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恋愛短編

【書面越しの恋心】

 生まれながらにして呪われた魔女に、白銀の騎士が乞い願う。


「あなたを愛しています。どうか、この手を取って私と生きてくれませんか」


 騎士の願いに驚いた魔女は、一瞬嬉しそうにするが、すぐ苦しそうな顔をして、ぎゅっと手を胸元に組みながら騎士に問いかけた。


「お前、あれほどダメと言ったのに、ワタシに恋をしてしまったのか?」


 その問いかけに、騎士はふわりと微笑んで答える。


「そうです。気がついたら好きになってしまっていました」


 そう答えた騎士に、魔女は苦しそうにしながら返した。


「そう、か……その気持ちは嬉しい。応えたいとも思う」


 魔女がそういうと、騎士はぱぁっ!と表情を明るくする。


「では、」

「でも、ダメなんだ」


 喜色を孕んだ声をあげようとした騎士の声を、魔女は遮る。


「ダメなんだよ。だから」


 ふわり、と魔女は騎士を抱きしめる。


「ヴィ……オラ……?」


 ヴィオラと呼ばれた魔女は、苦しそうにしながら魔法を使う。


「ごめんなさい、優しいあなた。ごめんなさい、美しいあなた。ワタシもお前が好きだ……でも、呪われてしまうから」


 かくり、と騎士は意識を失う。

 その騎士を草原に寝かせて、またひとつ呪文を唱えると瞬く間にそこに騎士はいなくなった。


「元の場所に、お前を返す。でも……」


 魔女は騎士を転送したあとぎゅっといつの間にか持っていた胸元の本を握りしめる。


「この、恋だけは。抱えて生きていくことを、許してくれ」


 その魔女は、長い艶やかな黒髪を揺らしながら、森の奥へと去っていく。

 ぽつり、雫がこぼれ落ちるような音がした気がした。


 これは、記録を綴る魔女が恋する物語。

 これは、清廉な騎士が魔女を愛する物語。


──────

────

──


 ちゅんちゅんちゅん。

 小鳥のさえずりが絶えず聞こえる朝。


「ゔ……うーん……」


 もぞり、森の中の小さなウッドハウスのベッドの上で、呻くような声がひとつ。


「眠い……」


 むくり、と声の発信源が起き上がる。

 毛布をどかして現れたのは、真っ黒で艶やかな太ももまである長い髪に、輝く特徴的ながら黄金の瞳を持ち、とがった耳を持つ整った顔を持つ女だった。

 そんな美女は立ち上がろうとしたのだろうが、くんっと長い髪が邪魔をして立つのに失敗していた。鬱陶しそうにしながら彼女がひらりと手を振ると、しゅるしゅるとその長い髪が勝手に整えられていく。眠い目を擦りながらもう一度手を振ると、今度は水が浮かび上がってやってきて、そこに彼女は顔を突っ込んで適当に洗うと、また手を振ってふわりと浮かんで寄ってきたふわふわのタオルで顔を拭った。


 そんな普通の人間では出来ないことを息をするように簡単に行うこの女の名はヴィオラ・エンゼル。数百年を生きる不老の存在であり、その数百年の記録を本にして市場に流すという契約を数百年前の王とした魔女だ。


「はぁ……つい最近に本を出したばかりだというのに、すぐさま次の催促とは、王国も偉くなったもんだ」


 彼女が手にしている手紙は次の本を催促する内容が書かれていたのだが、読んですぐに燃やしてしまった。魔女であるヴィオラは、その時の気分で本を書く。


 ある時は王国で実際にあった闇の時代を描いたり(発売されてすぐ販売停止になり、買われた分も国が回収した)

 ある時は帝国のダンジョンの最奥に居る主について詳細な記録を流したり(これは現在でも需要があり、ダンジョン攻略をする人には必ず読まれている)

 ある時は恋を諦めずに想い人と結ばれた貴族令嬢の物語を描いたり(元は絵本だったのだが、全て見ていた魔女が詳細な小説にして出した)


 ヴィオラは気分屋で自由人。

 姿を変えて街に取材に行くこともあれば、家から一歩も出ないで見たことだけを書くこともある。

 そんな彼女は、次書く本のネタを探していた。


「うぅ〜む。以前に書いた貴族令嬢の元婚約者の愛の話か……それとも探偵になった貴族令息の事件の話か……いや、気分じゃないな」


 何か面白いことが転がっていないものか。

 そう思いながらウッドハウスの扉を開いて森へと歩きだそうとした彼女だが、ふと、違和感を覚える。


「ん、?これは……」


 風に乗ってきたのは、鉄錆のような香り。

 血の匂いだ。


「結界があって本来ならばこんな匂いは漂ってこないはずだが……うん!面白そうだし行ってみよう!」


 ヴィオラはひらりと手を振って身の丈もある大きさの杖を取り出すと、それに横乗りになって飛んだ。

 匂いを辿って飛んでいくと、大量の魔獣の死体を彼女は発見する。


「あ〜、死んだ魔獣が結界の境界ギリギリまで来たから香ってきたのか……?いや、でも魔獣はここに近寄ることすら出来ないはず……!」


 ふわふわと浮きながら死んだ魔獣の山を見下ろしていたヴィオラは、ふとその中心できらりと光るものを見つける。

 なんだと思いひらりと手を振って魔獣の死体だけを魔石を残して全て燃やすと、そこから現れたのは血まみれで倒れている甲冑姿の騎士の男だった。


「おや、魔獣が現れるはずもないと思っていたが、なるほど……こいつが連れてきてここで戦っていたのか。だから魔獣の死体が山のようになっていたと」


 男が死にかけていることなど一切気にせず、興味深いものを見るようにくるくると男の上を旋回する。


「よし!」


 そう言うとヴィオラはひらりと手を振って騎士の男の傷がよく見えるように寝かせた。


「動物ならまだしも本来ならば人も魔獣も近寄らない結界まで近づいてきた存在は初めてだ!興味深いし、せっかくだから治してやろう」


 騎士の傷は深く、顔の右側には深い切り傷があり、腕と足も噛み跡や引っかき傷が多く、甲冑も壊れていないことが奇跡のように感じられるほど傷だらけだ。

 おそらく甲冑内部も打撃の衝撃で骨折していることがわかったヴィオラは、半分引いたような表情で呟いた。


「よくもまぁ、これだけの傷をこさえて生きていたもんだな……普通なら失血とかもあって死んでておかしくないのだが……まぁ、生きてるに越したことはないか」


 そう呟くや否や、ふわりと浮かんでいた杖から降りて、その杖を手に持ちくるりと一回転させる。


「治癒系の魔法はそんなに得意という訳では無いんだが……まぁ杖があればなんとかなる、うん。なんとかなる!」


 くるりくるりと舞うようにヴィオラは杖を回す。

 くるり、くるり、くるり。

 回していくうちに周囲には先程までなかった花々が芽を出し始め、つぼみへと成長する。

 とん、と音を立てて杖を地面へとつく。


「命ありしその魂よ。汝の肉体に根差す病と傷。全てを治そう」


 ヴィオラが呪文を紡ぐと、ふわりと彼女の長い髪が舞う。


「さぁ、目を覚ませ。"魔女の(Witches' )祝福(blessing)"」


 そう彼女が唱えると、周囲のつぼみが一斉に花開き、ぶわりと風が起こる。

 その中心に寝かされた騎士の男の傷は、まるで映像を逆再生したかのように閉じていく。

 切り裂かれた手足は傷一つないものに。折られた骨はより丈夫に。血みどろになって見えなかった髪は元の美しい白銀を取り戻し、汚れてよく分からなかった顔も整っていて、この騎士が美丈夫だったのだということが分かるようになった。

 だが、顔の右側にある大きな切り傷だけは中途半端になってしまい、目の周囲に一本だけ傷が残ってしまった。


「うぅむ。右目の失明を治したら、そちらに治癒効果が優先されて一つだけ残ってしまったな……まぁ、苦手分野だし致し方なし。おーい!起きろー!!」


 少し不満そうにしながらも苦手分野だからと考えることをやめ、ヴィオラは騎士を起こす。


「う、……私は、……」


 頭を抑えながら目を開けた騎士の瞳は、アクアマリンを閉じこめたような鮮やかな青色だった。


「お!起きた起きた。おーい、そこな騎士よ!調子はどうだ?」


 上からひょこりと顔を覗かせたヴィオラに、騎士は驚く。


「ッ!は?!う、浮いて……いえ、それよりも私は死んだはずじゃ……?」


 上から現れた浮いている魔女に最初に驚いたが、意識がはっきりすると騎士は自分が五体満足で生きていることに驚いた。


「おー、その様子なら元気そうだな?」


 ふよふよと上から顔を覗かせているヴィオラに、騎士の男は問いかけた。


「これは、あなたがやったのですか?私の倒した魔獣も魔石だけ落として消えていますし、それに、あんな死んでもおかしくない傷が無くなっている……あなたは、一体……?」


 騎士の問いかけにヴィオラは、杖に腰掛けて浮いたまま自慢げに微笑みながら答えた。


「あぁ、ワタシがやったとも!この魔女、ヴィオラ・エンゼルがな!」


 その回答に驚いた騎士は思わず声をこぼす。


「まじょ、?魔女……?!しかもその、近隣諸国では見られない漆黒の艶やかな髪と、黄金色に輝く瞳は……"綴り(つづり)"を冠した魔女ですね……?!綴りの魔女と言えば、国に起きた出来事を本に起こして気まぐれに本屋を通して流通させることで有名なあの、綴りの魔女……!」

「うむ、そこまで驚かれると逆に反応しづらいな……」

「そりゃあ驚きますよ!魔法は存在するし、使える存在も多くいますが、魔女は不老不死だ!魔女の持つ知識も素晴らしいですが、今の人間では使えない古の魔法はそれこそ凄まじいものです。……もしかして、死にかけていた私を助けた魔法は……」

「あぁ、そういえば普通の人間は死にかけの人間を一瞬で五体満足の状態に戻すことは出来ないのだったか……」

「やっぱり!有名な魔女しか使えない治癒魔法である魔女の祝福なんですね?!」

「そ、そうだが……ワタシはそこまで治癒魔法は得意じゃない。お前の顔にも、ひとつ傷が残ってしまったし……」


 興奮したように怒涛の勢いで騎士はヴィオラに話しかける。

 ヴィオラはその勢いに押されていたが、治癒魔法のことになると顔に傷を残してしまった申し訳なさが表情に現れた。

 そんな彼女を見た騎士は、ふわりと微笑んでヴィオラの前に跪き、両手を取って彼女の顔を見上げる。


「いいえ。あなたが私に治癒魔法をかけてくれなければとっくに死んでしまっていました。失明した目も、見えるようになっています。死ぬことと失明することに比べれば顔に残る傷の一つや二つ、些細なことです。

綴りの魔女様。私の傷を治して下さりありがとうございます」


 お礼を言われたヴィオラは、きょとんとした後にくふりと笑って返事をした。


「ど、どういたしまして!」


 そう返すと、はっと思い出したようにヴィオラは騎士に話しかける。


「あっ、そうだ。お前に聞くことがあったんだったな」

「命を救われたのです。私に出来ることならなんでもしますよ」


 ヴィオラがそう言うと、騎士の男はにこりと微笑んで返答した。


「……お前、そういうことあまり言わない方がいいぞ」


 なんでもすると言った騎士に、ヴィオラはじとっとした目を向けながら言った。


「いえ、わざわざどこの人間だかも知れない私の命を救ったのです。あなたならおかしなことはしないでしょう?」


 命を救われたからといっていささか信用し過ぎではないか、とヴィオラは思ったが、そこまで言うのが億劫で「まぁいい」と言葉を切る。

 そして騎士へ言葉を投げかけた。


「まぁ、大したことじゃないさ。お前、ワタシの小説のモデルになれ!」

「……は?」

「だから、お前はワタシの、お前達が呼ぶ綴りの魔女の書く本のモデルになれと言っているんだ。あ、あとさっき言った聞きたいことはお前の名前だな」

「はぁ?!」

「驚きすぎだろう」

「そりゃ、驚きますよ!あの有名な綴りの魔女の本のモデルになれるんですよ?!そもそもなんで私なんです?!」

「そんなもんか……いや、大した理由はないぞ」


 ヴィオラは騎士に次に書く本のネタを探していたこと。その矢先にちょうど家の結界の近くで死にかけている騎士を見つけたことを説明した。


「それに、何となく気分が乗った!」


 そうヴィオラが言うと、観念したかのように騎士は頷き、了承した。


「……わかりました。命を救われたのですからそれくらい安いものです。

私の名前はミムラス。ミムラス・ソリダスターです。よろしくお願いします。綴りの魔女様」

「うむ!さっきも言ったがワタシの名前はヴィオラ!ヴィオラ・エンゼルだ!

あと、ワタシは堅苦しいのは嫌いだからな。特別にヴィオラと呼ぶことを許可するぞ!」


 騎士の男、否。ミムラスが名乗ると、ヴィオラも名乗り、そして呼び捨てで呼ぶように言った。

 ミムラスはとんでもない!と初めは断ったが、呼び捨てで呼ばないと反応しないヴィオラに折れて照れくさそうに彼女の名を呼ぶ。


「わ、わかりました。……う、ヴィオラ……?」

「うむ!よろしくな、ミムラス!」


 そう呼ばれると、ぱぁっと年に似合わない華やぐような幼い笑顔をヴィオラは浮かべた。

 ミムラスはそれを見て眩しいものを見たかのように目を細めると、小さな声でよろしくお願いします、と呟いた。


 それからヴィオラはミムラスに守るよう三つの約束を言い渡した。


 一つ目は最低でも月に一回はヴィオラと会うこと。

 二つ目はヴィオラについて無理に探ったり詮索したりしないこと。

 三つ目はヴィオラに恋をしないこと。


 一つ目と二つ目はミムラスにも理解出来た。

 小説のモデルになるのなら会わないとその人の人物像はわからないし、そもそも話の軸となる出来事が起こらない。二つ目は彼女が魔女だからだろう。ヴィオラ自身もあまり詮索されると面倒事が起こると言っていた。


 だが、三つ目だけはどうにも腑に落ちなかった。

 どうしても疑問に思ったミムラスは、ヴィオラに質問する。


「一つ目と二つ目は理解出来ました。ですが、三つ目だけが腑に落ちません……いや、あなたに必ず恋に落ちるというという訳では無いんですが」

「うむ。お前地味に失礼だな」

「あぁ!いえ、ゔ、ヴィオラ、に魅力が無いわけじゃないのです!むしろあなたは、とても素敵な人、いえ、魔女です。この近隣諸国では見かけない艶やかな黒髪も、黄金のように輝くその瞳も、傷一つない透き通る肌も、何よりあなた自身はとても魅力的です!」

「……お前、名前呼びは恥ずかしがる癖に口説き文句は完璧だな……」

「あ、いえ、そんなつもりは!」

「いやわかっている。それはお前の性格だろう」


 名前呼びは照れるくせに心の底から人を褒めることに一切の躊躇がないミムラスに、流石のヴィオラも照れたのか。ちょっぴり透明感のある白い頬が赤みを帯びた。

 ミムラスもそんなヴィオラをみて釣られたように顔が赤くなる。

 ふたりの間に数秒間微妙な空気が流れたが、ヴィオラがわざとらしくひとつ咳払いをして、ミムラスに説明する。


「一つ目と二つ目はお前の想像通りだ。

そしてお前が疑問に思う三つ目。"ワタシに恋をしないこと"……正しくは、"魔女に恋をしないこと"は説明が少々面倒でな。滅多にあることではないが、そうだな……予防策、だな」

「予防策?」


 ヴィオラはミムラスの返答にひとつ頷くと、さらに説明する。


「人間が魔女に恋することは滅多にないことだ。そもそも魔女と人間は寿命からして違う。恋したとしても先に人間が死ぬだろう?」

「そう、ですね」

「それを呪った魔女は、次代の魔女に"まじない(のろい)"を残したんだ。」

「まじない?」

「そうだ。そしてそのまじない、祝福と名付けられた呪いは、"人間が魔女に恋をして、魔女がその人間に恋をした時、同じ時を生きるように人間の寿命と魔女の寿命をつなぐこと"なんだ」

「それは、つまり……」

「お前の想像通りだな。人間と魔女の想いが通じあった時、その人間と魔女は命を共有することになる。言ってしまえば人間の寿命が伸びて、死ななくなるんだ」

「あまり悪い事だとは、思えませんが……?」


 魔女にかけられた呪い。

 それを教えられたミムラスは、魔女と同じ存在になれるし、同じ時を生きることが出来るのだから幸せなことなのではと考えた。

 だが、その考えを一刀両断するかのようにヴィオラはばっさりと切り捨てる。


「そんなわけないだろう」


 そういったヴィオラの顔には、先程浮かべていた幼い笑顔の余韻は消え去り、凍るような無表情だった。


「魔女はお前達から見れば文字通り不老不死なんだろう。病に倒れようと、腕の一本がなくなろうと、気が狂おうと、それこそ首を切り落とされたとしても死なないんだ。だが、死なないだけで痛みも苦しみもちゃんとある。それに、親しくなった人間は皆、魔女を置いて死んでいく」


 無表情ながら瞳にはどこか寂しさが滲んでいるようにミムラスは感じた。


「どんなに苦しくても、どんなに死にたくても。愛おしい人に死んで会いに行きたくても絶対に自分の意思で死ぬ事が出来ない生き物が、魔女なのさ」


 そういったヴィオラはくるりとミムラスに背を向けて、腕をあげてひらりと振る。


「だが、魔女は完全な不死存在ではなく、寿命もちゃんと存在する。魔女の寿命はその魔女ごとに異なるけどな。法則性なんてなく、魔女の意思なんて関係なしに死期は突然やってくるものなんだ。まぁ、他殺で死なない事と、老いないこと以外はおおよそ人間と同じ……だな」


 腕を下ろしてヴィオラは話し続ける。


「とある魔女は突然灰になって風に乗って消えた」


 ヴィオラが腕を一振りすると、キラキラと輝く粉が彼女の周りを舞った。


「とある魔女は石化して、そのままどこぞの誰かに持っていかれた」


 ヴィオラが腕をもう一振りすると、輝く粉は宝石となり、彼女の手に納まった。


「とある魔女は花となり、枯れることの無い花畑となった」


 ヴィオラが腕をもう一振りすると、宝石が彼女の立つ草原に落ち、その宝石が砕けると、周囲には美しい花が咲き乱れた。


「魔女は、いつまで生きて、いつ死んでしまうのか不明瞭な生き物なんだ。現に私を産んだ母も魔女だったし、父は母に恋をした人間だったが……突然死んだよ」


 ヴィオラがそう言うと、背後にいるミムラスが息を呑む。


「まぁ、もう数百年以上前のことだ」


 くるりとヴィオラはミムラスに向き直って言った。


「だから、ミムラス。君はどうか、ワタシに恋をしないでくれ」


 そう彼女は言った後、どこか寂しそうに微笑んだ。

 ミムラスは何かを言おうとしたが、ぐぅ。と大きな音がする。ヴィオラはそれを聞くときょとん、とした顔をして音の発信源に気がつくと、ぷっと吹き出して笑った。

 その音はミムラスの腹の音だった。かあっと彼は顔を赤らめながら、それでも楽しそうに笑うヴィオラを見て照れくさそうに笑った。


「お腹がすいたか!確かに、お前ずっとここで倒れてたみたいだしな!よし、いいだろう。ワタシがお前に少し早い昼食を振舞おう!!」

「ありがとうございます……」


 先程の寂しそうな雰囲気など吹き飛ばしてヴィオラは子供のような笑みを浮かべながらミムラスの手を引いて歩き出した。

 ミムラスはそんなヴィオラに照れつつもお礼を言って引かれるまま歩いた。腕を引かれるまま歩いていると、ミムラスはなにか膜のようなものを通り抜けたような感覚を受け、ヴィオラにその感覚について問いかけた。


「ん?あぁ、そうだった。ワタシの家の一定範囲内には結界を張っていてな。本来なら動物や転送魔法を除けば、魔獣や人間、あと攻撃的な魔法とかは近寄れないし結界で防がれるんだ。で、お前が今感じた膜を通り抜けた感覚はワタシの結界を通り抜けた感覚だな。本来なら通れないが、ワタシと手を繋いでいるから通れたんだよ」


 ヴィオラは話しながらも歩みをとめず、ミムラスはへぇ、とやっぱり凄いんだなぁと子供のように思った。

 そんな風にしていると、ヴィオラが住むウッドハウスが見えてきた。


「あまり大きい家ではないが、あれがワタシの家だ」

「なんというか、普通の家ですね」

「当たり前だろう。魔女だからといって特殊な家に住んでいると思われるのは偏見もいいところだ」

「そうは言っていませんよ……?!」

「うむ。知っている。からかっただけだ」


 ミムラスの手を引くヴィオラは何が楽しいのかずっとくふくふと笑っている。

 そんなヴィオラをみてミムラスも表情を緩めながら大人しく手を引かれていた。


 ヴィオラはミムラスを家の中に招くと、その辺に座っていいぞとだけ行ってキッチンの方へと歩いていった。

 ヴィオラの家は十畳ほどの一部屋しかないウッドハウスで、ロフト部分は存在するが梯子がなく、魔女であるヴィオラは浮遊できるが、それが出来ないミムラスや普通の人間は無理やりよじ登らない限りロフトに上がることは出来ないだろう。

 一部屋しかないが、本棚や収納棚で部屋が仕切られているため見通しがいい訳ではなく、寧ろ物が乱雑に置かれていて、足の踏み場がない訳では無いが歩きづらい。

 ミムラスが案内されたのはこの家に唯一あるテーブルと椅子がある場所で、そのすぐ側にはヴィオラが眠るためのベッドが置かれている。

 本棚には様々な言語で書かれた本が収められ、収納棚には種類のわからない草花や、明らかに飲んだらやばい色をしている液体など様々なものが雑に収納されている。


「(これが、魔女の家……なんというか、イメージとは少し違って……)」

「イメージと違って散らかっている。とでも考えたか?」


 ミムラスが椅子に座って部屋を見渡し、考え事をしているとヴィオラが心を読んだかのように言葉の先を言い当てた。

 それにビクッとしたミムラスは、顔にでかでかとなんでわかった?!と書いてある。


「な、なんでわかったんです?!」

「お前、本当にわかりやすいな……」


 ヴィオラはどこか呆れたようにミムラスを見ながら一つ息をつくと、コトリとテーブルの上に持っていたお盆を置いた。


「まぁいい。人間の考える魔女のイメージなんてたかが知れている。それよりも、ほれ!お腹がすいているんだろう?有り合わせで簡単なものだが……食べるといい」


 お盆の上には、食べやすい大きさに切り分けられたパンと、見るからにふわふわだとわかるオムレツ、それにみずみずしい野菜を使ったサラダが乗っていた。

 それを見るとミムラスは一瞬息を飲んだ。


「なんだ、ワタシが料理ができるというのがそんなに意外か?」


 またしてもミムラスが何を考えているかヴィオラは言い当てる。

 ミムラスは咄嗟に否定しようとするが、すぐに気まずそうに首肯した。


「えぇ、まぁ……はい。魔女に食事をとるというイメージが、あまり……」


 そうミムラスが言うと、ヴィオラはきょとりと目を瞬かせたが、すぐにくふりと笑うように息を吹くと返答する。


「……ふ、たしかに魔女は不老不死だがら食事をとる必要は無いが、ふふ。食事は娯楽にもなるからな、趣味の範囲で作れるようになったんだ。薬の調合やお菓子作りとやることはそう変わらんしな」


 そうヴィオラが笑いながら言うと、なるほど……と正直にミムラスは感心してみせた。


「ほれ、そんなことよりも。早く食べないと冷めてしまうぞ?」


 ヴィオラがそう言うと、ハッとしたミムラスはオムレツから手をつけた。

 見た目の想像通り食感はふわふわで、口の中でとろけて消えた。それに味付けも完璧だった。

 続くようにパンや野菜に手をつけるミムラスを見て、ヴィオラは急いで食べて喉に詰まらせるんじゃないぞ、とにこやかに微笑みながらそう言った。


 そんなヴィオラとミムラスの奇妙な出会いを経て、ふたりは幾度の月日を共にした。


 春が来たら湖のほとりで咲き誇る花を見ながらバスケットに詰めた昼食を共に食べた。


 夏が来たらヴィオラが魔法でつくりあげた氷を使って氷菓を作り、二人で食べて涼んだ。


 秋が来たら森の中の食材を収穫して、料理をしたり、おかしな薬を作ってヴィオラがミムラスにイタズラをした。


 冬が来たら雪が積もったヴィオラの家のすぐ近くで雪だるまを作って遊んだり、雪合戦をして雪遊びをした。


 そうして過ごす事にミムラスがヴィオラの元を訪れる日は月に一回から二週間に一回に、二週間に一回から週に一回に、週に一回から毎日へと変わっていった。

 そうして過ごす時間がだんだんと増えるにつれて、ミムラスとヴィオラはお互いに惹かれあっていく。


「(……そろそろ潮時、か)」


 ヴィオラはどこか苦いものを食べたような心地でミムラスと会い続けた。


 そして、運命の日は訪れる。


 ヴィオラがミムラスの手を引き、花の咲き乱れる湖のほとりで靴を脱いでから水面に足を入れてぱちゃぱちゃと水と戯れていると、ミムラスが零してしまったのだ。


「ヴィオラ。あなたが好きです」

「……は、?」


 ヴィオラは驚いて遊ばせていた足を下ろす。

 ぱしゃんと水が跳ねる音がした。


 そんなヴィオラの前に膝をついて彼女の手を取り、ミムラスは再度彼女の目を見て告げた。


「あなたを愛しています。どうか、この手を取って私と生きてくれませんか」


 ヴィオラはそう告げられて、驚きつつも一瞬嬉しそうにするが、すぐ苦しそうな顔をして、ぎゅっと掴まれていない手を胸元に組みながらミムラスに問いかける。


「お前、あれほどダメと言ったのに、ワタシに恋をしてしまったのか?」


 その問いかけに、ミムラスはふわりと微笑んで答えた。


「そうです。気がついたら好きになってしまっていました」


 そう答えたミムラスに、ヴィオラは苦しそうにしながら返す。


「そう、か……その気持ちは嬉しい。応えたいとも思う」


 ヴィオラがそういうと、ミムラスはぱぁっ!と表情を明るくする。


「では、」

「でも、ダメなんだよ。王国騎士団長様」


 喜色を孕んだ声をあげようとしたミムラスの声を、ヴィオラは遮り、そう言った。

 ミムラスは言っていないはずの自分の役職を言い当てられて動揺する。


「ダメなんだよ。だから」


 ふわり、とヴィオラはミムラスを抱きしめた。


「ヴィ……オラ……?」


 名前を呼ばれたヴィオラは、苦しそうにしながら、この時のためにと使えるようになった魔法を使用する。


「ごめんなさい、優しいあなた。ごめんなさい、美しいあなた。あなたに最後の祝福を。

…………ワタシも、お前が好きだ。でも、呪われてしまうから」


 かくり、と騎士は意識を失う。

 その騎士を草原に寝かせて、またひとつ手を振って呪文を一言唱えると、瞬く間にそこに寝ていたミムラスはいなくなった。


「元の場所に、あるべき所へお前を返そう。でも……」


 ヴィオラはミムラスをあるべきところへ送ったあと、ぎゅっといつの間にか持っていた本を胸元に持ってきて握りしめた。


「この、恋だけは。抱えて生きていくことを、許してくれ」


 恋をして、その相手を呪った魔女は、長い艶やかな黒髪を揺らしながら森の奥へと去っていく。

 ぽつり、雫がこぼれ落ちるような音がした。


──────

────

──


『これは、捨てきれなかった恋心の断片。破れることの定められた、愚かな魔女の恋の話だ。』


 そう文頭に綴られた本は、今王国で人気絶頂の恋愛小説だ。

 珍しい愛し合うふたりが結ばれない話であり、一般的には悲恋と呼ばれるそれは世間で賛否は別れているが、魔女の騎士の男を想う心は美しく、それが人気を博している。


 その小説を街中にある本屋で見かけた銀髪の男、ミムラス・ソリダスター王国騎士団長は、どこかその本に既視感を感じていた。思わずそれを手に取って、まじまじと見つめる。

 そこにやってきた業火のような赤髪を持つ青年が彼に話しかけた。


「……ソリダスター騎士団長。それ、買うんですか?そういったものを好まれるとは……」

「別に私にどんな趣味があろうとオズワルド魔法遊撃隊長には関係ないでしょう」

「いや、そうですけど。最近の騎士団長の様子は変です。前まであんなに魔女魔女魔女魔女と魔女関連の話しかしなかったじゃないですか」

「そうだったか?」

「そうですよ。なんです?覚えていないのですか、あなたらしくもなく」

「……実はここ近年の記憶が曖昧でな。職務に問題は無いから放置していたんだが……」

「は?!」


 オズワルドと呼ばれた男は、ミムラス発言に思わず二度見するほど驚いた。


「え、え?!あのすごくどうでもいいことから重要書類の内容まで完璧に記憶するソリダスター騎士団長が覚えていない?!どう考えてもそれはおかしいですよ?!」

「……そんなに驚くことだろうか」

「そりゃそうですよ!あなたが何かを忘却するなんてことが起きるとしたら、それこそ」


 自覚症状のないことに驚きながらオズワルドは話す。


「魔法をかけられて忘れてしまったと言われた方が納得できます!」


 そして、オズワルドの口にした一言にミムラスはぱちんとなにか記憶に引っかかるようなものを感じた。

 なんだろう。なにか、何か忘れてはいけないことを忘れている気がする。そんな焦燥感がミムラスの心に芽生えた。


「ソリダスター騎士団長……?」


 考え事をしているうちに表情が険しくなっていたのだろう。

 オズワルドはミムラスに話しかける。


「いや、すまない。少しやらねばいけないことを思い出したのでこれで失礼します」

「は、?!」


 やらなきゃいけないことがあるなどというのは嘘だ。ミムラスは今日一日休暇をもらい、そしてのんびりと買い物でもするかと街に出てオズワルドと遭遇し話していた。

 だが、そう言って話を遮ってまで、やらねばならないと思ったのだ。

 ミムラスは本屋で会計を済ませた恋愛小説を手に、急いで自宅へと帰った。


 ミムラスは素早い足取りで自宅に戻ると、乱雑に本を袋から出して小説を読み始めた。


『これは、捨てきれなかった恋心の断片。破れることの定められた、愚かな魔女の恋の話だ。』


 そう書かれた文章から物語は始まる。

 進行は至って普通の恋愛小説なのだが、やはり読んでいくにつれてミムラスは既視感を覚えた。


『魔女は何か面白いことがないかと家の外に歩き出した。そうして歩いていくと、血濡れで倒れている騎士の姿を発見する。』


 おかしい。全く記憶にないはずなのに、どこかでそれを体験したような奇妙な感覚をミムラスは覚える。


『騎士はとうに死にかけていたが、そんな致死量の傷を受けても生きている騎士に面白さを感じて気分が良くなった魔女は彼の傷を治してあげることにした。』


 全くそんなことが起きたという事実はないのに、ミムラスは既視感を感じ続ける。

 不気味に思うのにも関わらず、本をめくる手は止まらない。


『傷が癒えた騎士は、とても美しい顔つきをした白銀の髪がとても美しい美青年だった。魔女は青年に色々質問されたが、気分がよかったのと青年の圧に押されてひとつずつ答えていった。』


 こんなことがあったという事実は、ないはずなのに。

 …………本当に?


『そして魔女は治癒魔法が得意ではなかったからか、騎士の片目に傷が残ってしまったことを詫びた。そう言う魔女に騎士の青年は怒るどころか感謝してみせた。"あなたが治癒してくれていなければとっくに死んでいた。それに比べれば傷の一つや二つ問題ない。ありがとう。"そう感謝された魔女は、むず痒さと照れくささ、そして嬉しさを感じながらどういたしましてと返事をした。』


 ミムラスの顔には、正確には右目の上に一本の切り傷があった。

 いつ負ったものなのか覚えておらず、特に気にしないで生活していたが、今その違和感に気がつく。


『魔女は面白いから騎士の青年と定期的に会う約束を取りつけた。騎士はそれに二つ返事で頷いてふたりは幾度の季節を共にした。』


 ずきり、ミムラスの頭が痛んだ。

 確実に何かを忘れてしまっている、そんな確信を覚える。


『春が来たら湖のほとりで咲き誇る花を見ながらバスケットに詰めた昼食を共に食べた。魔女は騎士が美味しそうに食べる姿を見て、幸せそうに微笑んだ。』


 ズキン、ズキン。頭の痛みはどんどんと強くなる。


『夏が来たら魔女が魔法でつくりあげた氷を使って氷菓を作り、二人で食べて涼んだ。食べることよりも作る工程に騎士が目を輝かせているのを魔女は可愛いと思った。』


 痛くて痛くてたまらないのに、読まなければならないという使命感のまま、ミムラスは本を読み続ける。


『秋が来たら森の中の食材を収穫して、料理をしたり、おかしな薬を作って魔女が騎士にイタズラをした。騎士の青年は料理に目を輝かせながら美味しそうに食べ、イタズラには仕方なさそうに微笑んだ。魔女はそんな青年に、愛しさを感じ始めていた。』


 ミムラスは読み続けた。


『冬が来たら雪が積もった魔女の家のすぐ近くで雪だるまを作って遊んだり、雪合戦をして雪遊びをした。ひとりぼっちだった魔女は遊び方を知らず、騎士に教えてもらった。魔女は初めての体験に楽しいと感じた。』


 ぱらり。

 ラストシーンをミムラスは読む。


『季節が巡り、魔女は騎士の青年に恋をした。騎士も魔女に恋をした。』


 いつの間にか、ミムラスの目からは涙が零れていた。


『でも、魔女は騎士が呪われるのが嫌だった。だって、騎士はたくさんの人に望まれている。だから、魔女ひとりに縛り付けていい存在ではなかったのだ。』


 視界がぼやけながらも、ミムラスは文章を追うことを辞めなかった。


『騎士に告白された魔女は、心の底から嬉しかった。嬉しいからこそ、騎士の青年から記憶を奪った。』


 ミムラスの涙は、もう止まっていた。


『これは最初に書いたように捨てきれなかった私の恋心の断片。呪われることを知りながらも、恋することをとめられなかった愚かな魔女の恋の話だ。この話はこれで終わり。魔女はひとりで生きていき、騎士の青年はあるべき所へ返された。もう、二人の運命が交わることはない。

それでもどうか、この恋を抱えることだけは、許して欲しい。』


 そう小説は締めくくられ、ミムラスは本を閉じる。

 そして、本の表紙を見た。


「……ビオラの、花」


 ミムラスは思い出した。

 思い出してしまった。


「ヴィオラ、ヴィオラ……」


 自分が恋をした魔女の名前を何度も何度も呟く。


「……全てを片付けたら、会いに行きます」


 そう最後に呟いて、ミムラスは表紙のビオラの花に口付けを落とした。


──

────

──────


 ミムラスとヴィオラが出会い、そして彼女がミムラスから己に関する記憶全てを奪ってから数十年の月日が流れた。

 ヴィオラは溜息をつきながら、ミムラスと最後にすごした湖のほとりで膝を抱えて座っている。


 実は、ヴィオラは自身の記録した恋の話が市場に流れているということを知らなかった。あれは自分で抱えるために書いたものであり、人に見せるつもりのないものだったからだ。

 だが、最初に燃やした手紙を送った人物が結界の穴をついて転送魔法を使用して勝手にその本を奪い、魔法で写本したあと元の場所へ返し、写本したものに少々手を加えてから本として売り出したのだ。

 まぁ、つまり、ヴィオラの誰にも見せるつもりのなかった恋心は思わぬところで流出してしまったのである。


 閑話休題(それはさておき)


「(……ミムラスは、元気だろうか……また怪我をしていないだろうか)」


 そんなことを考えながら、ヴィオラはぎゅっと膝と自分の胸の間に挟まった本を抱える。


「(……そんなことを、考える資格は……もうないのにな)」


 考えながら、懐かしい記憶に思いを馳せてぽろぽろと彼女は涙を流している。


 さく、さく。

 そんな彼女に草を踏みしめて近寄る足音がひとつ。

 だがヴィオラは思い出を辿っているせいかそれに気がついていない。


 さく、さく。

 足音はどんどんと近づいて、ついにヴィオラのすぐ後ろで止まった。


「ヴィオラ」


 辿った記憶と同じ、想い人の声がした。


「……っ!」


 弾かれるように体制を崩しながら振り返ると、そこには記憶より少し老けたミムラスの姿があった。


「ミム、ラス……?どうして……確かに記憶は」


 ヴィオラは驚いてまたぽろりと、ひと粒涙を零す。


「えぇ、確かに数年前までは記憶がありませんでした。でも、とある本がきっかけで思い出したんです」

「本…………?」


 ヴィオラはなんのことか分からずきょとりと首を傾げる。


「えぇ。あなたの書いたものでしょう?」


 ミムラスはそう言いながら記憶を思い出すきっかけとなった本をヴィオラに手渡す。

 ヴィオラはおずおずとそれを受け取りながらぱらり、ぱらりと本をめくって内容を確認する。


「……!これ、これはどこに?!しらない、しらないぞ。ワタシはこれを本にして売ってなどいない!」


 初めは驚きに目を見開き、そして読み終えるにつれどんどんと苦しそうな顔になるヴィオラをみて、ミムラスも初めてそれが正当な手段で本となったものでは無いと知った。

 だが、例えそうだったとしてもいいのだ。これがきっかけで、ミムラスはヴィオラのことを思い出すことが出来たのだから。


「そう、ですか。でも、私はそんなことはもうどうでもいいのです。…………ヴィオラ」


 ミムラスはいつぞやの時と同じようにヴィオラの前に膝を着き、彼女の手を取って語りかける。


「あなたが好きです」


 ヴィオラは、そう言われて驚き、瞳が零れてしまいそうなほど目を見開いた。


「好きです。記憶を消されても、数十年経っても、変わらずあなたのことを愛しています」


 若かったあの頃より些か老けたミムラスは、あの時と変わらずヴィオラに愛を囁く。


「どうか私の手を取って、共に生きてくれませんか?」


 そして、変わらないふわりとした笑顔でヴィオラにそう告げた。

 告げられたヴィオラはくしゃりと顔に皺を寄せて泣きながら返答する。


「ワタシは、魔女だぞ?」

「そうですね」

「お前と寿命が違う。現に、お前は歳をとっているのに、ワタシはとっていない」

「そうですね、あなたは変わらず美しいままです」

「それに、前にも言ったじゃないか……魔女と恋に落ちると呪われるんだぞ……?」

「あなたと共にいるためなら、呪われたっていいんです」

「死にたくても死ねなくて、生きていたくても死期が来たら死んでしまうのに?」

「あなたと一緒に逝くのなら、怖くなんてありませんよ」

「……ワタシは、お前から記憶を奪ったんだぞ?」

「それは確かに許すことはできません。でも、私のことを思ってやったことでしょう」


 ヴィオラはミムラスを何とかして遠ざけようと何度も、何度も言葉を零す。

 だが、ミムラスはどこまでも真っ直ぐにヴィオラへと愛を向けていた。


「それだけあなたが私を愛しているということです。……さ、言い訳はもう終わりましたか?」


 ミムラスはそう言うと、ヴィオラの手に口付けを落として、再度問い掛ける。


「ヴィオラ、私の愛しい魔女。どうかこの手を取って、共に生きてはくれませんか?」


 ミムラスがそう言うと、ヴィオラはボロボロと涙を零しながら微笑んでこたえる。


「……ワタシも、お前を愛している。どうかワタシと共に生きてくれ」


 そうヴィオラが言い、彼の手をきゅっと握り返すと、ミムラスは掴んでいたヴィオラの手を引いて彼女を抱き込んだ。


「……ありがとう。愛しています」

「ワタシも、お前を愛している」


 そうして、魔女と共にあるために騎士をやめた男と、ただ一人の男に恋に落ち、共に生きることを選んだ女は結ばれた。

 ふたりは無事に祝福を受け、長い年月を時には幸せに、時には苦しくも、そして死ぬ瞬間まで共に過ごして逝った。

 さて、この本のタイトルはなんだったか。

 あぁ、そうだ!確か──────


 ──────書面越しの恋心、だったかな。


【書面越しの恋心】HappyEnd!!

人間の騎士×人外の魔女のどこにでもありそうな恋愛小説でした!


実は登場人物は花の名前をとっていて、花言葉も実はちょっと絡んでいます。

魔女の名前は「ヴィオラ・エンゼル」この子の名前の由来はビオラとエンゼルトランペットの花から取りました。ビオラの花言葉は「私の胸はあなたでいっぱいです」、エンゼルトランペットの花言葉は「遠くから私を想って」です。


騎士の名前は「ミムラス・ソリダスター」この子の名前の由来はミムラスとソリダスターの花から取りました。ミムラスの花言葉は「笑顔を見せて」、ソリダスターの花言葉は「私に振り向いて」です。


ヒロインもヒーローもファーストネームは今でも抱えている想いで、ファミリーネームは別れた時考えていた想いです。

ヒロインは自分と結ばれることで自身の両親のように消えてしまうのが嫌で遠くからヒーローを想うし、思い出したとしても遠くから想って欲しかった。その反面ヒーローは自分は呪われてもいいからどうか自分に振り向いて共に生きてくれという願いでした。

この話を思いついたきっかけは花言葉がエモいな……って感じたことだったのでマジで見切り発車で書きましたが、結構長めの短編に落ち着いてよかった……長編をもう抱えるのは勘弁なのでね……。


他に上げている作品もお読みいただけるともっと嬉しく思います。

評価、ブックマーク、感想の方も是非よろしくお願いします。

ここまで読んで下さりありがどうございました!

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