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闘い→暗殺



 涙の跡を強く目尻に残しながら、隼士はゆらりと立ち上がった。手足に力が入らなかったが、ここで跪いてはいられない。


「そこで待ってろ」


「え……」


「すぐ戻ってくる」


 時間はかけない。あいつら全員、秒で殺る。手袋を嵌め直し、ククリナイフとデザートイーグルを、まだ敵が見えない状態で構えた。計り知れないほどの殺意を撒き散らす姿は、牙を研ぐ獣のようだった。だが、それがほんの一瞬、萎えた。


「さっきは……悪かった」


 ぽつりと言い残して、隼士は走り出した。その背中は、少女にはひどく小さく見えた。



















 追跡を始めて一時間。四層の広けた場所に出ると、目の利く隊員が新しい血痕を見つけた。さらによく捜索すると、付近に僅かにだが、血を消した跡があった。おそらく、あの老婆はここで強く出血し、立ち止まった。まぁ、皇のサーベルはかなりの深傷を与えていたし、むしろよくここまで隠し通したものだ。


「下に潜って行ってますね」


「何かあてがあるとしたら面倒かと」


「いや、それはないと思うよ」


 根拠があるわけではないが、群青の勘だった。


「先日殺された三人も、大葉明にやられたのでしょうか」


「それもない」


 わざわざ麻酔針を使ってまで不殺を貫いたのだ。あの老婆は、たとえそれが敵であろうと殺すつもりがなかった。だが、確かに隊員達の懸念もわかる。あの三人を殺したのは誰かと言う話になるからだ。

 かなりの手練れだった三人が、通信の暇もなく殺された。死亡した場所はある程度わかっていたのに、死体はもちろん、誰かと闘ったような痕跡すらも見つけられなかった。

 おそらく、相当の「プロ」がいる。


「っ! 散開……!」


 全員が顔を上げ、頷きあった。背筋に怖気を覚える。とんでもなく荒々しい殺気の塊が、通路の向こうから近付いてきていた。まだ100メートル以上の距離があると言うのに、肌がビリビリするような圧力がある。

 百戦錬磨の群青ですら、これほどまでに凶暴な気配は生まれて初めて体感した。これまで闘ってきたどんな敵とも比べようがない。ここまで暴力的な殺意を、人が放てるものなのか。

 だが、殺意の主は、どうしようもないほど人だった。その形相を見た瞬間、群青の中で全てが繋がった。大葉明はすでに死亡している。その事実が、この殺意と化したのだ。


「真民……?」


「いや、違う」


 炎色の瞳は、一級真民のものだ。だが、少し癖っ毛の黒髪がその可能性を強く否定している。

 真民に黒髪はいない。ウイルスが何らかの作用を引き起こすらしく、彼らの髪は赤や水色など、まるでアニメキャラクターのようなものに変化している。

 黒髪は、人間だった頃の名残。穢人の持つ罪。


「その特徴的な赤いコート。ポケットばかりの黒い服にゴーグル、首のヘッドフォン」


 噂に聞いたことがある。真人でも穢人でもない殺し屋がいると。そいつは瞳の位置にあながあると。


「なるほど。確かに竅だ」


 右手にナイフ、左手に拳銃を持ったその男の瞳には、生命が持つ光の一切が存在しなかった。死骸を目にし過ぎて、眼球そのものが死骸になっているかのようだった。


「おまえ」


 男が、大葉隼士がナイフの切っ先を群青に向けた。


「ババァの右肘。傷口がのこぎりみたいにギザついていた。刃物じゃ絶対にああはならない」


 やはりか。群青が上唇を舌で濡らす。


「止血や縫合ができないようにしたんだろ? なぁ! 【舞遊する言狐】!!」


 激昂とともに突進。荒々しい殺意に塗れているのに、その足捌きは川のせせらぎのように流麗だった。どう見ても重さのある鉄靴を履いているのに、足音が全くしない。


「前衛! 止めろ!」


 盾を構えた三人の隊員が進路を塞ぐ。ぶつかった衝撃で強化合金の盾にヒビが入った。力ではなく、速度による破壊力だった。


「むん!」


「ふぉ!」


 足止めした瞬間、左右から大斧と大剣の挟撃。地面に大穴が穿たれる。二人は仕留めたと思っていたが、手に伝わる感触はコンクリートだった。


「遅い」


 大斧の男の背後に、隼士はいた。右手、逆手のナイフを肘打ちのような軌道で敵の耳の後ろに叩き込む。刺さった瞬間、手首を巻き込んで首を上げさせてナイフを引き抜き、今度は身体を逆回転。左の逆手で構えたナイフで咽頭を突き刺した。殺害。

 後衛の配置はすでに終わっている。盾を構えた数人より後方、二十メートル離れた位置から一斉掃射。九人の持つ小銃から放たれる無数の弾丸が隼士を襲う。隼士は死体を弾除けに使いながら照準を合わせぬよう素早く斜めに下がっていく。後衛達は仲間の遺体の装甲装備が機能を失うまで撃ち続けた。あと一発。そう思った時、音響閃光弾が上空で起爆した。爆音と閃光が隊員達の感覚を麻痺させる。


「二番煎じだね」


 だが、彼らはしっかりと対策していた。即座に射撃用のイヤーマフを装着。より危険である音による被害を小さくする。さらに、各自が持つ盾で可能な限り光を防ぐ。

 大葉明との戦闘で、敵が同様の武器を使用してくることを想定していた。

 また、彼らはそれらの装備を使い、徹底的に群青を守った。自分達が数秒間行動不能になろうとも、この男さえ動けるのならそれで良いからだ。


「【閃尾】」


 六枚の剃刀が飛ぶ。隼士は音響閃光弾の効果を防ぐために特注ゴーグルとヘッドフォンをしている。これはある意味、自分で目と耳を潰しているようなものだった。後衛を叩こうと思っていた隼士は背中が無防備だ。


「うぜぇな!」


「へぇ!」


 だが、そんな状態でも六枚全てをかわした。隼士自身も、音響閃光弾が効果を発揮しないことを予想していたのだ。リスクのある武器を使い、それによる効果が得られないとしても、厄介な遠距離攻撃を無力化したかった。


「撃て!」


 弾丸の雨。もう避けられない。隼士は手ぶらになった右手を掲げた。


「な!?」


 その瞬間、弾と隼士の間に一枚の板が出現した。それは、戦車の正面装甲パーツだった。何故、そんなものがいきなり現れたのか、隊員達が混乱する。その中心に、隼士は躍り出た。


「うぉ!?」


「撃て撃て!」


「ダメだ! 味方に当たる!」


「そ……ぅが!!」


 敵が撃てなくとも、隼士は撃てる。両手には超大型拳銃デザートイーグル。それだけじゃない。これは更に威力を上げた改良型、デザートイーグル《雷》だ。至近距離で撃ち込めばボディーアーマーをも容易く貫通する。さらに、後衛の隊員達は機動性を重視しており、前衛よりもアーマーが薄かった。

 隼士が三人の腹部と眼球に二発ずつ50AE弾を撃ち込んだ時、やっと彼らも覚悟した。味方を撃ってでも、こいつを殺すと。

 だが、もう手遅れだ。

 虎のように低い姿勢で隼士は動く。一人が狙いをつけた時には、隼士はその背後に回り込んでいた。両手を腹の前で交差させ、自分の真後ろに向かって引き金を二回引く。四人目を殺害。

 右からコンバットナイフ。斜め前の少し離れた位置からの射撃。隼士はナイフを持つ敵の腕を内から掴み、自らの前に引き摺り出す。中距離からの射撃を肉壁で防ぎつつ、その影に隠れた位置からククリナイフを投擲。回転しながら飛翔したナイフは、敵の顔面に深く突き刺さった。狙撃手は二発目、三発目を空に向けて撃ちながら、仰向けに倒れて絶命した。

 これで五人。後衛の半分以上を殺した。


「っ!」


 高速回避。


「あーー。外しちゃったか」


 残りの四人が、消えた。ほんの少し気付くのが遅れていたら、隼士も同じ結末を辿っていた。


「【猛尾・棺檻かんかん


 その恐るべき攻撃は、四層、五層、六層まで貫通していた。数十メートル下までが綺麗に消えて無くなっている。その破壊の円の直径は10メートル以上あった。

 

「ま、良いよね別に。どーせほっといても全滅してたわけだし」


 戦場で「思いやり」を持っている時点で、兵士としては死んでいる。使えない味方ほど、自軍の生存率を下げるものはない。

 群青は高さ5メートルほどのところから隼士を見下ろしていた。隼士は舌打ちする。横の距離なら詰められるが、高さはどうしようもない。壁を伝って駆け上がることもできなくはないが、足場を失えば風の刃で斬り刻まれる。近距離を得意とする隼士にとって、群青は圧倒的に相性の悪い相手だった。


 ーー厄介だな。


 瞬間、二人の思考が重なる。隼士にとっては距離が、群青にとっては、隼士の能力が厄介だった。

 隼士は群青のギフトを知っている。対策や予測が可能だ。だが、群青には隼士の能力がわからない。隼士の特異な外見も手伝って、それがギフトなのかカルマなのかすら特定できていなかった。


 ーー手に持っている武器が次々変わる。遠慮なく撃ちまくっているのに、弾倉を交換している様子もない。それに、いきなり現れたあの装甲板……。


 怪しいのは、あの黒手袋。何故か手の平の位置に丸い穴が空いている。そして、その穴が度々光っているように見えた。


 ーー揺さぶるか。


 眼下では、凄まじい速度で動き回る隼士に隊員達が次々と殺されている。あの疾さは一級真民を遥かに上回る。デザートイーグルのパワー、ナイフの鋭さ、二級に対応できるものではなかった。


「君、強いねぇ」


 上から声をかける。


「どう? 僕らの仲間にならない? 福利厚生はしっかりしてるし、休みもある。悪くない話だと思うよ」


「……」


「少なくとも、あのおばあちゃんみたいに惨めに殺されることはないしね」


 隼士の振るう刃に力がこもった。隊員の首が跳ね上がる。最小限の動きだけで殺す効率的な戦闘法が、揺らいだ。


「それか、あの女の子を返してくれるとかでも良いかな。相応のお金は払うし、もちろん、君がうちの隊員を殺したことも不問にするよ。これもなかなか悪くないと思わない?」


 無数の風の刃が空から降り落ちる。【乱尾みだれび】。小さな風の刃を作り、雨のように降らせる技だ。一つ一つの威力は小さいが、逃げ場のない超範囲攻撃。


「くそ!」


 残った前衛三人がその身を捨てて隼士の動きを封じた。隼士に斬り払われながらも、群青の【乱尾】を喰らわせた。右耳、左肩、左腕、三箇所から大量の出血。


「うーん。その左腕じゃ、もうデザートイーグルは持てないかな?」


「チッ!」


 これが【舞遊する言狐】のやり方だ。相手にぶつぶつと言葉を投げかけ、気を逸らす。嘘と真実を織り交ぜた発言は相手の思考を邪魔し、ミスリードし、彼にとって有利な状況を作り出す。

 相手に情報を一切与えないことで即殺する隼士と、相手に情報を与えることでじわじわと追い詰める群青。二人の戦法はあまりに対照的だった。


「片腕を捨ててでも脚を残したのは、俊敏さが自分の生命線だとわかってるからだよね」


 隼士の思考は完全に暗殺者のそれだ。身のこなしや戦法、武器などを鑑みても、暗殺者としては超一流だろう。

 だが、戦士としては二流だ。接近戦を得意としているのに、群青を空に飛ばしてしまった。自分の得意を押し付けることに頭を回し過ぎて、相手の得意を消すことの重要さを見失った。

 能力戦においては、いかにそのバランスを取るかが本当の生命線なのだ。


「じゃあ、ここからは僕も本気だ」


 群青が指を鳴らす。


「……面倒な」


 隼士が呟く。転がっている隊員達が、再び動き出したのだ。


「【叫尾さけび繰狂くるぐるい】」


 ペラペラと喋っている間にも、群青は技の仕込みを行なっていた。彼が作った数千にも及ぶ風で、物体を操る。


「小細工が趣味なんだ」


 隼士のミスだった。敵は誰もその手足を欠いていない。ある意味では、生きている頃よりも万全の状態だった。

 十人が全方位から隼士に襲い掛かる。奥では後衛達が小銃を構えている。斉射。


「っ!」


 見ると、前衛達はボディーアーマーを外していた。弾は前衛を貫通する。弾道が予測できない。


「はい、どん」


 ここで前衛三人が自爆。標準装備の手榴弾を背中に隠していたのだ。

 爆風で弾殻が飛び散る。数メートル以上の射程を誇る本来の手榴弾が至近距離で三つも爆ぜた。


「そして、ほら。地形も理解して使わないとね。【猛尾・棺檻】」


「……あ」


 最強の粉砕技が、上からではなく下から隼士を襲った。一度目に作った穴から風を送り、五層で十分に溜めてから解放した。肉壁、銃弾、手榴弾、そして超高域殲滅技。四段構えの攻撃。それに、


「【閃尾】」


 トドメ。刃を水平に飛ばした。どこに逃れていても、胴体が真っ二つになる角度だ。

 大地を揺らす大轟音。地形が一気に様変わりした。


「ふぅ……。これで生きてたら、また組み立て直しだね」


 群青が一度息を吐く。【猛尾・棺檻】の破壊による爆煙で視界が悪い。群青は優しい風で瓦礫の破片や塵を払った。

 隼士はどこにもいない。と言うか、いられたら困る。群青のギフトはMPがあるようなタイプではないが、使えば疲れることに違いはない。すると、


 ーーどうして貴方は、眉一つ動かさずに地人を殺せるのですか?


 ふと、随分昔に言われた言葉を思い出した。


 ーー彼らも半世紀前は私達と同じ、人間でした。仲間だったんです。どうして、真民は地人を蔑むのですか。仲良くすれば良いじゃないですか。


 それは無理だと、群青は答えたことを覚えている。


 ーーどうすれば、我々は昔のようになれるんでしょう。


 皇ゆずきは、真人と地人が共生できる未来を作ろうとしていた。第二層に中継基地を作り、交渉と交友に尽くした。群青は地人をよく知る者として、《銀翼の閃隊》に招き入れられ、彼のそばで仕事をした。かつて志した部隊に、思わぬ理由で入隊したことになる。

 まぁ、その数年後、皇ゆずきは地人に惨殺されたわけだが。群青が所用でいない隙に中継基地を襲われたのだ。笑えるくらい呆気ない最期だった。


「……おかしいな、なんで、今こんなことを」


 粉塵が完全に晴れた。その瞬間、【爆尾の陣】が突破された感覚。背後から迫る一撃を半身になって躱し、きれなかった。


「つぅ!」


 群青の右腕が飛ぶ。今度こそ元に戻らない。

 急速回避。更に高い場所へ。【猛尾】を使い、天井を破壊。もう一層分の高さを作る。


「……おいおい、無傷かよ」


 群青が肩口を抑えながら、低い声で呟いた。

 【猛尾・棺檻】で空いた大穴のすぐそばに、隼士が着地した。リバースグリップで握った右手のナイフに、群青の血が付着している。


 ーーふぅ。


 隼士は心の中で息を吐いていた。頭の中をスッと流れた記憶を、より鮮明に意識に刻み込む。


 ーーまずは地形を理解しろ。教えたはずだがねぇ。


 左手にデザートイーグル《燕》を構えた。《雷》より威力は劣るが、軽い。確かに出血もしているが、これならあと数分動かす分には問題ない。血の付いたナイフは捨て、また新たな物を持ち直す。

 隼士の能力。それは、自らの血で象った円をゲートとし、別のゲートと繋げることで物を出し入れすると言うもの。隼士の右手の円は、左手、武器庫、新生種の檻、そして、切り札を隠した特別な保管庫と繋がっている。

 左手も右手と同様にゲートを作っている。他にも食糧庫や防具庫など、それぞれ絶対に見つからない場所に隠した倉庫が複数存在する。隼士は戦闘中に手の中の武器を素早く出し入れすることで銃のリロードを省略したり、ナイフの取り替えを行っていたりしたのだ。

 そして、もう一つ。隼士はもう一つギフトを有している。いや、正確に言おう。

 隼士は三つの能力持つ世界で唯一の人間だった。


 ーーいきなり雰囲気が変わったな。


 群青は素早く出血を止め、風を作り始める。先程の背後からの攻撃を考えると、今の高度でもまだ不安がある。

 隼士が消えた。


「なっ!?」


 走りながら壁や配管、天井を蹴り、多次元的に動き回っている。今までの動きとは比べ物にもならないほど、疾い。


 ーーまさか。 


 群青ですら目で追えない。


 ーーさっきまでのは、ただ怒りに任せて暴れていただけ!?


 真っ赤なチャクラムが八つ、群青を取り囲むように宙を舞った。だが、どれも群青に向かって投擲されていない。 

 チャクラムを遠ざけるか、それとも自分がより高くに逃れるか。群青は後者を選んだ。

 それが彼の運命を決めた。


「チャクラムを、足場に……!?」


 隼士は飛んでいた。チャクラムに靴裏が触れる瞬間、能力を発動。武器庫にある適当な大型兵器を出現させ、一瞬の足場を作った。チャクラムを次々と蹴り、空中で五度飛翔した。その五度目には、群青の背後に回り込んでいた。右手の銃と左手のナイフを群青の首に向かって振り下ろす。

 群青は左手のナイフを風で弾いた。右の銃による打撃は残った左腕で受ける。

 左腕が、斬撃によって切断された。何故?


 ーー皇より、群青さんへ。


 あの日、皇ゆずきの私室から見つけた手紙の内容が、群青の脳裏をよぎった。


 ーーあぁ、ごめん。


 何故か、隼士の右手にはナイフがあった。


 ーー僕は、君との約束を守れないみたいだ。


 群青は目を閉じて、少し笑った。


 ーー所詮、僕なんてその程度さ。


 そのナイフは、竜の牙のような鋭さで群青の首を斬り裂いた。隼士が静かに着地した一秒後、群青の首と体が別々に落ちてきて、潰れた。

 その瞬間を、皇さくらは遠くから見ていた。














 皇さくらは、ただただ絶句していた。医療班の静止を押し切って隊の援護に来たが、その隊はすでに壊滅していた。

 師と仰いだ男は、首を刎ねられて死んでいた。


「群青、さん?」


 血のような赤いコートを着た男が、そこに立っている。


「皆さん……?」


 仲間達の死体が至る所に転がっている。全員が目を開けて、苦悶の表情で、絶命していた。

 男はゆっくりと歩き、群青の首の近くで止まった。そして、


「あ」


 頭を踏み潰した。頭蓋骨が砕ける音、脳が潰れる音。血と脳漿がぶち撒けられ、男の靴とズボンを汚した。

 眼球が一つ、ころりと転がった。


「……」


 皇の脳裏に、少し前の光景がフラッシュバックして、弾けた。


「……穢人がっ!!!!」


 隼士は皇の懐に飛び込んでいた。ナイフが獰猛に光り、喉笛を掻き切る。ことはできなかった。

 皇のサーベルが、隼士のナイフを叩き折っていた。


「私に、攻撃しましたね?」


 皇が美しい顔を歪ませる。それは、笑みだった。


「【我、誓い果たせり(アンロック)


 心が激した時こそ、隙になる。群青の言葉は嘘ではなかった。


「【無幻霊朽桜・七景】!!」


 皇さくらがサーベルを天高く掲げたその瞬間、彼女の背後に桜の大樹が出現した。爛漫に咲き誇る花、瑞々しい枝、荘厳な幹。薄桃色に輝く無数の花びらが舞い散る。腐った戦場が、背筋が凍るほど美しい世界に生まれ変わった。

 隼士はその幻想的な大樹を見上げ、思わず呟いた。


「きれいだ……」


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