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至福の紅茶時間  作者: 夏風邪
第1章 
6/9

5 . 悩める女性の味方①



 突然だが、ここで『甘味喫茶 Caprice(カプリス)』の経営方針を軽く説明しておこうと思う。


 まず最初に押さえておいてほしいこととして、この店は「ゆくゆくは規模拡大を図ろう」とか「全国的・世界的にも有名な店にしよう」といった、一般的にどの経営者も持っているような世俗的目標を掲げているわけではない。


 その理由についてはいろいろ、本当にいろいろあるけれど。

 根本的な理由としてはこれ以上この店に携わる人を増やす気はないので、大きくしたところでただ単に人手が足りなくなるからだ。


 そのため積極的な広報活動をしているわけではないし、表立って店の存在をアピールすることもない。


 いわば穏やかな波紋のようにじわじわと名を浸透させていくような店なのだ。



 もちろん新規のお客さんは大歓迎だし、誰にでも美味しいものを食べてほしいというコンセプトは変わらない。

 しかし、以上のような方針をとっていることで、やって来るお客さんの実に四割程度は顔見知り、つまりは常連客ということになる。



「ねえ博士、助けて欲しいんだけど。切実に」


 今現在、店のカウンター席にて深刻そうな表情で香に助けを求めているこの女性もまた、例に漏れず『Caprice』の常連さんだ。


「どうしたんですか瀬川せがわさん。そんなこの世の終わりみたいな顔をして」

「この世の終わりだからこんな顔してるんだよ博士」


 香を『博士』と呼ぶ女性はいつもよりも幾許か顔色を落とし、長く深い溜息を吐き出した。


 明るい茶髪を後ろで結び、目鼻立ちをはっきりさせたメイクでキリッとした印象を与え、一切の隙無くスーツを着こなす女性。

 そんな見るからにデキる女、バリバリのキャリアウーマンである彼女の身に一体何が起きたというのか。


 平日の夕刻過ぎ。

 幸いこの店にとってはそこまで忙しくなる時間帯でもない。


 まずはゆっくり喉を潤すようお冷やを勧めることにした。



「それで、一体どうしたんですか」

「……ここ最近ずっと忙しくてね。朝は早いし夜は遅いしで自炊に手を回す余裕がなくて外食やコンビニで済ませることが多かったのよ」

「あらら。食生活が乱れ気味ですね」

「そうなの。それでね、ある日ふと疑問に思ったの。『あれ、私ってこんな体型だったっけ?』ってね。それからすぐに最近ご無沙汰だった体重計に乗ってみたわけよ」

「どうでした?」

「それがもうびっくり。三キロよ、三キロ。ほんとあり得ないわ……」


 曰く、ここ一ヶ月は忙しすぎてご飯を作る暇もなければジムで汗を流す暇もなく、しかし無情にもストレスだけは日に日に積み重なっていく。

 その捌け口として暴飲暴食をすることが多かったらしい。


 その負のループを日々繰り返し、気づけば体重は三キロ増。

 普段から仕事にも体調管理にもストイックな彼女にとっては耐え難い現実だったようで。



 ストレスは溜まるし体重も増える。さらには肌や体調など様々なことに影響が及び兼ねない現状に溜め息をつきたくなるその気持ち、同じ女として心中お察しする。


 しかしそれを踏まえた上で、これだけは言わせてほしい。


「週二ペースで『Capric(うち)e』に来てくれてるんですから、カロリー過多になるのも仕方ない気もしますけどね」


 そう、何を隠そう彼女はかなりの頻度で店に足を運んでくれているのだ。


 週一、二回は当たり前。多い時だと三回来てくれるときもある。 


 どんな時間帯に来ようとも毎回必ずパフェやケーキなど、しっかりと重たいものを堪能していく。

 洋菓子でも和菓子でも、とにかく甘いものが大好きなのだと言っていた。


 しかしいくら好きだからと言ってもパフェサイズのものを頻繁に食べるのはあまり体によろしくない。

 スイーツというものは至高の存在であると同時に、魅惑の脂質と糖質から織りなされる悪魔の一面も兼ね備えているのだから。


 ここ最近の暴飲暴食に加え『Caprice』に通い詰めるともなれば、それはもう太ってしまっても可笑しくない状況だ。


「言っておくけど、私の生活習慣において『Caprice』に行かないという選択肢は初めからないわ。予定を組むときもダイエットをするときもここに来ることを前提に計画を立てるしね。私はもう博士のスイーツなしじゃ生きていけないのよ」

「ふふ、私としても美味しいって言って通いつめてくれるのは嬉しいですけどね。やっぱり瀬川さんの健康が一番ですよ」


 彼女の『Caprice』に対する底知れぬ執念に微苦笑を零しつつも、とりあえず紅茶とケーキの準備を進める。


 明確なオーダーが入ったわけではないが、彼女がここに来た際には決まって『博士のオススメ』というメニューにない注文をする。

 最初の頃は毎回毎回しっかり訊いていたのだが、いつしかお品書きを出すことをやめ、その時の香の気分と独断で注文内容を決めるようになった。


「お待たせしました。今日はミルクティーにしてみましたよ」


 コトリ、と湯気の立つティーカップをカウンターテーブルに置く。


 これは完全なる持論だけれども、心身ともに疲れているときは甘いミルクティーに限る。

 濃いめの紅茶に常温に戻したミルクを入れ、今日は砂糖ではなく蜂蜜を混ぜて深い甘みを出してあげる。


 ちなみにミルクティーにはミルクを先に入れるか後に入れるかという論争が付きものだが、結局のところ自分が美味しいと思う方法が一番だと思う。



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