第7話 訓練と情報
「はふう、や、やっぱり恥ずかしかった……」
「やっぱりって……。あまり無理はするなよ。俺が何かをお願いして、嫌だったらやらなくていいんだからな」
「ふふ、ありがとう。私の旦那様は優しい」
「当然のことだ」
俺は美月の頭を撫でる。
髪はさらさらとしていて、触り心地が良い。
「にゃあ」
猫又の美月は撫でられているせいか、猫声を出す。
猫の妖怪なので、時々『にゃあ』と鳴いたり、語尾に付いたりする。昨日の夜も付いていたな。美月みたいな子が『にゃ』という語尾を付けるのは結構可愛い。そういえば小さい頃はいつも語尾に『にゃ』が付いていた。多分直されたのだろうな。残念、とても可愛いかったのに。
それに美月は猫の妖怪なので、本物の猫耳と尻尾付きだ。コスプレではない。まさに本物だ。そんな本物が『にゃ』とか付けるのだ。残念に思わないほうがおかしい。
「美月は相変わらず撫でられるのが好きだな。そんなに良いのか?」
「夜弛に撫でられるのがいいの。誰かに撫でられるのが好きじゃないからね。そこを間違わないように」
だ、だからそういううれしいことを言うな。こっちが恥ずかしくなるだろうが。
「ね、寝るぞ」
「まだ早いよ」
確かに早い。誤魔化すために言ったので、当たり前だ。
「王女様が言っていただろう? 明日は訓練だ。疲れを残すのはよくない」
「むう、確かに私は妖術ばっかり使うけど、護身程度はできるほど動ける。それにそもそも人間に合わせたくらいでバテバテになるほど、疲れるわけがない」
「そうは言うがそれは前の世界だろう? この世界では相手を倒せば強くなるそうじゃないか。きっと俺たちみたいに強いやつでいると思うがな」
「例えそうでも最初はあいつらと。だから普通の人間と変わらない」
「まあ、確かにそうなんだがな。でも、寝るぞ」
「私、眠くない」
「お前は昨日の夜に結構負担をかけただろう。今日やらないって言ったのも体力を消耗したからだって言っただろう。回復させるためにも早く寝るんだ」
「……エッチ」
美月が顔を赤くして言う。
どうやら昨日の夜の話をしたから思い出したようだ。俺も昨日の夜の美月を思い出した。
昨日の夜の美月はいつもとは違う美月で――って違う! 何自分を興奮させようとしているのだ! 今日はしないって自分で言ったじゃないか!
「と、ともかく、そういうことだから、早いが寝るぞ」
「……分かった」
美月は俺に抱きつく。
まあ、一緒に寝ると言ったからな。このくらいはいいだろう。それに俺も男だ。個人的にもうれしい。
「おやすみ、美月」
「おやすみ、夜弛。んっ」
最後に夫婦らしくおやすみのキスをして寝た。
広いベッドに二人くっ付いて寝ているので、美月の体温を感じながら寝ることになった。それは昨日も同じなのだが、昨日は別のことで感じていたので、寝ている時は気にしていなかった。
美月のほうはすぐに寝れたようだが、俺は美月のぬくもりを感じていたのでやや緊張して寝たのはあとになった。
そして、翌日。
今日もまた俺が先だ。
隣の美月は未だに寝ている。
やはり朝起きたら隣に美月の顔があるというのは新鮮だ。一緒に寝るなんて小さい頃だけだったからな。
「ほら、起きろ」
美月の寝顔を楽しんだ後、俺は美月を起こそうと体を揺らした。
「ん……もう少し、寝たい……」
「ダメだ。今日はメイドさんが起こしに来るって言っていただろう? その前にお前は自分の部屋にいなければならないんだ」
「……分かってる」
美月は体を起こす。その顔はまだ眠いのか、眠たげな目をしていた。
しばらくして思考が完全に眠りから覚めたのか、美月は伸びをする。人間がするような手を伸ばしてするような伸びではなく、猫のするような伸びだ。
ただこちらにお尻を向けて伸びをするから、その、なんだ、ややムラムラしてしまう。何せノーパンの上にその伸びはズボンのお尻部分が強調されるからな。
「完全に起きたか?」
「ん、起きた」
「って、おい! 何でこっちに来る」
伸びを終えた美月は何故か俺に寄りかかった。
「これからの時間、夜弛とくっ付けるのはほとんどない。だからこれくらいいいじゃん。夜弛は嫌?」
「まあ、嫌じゃないが」
むしろうれしい。俺も健全な男子だからな。女の子との触れ合いはうれしいのだ。
互いの意見が一致していたので、俺は美月の好きにさせる。
「はあ……やっぱり早く夜弛と旅に出たい」
俺の胸に頭を乗せている美月が不満そうな顔でそう言う。
「いきなりなんだ? そうしたいのは俺だって同じだ。でも、情報が必要だ」
「分かってる。でも、私たちは夫婦になったばかり。本来ながらもっといちゃいちゃしてもいいはず」
どうやらいきなり言い出したのはもっとこういうことをしたかったらしい。
ふむ、俺も同じだが、美月がこうして不満を持って言い出したのだから、全力で情報収集をするとしよう。もちろん、言い出さなかったら全力を出していなかったというわけではない。正確には全力以上だ。
「もう満足したか?」
「ん、満足」
「ならそろそろ自分の部屋へ行け」
「ん」
十分に満足した美月はひょいとベッドから下り、窓のほうへ行く。
俺も窓の傍へ行った。
すぐに猫になって出て行くのかと思ったら、窓の前に来てこちらを振り返る。
「夜弛、おはようのキス」
そう言って美月は目を瞑って、唇を突き出した。
俺はその唇に自分のをそっと重ねた。
「えへ、えへへっ」
キスされた美月はうれしそうにする。
か、可愛すぎる。
「もっとして」
可愛すぎる美月がそう言ったので、もう一度キスをした。
くっ、そんな可愛すぎる反応されると押し倒したくなるじゃないか!
俺の手が性欲に負けて、美月に触れそうになったが、何とか抑えた。
「み、美月、そろそろ行かないと」
「ん、行く」
美月はそう言って、猫になる。
体が小さくなったので、その場に服が散らばった。服の山がもぞもぞと動く。その山から出てくるのは、黒猫だ。
「にゃ~」
黒猫の美月はそう鳴いて窓から出た。
残った俺は美月が着ていた服を片付け、自分の服を着替えた。
今回、着るのは動きやすい服だ。朝食を食べた後、訓練を開始するからだ。この服の素材も前の世界とはあまり変わらない。
やはり科学よりも魔法が発展していても、似たようなものが作られるようだ。
着替え終わり、朝食を食べるとしばらく休みがあった。すぐに体を動かせば吐いてしまうからだろう。その休憩が終わるとついに訓練の時間だ。
俺たちが集められたのは城の兵たちが訓練する訓練場だ。城の中にある。
そんな俺たちの前に俺たちの訓練を担当する者が来た。
その者を見た生徒たちはざわざわとする。
そうなるのはその者が人間の耳ではなく、獣の耳をした、いわゆる『獣人』と呼ばれる種族だったからだ。
実はこの世界に来て、獣人を見たのは初めてだ。俺たちが見たメイドや兵士の中には獣人がいなかった。もしかしたら俺たちに気を使って俺たちが見えない場所にいたのかもしれない。
まあ、どちらでもいい。
重要なのは例え美月が妖怪の姿でもいいということだ。多分尻尾は二本ではないから一本にしてもらうが。
「俺がお前たちの訓練を担当するガラムスだ! 役職は第一騎士団の団長だ。よろしく!」
ガラムスと名乗った男はニコっ、いや、ニカッと笑って気さくにそう言った。
おそらくだがガラムスさんは貴族ではない。そう思うのはガラムスさんの雰囲気だ。明らかに強者という雰囲気に加えて、殺し合いの雰囲気。
前者はともかく後者は分かりにくい表現だと思う。何が言いたいのかと言うと幾度となく殺しを体験したってことだ。つまり、この人の役職はラノベで見るような親の権力でなったわけではない。
まあ、ここはラノベの世界じゃなくて、現実だ。実際に親の力を使っても団長にはなれないだろう。少なくとも第一騎士団はないと思われる。なにせ『第一』である。相当上のほうであるのは間違いない。そして、実力もだ。
「俺の格好見て分かるように俺は近接専門だ。これを聞いて自分は魔法を中心にするつもりだから意味がないと持った者もいるだろう。だが、戦場で戦ってきた俺から言わせてもらうならばそれは間違いだ。魔法中心でも近接が必要な場面など多くある。敵と接近せずに魔法だけ唱えることができるというわけではないのだ」
妖術を使う美月もある程度は近接ができる。これはガラムスさんの言った通りの理由があるからだ。
「だから魔法と近接に分かれても、どちらも近接の訓練はある。そういうことで最初は俺が担当することとなった。質問がある者はいるか?」
全員質問はないようだ。
「よし! ではまずは体力作りだ!」
そういうことで始まったランニング。別に何周かは決まっていない。とにかく限界まで走れと言われた。速さは重視していないようなので、ランニング程度の速さで走っている。
まだ十周ほどだが、すでにリタイヤした者が何人か。きっと面倒だなと思ってすぐに止めたのだろう。
美月はまだ走っている。きっと走り終わるのは最後から二番か三番だ。俺は一番最後だな。で、志摩も二番か三番。四番目に神代だろうな。
大体二十周ほど走るとさすがに体力の限界が来て、走っているのは僅かとなる。女子では美月のみだ。
その美月はそろそろ疲れてきたってくらいだな。
次に志摩だが、志摩は人間なので、そろそろ限界のようだ。もちろん神代も。
やはり妖怪か人間かということで結構な差がある。
一方の俺はまだまだだ。余裕がある。
鬼は妖術を主に使う猫又と違って、美月のような妖術を使うことは滅多にない。主に自身の肉体を使う。そのため、体力や身体能力は高い。
そうして走り続けて、結局は最後から順に俺、美月、志摩、神代となった。
あっ、もちろん俺は美月が走り終わってすぐに終わった。
ただ、走り終わって気づいたのだが、こんな無能がいるだろうか? 体力があるだけでも絶対に何かの役に立つのは間違いない。
むむ、誤ったな。
走り終わった俺たちは再びガラムスさんのところへ集まる。
「よし! 走り終わったな! 一先ず休憩だ! 二十分後に次だ!」
ガラムスさんはニカッと笑ってそう言った。
さて、休憩の時間になったが、早めに走り終えた人はすでに友人と楽しそうに話している。主に女子だ。一方で男子のほうは異性である美月に負けたくないという思いから走り続けていたので、今もなお息を整えているものが多かった。
ああ、俺もその気持ち、分かるぞ。気になる女の前ではかっこつけたいもんな。
俺も美月の前でかっこつけることがあるのでよく分かる。
ただ、美月は俺のだからな。絶対に渡さんぞ。
俺はそんなことを考えながら休憩した。
「よし! 次だ! 次は……そうだな、とりあえず素振りだ! だが、お前たちは素人だ! 俺が全てを教えてやる!」
ガラムスさんが剣を俺たちに渡して、持ち方に間違いがないかを丁寧に調べてくれる。
やっぱりガラムスさん、いい人だな。
ちなみに剣だが、これは刃を潰したものだ。これなら切れないが、十分危険のあるものだ。
「よし! 持ったな。では、横一列に並べ!」
俺たちはガラムスさんの言うとおりに横に並んだ。これは剣がすっぽ抜けたときに前や後ろにいる人物に当たらないようにするためだろう。
それから俺たちは何度も何度も剣を振った。その剣を振っている俺たちを、ガラムスさんが見てくれる。悪いところがあれば指摘してくれるのだ。
俺はいつも素振りはやっていたので、指摘はされることはなかった。
それから俺たちは何度も剣を振り、ガラムスさんに止めと言われるまで振った。
もちろんこの中には運動系の部活動に入っていなかったものが多くいるので、途中で疲れ果てた者も多かった。
俺はもちろんまだまだ余裕だ。美月も神代も志摩も最後まで残った。
その後、俺たちはいくつかの訓練をし、自由時間となった。
俺は軽く水浴びをして、情報収集のため、図書室へと向かったのだった。
図書室での本の閲覧許可を得た俺は、すぐさま情報の収集にかかる。これでも記憶力はいい。
だから、よく美月に真面目に勉強すればいい点数取れるのにと小言を言われていた。
まあ、ともかく俺は情報を入手していた。
この世界の歴史、人種、国家、民族。これからする旅では何が必要なのかわからない。だからとにかく知識を手に入れる。