魔女の白昼夢と青年の初恋(2)
「久しぶりだね。ハルフ侯爵。」
蜂蜜色の髪をした華やかな青年は、上品な白髪の老人に親しげに笑いかけた。
「久方ぶりですな、オリビエ殿。ようこそいらっしゃった。慣れぬ土地で困ることも多いでしょう。同じ年頃同士、わたしの娘に案内させましょう。」
オリビエ、と呼ばれた青年は困ったように頭をかいて微笑んだ。
「お気遣い、感謝いたします。」
周りの使用人たちは、青年が何者なのか知らない。お忍びでいらっしゃった、上位貴族とだけ知らされている。ただ、老人の末娘を案内役に指定したことで、青年を末娘、モニカ嬢の花婿候補と理解した。と同時に有力貴族の長男坊であろうことも。
それだけの情報で十分なもてなしができる程度には、ハルフ家の使用人は質が高いことで有名だった。母方の親戚筋である、ということが大きな理由ではあるものの、お忍びの静養地としてオリビエがアディスを選んだ大きな理由の一つだ。
オリビエは用意された客室で、軽く息をついた。何とはなしに窓を開けると、美しい薔薇園が目に入る。ちょうど季節なのだろう、満開の薔薇の花は美しく、オリビエの顔も自然と綻んだ。
ピンクと白と赤、それから黄色の薔薇たちを屋敷に仕える少女達が摘み取っている。爽やかな午後の木洩れ日に相応しい少女たちの無邪気さに、それだけで微笑みがもれる。
コンコン、と二度ノックの音が聞こえて「オリビエ様、モニカでございます。」という少女の声が続いた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
入ってきた少女は金髪碧眼の美しい少女だった。強気で勝気そうな少女は聞いていた十五という年齢にしては少々大人びて見えた。
「オリビエ様が慣れぬ間は私がご案内しますので、遠慮なくお尋ねください。」
ニコリと華やかに微笑む彼女に、穏やかに微笑み返して「ありがとう。」とつげる。
「では、早速で申し訳ないけど、図書室と剣の稽古場を教えてもらえるかな。」
「わかりました。」
*
モニカは、この何者かわからぬお客が花婿候補など認めたくなかったが、老いたとはいえ現侯爵の父の言葉は絶対で、嫌々ながら愛想良く微笑んだ。もちろん腹の中では、どのように嫌われようか画策しながら。
だから、部屋に入って内心おどろいた。青年がモニカと同じ種類の困った笑顔を浮かべていたからだ。
(てっきり、むこうは花嫁を見定めにきたかと思ったけれど。)
どうやらそんな気は全くないらしい。
モニカの案内を断らなかったのは、家主の好意とモニカの顔を立てたからであろう。立てられたという事実にプライドが傷ついたのは確かだが、それ以上に父が見立てた相手に全くその気がないことへの安心の方が勝った。
相手が自分に興味がないとわかると次に疼くのは年相応の好奇心で、つい横目でちらりと相手をうかがってしまう。
(綺麗な顔立ちよね。)
どこかで見たような気もするが、こんな綺麗な顔を忘れるはずがないので、気のせいだろう。蜂蜜色のウェーブがかった柔らかな髪に、通った鼻梁、都会的な顔立ちは社交界の女性に人気に違いない。
父が花婿にと望むからには有力貴族の長男だろう。モニカを寵愛している父が伯爵以下へ嫁がせるとも思えないので侯爵家か公爵家。
(興味がなかったからなあ。)
特別に親しい家でなければ末娘で社交界デビューもまだなモニカがすべてを把握しているわけもなく、すっきりとしない気持ちで案内を続ける。
「読書と剣術、どちらがご趣味です?」
読書も剣術も貴族としての嗜みであることは確かだが、騎士でも学者でもない貴族の長男坊が静養先にきてまで熱心にすることではないはずだ。
「どちらも好きで、どちらもすべきことだよ。」
(あら優等生。)
「まあ、優秀でいらっしゃるのですね。オリビエ様が継がれるお家は安泰でしょう。」
言ってちょうど図書館へつく。
「こちらが図書館です。蔵書数に自信はございませんが必要なものはそろっておりますから。」
「ありがとう。」
言って微笑んだ顔はやはり美しくて、興味のないモニカでも思わず見惚れてしまった。
「稽古場の方へは、明日ご案内いたしましょう。」
「ああ、お願いするよ。」