第8話 勇者の強運
「タルマ」
「我の美しいダリア、ターニャ」
タルマ王とターニャ王妃はしかと抱きしめ合う。
「まあ、コーニャ姉様!」
「ナーシャ!」
ナーシャ姫の姿を見た魔女コーニャはにっこりと笑って、両手を広げ……、ようとしたが途中で動きが止まってしまう。抱擁を期待していたナーシャ姫は、小首を傾げる。
「……」
「なんですか? これ」
降り立ちの間を見てみると、わらわらとコーニャが居る。いや、召喚符で召喚されたコーニャ擬きなのだが……。
「フランツ?」
ナーシャ姫に釣られたのか、魔女コーニャも小首を傾げて聞く。
「やあ、コーニャ。これとは、彼女たちのことかな?」
「ええ」
「助かっているよ。今回も最悪の状態を想定して、君に貰った召喚符をぶちまけてしまったよ」
「ぶちまけて?」
「ああ、彼女たちに叶えて貰える願いは一つ。浪漫を感じるねえ」
「浪漫」
「ああ、そして何人かのコーニャは私の願いを叶えて消えてしまったよ。切ないことだ」
「あのフランツ?」
「なんだね?」
「あ~その、このわらわらと居るコーニャたちはどうするつもり? いくらなんでも多すぎないかしら?」
「そんなことはない!」
所狭しと居るコーニャたち。10人、いや、20人は居るのか? 魔女コーニャに言われてフランツ医師は、胸を張って言うのだが……。そして続けて言うことには……、
「ここで役目を果たさなかったコーニャたちは、私の病院や研究施設に行くんだ」
「え?」
更に首を傾げる魔女コーニャ。
「そしてそこで彼女たちは働く」
「はい?」
「聞いてくれ! コーニャ!」
「……」
「彼女たちは、MP(魔力)を使う頼みごとをすると一つの願いしか叶えてはくれないが、MP(魔力)を使わない願いごとはいくつか叶えてくれるんだ」
「……」
「コーニャ! 素晴らしいよ、彼女たちは」
「それはどうも」
「いえいえどういたしまして」
魔女コーニャが、呆れたように、そして不機嫌そうな顔を見せて言うが、フランツ医師は、にこにことするばかりだ。
「道理で、せっつくはずね、フランツ」
「なにがだい?」
「召・喚・符」
「はははっ」
にこにことしていたフランツ医師の笑いは、乾いた笑いへと変わり……。
「コーニャ……」
「なにかしら?」
「すまない!」
フランツ医師は左手を胸に当て敬意を払いながら、頭を垂れる。
「それから、今の状況は言い訳に聞こえるかも知れないが、真一様に万が一がないとも限らない。だから、コーニャ召喚符をぶちまけたのは本当だ」
「ええ、ええ。そんなこと疑ってやしないわよ、フランツ」
「よかったよ」
「分かったから、頭を上げて左手を解放なさい」
「ああ、ありがとう」
ホッとした様子のフランツ医師は、頭を上げる。それを見て魔女コーニャは、
「はあ、後で報告をしようと思っていたのだけれど。フランツの人手不足はどうやら、私が思っていた以上に深刻だったようね」
「ああ、そうなんだ」
「朗報よ。マジックヒューマンとヒューマンから数名と、長らく探していた獣人、こちらは二名、夫婦なんだけれど研究施設で働ける人材を確保したわ。今は皆、私の家の領地で王都のマナーを勉強中よ。今月中にはこちらに連れてこられると思うわ。詳しい話しは後で詰めるとして……え、え? フランツ」
魔女コーニャの話しを聞いてフランツ医師は、フリーズしながらプルプルと震えている。そして、
「コ゛ーニ゛ャ゛ぁ~!!!」
解凍? されたフランツ医師は魔女コーニャの名を呼び号泣。涙腺が決壊したようで、礼を述べるのも言葉にならず、一苦労だ。
「あ゛り゛が゛と゛う゛ぉ~!!!」
「ええ、ええ。いいのよ、フランツ、ねえ、そのねえ?」
焦る魔女コーニャ。号泣するフランツ医師。余程の人手不足だったのだろうと、人材確保が余程嬉しかったのだろうと、皆は遠巻きに二人を見詰めた。あ~いや、見守った。
微笑みながら困った顔をする魔女コーニャ。
皆の視線が交差して……、皆で苦笑いをする。
やがて、
「さて、作戦会議を始めましょう!」
ターニャ王妃が、口火を切った。それに応える皆は、静かに左手を胸に当て敬意を払う。場の空気が変わる。
ターニャ王妃がタルマ王に目配せをすると、
「ふむ。フランツ、先ず、真一の今の状態を説明して欲しい」
「御意。真一様の今の状態ですが、命に別状はありません」
固唾を呑み見守っている皆が、安堵の息を吐いた。その様子を確認してから、フランツ医師は話しを続けた。
「召喚したコーニャに、術式を展開して貰い、真一様の体内の毒の在りかを探って貰いました。そして、その毒はこの数個の小瓶に全て取り出しました。後は、真一様の体の回復を補助するための、まあ、栄養剤みたいなものを体内に入れれば、より速く快復されるかと。このまま放置しても、真一様はいい体をして……、いえ、体も鍛えていらしゃるようですし、何の問題もなく回復されるでしょう。念の為、血液を採り検査に回しています。毒もすでに解析に取り掛かっています」
同席をする皆の顔が少し明るくなる。
「以上だな、フランツ」
「はい、タルマ王」
二人はにこにことする。
「では、勇者真一は、何故、目覚めていないのです?」
ターニャ王妃が心配そうに聞く。すると、
「眠っていらっしゃいますね。まあ、日頃の疲れでしょうか? 真一様は爆睡しています」
「爆睡……」
「そうです、ターニャ王妃」
真一の方に視線をやると、頭からは枕が外れ、腹に毛布が掛かるだけというような状態で、大の字になって寝ている。おまけにいびきまで掻き始めた。そのいびきの音に安心したのか、
「あらまぁまぁ」
ターニャ王妃が笑いを零しながら言う。その様子にクスクスと皆が笑い出し、ナーシャ姫が、
「しぃーーーーー」
と、唇に指を立て当てる。
「しかし、よくこの短い時間で、このような処置が出来たわね」
魔女コーニャがいうと、
「それは、召喚されしコーニャたちのお陰ですよ。私は医師です。魔術は少々習った回復魔法や護身魔法しか使えません。彼女らがテキパキと動いてくれたのですよ」
「そう、ウフフッ」
微笑む魔女コーニャ、嬉しさに顔が少しほころんだ。続けてフランツ医師は、
「彼女たちが居なければ、私は採血から始まり、細胞を分析したり、時間をかけて毒の特定に至らなければなりません、そして、特定したあとに解毒薬を調合する。そのような手順を踏まなければならない。今回、このタイミングで王都に帰国したコーニャ、あなたの功績は大きい。そして、真一様は、まさに勇者なのかもしれませんね。このような強運を持つのですから」
一同の心に『勇者の強運』という言葉が響く。と、
「フフフッ、儂もルートベルトもおったぞ」
意地悪なことを言い出すルーブル魔術師。すると、
「何を言い出すやら、この爺は。いえ、偉大なる魔術師ルーブルは」
’爺’から’偉大なる魔術師’と敬称を付け、言い直したフランツ医師は、話しを続けて、
「私は見逃したりしませんよ? この召喚の大部屋に入り、あなたとルートベルトは、護符を張ったり、使い魔を飛ばしたりと。色々と小細工をしていたじゃぁありませんか?」
「ムッ、ばれておったのか」
「流石ですね、フランツ」
ルーブル魔術師とルートベルト呪術師は言いながら、顔を見合わせてニヤリと笑う。
「当然です」
フランツ医師は胸を張り、
「まあ、そうでしたの?」
と、ターニャ王妃がすっとぼける。
皆がプルプルと拳を作り絶えたのは言うまでもない。ナーシャ姫の例外を除いては……。ある意味、最強の母娘かも知れない(ターニャ王妃と実娘のナーシャ姫)。
「あなた方の配慮があったればこそ、私は短時間で事が成せたのです」
「フォホホホ」
「フフフッ」
ルーブル魔術師とルートベルト呪術師は満足そうに笑い、
「では、改めて作戦会議ですの!」
と、ナーシャ姫が言った。
’血は争えない’と、一同が思ったのは言うまでもない。
真一には、本当に’毒’が盛られていた。うわごとで言った真一のひと言の通りであった。その毒は誰が? 何のために? 追求しなければいけない件だ。そのために仕掛けなければならい。彼らの『作戦会議』が始まる。