第16話 別に浮気ではない
見えていた町に着いて、ちょっとした手続きをしたあと、俺たちは町へと入った。
町はまだ日が昇ったばかりということもあり、静けさがある。
てっきり日が昇れば人の動きがあるのかと思っていたが、そんなことはないようだ。
まあ、この世界にも時計がある。
それを考えるとこれは普通のことだ。
「まだお店は開いてないみたい」
「だな。だが、ギルドは一日中開いているそうだぞ」
「コンビニみたい」
「俺もそう思う」
なぜ二十四時間開いているのかだが、これは収集系の中には夜中にしか取れないものもあるからだ。そういう素材を受け取るためにも二十四時間開いている。ちなみに、ギルドでは食事も提供する酒場のようなものも兼ねているので、いつでも食べることができる。
「じゃあ、ギルド、行く?」
「行こう」
ということで、俺たちの行き先が決まった。
だが、初めて来る町なので、どこに何があるのか全く分からない。
幸いにもすぐ近くに人が並んでいたので、その人に聞いてギルドへの道を教えてもらう。
ギルドへ行くとその建物の外見は王都と同じような外見である。いわゆる歴史観ある建物だ。
てっきり王都でああいう建物だから、町にあるギルドはもっと古い建物かと思っていた。
でも、多分だけど、これはギルドがどの国にも平等である、贔屓などしないという意思の表れではないのだろうか? 無駄に豪華なギルドの建物を王都に作っていたら、国王とかが、なぜ我が国のギルドの建物は向こうの国に比べて云々となってしまう。逆にこういう建物であれば、ほぼ似た外見で、大きさが違いがあっても、依頼量の多さなどの言い訳ができる。
「王都と変わらない」
美月も同じ感想を抱いたようだ。
「だな。でも、冒険者の建物がどっかの高級店みたいな豪華な建物っていうのもおかしくないか? それに冒険者も入りにくい」
冒険者は大抵、仕事がなくなったからとか様々な理由でなるが、基本的に貧乏である。しかも命がけ。そんな職業に金持ちがならない。そんな冒険者があきらかに高級店に入れるかと問われれば、それは無理だろう。
貧しいものは知っている。自分たちにそんな建物に入る資格がないと。
俺も高級レストランへ行けるかと問われれば無理だ。
金があっても無理。金持ちっぽくしても無理。精神的に無理だ。
俺にはそういう高級店ではなく、レストラン系がいいな。
「確かに。私、入れない」
「だろう? だから冒険者にはある意味最高の建物だな」
「ん」
建物の中に入るとまだ朝早いというのに、冒険者は多くいた。そして、集まっている。
集まっている場所は掲示板の前だ。きっと張り出されるのを待っているのだろう。
待っている間、冒険者たちは暇なのか、美月のことを見ている。
美月は俺の腕を組んで、自分が俺のものであるかのように主張している。そのせいか、見るだけで話しかけてこようとはしてこない。
「掲示板、行く?」
「いや、待つか。確かに依頼を見に行くと言ったが、残り物かいつもあるような依頼でも受けるさ。それが初心者のやり方だろう?」
「ん。でも、お金も無限じゃない。多分一番低いランクだからすぐに一個上のランクになれると思うけど、きっと少ないお金。十分な依頼が貰えるランクになる前にお金がなくなる。そのときは?」
「そのときは依頼を受けずに魔物を倒すだけだ」
「? どういうこと?」
「魔物の中には素材として売れるものが魔石以外にもあるんだ。それを売る」
「それってやっていいの?」
「微妙だな。もし依頼にあった魔物ならば、その依頼を奪ったことになる」
「それでもやる?」
「やる。もちろん、色んな言い訳を考えてな」
例えば移動していたらその魔物が襲ってきたから倒した、とかだ。
もちろん、これに対しての対策をギルドがしていないわけがない。こういう場合は素材量は入らないが、依頼料が貰えるようになっている。
だが、意図して依頼の魔物を倒すことはダメだ。
「夜弛、悪い人」
「くくく、鬼だからな」
向こうの世界では鬼=悪だからな。ある意味では褒め言葉だ。
「まだ時間じゃないみたいだから、座りたい」
「分かった」
開いているテーブルはまだあり、そのうちの一つに俺たちは座った。
ただ、美月はこんなところであるというのに俺の膝の上に座るなんてことをやっているが。
堂々として座ったから恥ずかしくないのかと思ったが、どうやら本人は恥ずかしいようだ。そんな中で座り続けていて、決していつものの癖で座った訳ではないみたいだ。
やばい、可愛い。
多分、目の前でこうすることで自分や俺の所有者が誰なのかを示しているのだと思う。または、恥ずかしくてもいいから甘えたかったか。
だが、ちょうどいいので俺もそれをアピールするために美月の腹まで腕を回す。
その瞬間、周りの冒険者が嫉妬の視線を見せる。しかも、男性冒険者だけでなく女性冒険者までも。
なぜ女性まで?
あっ、そういえば美月は女性にも好かれているんだったな。なるほど。美月が可愛いから愛でたいのに、そのやりたいことを俺がやったから嫉妬したと。
くくく、だが、残念ながら美月は人見知りだから、女性相手でもこんなことはできないぞ!
「寝てもいいぞ」
美月がちょっとうとうととしていたので、そう言う。
いくら妖怪が睡眠はしなくても数日は動けるとはいえ、美月は猫又である。猫なのだ。寝れるなら寝る。それが猫又。
「いいの?」
「ああ。別に急いでいる訳でもないし、俺たちが狙うのはよくあるような依頼だ。張り出された瞬間に消えるような依頼じゃない。いつもあるような依頼だ。だから、数時間くらいなら寝ていいぞ」
「ん、じゃあ、寝る」
そういうことで、美月は自分が寝やすいように体を動かして、俺の腕の中で眠りに就いた。
周りの冒険者たちは眠りに就いた美月に頬を緩ませながらも、その視線をちょっと上に上げたところにいる俺に対しては嫉妬の視線だ。あと殺意とかも。
てか、おい。お前たちが美月に視線を向けている間に依頼が張り出されているぞ! あと、この状況に乗じてこっそりと依頼を取っているぞ!
しかし、彼らは気づかない。
そうして、ようやく気づいた一人の冒険者がきっかけで依頼を見て選び始める。そして、選んで仲間とともにギルドを出て行った。
ただ、不思議だったのは、てっきりどっかの安売りセールみたいに取り合いになるのかと思っていた。
だが、そうはならずにじっくりと見定めて選んでいた。
喧嘩にならない理由を求めて掲示板を見ると依頼はたくさんあった。
なるほど。あれだけあると喧嘩なんてする必要はないな。
「にゃあっ」
眠る美月から寝言が聞こえる。
やはり猫だな。
「ふふ、可愛いですね」
そう話しかけてきたのはさっきまで受付をしていた美人なお姉さんだ。
「ああ、可愛い」
「恋人さんですか?」
「いや、妻だ」
「まあ! 奥さんですか! ふふふ、お似合いですね!」
「そうか?」
そう言われるとこちらも照れる。
言われ慣れていないからどうしても顔が緩んでしまうな。
「ええ! あっ、私、ララと申します」
「俺は夜弛。で、これが美月だ」
「何か不思議な名前ですね。どこか遠いところからですか?」
「ああ。結構遠いな。適当に旅をしながら来たから正確な方向は分からないけど」
「わあ~、旅ですか」
「ああ」
「今日は何をしに? 依頼ですか?」
「ああ。いつもは適当に魔物を倒していたんだが、これも魔物次第では金になると聞いてね。遅いけど冒険者になったばかりなんだ」
適当にでっち上げをぺらぺらと喋る。
俺たち二人は異世界人だ。それを正直に話すというのも手ではあるのだろうが、その手は悪手であるのは間違いないし、言う必要があるとしてもララという受付嬢にはまだ信頼関係がない。それに関係は受付嬢と冒険者から変わらないと思うので、言うという未来はないと思われる。
なので、知らなくてもおかしくはないようなところからの出身にしている。
「そうなんですか。ですが、その話ですと腕のほうは自信がありそうですね」
「まあ、そうだな」
まだ人間として戦っていないが、人間であの程度ならば魔物を相手でも難なく相手できるだろう。
「なら、昇格試験を受けて見せませんか?」
「試験?」
「はい。私たちギルドは有望な冒険者を遊ばせるほど、高いランクの冒険者が多くいるわけではありません。ですので、私たち職員はこうして近づいて提案するのです」
「なるほどな。ただ単に美月の可愛さで近づいたと思ったが、本命はそっちか」
「ふふ、申し訳ありません」
受付嬢ララはにっこりとしたまま謝罪した。
「それでお返事のほうは?」
「もちろん受ける。この子もいいよな?」
「はい! もちろんです! 魔物と戦うのは一人でもできますが、基本はパーティですから」
「それでもいいのか」
「はい!」
「それはいつやる?」
「こちらはいつでも大丈夫です」
「なら、こいつが起きてからで」
「分かりました。では、準備が出来次第私に声をかけてください」
そう言って、ララは離れていった。
ふう、まさかこのような展開になるとは。俺としては依頼を受けてつつ、素材の中にちょっと強い程度の魔物を入れて、というのを実は計画していたが、全く依頼を受けていないのにこのような好都合なことが起こるとは思っていなかった。
おかげで早くランクが上がるな。
そして、ランクが上がるということは、依頼料なども上がるということだ。
金が必要な俺にとっては良いこと尽くしだ。
「んにゃあぁ」
っと、危ない。
何が危ないって俺の股間がだ。
美月が動くと美月の柔らかな体が俺の股間などに刺激を与えてくるのだ。
こんなところで興奮するわけにもいかないし、起きた美月に冷たい視線を向けられるに違いない。さすがの美月も寝ている自分の体に大きくした俺の一部を押し付けられて、起こらずに相手をしてくれるような神経はない。むしろ寝ることを邪魔をしたとして怒りでいっぱいになるはずだ。
「冷静になれ、冷静になれ」
美月を起こさないようにしつつ、俺は自分の興奮を何とか抑える。
だが、それを無視するように美月が連続で体の体勢を変え、刺激を与えてくる。
くっ、わ、わざとなのか!? わざとなのか!?
俺の精神力も美月による攻撃によってガリガリと削られていく。
さすがの俺もこれ以上は耐えられないので、美月を起こすことにする。すでに二時間程度は経っているので、もう十分だろう。
「美月ー、起きろー!」
俺は美月を揺すりながら起こす。
それでも起きないので、ぺちぺちと頬を叩きながら起こした。
「ん、んん~、起きたぁ」
美月がのんびりとした口調で言う。
「起きたか」
その頬は強く叩いた訳ではないが、数によるもので赤くなっている。
い、痛くはないだろうけど、黙っておこう。これは絶対に怒るから。
美月はまだ眠いようなので、もっとはっきりとするまで待つ。
本当はもっと寝たいんだろうけど、今日の夜まで待ってもらおう。今はやることがあるからな。
「ん~、何?」
「仕事だ」
「決めたの? どんなの?」
「それは分からん」
「? なんで?」
「今から昇級試験を受けるから」
「!? なんでそんな試験が?」
「お前が寝ている間に受付嬢からそういう提案を受けたからな」
俺は軽く説明する。
「なるほど。私が寝ている間にそんなことが……」
「ということで、今からその昇級試験だ」
「どんな試験かな? 私としては実力を測るほうがいいけど」
俺もそっちのほうがいい。筆記試験だと文字を書くことに慣れていないからな。まだ日本語を書こうとしてしまう。
だから、俺も実力のほうがいい。
とりあえず、ここで何かを食べて少しだけ腹を満たして、ちょっと休んでから受付嬢ララのところへと向かった。
「ララさん」
「はい、夜弛さん」
「準備ができた」
「結構遅かったですね。しかも、ご飯なんて食べちゃって」
ララは頬を膨らませて言う。
あらら、ちょっと怒っているかな?
「すまないな。腹が減って」
「私だってお腹がぺこぺこなんです」
ララがお腹をさすりながら、くう~という可愛らしい音を鳴らす。
これは本人の意図的なものではなかったようで、ララは顔を真っ赤にした。
「こほん、責任とって私と食事にでも一緒に行きませんか?」
ララは何とか取り繕ってそう誘ってきた。
と、後ろにいる美月が俺に背を向け、自分の尻尾で俺をぴしぴしと攻撃してくる。
どうやら美月も不機嫌のようだ。
前も後ろも不機嫌な女って……。
まあ、どちらを取るかなんて決まっている。もちろん美月だ。
目の前の女性、ララは先ほど会ったばかりで、付き合いと言っても、先ほど少しだけ話しただけの関係である。
「すまんが、俺には妻がいるのでね。食事には行けないな」
「むう~、残念ですね」
というか、こういうのって二人きりのときに誘うんじゃないのか?
いや、別にララからの誘いを受けたかった訳ではないが。