魔女の白昼夢と青年の初恋(4)
(眠れないな。)
ベッドを降りて、窓辺に近寄ると、綺麗な満月が森の向こうに見えた。
昔、母から聞いた言葉が耳によみがえる。
『アディスには、黒髪の美しい魔女がいるのよ。』
「モントにも魔女はいますよ、お母様。」
『アディスの魔女は、気高く、誇りだかく、強い魔力をもちながら王家に忠誠など誓わない、猫みたいな高貴な存在なのよ。』
「王家に忠誠を誓わないことが、高貴ですか?」
聞く人が聞いたら大問題なことを言う。
『宮廷魔術師になるということは、神様からの贈り物を利権のために使うということよ。それを悪いことだとは思わないし、そういう魔術師さんも大切だけれど、権力になびかない志も素敵だと思うわ。』
にこりと、美しく微笑む母は、そういえばどこでそんな話を聞いたのだろう。
回想にふけりながら、窓の外を眺めていると森の方で何かが青白く光った。
(何だ!?)
ガタリと立ちあがって、慌てて部屋を出る。
ほとんど反射的に剣をひっつかんで走り出した。土地勘なんて全くないのになぜかどこかわかる気がした。
*
すっかり日の落ちた真っ暗な闇の中。ローザは迷うことなく森を進んで行く。頭上に浮かぶ金色の月を見上げて、そういえばリヨンはしばらく帰ってこないわね。と、友達の黒猫を思い出した。頭上に月があるのに何故か真っ暗なこの森も、ローザはまるですべて見えているかのようにすいすい歩く。
カサリと、足元で不意に生き物の気配がする。
『こんばんは、ローザ。ご機嫌麗しゅう。』
上品に気取って小首を傾げたシマリスに手を差し伸べる。
「こんばんは、ベル。入口はどこかしら。」
ベルは口に手を当ててクスクスと笑う。
『おかしなローザ。金色の日ですもの。主様は蒼の湖よ。ほら。』
ベルが小さな手をふると葉の先々に青い光が灯る。
『迷わないように。』
「ありがとう。でも大丈夫?こんなに明るくして。村の人に見つからない?」
ベルはさらにおかしそうに笑う。
『ローザったらおばかさん。魔女の炎と違って、聖獣の光は異形の血にしか見えないのよ。忘れたの?』
「そうだったわね。つい自分を感覚に言ってしまうわ。」
苦笑しながらベルを近くの木に乗せてやる。
「私が炎を使うと明るすぎていけないもの。とても助かるわ。ありがとうベル。」
ローザが首もとをなでてやると、ベルは嬉しそうにクスクス笑って近くの木へと隠れにいった。
幻想的に青く光る植物達に誘われるように、蒼の光に満ちた湖にでた。
「主様!」
湖の真ん中に立った大鹿はゆっくりと人の形に姿を変えながらこちらへ向かってくる。
『よくきたな、ローザ。』
直接心に染み入る深い声に懐かしさがこみ上がる。主様に会うといつだってそうだ。この人が父だと思いたくなる。あまりにも懐かしくて胸がつまるのだ。
『私の角か?』
「ええ。大丈夫かしら?」
美しい青年姿の主は、困ったように微笑んでローザの頬に手を添える。
『何に使うのかだけは聞かねばならぬが。』
「いつもと同じよ。傷薬をつくるの。」
『なれば、この間の量で充分であろう?』
「わかっているくせに。」
じとっと見つめられて、主は困ったように地に足を付けた。するとみるみるうちにオオツノジカへと姿を変える。
『この地は戦乱にはならんよ。もっと遠くだ。』
「それでも、この地の人々は駆り出されるもの。餞別くらいは作ってあげたいじゃない。」
主は鹿らしからぬ妖艶な眼差しをローゼにむけ、大きく深くため息を吐いた。
『お前の母親もこうしてよく私を困らせた。全く似なくて良いところまで似て困る。』
そういって自身の角をローザに向ける。ローザは手をそえて石刀でそっと叩いて角の上部を割った。
「主様ありがとう。」
ふわりと笑ったローザに暖かい微笑みをむけ、主はローザに横に座るように手で示す。
『今夜は、そなたの母親の話がしたい気分だ。つきあえ。』
ローザはクスリと微笑み、大人しく主の横に座った。