魔女の白昼夢と青年の初恋(3)
「という出来事があったのよ。」
「はあ。」
薬草をとり終えて無事降りてきたローザを待っていたのは親友のそんな報告だった。
ハーブティーを出しながら、「それがどうかしたの?」結婚が決まったと言うならお祝いするけれど。というローザに非常に言いにくそうに顔をしかめた後、「実は……。」と続いた言葉に、次に顔を顰めたのはローザだった。
*
「モニカ嬢、ここの図書館は医学書が豊富にそろえられているが、誰か医学に詳しい方がいるのか?」
例の如く父の計らいで、二人でティータイムを過ごしていた時のことだ。オリビエが不意にそんなことを言い出した。
「いえ、我が家に医学に詳しい者はおりません。」
「では何故?」
「私の親友に、魔女がおりまして。」
今となってはどうしてこんなあっさりローザの存在をばらしてしまったのかわからない。いくら魔法と学問に寛容な国とは言っても、地方の一介の魔女を胡散臭く感じる貴族は多いし、それ以前の問題として侯爵家の令嬢が宮廷魔術師でもない庶民と親友という事実を好まぬ貴族も多い。だから普段は決して言ったりしないのに。
「魔女?」
それまで、無難に卒なく、話の腰を折らず穏やかに聞いていただけのオリビエが、初めて興味の色を示した。それはもう、今までの相槌が合わせていたにすぎないのだ、とわかるような。決して下品な食いつきではないが、少年のように目をキラキラさせて、期待にみちた視線をうけると、モニカとしても喋らないわけにはいかない。
「彼女に頼まれて、いえ、頼まれなくても。彼女が喜ぶだろうと思って私が集めたものです。」
そこでオリビエは初めて――驚くべきことに一週間すごして初めて――侯爵家令嬢ではなく、モニカ自身に優しい眼差しを向けた。
「貴女は、本当に親友を大切に思っているんだね。」
その温かい眼差しがなんだかむずがゆくて、モニカは柄にもなく照れ隠しを口にする。
「別に、魔女の処方は領民のためになりますもの、領主の娘としてこれくらい当然です。」
ふいっと、顔を背けたモニカにクスリと微笑み、オリビエはさらに言葉を続けた。
「モニカ嬢。」
「なんでしょう。」
その今までにない少年のような生き生きした顔と上目使いに嫌な予感を覚える。
「私をその魔女に合わせてくれないか?」
「は?」
「小さな頃からの夢なんだ。」
「はあ、」
「魔女に合いたい。お願いだ。」
モニカの嫌な予感は見事的中した。
*
「あの綺麗な顔で、おそらく高貴な家柄の方にお願いされて、色んな意味で断れるわけがないじゃない。」
げっそりとした顔で言われては頷くしかない。きっと最終的に頷いてしまう前に、なんとか会わずにすむように頑張ってくれたに違いない。
「大丈夫よ、モニカ。悪い人じゃないんでしょう?そう簡単に恋になんて落ちるものではないし。ちょっとお会いして、それでおしまいよ。そんな素敵な人ならこんな田舎の魔女、少し珍しいだけですぐに飽きるわ。」
モニカは困ったようにため息をつく。
「もちろん。そう簡単に恋に落ちるなんて思ってないわよ。でもね、その魔力を守るためにことさらに男を遠ざけて生活してるじゃない?免疫ないから心配なのよ。それに、」
モニカはローザの顔を見てもう一度大きなため息をつく。
「あなたは自分で思っているよりもずっと綺麗なのよ。自覚して。」
ローザは困ったように首を傾げる。生まれてこの方容姿を褒めるのなんてこの親友くらいなのだ。
美しい金髪のモニカと違い、ローザなんて華やかな名前のわりに地味な自分など、綺麗と言われてもピンとこない。
魔女は恋をしたら魔力を失う。その法則に従えば、下手に美貌なんて持って男性に興味をもたれるより良いのだろうが。
「とにかく。」
モニカは神妙な顔でローザを見つめる。
「申し訳ないけど、明日連れてくるから。その心積りはしておいてね。」
ハーブティーを飲み干して、帽子をかぶって、モニカは小さな木の扉をくぐった。
「じゃあ、また明日。」
「うん。気を付けて。」
あたりは夕闇に向かって静かに歩いている。ローザはモニカを見送った後、部屋に戻りローブを羽織った。暖かくなってきたとはいえ、夜はまだ冷える。魔術に使う鹿の角をもらいに、地元住民の間では、常闇の森、と呼ばれている森に向かわなくてはいけない。
満月の今日を逃しては、調合が間に合わなくなってしまうため、慌てて家を出た。




