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第1話 磨嶋真一の油断

 「なっ」


(な……、んだっ……よ……)


声にならないのか?


(声にならないのか?)


俺の頭の中では俺の声は響き。唇が発したその音を鮮明に鼓膜が受け取り脳に弾き出すように響かせている、のに。それが、全身に伝わるのに。何故だ? 所謂……心の声……だとでもいうのか?


そう、あ、嗚呼っ『クソッ!』、今の俺には曖昧な感覚しかない!


(否! 俺は声を発したはずだ!)


俺の声は、音にもならない、のか? 俺の感情の声、音無き声……、だとでもいうのか? 全身全霊に行き渡る、かのような……、そのような感覚で俺は……、俺の今を叫んでいる! の、に……。


ガタッ!


大きな音を立て椅子にドカッと座る。


ドン!


と、腕が、左腕が、大テーブルを叩く。


ガタン!


(どうなっちまったんだ! 俺の体は……、否! この状況は……。

さっき、乾杯したじゃねぇか!!!

なぁあああ!!!)



 2020年10月、藤宮ふじのみや邸。

邸の大広間にて。俺、磨嶋真一ましましんいちは、俺の会社の株式上場祝いという名目で藤宮家に祝いの席を設けたので、と招待を受けた。元家族との再会は、もう十六年ぐらい振りになる。内心では、


(いったい、藤宮は、どこから俺の会社の情報を手に入れたんだ? 株式上場の件は、まだ、内輪の者しか知らないはずなんだがな……)


そんなことを思ってはいた。だが、俺は浮き足立っていたのも事実だし、彼らと関わらなかった歳月が俺に疑うという行為を忘れさせていたことも事実だった。そして俺の良心は、三歳から十四歳まで育てて貰った恩もある。祝いの席という無下に断れない体裁もある。など、諸々を見繕っていた。でもそんな諸々は、今考えると、自分に言い聞かせるための口実であったのかもしれない。


「ねえ、真一。皆が集まって来る前に、私たち身内で乾杯をしない?」


アイ彩(あいさ)姉さんは、大テーブルにセットされているワイングラスを一つ持ち、くいっと持ち上げてポーズを決めながら言った。見ると、グラスを掲げた反対側の手にはワインを持っていた。


「あ、ああ」


俺は十数年振りに会ったにも関わらず、身内と呼んでくれるアイ彩姉さんのその言葉にほだされたのだと思う、承諾の返事を自然に口にしていた。

俺の返事が意外だったのか、目を丸くしたような顔をしてから、ニィーと両の口の端を上げてアイ彩姉さんは笑った。長女のノンノ姉さんと三女の美ナリ(びなり)姉さんも顔を見合わせて苦笑いをした。そして、『そうだ』と言わんばかりにノンノ姉さんが、


「アイ彩、折角なのだから言いなさいよ」


と、アイ彩姉さんに何やらうながす。


「ああ、そうそう、真一。この赤ワインね、あなたと同い年なのよ。折角だから1本、知り合いの蔵から買い受けたのよ。お祝いの席でしょう」

「ああ、アイ彩姉さん。そうなんだ、わざわざありがとう」


アイ彩姉さんの言葉に、俺は不自然なほど自然に礼の言葉を返した。


「ほら真一、グラスを持ちなさいよ」

「ああ、アイ彩姉さん」


俺は大テーブルの手近にあったグラスを取ると、合図をするように少し持ち上げた。アイ彩姉さんは、ワインが入っていたバスケットからソムリエナイフを取り出して、手際よくワインの口に巻かれたキャップシールをナイフで切り離し、コルクにスクリューを差し込む。そして、ポキュンという音とともにワインは開封された。


「真一」


ワインボトルを持ったアイ彩姉さんにうながされて、俺はグラスを差し出す。コクコクと孤高ここうの音を立ててワインはグラスに注がれる。俺は注がれる赤ワインの暗紅色あんこうしょくに時の流れを感じるような懐かしさを覚えた。アイ彩姉さんの俺と『同い年のワイン』という言葉が効いたのだろうか。


「ほら、ノンノ姉さん、美ナリもグラスを持って」

「ええ」

「えぇ~私も? 美ナリは赤ワイン苦手なのにぃ~」

「ほらほら、祝いの席よ。美ナリは文句を言わない。ああ、そうそう。真一、お母さんには内緒よ?」

「ああ、アイ彩姉さん」


『お母さんには内緒よ?』ああ、懐かしい響きだ。アイ彩姉さんが昔よく言っていた。


「アイ彩姉さんのグラスには、俺が注ぐよ」

「あらそう? 真一」


ニッコリと笑うアイ彩姉さん。俺は差し出されたグラスにワインを注いだ。


「お祝いの言葉はこの後の本番に取っておいて。先ずは姉弟で乾杯しましょう」


ノンノ姉さんが長女らしく音頭を取り、


「乾杯」


軽く掲げたワイングラスに合わせて、姉さんたちが高らかに言った。


「乾杯~」

「乾杯ぃ~」


チン。


姉さんたちがグラスを合わせ音が鳴る。

気恥ずかしさで俺は、『乾杯』と小声で言ってグラスを少し掲げた。


姉さんたちは、乾杯とともにグラスに口を付ける。


「真一、遠慮せずにぐっと飲みなさい」


俺はアイ彩姉さんの言葉に、


「ああ」


と返事をして、ワインを流し込んだ。


「いい飲みっぷり。大人になったわね、真一」


ノンノ姉さんの言葉に、俺は苦笑いを見せた。


「大人ってぇ~、私たちはもうおばさんで、真一はおじさんよ?」


相変わらずとぼけた事をいう美ナリ姉さん。


「ハハッ」


俺は笑いをこぼす。

が、次の瞬間。蹌踉よろける。よろけて……。


「あれ? 俺」


(まさか、な? 赤ワインを少しあおっただけで、俺は酔ったのか? 俺は、綾籐あやふじほど酒は強くはないが……、足がもつれる)


俺は俺を支えきれなくなり、ゴトッと音を立ててまだ中身の残る持っていたワイングラスを大テーブルに置き、椅子の背を掴むが……。


「なっ」


(な……、んだっ……よ……)


気が付くと俺は、体のコントロールを奪われたように椅子からも転げ落ちて、冷たい床に転がっていた。


「フフフッ」


声が、する?


「フフフッ」

「アハハッ!」


頭上で甲高い笑い声が聞こえる。

義姉たちの笑い? 声か……。


(俺は、俺は、俺は……、おれ、は……)

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