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第3話 月光の中の契り

 というわけでちょっとした手続きなどをして、俺たちは自分の部屋へ案内された。

 今日はこれで終わりだそうだ。いきなり転移された俺たちの気持ちを案じてのことのようだ。明日は色々と説明があるそうだ。明日以降は聞いていない。

 俺たちは夕食を食べた後、割り振られた自分の部屋へと帰った。

 ちなみに夕食は結構美味しかった。前の世界と比べても遜色ないほどだ。

 どうやらテンプレのような異世界チートの出番は少ないかもしれない。しかも、トイレのほうも前の世界の中世ヨーロッパようなやり方ではなく、魔法を使った現代に近いものだった。

 城や城の窓から見た街からてっきり文明は結構低いかと思われたが、そんなことはなく、この世界には魔法があるので、前の世界のような高度なものは必要なかったのだと思われる。

 テンプレだらけかと思ったが、そんなことはないようだ。

 まあ、よく考えたらそうだよな。この世界にだって文化はあるのだから食事が不味いというわけがあるわけがない。

 そして、風呂だが、こちらもしっかりとしていた。浴槽はあるし、シャワーのようなものまであった。

 浴槽はともかく、シャワーまであるとなるとどの世界も考えることは同じってことだな。

 そして、服の質も前の世界に近いもので、すぐに馴染めた。下着も同じだ。

 色んなチートができないことを残念には思わない。むしろよかったと安堵する。

 だって、日本という最先端の技術が詰まった国で育ってきたのだ。下手に技術が進んでいなかったら、精神的に負担がかかる。

 それで部屋だが、城の部屋ということもあり、結構広い。十人がこの部屋に集まって雑談やテーブルゲームができるほどだ。


「広い部屋というのは落ち着かんなあ」


 これよりももっとせまい普通の部屋で過ごしてきた俺にとって、この部屋は落ち着かない。

 まあ、人ってのは適応能力が高い生き物だ。今は落ち着かないが、明日くらいには慣れているんじゃね?

 そういうことで今日はもうベッドの上で適当に過ごすことにする。


「へえ、月は一つなんだな」


 暗闇を照らす月は前の世界と同じく一つだった。

 よく考えれば二つも近くあるって普通はおかしいよな。引力どうなってんだよって話だ。朝の月、夜の月ってことならばまだ分かるがな。

 と、暇してぼーっとしているとドアがコンコンと鳴った。

 俺はここが異世界ということもあり、警戒を最大にした。念のためだ、念のため。

 俺はドアを少しだけ開ける。そこにいたのは美月だった。

 もちろん着ているのはこの世界の寝巻きだ。俺もな。


「どうした?」

「どうした、じゃない。私が来たことが不満?」


 はい、現在、無口無表情の美月ではありません。みんながいた時のような微妙な表情の美月ではありません。親しい者以外見ることの少ない美月でございます。


「いや、不満じゃない。来てくれてうれしい」


 好きな人が来てくれてうれしくない男はいない。


「中に入っていい?」

「ああ」


 俺は美月を部屋へと招き入れる。

 ちなみにどの部屋も防音がしっかりしているのだ。この部屋も例外ではない。

 美月は部屋の中央で止まり、こちらを向く。そして、


「夜弛!」


 俺に抱きついてきた。

 俺は抱きつかれたことに動じることなく、抱きとめる。

 まあ、もう分かると思うけど、美月の想い人は俺なんだ。つまり互いに両想いってやつだ。もちろん美月も俺が美月のことを好きということは知っている。

 それなのにどうして恋人ではないのか。

 別に互いに両想いだと気づいたのが、つい先日で、それまでは別の人が好きだと勘違いしていたとかではない。いつか知らないが、互いに互いの想いを知っていて、前に一度俺からではなく、美月から想いを伝えられている。そのときの返事は別に振ったわけではないが、待ってくれと答えた。美月はその理由を知っていたので待ってくれている。

 でも、その待ての期間はつい先日終わった。つまりあとは俺たち次第ということだ。


「美月……」

「うぐっ……ぐすっ……よかった! よかった! 夜弛と離れ離れにならなくて……んぐっ……よかった……!」


 俺に抱きついた美月はその不安が爆発したように泣いた。

 俺はそんな美月を安心させるように強く抱きしめる。

 そうだよな。俺は親から一人前になったから、美月という最愛の人さえいればよかったが、美月は女の子でこのとおり寂しがりやだ。両親と二度と会えないというのは不安と悲しみでいっぱいということはすぐにでも理解できる。

 俺は美月が落ち着くまでずっと抱きしめたままでいた。

 美月が落ち着いたのはそれから三十分後だった。

 俺たちはベッドに腰掛け、美月は俺に寄りかかっている。それを誰かが見たならば恋人しか見えないだろう。

 そのことが俺の中の美月への想いを強くする。

 もう長いこと待ったんだ。それに美月を安心させたい。そのためにももっと近い関係になるべきだ。だから。


「なあ、美月」

「なに?」

「俺は美月が好きだ。俺はお前と一緒にいたい。だから俺の家族になってくれ」


 俺の体は告白のときの緊張で体が熱かった。頭がややぼーっともしている。

 こ、これは仕方ないだろう。俺だって初めて告白するのだ。相手が俺のことを好いていると分かっていてもするのだ。慣れている人は緊張などしないのだろうか? そして、もっとかっこよく言うのだろうか?

 まあ、慣れない方が一番ベストなのだろうが。

 告白、いやプロポーズされた美月は驚きで目を見開き、顔を赤くする。


「い、いきなりでびっくりした」

「ああ、いきなりだ。その、雰囲気とか考えてない告白ですまん」


 俺はつい感情で動いてしまっていた。それを告白してから気づいた。

 いくら互いに両想いとはいえ、告白は思い出になる。いい雰囲気があったほがいいに決まっている。


「そう? 月明かりの差し込む部屋、大きなベッド、そこに腰掛ける二人の男女、他に誰もない、しかも、互いの体温を感じている。それは十分にいい雰囲気じゃない? 私はいきなりでびっくりしたからそれもプラス点」


 俺はダメかと思っていたが、美月にとっては満足のいく告白だったようだ。

 やはり女心と男心は違うというわけか。


「夜弛、返事するね。私も夜弛が好き。大好き。小さい頃から夜弛のお嫁さんになるが夢だった。だからよろしくお願いします」


 そう言って俺の唇に美月の唇が重なった。

 俺は告白の返事の答えにうれしくなっていて、完全に不意打ちだった。

 そのキスはすぐに終わり、美月は可愛らしく微笑む。


「えへへ、キス、しちゃったね」

「あ、ああ」

「もう、我慢しなくていいだよね?」

「しなくていい。俺たちは夫婦になったんだから」


 俺たちの種族は番を求める。神様の悪戯か、偶然か相手と自分は互いに運命の相手なのだ。もちろんこれは俺たちの種族に限るが。

 ちなみに俺たちの両親も運命同士である。

 うん、本当に俺たちの種族ってロマンチックな種族だよな。

 あっ、ちなみに運命と言っても一目惚れのことを指すのではない。あと、結婚式とかしていないが、俺たちは夫婦になった。


「だったらさ、今日からは一緒に寝ていい?」


 この発言から分かるように前の世界では一緒に暮らしていた。しかも二人暮らしである。

 恋人でもないのに一緒に生活していた。もちろん美月に手を出してなんかない。


「だが、朝にはメイドあたりが来るんじゃないか?」

「問題ない。その前に起きて、部屋にこっそり戻るから。だから寝ていい?」

「……」


 正直、それは俺の理性が保てるかどうか不安だ。まさかここで美月を性的に抱くわけにはいかない。

 そもそもこの世界の者たちを信用したわけでもないからな。この世界の情報源はまだ王女のみだ。それだけを信じていたら、完全に言いなりとなる。やはり自分の目と耳を使ったほうがいい。

 もちろんそのための計画はある。どうせ近いうちに訓練と自由時間があるに違いない。俺はこの自由時間に目を付ける。

 何とか理由を言って本を見せてもらおう。そこでこの世界のことを知る。城の本だから多くの情報があるに違いない。


「いい?」

「……ああ。寝ていいぞ」


 結局俺は理性を保つことを選んだ。

 好きな人、いや、もう嫁か。嫁と一緒に寝たくないなんて夫はいない。


「ちょっと早いけど、もう寝よう」


 この世界にも時計はあった。偶然にも二十四時間だった。

 おかげですぐに馴染める。

 現在の時刻は九時頃だ。いつも十二時に寝る俺たちからしたら早い時間である。おそらくだが、起きる時間は八時あたりかな? 七時くらいに美月を起こせばいいな。

 美月はベッドに横になる。

 その姿を見ると、本当に理性が揺さぶられる。


「ん、その前に術、解いていい?」

「ああ、いいぞ」


 美月の体が一瞬だけ光に包まれ、美月の姿が一部だけ変わっていた。それは頭の部分とお尻の部分だ。

 美月の頭に生える獣の耳とゆらゆら揺れる二本の尻尾である。

 この通り、美月は猫又の妖怪である。そして、使う力は主に妖力である。魔法適正がなくてもおかしくはないのだ。

 そして、俺も妖怪だ。人間ではない。

 では何の妖怪か。それは鬼だ。

 美月が変化の術を解いたので、俺の見た目も変わっている。俺のは二本の角が現れただけだ。

 ああ、体が赤くなったりなんかはしない。今はな。ちなみに変身はあと二回残している。本当だぜ?

 ともかく、これが魔力が少なかったり、魔法適正がなかったり、番を求めたりする理由だ。全て妖怪だから、だ。


「やっぱりこっちのほうがいいね」

「みんなと別行動すればその姿のままで動けるぞ」

「それっていつにするの?」

「この世界の情報を集めてからだ。何も知らずに出るのはまずい」


 無知っていうことだけで危険度は高まる。逆に知っているというだけで危険度は低くなる。例えば詐欺。詐欺の手口を知っているのと知っていないのでは全く違う。有名な詐欺ならばオレオレ詐欺だろう。手口を知っていれば詐欺だと判断できるが、知らなければ自分の子だと勘違いして詐欺に引っかかる。

 この通り、知っておくことが大事だということだ。しかもここは異世界だしな。情報は命綱だ。

 そのための準備期間はまだ不明確だ。なので、ある程度情報が集まったら、がその期間になるだろう。

 だが、あまり長くしていると『俺たち無能だよ作戦』では誤魔化しきれない。だったらすぐに出るのかとなればそれは別だ。

 自分の実力が~なんて言っても、訓練始まってすぐだから結果はでない、そういう理由で却下されるだろう。逆に長すぎるとそのときには戦闘以外でのことを任されるかもしれない。

 これはさっさと情報を集めていつでも動けるようにしたほうがいい。そして時を見て動くのだ。


「それって夜弛の友達も来るの?」

「いや、俺と美月だけだ」


 美月の言う俺の友達はもちろん志摩のことだ。

 美月と志摩の間にはあまり交流はない。


「よかった。ひどいことを言うみたいだけど、せっかく夫婦になったんだから二人きりがよかったから」


 くっ、全く可愛いことを言う嫁だ。きっと美月に可愛く頼まれたら喜んでするんだろうな。そんな俺の未来が見える。


「だが、この世界って魔物ってやつがいるんだろう? 二人で大丈夫か?」


 危険な旅において、戦闘できる者が多いほうがいいに決まっている。命の危険性が低くなるのだからな。まあ、無能ならば高くなるが、志摩ならばその心配はない。志摩は俺たち妖怪と違って人間だが、それなりに強いのだ。しかも、今回、魔法を手に入れたので、その力はさらに上がったといってもいい。


「大丈夫。もし増えるならば女ならいい。男は却下」


 なぜか増やすのは問題ないようだ。ただし、女のみという条件だが。

 それって俺が美月以外に惑わされないって思っていると解釈していいのだろうか? 自分の嫁にそう思われるのはうれしいことだ。俺も誘惑されても美月だけを見ていよう。

 と、俺はそう思っていたが、美月は違った。


「夜弛が欲しい女の人を選んでいいから」


 さらりとそんな発言をしてきた。

 あまりのことに頭の回らなかった。


「え、えっと、美月さん?」

「なんでさん付け?」

「ごほん、美月は俺がお前以外に妻を作っていいのか?」


 普通ならば作らないでとかそういうことを言うはずである。

 ここで作っていいよと妻である美月が言い出すとは思ってもいなかった。


「? 妖怪は一夫多妻。忘れたの?」


 い、いや、もちろんのこと覚えていますとも。ただ美月のことだから一夫多妻はないだろうなと思っていたから考えないようにしていたんだ。

 ちなみに俺の両親は一夫多妻である。なので、腹違いの兄妹がいる。家族仲は良い。

 なぜ妖怪が一夫多妻であるのかだが、俺たち妖怪は寿命が長いのだ。それと同時に子どもができにくい。そのため、子孫をできるだけ残すために一夫多妻なのだとか。しかも、本当にどうなってんだと思いたくなるほどに全員番である。

 おい、運命って安売りでもしているのか? そして、うちの親はよく見つけたな。


「いや、忘れてない。ただ美月は嫌じゃないのかって思ってな」


 美月とは幼馴染だし家族だし長く想ってきた相手である。それにもし俺がいい人を見つけても、美月の意見を優先する。

 美月はそれだけ特別なのだ。例え他に妻を作り、特別が増えようとも美月の特別は他よりも特別だ。

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