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「人生をやり直させてやるよ」
その言葉を発したのは、吸い込まれそうなほどに黒い、どこまでも黒い影だった。影なのに壁や地面に張り付いていない。直立している。
そして、その声は心の中の自分——理想に近い強い自分——の声そのものだった。
「任意のタイミングに戻って、人生をリスタートさせてやるよ。その恋をやり直したくはないか?」
戸惑った。そんなことできるはずがないと思っていたから。
もし、本当にできるとしたら?
もちろん、やりたい。
やり直したい。
たとえ成功しなかったとしても、想いを伝えたい。
でも、誰かが言っている。駄目だ、と。
やり直しちゃ駄目だ、と叫んでいる。
これは誰の声だろう。もう一人の自分? 本能? それとも、他の誰か?
目の前の影を信じればいいのか、この声を信じればいいのか。
もはや、なんでもよかった。
こんな結末を迎えるくらいなら、残りの人生なんて要らない。
「じゃあ行くぜ。目を閉じな」
どんな景色が待っているのだろう。どんな結末が待っているのだろう。
少し怖かった。でも、きっと大丈夫だ。
ゆっくりと目を閉じ、深呼吸する。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
三回唱える。そして、四度目を口にする。
- s × a × -
「大丈夫」
後ろから押し寄せた人の肩が、彼の肩に当たった。急なことに躓きそうになったが、なんとか耐えて、少し走ってバランスを崩したのを誤摩化す。
「なんとか……、大丈夫」
見慣れた駅だった。通学に使っていた駅。学校の最寄り駅。
空はすっかり黒かった。駅の屋根のすぐ上に半月が見えた。
「これは……」
学生時代最後の日の夜。待ち合わせ場所に向かう電車を降りたところだった。
「本当に戻ってる……」
夜の風が頬をさする。厚手のコートの隙間を縫い、鳥肌のたった腕を抜ける。この鳥肌は寒さからか、感動からか。
あの日の風だ。最後にあの子の笑顔を見た、あの日の風。
右手を握りしめると爪が皮膚に食い込んだ。
「この夜を、好きになりたい」
「Prologue ~Back To~」
https://soundcloud.com/zmwyvdipjyda/02-prologue-back-to