃には、既に王都で聖女としての教育を受けていた。紅茶を淹れたり、お菓子作りならともかく、普通の料理はしたことがない。
「はいはい。じゃあニンジン? それとも大根かしら? なんにしても、手際がいいのはいいことよね。私が手伝う分が少なくなるもの」
彩花さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて手を洗うと、手際よくジャガイモの皮を剥き始めた。彼女が手を動かせば、魔術を使ったようにジャガイモの皮が剥けていく。
その光景に感心しつつ、私も負けてられないとジャガイモの皮を剥く。
黙々と十個くらい剥いたところで、私はおもむろに口を開いた。
「ねぇ、彩花さん、聞いてもいいかな?」
「いいけど……なにが聞きたいの?」
「巫女のことが知りたいなって思ったのよ」
「あぁ、そういえば、レティシアは巫女召喚の儀に巻き込まれたんだっけ。あ~分かった。もしかしたら、自分にも巫女様と同じ力があるかも? な~んて、期待してるんでしょ?」
「いえ、それはないわ」
間髪入れずに否定した。
その可能性は、既にペンダントが否定してくれている。それに私はもう、誰かに命じられて戦うのは嫌だ。だからむしろ、巫女の力がなくてよかったと思っている。
とはいえ、聖女に似た魔に対抗するための存在が気にならないと言えば嘘になる。だから私は、ただの好奇心だと念押ししつつも、巫女についての質問を繰り返した。
「巫女って言うのは……そうね。歌ったり踊ったりするの」
「……え? 歌って……踊る、の?」
「そうよ。私もよく知らないけど、祝詞を歌ったり、神楽舞っていうのを踊ったりして、味方を鼓舞したり、魔を払ったり、後は傷を癒やすことも可能だって聞いたわ」
「味方を鼓舞したり、魔を払ったり、傷を癒やす……」
役割を聞くと、やはり巫女と聖女はよく似ている。だけど、聖女は踊ったり歌ったりはしない。というか、歌って踊って味方を支援するって、踊り子的な職業なのかな?
召喚された女の子は、儚げで可愛らしいイメージだった。そんな彼女が歌って踊りながら、味方を支援する姿はあまり想像できない。
なんにしても、勇者達と共に戦いに身を投じる聖女とはだいぶ違うようだ。
「――彩花さん、どこですか? 部屋の掃除がまだですわよ」
不意に彩花さんを呼ぶ声が聞こえた。
「あっと、忘れてた。レティシア、私はもう行くわね」
「行ってらっしゃい。手伝ってくれてありがとね」
「いいのよ、今度は私が手伝ってもらうからっ」
彩花さんは陽だまりのように暖かい笑みを浮かべ、小走りに去っていく。その背中を目で追いながらジャガイモの皮を剥いていると、指先に鋭い痛みが走った。
ナイフで指先を少し切ってしまったようだ。
「――ヒール」
視線を傷口に向けて治癒の呪文を口にする。
だけど、治癒の魔術は発動しない。
「……そうだった」
私はナイフとジャガイモを脇に置いて、女中として支給された制服の袖を捲る。そこには魔封じの手枷が填まっている。その手枷を外さない限り、私の力は封じられたままだ。
魔術を使えず、聖女の術も使えない。いまの私は聖女と言えないだろう。
「外した方が……いいよね?」
手枷は何処で外してもらえるだろうか――と、そんなことを考えているうちに、指先の傷はゆっくりと消えていった。
聖女の術や魔術を封じられていても、それ以外の能力は健在のようだ。
私が第八大隊の宿舎で女中を始めてから一ヶ月が過ぎた。
そうして、初めてのお給金を手にした私は、休みの日に外出許可を取った。帝都の町で買い物をしてみたかったのもあるし、いいかげん手枷を外してもらおうと思ったからだ。
そんな訳で、私は手持ちの外出着に着替える。以前、魔王軍から街を救ったお礼にと、その街の大きな商会から贈ってもらった、桜色のシルクに刺繍を施したドレスだ。
いつも危険と隣り合わせの生活を送っていた私は、結局着ることが出来なかった。でもいまは違う。私はそのドレスに着替え、鏡のまえでおかしいところがないかチェックする。
「……うん、大丈夫そう」
これだけでも、この世界にやってきた価値はある。私は鏡のまえでクルリと回って身だしなみをチェックし、問題がないことを確認して部屋を出た。
「キミが巫女召喚に巻き込まれたという女性ですか?」
上機嫌で廊下を歩いていると、不意に声を掛けられた。
声の方に振り返ると、開け放たれた窓枠に青年が腰掛けていた。着崩した着物に袴というスタイルで、着物の下にはシャツを纏い、袴の下にはブーツを履いている。
なにやら気怠げな色気を纏う青年である。
だが、彼の瞳の奥には、好奇心がたしかに滲んでいた。
「たしかに私は召喚に巻き込まれた人間ですが……あなたは?」
「失礼しました。僕は水瀬蒼二。キミに興味があって会いに来ました」
「それは……私が召喚された人間だから、ですか?」
「まぁそんなところです。ですが、今日は挨拶だけの方がよさそうですね。勝手に接触したことがバレると彼に怒られてしまいますから」
彼はちらりと廊下の先に視線を送る。私が釣られて視線を向けると、そちらから着流し姿の雨宮様が歩いてくるところだった。
「……ん? おまえは……レティシアか? ここでなにをしている」
「私は――」
窓の方へと視線を向けると、そこには既に誰もいなかった。
開け放たれた窓だけが、彼のいた痕跡を残している。
「いえ、ただの通りすがりです。ところで、雨宮様はいつもと違うお召し物なのですね」
いつもは洋風の軍服を身に付けている彼が、今日は羽織りに着流し姿だ。軍服姿とはずいぶんと雰囲気が違う。もちろん、こっちの雨宮様も格好がいいことには変わりないのだけど。
「ああ、今日は非番で立ち寄っただけだからな。そういうレティシアは変わった服装をしているな。ずいぶんと見違えたではないか」
「ありがとうございます。これは故郷のファッションなのです」
私が身に付けているのは外出用のドレス。外で着ることを想定しているが、パーティーで着るドレスに近いデザインだ。
「……故郷の? あぁ、給金で作らせたのか」
自前の外出着なのに、なぜかこの国であつらえた服だと誤解される。ただ、訂正するほどのことではないと笑顔で受け流した。
「この国で着ていてもおかしくありませんか?」
「斬新なデザインではあるが、着る分には問題ない。この国は今、急速に異国の文化を受け入れつつあるからな。大抵のファッションは受け入れられるはずだ」
異国の文化こそが正義――という勢いで異国の文化が取り入れられているらしい。そういえば彩花さんもモダンガールを目指しているといっていた。
……和服も素敵なのにね。
私はむしろ、お給金で和服が欲しい。
「伊織さん、この嬢ちゃんはもしかして、あのときの嬢ちゃんか?」
「え、そうなんですか?」
雨宮様の斜め後ろに控えていた赤髪の美男子が驚いた顔で私の顔を覗き込み、金髪の美少年くんはパチクリと瞬いた。私が召喚されたときに居た人達のようだ。
「ああ、巫女召喚の儀に巻き込まれた娘だ」
「マジか、まったく別人じゃねぇか」
「凄く、その……いえ、なんでもありません」
やんちゃな見かけの赤髪の美男子が感心するように呟くと、見た目が大人しそうな金髪の美少年は恥ずかしそうに視線を逸らした。
続けて、赤髪の美男子が私に話しかけてくる。
「おい、嬢ちゃん。それは故郷のファッションだといったな? そんな豪華な服に着替えてどうするつもりだ?」
「買い物に行こうかと」
「買い物だぁ? 嬢ちゃん、自分の立場は分かってるのかよ?」
赤髪の美男子が眉をしかめる。
「立場、ですか? 外出の許可は取りましたが……」
「いや、そういうことを言ってるんじゃねぇよ」
「紅蓮さんは、レティシアさんが疑われることを心配してるんですよ」
「……疑われる?」
金髪の美少年の補足に私は小首をかしげる。
「レティシアさんは最初、囚人服を着ていたんですよね? だから、罪人として扱うべきだって声もあるんです。あ、もちろん、僕はそんなこと思ってませんよ」
「そっか、信じてくれてありがとうね」
「いえ、僕は、その……はい」
印象的なアメシストのような瞳を伏せ、照れて少し赤くなる金髪の美少年が可愛らしい。私は続けて、赤髪の美男子にも視線を向けた。
「あなたも、心配してくれてありがとうございます」
「あぁっ? 勘違いするんじゃねぇよ、俺は面倒ごとを増やされたくないってだけだ! ほら、アーネストも余計なことを言ってないで行くぞ!」
「あ、ちょっと、行くってどこに? 紅蓮さん、引っ張らないでくださいよっ」
とまぁ、そんな感じで紅蓮と呼ばれていた赤髪の美男子が、アーネストと呼ばれていた金髪のの美少年を引きずって去って行ってしまった。
残された私は、雨宮様に視線を向ける。
「えっと……外出、しない方がよろしいですか?」
「許可が取れたのなら好きにしろ。ただ、帝都には妖魔が潜んでいる。人気のない場所に近付いて、面倒ごとを起こさないように気を付けろ」
「お気遣い、ありがとうございます」
私がぺこりと頭を下げると、雨宮様は踵を返して二人のいる方に去っていった。口数は少ないけど、悪い人ではなさそうだよね……と、彼の背中を見送る。
――という訳で、私は帝都の商業区域に足を運んだ。
お使いで彩花さんと一緒に出歩いたことはあるけど、この街並みは何度見ても驚かされる。オルレア神聖王国にも、こんなに発展している大通りは見たことがない。
なにより、通りを走る鉄の車に圧倒される。
それに、道行く人々のファッションの多様性にも驚かされる。
和服の人々が歩いていると思えば、洋服を着た集団に出くわす。かと思えば、洋服のシャツやブーツを着物や袴と合わせているようなファッションの者達もいる。
様々な文化が入り乱れている割に、人種の大半は単一だ。大正時代に入り、異国の文化が急激に浸透しつつある結果だと聞いているけれど、それにしても凄い光景である。
なにより、私も、そんな世界の住人の一人として町を歩いている。この世界に召喚されるまえ、聖女としての生活を強いられていた頃は考えられなかったひとときだ。
次は友人と来られたらいいな――なんて、まずは友達を作るところからなんだけど。というか、友達ってどうやって作るんだろう?
戦友みたいに、共に戦ってわかり合う……訳じゃないよね?
友達を作ったことがないから分からない。なんて物思いに耽っていると、いつの間にか舗装された道が終わり、人気のない路地裏に足を踏み入れていた。
ここは……どこだろう?
人気のない場所には立ち入るなと警告されていたことを思いだし、急いで人の多い表通りに戻ろうとする。その直後、路地の奥から悲鳴が聞こえてきた。
迷ったのは一瞬、私は声のする方へと駈けだした。ドレスの裾を捌きながら踏み固められた土の上を駈けて、突き当たりのT字路を声のする方へ曲がる。
そこには、絶望に彩られた顔でへたり込む男と、影を纏った大男が対峙していた。
大男は、禍々しい影を外套のように纏っていた。
あれが……妖魔?
影を纏っているが、丸太のように太い手足を持つ、その容貌はオーガそのものだ。
驚く私の目の前で、オーガもどきがへたり込む男をまえに角材を振り上げた。
私は反射的にプロテクションの魔術を行使しようとするが――不発。いまだ魔封じの手枷が填まったままであることを思い出す。
直後、オーガもどきが角材を振り下ろそうと力を込める。
私は条件反射で飛び出して、オーガもどきに体当たりをした。バランスを崩したオーガもどきの振り下ろした角材が、へたり込む男の真横を叩く。ドカンと物凄い音がして、踏み固められた地面が大きくえぐれた。
その一撃をまともに食らえば、ただの人などひとたまりもないだろう。
「なにをしているの、逃げなさい!」
「ひっ、ひぃいいぃ!」
私の叱責を切っ掛けに、男は這いずるように逃亡を始める。
それを見送った瞬間、視界の端から迫る角材。地表から振り上げたその一撃を、私は仰け反ることで回避。そのまま後退しようとして――ズルリと足を滑らせた。
私はとっさに地面を蹴って後方に半回転。地面に手をついて、スカートの裾を翻しながらバク転の要領で後方へと退避する。
少し危なかった。
以前の私なら、回避した直後にカウンターを叩き込んでいたけど、いまのは私は重い魔封じの手枷によって、魔術や聖女の力だけでなく、身軽さも封じられている。
なにより、囚人として過ごした日々が、戦闘の勘を鈍らせていた。
いまの私がこの世界でどのくらい通用するか――
「――あなたで試させてもらうよ」
まずは素手での戦闘から――と、レースのヒモを取り出して髪を後ろで束ね、重心を落として自然体に構える。私を敵と認めたのか、オーガが角材を持つ手を振り上げて迫り来る。
当たればただでは済まないけれど、当たらなければどうと言うことはない。というか、いまから攻撃しますよと言わんばかりの攻撃に当たるはずがない。
私は軽く横に移動するだけでその一撃を回避した。
だが、オーガもどきは角材が地面を叩いた瞬間、その反動を利用して上斜め横、私が回避した方向へと振り上げる。反動を利用した分、さきほどよりも切り換えし速度が早い。
……学習した?
いまは未熟だけど、学習するだけの知恵があるようだ。
私は斜め前に飛び出し、オーガもどきの斜め後ろ、死角へと回り込んで角材を回避。無防備な膝裏に蹴りを叩き込んだ。オーガもどきはぐらりと身体を揺らして前屈みになる。
それに合わせて一歩踏み込む。その足を軸にして半回転。重く堅い金属で出来た手枷を、オーガもどきの顎に叩き付けた。
オーガもどきは上半身をぐらりと揺らし、そのまま地面に倒れ伏した。
人間と同じように、脳を揺らされるのには耐えられなかったようだ。そのまま数秒、オーガもどきが動かないことを確認して、私は大きく息を吐いた。
「妖魔はどこだ!」
「軍人さん、こっちです!」
……やばっ。面倒ごとを起こすなって言われてたんだった!
私は身を翻し、這々の体で逃げ出した。結局、私は魔封じの手枷を外すことはもちろん、帝都の街並みをゆっくり見て回ることすら出来なかった。しょんぼりである。
部屋に戻った私は、休日の残りをぼーっと過ごしていた。
女中としての私に与えられたのは小さなワンルーム。私が入居したときはベッドと化粧台くらいしかなかったのだけど、いまは私が持ち込んだ様々な私物で華やかさが増している。
私は窓際に設置したテーブル席に腰掛けて、紅茶を片手に窓から見える景色を眺めていた。
そんなとき、不意に扉がノックされた。私は手櫛で軽く身だしなみを整えながら、扉の外に向かって返事をする。そこに聞こえてきたのは意外な声だった。
慌てて扉を開けると、物凄くなにか言いたげな顔の雨宮様が軍服姿でたたずんでいた。
「隊長がお呼びだ。司令室まで同行してもらおう」
という訳で、私は宿舎の隣にある特務第八大隊の作戦本部に連れて行かれた。
その建物内にある司令室に案内され、ソファに座らされる。そして私が座るソファの左右では、なぜか紅蓮さんとアーネストくんが背もたれに腰掛けている。
でもって、大理石のテーブルを挟んだ向かい。
雨宮様と、初めてお目に掛かる渋いおじさまが並んで腰掛けていた。
全員が軍服姿。
軍服の階級章を見るに、渋いおじさまは雨宮様よりも階級が上、ここの隊長のようだ。
というか、とっても包囲されている気分。
「雨宮様……私はなぜここに呼ばれたのでしょう?」
「ああ、レティシアを呼んだのは隊長――達次朗の大佐殿だ」
雨宮様が隣に座る渋いおじさまに視線を向けた。
「神聖大日本帝国陸軍所属、特務第八大隊隊長、笹木達次朗大佐だ」
彼はとても落ち着いた、けれど渋い声で名乗りを上げた。
大佐とは、佐官のうちで一番上の階級。元の世界で言えば、騎士団の隊長に当たると、この世界で一ヶ月過ごした私は知っている。
私は背筋をただし、彼に敬意込めて頭を下げる。
「お初にお目に掛かります。私はレティシアと申します、笹木大佐様」
「うむ。キミが召喚の儀に巻き込まれた娘さんだね。初めまして、レティシア嬢。本日は急な招きにもかかわらず、よく応じてくれた。感謝するよ」
「お気になさらず。……それで、私にどのようなご用でしょうか?」
「話というのは他でもない。さきほど、帝都に現れた妖魔のことだ」
「な、なんのことか分かりかねます」
先ほどの件がバレているなんて思っていなくて、思わずどもってしまう。
そんな私の目の前に、雨宮様がすっと書類を差し出した。
「さきほど、帝都に現れた妖魔を素手で倒した者がいる。目撃者の情報によると、上質なドレスを身に纏った、白金の髪の女性だったそうだが?」
「……お騒がせして申し訳ございません」
これは誤魔化しきれないと、私は深々と頭を下げた。
雨宮様の鋭い視線が私にグサグサと刺さる。
「……ほう? ではおまえが妖魔を素手で圧倒したと認めるのか?」
「えっと……まぁ、その……はい」
面倒を起こすなと言われていた手前もあるし、そもそも私は自分が戦えることを軍部に知られたくなかった。それでも、目撃証言があるのなら言い逃れは出来ないと白状する。
雨宮様は探るような目を私に向けた。
「ちなみに、その気になれば武器も使えるのか?」
「……それなりには」
「なるほど、戦闘能力は申し分ないようだな。これならば――」
「――俺は信じねぇぜ!」
私のすぐ側で、バンッとソファの背もたれを叩く音が響いた。その反動で背もたれから降り立った紅蓮さんが雨宮様に詰め寄る。
「なあ、伊織さん。本気でこいつの話を信じてる訳じゃないだろ? こんなひょろっこい娘が妖魔と戦ったら、すぐに死んじまうに決まってる」
「おまえは目撃情報が嘘だというのか?」
「そうは言わねぇけどよ。……おい、嬢ちゃん。どんな手を使った?」
紅蓮さんが私を睨みつける。
その視線を受け止め、私は小首をかしげた。
「話が見えないのですが?」
「おまえみたいなのが、妖魔と戦えるはずがないって言ってんだよ」
「と、言われましても……」
むしろ、誤魔化したいのは私の方だ。証拠を突きつけられて白状したのに、信じないと言われても困る。そう思っていたら、彼がわずかに重心を下げた。
私は反射的にソファから腰を浮かす。
剣呑な雰囲気を見て取ったアーネストくんが慌てて立ち上がった。
「ぐ、紅蓮さん、なにをするつもりですか!」
「うるせぇ、ここで分からせなきゃダメなんだよっ!」
紅蓮さんが軍刀を抜刀、抜き放つ勢いを殺さずに刀を振るった。
――速いっ!
鞘から抜きながら放つ一撃が、そこまで速いとは思っていなくて驚く。それでも、私はソファに滑り落ちるようにしてギリギリで回避した。
目前、直前まで私の座っていた空間を、煌めく銀光が斬り裂いた。
それを見送ると同時、私は地面を蹴ってソファの上で後転。手をついてソファの上で逆立ちになり、クルリと背もたれを越えて、ソファの後ろへと降り立った。
――が、ソファに足を掛けて飛び越えてきた紅蓮さんが追撃を仕掛けてくる。
今度は側面に転がって回避。起き上がると同時に魔術で身体能力を強化――しようとして失敗する。そうだ、まだ魔封じの手枷を外していなかった。
焦る気持ちに乱れた足が、ロングスカートの裾を踏んでつんのめる。その一瞬の隙に放たれた紅蓮さんの追撃が私に迫る。
回避は――間に合わない。
鋭い刃が私の方へと迫り来る。
キィンと、ガラスを打ち合わせたような甲高い音が響いた。
私のすぐ目の前。
紅蓮さんの軍刀が、別の軍刀によって止められていた。
「紅蓮さん……どういうつもりですか?」
止めたのはアーネストくんだ。一体いつ彼が動いたのか、私には見えなかった。紅蓮さんだけでなく、アーネストくんも一流の剣士みたいだ。
「なんだ、アーネスト。俺とやりあうってのかよ?」
「貴方がレティシアさんを傷付けるつもりなら」
紅蓮さんが燃えさかる炎のような殺気を放つと、アーネストくんも瞳を赤く輝かせ、普段の気弱なイメージから想像も出来ないほどの冷たい殺気を放ち始める。
そして――
「てめぇら、そこまでだ!」
雨宮様が殺気を乗せた鋭い声で一喝した。二人の身体がびくりと震える。
「てめぇらがいたら話が進まねぇ。外で頭を冷やしてこい」
「伊織さん、俺は――」
「――ごめんなさい! ほら、行きますよ、紅蓮さん!」
「あ、こら、アーネスト、引っ張るんじゃねぇ。まだ、話が――」
アーネストくんに紅蓮さんが引っ張っていかれる。そうして、二人は部屋から出て行ってしまった。私はそれを呆気にとられて見送る。
そこに笹木大佐様が口を開いた。
「レティシア嬢、すまないことをした。紅蓮はあれでもキミのことを考えているんだ。どうか許してやって欲しい」
「……分かりました」
私がそう答えると、笹木大佐様は意外そうな顔をする。
「本当に分かったのかい?」
「すみません。実はよく分かっていません」
「ならば――」
話を合わせたのかと、笹木大佐様の目が少しすがめられる。
だから私は首を振って否定した。
「善意かどうかは分かりませんが、殺意がなかったのは分かります。それに最後の一撃、私に当たる軌道ではありませんでしたから」
「はっはっ、たしかにたしかに。レティシア嬢はよく分かっているな」
なにがそんなにおかしいのか、笹木大佐様が朗らかに笑い声を上げた。
「笑い事じゃないぜ、達次朗の大佐殿。司令室で軍刀を抜くなんざ軍法会議モノだ」
「おぉ、言われてみれば伊織の言う通りだな。という訳でレティシア嬢、さきほどの出来事はここだけの話にしておいてくれますかな?」
祖国と比べてずいぶんと軍規が緩いと思ったけれど、雨宮様が軽く頭を抱えているところをみると、どうやら笹木大佐様の性格がおおらかなだけのようだ。
「ここだけの話にすることに異論はありません。ですが、なぜあんなことになったのか、理由を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
「うむ、それは当然の要求だな。では説明は伊織に任せよう」
「はあ? なんでそうなる」
「なんでもなにも、貴公は副隊長。私の補佐役だろう」
「ったく、都合のいいことばかり言いやがって……」
雨宮様は溜め息を一つ、軍服の襟を正して私へと視線を向ける。黒く深みのある瞳がギラリと光り、その瞳の中に私の姿を映し出した。
「レティシア、我ら特務第八大隊の隊員になるつもりはあるか?」
雨宮様から特務第八大隊に勧誘される。それでさきほどのやりとりの意味を理解した。紅蓮さんが私に襲いかかってきたのは、私を入隊させたくなかったから。
であれば、紅蓮さんが反対するのももっともだ。
「どうして、私のようなよそ者を勧誘なさるのでしょうか? 私が信用できる人間かどうか、判断できないとおっしゃっていたではありませんか」
「その話なら既に答えは出ている」
「そう、なのですか?」
雨宮様の言葉は予想外だった。
この世界に招かれたとき、私は囚人の恰好をしていた。その罪が濡れ衣だと言ったところで、無実を証明する手段はない。疑いを晴らすのは不可能だと思っていた。
「おまえは見ず知らずの者のために、妖魔のまえに飛び出すお人好しだからな。それが分かれば、仲間に勧誘する理由には十分だ」
「ありがとう、ございます」
思わず感謝の言葉が口をついた。
雨宮様が首を傾げた。
「なぜ礼を言う?」
「さあ、なぜでしょう? 私の行動を認められたのが嬉しかったのかもしれません」
「ふん、おかしなヤツだ。それで、返答はどうなんだ?」
「まだ私の質問に答えていただいていません」
「おまえのことは信用に値すると判断した。そう言ったはずだが?」
「だとしても、よそ者を雇う理由にはならないと思います」
私はこの国のことをよく知らない。だけど普通に考えれば、国家の安全に関わるような部隊に、素性の分からぬ者を入隊させていいはずがない。
でなければ、間諜などが入り放題になってしまう。
「ふむ、それには私が答えよう」
笹木大佐様の言葉を受け、私はそちらに視線を向ける。
「なにか理由があるのですか?」
「ああ。特務大隊は圧倒的に人材不足なのだ。帝都付近を守るのは第一、第八大隊のみで、第二、第三大隊は地方に散っているし、第四から第七は現在のところ存在していない」
「え、存在しないというのは、もしや……」
壊滅したのかと、最悪の可能性を思い浮かべた。
「いや、最初から存在していないのだよ」
「最初から、ですか?」
「恥ずかしい話だが、現在の軍部は予算不足でね。妖魔に対抗するには特殊な訓練をおこなう必要があるが、それには莫大な予算が必要になる。よって正規軍は第四大隊までしか存在しないという訳だ」
「第四部隊まで、ですか? では、特務第八大隊は……」
「レティシア嬢、異国から来たキミには分からないかもしれないが、この神聖大日本帝国で暮らす大半は日本人だ。なのに、特務第八大隊には外国人が多いと思わないかい?」
「……あ」
笹木大佐様の指摘で気付く。
目の前にいる二人は黒髪だが、紅蓮さんやアーネストくんは違う。
宿舎を見ても、赤髪や金髪を始めとした人間が多く所属している。気に留めていなかったけど、いまにして思えば、宿舎の外に出れば黒髪の人が圧倒的大多数を占めていた。
この部隊だけが異例なのだ。
「特務第八大隊は外国人部隊なのですか?」
「少し違うな。特務第八大隊は、はみだし者の集まりなのだ」
五番から七番が空席にもかかわらず、八番を付けられているのはそれが理由。今後、正規の大隊が新設されたときも、第八大隊はその下につくことが決まっている。
そういう部隊だから、部外者の私が隊員になっても問題は生じないと言うことらしい。
「私を勧誘しても問題ないという理由は分かりました。ですが、巫女様はどうなっているのですか? 戦力不足を補うために、巫女が召喚されたのではありませんか?」
「現在は特務第一大隊にて、巫女見習いとして訓練をおこなっている。力の発現は確認出来たようだが、巫女様が実戦に参加するのはまだ先のことだろう」
つまり、当分の間は情勢が苦しいままという意味。そんな内情を明かすほどに、この国の妖魔による被害が大きいのだろう。
「達次朗の大佐殿の言うとおり、俺達は苦しい状況で、少しでも戦力になるヤツを集めている。それを踏まえてもう一度尋ねる。我ら特務第八大隊に入隊するつもりはあるか?」
雨宮様が私の目を見て問い掛けてくる。
私は、その誘いに――
「――失礼いたしました」
退出の挨拶を告げ、司令室を後にする。
そうして踵を返すと、そこに紅蓮さんとアーネストくんが待ち構えていた。
なにやら紅蓮さんの表情が硬い。また、なにか言われるのかと身構えていると、アーネストくんに背中を押された彼が、いきなり私に向かって頭を下げた。
「レティシアの嬢ちゃん、さっきは襲いかかったりして悪かった」
いきなりのことに驚いたけど、頭を下げる姿には誠意が感じられた。笹木大佐様が仰ったように、私のことを考えての行動だというのは本当だったのだろう。
それが分かったから、私も表情を和らげた。
「気にしてません。私のこと、心配してくださったんですよね?」
「ば、馬鹿言うな。俺はただ、足手纏いに入隊されたくないだけだ!」
私の言葉に、彼は顔を赤らめて軍服を纏う腕で口元を隠した。
「そんなこと言って、さっきまで、レティシアさんのことを心配してたじゃないですか。ここで思いとどまらせなきゃ、取り返しの付かないことになるかもしれない、って」
「アーネスト、てめぇ! 余計なことを言うんじゃねぇよ!」
紅蓮さんが掴みかかろうとするが、アーネストくんは上手く回避する。どうやらこの二人、私が思っていたよりも仲がいいようだ。
思わず、クスクスと笑ってしまった。
「おい、アーネスト。おまえが余計なことを言うから笑われたじゃねぇか」
「僕のせいですか!?」
「ごめんなさい。仲がいいんだなぁって思って」
兵を率いて戦場を駈けた私に戦友はいても、友達と呼べる存在はいなかった。こんな風に、思っていることを言い合える仲が少しだけ羨ましい。
「レティシアの嬢ちゃん。さっきの話の続きだが、伊織さんの提案を受けたのか?」
「……いいえ、保留にしてもらいました。正直に言うと迷っています」
私は巫女じゃない。
だけど聖女は巫女と同じような力を持っている可能性が高いとも思い始めている。そうでなくとも、自分が妖魔と戦えるだけの力を持っていることは確認できた。
そして私は、力を持つ者は、力を持たざる者を護る義務があると教えられて育った。聖女としての私は、戦いから目をそむけることに強い罪悪感を抱いている。
だけど、王太子に裏切られて処刑されそうになった私は、もうあんな思いは二度としたくないと叫んでいる。
だからどうすればいいか、私は答えを見つけられないでいた。
「二人はどうして戦うんですか?」
「あん?」
「……どうして、ですか?」
質問の意図が分からないとばかりに二人が首を傾げる。
「紅蓮さんは、特務第八大隊の隊員になるのが危険だと思ってるんですよね? 私には止めるように説得しておきながら、どうして自分は戦っているんですか?」
私はその質問をしたことを悔やんだ。紅蓮さんが一瞬、とても悲しげな表情を浮かべたからだ。その表情だけで、彼に悲しい過去があることを予感させられた。
「あの、言いにくいことなら別に……」
「いいや、問題ない。自分で言うのもなんだが、子供の頃の俺は悪ガキで怖い物知らずだった。で、親の言いつけを破って――事件に巻き込まれた。そのとき、俺は一度死にかけた。そんな俺を身を挺して救ってくれたのが姉ちゃんだったって話だ」
「……お姉さん、ですか」
「ああ。優しくて気立てがいい村一番の美人で、そして……正義感の強い人だった。だが、その正義感ゆえに、俺なんかを庇って犠牲になったんだ」
「もしかして、紅蓮さんが私を止めようとしているのはそれが理由、ですか?」
正義感は身を滅ぼすと、そう言っているのだろうと思った。そして、紅蓮さんは私の質問には答えず、ふっと悲しげに笑った。
「そうして身寄りを失った俺を救ってくれたのが伊織さんなんだ。だから俺は、姉ちゃんや、伊織さんがしてくれたことに報いるために戦ってる。ただ、それだけのことだ」
静かな口調で語る。
彼の赤い瞳は恩人への深い情を映し出していた。
「……軽々しく聞くことではありませんでしたね。すみません」
「俺が勝手に話しただけだ。嬢ちゃんが気にすることじゃねぇよ」
傷付いたのは紅蓮さんのはずなのに私が慰められている。自分の不甲斐なさに唇を噛む。そんな私の頭に、紅蓮さんが手のひらを乗せた。
「それで、嬢ちゃんはどうして迷ってるんだ?」
「それは、その……」
私は聖女であって巫女ではない。でも、聖女の力だって彼らの役に立つはずだ。私が力を貸せば、巫女として召喚された女の子はもちろん、特務第八大隊の負担だって減るだろう。
紅蓮さんが体験したような悲しい事件だって、私がいれば減らせるかも知れない。
その事実を口にすれば、紅蓮さんやアーネストくんの考えだって変わるかもしれない。そう思いながらも、自分が聖女であることを隠している。
戦って、用済みだと捨てられるのが怖いから。
魔封じの手枷を積極的に外そうとしないのもそれが理由だ。私の力を封じる忌まわしい枷であると同時に、私を普通の女の子でいさせてくれる魔導具だから。
私は卑怯だ。
そう思いながら、自分の力を打ち明けることが出来ない。そうして言葉を濁した私の後ろで、司令室の扉が開き、そこから雨宮様が現れた。
「レティシア、明日の午後、少し俺に付き合え」
雨宮様からの突然のお誘いだけど、明日は普通に仕事がある。そう答えたら、私の明日のお仕事は昼までになった。そんな風に権力を使うのは、勧誘に関する話だからだろう。
それが分かっていながら、私は約束の時間を前に着ていく服に迷っていた。
私はこの世界のファッション、和服に興味を持っている。
でも、だからって、女中の制服で出掛ける訳にはいかない。オシャレのことなら彩花さんに尋ねれば言いかもしれないけど、さすがにいまからじゃ時間が足りない。
結局、私は故郷で作り、そのまま一度も着ていない服から選ぶことにした。
オフショルダーのブラウスに、メッシュのカーディガン。スカートはコルセット風のハイウエストという組み合わせで、色は濃淡の違うグリーンで纏めたトーンオントーン。
髪は後ろで纏め、緩やかなウェーブを掛けて下ろした。
そうして着替え終わったときは、既に待ち合わせの時間の直前だった。
私は小走りに待ち合わせの場所へと急ぐ。
そうして、到着した待ち合わせの場所の街角。
私服とおぼしき着流し姿でたたずむ雨宮様の姿はとても絵になっていた。
そう思ったのは私だけではないようで、彼はハイカラさんスタイルの女の子達に囲まれていた。そんな彼が私に気付き、女の子達を手振りで追い払いながらこちらへと歩み寄って来た。
「レティシア、待っていたぞ」
「すみません、遅れましたか?」
「……いや、時間には遅れていない。ただ、連中がうるさくてな」
溜め息をつく雨宮様の背後で、すげなく扱われた娘達が私を睨んでいる。雨宮様はそんな彼女達に気付いているのかいないのか、私を上から下まで見回した。
「それは故郷のファッションか? レティシアによく似合ってるな」
「あ、ありがとうございます。雨宮様も、その……素敵ですよ?」
軍服姿も格好いいが、羽織りに着物という和装には妙な色気がある。そんなことを考えながら見惚れていると、彼の耳が少し赤いことに気付く。
もしかして照れているのだろうかと首を傾げると、雨宮様はコホンと咳払いをした。
それから、太陽に雲がかかる空を見上げた。
「雲行きが怪しいな。少し急ぐとしよう」
彼はそういって踵を返すと、私の返事も聞かずに歩き出した。私は慌ててその後を追い掛ける。隣に並ぼうとした私は、はっと踏みとどまって彼の背後についた。
「レティシア、なにをやっている?」
「え、あ、その……この国の女性は殿方の後ろを歩くのがマナーだとうかがったので」
「そのような気遣いは無用だ。隣に来い」
「えっと……では、お言葉に甘えて」
足を速めて雨宮様の隣に並ぶ。
彼は私より頭半個分くらい背が高い。歩きながら横顔を見上げていると、その整った顔立ちの美しさが際だって見える。というか、物凄くまつげが長い。
「突然呼び出して悪かったな」
「いえ、かまいませんが……どこに向かっているのですか?」
「帝都の郊外だ。おまえに見せたい光景がある」
彼はそう言うが、その見せたい光景がなにかは教えてくれなかった。私は雨宮様の隣を歩きながら、帝都の街並みへと視線を向けた。
鉄の車の凄さは言うに及ばず、舗装された道路や、そこに設置された電灯も凄い。上下水道も整備されているし、故郷の王都よりもずっとずっと技術の進んだ街だ。
こんなにも立派な街に妖魔が潜んでいるなんて、いまでも信じられない。
「雨宮様、妖魔とはなんですか?」
「妖魔とは文明開化と共に現れた異形の化け物だ。どこから来たのかは分からない。……ただ、動物や人間が突然、妖魔に成り変わるとも言われている」
「……まるで魔物ですね」
私が出会った妖魔も魔物の一種であるオーガと似ていたことを思い出す。そう考えると、魔物と妖魔は同質の存在なのかもしれない。
「レティシアはなにか知っているのか?」
「妖魔のことはなにも。ただ、故郷では、動物や人がある日突然に、魔物に成り代わるという現象が日常的にありました。……あ、魔物というのは、妖魔に似た化け物です」
「その原因は分かっているのか?」
「瘴気と呼ばれる、汚染された魔力素子が原因です。大気に含まれるそれを呼吸などで取り込むと体内の魔石が濁り、魔物へと変容することがあるんです」
「……聞き慣れぬ言葉が多々あるが、つまりは大気汚染が原因と言うことか? 調べてみる価値はありそうだな。後日、あらためて話を聞かせて欲しい」
もちろんかまいませんと、私は笑みを浮かべて応じた。
その後は他愛もない世間話に興じる。雨宮様から、この世界での生活に慣れたか? なんて質問を受けたりして、おかげさまで、なんて答えながら歩き続ける。
そうしていつしか、私達は帝都の郊外にやってきていた。
故郷とは比べものにならないほど発展した帝都だけれど、郊外に行くと途端に風景が一変した。古びた木造の家屋も多く、周辺には少し寂しげな雰囲気が漂っている。
カランカランと、彼の履く下駄の足音だけが響いている。
「雨宮様、どこへ向かっているんですか?」
「もうすぐそこだ」
「さっきもそう言いましたよ? そろそろ教えてくれてもよくないですか」
拗ねた表情を浮かべてみせれば、彼は笑って少し先を指差した。
「あの角を曲がった先が目的地だ」
雨宮様に続いて角を曲がる。
とたん、さぁっと風が吹いて、私のスカートの裾がひるがえった。
裾を押さえた私は、視界に映った景色を前に息を呑む。大きな敷地に、一定の間隔で削り出された石が立てられている。独特の雰囲気を纏っている空間。
故郷とは様式が違うけれど、ここがなんであるかはすぐに分かった。
「……墓地、ですか?」
「ああ。妖魔の犠牲になった者達が眠る霊園だ」
雨宮様は近くにあった井戸でバケツに水を汲み、霊園の奥へと移動を始める。なにも言わずに歩き出す彼の後を、私も無言で追いかける。
彼は大きな墓石の前で足を止めた。
柄杓で掬った水を墓石に掛けて清め、懐から取り出した花を霊前に捧げる。
「――久しぶりだな、おまえ達。近況報告に来てやったぜ」
ぶっきらぼうな言葉遣いとは裏腹に、彼は墓石の前に膝を付いて静かに祈りを捧げる。故人を悼む気持ちを感じ取った私は、彼の後ろで静かに付き従った。
線香の匂いが香り、どこからともなく虫の音が聞こえてくる。どれくらい祈りを捧げていただろう? 雨宮様は立ち上がり、墓石に背を向けて私を見つめた。
「レティシア、俺がなぜおまえをここに連れてきたか分かるか?」
「……ここで亡くなった人達は、妖魔の犠牲になったのだとおっしゃいましたね。このような犠牲者を減らすために私の力が必要だと、そう説得するためでしょうか?」
「半分正解だ」
「……では、残りの半分は?」
「ここで眠る者達のようになりたくなければ、部隊に入るのはよせと説得するためだ」
私はコテリと首を傾げた。
どちらの言葉も理にかなっているが、その二つは相反する意見だ。
「意味が分かりません。私を説得したいのではないのですか?」
「俺はおまえの意見を尊重する。ただ、なにも知らなければ判断も出来まい。俺は、おまえが自分で判断するための情報を与えようと思っただけだ」
「私の、意見を……」
それはとても新鮮な言葉だった。
私はいつも、聖女としてどう振る舞うべきかを指示されてきた。私個人の意思を尊重してかまわない、なんて、そんな風に言われたのは初めてだ。
胸から熱いものが込み上げ、それが大粒の涙となって瞳から零れ落ちた。
「お、おい、泣くほど勧誘が嫌だったのか!?」
雨宮様がぎょっと目を見張る。私は慌てて首を横に振るが、自然と込み上げる涙は止まらなくて、頬を伝い落ちていく。
「ご、ごめんなさい、ちょっとびっくりしてしまって」
涙を止めることができなくて、困った私は視線を彷徨わせてしまう。そんな私の目元に柔らかな布が触れた。雨宮様のハンカチが、私の涙を優しく拭った
「俺が……おまえを傷付けたのか?」
「違います。傷付いた訳じゃありません。ただ、自分の意見を尊重してもいいなんて言われたのが初めてで、だからちょっと、びっくりして……」
「……自分の意見を尊重しろと言われたのが初めてだと? そういえばおまえ、濡れ衣を着せられたとか言ってたな。一体、なにがあった?」
「それは……」
聖女である事実を明かすのが怖くて、私は視線を泳がせた。だけど隠し事や、嘘を吐いて失望されるのも怖い。迷った私は結局、聖女である事実以外を語ることにした。
「私、元の世界ではずっと戦っていたんです」
「戦って? だから、妖魔と渡り合えたのか。なら、部隊に所属するのを迷っているのは、戦場で死に掛けたことがあるからか?」
「いいえ、それは躊躇う理由にはなりません」
私は望んで聖女になった訳じゃないけれど、守りたい人がいなかった訳でもない。故郷の家族や、私を慕ってくれた人のために命懸けで戦ったことは悔いていない。
「だけど――」
私はそう呟いて、唇をきゅっと噛む。
雨宮様を見上げ、心の奥底にたまっていた想いを曝け出した。
「私は国のために戦って、戦って、戦い抜いて、そうして役目を果たしたら用済みだって濡れ衣を着せられて、処刑されそうになったんです」
「――っ」
雨宮様が拳を強く握り締めた。
「レティシア、おまえはそんな扱いをされて納得しているのか?」
「していませんよ」
「ならば――っ」
その先は聞くまでもない。憎くはないのかと、復讐心はないのかと、そう言いたいのだろう。だから私は「もう元の世界には戻れませんから」と無理に笑った。
でも、完全な強がりでもない。
王太子は私の代わりに、自分の恋人を本物の聖女に仕立て上げようとしていた。けれど、聖なる炎で焼け死ぬはずだった私が死ななかったことで、その計画は崩れたはずだ。
私がなにかするまでもなく、彼はしでかしたことへの報いを受けるだろう。
「……俺が言うことじゃないかもしれないが、勝手に召喚して悪かった」
「いいえ、感謝しています」
「感謝……だと?」
いぶかしげな顔。さすがに、私が召喚されたときの状況を想像するのは不可能だろう。そう思ったらおかしくて、私の中のいたずらっ子が顔を覗かせた。
「召喚されたあの日、私は囚人服を着てましたよね? あのとき、私は張り付けにされて、足下に敷き詰められた藁に火を掛けられた瞬間だったんです」
「あのような恰好をしていたのはそれが理由か……」
雨宮様の整った顔が大きく歪んだ。
続けて、彼は私に向かって深々と頭を下げた。
「すまない。そのような過去があるのなら、国に仕える軍人になりたいと思うはずもない。おまえの事情も知らずに不躾な頼みをした。部隊に勧誘したことは忘れてくれ」
「かまいません。それより、雨宮様はそれでよろしいのですか?」
彼は、霊園に眠る者達の後を追う必要はないと言った。だが同時に、霊園に眠るような犠牲者を減らすために、力を貸して欲しいとも言ったはずだ。
「もしかして、戦いから逃げることに罪悪感を抱いているのか?」
「……正直に言えば、この世界に来たときからずっと、その思いが私の胸を苛んでいます」
私が俯くと、雨宮様のしなやかな指が私の頬を撫でた。
「雨宮様?」
「戦いなど、戦う理由のあるヤツだけがすればいい。レティシアが罪悪感を抱くというのなら、おまえの分も俺が帝都を守ろう。だから、おまえは自分の望むままに生きろ」
ぽかんと彼を見上げる。
私にそんな優しい言葉を掛けてくれたのは彼が初めてだ。
「優しいんですね」
「……誤解するな。帝都を守るのは最初から俺の役目だと言うだけのことだ」
雨宮様はぶっきらぼうに言い放ち、私の返事も聞かずに踵を返した。
だけど――
「優しくない人は、墓地にお参りなんてしませんよね?」
墓標で眠る死者の魂に問い掛ける。同意の声は返ってこなかったけれど、代わりに優しい風が私の頬を撫でつけた。死者もきっと私と同じ気持ちだろう。
そんな確信を抱きつつ、私は彼の背中を追い掛けた。
今日はあいにくの曇り空。だけど、いまは雲の隙間から日の光が大地を照らしている。それは奇しくも、いまの私の心を現しているかのようだった。
結局、私は雨宮様の優しさに甘えてしまった。特務第八大隊に入隊することをお断りして、女中として生きる道を選んだのだ。
笹木大佐様は、少しだけ残念そうに、気が変わったら教えて欲しいと言い、雨宮様は「そうか」と応じると、私の意見を尊重すると言ってくれた。もちろん、紅蓮さんやアーネストくんも私の選択に理解を示してくれた。
そうして手に入れたのは平和な日々。
代わりに失ったのは、雨宮様達との接点。
本来、軍人と女中の接点はないに等しい。
軍に所属することを断った私は、彼らと関わる機会を自然と失った。彼らと疎遠になるのは残念だけど、子供の頃に夢見た普通の幸せを手に入れたことに悔いはない。
私は女中としての生活を続けた。
そうして、更に一ヶ月が過ぎたある日の休日。
彩花さんに誘われ、帝都の町へお買い物へと出掛けることになった。宿舎の前の通りで待ち合わせをしていると、ほどなくして彩花さんが姿を現した。
普段は支給された女中の制服、着物にエプロンを身に着けている彩花さんだが、今日は耳まで隠れるおっきな帽子に、膝丈スカートのワンピースという出で立ちだ。
「お待たせ、レティシア」
「私もいま来たところだよ。彩花さんの帽子、とっても可愛いね」
「ありがとう。本当は髪を短くしたいんだけどね」
「彩花さんなら似合うと思うよ?」
帽子と髪の長さの繋がりが分からなくて小首をかしげる。
「ありがと。でも、もう少しこの国の風潮が変わってから、かな」
文明開化で価値観が大きく変わり、若い女の子はショートヘヤに憧れている。だけど、親の世代では、女はロングヘヤという風潮がいまだ根強く残っている。
ゆえに、女性がショートヘヤにすることに顔をしかめる者も多い。そこで、ショートヘアの代わりに、帽子やリボンで耳を隠すファッションが流行っているらしい。
「そっか。じゃあ、いつかショートヘヤに出来たらいいね」
「うん、ありがとう! ……ところで、レティシアのそれは?」
「あぁこの服? これは私の故郷のファッションよ」
ドレスの裾を少しだけ摘まんで答える。
今日は、レースをさり気なく使った外出用のドレス。大人しめのデザインで、外を出歩きやすいデザインになっているが、れっきとした異世界のファッションだ。
「へぇ~凄く綺麗だね。もしかして、ハンドメイド?」
「そうだけど?」
というか、故郷には、この世界みたいに機械で作る量産品は存在しない。
「いいなぁ。私も作ってもらおうかなぁ? でもハンドメイドの洋服って高いからなぁ」
彩花さんが肩を落とした。
彼女は田舎から働くために帝都に来て、お給金の一部を実家に仕送りをしている。この国のことを知らない私にも親切にしてくれる優しい女の子だ。
なにかいい方法はないかなと、私は考えを巡らせた。
「彩花さんはたしか、お針子仕事もしてたわよね? 生地を買って自分で作ってみたら?」
「え? えぇ……私に出来るかなぁ」
「それは分からないけど、見本ならあるよ?」
彩花さんはなにかと要領がいい。
だから、材料さえあれば出来るんじゃないかなと告げてみる。
「じゃあ……作ってみよう、かな? いまから生地を買いに行くの、ついてきてくれる?」
「もちろん、構わないよ」
「ありがとう、レティシア。それじゃ――こっちよ!」
彩花さんに手を引かれて、私は帝都の表通りを歩く。
まずは洋服店に行って、生地を売ってくれる店を尋ねた――んだけど、その結果、店員から私が着ている服について根掘り葉掘り尋ねられた。
どうやら店員は、私の異世界ファッションがお気に召したようだ。
そんな訳で、私の服を見せるのと引き換えに、彩花さんが必要な生地を格安で譲ってもらうこととなった。彩花さんは店員のお姉さんと相談するために席を外す。
服を店員に見せているあいだ、私は売り物の服を試着させてもらう。この国の人々は異国のファッションに興味津々のようだけど、私はこの国のファッションにこそ興味がある。
という訳で、試着室で和装を試す。
結局、桜色の模様が入った着物と、無地の紬を使った袴の一式――帯や襦袢も合わせて購入した。ちなみに、足下は足袋や草履ではなく靴下とブーツである。
こういったファッションを、この国ではハイカラさんスタイルと言うらしい。
この国に来て初めてのお買い物だ。
余談だけど、試着をしているとき、魔封じの手枷を店員に見られ、それもファッションの一部だと間違えられた。否定しておいたけど、この国で手枷が流行ったらどうしよう?
というか、魔封じの手枷を付けたままなんだよね。ついつい放置してしまっているけど、さすがに外してくれる店を探した方がいいかもしれない。
そんなことを考えていると、生地を購入した彩花さんが戻ってきた。
店員に見送られ、私は彩花さんと一緒に店を後にする。
「お待たせ、レティシア。次はどこに行く?」
「手枷を外したいから、鍵屋さんとかあれば連れて行って欲しいかな」
「あぁ、その手枷? 鍵屋さんで大丈夫?」
「分からないけど、ひとまずは鍵屋さんかな」
故郷なら、魔術ギルドとかにお願いするところだけど、こっちの世界ではどういう店にお願いすればいいか分からない。それでも、鍵屋さんに行けば情報は得られるはずだ。
「じゃあ……こっち。たしか近くに鍵屋さんがあったからついてきて」
彩花さんが歩き始めたので、慌ててその横に並んだ。
そうして鍵屋さんを訪ねるが、魔封じの手枷は外せなかった。それはその店で紹介してもらった次の鍵屋さんでも、その次の鍵屋さんでも同じ結果に終わる。
話を聞いた感じだと、この世界には魔術による鍵を外せる場所はないようだ。
……でも、巫女を召喚する術はあるんだよね? もしかして、そういった技術は軍部が独占してたりするのかな? あり得ない話じゃないよね。
故郷でも、技術を独占して有利な立場を得ようとする勢力はいくつもあった。そう考えれば、この国でも似たようなことが起きている可能性は否定出来ない。
「レティシア、力になれなくてごめんね」
鍵屋さんを回った後、彩花さんが申し訳なさそうな顔をした。
「彩花さんは十分に力になってくれたよ。それに謝るのは私の方だよ。せっかくの休みなのに、私用に付き合わせちゃってごめんね」
「それを言うなら、私の買い物だって私用じゃない。というか、いつまでさん付けで呼ぶつもり? 私達、友達でしょ?」
「……え、友達?」
予想外の言葉に目を瞬く。
「うわ、なにその反応。もしかして、友達と思ってたのは私だけ?」
「そ、そんなことないよ! ただ、私、いままで友達なんていなかったから……」
「え、嘘っ! 友達いなかったの? 一人も!?」
信じられないという顔をされる。
彼女の無邪気な問いが私の胸にグサグサ突き刺さった。
「……友達いなくて悪かったわね」
私がちょっぴり涙目で睨むと、彼女は慌てふためいた。
「ち、違うよ? レティシアは綺麗で優しいから、友達がいないって聞いてびっくりしただけで他意はないよ! というか、それなら私が友達の第一号ね!」
「……友達? 彩花が、私の?」
「うん、嫌、かしら?」
「うぅん、嫌じゃない! ありがとう、彩花!」
それは、私に初めて友達と呼べる存在が出来た瞬間だった。魔封じの手枷は外せなかったけれど、私はいま、元の世界では叶えられなかった願いの一つを叶えた。
それを実感して胸が高鳴った。
そうして、私は彩花と二人で街を巡る。
あちこち巡っていると、はしゃいでいた彩花の息が上がり始めた。今更ながら、彼女がその胸に大きな紙袋を抱えていることに気付く。
彼女は私が想像してたより多くの生地を購入したようだ。
「重そうだね、彩花。持ってあげようか?」
「うぅん、平気。せっかくの買い物だし、自分で持ちたい気分なの。……そういえば、レティシアはなにも買わなかったの? たしか、試着してたよね?」
「私も着物と袴の一式を買ったよ」
「あれ、そうなの?」
彩花は手ぶらな私を見て首を傾げる。
――と、そんなときだった。前から歩いてきた小さな男の子が派手に転んだ。私は反射的に駆け寄り、男の子の前で地面に片膝をつく。
「大丈夫?」
「いた、い……膝が痛い、よぅ……」
「擦りむいちゃったのかな?」
脇の下に手を入れて、男の子をグッと持ち上げた。擦り切れた着物から覗く膝が少しだけ擦り剥けている。その傷みからか、目元には涙が浮かび、その瞳は真っ赤に染まっている。
治療した方がいい。
そう思って、虚空に手を伸ばそうとした瞬間、彩花に袖を引かれた。
「待って、レティシア。その子、様子がおかしいわ」
「それは見たら分かるわよ」
「違う、そうじゃなくて、その瞳のことよ!」
「瞳が、どうしたって……っ」
視線を戻した私は息を呑んだ。
男の子の瞳がさっきよりもずっと赤く染まり、怪しく輝いていたからだ。
「痛いっ、頭が、頭が割れるように痛い! うああああぁぁああぁあっ!」
男の子が頭を抑えて悲鳴を上げる。
「これは、まさか――」
「逃げて、妖魔化よっ!」
私のセリフに被せるように彩花が叫ぶ。
妖魔という言葉に、何事かと注視していた周囲の者達がパニックになった。皆が一斉に逃亡を開始して、道路に飛び出した人を避けようとした車が事故を起こす。
平和な日常が、一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図へと変わる。
私がそれらに気を取られた一瞬、男の子が私の手から逃れて彩花に躍り掛かった。
「えっ、きゃああぁああっ」
男の子が小さな手を振るうと、彩花が鮮血の花を咲かせた。
「彩花っ!」
心臓が縮み上がるような恐怖を抱いて彩花に駆け寄る。彼女の頬から肩口が鋭利な刃物で斬り裂かれたかのように裂け、そこから真っ赤な血が流れている。
「彩花、しっかりして!」
「レティ、シア、後ろ、気を付けて……」
彩花の警告とほぼ同時、男の子が飛び掛かってきた。彼が右腕を振るうが、私は一歩下がって間合いの外へ退避――した瞬間、嫌な予感を覚えて全力で跳び下がる。
逃げ遅れた私の髪の一房がハラリと落ちた。
彼の小さな指の先から、影が鋭い爪のように伸びている。彩花を斬り裂いたのはその爪だろう。瞳を深紅に染め、怪しく輝かせる彼は理性を失っている。
私はこれと同じような現象を何度も見たことがある。瘴気に長く晒された人間が、魔物や魔族に変容するときの初期症状が、いまと同じような状態なのだ。
なんとか助けてあげたい。
いまならまだ、それが出来るはずだから。
ただ、いまの私は聖女としての力を封じられている。まずは男の子の意識を奪い、状況を落ち着かせる必要がある。だから――と、私は彼の攻撃に合わせて踏み込んだ。
影の爪を掻い潜り、その鳩尾に拳を叩き込む。
だけど手加減が過ぎたのか、彼はそれでも動きを止めない。私は彼の顎を押し上げ、彼が仰け反ろうとした瞬間、その膝裏に足を差し入れて転ばせた。
その背中にのし掛かり、今度こそ意識を刈り取った。
「妖魔が現れたのはここかっ!」
直後に響いた声に顔を上げれば、そこには久しぶりに見る雨宮様の姿があった。だが、いまは懐かしさに浸っている場合じゃないと声を上げる。
「雨宮様、この子に妖魔化の兆候が見られましたが、いまはまだ踏みとどまっています。それと彩花が負傷しています、助けてください!」
「――っ! 紅蓮、レティシアから引き継いでその少年を確保しろ! アーネストは負傷した娘の容態を確認だ! 他の者は周辺の封鎖と、怪我人の確保だ。衛生兵を呼んでこい!」
雨宮様の指示の下、同行していた者達が一斉に動き始める。
紅蓮さんも、すぐに私の元に駈け寄ってきた。
「レティシアの嬢ちゃん、代われ!」
「はい。手荒なことはしないでくださいね」
「おうよ、任せとけ」
男の子を紅蓮さんに任せると同時、アーネストくんに呼ばれる。
「レティシアさん……来てください」
その沈痛な声に驚き、私は急いで彼が看病している彩花のもとへと駆け寄った。
「アーネストくん、彩花はどうなったの?」
「思ったより傷が深くて血が止まりません。おそらく、長くはないでしょう……」
「……それは、助ける方法がないってこと?」
「はい、残念ですが……」
私はアーネストくんがなにを言っているか理解できなかった。でも、理解するのは後回しだ。分からないなら、行動すればいい。
「アーネストくん、私が手当てするからそこを代わって!」
アーネストくんを押しのけて、彩花を片手で抱き起こす。
多くの血を流したせいか、彼女の顔は酷く青ざめていた。いますぐどうと言うことはないけれど、このまま血を止めることが出来なければ、たしかに出血で死んでしまうだろう。
「レティシア、寒い……よ。私、死んじゃうの……かな?」
「馬鹿言わないで! そんなこと、私が絶対にさせないから!」
いまの私は聖女の術や魔術を封じられていて、ヒールを始めとした治癒魔術は使えない。だけど、すべての能力が封じられている訳じゃない。
いまの私にも出来ることを――と、虚空に手を伸ばした。異空間収納を開き、そこから瓶詰めの回復ポーションを取り出す。
片手で彩花を支えている私は、口でコルクを引き抜いて瓶の中身を彩花の傷口に振りかける。そうして半分ほど残った回復ポーションは彩花の口に流し込んだ。
「飲みなさい!」
「んぐっ。……ん、ん……けほっ、こほっ。……ちょっと、こほっ。レティシア! なにか飲ませるなら、事前に教えなさいよ! ごほ、咽せた――じゃない! ……あれ?」
咽せつつも、元気いっぱいに抗議する。それから、自分が復調していることに気付いて首を傾げた、彩花の傷はおおむね塞がっている。
傷は治っても、失った血はそのままなので安静にする必要はあるが、処置が早かったので、出血性のショック状態に陥ることはないだろう。
ひとまず命の危険は去ったはずだ。
私はほぅっと溜め息をついて、ついでに男の子にも回復ポーションを飲ませた。
回復ポーションには浄化の力が含まれている。もし魔物化と妖魔化の原因が同じなら、妖魔化を抑える手助け程度にはなるはずだ。とにかく、出来ることはすべてやったと汗を拭っていると、背後から雨宮様に肩を摑まれた。
「レティシア、一体なにをしている?」
「え? なにって……自分に出来ることをしただけですが?」
それがなにかと振り返れば、雨宮様を始めとした面々がなにか言いたげな顔をしていた。
私、なにかやらかしたかしら?
いきなり説明と言われても、なにを説明すればいいか分からない。だけど確実に、雨宮様はもちろん、周囲の人達の私を見る目は、驚愕に染まっていた。
理由が分からなくて困惑していると、雨宮様が自分の眉間をグリグリと揉みほぐした。
「アーネスト! ひとまず、いまの出来事に対して箝口令を敷け!」
「は、はいっ、分かりました!」
アーネストくんが、他の隊員の元に走って行く。
それを見届けた雨宮様が私に視線を戻した。
「確認させて欲しい。彼女の傷は治ったのか?」
「はい。完治した訳ではありませんが、傷は塞がりました」
困惑している彩花を横目にしながら、私は雨宮様に答える。
「……そうか。なにがどうなっているかは後で聞くとして。周囲には他にも怪我人がいるようだ。彼女を癒やした薬は、まだ残っているのか?」
「えっと、瓶詰めのポーションはもうありません」
「そうか……」
雨宮様の残念そうな顔を見て、私は慌てて言葉を続ける。
「あの、瓶詰めにしたポーションはありませんが、樽に入ったポーションならあります」
「……樽、だと?」
「はい、樽です」
異空間に収納しているポーションの樽を取り出し、彼の隣にドンと置いた。雨宮様はその樽をまえに……なぜか頭が痛そうな顔をした。
騒ぎが収拾した後、私は真っ先に彩花が運び込まれた軍施設の病室を訪ねた。
彩花はポーションの効果で一命を取り留めたが、失われた血は取り戻せていない。しばらくは安静にする必要があり、いまは病室のベッドで横になっている。
「レティシア、いらっしゃい」
私に気づいた彩花がベッドの上で上半身を起こす。
「彩花、寝てなくて大丈夫なの?」
「うん、レティシアのポーションのおかげでね。まだ身体は少しだるいけど、部屋の中を動き回る程度なら大丈夫だって言われてるの」
彩花は笑うが、彼女の頬から肩口に掛けて痛ましい傷跡が残ってしまっている。私の手持ちのポーションでは、彼女の傷を消すには至らなかったのだ。
「傷痕、残っちゃったね」
「……あぁこれ? 仕方ないよ。命が助かっただけでも奇跡みたいなものだったでしょ? それに、ほら。こうして髪を下ろしていたら傷痕は目立たないから」
黒髪で傷痕を隠した彩花は儚げに笑った。
長い髪を下ろしていれば傷痕は目立たないのは事実だ。けれど、それで綺麗に隠れる訳でもない。なにより、彼女はショートヘアに憧れていた。
顔に傷痕が出来て平気なはずがない。
なのに大丈夫と笑う、彼女の栗色の瞳には悲しみが滲んでいる。それは見ているこっちが悲しくなるような微笑み。自分の方が辛いのに、私を励まそうと笑っているのだ。
それはきっと、私が責任を感じていると知っているから。
優しくて素敵な、私の初めての友達。
彼女の傷を癒やせる可能性があるのに、いつまでも逃げている自分が情けなくなる。なんとかしてあげたいと、私は袖の上から魔封じの手枷に触れる。
「レティシア、レティシアってば」
「え、あ、ごめん。……なに?」
物思いに耽っていた私は彩花の声で我に返る。
「レティシアのドレス、作り方を教えてくれる約束だったでしょ? レティシアのファッションなら、ロングヘヤでもオシャレだと思うのよね」
「……そうだね、きっと彩花に似合うと思うよ」
「でしょ? だから、作るのを手伝ってね」
「うん、もちろん!」
私の方が励まされているのは分かってる。でも、きっと、洋服作りは彩花の気分転換にもなるだろう。そう思ったから、私は全力で型紙作りに協力することにした。
――それからほどなく、私は特務第八大隊の司令室に呼び出された。正面には雨宮様と笹木大佐様、私の両隣には紅蓮さんとアーネストくんが座っている。
なんだが、とっても包囲されている気分。
最近多いよね、この状況。
気まずいなぁと思っていたら、おもむろに雨宮様が口を開いた。
「レティシア。おまえがなぜここに呼ばれたのかは分かっているな?」
「え、その……前回に引き続いて騒ぎを起こしたから、でしょうか?」
「違うっ! 回復薬の件に決まってんだろ!」
赤髪を掻き上げ、私の言葉を訂正したのは紅蓮さんだ。そうなんですかと雨宮様に視線を向けると、彼は微妙な表情を張り付かせたまま口を開いた。
「騒ぎに巻き込まれただけで、おまえが騒ぎを起こした訳ではないことくらいは分かっている。用件は紅蓮の言った通り、あの回復薬の件だ」
「回復ポーションがどうかしたんですか?」
「回復ポーションというのか、あれは」
「はい、そうですけど……この国にはないのですか?」
「傷が一瞬で治るような薬などあってたまるか」
なんと、この国にポーションの類いは存在しないらしい。
「でも、その……巫女様は傷を癒やすことも出来るのですよね?」
「だからこそ、巫女という存在は特別なんだ」
私の問いに笹木大佐様が答えた。
どうやらこの世界、傷を一瞬で治すような力があるのは巫女だけのようだ。みなの反応がおかしいとは思っていたけど、ポーションの類いすらないとは思っていなかった。
それなら、回復ポーションに驚くのも無理はない。
「ところでレティシア嬢、その回復ポーションとやらは、キミの元いた世界の物なのか?」
笹木大佐様が質問を投げかけてくる。
「はい。少し高価ですが、手に入れられない物ではありませんでした」
「なるほど。つまりキミがポーションについて報告しなかったのは、この国でも回復ポーションが一般的な物だと思っていたから、という訳だね?」
「そうですね。まったく同じ物はなくても、似たような物はどこかにあると思っていました」
聖女と似た力を持つ巫女がいて、遠く離れた場所にいる人を召喚することすら出来る技術を持つ、オルレア神聖王国よりずっとずっと発展した国。
それほど優れた国が、回復薬の一つも作れないなんて誰が予想するだろう。
「ふむ。ではもう一つの質問だ。そのポーションを樽で出したと聞いているが、それは一体どうやったんだね? 差し支えなければ、見せてくれないか?」
「異空間収納のことですか?」
私は虚空に手を突っ込んで、そこから紅茶で満たされた人数分のティーカップを取り出し、テーブルの上に並べていく。それを見た彼らからどよめきが上がる。
「これは……このまま収納していた、という訳かい?」
「はい、よろしければどうぞ。淹れたてですよ」
「淹れたて? それは、どういうことだい?」
「異空間の中に時間の概念はないんです。ですから、淹れたての紅茶をしまっておけば、取り出した瞬間も淹れたてのまま、という訳です」
「それは、なんとまぁ……」
笹木大佐様がどこか呆れたような顔をする。
異空間収納に興味津々といった面持ちだけれど、紅茶に口を付ける素振りはない。得体の知れない物として、飲むのを警戒されているのかも知れない。
そのとき、雨宮様がおもむろにティーカップを口に運んだ。
「……ほう、香りからもしやと思ったが、想像以上に上品な味わいだ。レティシア。これはおまえの故郷の紅茶なのか?」
「はい。紅茶を嗜むのは、自由のない私にとって数少ない趣味の一つだったんです。……気に入っていただけましたか?」
「ああ、悪くない」
雨宮様はもう一口、ほうっと色気のある吐息をついた。それを見たアーネストくんや紅蓮さんが口を付け、最後に笹木大佐様も紅茶を飲み始めた。
紅茶が気に入ってくれたのか、彼らはしばらく無言で紅茶を楽しんだ。私もそれに倣って紅茶を口にする。慣れ親しんだ味が、私の気持ちを落ち着かせた。
ほどなく、紅茶を飲み終わった雨宮様がティーカップをテーブルの上に戻す。
「これで分かった。おまえの着ている服も異空間収納から取りだしたものだな。どうりで、巫女召喚の儀に囚人服で現れたおまえが、様々な服を持っている訳だ」
そういえば、私服をこの国で購入した物だと誤解されたことがあった。そっか、異空間収納がない世界だから、そんな勘違いをされたんだね。
ちなみに私は、魔王や魔物を討伐したり、瘴気に侵された土地を浄化するために各地を転々としていたこともあり、所持品の多くは異空間収納にしまっている。
私は紅茶を飲み干して、笹木大佐様に向かって問い掛ける。
「あの、私からも一つ聞いていいですか? あの男の子はどうなりましたか?」
「あぁ、彼なら拘束中だ。不思議なことに、いまは正気に戻っているようだよ」
「そうですか……よかった」
回復ポーションの効果がどれだけあったのかは分からないけど、踏みとどまれたのならよかったと安堵する。そんな私を見て、彼は不思議そうな顔をした。
「まさか、キミがなにかしたのかね?」
「回復ポーションを飲ませました。妖魔化を押さえられるかは賭けだったんですが……正気に戻っていると言うことは、効果があったのかもしれません」
「回復ポーションには妖魔化を止める効果もあるのか!?」
笹木大佐様だけでなく、他の面々も驚きの声を上げた。
「似た症状に効果があるだけで、妖魔化にも効果があるという確証はありません。あったとしても、ほんのわずかな効果だけ。妖魔化が始まる瞬間に飲まなければ意味がない程度です」
「それでも、可能性はあるのだね?」
こくりと頷けば、笹木大佐様は物凄く真剣な顔で私を見た。
「レティシア嬢、キミに折り入って相談があるんだが、聞いてくれるかね?」
「なんでしょう?」
「話というのは他でもない、あのポーション樽の残りを譲ってもらいたいということだ。厚かましいお願いだと言うことは重々理解しているが、どうか聞き届けてもらえないだろうか?」
「かまいませんよ」
「……かまわないのかい?」
笹木大佐様は物凄く意外そうな顔をする。
「さきほども言いましたが、元の世界ではそこまで高価な物ではなかったので。お仕事の斡旋などでお世話になっていますし、少しでも恩返しが出来るのならもらってください」
「だが、この世界に来た以上、もはや入手は不可能なはずだ」
「それは、そうなんですが……」
いまは魔術を始めとした聖女の力は封じられているが、魔封じの手枷さえなんとかすれば、私がポーションを必要とすることはないに等しい。
それに――
「ポーション自体はもう品切れですが、薬草を始めとした材料は少し残っているので、それを使えばもう一樽くらいは作れるかな、と」
「ほう、あのポーション樽をまだ用意できるのかい?」
感心する笹木大佐様。
私の横で紅蓮さんがピクリと身を震わせた。
「ちょっと待てよ。レティシアの嬢ちゃん、いま、薬草と言ったよな?」
「え? えぇ、言いましたけど?」
紅蓮さんに鋭い視線を向けられて、私は少しだけ戸惑った。戸惑ったのは雨宮様達も同じだったようで、紅蓮さんにどうかしたのかと問い掛けた。
「揃いも揃ってどうして気付かねぇんだよ。レティシアの嬢ちゃんはさっき、異空間収納とやらの中では、時間の概念がないって言ったんだぞ?」
「それがどうか……いや、待て」
雨宮様が鋭い声を発し、私に視線を向けた。
「レティシア、まさかおまえ、採取したての薬草を持っているのか?」
「え? あぁ……なるほど。たしかにありますよ、根っこ付きの、枯れていない薬草が」
雨宮様がギラリと目を光らせた。
薬草を栽培して、ポーションの量産を考えているのだろう。
「ええっと、薬草は栽培できると思いますが、他の材料が揃うか分かりませんよ?」
「代用できる素材があるかもしれない。それに、それほどの薬草なら、他にも使い道はあるかもしれない。試してみる価値はあるだろう?」
「……そうですね、そうかもしれません」
魔術はなくとも似たような力はある。魔物が存在しない代わりに妖魔が存在している。ポーションの再現は不可能でも、似た効果を持つ薬なら創れるかもしれない。
「レティシア。ポーションを作るのに必要な薬草を提供してくれないか? その上で、特務第八大隊の開発本部に出向して、技術を提供して欲しい。出来れば、だが……」
雨宮様は申し訳なさそうに付け足した。特務第八大隊の隊員にならなくていいと言った手前、協力を要請することに躊躇っているのだろう。
「……私は、もう誰かに命じられて戦うのは嫌です。いまの私の夢は、女中として成り上がって、ちょっと優雅で穏やかな日々を送ることなんです。軍に所属するつもりはありません」
「……そうか。なら、せめて薬草の提供だけは頼む」
本当は協力を望んでいるはずなのに、雨宮様は私の言い分を受け入れようとする。
私は「ですが――」と彼のセリフを遮った。
「私のお願いを聞いてくださるのなら技術提供はします」
「……いいのか?」
彼は目を見張り、まっすぐに私を見た。彼の深みのある黒い瞳が、迷いを断ち切った私の姿を映し出していた。私は彼の瞳の中にいる自分に向かって言い放つ。
「私にも、目的が出来ましたから」
これは自分の決断だ。誰かに言われたからじゃなくて、私の意思で、自分の幸せのために行動する。私は、私を友達だと言ってくれた彩花の傷痕を消してあげたい。
「ふむ。では、協力の対価になにを望む?」
私は答える代わりに、雨宮様に見えるように手を掲げて服の袖を捲って見せた。
魔封じの手枷が彼の前に晒される。
「それは……まだ付けていたのか」
「帝都の鍵屋さんを回ってみたんですが、外せる人がいなかったんです」
「つまり、軍部の力で外して欲しい、と?」
「お願い、出来ますでしょうか?」
聖女の術を封じられた私は、初めて出来た友達の傷痕すら消すことが出来ずにいる。この手枷が有る限り、私は自分の望む未来を掴み取ることが出来ない。
だから――
「お願いします、この手枷を外すための力を貸してください。その願いを聞いてくれるのなら、私はポーションに必要な素材と、製作に必要な知識を提供いたします」
「交渉は成立だな」
こうして、私は雨宮様に協力する道を選んだ。
私はやがて手枷を外し、彩花の傷跡を消すことに成功するだろう。だけど、それと引き換えに軍部と関わった私は、様々な事件に巻き込まれていくかも知れない。
だけど、もう恐れることはない。だってこれは、誰かに強制された訳じゃなく、私が自分で選んだ道だから。
お読みいただきありがとうございます。
三日連続で投稿予定だった新作短編三本目です。励みになりますので、面白かった、続きが読みたいなど思っていただけましたら、ブックマークや評価など、足跡を残していただけると嬉しいです!
*2022/01/11追記
多くのリクエストありがとうございます。長編版を投稿させていただきました。
https://ncode.syosetu.com/n6853hk/1/
リンクをコピペ、あるいは作者の投稿リストからご覧ください。
加筆修正をしながらの投稿ですので、最初は短編の加筆修正部分となります。毎日投稿で、まずは30話ほど(短編部分8話を含む)を予定しています。
短編から長編を読まれる方におきましては、いましばらくお待ち頂けると幸いです。