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至福の紅茶時間  作者: 夏風邪
第1章 
5/9

4 . いつもの『Caprice』②



「そういえばさ、駅前にまた新しいパティスリーできたらしいね」

「最近多いな」

「次の休みにでも行ってみようよ」

「そうだな。他の店の新作巡りも兼ねて」

「いいね。好みの店だといいなあ」

 

 寝坊した私の分まで作業をこなしてくれている桐の惚れ惚れする手際を眺めながら、西洋貴族並みの優雅なティータイムを楽しむ。


 もちろん申し訳なさは感じているし手伝いたい気持ちもある。

 でも仕方がない。人間は食欲には勝てないのだから。


「おはようございまーす」


 働き者の傍らで香がまったりしているうちにもうひとりの仕事仲間がやってきたようだ。

 厨房の入り口からひょこっと顔を覗かせて挨拶を済ませた青年はそのままロッカールームへと消えていく。


 彼は主に休日に入ってもらっている大学生のアルバイトだ。

 何年生かは忘れたけが、おそらく成人はしているはず。



 ほどなくして白シャツに黒のギャルソンエプロン姿で戻ってきた青年。

 名は榎本琉依えのもと るいという。高身長で顔もいいとくれば、何を着ても本当によく似合う。

 学校ではさぞおモテになることだろう。リア充かどうかは知らないが。


「ナイスタイミング。るいるいもスコーン食べる?」

「あ、やった。いただきます。てか香さん朝飯中ですか? もう十時っすけど」

「まあまあ、人間食べたい時に食べるのが一番じゃない」

「ああ、寝坊したんすね」

「まあまあ」


 香が朝遅れるのはわりと茶飯事だ。

 桐も琉依ももう慣れているのだろう。

 

 実はかなりの甘党である琉依はスコーンにジャムとクリームをたっぷりのせて美味しそうに口に収める。

 日頃から顔色ひとつ変えないクール過ぎる桐を見慣れてしまっているせいか、殊更琉依は表情豊かに感じる。


 まだ若いというのにいつも臨機応変に対応してくれていることへの感謝を込めて差し出した紅茶もあっという間に飲みほす。

 育ち盛りの男の子には物足りないだろうけれど、バイト前の活力の足しくらいにはなるだろう。


「ごちそうさまでした。じゃあ俺、オモテの準備してきますね」

「ああ、うん。よろしく」


 颯爽と持ち場に戻る働き者の後ろ姿を見送ってから、香もよいしょと立ち上がる。


 いくら桐の手際がいいとはいえ、これ以上はさすがに負担も大きい。

 なんせ本来は二人でやっている作業量を一人で請け負ってくれていたのだから。



 食器を片付け、机代わりにしていた作業台を綺麗にしてからエプロンを首から掛ける。


 店が始まれば香はオモテに出るため、開店前にコックコートを着ることは滅多にない。

 だからエプロンは必需品。

 朝っぱらからシャツを汚したくはないから。



 ケーキは桐が仕上げてくれているため香はパフェ用のフルーツカットから始める。


 今日はどのくらい出るだろうか。

 暖かくなってくるとやはり重たいものよりもさっぱり系を求める人が増えてくるはずだ。


「今日は新作出すのか?」

「んー、あのコたちはまだ試作段階……って、あれ? なんで知ってんの?」

「冷凍庫に入ってたし。いろいろ試してたんだろ」

「あーなるほど。まあね、季節の変わり目ですから」


 夏に向けてそろそろメニューのラインナップを変えていこうとは思っている。その日の気分によって多少の変動はいつもあるけれど。


 実を言うと、今朝寝坊したのも昨夜遅くまで試作にのめり込んでいたのが原因だったりする。


 ほら、突発的に浮かんだアイディアを形にしてみたくなる時ってたまにあるじゃない。

 睡魔と引き換えにちょうど味見で糖分も摂取できたことだし結果はオーライ。


「ひとりで無茶し過ぎるなよ。お前、一度入り込むと時間とか気にしねえし」

「ふふ、いつもごめんね。昨日はさすがにやり過ぎたと自覚してますよー」

「満足するまでやりたいなら俺に言え。付き合うから」


 相変わらず淡々とした桐から発せられた言葉に思わず瞠目した。

 こう見えて実は甘味関連には一切の妥協を許さない香の性格を知った上で、簡単には終われないことを承知の上で尚一緒にやってくれるというのか。


 キュン、と人知れず胸が高鳴る。


「つか今までも一緒にやってたけどな。今回みたいにお前がひとりで突っ走る方が稀だろ」

「ちょっとちょっと蔵ちゃん、今イイ雰囲気だったでしょうが。私のときめきをぶち壊さないでよ」

「お前の茶番にいちいち付き合ってられるか。変なことに頭使う暇があるならさっさと仕込み終わらせるぞ」


 この男に言わせれば私のときめきはただの『茶番』らしい。

 いやまあ自分でもそう思うから何も言い返せないけれども。



 そんなくだらない遣り取りをしている間にも時間は刻々と過ぎ、気づけば開店までもう三十分をきっていた。


 綺麗にカットしたフルーツはそれぞれバットに並べ、冷蔵庫へイン。出番までここで休んでいておくれ。

 ケーキ類は仕上げてくれたし、焼き菓子も大丈夫。あとやることといえばカウンター作業くらいか。


「よし、じゃあ今日も厨房は任せたよ」

「ああ」


 今日は日曜日。平日よりも人は多いし忙しくなるけど、厨房には桐がいるしオモテは粗方琉依が回してくれる。


 じゃあ自分は何をするのかって? 


(ふふ、今日も美味しい紅茶を淹れようかね)


 お客さんの喜ぶ顔、満足した顔を見るために。

 何より自分が満足できる一品を作り上げるために、この孤高の『Caprice()』があるのだから。


 

 * * *



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