第6話 降り立ちの間にて
(俺は……)
闇。
(俺は、そうだ……、毒……)
暗い。暗すぎる。
(俺は……、死……。シ、ヌノカ? シヌノカ、シヌノカ、シヌノカ?! 死……)
真一は、暗闇の中。
召喚の大部屋、降り立ちの間にて。
「わた、くし、の、王子様!」
ウッ……。
「真一・レジェンド様ぁあああああ」
ウッウッウッ……。
「これこれ、泣くでない。姫よ、取り乱すでない。姫よ、姫よ」
(死、死、死、シ、シ、……。思い、出した。思い出したぞ!!!)
真一は未だ、心か、はたまた魂か。
漂うは、闇の中、暗闇の中。
「ウッウッ、はい、王」
「姫、否。ナーシャ・七・グラン・レジェンド、聴きなさい。
彼は生きている。召喚されし男。名は、磨嶋真一」
「はい」
「まあ、辛・う・じ・て・だがな」
「王?」
「ウッォホン!」
「いやいやいや、何でもないぞぉ~」
「お父様?」
此処は、飴色の床の小部屋? 壁も無く窓も無く四本の柱がドーム型の天井を支え、そのドーム型の天井には透かし彫りが施され、天井からは薄絹が幾重にも重なり垂れ下がっていた。
「姫、先に聞いておくが、何故、真一をこの部屋(降り立ちの間)まで運んだ?」
「それは……」
「召喚に使う部屋では、まだ、魔方陣が力を含み輝いているが?」
「それはそれはそれは」
「答えなさい」
「真一・レジェンド様が……」
「お、お帰りに。も、元の世界にお帰りに、なる方を……、選ばれるかもしれないからです! ウッウッウッ」
「姫、ナーシャ。それは……。それは、我が国の召喚における決まりごとの……、いや、長話をしている場合ではないな」
「ウッ、お父様ぁああ」
ウワァアアア~ンッ!
(声か?)
暗闇の中の真一は?
(人の声、が、するのか?)
「ウッウッウッ、ウワァアアア~ンッ!」
「ムム、そう派手に泣くものではないわ、姫よ」
「ですがぁああ」
「御年幾つになったと思っておるのか」
「時間年齢は今年で二十三歳となりました、それから……」
「なんと、二十三歳! 月日というものは、光陰矢の如し」
「お父様?」
「ふむ」
その時、真一の右手の指先がピクリと動く。続き、唇が少し開き。
それら真一の変化に姫と王は気付いて、
「お父様!」
「姫よ!」
(やっぱり、声がする……)
真一は?
(だが、暗い。暗すぎる。俺の、俺の体は何処なんだ? いや、なに? なに言っているんだ? 俺は……。だが、感覚が無いんだ。感覚? 何の……。俺の手足じゃないか! 俺の体の感覚じゃないか!)
「真一・レジェンド様ぁあああああ」
「真一!」
ピクリと再び真一の右手の指が動く。
「真一・レジェンド様!」
それを見逃さなかったナーシャ姫は、飴色の床に寝かされた真一の体。その頭を掻き付くように抱え込んだ。
「ウッウッウッ、ウワァアアア~ンッ!」
ナーシャ姫は抱え込んだ真一の頭を抱きしめて、ギュウギュウと顔に胸を押し付ける。零れそうな豊な胸に真一の顔は押し潰されて……。
(ウッ)
「姫、これ、姫!」
「真一・レジェンド様ぁあああああ」
「ウォッホン。よさないか、そのなんだ? 真一が死んでしまう……窒息死で、ボソボソ」
「お父様! 死にかけていらっしゃるのです! 私の王子様は! 物騒なことを言わないで下さいませ! ウワァアアア~ンッ!」
「あ、その、な?」
(ウッ、く、苦しい。息が出来ない、のか? お、俺は死ぬのか? 苦しい……)
「くっ……」
「アッ」
「オオ!」
真一の唇から音にも似た言葉が漏れる。
ナーシャ姫とタルマ王は歓喜の声を上げる。
(感覚がある? 体の感覚がある? それとも、これは……、さっきから感じているこれはなんだ! ぬくもり? なんだ……、何が起きている?)
「ウッ」
(苦しい……、だが、先程とは違う、闇の中だが、何か、俺の、俺の指先の感覚がある、腕の感覚がある、俺は……)
真一は、腕を動かし、顔に当たる何かに触れた。
「キャァアアア」
ゴンッ!
(ア……)
ナーシャ姫の細腕から真一の頭は零れ落ちて、ゴンと音を立てて床に転がった。
「……」
「真一様!」
「真一!」
つい、大声を張り上げる二人だが……。
「ええい! 部屋の外に控える、医師、魔術師、呪術師、学者……、騎士! 否! 扉に張り付き聞き耳を立てる者共よ! 出ませい!」
タルマ王が声を荒げる。
バンッ!
降り立ちの間から見て大部屋の左手にある両開きの扉が音と共に観音開きに勢いよく開いた。雪崩れ込むようにわらわらと人がその部屋に入り……。
「真一!」
真一に呼びかけるタルマ王。
「……」
真一の返答はなく。
「ふむ、返事が無いな」
タルマ王が跪き、真一の耳元で話し掛けるが、真一の返答はない。
「事を急ぐ! 皆の者! この男を意思の疎通が出来るくらいまで回復させてくれ。どうやら、死に至るような’毒’を体内に含んだまま、召喚されたらしい。頼む」
御意。
数名の者が左手を胸に当て進み出る。
見る間にその数名に真一は取り囲まれて……。
「ウッウッウッ」
「泣かずともよい、ナーシャ。真一の召喚は完了しておる。ここにおる者はみな優秀だ、大事には至らないだろう。後は目覚めた真一との……」
ウワァアアア~ンッ!
「聞きなさい。やれやれ、我が姫ときたら」
六の字を持つ王は、我が娘、七の字を持つ姫、ナーシャ姫の泣く姿を見守った。