魔女の白昼夢と青年の初恋(5)
蒼い光に照らされた幻想的な森に、誘われるように足を踏み入れる。
ここは本当に現実世界か。自分は異世界に迷い込んでしまったのではないのか。
オリビエがゆっくりと辺りを見回しながら歩いていると、シマリスがじっと見つめながらオリビエの周りをうろちょろしている。
『あなたこの光が見えているの?』
「え?」
きょろきょろと首を動かすオリビエになお、声は続ける。
『まあ、驚いた。私の声も聞こえるのね。てっきりただの人間だと思った。』
声のする方へと視線を向ければ、先ほどから周りをうろちょろしているシマリスだ。
「君は。」
『私はベル。シマリスの聖獣よ。この森の主様にお仕えしているの。あなたは?』
「オリビエだ。」
『ふうん?で、この森には一体何の用かしら?』
「森が青く光っていたから、何事かと思って。」
『そう。あなたこの土地の者じゃないわね。さしずめモニカ嬢の花婿候補ってところかしら。』
オリビエはぎょっとしてシマリスを見つめる。
『うふ。私はなんでも知っているのよ。』
「参ったな。ただ、ひとつ訂正させてくれ。僕にモニカ嬢と婚約する意思はないし、モニカ嬢も同様だよ。」
『オーケー。覚えておくわ。じゃあ、御客様。せっかくだから主様に会っていきなさい。お客様で主様に会えるのなんてあなたで二人目よ。』
危険だろうかと思いながらも、むくむくと湧き上がる好奇心に勝つことなんてできない。お尻を振りながら優雅に歩くシマリスの後ろを、素直について行くことにした。
*
泉には神々しいオオツノジカと黒髪の少女が仲睦まじく語りあっていた。親子のように、主従のように、恋人のように。
『主様!久々におもしろいお客人が来ましたわ。』
小さな体を気取らせて尻尾を振って歩きながら、少女らの方へとベルは向かって行く。
『ベル、一応ローザが先客なのだが。』
ベルが丸い目をくるんと回して首を傾げると主様は呆れたようにため息をついた。
『ローザすまない。彼女の中で君はもはや客人ではなく友人のようだ。』
「その方が嬉しいわ。」
ローザと呼ばれた少女はクスクス笑って、ベルを手に乗せた。
『さて、お客人名前を聞こうか。』
「オリビエ、です。」
『ふむ。これは確かにおもしろいお客人。人間の時の流れは速い。』
「え?」
『ローザも挨拶したらどうだ。』
「そうね。初めまして。ローザよ。」
にこりと微笑まれたその大きな蒼い瞳に吸い込まれそうになるほど、強烈に惹かれた。白い肌も華奢な肩も守ってあげたい、と、そう思わせる少女だった。
「オリビエ?」
「あ。いや。よろしく。ローザ。」
手を差し出すと、ローザも握り返す。その冷たい感触は自分の熱が熱すぎるのではないかと、心配になる程だった。
『青年。そなたはリリアの息子だろう。』
思いがけない存在から母の名前が出て驚きに目を丸くする。
「はい、確かに母の名はリリアです。」
『うむ。蜂蜜色の目と髪の色がよく似ておる。太陽の元で見られず残念だが、さぞかし綺麗な色なのだろう。』
優しい声色にほっとしながら、母とどういう知り合いなのだろうかと考える。
『リリアは昔ここに静養に来ていた時に何度かこうして訪れてきた。我の存在に全く驚かない人間など初めてであったからよく覚えておる。』
くつくつと笑いながら、主は昔を懐かしむ。そういえば静養先にこの地を選んだのは母であったなとオリビエはぼんやり思い出した。
『あれはもう我と会うことはできぬが、こうしてそなたが会いに来てくれたことは嬉しいことだ。リリアは元気か。』
「はい。元気です。幼い頃にあなたの話を母から聞いたことがあります。」
優しくて温かい友達だと言っていた。母から聞いた話通りの優しくて温かい、そして、美しい蒼。
「ねえ、主様。どうしてオリビエのお母様は主様に会えないの。」
『子を持つということは、血を介して鍵を子に託すということだ。だからリリアも、そしてお主の母も私と会うことは叶わぬ。そしていつかはお主も。』
優しい目をして遠くを見る主の頬に手を当てて、ローザは首を横に振る。
「私はずっとここにいるわ。母様とは違う。」
ローザは包み込むように主を抱きしめた。その情景はまるで一枚の絵画のようで、オリビエは美しさに胸が強く締め付けられた。