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6話 有能魔法剣士

ジェドは僕の手を掴んだまま走り出した。


「僕らが追わなくてもいいんじゃないの!?」

「悪事は見逃せない」


僕の手を引っ張る意味がわからないけど、彼女の端正な横顔があまりにかっこよくてどうでもよくなった。強引な行動をとる男にコロッと恋をする少女漫画のヒロインの心理がわかった気がする。


「止まれ!止まらないならば実力行使をさせてもらうぞ!」


そんなこと言われて止まる犯罪者はいない。もちろん前を行く件の彼も例外ではなかったようで。


「仕方ない」


逃げる男に対してジェドは僕が聞き取れない言葉を呟き、右手を突き出した。すると彼女の右手から黒い霧が現れ、鎖がうねるような軌道を描き男に向かっていく。瞬く間に男を捉えたその鎖はとぐろ巻くように上半身を縛り上げた。


突如動きを封じられた男はうめき声をあげて転倒した。


「観念するんだ」


霧の鎖を手繰りながら歩み寄るジェドを見て、男はうなだれるように頭を垂れた。


「初めての共同作業は無事に終了だな」

「共同作業してたかな・・・」


何もしてないどころかジェドが走り出さなければ追ってすらいなかったと思う。しかしまぁ男前な女ではあるけど中身まで好青年だとは。


いや、そんなことは置いといて!


「今の何!?」

「何って何のことだ?」

「それだよ!」


彼女の手から伸びている黒い霧を指さす。そんなのまるで魔法じゃないか!


「何と言われても、魔法だが」


魔法じゃないか!


「魔法とかあるの!?」

「そりゃあるだろう。それにこれは難しい魔法ではないぞ?」


そんな訝しんだ顔で見られても僕の世界にそんなファンタジーはないんだから。時の魔女が魔法で僕を呼んだとは聞いたけど目の当たりにすると驚いたと同時に感動した。


「他にも使えるの?」

「あぁ、自分で言うのはなんだが魔法には自信がある」


ジェドはふふんと得意げな顔で言う。なんて頼もしいんだ・・・。それに男前で可愛いときた。こんな有能な人材を手放してなるものか!ちょっと頭おかしいんじゃないかと疑った自分の頭を叩きたいくらいだ!


「ねぇ、何事?」


問いかける声に振り向くと、しっとりと濡れた艶やかな髪を右肩に流したユリコがいた。


「ユリコ!この人はジェド、仲間になった!」

「へぇ、手の早い男ね」

「言い方悪いな。彼女はユリコ、言ってなかったけど僕に協力してくれる仲間みたいな人」


言う暇がなかったのだけど。ジェドはユリコに軽く頭を下げた。


「私はジェド。私も君たちと行動を共にさせてほしい。」

「かまわないわ。」


いつもの澄ました顔で答える。人数多い方が稼ぎやすいし断る理由もないだろう。


「それよりその人離してあげたら?」


男はギチギチに締め上げられ続けていたのか気を失っていた。


「あ!?すまないやり過ぎた!今解くから!」


お茶目なところもあるなんて。




男は遅れてやってきた店主に引き渡した。その後どうなったのかは知らない。ただ引き渡す際の「礼はいらない」というジェドの一言は僕の心の中の乙女を刺激した。


「明日の朝、掲示板前で待ってるって」

「そう」


ジェドと別れ、ユリコと並んで歩く。ジェドとは明日から一緒に行動することになった。


「ユリコは魔法使えないの?」

「使えないわ」


ジェドの口ぶりからするとこの世界においてはわりと普遍的なことのようだけど。彼女の体質が関係しているのだろうか。


ぼんやり考えているとユリコは扉を開けて建物に入っていった。慌てて追いかけるとそこは一階が料理店としても利用できる今朝と同じ宿屋だった。


ユリコは既にカウンターで話をつけたのか階段を上がり始めていた。追いかけると彼女が入った部屋も今朝と同じ場所だった。


「僕はどこの部屋?」


彼女が何も言わないので聞くと


「二部屋も借りる余裕あるわけないでしょ」

「ってことは?」

「相部屋よ」


きゃあ!破廉恥!こんな美人と一つ屋根の下どころか同じ部屋なんてドキドキして寝られないよぉ!


「鼻の下伸ばすのやめた方が良いわよ」

「伸びてないよぉ」

「伸びてるから言ってんのよ」


まぁいいわ、と彼女は部屋へと入る。いやぁそんなねぇ。僕も思春期ですからねぇ。えぇ?異世界で初めてぇ?


と頭真っピンクで僕も続いて入るとユリコは既にベッドに腰かけていた。さっそくぅ!?と頭がもはや紅く染まりそうな僕にユリコは冷たく言う。


「何ドギマギしてるのよ、昨日も同じ部屋にいたでしょう」

「だって状況わかってなかったし」

「っていうか昨日はあなたがベッド使ったんだから今日は私よ。あなたは適当に床で眠りなさい。」


うん!僕もそれがいいって思ってた。




ユリコによって早々に灯りは消され、僕も床に座り壁にもたれた。昨日今日と信じられないことが立て続けに起こったにしては僕はわりと落ち着いているんじゃないかと思う。まだ非現実すぎる現実を受け止められていないだけかもしれないけれど。灯りの無い真っ暗な部屋に段々と目が慣れていく。暗闇に慣れた目で見ると決して真っ暗ではなく窓から月明りが差し込んでいるのがわかった。その明りの主は月という名ではないんだろうけど。ほのかに浮かび上がる窓辺は僕の自室に似ている気がした。


時の魔女が僕をこの世界に呼んだ。だから帰るには時の魔女を探し出すしかない。でも魔女がどこにいるかはわからない。何のために僕は呼ばれたのか、何をしたらいいのか、何をすべきなのか。


こんな状況で僕が正常でいられるのは間違いなくユリコのおかげだ。

ただそのユリコの存在自体にすらわからないことが多すぎる。それでも今は彼女を信じるしかない。


疲れているはずなのに眠ることができず、ぐるぐると回る頭を整理しようとしていた。悩みの位置を置き換えるだけで整頓なんてできやしないのに。


「はやく寝なさい」


諭すような優しい声音。とっくに眠ったと思っていた。


彼女の一言で、僕の思案はまどろみに消えていった。






めっちゃ寝た。硬い床に丸まって眠っていたようだけど朝になるまで一度も目は覚めなかった。でもまだ眠い。


「ほら ジェド待たせちゃうから起きなさい」

「痛っ」


転がったままむにゃむにゃと惰眠を貪ろうとしているとユリコに鼻を叩かれた。


「叩かなくていいじゃん」

「すぐ起きたら叩かないわよ」

「・・・はい」


ユリコも寝起きなはずなのに彼女の栗色の長い髪は丹念に梳かれたように綺麗で、相変わらず澄ました美しい顔は端正な人形のように思えた。


「もう化粧とかした?」

「してない。メイクしたらこんなもんじゃないわよ。」


伸びしろですねぇ!



「じゃあ私朝食とってくるから」

「僕も食べるよ!」


階段を下りて、朝食のパンを食べる。お金に余裕は無いが朝にエネルギーを摂取するのは重要だ。ジェドをもう待たせてしまっているかもしれないけど、朝ご飯は大事だから。


「今日は何するの?」

「ウサギね」

「ジェドもいるけど」

「はかどりそうね、あなたは実質荷物持ちだし」


何も言い返せないのが悔しい!今日は僕も獲って見返してやるんだから!


「それより、おいしい?」

「うん」

「そう、よかったわ」


ユリコはぱくぱくと頬張る僕を見て微笑んだ。なんだよ急に・・ちょっと恥ずかしいんですけど・・・。


朝食をしっかりと摂ってから冒険者へ向けた掲示板に着くとすでにジェドが待っていた。


「おはようオオツキ、ユリコ」

「ごめん待たせちゃって」

「パン食べてたら遅くなったわ」


言わなくていいよそんなこと。飯食ってて遅くなったとか言わない方が良い遅刻の理由ランキングでだいぶ上位なんだから。


「かまわない。朝食は大事だからな」


ジェドは口角を上げて爽やかに言う。ジェドの大らかな笑顔を見ると自分が恥ずかしくなった。ちょっとくらい待たせてもいいかなぁとか言いながらパン食ってた自分に腹が立ってきた!僕はもう二度とこんなことしないと彼女の笑顔に誓った。


「今日は何をするんだ?」

「ウサギを獲りに行くわ」

「おお、それはいいな」

「ジェドにとっては簡単すぎない?」

「そんなことはないさ」


謙遜の心を忘れない驕り無き爽やか魔法剣士。最強じゃないか・・・


「じゃあ、行こうか」


僕らはカッコよさと可愛さを兼ね備えた有能魔法剣士を仲間に加えて、二回目のウサギ狩りへと向かうのだった。






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