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圧勝



 終わりの見えない「研究」から逃れるため、少女は「別の自分」を生み出した。彼女達は話し相手であったり、遊び相手であったり、はたまたストレス発散用の喧嘩相手であったりした。そしていつしか、少女の中で生まれては消えてを繰り返したそれらの人格達は、個々人の意思と人間性を確立するまでに進化した。異なる役割を担う彼女達は、それぞれが少女を護るための特性を有するようになった。

 今ここに姿を現したのは、その内の一人。武力を持って少女を護ることを役割とした唯一の人格。

 彼女は精神世界で少女と出会った時、己れを「首刈り」と名乗った。

















 群青が指を鳴らすたびに空が引き裂ける。撫でただけで鉄骨を両断する風は攻撃と言うよりはもはや兵器だった。

 足場としていた登降用戦機を吹き飛ばされた瞬間、「首狩り」はそこから飛び退き、近くの壁に鎌を突き立てることで回避した。


「行け。加減するな」


 《黒鉄の英》が戦闘態勢に入った。銃剣を装備した小銃を構え、隊列を組んで目標に突撃していく。後衛の援護射撃の精密性は驚くべきもので、前衛がどれだけ自由に動いても絶対に誤射しない。首狩りはいきなり劣勢に立たされた。


「ふっ」


 大鎌を抱えたまま右に左にと動き回り、銃の照準から逃れ続ける。鎌の刃は全て敵の足や手首を狙って振る。直径数メートルにも及ぶ間合で接近を許さない。遠心力を十全に乗せた一振りの後、鎌を懐に構え直す。その時、


「な!?」


 二人の前衛がいきなり加速した。コンバットナイフが首狩りの左右から迫る。左のナイフは鎌の掴で弾き、右からの攻撃は身を捩って躱した。敵の頭部を両手で固定し、強烈な膝蹴りで頸椎をへし折る。ここで自身のうなじに載せていた鎌を高速回転。左の敵を切り払いつつ、第二波の足を止め、地面に突き立てた鎌の刃を軸に跳躍。さらに距離を開ける。だが、そこにも敵がいた。


「悪く思うな!」


 三本の銃剣が迫り来る。その隙間に潜り込むと同時に鎌を薙ぎ払って三人の指を叩き切った。ボロボロと落ちた指を爪先で跳ね上げ、敵の視界を潰す。


「ぐぁ!!」


 袈裟懸けに斬り下ろした鎌が血飛沫を生む。遠距離からの狙撃も股を割ってしゃがみ、回避。跳ねるように起き上がった反動を用いて回転。円運動で残りの二人の腹部を水平に切り裂いた。それぞれの傷自体は浅いが、戦闘不能にさせるには十分な攻撃だった。


「はっ、はっ、はっ」


 首狩りは足を止めない。何が何でもパイプの上を動き続ける。止まれば不可視の風に襲われるからだ。あの一級に関しては距離の有る無しは関係がない。

 嫌な気配を感じてステップを踏んだ。その直後、前方のコンクリート壁が粉微塵になる。敵後衛による砲撃だった。


「よく避けますね」


「うん。よほど勘が良いみたいだ」


 《黒鉄の英》の隊長の言葉に群青も頷く。彼らは部隊を素早く四方に展開させ、すでに目標を取り囲んでいる。これで籠の鳥だ。今後あの少女がどんなに暴れようとも、それは意味のないものに成り果てる。


「君は見学ね」


「はい」


 皇は一歩退がらせる。


「さて、数人やられちゃったし、そろそろ全力で行こうか」


「隊員のギフトを解放しても?」


「オッケー」


 隊長が右手を挙げた。首狩りがそれを確認するよりも早く、隊員達の動きが化けた。

 はっきり言っておく。今の首狩りは決して強くない。まず、彼女の持つギフトがそもそも低級真人のものだ。彼女のギフトは、触れた物体の大きさを変化させると言うもの。だが、一度大きさを変えてしまうと元に戻すことしかできなくなる。つまり、戦闘中の小回りがまるで効かない。彼女の大鎌が突然現れたのは、腹の中に飲み込んで隠していたからだ。元々小指の先に載る大きさだったものを巨大化しているので、それ以上の変化ができない。

 また、長年の度重なる実験により、少女の身体は酷く衰弱している。枯れ木のようなか細い手脚、栄養不足からなる体力の著しい低下。小さくなった肺。

 そんな状態で熟練の戦闘部隊である《黒鉄の英》の隊員達と渡り合えるはずもない。

 むしろ、首狩りはここまでよく逃げている。未だに敵に捕まっていないと言うこの状況は、彼女の類稀なる戦闘センスの現れだった。だが、だからこそ理解している。最初の数秒で敵の視界から逃れることができなかった時点で、ほぼ詰んでいる。


「くそっ!」


 逃げ場がない。首狩りは一級の風をかわしているつもりだったが、それは間違いだ。これまでの風は、包囲が終わるまでの時間稼ぎに過ぎないものだった。

 いきなり四人に囲まれた。


「は?」


 大斧が巨大な鉄パイプを粉砕した。数メートルの高さから落下する。まだ空中だと言うのに、首狩りを前後から挟んだ二人が大剣による攻撃を仕掛けてくる。


「っ!? がはっ!」


 鎌の柄と刃で受けたはずなのに、剣が一瞬透明になり、防御をすり抜けた。反射で身体を捻ったが、完全に躱しきれなかった。剣の切っ先が首狩りの右腕を斬りつける。


「この!」


 即座に鎌を左手に持ち替え、円を描くように振る。が、そこには誰もいなかった。首狩りは気付いていないが、彼らは群青の起こした風で操作されている。急な加速や移動はそのためだ。

 首狩りは必死の思いで着地し、何とか血路を拓くべく走ろうとする。が、足が何かに掴まれた。

 地面から何者かの手が伸びてきていた。そして、鎌がいきなり手から離れた。無理やり吸い寄せられたような感覚だったが、もう遅い。唯一の武器は奪われた。身動きが取れない状態に、小銃による射撃を受ける。


「く、あぁ!!」


「良かったね。ゴム弾だよ」


 腹部、太腿、膝。下半身を中心に数発ずつ撃ち込まれた。殺傷力の低いゴム弾とは言え、少女の動きを止めるには充分過ぎる威力がある。

 首狩りの首を、群青の右手が掴んでいた。ついさっきまで数十メートル向こうにいたのに。首狩りはそんなことを考えるしかなかった。


ギフトには相性がある。敵にも味方にもね。それを訓練によって擦り合わせることで、数倍、数十倍の戦闘力を発揮する。それが部隊だ」


 《黒鉄の英》が持つ戦術は、ゆうに三千を超える。彼らは状況に最も適した戦術を使い分け、確実に獲物を仕留める。


「君は一人も倒していない。怪我人は出たけどね」


 見ると、頸椎を折られたはずの男はピンピンしていた。上半身を斜めに切り裂かれた者は医療班による治療を受けているが、致命傷ではない。腹部に傷を受けた二人も、そこまで苦しそうにはしていない。

 彼らの仕事は敵の攻撃をその身で受けること。ゆえに、生存に特化したギフトを持つ者が特別に選抜されている。


「さ、戻ろうか」


 どこからともなく現れた拘束具が首狩りの自由を奪った。その状態は、否が応でも研究室にいた頃を思い出させる。目隠しをされ、口も封じられる。


「君弱いし、達磨にする必要は無さそうだ」


 群青が指を鳴らすと、線路の向こうで大穴を開けていた登降用戦機がふわふわと戻ってきた。多少の傷はあるが、その機能は一切失っていない。群青の風は絶妙に調整されていたのだ。


「では、帰還します」


 皇が作戦の終了を宣言する。


「はぁ。やぁっと帰れるよ」


 その一声に、群青は肩を大きく下げて息を吐いた。初日こそ殉職者を出してしまったが、任務自体は二日目にして完了することができた。成功と呼んで良いだろう。


空の層(エリア・スカイ)に通信を。ゲートの開放を要求してください」


「了解しました!」


 「保護」した少女を戦機の安置カプセルに入れてしまえば、もう誰にも奪われない。


「……」


 皇は少女を見つめていた。だが、小さく首を振って、戦機に乗り込もうとする。


「……おかしいな」


 通信機を操作していた隊員が、首を傾げた。その時、


「っ!! 敵襲!!」


 群青が叫んだ。空から襲い来る四つの砲弾を風の刃で迎撃する。が、無効化したはずのそれらは上空で弾け、数百を越える鉄の礫となって降り注いだ。


「対人兵器の類か!」


「盾構え!!」


 《黒鉄の英》の隊員達は背中の盾を素早く上に向けたが、地と並行に飛んでくる砲弾には気付けなかった。三発のそれは正確に登降用戦機の砲口を貫き、使用不能にした。また、その砲弾は飛翔中に煙幕を撒き散らしており、隊員達の視界を奪っている。


「【爆尾はぜびの陣】」


 群青が初めて「技」を発動した。爆尾の陣は自身を中心に巨大な竜巻を生み出すものだ。これで厄介な煙幕を一気に晴らす。


「どこから撃ってきてる!?」


「わかりません! 全て別の場所から……ぁ」


 索敵レーダーを操作していた隊員が突如倒れた。他の隊員もバラバラと倒れていくのが音でわかる。彼らの首筋、1センチだけ開いている装備の隙間に、小さな針が刺さっていた。おそらく、強力な麻酔針。

 また幾つかの発煙弾が撃ち込まれる。おそらく、敵は複数。全ての砲弾が別の場所を駆け出しにしている。


「皇くん、僕の後ろに。狙いがその子の場合、全力で守り抜け」


「了解です」


 いちいち麻酔針など使っている時点で、敵の狙いは知れる。が、それはブラフで群青と皇を殺そうとしているのかもしれない。どちらにせよ、彼らは固まっているべきだ。


「【爆尾の陣・盾翁】」


 竜巻の中にさらに風の盾を生み出す。小型ミサイル程度なら無効化する防御だ。

 煙が、動いた。


「おや。近くで見るとなかなか好い男だね」


「っ!」


 背後。火を噴く登降用戦機の上に、老婆がいた。168センチと言う一級真民にしては極端に小柄な群青が、文字通り見上げるほどの巨躯。顔に刻まれた皺は彼女の老齢を明らかにしているのに、その肉体はまさに鋼の塊だった。


「ま、うちの息子ほどじゃないがね」


 老婆が右足の踵を甲板に叩きつける。その一撃で、登降用戦機が叩き潰された。


「はぁ!?」


 群青らしからぬシンプルな驚愕。だが、老婆の視線に気付かぬほどではない。


「【豪尾たけび】」


 爆風を捻り上げて作った不可視の砲弾で老婆を破壊する。が、すでにそこにはいなかった。


「皇くん。退避。狙いはその子だ」


「私もそうしたいですが、逃げ場が無いようです!」


「チッ」


 いつの間にか上層の天井が破壊され、至るところで落盤が起きている。


「ぐぉ!?」


「ダメだ! 抑えきれない!」


「前衛退がれ!!」


 《黒鉄の英》はぐちゃぐちゃだった。まともに動けているのは半分もいない。


「この!」


 首狩りを捉えるのに一役買った男が大斧を振る。が、得物は老婆の蹴りで爆散した。筋力強化のギフトがまるで意味を成していない。斧を持っていた両腕の肘から先が無くなっている。その後もあの巨体からは考えられない俊敏さで前線を荒らしまわる。

 老婆の蹴りは、まるで爆弾のようだった。走れば走っただけ地面を抉り、隊員達の足場を破壊していく。


「【閃尾】」


 四枚の剃刀の刃を亜音速で飛ばす。剣の達人の斬れ味を上回る攻撃が老婆の脚に狙いをつけた。だが、


「悪いね」


 全ての刃が老婆の蹴りで軌道を逸らされた。一枚でも擦りさえすれば勝ちだと思っていた群青が目を見開く。

 老婆が片膝立ちになった。右膝と群青の目が合う。


「義足か!!」


 またしても発煙弾が発射された。老婆の右脚は義足。しかも中には迫撃砲のようなものを搭載している。彼女は移動する度に撃ってきていたのだ。

 だが、例え義足だとしても、群青の閃尾をあんな風に無効化できるはずがない。おそらく、あの老齢は飛来する剃刀の刃の側面を、正確に蹴り飛ばしたのだ。


「解析出ました!!」


 解析班が叫ぶ。群青はそんな指示を出していないので、おそらく皇だ。まさか彼らの出番があるとは思っていなかった。


「かなり古いものでしたが……!」


「前置きいらない!」


 二級の前衛三人が薙ぎ倒された。超合金の脚を装備した老婆が美しいフォームで激走してくる。


「【大賢母グレートアースマザー】 大葉明!! レートS!!」


 思わず振り返ってしまった。皇と目が合う。


「《十一人の指導者》、四人の生き残りの一人です!!」


「これはまた大物だな!!」


 四十二年前に起こった《第二の反乱》。地人が真人に勝利した最初で最後の戦いであり、彼らは《解放戦》と呼ぶ。《十一人の指導者》はその戦いで中心的な役割を担った者達だ。

 

「僕が前に出るしかないね」


 この世に数人しか残っていないであろう第一世代。世界が滅びかけた激動の時代を越えた者達。その筆頭、大葉明がそこにいる。


「【爆尾の陣・盾翁】」


 【大賢母《グレートアースマザー】がどんな性格かは群青も知っている。あの老婆の狙いはこの少女だ。そしてそれは同時に、この少女が受けていた研究がどのようなものだったかも想像できた。


「ま、だからって退かないけどね」


 群青が持ち得る最高の防御を展開する。

 老婆が消えた。


 ーー上か下か。


 いくらSレートでも、この嵐を越えることはできない。なら自然と入口は二つに絞られる。

 群青は見えないように手の中に風の刃を仕込む。皇もサーベルを鞘から引き抜いた。少女はまだ彼女が抱えている。


「っ!!」


 消えたはずの老婆が、群青の目の前に現れた。左脚も義足。自身の肉体を回転させながらの飛び蹴りは、最高の盾を見事に貫いた。全身を竜巻を引き裂かれながらも、老婆は笑っていた。


「群青さっーー!!」


 ガードのために掲げた左手は、すでに破壊されていた。血飛沫で視界が鈍り、反応が遅れた。老婆は皇に目を向けた。皇が応戦。が、老婆の方が疾い。

 半世紀歳の離れた二人が刹那に交差する。皇の突きが老齢の左肩をかする。その瞬間、老婆が突然喀血した。

 大葉の肺は、随分前から黒化していた。





















 一級軍学校二年目にして、群青は頭角を現していた。

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