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序章
「ねえ、知ってる?」
長い黒髪の美しい女性は、優しく微笑んで男を見上げた。
「魔女はね、恋をすると魔女じゃなくなっちゃうのよ。」
楽しそうに、無邪気に微笑みながら、
「数千年の命も、幾百の知識も、全て手放さないと魔女は恋ができないの。だからね、最初から魔女にとっての恋は、自分より相手のことが大切で初めて成り立つ恋なのよ。」
つまりね、私にとってあなたは何があっても一番大切なのよ。
男は嬉しそうにはにかみながら、女性の頬に口づけを落す。男は疑っていなかった。世界で一番自分が幸せであることを。この幸せが一生続くことを。
だから、気が付かなかった。気が付けなかった。
女が微笑みながら流した涙の意味に。
幸せ故に流した涙だと、女の言葉を真に受けて。
美しい薔薇の庭で、朝露を手にのせて、潤んだ瞳で微笑む女性を、ただ彼はそっと抱きしめることしかしなかった。
女が、束の間の幸せを胸に刻むように噛みしめていることに気が付かなかった。
「愛してるよ、リセ」