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1ー2 夜は、嫌いだ。

 朝が来ていた。

 脚が汗で湿り、スウェットが貼り付いていて気持ち悪い。


「また、思い出してしまったか……」


 夜、布団の中で楽しかった時代のことを思い出しながら寝てしまうことはよくあった。特に、小南に関係することは。

 そして、こんなときに限って、アラームよりも早く目が覚めてしまう。

 もう少し寝ていたいが、暑かった。

 布団を蹴飛ばすと、冷気が服の隙間からおなかから胸へと通り抜けた。


「寒い」


 布団を被ると暑い。剥がすと寒い。

 そんな微妙な五月の明朝。気がつくと、里中は布団を脚に挟み、抱いていた。

 その布団が、あの子だったら。

 くだらない妄想だと思いながらも、大人になりきれていない彼は、そのまま布団に顔を埋めた。

 会いたい……。


 会社に行ったら会えるかな、なんて思うのも初めてじゃなかったし、彼女が就職した会社の名前も覚えてないな、と思うのも初めてではなかった。

 せめて連絡先を聞いていれば。

 里中と小南は四年間それなりに仲良く過ごしていたが、連絡先は交換していなかった。お互いSNSにもそんなに積極的ではなかったし、そもそも毎日会えるのだから必要性もなかったのだ。

 欲しかったか、と聞かれればもちろんイエスだろう。

 もし、最後の飲み会のときに聞いていれば、何か結果は変わっただろうか。

 別れは重要なきっかけだ。連絡先教えて、と勇気を出して言えたなら、きっと断られることもなかっただろう。


 いや、そもそも。

 あの飲み会が終わった後、里中は他の男子連中と二次会へと向かっており、小南にまともな別れの言葉すら告げられなかった。それに、小南と里中は家の方向が同じだった。

 もし、二次会に行かなかったら。


「一緒に帰られたかも、ってか?」


 それは、里中の声ではなかった。


「……え?」


 布団に埋めた顔を上げる。カーテンを閉め切った部屋はまだ暗くてよく見えないが、何かがいる。


「よお」


「だ、誰!」


 徐々に慣れてきた目が映したのは、黒い男だった。

 上から下まで黒い男。

 体はともかく、目も鼻も、黒い靄がかかったように、何も見えない。

 まるで影が地面から這い出てきたかのようだった。


「元気か? まあ、見るからに心は元気じゃなさそうだな」


 影の口調は至って軽かった。


 なんだ、こいつ……。

 いや、それどころじゃない。


「け、警察に連絡しますよ!」


「まあ待てって。怪しいもんじゃないから」


「どう見ても怪しいじゃないですか! ま、真っ黒で!」


「心配するなって。俺を呼んだのはお前なんだから」


「はっ? 泥棒に用なんてあるわけないじゃないですか」


「泥棒じゃないって。お前みたいな貧乏新卒社員の家に侵入なんてするかよ。するなら隣のビッチそうな三十路のOLのところに侵入するさ。まあ、話を聞けって」


「は、はあ……」


 腑に落ちないが、口答えをしても水を掛け合うだけで、話が進まないことは理解した。


「あなたは、誰ですか」


「敬語かよ。まあ、そう固くなるなって。それともあれか? お前は不法侵入者であろうと初対面の人間には敬意を払うタイプなのか? 固いねえ。まるで数日間放置してカピカピになった上に異臭を発し始めた米だな」


「やめろ! それ、数日前に実際に起きたからやめろ! ってか、固さが中途半端すぎる」


「ひとり暮らし五年目がやるミスかねえ」


「うるさい」


 先週、余ったご飯を冷蔵庫に入れようとしていたものの、てっきり忘れてしまい、数日が経過してしまい、そんなことが起きたのだ。


「駄目だぜ、飯は毎日食わなきゃ。いくら家に帰ってくると食欲が減るからってさ」


「……はっ?」


「お前の恋煩いも、ずいぶんと深刻なようだな」


 里中は、小南への恋心を誰にも話したことがなかった。恋の一つや二つを打ち明けられるほどの友達がいなかったわけではないが、このことは誰にも相談したくなかったのだ。

 学校の連中だと直接的に影響を与えてしまうし、小南を知らない奴だと軽々しく「何も気にせず告っちゃえよ」なんて面白がるに決まってるからだ。


「まあ、気持ちは分からんでもない。ご飯よりも、小南さんを食べたいんだろ?」


 心臓が脈打ち、筋肉が硬直し、眠気が吹き飛んだ。眼球が見開き、指先が震え、喉が機能を失う。そして、めまいに襲われ、倒れる。


「おいおい、そんなに睨むなって」


 その声で、先ほどのイメージが単なる想像の幻だったと、気づかされる。そもそも里中はベッドに腰をかけていた。


「なんで、お前がそれを……」


 恋をしたことはともかく、小南がその相手だなんて、誰にも言ったことはなかった。

 もしかして、顔に出てたのか? できる限り顔に出さないように気をつけていたはずなのに。

 確かに、授業中にふと彼女の方を向いてしまうことはあった。だからって、「食べたいんだろ?」なんて断定系な表現が使えるものか。

 もしかして、友達を家に泊めたときに寝言で……。


「心配するな。俺以外、お前の恋なんて知らねえよ、多分。おそらく。きっと」


「不安になる副詞を繰り返さないでくれ」


「まあ、あれだ。お前みたいな陰気くさい奴の密かな恋なんて、誰も興味ねえから安心しろよ」


 それはそれで、あれな気もするが。と思うが、聞き流す。


「とにかく、どうしてお前がそれを知ってるんだ? そもそも、お前は誰だ」


 はははっ、と彼は笑う。笑っているが、顔がないため表情は分からない。不気味だった。

 よく見ると、体全体の輪郭も少しぼやけている。幽霊、おばけ。そのようなものなのかもしれない。

 だが、里中にとって敵である気もしなかった。むしろ、長年来の知り合いのような親近感さえもあった。


「俺は、お前だ」

「影かく語る」

https://soundcloud.com/zmwyvdipjyda/04a

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