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『英雄』を狩る者  作者: オーエン
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一話(4)



 残酷な通知を受け取って数十分。

 志音は端末の浮遊ディスプレイに記載された決闘場へと向かった。


 学園の敷地内の森林近くにある庭園である。昼休みなどは昼食をとる生徒で溢れていたりするのだが、今は授業中。人気(ひとけ)のない庭園は、ほんの少し幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 そんな庭園の一番奥。

 配置されていたベンチに座って、志音の姿を見つけるなり最上の笑顔を向けてくる少女が……今回の志音の決闘相手である。


「……すまん。待たせたか?」

「いいえ〜。ココは校舎から意外と離れていますからね〜♪ 遅れてきても仕方ないですよぉ♪」

「そう言うアンタはいつからここに?」

「通知を受けた時にはいましたね〜。たまたまこの場所に用事もありましたし、ちょうど良かったです♪ 運が良かったんですかね〜」

「ならやっぱり、けっこう待たせてたんだな。悪かった」

「いえいえ。お気になさらないでください♪ それよりも――」


 言いながら立ち上がるアリシア。その所作一つ一つからも、上品さや優雅さが見てとれた。

 それと同時に……付け入る隙の無さも……


「始める前に……少々お話でもいたしませんか?」

「……そうだな。オレもアンタに言いたいことがあったところだ」

「ではお先にどうぞ♪」

「……。この対抗試合の対戦表についてなんだが、少なからず初戦の対戦相手は自分の実力に一番『近い』相手と戦わされる筈だ。なのに……今まで常勝無敗であるアンタの相手が、今まで無勝必敗であるオレになったわけだ。普通なら文句の一つや二つは出てもおかしくないと思うんだが?」

「……んぅ〜」


 アリシアは考えるように顎に手を当て、ジッと志音を見る。

 先程一年校舎の廊下でもしていたような、志音を見定めるような目で、ただジッと……「むぅ〜」と唸りながら。

 そして数秒の沈黙の後、口を開いた。


「確かに、『本当に』夕凪くんが弱かったなら……学園側にもの申す必要がありそうですね〜♪ ほ・ん・と・う・に〜……あの生徒会長さんの弟くんが〜、激弱だったらですがね〜♪」

「うわぁ〜……信じて貰えてない……。これまでの戦績を見れば、オレが弱いのはどこをどう見ても明らかだと思うんだが……?」

「私が聞きたかったのはそこなんですよぉ! 実は、夕凪くんの事を知ろうと、色んな方々にお話を聞いてみたのですが〜、少し変でして〜」

「……変と言われてもな……」

「すごく弱いって言う人もいれば、すごく強いのにわざと負けるって言う人もいる。

「あの人は足が早い」「あの人は亀より遅い」

「あの人は力が強い」「あの人は女性より非力」

「あの人は情に溢れている」「あの人はどこまでも非情」

「あの人は誰よりも弱い」「あの人は生徒会長よりも強いかもしれない」

――と、集めた情報がとことん矛盾しているんですよ〜♪ なんででしょうかね〜?」

「……そりゃ、嘘を吐いているヤツが居るんだろう?」

「私もそう思います♪ 気が合いますね〜」

「オレは弱いよ」

「その言葉を信用するかどうかは私が決めます♪ 私、他人の言葉よりも自分の目で見た事実を信じる主義なんですよ〜♪」

「……何を言っても無駄そうだな」

「はい♪」


 朗らかな笑顔で返されてしまった。

 志音はどうしようか考える。

 いつものように、適当に軽くあしらいつつ、丁度いいタイミングで相手の攻撃をもろに受けたフリをしてわざと負けようか。……それとも……


 そんな思考をしながら、志音は腰に携えた安物の西洋剣に右手を添える。


「じゃあ、時間もあまりないし……さっさと始めますか。風紀委員長さんよ」

「そうですね〜♪」


 スッと右手を前に出すアリシア。

 すると突然、アリシアの背後に浮かび上がる光の輪。文字なのか模様なのか幾重にも重なる光の線が正円の模様を虚空に描く。

 《魔法陣》である。数は七つ。その大きさは直径三十センチもない程度。

 ソレがアリシアの背後に突然現れたのだ。



 ――この世界には《魔法》が存在する。


 《魔法》とは無から有を造り出すことが出来る、万能な力とさえ言われている。

 だが実際は違う。

 人の体内に必ず存在する《魔力》の根源《マナ》を、体外へ全く別の形として放出する術を、人が勝手に《魔法》と名付けただけに過ぎない。

 実際、その能力や形には個人差が出てしまうし、そもそも《魔法》を使える者自体、それこそ数十万人に一人の逸材だともいわれている。

 《マナ》を《魔法》として使用するには、それこそ絶大なまでの演算能力や膨大な量の《マナ》が必要となる。

 技術や才能、そして生まれ持った膨大な《マナ》。そのどれか一つ欠けただけでも《魔法》を使うことは出来ない。

 なので、そうホイホイと使えるような代物ではない筈なのだ。


 《魔法陣》一つを出現させるだけでも相当な《マナ》を必要とする訳で、ソレを顔色一つ変えずに七つも出している。

 それだけでも、アリシアが只者ではないということは一目瞭然だ。


「それじゃあ始めましょうか♪ お手柔らかにお願いしますね〜♪」


 瞬間、《魔法陣》から武骨な銀の槍が現れる。昼休みに健吾を脅すのに使っていたアレだ。しかも七本が重力の原理を無視してフワフワとアリシアの身の回りを漂っている。

 無策に近付けば、あの七本の槍が反撃してくるのだろう。


「…………」


 風に揺れる藍色の髪。優しく微笑むその笑顔。結歌とはまた違った優雅さがそこにはある。

 自然な動作で志音との距離をつめるアリシア。

 そこに殺気や戦意は存在しないような自然さ。


 一歩。二歩。


 不意、志音の気が付いたときには……既にアリシアの間合い。


「あらあら、動かないんですかぁ〜?」


 驚愕。

 志音は完全に油断していた。

 いや、油断させられた。


 一瞬後、志音を襲う七つの凶器。上から下から右から左から縦横無尽に襲い来る脅威。


「……っ」


 ソレを志音は『避けてしまったのだ』。

 必要最低限の動作で避け、ギリギリ避けられない数本は剣で軌道を反らし無力化する。

 誰がどう見ても、その動作は『初心者』の動きではなかった。


「…………あっ!」

「うふふ〜♪」


 完全にはめられた。

 志音は慌ててその場からバックステップで離れ、アリシアから距離をとる。


「……えっと、今のなしで」

「あれれ〜♪ 今の一撃、明らかに素人さんの動きじゃなかったですね♪ アッサリと避けちゃいましたね〜」

「いや、その……」

「これはどういう事なんでしょうね〜?」

「あ、あはは……」

「ちなみに学年で十番目くらいに強いって言われてる人には〜、五本で勝てちゃいましたがぁ〜♪ 今は七本ですよね〜?」

「あ、の……」

「それにたぶん、まだ余裕がありそうですよね〜? 増やしちゃいますね♪」


 すると志音の足下に新たに七つほど、先程と同じ《魔法陣》が浮かび上がる。

 志音は血の気がさっと引いた。

 案の定、まるで地面から生えてくるように銀の槍が出現する。

 それも間一髪、真横に飛び込む事で回避。

 立ち上がった志音の周りにさらに新たな《魔法陣》が上下左右から囲むように数十個。回避は出来ない。

 志音は諦めて、剣を構える。

 次々と襲い来る槍を、いなし、弾き、落とし、避け、全ての脅威をギリギリで無力化してゆく。

 それはもう常人の動きではい。

 最弱と呼ぶには相応しくない。剣技も身のこなしも素人のそれとは、あきらかに一線をきしている。

 そして全ての槍を退(しりぞ)けた志音は、胸を張るでも……威張り散らすでもなく、気まずそうな顔で汗をだらだらと流していた。勿論、運動からくる発汗だけではない。


「えーっとぉ、今ので合計三十七本で同時に攻撃したんですが〜? まだ無傷ですね♪ もっと増やしましょうか〜」

「待て待てちょっと待て! ストップ! タイム!」

「ん〜? 何ですか?」

「もう良いだろ? オレの負けだ! 痛いのはゴメンだ!」

「えー、でもまだ〜」


 降参だと告げるように両手を挙げた志音の右手には、剣先部分が折れ所々刃零れした西洋剣。もしもう一度、先程のような一斉射撃を受ければ……これまでのように無傷で済むことはないだろう。

 武器破壊も立派な勝敗の決着要素だ。

 アリシアもそれには気付いたようで、なにが不満なのか少し唇を尖らせている。


「でもでも、その背中の剣袋の中には、代えの剣が入ってるんじゃないんですか〜?」

「これは……飾りだ!」

「……はぁ?」

「防犯グッズだよ。コレを背負ってると警戒して誰も近付いて来ないからな……。み、見た目だけの飾りだよ……」

「…………ソレを私が信じると思いますか〜?」

「生徒会長と違って、聡明で優しい風紀委員長様なら……信じてくれる……よな? それに戦意を失った弱者をいたぶるなんて非道な真似、アンタはしないだろう?」

「私……自分の欲望には忠実なんです〜♪」


 アリシアは笑顔だ。

 その笑顔を囲むのは、三十七本の凶器と……新たに増えた数十個の《魔法陣》。

 志音を取り囲む凶器を前に、降参さえさせてもらえない。


 コチラの負けを認める気がないアリシアを、うんざりとした目で見つめ返す。

 だから、諦める事にした。

 『負けること』をではない。手を抜くことをである。どうせもう、どんな言い訳をしたところでアリシアが志音を雑魚扱いなどしてくれないのだ。

 ならば、と


「……ふぅ」


 志音は使い物にならなくなった剣を放り捨て、無手の構えをとる。


「おや、やる気になってくれたんですか〜? 嬉しいですね♪ やるからには全力で来てくださいね〜♪」

「……嫌だよ。全力なんて疲れるだけだ。……まぁ、怪我しない程度に『負けさせて』貰うとするさ」


 そして、志音は駆け出す。

 だが志音の行く道を塞ぐように、数本の槍が志音に襲い掛かる。


 眼前に迫る凶器。

 アリシアの洗練された攻撃。志音にもわかる。無理をして前に出ようとでもしなければ、軽傷で済むような計算された攻撃。

 アリシアは志音を試しているのだ。

 痛みへの恐怖から逃げ続け、ただ無駄に時間だけを浪費するか……。

 逃げ出さずに迫り来る刃を防ぎ、避け、破壊し、いつ来るかも解らない好機に希望を託すか……。

 そして、どちらを選択するにせよ……待ち受けるのは敗北のみだということも、志音は気付いている。


 もし逃げるのならば、その逃げ道すらも刃で埋めつくすだろう。

 もし耐えるのならば、耐えられなくなるまで物量に任せた暴力が続くのだろう。


 志音は自身の敗北を望んでいるのだから、そのどちらかを選択すればいい。

 ただ、本当にその愚かな選択をしてしまうのなら――


「……つまらないですね〜」


 アリシアのその呟きは、誰の耳に届くでもなく消える。だが、ソレが本心。


 敗北という結果しかない選択肢しか与えないにも関わらず、そのどちらを選んでも期待外れだと嘆く。

 まさに矛盾している。



 だが、志音は……そのドチラも選択しなかった。


 前進したのだ。


「……っ!」


 志音を狙っていた槍に対し、防ぐでも避けるでも、逃げるでもなく、ただ一歩前に出たのだ。

 もし今の一瞬、アリシアが槍の軌道をそらさなければ、槍の切っ先が深々と志音の頭部を貫通していたかもしれない。そうなれば、いくら医療設備の整ったこの学園内とはいえ、死は免れないだろう。


 それなのに……

 一歩。また一歩と……

 目の前に広がる鋭利な暴力に対し、怯えるでも臆するでもなく……ただひたすらに前に出る。


「あらあら〜、危ないですよ〜? 痛いじゃ済みませんよ〜?」

「なんだ? 当たりに行ってやってるのに、わざわざ自分から道を開けてくれるのか? 甘過ぎるんじゃないか、風紀委員長さんよ」

「大怪我しても知りませんよ〜?」

「知ってる」

「途中で止めませんからね? いいんですね〜?」

「最初からそのつもりだ」

「じゃあ当てます〜♪」


 情という枷のなくなった凶器が志音を狙って襲いかかる。

 だが、志音は止まるどころか、走る速度を上げた。


 二本はすれ違いざまに掴み、その後の四本を掴んだ二本で弾き……、残り一本の腹を右足で踏みつける。

 その後に続けざまに襲い来る五本を飛んで避け、背中から追ってくる数本を持っていた二本を投擲して落とす。

 着地と共に全方位から飛んでくる七本の槍を、殴る蹴るを多用し、多少傷を負いつつ全て落とす。


「……ふぅ。何となくわかってきたな……」

「ん〜? 何がですか〜?」

「この槍、一度の攻撃に使えるのはせいぜい七本が限度ってところだろ?」

「どうでしょうかね〜」

「それに――」


 志音はその場をバックステップでほんの少し下がる。

 すると一瞬前まで志音が立っていた場所に、五本の槍が深々と突き刺さる。先程のように、軌道を変えてまで志音を追うことはない


「一度に数本動かすと、一本一本の動作が単純化する。どうだ? 間違ってるか?」

「ふふっ♪ さぁ、どうでしょう♪」


 だが、例え志音の言った事が正解だったとしても、鋭い槍は浮いているだけでも十分凶器である。

 アリシアと志音の間には既に六十を越える数の槍が、乱雑に浮かんでいる。

 いくら志音とはいえ、この増え続ける槍を一本一本ご丁寧に避けながらアリシアに近付くのは、骨が折れる。


 なので行動に出ることにした。

 志音が唯一使える《魔法》。

 少し姿勢を低くし、両足の裏に体内の《マナ》を集中させる。

 アリシアや他の《魔法使い》とは違い、志音の体には膨大な《マナ》が存在しない。なので、使える《魔法》の強さも回数も限度がある。だから、いざという時以外には使用することはない。


 《マナ》の収束が終わった。


「んじゃ、そろそろ終わろう。ちょっと痛いだろうけど我慢しろよ?」

「強気ですね〜。そう簡単にうまくいくでしょうか〜♪ それに私、まだ本気出してないですし♪」

「そうか、なら――」


 言葉の途中で、志音の姿が……消える。

 アリシアは少し驚いた。

 そして気付いた時には、志音はアリシアの右肩に右手をポンと置いていた。

 一瞬で数十メートルあった距離を無にして見せたのだ。

 その姿は移動前よりもボロボロだが、ここまで近付けば関係ない。


「――本気を出される前に終わらせないとな」

「……なっ!」


 そしてそのまま、その真っ白な首筋を狙って力強く手刀で一撃。

 決着をつけるにはそれで十分だった。


 薄れゆく意識の中

 アリシアが気を失う寸前に見た志音の顔は……勝者には不釣り合いな、切な気に歪んだものだった。




     ◇◇◇




「……ん、んぅ……」

「んぁ、やっと起きたか?」

「……えっと〜、夕凪くん? ここは……」

「あー……。話をする前に、起き上がってくれると助かるんだが?」


 その一言で気付く。

 仰向けで気を失っていたアリシアの視線の先に志音の顔がある。角度としては下から見上げる形だ。

 それにアリシアの頭の下に感じるのは、地面のような硬質的なモノではなく……少し柔らかな、だがそこはかとなく芯のある枕のような感触だったのである。


 それだけの情報があれば、アリシアでなくとも気付くというもの。

 アリシアは志音に膝枕をしてもらっている。ということだ。


「私、負けたんですね〜♪」

「なんで嬉しそうなんだよ……」

「そんなことないですよ〜。これまで無敗だった私の記録を止めたのが、これまで無勝だった夕凪くんだったとしてもぜーんぜん悔しくなんて無いですよ〜♪」

「……えっと……」


 満面の笑みで起き上がったアリシアの背中に、一抹の不安を覚える志音。

 アリシアが起きるまでの暇潰しにと読んでいた本を閉じ、ベンチの背もたれに深く腰かける。


「強かったですね〜♪ もしかして、まだまだ本気じゃなかったりするんでしょうか〜?」

「……ノーコメントで……」

「怪しい反応ですね〜。でもわかってますか〜? 私に勝っちゃったって事は、夕凪くんはもう『最弱』とは呼ばれないんですよ♪ 当然、これまで以上に敵が増えるって思った方がいいかもですよ〜♪」

「あぁ〜……、そのことなんだが、残念ながら俺は勝ち星なんて上げてないぞ?」


 志音はポケットから端末を取りだし、浮遊ディスプレイを開くとソレをアリシアに見せる。

 そこには勝者の欄に『アリシア・ユーフィリア』の文字が書かれた対戦表。決着は対戦相手の『棄権宣告』。つまり、志音が自分から負けを認めたということになる。


「……なんでですか……」

「……」

「なんで、そこまでして……アナタは負けることに拘るんですか? 私には理解できません」

「……そうだな。『勝つ必要がない戦い』でまで勝ちたいとは思わないから……かな?」

「必要がない……ですか?」

「……あぁ」

「どうしてです?」

「……はぁ。どうしてって聞かれてもそのままだ。勝たなきゃ『誰かが死ぬ』っていうんなら、オレもソレなりには頑張るさ。それこそ本気でな。……でも――」


 そこまで言って、止まる。

 アリシアは興味深そうに志音の次の言葉を待っているが、志音は考えてしまう。

 今まで、真剣に戦って、一度も負けずに勝ち続けたアリシアに対して、こんな皮肉を続けても良いものかと。


「単位欲しさに全力を出せるほど、オレはこの授業に乗り気じゃないってことさ」

「でも実戦経験を積めばそれだけ強くなれますよ?」

「実戦? 命の一つも賭けないようなこんな『ままごと』が実戦なのか? 寝言は寝て言ってくれよ……」

「……っ」


 志音は嗤う。

 本気で嘲笑う。

 たった今さっき圧倒的な実力を見せてくれた少女を前に、本気で見下すように嗤う。


「アンタさっきの戦いで「本気じゃない」って言ってたよな?」

「……はい。実力の一割も出したつもりはありませんね~」

「そのせいでオレに負けたんだ」

「そうですね〜。油断しちゃいました♪」

「じゃあアンタは……『命のかかった』実戦でも手を抜くのか?」

「……もちろん、最初から全力で――」

「そういうことだ」

「……?」

「全力でもないアンタを相手に勝ったオレは、アンタに勝ったとは言わないだろう? 少なくともオレは、アンタに『勝った』なんて思ってねぇ。ただ、これ以上怪我を増やしたくなかったから途中で切り上げたに過ぎない」


 志音は万歳して自分の悲惨な有り様を誇示する。

 切り傷や刺し傷で制服は所々破れ、赤く滲み、とても軽傷とは言えない。それ以上に、最後に使った『奥の手』の後遺症……高速で動いた事による全身への負荷、目では見えないが……至るところがボロボロだ。

 対するアリシアは、首の後ろに少々痛みはあるが……目立った外傷は皆無。怪我一つない。

 そこで、アリシアは戦いの中で志音が言った言葉を思い出していた。


「そういえば……『怪我しない程度に』って、言ってましたよね〜?」

「……はっ? してないだろ?」

「ボロボロじゃないですか〜♪」

「何言ってんだ? 『アンタ』は無傷だろ?」

「え?」

「は?」


 どうやら、言葉の理解に少々語弊があったようだ。


「すまん。誤解してるかもしれないから聞かせて欲しい。オレのその言葉、どういう意味で受け取った?」

「えっと、痛いのが嫌いって言ってたので、てっきり『自分』が怪我しない程度に頑張るって意味かと〜」

「…………はぁ。そう受け取ったか……」

「と、言いますと?」

「……アンタが怪我しない程度に――って、やっぱり今のは無し! わざわざ自分の言った言葉の説明なんて恥ずかしいマネやってられっか!」

「えー、言ってくださいよ〜♪ ほらほら〜、『誰が』怪我しないように頑張ったんですかぁ〜?」

「言うか! 言ってやるか! 言ってたまるか!!」

「いけずですね〜♪ お顔が真っ赤ですよ〜」


 顔を赤くしながら不機嫌そうな顔でそっぽを向く志音を見て、アリシアは優しい瞳で微笑んだ。

 その笑顔が今までの笑顔とは違うことに、アリシア自身も自覚はなかった。


 少なくとも今回、自分の好奇心を満たすために戦っていたアリシア。それは『勝つ』という前提で、志音という人間の本質を確かめようとした。……だが自身を過大評価していた為に、負けた。

 だが志音は最後まで、自分をボロボロにした相手に怪我をさせない為に――アリシアの為に、自身を傷付けることで成り立つ諸刃の剣すら使ってみせた。

 いや、実際に本気を出していたのかさえ、アリシアにはわからない。


 だが……アリシアにもわかった事はある。


「アナタは……」

「……何だよ?」

「……アナタは、相手の為にも……戦えるんですね」

「…………」


 志音が返事を返すことはなかった。

 ただ、どこか居心地が悪そうに、アリシアから視線をそらす。

 それが可笑しくて、アリシアはまた笑ってしまう。





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