0.1 一瞬の温もりだった
- × w × p -
夜の風が頬をさする。厚手のコートの隙間を縫い、鳥肌のたった腕を抜ける。この鳥肌は寒さからか、感動からか。
体がぶるっと震えた。どうやら両方らしい。そういえばこの日、コートの下は少し露出の多い服にしたんだっけ。あの人の心を少しでも惹こうと、ちょっと背伸びした値段の服を買って気合いを入れたんだっけ。オシャレは気合い。寒さになんて負けない。
でも、勇気のなさに負けてしまった。
絶対に負けないぞ。今回は、絶対に負けない。
この新しい人生を、なんとか成功させるぞ。
両の手を握りしめると爪が皮膚に食い込んだ。爪を切りたくなるのを我慢してネイルに挑戦したからだ。
でも、その挑戦は無為に終わってしまった。
それからの日々は、つらかった。夜が来るたび、あの人のことを思い出してしまう。会いたくても会えないのに、会いたい思いだけが波を寄せる、つらい夜の繰り返しだった。
夜は嫌いだ。大嫌いだった。
「この夜を、好きになりたい」
呟いてみる。熱が口元に広がった。そういえばマスクをしていたんだった、と思い出す。
マスクを外した。もう何も隠さないぞ、と。
もう一度呟いてみる。
白い息が出た。暖かかった。その暖かさが空に開け放たれる。
それは、あっという間に夜の闇に溶けてしまう、一瞬の温もりだった。儚い温もりだった。
はー、と息を出してみる。消える前にもう一回、消える前にもう一回。それを繰り返したら、永遠の温もりになるんじゃないか、なんて思いながら息を吐き続ける。
楽しかった。でも、一度として白色が溶ける前に塗り重ねることは叶わなかった。
ひとりじゃできないけど、ふたりなら。
あの人と一緒なら、この温もりを永遠に続けられるんじゃないか。
そんなつまらないことを思って、噴き出してしまう。
「さ、頑張ろう。この夜を好きになるぞー」
おーっ、と心の中で腕を振り上げる。
吐息はやはり、闇に溶けた。
了
「Epilogue ~ずっと~」
https://soundcloud.com/zmwyvdipjyda/18-epilogue