魔女の白昼夢と青年の初恋(7)
登場人物
ローザ......アディスの魔女。恋をしたら魔力を失うとの言い伝えのため、男性への免疫が無い。
モニカ......ローザの親友。アディスを領地とする、侯爵家の末娘。金髪碧眼の派手な美少女。
オリビエ......アディスに静養に来た「侯爵家のお客様」。本人達にその気は無いが、モニカの婚約者候補。
主様......アディスの守り神で代々アディスの魔女を導いてきた。人の前に現すときはオオツノジカに姿を変える。
「やっぱり、貴女の瞳は綺麗だ。」
思わず息をのむローザより先に、モニカが慌てて口を挟んだ。
「オリビエ様は!」
大きな声でそう呼びかけ、コホン、と咳払いをした。
「アディスの魔女のことをどちらでお聞きになったのですか。」
「私の母から、アディスには黒髪の気高い魔女がいる、とずっと聞いていたんだ。」
「あら、オリビエ様のお母様がご存じということは、ローザのことではないのね。」
「多分、私の母よ。主様もオリビエ様のお母様のことをご存じだったわ。」
モニカは少し驚いたように目を見開いた。
「主様って、あの森の?」
「母から聞いていた通りの、温かい人で。お会いできて良かったよ。」
モニカは眉間に皺を寄せて、扇で歪む口元を隠した。
「困りますわ、オリビエ様。あの森は神聖な森。アディスの魔女以外は立ち入りが禁止されているのですよ。狼や猪といったような獣もおりますし。父から何も聞いていませんか」
普段聞かないモニカの鋭い声音に、二人は驚き目を丸くする。
「侯爵からは何も聞いていないよ。母が通いつめていたから、私も大丈夫だと、卿は知っていたのかもしれないね。」
穏やかに告げるオリビエに、モニカも自分が鋭い声を出したことに気がついた。
「差し出がましいことを申し上げましたわ。」
「いや心配してくれてありがとう。」
優しい言葉に罪悪感が少し疼く。もちろん、心配する気持ちはあるが、あれ程声を荒げる必要はなかった。
「少し頭を冷やしてきますわ。」
立ち上がり、外に出るモニカを引き留めるか悩み、ローザはその場に留まった。
「追いかけなくて良かったの。」
「モニカが頭を冷やすという時は、一人になりたい時ですから。」
穏やかに微笑むローザにオリビエの胸が高鳴る。憧れの人が目の前にいるのだ、無理も無い。少年のように目を輝かせてしまう。
「ローザ、もし良ければ魔術を見せてくれないかな。」
唐突なお願いにローザは少し困ったように眉を下げる。
「ごめんなさい。宮廷魔術師の方と違って、私はごくごく地味な魔女ですから。普段はお薬を作ったり、そういうことしかしていないんです。」
見せるつもりは無いと、やんわりと告げられて、オリビエは残念そうに微笑んだ。
「母も、アディスの魔女は誇り高いと言っていたから、無理だろうとは思っていたのだけれど、貴女が優しいから、少し欲が出てしまった。」
「そういえば、お母様も昔この土地にいらしたのですね。」
「ああ。母は、少し体を崩していた時期があってね。その時にこちらの侯爵からの勧めで、この土地で静養していたようだ。」
「オリビエ様のお母様は、私の母と友達だったのでしょうか。」
綺麗な長い指を顎に添えて、「うーん。」と思案顔で首を傾げる。
「どうだろう。私の母はあまりこの土地で過ごした時のことを話してくれないんだよ。」
その言葉にはローザが首を傾げる番だった。
「このような田舎で過ごした思い出は、都会に帰ってから語るには退屈、ということでしょうか。」
「いや、逆だよ。きっと。母は、この地で過ごした時間を宝物だと言うんだ。宝物だから内緒にしたいんだと言っていたよ。」
「宝物……。」
おそらく、母や主様と仲が良かった人が、この土地についてそんな風に言ってくれていることはとても嬉しい。
「ありがとうございます、オリビエ様。オリビエ様にとってもこの土地での思い出が宝物になることを祈っております。」
初めて自分に向けられた優しい笑顔に、オリビエもつられて柔らかく微笑んだ。
「ありがとう。ローザはとても綺麗に笑うね。」
オリビエの言葉に瞬間的に顔が熱くなったことが自覚できた。
「ごめんなさい、お茶にしましょう。って、あら?」
モニカは二人の間に流れる空気に、先程とは違うものを感じて、眉間に皺を寄せる。
「私、ちょっと、ハーブを取ってきます。」
モニカと入れ替わるように外に出て行ってしまった。




