明日の穴
「メテムさ、その頭上に浮かぶ穴って何なの?」
街中を歩きながら、僕は隣を歩くメテムに聞いた。
「ん? これ?」
メテムが頭上を指差して歩く。
「そうそう、それ。前から不思議だったんだよ。なんかさ、コーヒーだのハンバーガーだの降ってくるじゃん。しかも都合が良く。何かなと不思議だったんだよ」
メテムの頭上に開く穴。直径一メートルぐらいのそれからは、いつも気の利いたものが出ている。それは今言ったように、時にコーヒー、時にハンバーガー、それだけではなく、ハサミやらイヤホンやら実に色々なものが出て来る。
「ふふふ、これな、なんだと思う?」
メテムがいたずらっ子のようにニンマリ笑いながら顔を向けた。
キシシ。
「なんだろうな。何かと契約してるとか?スポンサーがついてるの?」
「これな、聞いて驚くなよ。この穴な、明日の私の穴なんだよ」
「明日の私?」
メテムがいつものごとく変わったことを言うので、僕は素っ頓狂な声を挙げた。
「そう、明日の私」
「と言うと?」
「ほら、一日が過ぎるとさ、色んなことが分かるじゃん?あー、あの時喉乾いてたから飲み物欲しかったな、とか、あーお腹空いてたんだよなあの時、とか」
「ふむふむ」
「そういう時、家に帰ってだな、昨日の自分のために用意するんだよ。コーヒーだのクッキーだの。で、それをこの穴を通して、昨日の自分に渡すの」
「あー、そういうことだったんだ。いつも何かと思ってたよ。でもそれって便利だねえ」
素直にメテムに感想を告げる。
「いやさ、それがそうでもないよ」
「そうなの?」
「うん。だってさ、毎日毎日、物を用意するのって大変なんだよ。コーヒーとかクッキーならいいさ。ある時はトイレの地図とか、またある時はショッピングカートとか」
そう言われて、以前穴から小さめのカートが出てきたのを思い出した。
確か成城石井に二人で行って、メテムが物を沢山買いすぎて、帰るのが面倒と言い出した時だった。
「あれ、どうやって用意したの?」
「ん、内緒。でも苦労したんだよ、あれ」
「分かる分かる……」
「まあでもね、これがあるから安心っちゃ安心だね。サハラ砂漠に置いてかれても死なないから」
「砂漠ねえ」
「うん、ミネラルウォーター飲み放題。なんだったら多分、日焼け止めや日傘だって出てくるさ。」
「まさに至れり尽くせりだね。となると……何も出てないってことは、今は満ち足りてるってこと?」
「そりゃ、街を歩いてるだけだからねえ」
「なるほど。たしかにね」
「あ、でも……一つ欲しいものがあるかも。何か分かる?」
「うーん、なんだろう」
「ふふふ、正解は……」
そう言うとメテムは頭上の穴に向けて両手を上げた。何か大きなものが降ってきてそれを受け止めるような仕草だ。一体何が出てくるんだろう。
……が、しばらく待ったものの、それは一向に現れない。
「ま、流石にこんなのを用意するわけにはいかないってことだな」
「何がほしいの?」
「ん、馬でも出てこないかなって」
「馬?」
「うん。馬」
「……メテム、ひょっとして疲れたの?」
「そうだね、ちょっと休みたいなと思ってたところ」
「よし、それじゃどこかのカフェに入ろう。確かこの近くには一角カフェがあったよ。そこでラムレーズンマフィンでも食べるのはいかが?」
「いいね。ラムレーズンマフィン。コーヒーもつけてね」
「もちろん、エチオピア産の美味しいのがあるよ」
そう言うと僕らはカフェに向かった。
時折僕はメテムの頭上の穴を覗き、馬が落ちてこないかをハラハラしながら確認した。