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至福の紅茶時間  作者: 夏風邪
第1章 
2/9

1 . 一杯の紅茶とひとつのスイーツ①





「……はあ…」


 ぽかぽかと気持ちのいい太陽を背に浴びながら、足取り重く入ったばかりのコンビニを後にする。

 外はこんなにも心地の良い天気だというのに、彼女の口から漏れ出るのは溜め息ばかり。


「…はあー…」


 なんだか世の中全てが憂鬱に染まってしまったような気分だ。


 

 今年の春、彼女は行きたかった大学に見事合格し晴れて大学生となった。


 高校時代、とくに三年生になってからは受験に向けて猛勉強していただけにその頑張りが報われたことは嬉しかった。

 楽しいキャンパスライフにしようというワクワク感もあった。


 これを機に親元を離れて一人暮らしも始めた。

 慣れない自炊は大変だし、最初の頃はもちろん寂しさもあった。しかし自由な生活というのはやはり楽しいもの。


 これから始まる新しい生活に期待で胸を膨らませていたのはついこの前のことだ。



 しかし今はどうだろう。

 心はいつもモヤモヤと曇ったまま、口から出るのは重い溜め息ばかり。想像していた姿とは程遠いものだ。


 思っていたような大学と違うとか授業がつまらないとか、そういうギャップに悩んでいるわけではない。

 学びたかった分野はすごく楽しいし、充実した知識を身につけられているとも思う。



 そんな彼女が一体何にこんなにも気分を曇らせているのか。


 そのすべての原因は人間関係にある。

 それというのも大学に入学してから早二ヶ月。未だに友達が出来ないのだ。


 もともと消極的な性格ということもあり、初対面の人とのコミュニケーションはあまり得意ではなかった。

 それでも今度こそ自分を変えるんだと意気込んでいたのだが。


 しかし結果はこの通り。


 同い年のはずなのにキラキラと輝いて見える周囲に怖気付き、明日こそは、明日こそは、と先延ばしにした結果が未だに友達ゼロ。

 すでに大半の生徒が大なり小なりのグループに分かれてしまっており、今からその輪に入っていく勇気は彼女にはなかった。


「……はー……どうしよう……」


 考えれば考えるほど頭の中はネガティブになっていく。


 ズーンと沈んだ気分を引きずったまま、とくに目的地もなくふらふら歩く。

 少しでも気分がすっきりすればと外に出てみたが、これは大した気分転換にもならなさそうだ。



 もう帰ろうかなと顔を上げた時、ふと、横断歩道の向こう側にお店のような綺麗な建物があることに気がついた。

 今の今までずっと下を向いて歩いていたから目につかなかったようだ。


 この辺りはたまに通るけれど初めて見るお店だ。

 何をやっているところなんだろう。


 新しく発見したそこになんとなく興味が惹かれ、気づけば自然と動いた足に抗うことなく横断歩道を渡っていた。


「……喫茶店、なのかな」


 お洒落な煉瓦造りの家のような、それでいてどこか和を感じる店構え。

 綺麗に並べられた植木鉢には見事に咲いた花と植物が色鮮やかに植えられ、都会の喧騒の中にあっても安らぎを与えてくれる。


 そしてこれまたお洒落な看板には『甘味喫茶 Caprice』と書かれていて、ここが喫茶店であることが窺える。



 ───甘味喫茶。


 甘いものが好きな私にとってはすごく響きのいい言葉のように聞こえる。

 途端に空腹感が湧き上がってきた。


 そういえば最近はあまり食事が喉を通らず少食気味だった。

 おそらく友達云々で考えすぎていたことが原因なのだろうけれど。

 

 街中のお洒落な喫茶店に一人で入るということに多少の抵抗はあったが、偶然見つけたという縁もありせっかくだから入ってみることにした。


 

 カランカラン、と軽快なベルを鳴らしながら木製のドアを押し開ける。


「いらっしゃいませ」


 ふわりと香る甘い匂いとともに耳障りの良い女性の声が出迎える。

 声のした方に目を向けると、カウンターの奥にはエプロンをつけた女性がいた。ニコリとこちらに微笑みかけている。


(うわあ、すごく綺麗な人…)


「お好きな席へどうぞ」


 思わず見惚れていれば女性に席へと促される。

 ずっと入り口につっ立っているわけにもいかないので慌てて近くの二人掛けの席に腰掛けた。



 正直こういう場所には来慣れていない。

 内心オロオロしながらも、ひっそりと店内を見回す。

 

 テーブルも椅子も戸棚も、木目調で統一された家具からは木のぬくもりが感じられ、店内を飾る雑貨にも細やかなセンスが光っている。


 ところどころでは店先にあったものとよく似た植物が置かれ、さらに癒しを与えてくれる。

 きっと植物が好きな店主なのだろう。


 ゆったりと流れる音楽。

 暖かな店の雰囲気。

 決して互いが互いを邪魔せず綺麗に調和された空間。


 なんだろう、ものすごく落ち着く。


 

 ぼんやり周りを眺めていると、コトリとグラスがテーブルに置かれた。

 

「いらっしゃいませ。こちらお品書きになります。お決まりの頃にまたお伺いしますね」

「あっ、は、はい。ありがとうございます」


 同い年くらいだろうか。

 にっこりと笑うこれまた容姿の整った男がお冷やとお品書きをテーブルに置く。


 一礼して下がるその姿に思わずドキッとする。

 カウンターのお姉さんといいウェイターさんといい、このお店には容姿の整った人が多いのだろうか。



 とりあえずお冷やを口に含み、気を取り直して綴じ紐で纏められたメニューに目を通す。


 ひとつひとつ綺麗な字で書かれた品々とそこに添えられた可愛らしい甘味説明のイラスト。


(眺めてるだけで楽しいかも……)


 ケーキにパフェ、スイーツプレート、季節のセットなどなど、さすが甘味喫茶というだけあってスイーツメニューが豊富だ。

 それに合わせるのは珈琲、紅茶、ハーブティー、ジュースと様々だが、特に紅茶の種類が多い。


 そういえばお姉さんがいたカウンターの棚にはたくさんの紅茶缶が並んでいたような。



 パラパラとメニューをめくりながら頭を悩ませる。

 どうしよう。全部が全部美味しそうで全然決められない。


 悩みに悩んだ末、ふと、とあるメニューが目に留まった。


「身も心もさっぱりと、か…」


 白とオレンジで彩られたイラストのキャッチフレーズが、まさしく今の自分にぴったりだと思った。


 パタリとメニューを閉じたところで、タイミングよくウェイターさんがやって来る。


「お決まりですか?」

「えーと、この『季節の気まぐれパフェ』をお願いします」

「はい。ご一緒にお飲み物はいかがですか?」

「あ、じゃあ紅茶の……気まぐれブレンドで」

「かしこまりました。メニューをお下げしますね」


 注文を取り終えたウェイターさんの笑みは相変わらずかっこよかった。



 それにしてもこのお店のメニューには”気まぐれ”が多いなと思う。

 注文したパフェも紅茶も”気まぐれ”と銘打っており、他にも『気まぐれプレート』や『気まぐれセット』など、気まぐれ盛り沢山のメニューがいっぱいだ。


 とりあえずこのお店の店主はかなりの気分屋だということは伝わってきた。

 


 注文を待つ間、椅子の背もたれに体を預けて力を抜く。

 こういう趣のあるお店に入ることに緊張感はあったが、もともとゆったりできる空間であるため雰囲気に慣れれば本当に落ち着く場所だ。


 お店自体は広すぎず狭すぎず、カウンター席と二人掛け、四人掛けのテーブルがそれぞれいくつか並んでいる。


 何より目を惹くのはカウンター横の小さなショーケース。

 綺麗にカットされた数種類のケーキが並ぶそこはとても魅力的だった。


 お客さんも他に数人いる。

 読書に耽る女性とカップを片手にペンを動かす男性、カウンター席に座りお姉さんと談笑する老人。


 見たところ年齢も性別もバラバラだ。

 もしかするとこのお店は客層が幅広いのかもしれない。


 それから数分と待たずして、お盆にティーカップを乗せたお姉さんがやってきた。



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