魔女の白昼夢と青年の初恋(6)
登場人物
ローザ......アディスの魔女。恋をしたら魔力を失うとの言い伝えのため、男性への免疫が無い。
モニカ......ローザの親友。アディスを領地とする、侯爵家の末娘。金髪碧眼の派手な美少女。
オリビエ......アディスに静養に来た「侯爵家のお客様」。本人達にその気は無いが、モニカの婚約者候補。
主様......アディスの守り神で代々アディスの魔女を導いてきた。人の前に現すときはオオツノジカに姿を変える。
モニカの婚約者候補を家に迎えるにあたって一番の問題は、この散乱した家だった。作りかけの薬、出しっぱなしの薬草、執筆中の論文はまだ良い方で、医学書、薬学書、果ては恋愛小説まで、高く、高く積み上がった本を片付けるのは骨が折れそうだった。
「うーん。この場合はお金のために魔法を使うわけではないわよね。」
金銭的利益は発生しないし、大切な友人のために必要の無い掃除を行う、と考えれば立派な大義名分ではないだろうか。何よりも約束の時間まであまり猶予もない。
ぶつぶつと呟いた後、何度か頷き顔を上げた。人差し指で〝トントン〟と本を叩いて言葉を紡ぐ、「持ち上げる。」普段は出さない声の使い方で。
「右へ、本棚へ。」完成図を頭に思い描きながら、指示を出すかのように命じると、本がふわりと浮かび、綺麗に本棚へ収まって行く。魔女の魔法にも、陣を描くもの、詠唱するもの、念じるものなど、魔法の使い方は様々だが、ローザの魔法の使い方はそのどれとも言い難い魔法の使い方であった。最も、本人に言わせると「土地によって違う、方言みたいなもの。」らしいが。
あっという間に見られる家になったが、如何せん、掃除が苦手なローザの頭に浮かぶ完成図では「整然と」とはいかない。それでも本人は満足気に、久々に目にした椅子に腰かけた。
折良く、家の扉を三回叩く音がした。意外にも時間は経っていたようで、慌てて、親指と人差し指でぱちりと音を鳴らすと掃除道具経ちはスッと、姿を消した。
「ごきげんよう。モニカよ。」
扉の向こうからそんな声が聞こえて、「はいはい。」と扉をあけると、人目につかないようにと、いつもより少しばかり地味な、(とはいえ、上質なドレスと眩しい金髪ですぐにモニカとわかる。)紺色のドレス姿のモニカと、昨晩顔を合わせたばかりのオリビエがいた。
「こんにちは、ローザ。昨日ぶりだね。」
主様の言う通り、綺麗な蜂蜜色の目をキラキラさせて、興奮気味に頬を上気させて、オリビエはローザにぐいっと顔を寄せた。
「綺麗な瞳だ。会えて嬉しいよ。アディスの魔女。」
にこりと差しのべられた手を、ぼうっと眺めていると、「ローザ?」と声をかけられて、つられて手を伸ばそうとしたところで、モニカがローザとオリビエ両方の手を握った。
「仲間はずれにしないで下さい、オリビエ様。二人は大切な私の友人ですもの、私とも握手して下さる。」
にこりと、微笑みながらそういうと、オリビエが苦笑しながら、「すまない、つい興奮してしまったね。」と頭を掻いた。
「お二人はもう知り合いでしたのね。」
「ああ、昨日初めてお会いしたんだよ、ね、魔女殿。」
「ローザとお呼び下さい。オリビエ様。」
オリビエの問いかけには答えず、目を伏せて頭を垂れる。
「侯爵様のお客様に無礼な態度を、申し訳ございませんでした。」
「やめてくれ、ローザ。昨日みたいにオリビエで構わないんだ。僕は君と友達になりたくて来たのだから。」
ローザは少し目を見開いた後、また真顔に戻り首を横に振った。
「私には勿体ないお言葉です。お客様と友達などとは恐れ多い、侯爵様に怒られてしまいます。」
ローザはニコリ、と愛想笑いで交わすと、
「何も無い家で恐縮ですが、今お飲物をご用意致します。」
と、奥へ引っ込んでいった。その後ろ姿を見つめていたオリビエは、小さく息を吐いて、近くの椅子に座りこんだ。
「何か気に障ることを言ってしまっただろうか。」
不安そうな目を向けられモニカは苦笑する。
「身分が違いますもの、ローザの反応は正しい振る舞いだと思いますけれど。」
オリビエはなおも不満そうに口を尖らせた。
「しかし貴女は親友ではないか。」
思わず不快感を表に出しそうになり、息を吸った。
「過ごした時間が違いますわ。それに、領主の娘と領民が仲良くすることに、どんな違和感もありません。」
微笑む。我ながら淑女としては完璧だと胸を撫で下ろす。
「すまない。焦り過ぎたようだ。ゆっくりやるよ。」
オリビエもそんなモニカに眉を下げて微笑み返した。
(今後も会いにくるつもりなのかしら。)
モニカは先程のローザの様子を見て危機感を覚えていた。別に、ローザが魔女でなくなることは、恋をして幸せな結婚をした果てであれば仕方がないし、それは良いのだ。ローザは魔法でなく、自ら勉強した知識で生計を立てているのだから、万が一魔法を失ってしまっても、食うに困ることはないだろう。しかし、親友としては、できれば幸せになって欲しいと思う。オリビエではあまりに身分が違いすぎて、ローザが幸せになる未来が見えないのだ。
「お待たせしました。」
ローズティーとモニカから貰ったクッキーをお盆に載せて運んできた。机の上に置き、オリビエに促されて自分も席についた。
「急なお願いにも関わらず、都合をつけてくれてありがとう。申し訳なかったね。」
「いえ、私には勿体ないお言葉です。」
失礼が無いように、目線を合わせないまま答えると、少し拗ねたような声が掛かった。
「顔をあげて。今後私と話をする時に頭を垂れる必要はない。目を伏せる必要もない。」
「しかし……。」
「どうしても貴女が気になるのならば、私からのお願いだと受け取ってくれ。アディスの魔女は、領主の大切なお客のお願いを無下にするのかい。」
「かしこまりました。」
顔をあげ、悪戯っぽく笑う蜂蜜色の瞳と真っ直ぐ目があう。
「やっぱり、貴女の瞳は綺麗だ。」