第8話 盗賊ごっこ
初めての訓練から数十日がたった。
俺はその間にすでに十分というほどまでに情報を集めた。あとは実際に経験するしかない。
あとは時期を見て、抜け出すだけだ。
ただ、できるだけ早く抜け出したい。
なぜならば最近、美月に言い寄る男たちがいるからだ。それは生徒たちとこの世界の人間だ。
生徒たちからは「あんなやつ(俺のこと)よりも俺のほうが強い。俺のものになれ」等のことを言われ、この世界の人間、主に貴族からは「お前を私の嫁にしてやる。そうすればこんな訓練の毎日、そして、これからするであろう危険な旅をしなくていい。贅沢は暮らしができるぞ」などと言われたようだ。
寝るときに美月がそう報告してくれた。
で、嫉妬深い俺はお前は俺のものだと美月に刻み込むように、激しく抱いてしまうのだ。
最近ではそれが続いている。
俺はついやりすぎたと思うのだが、美月は新婚みたいだからと喜んでいた。
もちろん美月へのそういうアプローチはあるが、俺にも別のアプローチがある。それは美月へ近づくなという脅しである。
俺と美月の仲がいいのはこの世界へ来る前からのことであり、その仲の良さが未だに続いているようだからそのようなことをしたのだろう。
もちろん、俺は訓練の時には無能になっているので、あえてボコボコにされた。
とは言っても、俺は鬼である。頑丈なこの体があいつら程度でダメージを負うことはなかった。ただ子どもがポカポカと殴る程度だ。全く痛くない。
ただ、そのことを笑いながら美月に言ったら、心配そうにこちらを見て、静かに怒っていた。
「夜弛」
ベッドの隣で一糸まとわぬ姿の美月が声をかけてくる。
「どうした?」
隣にいる俺も裸だ。
互いの状況から昨晩はナニをしたのかは容易に想像できるものだ。
「もう、出ない?」
「旅にか?」
「うん、もう情報を集めたんでしょう?」
「ああ」
「だったら出たい。知ってるでしょう? 私、夜弛以外の男から、自分のものになれって言われているの」
「ああ」
「夜弛、私は夜弛以外に触れられたくはない。きっと近いうちに触れられると思う」
むう、それはさすがに嫌だ。
嫉妬深いとか関係なく、美月が俺以外の男に触れられるのは我慢できない。美月を自由に触れていいのは俺だけだ。
よし、決めた。時期とか言っていたが、関係ない。美月が男に触れられるカウントダウンがゼロになるのが近いというのなら、俺は不自然でもいいからさっさと美月と旅に出たい。
「分かった。出よう。俺もお前が俺以外の男に触れられるのは嫌だ。お前は俺のものだからな」
「うん!」
美月はうれしそうに俺に抱きついた。
互いに裸なので、直接肌と肌が触れる。特におっぱいが俺の肌に。
ご、ごほん、ともかく予定が決まった。今日、城を出よう。そして、美月と共に旅に出よう。
俺はようやく旅に出られるということで、思わず笑みを浮かべる。
「夜弛、お金はどうする?」
「む、そうだな。どうするか」
もちろんのことだが、俺たちはお金なんて持っていない。あっても地球のお金である。この世界ではお金としては使えないものだ。
ただ、地球のお金はこの世界にない技術で作られているものであるし、精巧な作りなので売れる人には高い値段で売れるはずだ。
だが、それは最終手段にしたほうがいいだろう。
「宝物庫に忍び込む?」
美月がやばい発言をする。
「それが一番だと思うが、きっと強固な守りだ。無理じゃないか?」
どの世界でもお宝がある部屋は強固な守りがある。
それを突破してお宝を目にすることはとても高い難易度だ。さらにここは魔法の世界である。難易度はさらに高くなったと言っていい。
「大丈夫。空間をちょっと曲げれば」
……何かすごいものを聞いた気がするのだが。
「おい、空間を曲げるとか言わなかったか?」
「言った。とても時間かかるけど瞬間移動可能。どう?」
やはり美月が便利すぎる。
旅をするとき、やはり面倒になるのが歩くことだろう。
それを考えると美月の瞬間移動はとても役に立つのは間違いない。
「ちなみにだが、ほら、アイテムボックスとかいう便利なものとかないか?」
「ん、今作った」
「マジか!!」
まさかの荷物を収納できる、アイテムボックスができるなんて!
アイテムボックスは荷物を別空間に収納できるので、バッグなどを背負う必要がないのだ。つまり、荷物の重さがないので、突然の戦闘でも荷物が足を引っ張ることはないのだ。
この世界では魔物がいるから、旅をする俺たちには必須の能力と言えるだろう。
「ちなみに中では時間は止まるみたい」
「そこまで! 結構便利だな。大きさは?」
「分からない。でも、最低で体育館くらい」
結構でかい。体育館ほどの大きさがあれば、十分と言えるほどだ。
無限にあってもそんなにあってどうするって話だしな。
「ただ、瞬間移動できるのはいいんだが、絶対にそういう対策されていると思うぞ」
俺の集めた情報によると空間魔法の中に瞬間移動とアイテムボックスがあったのだ。
確実に対策はされているだろう。
「問題ない。だって私のは魔法じゃない。妖術だから。魔法は法則だけど、妖術は想い。原理が違う。だからばれることはない」
「確かに」
この世界には魔法しかないのは情報を集めた俺がよく知っている。
魔法で発展しているのに、まだ知らぬ未知の力に対応するというのはありえないのだ。いわば科学ある世界で、魔法への対策がされているということと同義だ。
まあ、魔法の火や水などは科学で対抗できるのだが。
「今から行く? 場所は分かる」
おい、なぜ宝物庫の場所を知っているし。
「そうか。なら、今のうちに行こう。俺たちの準備が終わったら出て行くと伝えればいい」
「分かった」
体を洗い服を着たあと、美月は空間に穴を開けた。
どうやらこれが妖術での瞬間移動らしい。
「戦闘中には使えないな」
「ん、でも、便利でしょ?」
「ああ」
ちなみに美月の瞬間移動はどう頑張っても発動に一分以上かかるようだ。
しかも、相当な集中力が必要なので、戦闘中に使うことは無理らしい。
魔法のほうは極めれば一瞬で瞬間移動できるそうだ。あくまでも極めれば、だが。
「入ろう?」
「ああ」
さっそく美月の作った穴の中に入る。
中に入るとそこは宝の山だった。
「夜弛! 結構たくさんあるね!」
「まあ、城の宝物庫だからな。むしろあって当たり前だ」
逆に宝の山ではなかったら、この国、大丈夫なのかよと思っていただろうな。
さて、この中で高いものを盗りますか。
宝物庫の宝は全部、金の装飾品などだけではなく、武器や鎧までもがあった。どれも相当な業物であるのは間違いない。
その中から選ぶのは武器や鎧ではない。
確かに金稼ぎとして、武器などが必要なのだが、別に用意しなくてもいいのである。
なので、選ぶのは宝石とかそういうものだ。
「夜弛、これとか?」
美月が取り出したのは宝石だ。残念だが、俺は宝石に詳しくはないので、どんな宝石なのか分からないが、赤い宝石で、ルビーだと思われる。
「ああ、そういうのだ。そういう宝石のほうがばれにくいだろうな」
金でできた装飾品だと特注というのがあるので、そこから足が付く可能性がある。俺はそう考えている。
宝石だとそれがない。何せ大体のカットは決まっているからだ。
「分かった」
宝石を選んでは、俺は美月へと渡す。受け取った美月は宝石を選びつつ、アイテムボックスの中へと入れる。
そうやって選んで数十分。十分だといえるほどには価値のあるものを盗んだ。
「よし、そろそろいいだろう」
「夜弛、鎧とかいらないの?」
「いらない。鎧は重いし、邪魔になるからな」
何より、この体自体が鎧なのだ。この体に妖力を纏わせれば俺の筋肉の体は刃を通さぬ鎧となる。そんな鎧以上の体があるのに、さらに鎧を装備するのは動きの妨げにしかならない。
それに俺は速さを重視する戦い方なのだ。重くなるのは避けたい。
だが、それは美月は知っているはずだ。
「でも、夜弛が怪我するかも」
……なるほど。俺を心配しての発言だったのか。
う、うれしいな。
「大丈夫だ。俺たち妖怪の性質を忘れたのか?」
「覚えてる。再生、でしょ?」
「そうだ。だから、大丈夫だ」
妖怪は傷があってもすぐに再生するのだ。例え腕を失っても再生する。
俺たちはそういう体なのだ。
なので、妖怪同士の手合わせなどでは、よく肉体が吹き飛ぶ。ただし、激痛が走るが。
「それにそんなことを言うなら、俺は美月のほうが心配だ。美月は人間よりは頑丈だが、俺ほどではない。俺には効かない攻撃でも、美月は効くんだ」
「分かってる」
妖怪にも頑丈さには種族の差と個人の差があるのだ。
美月の種族である猫又は妖術を扱うことに秀でている分、肉体を動かすことはそんなに秀でていない。そのため、美月が妖力を込めて殴っても岩を砕くほどの破壊力しかない。さらに、美月は手を傷めるだろう。
一方で俺が妖力を込めて殴れば岩を砕き、岩の後ろにあったものまで破壊するだろう。そして、手には傷一つない。
その種族の差があるのだ。個人の差は同じ種族同士のときに使うものだ。
「まあ、美月に鎧は無理だから、他の何かがあればいいんだけどなあ」
そう思って、何か美月を助けてくれるものを探したのだが、異世界の物を見分ける能力があるわけがない。たとえ気になるものがあっても、効果はまったく分からない。
と、そのとき、俺は何かを感じ取った。
「どうしたの?」
「いや、何か感じたんだ」
俺は警戒しつつ、そちらへ向かう。
宝は金でできたものや芸術品などの大きいものも多いので、宝を掻き分けるようにして、進んでいった。
そこにあったのは一本の剣と杖であった。
剣は黒い刀身を持ち、禍々しいものを放っている。誰がどう考えてもやばいものである。正直、触りたくはないと思ってしまうほど。
杖は長さ百六十ほどの長い杖で、杖の先端には光を放つ水晶玉が付いてあり、その水晶玉を金属でできた龍が巻きついていた。周りにあるような、金などの装飾での豪華さはないが、先ほど剣とは違い、温かさを感じるものだ。
「夜弛、気になる?」
「ああ」
俺はそれらにさらに近寄った。
「や、夜弛? どうする気なの?」
「触ってみる」
「え!? ふ、触れたらダメみたいな感じなのに!?」
「ああ」
で、俺はさっそくまず剣に触れた。
「ほお。中々いい剣だな」
「夜弛!? な、何か黒い何かが夜弛に纏わり付いているけど!?」
「ああ、みたいだな」
黒い刀身から漏れる禍々しい黒い靄は剣を掴んだ瞬間、俺のほうへと向かってきた。
「だが、問題ない。こいつは魔力を食うために纏わり付いたようだが、俺のほとんどは妖力だ。妖力が邪魔で魔力を食えないみたいだな」
おそらく、剣がここに置いてあるのはそういう理由だろう。
剣は強いが、魔力を食う。その危険ゆえにここに置かれたのだ。武器庫にあれば絶対に触れるものがいるだろうから、だからこそこの頑丈な武器庫に置いたのだ。
「だったら無害?」
「俺と美月にはな。多分、これを使えるのは魔力をたくさん持ってないとダメだ。でないとすぐに魔力切れになる」
「それ、魔剣?」
「多分な。よし、こいつも持っていくか」
「いるの?」
「ああ、何か気になるからな」
「……もしかして、洗脳されてない?」
「なわけあるか。簡単に洗脳されるほど、俺は弱くない」
鬼はそういう効果のある術式に対して、強い抵抗力があるのだ。俺を洗脳しようとすれば、九尾の母さんほどの力がないと無理だろう。それほどまでに鬼への状態異常を含めたものは難しいのだ。
「というわけで入れてくれ」
「分かった」
美月は剣をアイテムボックスの中へ入れた。
じゃあ、次は杖だな。
「夜弛、また触れるの?」
「ああ。ダメか?」
「あまり触れて欲しくない。さっきのは結果的によかったけど、危ないものだった。それと一緒に置かれてる杖もきっと危ないもの。まだ新婚なのに夜弛がいなくなるのは嫌」
「分かっている。俺も美月を一人残したくはないからな」
「そう言うくせに触るんでしょう?」
「……」
どうしても触りたいんです! とは言い出しにくい。
「はあ……触ってもいい。でも、危険だって思ったらすぐに手放して」
「分かった」
俺はその杖を掴んだ。
その瞬間、
『我はデウザの杖である。汝、我の使用者として相応しいか見極めようぞ』
と、女性の声が聞こえた。
「お!?」
「どうしたの!?」
再び美月が不安そうになる。
「いや、この杖を持ったらいきなり声が聞こえたんだ。なんか使用者に相応しいかとかって」
「夜弛、するの?」
「いや、せんよ。これって魔法専用だろう? 妖力しか使えないのに使ってもなあ」
結局、杖もアイテムボックスの中に入れた。